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第128話:鬼は外へ

 南セントール亜大陸、セントール最南端の領主であるリューベル・シーマは出不精である。

 バサラシュゴとして領土獲得に明け暮れた頃でさえ、戦に出た回数は数えるほどで、ミカドの調停を受け入れ、亜大陸を四分し協調路線を取る様になってからはますますナイキを離れなくなった。

 領主として土地を富ます為にこなすこと事が増えたからと執務室周辺を離れることは余程の事がなければない。


 彼には三人の弟妹がいる。

 上の弟ファイバーは二つ下の27歳、先の七年戦争ではシーマの主力を担い23の城を攻め落とした。

 下の弟ファインはさらに二つ下の25歳、先の七年戦争途中で初陣を迎え、戦の才もさることながら、戦後の占領地の慰撫に優れた手腕を発揮し、良く兄たちを支えた。


 そして唯一の母違いの妹マナはリューベルからみて14離れた妹で現在15歳、セントールの習わしであればとっくに嫁に行っている年齢であるが、彼女は今も敬愛する兄リューベルの執務室で兄に甘えていた。


------

(リューベル視点)

 私が目を通す必要のある書類を処理しながら、左手で妹マナの髪を梳る。

 平和な時代だ。

 戦乱で乱れたセントール大陸南部のシュゴ、シーマ家の分家出身であった父エーシュの子として、バサラシュゴのシーマ家の嫡男として生れた私の幼少期はいつも危険と隣り合わせだった。


 祖父と父とは傑出した人物で、分家の1氏族に過ぎなかったはずなのに父の代には南セントール亜大陸の旧13国のうち3国を統合した。

 その頃の私はまだ幼く、敵対していた別のシーマ家や、シュゴシーマ家の家臣筋であったもの達から命をよく狙われた。

 そのため、幼い頃から屋敷の敷地内で過ごす事が多かったのが、今の出不精に繋がっているのかもしれない。


 3国を統合した父は、しかし敵対していたシーマ氏族のもの達を殺さず。

 恭順する者は迎え入れ、尚も抵抗した者は追放した。

 その際幼い後継者達には長旅が無理だろうからと父は、雨を避けられる馬車まで提供した。


 恭順したシーマ氏族や旧隣国の者達からは甘い沙汰だと苦言もあったそうだが、父はその対応を変えなかった。

 その結果起きたのが先の七年戦争だ。


 私がまだ14の頃、父の情けで生かされた者達は遂に、外敵を呼び込んできた。

 彼らが頼り呼び掛けたオトゥム、トウイ、ザカラ、アソ、イチジョウの軍がシーマ領へと攻めこみ三方向から同時進攻された。

 初戦で前線の城が陥落し、我々は滅亡の危機に瀕した。

 筈だった。

 しかし、父は敵の合従連衡の弱味を見つけて交渉を開始した。


 それは敵の連合の中で、オトゥムが最大勢力であることと、最も格式が高いイチジョウがそれを快く思っていないこと、そして歴史的にイチジョウがトウイを併合しようと働きかけ、同じ様にオトゥムがトウイ、ザカラ、アソを取り込もうとしていること・・・我々がなにかをせずとも元々危ういバランスの上に、トウイ、ザカラ、アソに攻めこんだことのないシーマ家を押さえつけるという弱い目的の為に集まった連合の結束は脆かった。

 何せシーマが滅ぼされた帰り道に自分達が滅ぼされる可能性すらあるのだから。


 だから父は提案した。

 むしろ他から攻められる危険の少ないシーマこそを中心として、オトゥム、イチジョウを倒し、本領を守ろうと・・・。

 結果あの泥沼の七年戦争になったのだと思うと少し気分が悪いが、あの戦争の最中に私はシーマの家督を継ぎ、弟二人も初陣を済ませ、あの二人が頑張ってくれるから私はナイキで存分に妹マナを可愛が・・・内政や人事の采配を摂ることができた。


