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第123話:道連れ

 イシュタルト大陸北北東の港町マハからさらに北東の方角へ10kmほどの地点、およそ時速25kmほどの速度で一隻の戦闘艦が北東へ向かって波をかきわけている。

 その甲板には大きなマストがあり、帆もあるが、その帆は現在張られておらず、風を孕むこともなく萎れている。

 しかしそれならばなぜその艦は進んでいるのだろうか?

 その疑問を持つものはその場にはいない。

 なぜならその艦に乗り込んだ全員がその動力については、知っており、彼らの他にその艦を見ている者も今はいなかったからだ。

 艦は風も気にせず、波も気にせず緩々と進んでいく。


------

(アイラ視点)

「・・・はぁ」

 何度目のため息だろうか?

 つい30分ほど前まで、冒険の予感にちょっぴり在りし日の少年の心をくすぐられていたはずなのに、今のボクの気持ちはちょっぴり憂鬱だ。

 理由は除幕式での出来事、というよりはこのリトルプリンセス級にまつわる出来事だ。


「アイラ、機嫌直してよ、君が元気がないと、みんな調子が出ないよ?君がここにいるみんなの中心なんだから」

 愛しいひとが、ボクの髪を手で弄びながら声をかける。


「そうですよ、私もアイラさんがため息をついていると、気になってしまいますし、好きな人には笑顔でいて欲しいものです」

 もう一人の愛しいひとが、ボクの手に同じそれを重ねながらボクを慰める。


 実際その出来事はすでに過ぎ去ってしまったことで、いまさらどうしようもないことだし、悪戯とも呼べない様なあまりに愛情に溢れた行いだった。

 話は除幕式の終盤のこと・・・


---

 いよいよ、この式典の最大の見せ場だ。

 プリンセス、ナイト、リトルプリンセスの基礎設計はボク(ということになっているが、実際は前周の技師達のものに現在の技術で用意可能な設備を当てはめたものに過ぎない)だけれども、この場にいる技師や将兵達、そしてここには居ないルクスの工廠に詰めている技師や兵達全ての名誉が、この式典の結果如何で高められるかどうか変わってくるだろう。


 そう思うとロープを握る手に自然と力が入る。

 アイリスとアイビスから花束を受け取った技師長と司令を見れば、人妻とはいえ孫ほども年の離れた未成年の娘相手に鼻の下を伸ばす様なこともなく。

 ただこれまでの労苦を労われた感動か、その目には光るものがある。


 いよいよ除幕という段になり、会場全体で秒読みが始まる。

 ボクもユーリもやや緊張していたけれど、サリィが妙に悪戯っぽい笑みを浮かべたのが気になったけれども、秒読みに合わせてロープを引く。

 瞬間わっと空気が沸く。


 ボクも自分の娘の様な艦の全貌を見ようと艦首の方を見ながらロープを引っ張った訳だけれど、訳が判らず固まってしまった。

 この艦はリトルプリンセス級の一番艦、言わばネームシップな訳で、その艦名はリトルプリンセスであるべきだ。

 だというのにその艦首に象られてる名前は・・・


「・・・リトルプリンセス級一番艦の名前はアイラ号、これらの艦の設計に大きく関わり、近年の王国の技術革新を支え、本人が勇者でもある。本日新婚旅行に旅立たれるアイラ様を称えるべく、アイラ様ご本人には秘して名前を拝借させていただきました。これは開発に携わった者達と敬愛するジークハルト陛下、ひいては国民の総意に違いないと信じて止みませぬ」


 ワァーと、先ほどまでとは比較にならないほどの歓声が上がる。

 ジークめぇ!あんなに、プリンセスアイラ級は止めてとお願いしたのに!了承してくれたのに!

