第136話:カジト燃ゆ3
シーマ領都ナイキに程近いカジトの港、その七番埠頭。
大陸外から来たという鉄船、リトルプリンセス級アイラ号が停泊しているその船着場に、五十名近い男たちが集まってきていた。
男たちは武装しており、軽装ではあるものの鎧を着け、片刃の剣を佩いていた。
そして先頭に立つ男は、家名持ちであることを示す様に、紋の入った上着を鎧の上から羽織っていた。
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(アリエス視点)
おそらくシーマ領の人間ではあるのだろうけれど、初めから威圧的な態度でこちらを恫喝している。
おおよそ使者とか正規の軍人の態度ではない。
これが一般的だと言うのなら、ここはおおよそ文化的な領地とは言い難い。
『我々はぁ!30分ばかり前に、七草屋に押し入り、居合わせた客と番頭を斬り殺し、物盗り、火付けを行った賊を追っている。この七番埠頭に逃げ込む所までは確認したが、停泊中の船はこの船だけだ。捜索にご協力頂こうか!!』
そう言って啖呵を切った男は邪悪そうに口を歪めた。
その口調は脅迫じみたもので、女を見下してるのがひしひしと伝わってくる。
きっとこういう態度を窘められたこともなければ、いつもこういう態度で女性に相対しているに違いない。
私たちがお断りするなんて毛程も思ってないのよね?
「まぁまぁそれは大変な事でございますね、ですがお断り致します。きっと当艦に賊が侵入などしたことを心配なさって下さっているのでしょうが、主人不在といえど警備は完璧ですので、賊の侵入などあり得ません、甲板迄なら可能性もございますが、気付かれずに艦内に入ることは不可能です」
私がやんわり断らせて頂くと彼は信じられないと言う顔をした。
やっぱりそうよね?女性のこと拳をちらつかせれば言うことを聞く。
それくらいにしか考えたことないんだわ。
こんな男を野放しにしていたら、私の見ていない所でいったい何人の妹を泣かせているかわかったものじゃない。
「女ぁ、考えてから物を言えよ?その態度では下手人の男を匿っている様にしか思えんぞ?いやむしろ最初から海賊行為の為に寄港したのではないか?」
男は腰のものに手をかけると思わせ振りにニヤニヤと笑う。
こちらが脅しに気付いて居なかったとでも思っているのかしら?
だから剣をちらつかせてその意図を明確にした?
まぁ回答は変わらないけれど
「私どもは、シーマ領主様との会見の為にお出掛けになられた主人たちから留守を任されているのです。本当にシーマ領の兵かも定かではない人たちを艦に案内するわけにはいきませんね」
本当は装備やらなにやらからわかるかも知れないけれど、私たちは異邦人、彼らの装備を見てもあまりの統一性の無さに山賊と区別がつかない。
「な、貴様、我々が偽の兵だと言うのか?無礼討ちにするぞ!!」
男は凄んで見せるけれどまだ剣は抜いていないのでこちらも手は出さない。
以外と冷静な駆け引きができる部分もあるのだろうか?
私は預かっている次の小道具を懐から取り出す。
「さっきご主人様方をお迎えに来たご使者のファイバー様は、我々を外交の使者と認めるので、正式な使者の場合にはこの様な書式の免状を携えさせるとおっしゃって居りましたね」
そう言って領主様のサインが記されているあまり上等とは言えない紙を差し出すと、男は少し言葉につまった。
「ぐ、これは・・・確かにふぬぅ、リューベル様のカオウ、いやしかし我等は緊急を要する人を殺した物盗りを追っているのだ!この様な平時の手順など踏んでは居れまい!この船以外に可能性はないのだから貴様らの安全の為にも船内を改めさせよ!」
ふーん、てっきり偽物扱いして破り捨てるくらいしそうだと思ったけれど、さすがにそう簡単に終わらせてくれないか、こんな男に触らせた紙を回収するのはなんかばっちいけれど、こちらが突っ込みどころをつくるわけにも行かない。
表向きこちらの安全がどうこうと建前しているのであまり悪様に言うこともできない。
そろそろ次の段階に進むのも良いだろう。
「わかりました。そこまで仰るのでしたら・・・」
そこまで言った時点で男は勝ったと言わんばかりの悪い顔、隠すつもりがないとしか思えない。
しかしそんなに甘い顔をしてやるつもりもない。
「お召し物を脱いでいただけますか?」
最後まで告げた所で男は怪訝そうな顔をして、それから怒り始めた。
「貴様、馬鹿にしているのか?」
訂正、やっぱり頭は良くないし冷静でもないわね。
「馬鹿になどしておりません、むしろ当然だと思いますが?」
「なんだと!?」
再び剣に手をかける。
抜いてくれればさっさと終わらせて可愛い妹たちを愛でられるのになかなか抜かないわ。
いやいや、この任務が終わったらアイラ姫様が、撫でさせてくださると仰るのだから、多少の不愉快なんて些末事だわ。
「あなた方は主人から城を預かっている時に顔も知らない人が武器を持って、城に入れろと行ってきたら城を明け渡すのですか?セントールの兵は精強だとマナ姫様から伺っておりましたが、たいした精強ぶりなのですね」
実際正式な書類だとか、事前に信頼関係があれば別ですが、少なくとも武装した知らない男たちを中に入れるのは、城を放棄するのも同然だろう。
そろそろ飽きてきたしもう少し畳み掛けようかしら。
「そもそもこの船着場には倉庫も在るとお見受けしますが、そちらは既にお調べになったのですか?」
シーマからつけられた護衛たちと、今はナタリィちゃんとエイラちゃんが詰めている倉庫の方を示すと、男はそちらを一瞬見てから
「ああそちらは既に調査済みだ。怪しいものは居なかった、あとはこちらだけだと何度も言っておろうが!」
と、なかなか愉快な反応を見せてくれる。
コイツ・・・おっとはしたないはしたない、この男は私たちが自分たちが埠頭に差し掛かった頃に船着場に降りていたことに気付いてなかったのだろうか?
