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第124話:異文化の話

 それは、ただ一隻大海原を行く鉄の船の中、一人の少女を中心に座った少女達と一人の青年が話し合っていた。

 彼らは、つい先ほどサテュロス大陸を発ち、北東へと進路をとっていた。


 その一番の目的は、各大陸に刺さっている鍵の欠片・・・魔剣を抜き、5本の鍵を集めることだが、今回の船旅では、最初は魚人の島国マイヒャン、続いてセントール大陸へと渡る予定となっている。


 サテュロス、セントール、ハルピュイア、エル、アンヘルの五大陸では共通の言葉が話されているが、文化の異なる異国であるため、それらの大陸のことも見知っている少女が、一先ず直近の目的地であるマイヒャンとセントールについて、仲間達に語り聞かせていた。


------

(アイラ視点)

 ボクたちの真ん中に座っているナタリィが話して聞かせてくれるのは、かなりの部分がすでに聞いていたこともある情報だ。

 とはいえアリエスやバージニア中尉、ユナ先輩もいるので、説明し直している。


 隣を見ればユーリは十人以上の女の子の中にいるというのに、とても落ち着いている。

 普通の男であればこれだけの美少女に囲まれて全く狼狽えないなんてことはあり得ないけれど、彼が前世女性であったことはもちろん関係あるのだろう。

 それに、よくよく考えてみれば、城暮らしでも屋敷暮らしでも、十人位の女の子に囲まれることはよくあったかもしれない。


 同時に囲む様なことは少なかったけれど、この場にいるのは新しい3人と、ナタリィを除けば皆我が家の関係者、入浴や着替えの手伝いなんて普段のことだし、学生の頃は時間が貴重だったのでメイド達も主人と一緒に入浴していた。

 そんな状態でもほとんど平静であったユーリなのだから、ただ囲まれている位ではどうと言うこともないのかもしれない。

 イサミなんかは姉であるナディアの肌着姿でも顔を赤くしていたものだけれど・・・。


 この船には、男の子はユーリしか乗っていない、これは他の男を乗せていて、女が孕んだ場合に、実際には他の男の子なのにユーリとの子であると偽証する者が居た時に面倒となることを避ける為だ。

 まぁ、この船にそんな女性はいないはずだしユーリもそんなに軽い男ではないけれど、新郎の他に男をつれていかないのは新婚旅行の風習としてはわりと一般的な風習らしいので従うことにした。


 船員は、全員が日誌をつけることになっており、特にユーリと同衾した者は記録をとらなければならない。

 帰国後何か問題があった場合には証拠品として扱われる。

 メイドや乗組員を信用していないみたいで少し引っ掛かりもあるけれど、みんなの身を守るためと思えば1日数行の日誌なんて苦にならない。


 さて、ナタリィが聞かせてくれているのは、これから向かうマイヒャンとセントールの風俗と、注意点だ。


 まず島国マイヒャンは3つの大きな島と、4つの中ぐらいの島、そして無数の小島と岩礁からなる島嶼国家だ。

 島々は主に魚人種族が暮らしており、最も大きなディプ島は現在ワニ族(サメ系魚人)の王が大部分を支配している。

 それに対して残りの2つの大きな島はそれぞれ、シシ族(海獣系魚人、魚人というのもおかしな話だが)、イサナ族(鯨系魚人、魚人というのも略)が取りまとめているそうだ。


「細かい説明は省きますが、マイヒャンには立ち寄らず目的の鍵だけ抜いてしまいましょう、鍵があるのはディプ島の西ですが、決してディプ島に上陸しようなどとは思わないでください」