 リトルプリンセス級一番艦アイラ号、がこの艦の名前らしい。

 恥ずかしさと悔しさで、顔がヒクヒクするけれど、民衆はの前でジークが許可したことを否定するわけにもいかない。

 サリィがわかってますよねえと言わんばかりの穏やかな笑顔でボクをみているし、彼女が一番プリンセスアイラ級推しだった。


 つい一番艦はネームシップだと、かつての常識に、固定観念にとらわれてしまったけれど、イシュタルト王国は内陸国家だったのだ。

 艦名に対する慣例なんて無いに等しい、たとえこのリトルプリンセス級が一隻のみでも、別個に愛着のある名前をつけてしまえる程度には自由らしい。


 艦首には確かにアイラ、と象られており、その傍らにはボクのかつて使っていた広葉樹のシンボルに、王位継承権を表す王笏と小冠を組み合わせたものが刻まれていた。

 現在ボクの使っている紋章は半分の広葉樹に半分の盾、それに小冠、この艦にあしらわれている紋章を使っている人間はもうどこにも居ないというのに・・・。


 もう一度チラリとサリィの方を見ると、彼女は小さく囁いた。

「これは私やお祖父様の独断ではなく、技師たちに名前を公募した結果なのです。胸をお張りなさい、アイラは民から姫として崇敬されています」

 そう言われてしまえば、ボクももう恥ずかしいとか言えるものじゃない、民の声には応えなければ・・・。


 ボクが手を挙げると、民衆の歓声は益々大きくなった。

 そのままボクたちはリトルプリンセス改め、アイラ号に乗り込み。

 残していく人たちに見送られながら、出航したのだ。


---

 正直、全く気にしないでいるのは無理だけれど、実際落ち込んでいても詮ないことだしね、気持ちを切り替えよう。

 今ボクたちが集まっているのは甲板の上に設えられた広い船室、屋敷で言う居間の様なもので私室でなければここで過ごすことが多くなるだろう。


 ここからさらに上に上れば操舵室があり、下に降りれば艦内へとつながる。

 艦内には私室や、スクリューの魔石回路を安置する部屋などがあり、この部屋以外に艦尾側の扉からも艦内と出入りすることができ、私室は鍵が掛けられる様になっている。


 スクリュー推進型戦闘艦リトルプリンセス級一番艦「アイラ」は全長約48m、魔鉄類の装甲と、頑丈な甲板を持つ他、艦首下に波を和らげるための丸みを帯びた出っ張りを設けたり、艦の両側に直進時の抵抗をなるべく増やさずに、横揺れや転覆を防ぐ試みの稼働翼を取り付けたりと、全体的に未来を50年以上先取りした艦となっている。

 ただし、この世界の主流は帆船に風魔法で風を送るものなので、不自然でない様に偽装の帆走設備も設置されている。


 艦に施された直接の武装は甲板に設置された中型魔導砲7門のみだが、甲板前面と後方に設置された魔導カタパルトからはセイバー装備を着用した戦闘員を射出することが可能で、岩なども質量弾として500mほどなら射出することが可能だ。

 精密性は低いが、対艦戦でのけん制程度にはなる。


 またセイバー鎧開発の過程でカノン鎧用携行武装として開発された蓄魔力槽一体型小型魔導砲が格納されているので、船員の武装として有事には利用される。


 乗員はボクとユーリ、アイリス、アイビス、神楽、ナディア、エッラ、エイラ、ソル、トリエラ、フィサリス、ベアトリカ、ナタリィ、ダリアの14名とボクから見て6才年上のアリエス・マリア・コルベレ少尉とアリエスの同期で同い年らしいハマリエル・バージニア中尉そしてあのユナ先輩とが王領軍から貸し出された。


 ユナ先輩はボクたちの在学中、ユーリと同じ学年に在籍していた女性で、アイヴィよりも少し青い黒髪をしたスレンダーさんだ。

 西シュバリエールだったユナ先輩は卒業後、レジンウッド方面の警備隊に所属先が決まり、書類上ではそちらに勤めているはず・・・だったのだが、一昨日ジークから船旅につれていく様に申し渡された。


 ボクたちの旅は非常に重要なもので、信頼できる人たち以外はつれていくことができない為、最低限の身内で固められている。

 すでにアイビスたちにもナタリィたちがドラグーンであることを教えているし、その秘密が守られるべきであることもすでに納得済みだ。


 そんな中彼女達3人はジークから推薦されたとはいえども、中々に受け入れがたいことであったが、ジークから明かされたユナ先輩の家柄について・・・


 彼女のフルネームはユスティーナ・フォン・ハーフセラなのだが、ハーフセラ家はあのイシュタルト三隠密の一人ハンゾウ・ハトリ氏を代々排出する一族の表名義だそうだ。

 アミのボスケ家と同様ほとんど権力を持たない役職持ち貴族として振る舞っている。

 そんな彼女であるので信頼してつれていくことにした。


 アリエスはとある特殊性癖があるので、このアイラ号の乗組員を裏切ることはないと断言できるし、バージニア中尉もアリエスと同類であるという情報に半ば絶望しつつも、裏切の心配はないため、旅の道連れとすることにした。

 艦の運用をできる人物は多い方が良いし、彼女たちにはボクやユーリが艦を空ける時、艦に残るアイリスやアイビスの護衛をして貰うことになる。


「うん、落ち込んでいるアイラもカワイイけれど、やっぱり普段通りが、一番カワイイ」

 何も言葉に出してはいないというのに気持ちを切り替えたのがわかったのか、ユーリがボクのおでこにキスをしてきた。

 操舵のために上にいるアリエスとユナ先輩以外みんなここに集まっているというのに・・・・


 さすがにボクもほとんど初対面に近いバージニア中尉の前でこんなあからさまな愛情表現は照れるというか・・・恥ずかしい。

 頬が熱くなったのがわかる。

「ちょっと・・・ユーリ、人前だよ?」

 ムッとした表情を作って抗議するけれど、多分説得力はないだろう。

「ごめんね、アイラがあまりにカワイイものだから、アイラの言う通り、続きは部屋に入ってからね」

 と、ユーリは機嫌良さそうに笑う。


 続き!?と何か想像して顔を赤らめ空気の抜けるアイリスがカワイイ。

 アイリスも貴族の子女として教育を受けたし、もう結婚してから何度かユーリと閨を共にしているのに今もこういう不馴れな反応が多い。

 一方でアイビスは特に気にした様子もなくトリエラと、ソルとなにかを話している。


 バージニア中尉はこれからのことについてエッラやナタリィ、フィサリスと話し合っているけれど、その表情は非常に幸せそうだ。

 アリエスの同類ということだから、カワイイ年下(に見える)女の子に囲まれて幸せなんだろうけれど、その子たち皆君より年上だからね?


ボクが落ち込んでいたせいで進まなかった話がようやく進み始めた。

 上に居た二人も降りてきて、代わりにダリアとフィサリスが操舵に上がる。

 ナタリィを囲む様にして集まり、これからのこと、そして彼女は機嫌最初の目的地であるマイヒャンとセントールの状況とを彼女の知る範囲で語り始めた。

セントールでの話は多少長くなる見込みなので専用の章立てを用意します。


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