第133話:ナイキ会談2
(アイラ視点)
あの後、無茶苦茶着せかえられた。
マナ姫は年の近いお友達に大変飢えていたらしく。
初めはボクを着せかえたけれど、30分ほどかけてボクの服を選び終えた後はヒロ姫を手伝って、エッラ、フィサリスの着せかえも楽しんだ。
そしてボク達3人は、それぞれセントール服を着込み会見の時を迎えた。
合流したユーリは元の服のままで、並ぶと少し違和感がある。
謁見ではなく会見としたのはボクたち一行がシーマと同格であると表す為のもので、領主であるシュゴ、リューベル様もこちらの表明した立場を信じて、会見という表現で合わせてくださった。
すなわち、セントール大陸の最高権威であるミカドからシュゴとして認められたリューベル様を今回の交渉相手として。
サテュロス大陸のほぼ全域を統治するに至ったイシュタルト王国の国王国ジークをミカドとほぼ同等の権威と見なし、直接西側地方の貴族たちの統治を任されているエドワードお祖父様をダイミョウと同格と扱った時に、爵位はまだ継承していないものの、いざという時には万単位の兵を率いることになり、さらに王の養孫として今尚(対外的には)姫として扱われているボクを嫁にとったユーリとを同格として扱ったものだ。
リューベル様は降嫁したとは言え王の孫であるボクの権威を重く扱ってこちらを上位とする案も出していたそうだけれど、ボクとの話し合いをしていたマナ姫が、同格扱いにしてもボクたちが気にしないだろうことを伝え、むしろこちらを上に立てた時に反発しすぎる家臣がいることが予想された為会見としてくれた。
柔軟な方らしい。
ボクはマナ姫の一昨年着ていたと言う浅葱色のハカマ(スカート形)と帯に基本の白いヒトエ(弓道着などの上衣に似ている薄手で裾の短い服)にハカマよりやや暗い色の帯を締め、それからヒトエより少し黄色っぽい色味のあるヒフミ(引きずる程裾の長い千早もどき、袖が短いとヒフ、ダボダボに成る程長いとヒフクと呼ぶらしい)を羽織っている。
髪も普段は耳の後ろで軽く結んで垂らしていることが多いのだけれど、こちらのお姫様に多いらしい髪の大半を後頭部方向にまとめて、幅の広い布を使って太めのポニーテールの様にざっくり束ねて流した髪形にしてある。
先端に行くにつれて末広がりになる髪形で縁起が良いそうだ。
マナ姫が丁寧に整えてくれて、ボクも日ノ本の大名の姫君にでもなった気分・・・金髪はないか。
エッラとフィサリスはそれぞれヒロ姫が持ってきたセントール服を着ていて、エッラはハカマもヒトエも淡い紫色、帯は濃い紫色で、ヒフミは濃紺と落ち着いた色。
ただ胸が大きすぎる為か少しだけ太めに見えてしまう。
フィサリスは赤系のハカマとヒトエ、黄基調の帯を締め白いヒフクを羽織った。
帯締に当たる物は、基本帯と同じ系統の色の物を締める。
色味の合っていないのは無調法とされる。
ボクとエッラは結局ドロワーズを脱がされたが、ハカマのラインに影響しないズロースを身に着けることを死守した。
フィサリスは文化の違いか別段平気らしく、肌着もセントール風の物を着けた為きっとスースーしているだろう。
「アイラ、すごく可愛い。何でも似合うね」
とユーリはまずボクを褒め、それからエッラとフィサリスも褒める。
「二人もいつもと違う雰囲気で可愛いけれど、エッラのその腰についているのはどなたかな?」
この場に居るのはボクたち四人とファイバー氏、マナ姫、ヒロ姫の三人でエッラの腰にはヒロ姫が部屋を出てからずっと必死の形相でしがみついている。
ヒロ姫がエッラやフィサリスに着せたのは今は亡き彼女の母君の服だそうで、ヒロ姫はうろ覚えの母の面影をエッラに求めたのかすごく懐いてしまったのだ。
エッラは多少歩きにくそうにしながらもヒロ姫を優しく撫で可愛がっている。
それを見て、ファイバー氏は息を漏らした。
「驚いたな・・・似ているとは思っていたが、格好を整えたらファラ姉にそっくりだ、ヒロが甘えるのも仕方ないことだな」
ファラ姉というのが、ヒロ姫の母らしい。
言われてみれば、顔立ちが少し幼く見えるエッラはセントール人ぽく見えなくもない、髪色も紫がかっているもののマナ姫やヒロ姫と同じ青系統で身長はマナ姫よりも低いけれど、ヒロ姫よりは10センチほど高い。