 島々の大まかな配置と目的の場所を示したナタリィはそういって説明を終えた。


「どうして、上陸しない方が良いのですか?せっかく通り道にあるのですから、見聞を広められた方が良いのでは?」

 アリエスが不思議そうに首を傾げる。

 その際自然に腕に寄せてあげられた胸が、見るからに柔らかそうに歪むのを悔しい表情で睨みながらユナ先輩も続ける。

「なにか危険なことが、あるのですか?」


 ナタリィは二人に頷き返すと、再びボク達に視線を戻して呟いた。

「もしも、ディプ島に上陸し、平和裏に出航しようとするならば、ここにいる者のうち二人か三人は失うことになるでしょう」

 と、失うことを想像したのか少し俯いたナタリィはその目に嫌悪感の様なものを滲ませた。


 どういうことだろうとわからないでいるとナタリィは続ける。

「彼ら・・・ワニ族は、その文化の中に、間引いた子どもで客人をもてなし、それを食後に明かし、返礼として同じものを客人に要求するそうです、いつから文化としているかはわかりませんが、度しがたいことです」

 アイリスとアイビスが顔をしかめウェっとえずいて、トリエラも気持ち悪そうに口を押さえ、ナディアとソルとが、水と布を用意する。


 治癒術を選考していた彼女たちは、ヒトの標本等も見たことがあるため、想像してしまったのだろう。

 真っ青な顔で震えている。

 恐ろしい文化だ。

 知らずに国の名を背負って訪れていたら、内容を明かされないままもてなしを受け、魚人の肉を食わされた挙げ句、同じもの、つまり家族や仲間を差し出せと言われるということだ。


「それは、『介入』の対象ではないの?」

 ドラグーンたちは、世界の存亡に関わる事態に対して誓約に囚われずに介入することがあるという。

 そこまで積極的な人肉喰いがドラグーン達に文化として認められていないのはナタリィの表情を見ても明らかなのに、ドラグーン達はマイヒャンに介入はしなかったのか?


「魚人は、その名前に魚とついていますが、水の中で呼吸ができません、そのため遠洋に出るのは食料の少ない季節に限られます。遠洋と言っても浅瀬や陸地のないところでは彼らは休むこともできない為、マイヒャン周辺の海域を出ることはありません、そしてなまじ泳ぎが得意であるため船を造るということにもなりません、そのためその土地の中の限られた文化として放置されて来ました」

 なるほど、人類の存亡に関わらないから放置されてきたわけだ、とは言え本当にそんなに連中を放置していていいのだろうか?


「安心してください、それもアイラがマイヒャンに刺さっている鍵を回収すれば解決します」

 と、ナタリィは俯いたままで淡々と告げる。

 どういうことだろうか?


「あそこの鍵を抜けば、ディプ島の守りは失われ、シシ族とイサナ族の戦士達はワニ族を駆逐することになります。元々は力の強すぎるクチ族から他の魚人を守り、文化を育む為の地形が、ワニ族の奸計により、ワニ族を優位にするものになってしまったことは残念ですが、その地形がなくなればこれまでの報いを受けることになるでしょう」

「報い?」

 報いという意味深な言葉に尋ね返すボクにナタリィは冷たい笑顔を張り付けて答える。


「魚人にとって聖地であるディプ島を単独で抑えたことで完全に上位に立ったワニ族は、それ以外の魚人族にも人肉喰いを強要しました。そして他の種族に見目麗しい者がいると聞くや聖地への捧げ物にせよと申し付ける様になったのです、その状況を許しているのは、私たちが嵐の大洋と呼んでいる鍵の封印された地形に原因があります。かつて獣性を高められながらも、処分には値しないとされた者たちをディプ島に封じ込める為に作られた地形ですが、常に竜巻が吹き荒れています。そのため体の大きい者は安全に通れる隙間がありません、もう一ヶ所の上陸可能そうな場所は海岸線が複雑で波が荒く、実質上陸不可能です。しかし、嵐の大洋を解放すればその竜巻が消え上陸が容易になります」