それとも忘れているのだろうか?
どちらにせよ記憶力不足か注意力不足で小隊単位でも指揮官は務まらない。
「ではやはり一度お召し物を脱いでいただいて、隠している武器の類がないか確認させていただいた方だけ3名受け入れさせていただきます。これが最低条件です」
男はいよいよ不愉快そうに顔を歪めた。
「貴様、やはり馬鹿にしているだろう?」
そういうと男はとうとう剣を抜いて、私の方に向けた。
一瞬マリーとユナちゃんが身構えるけれど、これはまだ抜いただけ、先程までの脅しと大差無い。
もう一声欲しいかな?
「なにか納得できないことがございますか?」
あくまで平常心、その程度の刃物を向けた程度で怯んでやるものですか。
「男にこの様な場所で服を脱げとは馬鹿にしている。その上、なにゆえ三人までだ?やはり下手人の男を隠しているのではないか?」
と、憎々しげな顔を隠しもせずに宣う。
これって多分最初から誰かそれっぽいのがいたらその人を下手人だと言うんだろうけれど、生憎とこの艦のメンバー唯一の男性は現在あなた方の領主と面会中です。
「3名と言うのは、あなた方につけられる監視の数です。艦内で好き勝手動き回られて扱いのわからない調度品を壊されてはコトですし、外に残られる方々が勝手に乗り込んでこない様に見張りも必要ですから、まさか主人の不在の時に押しかけてきておいてこれ以上の譲歩があるとは思われておりませんよね?」
さっきまで剣を抜かずに我慢していたのに、抜いたあとは沸点が下がって居るのか、男顔には既に余裕がない。
でもどうせ真っ赤な顔なら、女の子の恥ずかしがる顔とか、照れた顔とかなら良かったのに。
「馬鹿にするのも大概にしろよ?ここはシーマ領だ、貴様らが何者であるかは関係ない、我々が調べさせよといえば黙って調べさせれば良いのだ!行くぞお前たち!男を探す!」
と、とうとう男は号令をかけた。
問答すること20分くらい?結構頑張ったわね?
そこに甲板の上から一人の男の声がする。
「生憎とこの船には現在私の他に男は乗っていないのですがね・・・」
もういい頃合いだとナディアちゃんが判断したのだろう。
あるいは会見場のほうから指示が来たのか。
兎に角も今この場にいる男性の中では最も理性的かつ、私たちからは信頼されつつある男性の声が響く。
アイラ様がとりあえず信じてもよろしいと仰るのだから、喩え相手が巷で殺人鬼だと指を指される人であっても、現場を見るまでは信じて見せますとも
「やはり下手人を隠していたか、全員とらえよ!七草屋襲撃の犯人とそれを陰徳した女どもだ!」
と、男はよく確認もせずに声をあげる。
良いのかしら?て言うか顔が見えないのは今昼だから眩しいんだろうなって思うけれど、声はきっとちゃんと聞こえてるはずよね?