 妹を可愛がる余り、家中に私が妹を女としてみていると風聞が流れて妹の縁談が中々こないという状況になってしまったのは盲点だったが、仕方なかったのだ。

 あの頃の妹は心の薬の様なモノで、彼女がいたから私はシーマを守りきることができたのだ。

 守るべきものがあるからこそ、私は戦えたのだ。

 私にベッタリになった結果マナがこう・・なったのはさらなる盲点だったが・・・。


「ととさま」

 考え事をしていると部屋の中に儚げな声が響いた。

「ヒロ・・・か、どうした?」

 みれば亡き妻の面影を今に遺す愛娘のヒロが不安そうな表情で、部屋の入り口からこちらをみていた。


「もう30分も経つのにまだお考え中なのですか?」

 ヒロは10歳になる私の唯一の子で、膝の上を占拠しているマナとは、まるで姉妹の様にそっくりな娘だ。

 私と妹との間の風聞には亡き妻と妹が良く似ていることも原因があるだろう。


「シーマの大事だからな、慎重に決めねばならん」

 ヒロやマナが平穏無事に暮らすためには、ひとつの間違いも避けねばならない。

 休戦から約8年、正式にシュゴと認められてまだ4年、切り取っていたトウイやイチジョウ、オトゥムやクマビゼンの旧領をミカドに返納し、そこに3つのシュゴ家が置かれた。

 今は表向きには平穏な関係だが、シコクはともかく、ダティヤナ、ニャベシマにとってシーマはオトゥム、クマビゼンを滅ぼした旧敵であるはずだ。


 その平穏はどんなきっかけで壊れてしまうかわからない。

 私はマナやヒロを戦乱の世に置きたいとは考えていない、だからこの案件は慎重に処理するべきだ。


 つい先程、隣接するカジトの港に五大陸のひとつ、サテュロスの船籍だという大型船が入港したと連絡が入った。

 サテュロスがどの様な目的で来たかはわからないが、港への入港にはセントールと同じパターンの信号旗で連絡をとったらしい、ということは少なくともこちらの文化を多少なり調べているか、共通の文化をもっているということになる。

 そしてその船には「小さな姫君アイラ」と銘が入れられていたという。


 つまり乗組員の中に、サテュロスのいずこかの国の姫君から命を受けた使節が乗っている可能性がある。

 さすがに姫君とまで名のつけられた船に、全くの無関係の者が乗ってくることはないだろう。

 あとはその姫君がこちらで言うミカドに相当する家か、ダイミョウかシュゴに相当するのか?何にせよ先ずは本当にサテュロスの人間なのか確かめる。

 サテュロスから本当に遥々やって来たのであれば、その船がただの賊ということはないだろう、逆にサテュロスではなくセントールのモノであれば、それは南セントールの平穏を乱そうと言う悪意に違いない。

 どちらにしても対応を誤れば、シーマの滅亡へと直結しうる大事だ。


 ナイキ城に居合わせた家臣たちと協議していたが、どうしてか誰もサテュロスからの使者である可能性を考えていない様であった。

 確かにサテュロスとセントールとは少なくとも三千年以上交流の記録がない、とは言えその初めてが今日この日でないという保証もないのに、どうしてか皆我々の立場を危うくするためのダティヤナかニャベシマの策略であると決めつけてしまっていた。

 私は、ファイバーかファイン、それに二人の副官に付けた家臣達がいればもう少し建設的な話し合いができるだろうにと残念に思いながら執務室で考えをまとめることにしたのだ。

 今はまだ相談もしていないが、ここにはもう一人の参謀がいる。


「まったく、どうして今日なのか、よりによってファイバーはアソの祭事に顔を出すために、ファインはシコクとの通商路で起きた土砂崩れの救援の為に出張中とは・・・二人の行動力が裏目になったな」

 不満に思っていたことがつい口から出てしまう。


 マナ・・・は良いとして、ヒロの前だというのに不安にさせてしまう様なことを口にしてしまったことに気がついてハッと顔をあげるが、ヒロは私の顔をマジマジと見つめながら言う。