やっぱりお母さんを想っていたんだね。
道理で一人で脱ぎ着するところを何度もエッラに見せていると思ったら、あれは一種の幼児退行だったのだろう。
誉めてほしかった訳だ。
今もその表情は鬼気迫るものの実に嬉しそうで、それがわかるからこそエッラも身分差がありながらも優しく姉か母の様に接しているのだろう。
「で、まぁ、この先がひとまずの会見場になるわけだが、このまま入っていいもんかなぁ・・・ヒロ、おじちゃんと手を繋ごう」
ファイバー氏の危惧は理解できる。
これから会見しようという相手、それも使者本人ではなくメイドに、自国の姫がベッタリというのは、家臣の不安を煽るだろう。
しかしヒロ姫は顔をエッラの横腹に押し付けながら首を横に振る。
「やだ・・・今だけでも、エレノアちゃんとくっついてたい」
その言葉にファイバー氏もマナ姫も少し困った顔を見合わせて、諦めたのか肩を竦めた。
普段はこういうわがままを言わない子なのだろう。
「わかった、じゃあ目立たねぇ様にマナもアイラ姫と一緒にいてくれ、俺はユークリッド殿と意気投合した感じを出しときゃ大丈夫だろ、多分。でも中に入ったらちゃんと兄貴の側に座る様にな」
そこは言い切ってくれればまだ安心できるのに豪放磊落かと思えば小心者な部分がある方だねファイバー氏。
「じゃあいくぞ・・・兄貴!客人をお連れしたぞ!」
ファイバー氏自ら声をあげ、ボクたちの入室の為に声をかけると、中で少し声が聞こえて、それから内側から部屋が開け放たれた。
若い13才の男の子が「どうぞ」と頭を下げながらボクたちを迎え入れ、その背後には80名ほどの20台前半から初老位までの男達が座っていて、一斉にボクたちの方を見つめた。
特に戸を開けてくれた男の子はマナ姫をガン見、主家のお姫様をそんなにガン見して大丈夫なのかな?
あぁ、他の人たちもちらほらと、眉を潜めたりヒソヒソしたりしてるのがいる。
やっぱり悪目立ちしちゃったかな?
なんて考えていると最奥に座っていた人物が、立ち上がりながらこちらに声をかけてきた。
「遠路はるばる良くお越しくださった。なにぶん急なことで一晩お待ち頂く事になったが、歓迎させて頂きたい」
と、一段高くなっているところからわざわざこちらまで歩いて出てくる。
そしてユーリ、ボクへと手を伸ばし握手を求めた。
無論ボクたちも応じる。
「その間にファイバー殿と友好的関係を築くことができました待たされたとは感じませんでしたね」
「わたくしも、マナ姫様、ヒロ姫様とたくさんお話することができましたから、楽しかったですよ?」
隣に居るマナ姫と顔を見合わせて、それからまたリューベル様へと視線を戻すと、リューベル様は少し困った顔をして
「うちの家臣たちよりも余程お前たちの方が姫様方との距離の取り方が上手い様だな」
と、二人の姫の装いを見つめる。
二人の姫は、ボクたちがセントール服を着たのに合わせ、サテュロス服をきている。
女性の下着が、襦袢擬きしかない(かもしれない)セントール大陸人の皆様方におかれましては、姫様の短めなスカートが気になっている模様。
特にリューベル様はそわそわしている。
「ところでマナ、ヒロその服は・・・その、大丈夫なのか?」
と、良くわからない質問までしている。
サテュロスの一般的服だというのに、大丈夫じゃないわけがない、危ないモノをこれから友誼を交わしたい相手に着せる訳がないよね。
「私は気に入ってますよ、ヒラヒラが多くて楽しい気持ちになります」
「ととさま、ご安心くださいませ、この様に動いても絶対に●●●●は見えません!」
上機嫌に、スカートを翻しながらクルクルと回るヒロ姫。
リューベル様はおろおろとして止めたものか、叱ったものかと混乱して、ただ取り乱す。
「ヒロ!?本当に、本当に大丈夫なのか!?」
行儀とか見える見えない以前に頭を心配されていそうだ。
特に家臣の人たちは憎々しげにボクのこと見てるや。
しかしヒロ姫の蛮行はそれだけでは終わらず。
更にエスカレートした。
「ほら見てくださいととさま、かかさまヒロはサテュロスのおべべで可愛くなったのです!」
「なぁ!?」