「お騒がせして申し訳ございません、ファイン様、この方達の聞き分けが悪いものでして・・・」
「はて、私は本当にファインなのか自信がなくなりましたね?この者たちは私が殺人、物盗り、火付けの犯人だと言っている様ですよ?」
そう、上から声をお掛けになったのはファイン様、領主リューベル様の弟君だ。
今朝アイラ様たちが出立された後でリューベル様、ファイバー様、マナ姫様からの署名の入った書類をおもちになって、やって来た方だ。
幸いこちらには通信という手段もあるため裏付けもとれている。
先程彼らに見せた書面は、今朝アイラ様たちを見送る際、元々ファイン様がお持ちになる書面と照合するために密かに預けられた物だったのだ。
「ば、馬鹿な、ファイン様は今シコクとの国境に出張中のはずだ!」
いいながら剣を鞘に戻す男、さすがにそれくらいの分別はあるみたい。
「昨夜兄上と帰ってきたのですよ、来週がヒロの誕生日なものでね」
ファイン様はにこやかに返事をしているものの、その眼力はなかなかに強い。
怒っているみたい。
「で、誰が下手人なんだい?」
口調も顔も穏やかだけれど、かなり怒っている。
「いや、それは・・・いえ、約一時間前に質屋の七草屋を襲った下手人が逃げたので七番埠頭まで追いかけてきたのです!」
「へぇ?それはたしかか?」
「はい、しかしおかしいですな、ファイン様が居られたとなると、あとは海に逃げた位ですか?」
と、男は少し逃げ腰になった。
今かな?
「所で犯人を追いかけてこられたということでしたが、どうしてあなた方は50人近くいらっしゃるので?」
と、私はとうとう核心を尋ねた。
本当に不思議なこと。
「それは我々が下手人捕縛のために・・・」
「彼女はこう尋ねているのです。通報を受けたにせよ、たまたま現場に居合わせたにせよ、犯人を追っている人数が多すぎると・・・初めからこんな人数が近くにいたら普通物盗りや火付けなんてする訳がないですし、通報があってからなら追いかけるなんて間に合わないでしょう?犯罪者だってバカじゃない、兵士が集まって来る前に逃げる」
ファイン様は甲板から階段櫓、そして船着場まで降りてくるととうとう私たちの隣に並んだ。
ユーリ様ほどではないけれど中性的なお顔、キライじゃないけれど、ちょっと性格が怖いかな?
タイミングはここね。
「そもそもあなた方はまだ名乗ってすら下さってませんよね?どちら様ですか?」
さあ、シーマ家の方の前で、なんて答えるんだろうなー、所属を偽ったり平気でできちゃうのかしら?
それとも・・・
「近くで見てみればこの男はファイン様ではないな、声は似ていたが偽者だ。悪質な謀り事を企てよって」
そうきたのね、うーん、結局ちょっと暴れることになるのかしら?
「ほう、私が偽者と?ではどうするのかな?」
「こうするのだ!!」
男は手をかけたままだった剣を再度抜き放つとそのまま、ファイン様に向かって振り上げた。
丸腰だとわかったファイン様を殺して、私たちの責任にする。
それが可能だと判断しての奇襲のつもりだったんだろうけれど・・・
「プッ・・・おっそ」
こと嫌いな男性をこけにすることと、近接戦闘に於いては、同期でもトップクラスだったマリーの敵ではない。
「さっすがマリー、私の自慢の妹!」
彼が腰の高さから振り上げたはずの剣は既にマリーの絶妙にマニアックな太さの脚に踏みつけられて折れている。
彼女は剣が得意だけれど、徒手空拳も得意なのだ。
さてと・・・戦闘開始!
私はその場で男の鎧に手をかけるとそのまま魔力を込めて「固める」
遅れること一秒、男が声をあげる。
「かかれ、かかれい!」
そう叫ぶけれど既に遅い。
あなたはもう動けないの。
私は触れたものを強固にする強化魔法を得意な魔法に含んでいる。
これを使えば、例えば箒や庭木の剪定用鋏だって・・・元々武器になるか、んーあぁ焼き芋や湯掻いたパスタで剣と打ち合いができる。
それの応用で、相手の身に付けてる物を強化することで身動きを取れなくする。
関節部分とか固定されてしまうから動けなくなるのだけれど、強化魔法なので、初見の相手は無抵抗に受け入れてしまうのだ。
弱体効果の魔法ならば人は無意識に抵抗して、効果を弱めたり魔法力差によっては、無効化したりするものだけれど、普通は敵から強化魔法がかけられるなんて考えないからか、ホラこの通り。
「な、体が、動かん!ま、待てお前らあぁぁぁぁぁ!」
自分で号令をかけておいて、片脚が動かないものだからそのまま勢いで転倒、後ろにいた人たちも急には止まれないので彼を踏みつける形になった。
前線指揮官が転倒なんて、恥ずかしくないのかしら?
おかげで雑兵たちの脚が止まって団子状態、こちらからすればまさに一網打尽のチャンス!