「じじさまではダメなのですか?」


 と、確かに父エーシュはバランス感覚に優れた素晴らしい手腕をお持ちの方であるが、すでに隠居した身である。

 その上最近はフラフラとしていて、庭の池に落ちたり、厠に行く途中で眠ってしまったりするので、正常な判断は難しいだろう。

 父が耄碌としてきていることはまだ10のヒロではわからないのだろう。

 かつてシーマを1大勢力にのしあげた父のことを家臣たちから聴かされて、父のことを今も素晴らしい祖父と信じている。


「そうだな・・・これは今のシーマを支える我々の仕事だ。父上にはしっかりとおやすみ頂いて、余生を楽しんでいただかなければ・・・」

 私もあの面倒くさい七年戦争を乗り切ったのだから、余生は愛娘や妹の成長を楽しみにのんびりとしたいのだが・・・

兄様あにさまここに頼りになる弟は居りませんが、妹ならば一人居りますよ?」


 その時私の膝の上から声がした。

 膝の上に居るものなんて、マナしかいないわけだが、どうやら初めから起きていたらしい。

「マナ、私はお前を争い事に関わらせるつもりはない、お前は生涯、愛でられる花でさえあれば良い、相手はそのうち見つけてやるから」

 そういって顎の辺りをウリウリとすると、ネコみたいに目を細めて気持ち良さそうにする。


「兄様、相手はお船のお姫様なのでしょう?それならばこちらも姫を使えばいいのです」

 そう言いながらマナは身体を起こして、ヒロを抱き寄せる。

 祖父の若い頃や父と同じ青い髪が重なって、どこからがヒロの髪で、どこまでがマナの髪かわからなくなる。

「マナ、お前はムグっ!?」

 言いたいことを言わせてもらえなかった。


 人差し指を突っ込んで私の口を止めさせたマナは、ニヤニヤとしながら

「幸い当家には現在姫が二人居ります。片や先代の嫁き遅れ、片や当主の一人娘、相手が本物でも、偽物でも、嫁き遅れを使えば無礼にも、取り返しのつかない事にはならないと思いませんか?」

 言いながら私の口の中でその長く細い指を前後させる。

 感触は気持ち悪いが、シーマの為に身を捧げようと提案する妹がこの兄との戯れ事として選んだのであれば、それを止めさせようとは思えなかった。


 しばらく私の口を蹂躙したそれがようやく引き抜かれると

「うわ、兄様指がべとべとになってしまいました。ヒロきれいきれいしてくれない?」

 マナはそう言いながら指を今度は腕の中に居るヒロの方に向ける。

 私の唾でヌラヌラと光を反射する指がヒロの目の前に差し向けられ、ヒロは嫌がって身動いだ。

「いやーん、あねさま、ばっちいですよ」

 愛娘にばっちいと言われ若干ショックを受けていると、マナはヒロのほっぺにその指をつんと押し当てて、ヒロはギャーギャーと叫びながらマナの腕の中から逃れると少しの間部屋の中を逃げ回り、そのうち部屋から出ていってしまった。


