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第129話:鉄の船

 その日カジト港に突然現れた船は、カジト、ナイキの人間を大いに驚かせた。

 少なくとも彼らの知る限り、鉄の装甲を施した船までは存在したが、船体自体が鉄拵えの船が水に浮かんでいることが常識の埒外のことであった。


 そのために彼らの殆どにはその鉄船が戦闘艦であること自体理解ができず。

 頑丈なだけの、貴人を乗せる屋形船だと判断していた。

 そして、そこに領主の旗指物を伴った行列が現れた上に、その主が姫君であった為に、民衆はその船が他領の貴人を乗せてきたものだと考え、更に飛躍し、随分と以前に奥方を亡くした領主の縁談に関係する者だろうと類推する者まで現れた。


 娯楽に飢えた民衆の間でその手の噂が広まるのは早く、船は朝早めの時間に入港していたため、魚を仕入れに来た町人達に多く目撃された結果、この度の噂は僅か10日のうちにシーマ領全域に広まることになる。

 尾ヒレ背ヒレも無尽蔵に生やして・・・・。


------

(マナ視点)

 兄様あにさまや城の者達に送り出されて、私はナイキ城を発った。

 大陸外からと名乗る船の来訪、それはシーマ領どころか、セントール大陸全土を揺るがしかねない一大事である。

 だと言うのに今日城に詰めていた者たちの大半は何故か、不自然なほどにその船が本物であると信じず。

 船を拿捕し、乗員を拘束、その取調を行うことを主張した。


 彼らは、その船がシーマを混乱させ、陥れるためにダティヤナかニャベシマの仕込んだ間者だと信じている。

 もしくはそうであって欲しいと願っていた。


 だからこそ兄様は私以外の者を使者に立てる選択肢を取れなかった。

 シーマの男は血の気が多い、べつにそれは悪いことではないのだけれど、思い込みの激しい部分があるので、一度先入観を持ってしまうと中々使い物にならない場面が多々ある。

 外交的なことは疎いからと軍事と内政に精を出す人達や、バランス良く物事をこなせる兄様達やムサシ殿なんかの例外もいらっしゃるけれど、ちょうど皆様不在にしていて、城に残っている中で外交に携われそうなのは兄様を除けば、私以外に居なかったのだ。


 そして、今私の乗った馬車はカジト港にたどり着いた。

 道中から見えていたその船はとても大きい。

 舳から艫まで50メートルは有るのではないだろうか?

 ナイキの城の本丸よりも大きいだろう。

 その上高さと呼んで良いのか、船の水より上に見えている部分もかなり高く、港に用意されている階段櫓は甲板までは僅かに届いていなかった。

 一応はカジト港で一番高さのある船着き場に入っているのになんという大きさだろうか?

 これだけの船を作れるのはセントールではヒヨウのニコ家くらいではないだろうか?


 あそこは海が荒れている場所が多いため頑丈で安定性の高い船の開発に余念がないと聞いている。

 しかし、鉄の船を使っているという話は聞いたことがない。

 鉄の船を使っているのは、大きな木材が貴重な北部の湿地帯だったか?

 しかしわざわざあちらから接触してくる様には思えない。


 いよいよ船の目の前までやって来た。

 私達が近付いたことに気付いたらしい船の乗員らしい背の高い金髪の男性が、背の低く青紫色の髪をした女の子を連れて船着き場に降りて来ていた。

 階段櫓は使わず飛び降りて・・・かなりの手練れの様だ。

 そして何よりも・・・

「(何あの乳房!?ややこの頭より大きいんじゃないの!危険・・・危険だわ!)」


 凄まじい揺れは遠距離でもよく見えた。

 頭の中に訳のわからない警鐘が鳴り響く。

 見たところヒト族であって、一般に胸の大きい物が多い牛獣人や山羊獣人には見えないのに、あの身長であれだけの大きさ・・・フリフリとした布をふんだんに使った服を着ているところを見ると身分の高い方だろうか?

 乳房の成長具合から考えれば、同い年からすでに成長の終わった二十くらいか?