ファイン様は既にユナちゃんが抱えて甲板の上に退避させた。
船着場には私とマリーの他は現在指揮官を足蹴にしてうろたえている敵だけ、ならば!
「マリー!アレをやるわ!!」
「わかった!」
私のラブリー妹達の中でも、マリーとの付き合いは格別に深い、今の環境と予備動作だけで次に何をやるかはわかってくれる。
私は足下に魔法力で水を出して、その水は既に海面に接した。
マリーは飛びあがり、相手の後方に降り立つための軌道を描き始める。
その進路上に向かって船着場の両側の海面から多量の海水が薄く、両棲類の粘膜の皮膚みたいな質感で広がっていく。
「テンダーリンプ」
「ジェイル!」
強化魔法にかかりかけの水の膜をマリーが受け止めてそのまま勢いよく下の男たちに引き下ろす。
その途中にも強化の具合は進み、水の膜だったものは徐々にガラスや鉄に近い固さへと変質していく。
膜であったときに密着したそれは、その形のままで鎧の様な強度を得て、やがて男たちは薄く透明な檻の中に閉じ込められた。
しかしその強度は鍛えた鉄の様なものだ。
「な、なんだこの布は!」
「薄いのに固いぞ!」
「落ち着け!薄くて固いということは脆いはずだ!」
「シンスケ殿の肌は温かいのだな」
「ゼス殿が伸びておられる、どうする!」
阿鼻叫喚だわ、暑苦しいし見苦しいし、これが年少の女の子たちならきっと美しく幸せな私の花園なのに。
「なおその檻を破ったら、脅威になりうると見なして殴り殺します」
マリーは腰だめに構えると右拳に魔法力を収束させる。
それが本気だとわかったのか男たちは檻を破ろうと僅かな空間を使って殴ったりしていたのを止める。
「我々をこの様な目にあわせて!ヒガウリ殿に知れたら貴様ら死罪だぞ!」
「そうだ!俺たちはヒガウリ様の命で犯罪者を取り締まってる途中なのだからな、我々を拘束した貴様らも晴れて犯罪者よ!」
「ファイン様の偽者まで用意して・・・なんて汚いやつらなんだ!」
そのヒガウリ殿というのが黒幕なの?
それともあなたたちは命令でやったから悪くないってアピールかしら?
まぁ私が考えることではないだろう。
「あー、私がこの地のシュゴ、リューベル・シーマだ、聞こえるか?」
町の方向からその声が聞こえた途端に男たちは声を出すのを止めた。
ほとんど身動きを取れなくなっているので男たちは後ろを向くこともできない。
「先程カジトから伝令が来てな、シーマの者ではない男が、俺の領民に害をなして、徒歩で七番埠頭へ逃げたというのは間違いないのか?」
「・・・・」
静かな怒りを孕んだその声に、男たちは誰も返事をできないでいた。
「伝令は、隊の者が確認したと言っているが、違うのか!」
怒気を孕んだ声に空気が震える、直接姿が見えているわけでもないのに中々強い気配を感じさせる。
「は、はい、我々は犯人が埠頭に逃げ込むのを確認致しました」
リューベル様の声がする以上やはりファイン様は本物で、その前で言った言葉の数々を取り消すことはできないと観念したのか男たちの何人かが、リューベル様の声に答える。
「そうか、約一時間前にカジトで火をつけたシーマの民でない犯人は五番埠頭から七番埠頭に入ったのは確かなのだな?」
確認する様に呟くリューベル様の声に、小さく肯定の声をあげる男たち。
「幸いなことにな、七番埠頭には私からの信頼が最も大きいムサシ・ニェロら精鋭部隊を待機させている。大切な客人になにかあってはならないと、出張から帰ったばかりのムサシには悪いことをしたが、おかげで不埒で姑息な者を捕まえることができそうだ。ムサシよ、一時間以内に七番埠頭に入ったものは確認しているか?」
「はい、全て確認しました」
「よろしい、ならば下手人はその中に含まれる。その者達の荷を改め、怪しきものはソナタとファインの裁量で取調してよい、最悪首のひとつふたつ落としても良いが、脅されて手伝った者がいた場合には、多少の融通を聞かせて良い、以上だ」
「承りました」
リューベル様の声はムサシさんに指示を終えると聞こえなくなった。
あちらも今大変なことになっているのかしら?
思ったよりもカジトは燃えませんでした。
アリエスが得意な砲戦を披露することもなく、アシガルやセイバーもまだ出番ではなかったみたいです。
※新作の投稿を始めました。花粉の季節であるのとこちらが優先なので更新ペースはお察しになる予定ですが、溢れ出す妄総力を押さえきれませんでした。
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