 それを見送ると追いかけるのを止めたマナは部屋の戸を閉めたそして・・・。

「消毒消毒(ひょうどくひょうどく)」

 件の指をしゃぶりながら私の前に座ると、私の懐から懐紙を取り出して口から引き抜いた指を拭った。


「兄様は私の能力・・もご存じですよね?だから大丈夫です。どうか私をお使いください」

 そういって頭を下げる。


 そうだ、この妹のもつ能力であれば、例え相手が策略の為に近づいて来たのだとしても、即座に命を落とすことは恐らくない。

 無論それでも妹を危険かもしれない相手に会わせることに抵抗感はある。

 それでもシーマの主として、安全に、そして確実に選択する必要がある。


 私はマナの目をまっすぐに見つめた。

「マナ、腑甲斐無い兄を許しておくれ、お前の言う通り今回の相手は厄介かもしれん、確かにお前にあってもらうのが一番安全だろう、シーマ家にとっては・・・」

 賢い妹・・・だ。

 これが弟であったならば、息子のいない私は確実にヒロと結婚させて、跡継ぎにしていた。

 マナが執務室にいても追い出さないのは私が妹を溺愛しているというのも正しいが、妹がこっそりと私以上に執務をこなしているからという部分もある。


 女であるため表向きには政治に介入させられない、南セントールの男尊女卑は根強い、結局はその思想が、家臣たちの対ニャベシマ、ダティヤナへの不信感にも繋がっている。

 女シュゴが頭で国がまとまるわけがない、まともな政治などするはずがない、やがて結託して我らに牙を剥く・・・と

 しかし私はこの賢い妹に助けられて来たからわかる。

 女と男の違いなど房事と子を育むための役割分担程度に過ぎない、むしろ女が子を産んでくれなければ男などすぐに絶滅してしまう。

 天から子を授かるのはいつも女の方なのだから・・・


 そしてこの妹は荒事でも、私より強い、いやむしろシーマ領の者でマナに勝てるのは、鬼の異名を獲たファイバーとムサシ、チュウイ、クランド位かも知れない。

 兄弟と父の秘事だが、マナは3つの時には祖父から才能を見抜かれて様々な教育を施され、10の時には父やファイン、そして私を剣術で上回った。

 そして、軍法や政治のことも兄妹の中で最も理解が早いのだ。

 

 その妹が、自分が行くべきだと判断したのだ。

 つまり、それが最良だと・・・私もそれ以上など思い付かない。


 それから家臣たちに、意向を伝えた。

 相手方が真にサテュロスの船である可能性を鑑み、マナを使者に立てて対応すると。

 何人か嫌な顔をしていたが、相手が姫君の名前らしいモノを冠した船で入港したことから、使者相手にも姫であるマナが行くことが妥当で、なおかつマナは正式な官職をもつわけではないので、例え良くわからない口約束をしたとしても反古にできること、相手側が仮に悪意のある策略によるモノであったとしても、それによってマナの命が奪われたとしても、こちらの被害は軽微であるとして説得した。


 私が可愛がっている妹を使者に立てるという言葉に私の覚悟を感じたのか家臣たちも折れた。

 それからマナにシンプルで動きやすく、なおかつ美しい着物を着せて、数名の侍女を付け、180名の護衛とともに送り出すことになった。


「マナよ、相手方の真意はわからないが、シーマの存続に関わることだ。言葉ひとつに注意を払うことを努々忘れぬ様に・・・可能ならば相手がサテュロス大陸のものであるという確証をつかんでほしい」

「はい主君、私マナ・シーマ、主君のご下命くださるままに、シーマの為に尽くさせていただきまする」

 私の命じたままとは、思う通りに調べてくれというものだが、家臣たちは私が執務室に居る間にマナに受け答えややるべきことを吹き込んだ、むしろ初めからそのために執務室に戻ったと考えているらしく

「姫様、くれぐれも余計なことは仰いませぬ様に」

「殿のお言い付けをお忘れになられますな!」

 と言った声をかけている。

 一部の目敏い者にはマナが愚かではないことまでは知られているので、そういうものはただ黙って見送る。


「それでは兄様、皆様、務めて参ります」 

 やがてマナとその護衛の一団は、カジトへ向かって歩き出した。

 こうして、鬼と異名されるファイバーに迫る武勇、実戦を経ずともファインに迫る戦術眼、私に優る慧眼と政治能力をもち、更には最も鬼とよぶに相応しい異能力をもつ才能の塊、マナが初めて表舞台に羽ばたこうとしていた。

シーマ家の状況を表すために、久しぶりに完全にアイラ以外の視点となりました。

モデルにした戦国時代の人物はいますが、ちょっとにてる部分がある程度で勿論まったく関係はありません。

なおシーマの4兄妹はヒト族で兄三人は母親似の赤髪、妹は父親似の青髪です。


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