「くっ・・・私にもあの四分の一位でもあれば・・・」

 窓を閉めながら、思わず声が漏れる。

 護衛に来た男の兵たちが、女性の胸の辺りを見ていたのが判る。

 外交上問題になりかねないことだが、まだ二人のいる場所までは少しの距離があるので気付かれていないと信じたい。



 馬車は船着き場の前で止まり、ここからは歩いて近寄らねばならないので、私は馬車から降りて、旗持ちと傘持ち、それに裾持ちの侍女だけを連れて彼らの待つ船着き場の先の方へ歩いていく。

 すると二人の顔もよく見える距離になった頃にホウと侍女たちが声を漏らした。

 気持ちはわからないではない、男性の顔立ちはあまりに美しかった。


 身長が高く、男性のそれだと判る程度に筋肉質であるのに、その顔立ちは繊細そうで儚さを感じさせる程、それでいて頼りないという訳でもなく、女性的な優しさを内包した包容力のある顔立ちだ。

 それぞれ趣の異なる美形の兄様達に甘やかされている私でも見惚れる程彼は魅力的で、さぞ身分の高い人物だと見てとれた。


 一方、例のおっぱ・・・もとい胸の大きい女の子は、幼く見える可愛いお顔をしていてやはり同い年から、五つ程度歳上位の方だと思うけれど、その胸囲的な暴力は私達を少し惨めにさせた。

 でも、初めが肝心だ。

「ようこそシーマ領へお越しくださいました領主リューベルの妹のマナ・シーマと申します、皆様のお越しを歓迎させて頂きたく参りました」

 気を取り直して私は挨拶した。

 先ずは歓迎の言葉を伝える。

 用向きは最終的に聞ければそれでよく、最初は円滑な情報交換ができる関係を結ぶべきだろう。


「姫君自らの歓迎ありがとうございます。自分はサテュロス大陸から参りました。イシュタルト王国ホーリーウッド侯爵の孫のユークリッド・フォン・ホーリーウッド、以後お見知りおきを」

 そういって殿方の方がご挨拶くださった。


 取り敢えず国の主ではないらしいけれど身分をもった人物の孫らしい。

 ということは、隣にいらっしゃる方は奥方様かお姫様の可能性もある。

 ドキドキしながら、少し俯き気味の女性の挨拶を待つが、しかし彼女は言葉を発しない。

「?」

 私と、男性・・・ユークリッド様の顔に同時に疑問符が浮かぶ。


 そして私に先んじてユークリッド様が疑問を口になさった。

「それでご用向きは?」

 どうやら女性の方は自己紹介していただけないらしい。

 少し残念に思いながらも、役目は果たさねばならないと気を取り直す。


「はい、親善の使者ということでございますが、上陸頂く前にこちら側との文化の違いなどすり合わせさせていただきたいと思い参りました。当家の家臣には血の気の多い者が居りますので、文化の違いなど考えずに行動してしまう者がいないとも限りませんので」

 これは本当のことだ。

 一部の家臣はシュゴ家としてシーマ家と同格のはずのニャベシマやダティヤナどころか、はるかに格上のダイミョウ家チョウビ家すら格下に見ている節がある。

 女性当主を戴いているというだけで・・・

 それはつまるところ、こちらの常識に凝り相手方との違いを考えるバランス感覚に欠けるということである。

 まして相手は大陸外からの客人を名乗るのだから、それは文化の違いなど数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいあるに違いない。

 そんな連中に大切なお客様を傷つけさせる訳にも行かないだろう。


「それはご丁寧にありがとうございます。しかしここでは風もありますし良ければどこか室内で話したいと思いますが、陸かこちらの船か、ご希望はありますか?」

 と、彼は願ってもないことを尋ねてきた。

 サテュロス大陸の者かどうか確かめるのに船内の設備を見られるのは非常に有意義だろう。


「そうですね、こちらは兵を連れています。上陸してしまえば退路がなくなってしまうでしょうから、私が一人でそちらのお船へ失礼するのが筋というものでございましょう、ご案内いただけますか?」

 と、訪ね返すと彼は隣にいた女性に目配せをした。


 するとこれまで自己紹介もせず俯いていた女性は頭を上げて、私の方を見上げて告げた。

「失礼いたします。私はユークリッド様の奥方様にお仕えするメイドのエレノアと申します。艦内にご案内させていただきますので御手を預けてくださいますでしょうか?」

 と、どうやら彼女は貴人ではなく侍女の様なものであったらしく、それで黙っていたらしい。

 て言うかそれなのにこんな布を遊ばせた服を着ているの?

