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第120話:王国

「さっき出会ったばかりだというのに、いきなりのイメージチェンジですまないな、サーリア姫やアイラの言うとおり、俺がバフォメットだ」

 仁王立ちで堂々とした物言い、ただでさえ圧倒的な威圧感を誇る男の態度に、その場にいた誰も疑いというものは思い浮かばなかった。


 そもそも人を見ることにおいて信頼できるサーリア姫と嫁、主人、或いは盟友であるアイラが

「彼がバフォメットです」

 と、発言しているので、その場にいた全員は仮に本人が私はただの通りすがり、と名乗ったところでそれを信じなかっただろうが・・・


------

(アイラ視点)

 ボクとバフォメットさんが出てきたとき、みんなは何かをナタリィから聞かされているところであったみたいだ。

 神楽がすぐにボクたちに気づいて声を出したので、それは中断したみたいだけれど、ナタリィの方は、バフォメットさんがヒトに近い姿になったことに驚いていて、話の続きをすぐにできるという感じではなくなっていた。


「ナタリィ、もう説明は終わったのか?」

 バフォメットさんはその堂々とした態度を崩さないままで、ややぼんやりとしているナタリィを見つめると問いかけた。

「え・・・?あ・・・どうして・・・?」

 その言葉にはどういう意味が込められていたのだろうか、ナタリィの応答はひどく不明瞭で、尋ね返す言葉は途中で途切れた。


「まだみたいだな・・・、お前たち割れた空を見たか?」

 ナタリィの思考が追いついていないことを悟って、バフォメットさんはアプローチの仕方を変えた。

「うん、空に見えたものはそう見えただけで、実際にそこにあるわけじゃないということ、そして見えていたのがアシハラの大地だというのはナタリィから聞かされた」

 ユーリはナタリィが尋ねられた分まで補足して答える。


「じゃあ続きからだ・・・」

 バフォメットさんが何気ない様子で地面に手を翳すと、その地面が隆起し、岩肌でできた椅子とテーブルが、人数分出現した。

 バフォメットさんはボクたちに座る様に促すと、自分は一番近い席に座った。

 それをみて他のみんなも一番近い椅子に座ると、ぼんやりしていたナタリィもあわてて席に座った。


 それを見届けてから、バフォメットさんは語りだした。

「ナタリィが説明してくれたらしい通り、あれは本来そこにはない大地だ・・・あぁ~ユークリッド、この世界がどんな形をしているか知っているか?」

 どうも途中でこちらにも話題をふりながら進めるらしい。


「神話に語られているものが正しいならば、この世界はイルタマの様に丸い、概ね球の様な形をしていると言う、そしてそれは天文学者や占星術師の研究によっても明らかだ」

 ユーリは手で丸い輪を作りながら、この世界の常識に則って回答する。


「うん、その通りだ。この世界は本来丸い、が、今はそれがアシハラとそれ以外とに分断されている」

 それを聞いて満足そうに頷いたバフォメットさんは、魔法で出した土でボールを作ると、それを真中でまっぷたつにした。


「これが今のこの世界だ」

 そういってバフォメットさんは2つのドーム状になった球を元の通りに球の形に重ねて見せる。

 意味が良くわからない


「みんなわからないって顔だな、言いたいことは現在のこの世界はひとつの星でありながら、別の世界として存在しているということだ」

 と、バフォメットさんは言葉を付け足した。

「それが、空にアシハラの大地が見えたこととどう重なるのです?」

 と、サリィが尋ねる。

 確かにそれもわからないし、2つの領域が別の世界になっているなら、どうしてナタリィたちは両方の世界を往来出来ているのかもわからない。


「空に見えた大地は、サテュロスに相当する結界のあるアシハラ側の場所だ。怖がらせて悪いが、見えることには特に意味はない。危険はない、ナタリィもそう伝えたかったんだよな?」