ヒロ姫は無意識にだろうか、故人の事も呼びながらスカートの裾を持ち上げたくしあげた。
思わず奇声をあげるリューベル様、当主が取り乱して威厳は大丈夫かな?とボクの頬を少し冷たい汗が流れる。
それはそうだよね、セントール人の常識的には、スカート、というよりハカマを捲ればそこにあるのはヒロ姫言うところの●●●●だ。
父と二人でも危ういだろうにこんな人前で、10歳の娘がそんなことしたらボクでもうろたえる。
しかし今ヒロ姫が着ているのはサテュロス服だ。
「ハ、ハカマ・・・か?短めだが飾りが有って可愛らしいな?」
と、リューベル様も家臣たちも少し安心した様子。
そこには、フリフリのたっぷり付いたドロワーズが顔を覗かせているけれど、そのフリフリはたとえ父親と言えど、殿方が気安く見たり触ったりして良いものではない。
しかし相手は仮にもこの地の領主、なんと言ったものか言い倦む。
「いけませんヒロ姫様!リューベル閣下も手をお離しくださいませ!!」
そこに果敢にも声をかけたのはエッラであった。
エッラはヒロ姫の隣に教わったばかりの美しい所作で座ると、ヒロ姫の手を取り、スカートから手を離させて、その後スカートの形を整えた。
リューベル様も驚いたのかヒロ姫のドロワーズのリボンからは既に手を離している。
家臣たちの中で、女の分際でとか、睨んだり反発する声が聞こえたりするけれどエッラにそんな程度の睨みが効く筈もない。
「ヒロ姫様、ドロワーズは肌着の一種です。その様に見せても良い殿方は夫となられる方だけと、お分かり頂けたと思っていたのですが、私の言葉が足らなかった様です。申し訳ございませんでした」
と謝罪した。
「ご、ごめんなさいか・・・エレノアちゃん、さっきちゃんと教えてくれたのに」
と自分のやったことを思い出したのかエッラに謝るヒロ姫と
今だ驚愕の色に染まったままのリューベル様、様子がおかしいね?
それにヒロ姫はどうやら本格的にエッラのことを母親と重ねてしまっている。
そこまで考えて思い至る。
セントール服のエッラはヒロ姫の亡き母親と結構似ていて、今着ているのはセントール服どころかヒロ姫の母親の服だ。
そしてヒロ姫の母親と言うことは・・・
「ファ、ファラ・・・?いや違うのはわかっているんだ。わかっているんだが・・・」
と、リューベル様は明らかに狼狽していていたが、家臣の前だと思い出したのかハッとした様に正気に戻ると佇まいを直した。
「ミカドより、この地を預かっているリューベル・シーマと申す。昨日からお会いできるのを楽しみにしておりました」
リューベル様はユーリとボクの方に向かって挨拶をするけれど、ちらりちらりとエッラの方も見ている。
かなり気になっているみたい。
「イシュタルト王国ホーリーウッド西安侯爵が嫡孫ユークリッド・フォン・ホーリーウッドです。お初にお目にかかりますリューベル様、こちらは妻の」
と、ユーリは返礼し更にボクにも自己紹介を促す。
「イシュタルト王国国王ジークハルトが孫にして、ユークリッド様が妻、アイラ・イシュタルト・フォン・ホーリーウッドです。お会いできて光栄ですわ、リューベル様」
付け焼き刃だが、セントール式の立礼をする。
それを見て余裕を取り戻した様に見えるリューベル様は、ボクたちに自分と同じ一段高いところに座る様に促した。
家臣達の前で、ボクたちと対等の立場を示そうということなのだろう。
普段なら一番奥、家臣達に向かい合う様に座るだろうに、彼は左手側に立つと、正面にボクたちを促した。
つまり家臣達の方から見て右手側、ボクたちはユーリを先頭にしてやや右後ろにボクが座り、段の下にエッラとフィサリスは残る。
マナ姫とファイバー氏はエッラたちとは逆の位置に座った。
しかし、ヒロ姫がエッラから離れ様とせず。
メイド二人の隣に座ろうとすると、今度は流石にファイバー氏が力づくでヒロ姫を抱えあげて引き剥がす。
「ほーれヒロ、お前はこっちだ。姫様たちの相手をしてくれたからここに居て良いとは言ったがな、ほらあっちの姫様見てみろシャンとしてるだろう、お前がシャンとできないならおじちゃんの膝の上だ」
部屋に入る前と比べると、さっき一度エッラから離れたからか、家臣の目があるからなのか激しく嫌がることはせず。