 少なくとも三種類以上の布を使っているし、その質も良さそうなのに、これで侍女の類って、彼はやはりかなりの家格なのだろう。

 家臣達に任せなくて正解だわ。


「えぇ、お願いするわ」

 頷いて手を差し出すと私の侍女たちは私から離れる。

 エレノアさんは私の手を握ると、自身の胸もとへ寄せた。

 そして手を離すと、私を両腕で抱える様にして・・・?

「わひゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」

 と、跳んだ!?

「(嘘でしょ!?何メートルあるのよ!?こんなの生身で人一人抱えて跳ぶなんて!?)」

「失礼致しました。こ、怖かったでしょうか?」

 気づくとすでに甲板の上、甲板の上は歩き易そうな木の板が張られていて、へりの金属に触ることでようやくこの船の材質がただの鉄ではなく、グソクに使われる様な魔鉄の類だとわかった。


 そして怖かったなんてものじゃないすごく怖かった。

 ヒロだったら漏らしてるはずだし、私も到着があと十分も遅ければ粗相をしていたかもしれない。

 もしやらかしていたならば、実に5年ぶりの・・・いや、あの話を思い出すのは止めよう。

 思い出したら怖くてファイバー兄様の顔を数日間見られなくなる。

「いいえ、驚きましたけれど、大丈夫です」

 それに弱みを見せてはいけない、もう手遅れな気もするけれど、非公式とはいえ私もシーマの代表としてここにきたのだから。


 甲板の上には女の子ばかり10人以上が並んでいて、何人かはエレノアさんと同じ様にフリフリとした縁取りのついた服を着ている。

 同時に髪を少し纏めるためのものらしい髪飾りがついている方たちが、服装も似通っているので、それが侍女たちなのだろうと判断する。


 どの方がユークリッド様の奥方だろうかと品定めしていると、私の前に一人の女の子が歩みでた。

 その子は私より5センチメートル前後小さいとてもかわいらしい女の子で、エレノアさんと比べるとシンプルな服を着ているのだけれど、堂々とした振舞いが気品を感じさせる。

 そんな彼女を指しながらユークリッド様は

「マナ姫様紹介します、正妻のアイラです。」

 と仰り。


「初めましてマナ姫様、わたくしはアイラ・イシュタルト・フォン・ホーリーウッド、イシュタルト王の孫で、彼の正室です」

 この船と同じ名前、彼女が姫君だ。

 挨拶したアイラ様はユークリッド様の隣に自然に寄り添う。

 とても自然なのにその可愛らしさが、どこか背伸びしている子どもの様に思えて、とても微笑ましいものに見えてしまう。

「(何この子!無茶苦茶可愛い!部屋に持って帰ってヒロ共々おべべを着せ換えて可愛がりたい!)」

 て言うか結構体格差あるみたいに見えるけれど、夫婦って大丈夫なの!?ちゃんと出来るの!?

 しかし私の驚きはそれで終わらなかった。


「それからこちらはアイリスとアイビス、私の側室です。」

 彼は涼しい顔でアイラ様と同じ年頃の二人の少女を紹介した。

 片方はアイラ様と瓜二つの顔立ちで、姉妹、それも双子だとわかる。

 双子の姫君を揃って娶ったということなのだろうけれど、何よりも驚いたのは側室の二人と正室のアイラ様の間に険悪な空気が無いことだ。


 甲板に上がって来た直後の時、アイラ様はすでに近付きつつあったけれど、側室のお二人は御髪を触りあっていた様に思う。

 まるで全員がご姉妹の様に仲がよい。

 こちらと違って正室、側室間の確執がないのだろうか?

 いや、こちらでも仲の良い側室同士というのは居る、これは文化の違いではなくてただそういう事例というだけだろう。

 ただそれでもあの仲の良さは羨ましい。


 私もあんな可愛い妹が欲しかった。

 ヒロは可愛いけれど実際には姪っ子だし、当主の兄様の娘だから身分の違いもある。

 人前ではこんな風に仲良く振る舞えない。


 でもやるべきことは決まっている。

「シーマ領主の妹のマナ・シーマです、皆様の歓迎と親睦のためにやって参りました」

 こんな子たちを、疑い、探り、場合によっては手にかけなくてはならない。

 今更ながらに、自ら申し出たお役目の重さを感じる。

 私の初めての戦いが始まる。

シュゴ家の姫君マナの戦いはこれからだ!

(始まりません)

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