 と、ここでバフォメットさんはナタリィに話を振り

「はい、心配しなくて良い、と伝えようと思っていました」

 ようやく落ち着いたらしいナタリィは頷いた。


「さて、ここからは俺の役目の話だ。俺にはいくつか想定されている役割がある。そして今回その一つが回ってきたわけだが、サーリアがここに来ていることに感謝したい」

 と、バフォメットさんは次はサリィの方を見た。

「私が王族であることに理由があるのでしょうか?」

 むしろそれ以外にはないだろうと言いたげなサリィの視線は少し怖いくらい、でもバフォメットは実に楽しげにその視線を受け止める。


「カッカ!さすがに察しが良いな、そうだ。サーリアには現国王との渡りをつけてもらいたい、ホルン王国の王バフォメットが貴国との国交を求めていると・・・」

「ホルン王国といいましたか?それはとっくに滅びた国ですよ?」

 とサリィは少し言いにくそうに答える。

 しかしバフォメットさんの答えは単純だった。

「俺がいなくなったことでホルンが滅びたならば、俺がこうして戻った以上ホルンは復活するさ、それにな国民ももうじき用意できる・・・周りをみてくれ」


「・・・?」

 バフォメットさん以外の者が、ボクも含めて周囲を見ると、相変わらず魔物は近寄ってきていない、しかし少し前にあの話を聞いていたボクは気付くことができた。

「動いていない魔物が沢山いる?」

 魔物達の中でかなりの数がその場にしゃがみこみ、身じろぎもしないでいる。

 これはベアトリカやトロワ、ファン、シアン、それに先ほど見たグレーボヴィチ、アレクサンドヴィチ、エフィモヴィチらと同様に進化の可能性があるかもしれない。


「そうだ。あれらはおそらく亜人に進化するだろう、俺は魔王の責務として、やつらの国を作り、導いてやらねばならない」

 そうだろう?と言わんばかりに、バフォメットさんはナタリィの方へ視線をやる。

 するとナタリィも小さく頷いた。

「そう、ですね、魔王は新たに発生する亜人の王となるべく、守り導く存在として発生する仕組みになっているといいますから、魔王である貴方がヒトに近い姿となったことを見ても、きっとそうなのでしょう」


 頷いたけれど、ナタリィはなにか解せない様子で、バフォメットさんは彼女の疑問がわかっているみたいに意味ありげに頷いた。

「ナタリィ、おそらくお前は今、龍王から聴いている可能性との差異に悩んでいることだろう、お前の疑念もわからないではないが、現実を見ろ、俺はここにある、それに・・・」

 バフォメットさんの言葉を途中で掌を見せて遮り、ナタリィが再度ゆっくりと、しかし今度は大きく頷いた。


「私も所詮今この時この世界に生きる者のひとつということですね・・・」

 と、二人だけがなにかをお互いに理解している様だ。


「お二人だけで何を話していらっしゃるので?」

 サリィが痺れを切らして言葉をさしはさむけれど、ナタリィはようやくスッキリとした顔で、可愛らしく微笑んだ。

「秘密です。」


---


 ボクたちに理解できていない部分は多々有るものの、本人たちが説明するつもりが無い物を聞き出すこともできず。

 まとめると、説明会は、割れた空と、そこに見えたアシハラの大地に危険はないこと、そしてバフォメットさんの役目が、この角笛の地にこれから発生する亜人たちをまとめて国を作るつもりであるらしいこと、さらにその建国・・・現実的には町をひとつか2つ作るだけになるだろうけれど、その承認をジークに取り付けたいという彼の今後の方針の説明であった。


 現状イシュタルト王国はサテュロス大陸の9割以上を実質掌握した状態になっているため、平和裏な話し合いの元にバフォメットさんがホルン王国の復活を考えるならば、おそらくはドライラントの様な自治領として扱われるだろう。

 そういう内容をサリィが説明すると、バフォメットさんは笑って

「ここに生まれてくる亜人たちが守られるなら何でもいい、ただ俺はもう少ししたらこの魔王として手に入れた力も大半を失うことになるだろうから、そうなる前にしっかりと地盤を固めて置きたいんだ」

 と答えた。

 舞おうとしての力を失う、というのがどういうことかはわからないけれど、その表情は悲観的なものではなく、むしろ喜びを感じさせるものだった。


 話し合いの後で、ボクたちは王都に帰ることになり、バフォメットさんは今日のところはダンジョン内に亜人かしそうな魔物を運びこむため、またしばらくしたら王都にくると行って分かれることになった。

 その去り際に、ボクたちのほうへ向き直ったバフォメットさんは再び意味ありげに微笑みを浮かべて

「すまない」

 とボクたちに聞こえないくらい小さな声でつぶやいていた。


---

 魔剣の回収と、魔王・・・もといホルン王国国王バフォメット陛下の要望についてジークに報告した後、細かい調整や、角笛・・・もといホルンの開発とその予算や割り当てについての話し合いはサリィとジークに任せて、ボクたちはお屋敷に帰還した。

 まだ夕方ともいえない早い時間、アニスとベアトリカは帰宅していなかったが、おニューらしいごく薄いピンク色のドレスを着たピオニーが満面の笑顔で迎えてくれた。


 生地や縫製的に結構お高そうなドレスですよ?

 たぶん近衛兵クラスの月給程度の値段はするだろう、とてもそれなりに潤っているとは言え男爵家の、それも隠居した先代家の財政的に、未成年の、さらに結婚相手探しのための顔つなぎをする必要のない女児に買い与える様なものでもない、年始の祝宴の前ならば、モリオンに随伴するピオニーを着飾らせるのはいいと思うけれど、今買っても、その頃にはきっとパツンパツンになってしまっているだろうし、そもそも薄手のドレスなので年始の祝宴はもちろん、直前のピオニーのお誕生日会にだって着られないだろう。

 子どもの成長は早いんだから。


 あぁでも似合ってる。

 短めの袖から半分見えている肘の少し上のお肉の柔らかそうなのがとてもかわいい。

 普段と違い後ろ髪を高めに編んでから左よりにほぐしているのでうなじが見えているのがちょっと新鮮だ。

 シンプルを好む母ハンナがしてやるとは思えないので、たぶんアイリスか、服を買った店の店員にしてもらったのだろう。


 太いか細いかでいえば細いのに、不思議とプニプニしていそうなひかがみも可愛い

 本当はねぇねぇ似合ってる?って聞きたいだろうに、むずむずそわそわとした様子で、お澄まし顔でボクたちの様子を伺っているのがたまらない、ユーリはこと妹たちのことに関してはボクを優先させてくれるし、メイドたちはもちろんボクやユーリが何も言わないのに、その楽しみを奪ったりはしない。