「そしてイサナ族とシシ族がワニ族にこれまでの報復をすることになる・・・と?」


 ユーリの問いかけにナタリィは重々しく頷いた。

「ですので鍵を回収して地形を解放した後は速やかに海域を離脱することを提案します、後のことは彼らの問題です」

 ナタリィは本当にそう思っているのだろう。

 ワニ族は報復を受けるべきであると、しかし、それにはひとつ大事な要素が欠けている。


「ナタリィ、他の魚人種族はワニ族に勝てるの?」

 体の大きな者は出入りができなかったというなら、それはワニ族側にも言えたことだ。

 そんな恐ろしい文化を持つワニ族が外海に進出する様なことは避けたい。


「それは危惧するに及びません、まずイサナ族系のオルキヌス人はかなりの戦上手ですし、それに、ワニ族が外海を目指す様な事態になれば、『我々』が滅ぼすでしょうから」

 と、ナタリィは少し冷酷に笑った。


「ああいう表情浮かべる様な子を幸せに笑える様にするのも私たち姉の務めよ?」

「ええアリエス、私も、あなたの様な全妹の姉になれる様に頑張るわ!」

 緊張感と程遠いよくわからない会話を始めてしまった者もいる様だけれど、ひとまずマイヒャンについての方針は地形の解放だけに留めて、そのまま無寄港でセントールに向かう事とした。

 できればかつて輸出されてしまったペイルゼン人とドライセン人について少しでも調べたかったけれど、この旅の主目的は魔剣関連である。

 不用意な接触や危険は避けるべきだろう。


「続いてセントール大陸の話ですね、アイラ達には話したことがあることも多いですが、初めての方もいますので少し省略しつつお話しますね、まずセントール大陸の地形ですが、南北2つの陸地に別たれています」

 これは前にも聞いた。

 セントール大陸はサテュロス大陸の7割弱ほどの大きさの大陸と1割弱ほどの大きさの亜大陸に別れていて、さらにいくつもの勢力に別れて戦乱を繰り返しているとか・・・

 どこの土地も勢力争いに明け暮れているのは少々殺伐とし過ぎていないかな?


「現在南部の亜大陸にはシーマ、シコク、ニャベシマ、ダディヤナという四つの小勢力がありますが、こちらは6年ほど前に中央からシコク家が封じられたことを契機に、平穏な時代となっています。始めに上陸するのは南部のシーマ領か南東部のシコク領が良いでしょう、4勢力とも他領との貿易を重視しているのでどこでもいいのですが、中央へは南回りの航路で向かうことになるのでニャベシマ、ダディヤナへ回るのは二度手間になります。」


 シーマ家はかつて亜大陸の覇者に上り詰めかけた家で、ニャベシマの前身であるクマビゼン家、ダディヤナの前身であるオトゥム家を滅亡に追いやった勢力だ。

 当主のリューベル・シーマはヒト族の男性で、かなりのやり手だとか


 ニャベシマ家は、かつてのクマビゼン家の当主リュウジン・クマビゼンの嫁の妹のナオミ・ニャベシマが、リュウジンがシーマとの戦で討たれた際、中央からの命令で、領地を受け継いだそうで、本人はシャ族とキス族のハーフだそうだ。

 その出自から、種族に対する偏見がなく、何者でも実力があれば取り立てているとか


 ダディヤナ家はオトゥムの有力家臣であったチドリという女傑が、オトゥムの崩壊の折り本大陸に外交に訪れていた為に難を逃れ、そのまま中央から領主に任じられて引き継いだ国を、当時社会勉強にと外交に同行させていた親友の娘を養女にとり、そのまま受け継がせたものらしい。

 チドリはオトゥムを守れなかったこと、最期を共にできなかったことを恥じて、最低限の領地を運営のみ構築した後、隠居してしまったとか

 そして現在はシャ族系虎獣人のトウコ・ダディヤナが領主として国を運営しているが、年若いが為になかなか難しい状態である。


 最後にシコク家は、元々中央の役人で、かつて神話の時代の戦乱で草一本生えない不毛之地となった焦土島を、高品質のオリーブやイナゴマメの産地として回復させた功によりシュゴ職として亜大陸に封じられたという。

 結果ではあるが、亜大陸4勢力のうち3家が中央から直接領主と認められたことで、シーマ家は身動きがとれなくなり、協調路線へと変更することになったらしい。


 ナタリィが言うにはセントール大陸は中央、ミカド(!)と呼ばれる騎士王の末裔とされる家が一定の権威を持っており、その権威により7人のダイミョウと多くのシュゴ職を任命して治めさせる封建制度を取っている。