大人しく持っていかれるヒロ姫は小さな手をエッラの方に向けてヒラヒラとさせた。
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それからボクたちは責任ある為政者として、今後の展望の話し合いを始めた。
無論箱のことや、魔剣のことは家臣達の前で話すつもりはない。
ただ今回の航海で、サテュロス-セントール間の航海が現実的であることが判り、そうであるからには貿易や技術の交換もお互いのためになる範囲で行おうということ、そしてリューベル様はこちらが提示した穀物や、ヒロ姫に着せた服にも興味を示した。
しかしそれ以上に興味を持ったのが・・・
「アイラ姫様、先程から尋ねたいと思っていたのですが、どこにそんなにお持ちになっていたのですか?」
空間魔法だった。
「おや?リューベル様は収納魔法についてご存じではないのでしょうか?」
ボクは空間魔法の適性が判明した後で、ジークから渡された資料で空間魔法を習得した。
その際に勇者相当でないと覚えることが出来ないというのを見逃したのは盲点だったが・・・過去の失敗の話は良い、今の人生の失敗ではないわけだし。
「収納・・・魔法?」
リューベル様の態度を見る限り、シーマ領には収納魔法を使える者は居ないらしい?
シーマ家だけでも既に勇者二人に出会っているからてっきり知られてるものかと思っていたけれど、収納魔法は認知されて居ないらしい。
やらかしたなぁと思うけれど、示してしまった以上説明はしよう。
どうせ使える者は稀だし、セントールに与える影響は大きそうだけれど、これから寄る地域でも広めるならば許容の範囲になる・・・かもしれない。
使える人の身分が上がりそうだけれど、余り増えて兵糧の輸送とかに転用されても良くないし・・・
「収納魔法は使える人が非常に限られますが、この様に・・・物を運ぶことが出来る能力です。ただ窃盗や関所などでの抜荷などに悪用される可能性もありますから、教える相手は信頼できる方に絞った方が良いでしょう」
これで無闇に広めることは躊躇するだろう。
でも同時に、これが重要な技術として発展しているかの様に錯覚させて置かないと、将来魔導籠手を目撃されたときに収納魔法の魔石回路の存在を勘繰られるかもしれないし、信頼出来る人物にしか広めていないと言えば、友好国である間は強引な調査や引抜きもされないだろう。
となると、誰かに教えて見せて、この魔法が実際に伝授可能になっていると見せた方が良いだろう。
「そうですね、ここに居る中では、マナ姫様と、ファイバー様は習得することができるかもしれません、あとはそちらの方、そう貴方、クランド殿・・・ですか?も、習得することが出来そうですが、リューベル様、お試しになりますか?」
名前を聞いてないので促して自己紹介していただいたが、クランド・サクライ氏は得体の知れない適性「九曜剣士」を持っており、意思も破格の700台、勇者相当の可能性がある、けれど、一族であるファイバー氏やマナ姫と異なり信頼出来る人なのか部外者のボクにはわからない。
「む、それはありがたいが後にしよう、先に確認を終えたい、脱線させて申し訳ない」
と、リューベル様がこちらの提示物の続きを促したので、また物品の説明を再開した。
それから更に数分後のことだ。
「リューベル様!至急ご注進したいことが!!」
部屋の外にバタバタと足音が響いて、男の声がした。
「何事か、今は大切な話し合いの最中、余程のことか!」
と、リューベル様が聞き返すと、戸の番をしている男の子が取次、男の声が続ける。
「はい緊急を要するかと」
「アイラ姫様、ユークリッド様・・・・入れろ」
リューベル様はボクとユーリとに是非を尋ね、ボクたちが首肯くとリューベル様は指示をだして、慌てた様子の男が一人入ってきて跪く、そして・・・リューベル様が促すと顔をあげて口を開いた。
「カジトの港にて何者かが火を放ち、盗みを働きました!」
室内にドヨと、声が溢れた。
そろそろ久しぶりの戦闘シーンになるかもしれません、判りやすく書くのが苦手なので、少しお時間をいただくかもです。