 でもボクもこの可愛い生き物をもう少し見ていたいのでワザと焦らしてみることにする。


「ただいま、アイリス、アイビス、今日はピオニーとお出かけ楽しかった?」

 から始まり。

 ボクが名前を出したり、主にアイビスのポケットマネーで購入されたらしい今日の買い物の話が出る度、ピクリ、ピクリとするピオニーの様子をしばらくは堪能した。

 でもあまり長いことやるとなかせてしまうのでほどほどに、4回目でピオニーの方へ向き直り


「ピオニー、ずいぶん似合う服を買ってもらったねぇ?今日は楽しかった?」

 と、たずねると

「はい!すゅごく楽しかったです、おねえしゃま!」

 と、似合う、という単語だけですごく満面の笑顔になって、でもボクにしがみつきながら。

「でもおねえしゃまともおたいのもしたかったです」

 と、やっぱりまだ少し舌たらずに甘えてきた。


 お澄ましなピオニーも可愛いけれど、やっぱりまだ小さい子なんだからこれくらい甘えん坊な方が可愛い。

 幸いにしてまだ時間は少し早めだ。

 まだ何か一緒にお出かけできないこともない。

 お外で遊ぶ?せっかくのおニューを汚したらピオニーとお金を出したアイビスが泣くだろう。

 露店で買い食い・・・はピオニーはあまり好まない。

 お散歩もこけたりしそうだし、これ以上何か買ってやるのも教育上よくなさそう、っていうか母さんに怒られそう。

 なにかピオニーとできること・・・・。


 と、考えた末

 風の強い山地にいたからか、髪の中に少し砂が入り込んでるのが気持ち悪かったので、クリスの提案でボクたちはお風呂に入ることになった。

 ボクとクリスが入るのでピオニーももちろんご一緒する。

 少し早いけれど、もう外に出ないならいいかな?

 ユーリとナディア、それに母の手伝いで夕飯の下ごしらえをしているトリエラ、ソルは除いて、一緒に入ることになった。


 特にピオニーの服はエッラとエイラの手で丁寧に剥ぎ取られ、幼い頃のアニスと違い早い時間のお風呂でもテンションが上がり過ぎないピオニーは嬉しそうにしながらも実に堂々とした振る舞いであった。

 全裸の幼女だというのに貴族らしさを感じさせるその姿は、見ているボクに感動すら覚えさせた。


 生まれながらの・・・というのはやはり違うものなのだろう。

 貴族は生まれながらにして貴族らしさを身に付けている訳ではないが、4才にしてこの様な風格を出せるというのは、血筋や環境だけではなく、彼女自身がそうありたい、そうあるべき、と自身を強く律しているから、そう考えればたかが4歳と侮ることなんてできないけれど・・・


「おねえしゃましゅきー」

 夕べに引き続きベタベタに甘えてくる妹のお湯に溶けてしまいそうな笑顔をみていると、やっぱり可愛い可愛いだけになってしまう。

 この子は今は庇護されるべき子どもだ。

 もちろんアニスだってそうだ。


 今夜、アニスから何を聞かされても、今後どんな変化がこの世界を見舞うのだとしても、ボクが守るべき者たち。

 かつてサークラがボクを守ってくれた様に、ボクも・・・


------

(バフォメット視点)

 172体目の進化中の魔物を運び込む、地下の迷宮区はおそらくあと三年もすれば、俺の持つ魔王の力と共に失われるだろうが、無数にある部屋と通路は動けない連中を隔離して保護するにはちょうどいいスペースだ。


 おそらく5日から10日ほどで、亜人が生まれ始めるだろうがこのままだと最初の世代はほとんど理性を宿せないだろう。

 こいつらはあのアニスがつれていたクマの様な知性は持たない、何体か若い個体がいたので、そちらは教育次第かも知れないが、それでも俺本来の力を使って物を教え込む必要があるだろう。


 それでも理性を宿せないやつは・・・

 いやいくら俺でも庇護下にある無力な者を殺したりはしたくないなぁ

「頼むから、暴れない程度の理性は宿してくれよ?」

 そう想いながら目の前のメスのヒツジ魔物の背筋を撫でてやるが、進化前の硬直のために反応はない。


 だというのに、無抵抗で撫でられる姿が良かったのか、愛着の様な者が僅かに膨らむのを感じた。

「名前をつけ、呼んでやるのが、自我を発生させるコツだと、誰か言っていたか?」

 その愛着を誰にという訳でもなく言い訳しながら、俺は目の前の個体から名前をつけ始めた。


 

サテュロス大陸が獣人天国になるルートに入ったわけではありません、極めて強く魔王バフォメットと角笛の鎌の魔剣の影響下にあった魔物が一気に活性化しただけです。

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