 なにやら聞き覚えのある単語が多いが、それはアシガルやグソクの時にもわかっていたことだ。


 今は、アシハラに残る古語が、日ノ本語に酷似していることもわかっているため、そう驚かないですむけれど、やはり聞き慣れた言葉が耳に入ると少し気になる。

 シュゴ、ミカドにグソクやホロと言った戦国時代を思わせる単語の数々が心を乱す。


 大陸本土は今も戦乱の時代だとか、そして一番重要な魔剣の所在については・・・

「鍵の所在については、私たちも完全な把握はできていません、ただセントール大陸の鍵は大地に刺さっている訳ではなく、ダイミョウと呼ばれる権力者達が所有している、というより、鍵を持つものがダイミョウと呼ばれているということになるのでしょう、我々はダイミョウかミカドに会う必要があるでしょう」


 そういうとナタリィは立ち上がり、軍議用に用意したボードに懐から取り出した地図を張り付けた。

 イシュタルトの地図と比べて遊び心の無い実用的な地図で、簡単にセントール大陸全体の形を描いたらしいほとんど白地図の様なものだ。

 その形は日ノ本の蝦夷地アイモに似た本大陸と蝦夷地で言うと渡島半島の様に突出した部分から細く長く延びた先に九州地方に似た形の小さな陸地がついている。

 どちらかと言えば南北のアメリカ大陸の様に見えなくもない。

 南側が北側の二割に満たない位の大きさなのでバランスは悪いが・・・

「これはセントール大陸の簡易な地図ですが、私たちが前回訪れた時点では・・・」

 簡単な説明を付け加えながら、ナタリィは地図を色分けしていく。


 形が本当ににているので蝦夷地で置き換えて考えると、渡島半島が根本から先までニコダイミョウ家、内浦湾に当たる場所にシコク家がかつて開拓した焦土島があり、そこは現在ミカドの荘園となっている。

 ミカドの所在は札幌市に当たる土地で、その西側をサンキダイミョウ家、東側をヘクセンシュゴ家が領有している。

 他のダイミョウ家が十勝に当たる場所にコンセン家、釧路に当たる位置にイセイ家、大雪山の辺りがティーダ家、留萌の辺りにエイゼン家、そして北見山地以北辺りがチョウビ家となっている。

 他にも小勢力がいくつもあるが、ボクたちが気にするべきはそれらダイミョウ家ということだろう。

 無論ここは蝦夷地ではないので山脈や川の配置は全く異なるが

、大雪山の辺りが険しい山々に囲まれているのは変わらない様だ。


「セントール大陸では、ペイルゼンの騒乱で使われて、すでにみなさんご存知のアシガルという鎧が一般的に兵士の装備品として導入されています。これはサテュロスと比べて大型化した魔物が頻繁に出る土地柄故だと考えられますが、元々はミカドからダイミョウ家に下賜されたダイミョウ鎧を真似て作られたのが始まりとされています。ミカドからはダイミョウ鎧、シュゴ鎧という二種類の鎧が下賜されることがありますが、それを真似て作られた武装はグソクシステムと呼ばれて、各勢力で量産されています。しかしながら皆さんの使っているセイバー鎧の方が、グソクよりも優れているので、警戒するべきはダイミョウ鎧とシュゴ鎧だけでしょう」

 まるでボクたちがセントール大陸でダイミョウやシュゴと戦うみたいに言うね?

 戦いに明け暮れるつもりはないよ、なるべく穏便に、出来れば関わらずに鍵を集めてさっさとアシハラへ進みたいのだ。

 アシハラへいけば神楽を日ノ本へ帰す手段も見つかるかも知れない、見つからなければイシュタルトに帰って、みんなで穏やかに暮らすのだ。


 ボクは戦闘狂でもなければ英雄願望持ちでも無いのだから。

 

名前の響き等から察しの良い方にはバレバレだと思いますがセントール大陸編は戦国モチーフです。

ただし大名家は暁や神楽たちのいた日ノ本では現在進行形で存在する文化なのでアイラと神楽は歴史的な響きを感じていません。

またセントール大陸の混乱した状態を戦国時代風に表現するのがイメージしやすかったのと、大名、守護などの名称を使用しただけなので、歴史上の事件や人物像とは一切関係しません。

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