第119話:新バフォメット
アニスが周回者であったことを知ったアイラは、同行していたエレノアへの説明が難しいことを考え、今は秘密にしておくことを選んだ。
アニス自身は、アイラに周回者であることを受け入れられた安堵感のためか、上機嫌であったが、アイラに面倒をかけることを厭い、アイラの方針に従うことにした。
そうしてアイラは『跳躍』の能力でアニスを王都に近い、人目につき難い場所へ送り届けたあと、再び角笛の城館へと跳躍した。
愛しい人たちを待たせているのももちろんだが、何よりも突然亜人に近い姿になったバフォメットに話を聞くために・・・
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(アイラ視点)
再び跳躍の暗転を抜けると、そこはつい2分程前と同じく、薄暗い部屋の中だった。
先ほどとほとんど同じ場所、少し壁に近い位置で『鑑定』でバフォメットさんだと判明している長身の男性が興味深そうに足元を見ていた。
足元、というか転がっているシープマンたちを見ているね?
しかし、あのバフォメットさんがこんな普通・・・ではないけれど人の姿になるだなんて・・・。
一体何があったのだろう、前周では魔剣を抜いたあとはどこかに消えてしまってそれっきりだったけれど、彼は役目が回ってきたと言ったか?
「すみませんお待たせしました」
ボクが戻ったことなんて気付いていただろうに、なぜか動かないシープマンたちをじっと見つめているバフォメットさんに声をかける。
ん・・・?何か違和感がある気がする。
「おう、思ったより早かったな、まったく気配を感じ取れない距離まで移動していたみたいだが、角笛よりも外に出てたのか?」
しかし、すぐにバフォメットさんがボクの声に答えたため、失礼がない様彼との会話に集中することにしたボクは、その気付きを一旦置いておくことにした。
「えぇ、たまたまそういう移動に使える能力を持っているもので、バフォメットさんこそそんな広い範囲の気配を読める様な能力をもっているのですか?」
問い返すボクに彼はその答えを教えてくれる。
「あぁ、まぁお前たちが角笛と呼んでいる領域の大半は、魔王としての俺の領土の様なものだからな、アイラが鎌を抜いた以上それももうじき終わるが・・・連れが待っているだろう、歩きながら話そう」
と、彼は出口へとボクを誘導する。
「はい、ありがとう、ございます。みんなを気にかけていただいて・・・」
姿形が人に近いものになっただけなのに、前よりも敬意を払わないといけない様な気がして、ちょっと言葉遣いが安定しない。
しかし彼はそんなボクの態度の変化なんて気にした様子もなく優しげに笑う。
「かまわないさ、俺はようやく少し前に進めるのだからな、今はどんなことでも楽しいし、ましてアイラやユークリッド、サーリアは俺の係累だ。むしろもっと関わらせてほしいくらいだ・・・それにしてもエイラは連れてきていなかったな?この周では生まれていないのか?」
と、前の周で出会ったエイラのことを少し気にしている様子で彼はボクに尋ねた。
「いいえ、生まれています、ただ彼女は王家の血筋であることをその、出生の秘密といいますか、彼女自身と彼女の母親が出生を秘密にしているので、人前では言わないでくださいね?本人たちが隠したがっていることですから」
そう伝えると、バフォメットさんは小さくそうか、と頷いた。
その後、階段の踊り場に差し掛かった頃、彼は不意に立ち止まった。
そして・・・。
「あぁそうだ、ひとつアイラ・・・の妹のアニスに礼を言っておいてくれ」
と、バフォメットさんは改まってボクの方へ向き直った。
「(礼?なんだろうか?)」
ボクも踊り場で立ち止まり無言で彼と目を合わせた。
「グレーボヴィチ、アレクサンドヴィチ、エフィモヴィチ、さっきの部屋にいた俺の眷属たちだが、殺さないで無力化してくれてありがとう・・・そう伝えてくれ」
あぁそれでさっき彼らをじっと見ていたのか、と納得する。
ボクは彼らの恐ろしさに前周では躊躇なく首を落としたが、それは前周のボクがすでに生き物を殺し慣れてしまっていたからというのもあるだろう。
それに対してアニスはまだ今生では実習でも魔物を1体か2体相手する機会があったかどうかくらいだろうか?
それゆえに彼女は人型に近いシープマンたちを殺害することを躊躇したと言った。
ボクならば、きっと殺してしまっていただろうが、そうするとバフォメットさんはあの部屋に入った時にその屍骸を見てしまうことになる。
たとえ魔人とはいえ、バフォメットさんにとっては子供みたいなものだろうからそれは嫌だったのだろう。
そこで気付いた。
さっきまでめぇめぇ五月蝿かったシープマンたちが、ボクが戻ってきた時には静かになっていたことに・・・。
まさか自分で手にかけた!?
嫌でもそれだと、もっと苦しいし、わざわざお礼なんていわないはずだ。
そのまま彼は言葉を続けた。
「・・・おかげであいつらも俺と共に先に進める。」
先?先とはなんだろうか?
バフォメットさんは役目が回ってきたと言っていた。
それは今の姿と関係があるみたいな口ぶりだったけれど、その役目に彼らも付き合わせるということだろうか?
なおも彼は言葉を続ける。
「アイラ、あの3体はな・・・いや、角笛のこの辺りの魔物はすべて、角笛の維持の為に俺の眷属として生み出したものだが、あの3体は魔人化したので室内に入れたんだ。そうじゃなきゃ魔人は危険だからな」
前周で聞いた説明と若干違う気がするが、矛盾はしていないだろう、彼らはバフォメットさんが生み出した者たちだということは変わらない。
頷くボクにバフォメットさんはさらに続ける。
「さっきあいつ等が動かなくなっていただろう、あれはさらなる進化を遂げようとしている前兆だ。俺と同じ様に・・・。」
バフォメットさんと同じみたいにって・・・まさか魔王化!?
「そ、それってまさか・・・!?」
核心に迫る言葉を続けようとするボクに先んじて、バフォメットさんは答えを教えてくれる。
「そう、亜人化だ。アイラは察しがいいな、かつて魔物だったあいつ等がとうとう亜人になるときがきたんだ。」
あれ!?
うれしそうに笑うバフォメットさんの言葉に少し戸惑いながらも、せっかく誤解してくれている様なので、合点いったとばかりに頷いておく。
それにしても亜人になるだって?それってつまりグ族系の獣人になるってこと?
動かなくなって進化だなんてちょっとベアとも似ているね?
「あいつらはもともとヒツジ系の魔物だった様だが、途中でエフィモヴィチだけゴートマンに進化したからな、おそらく2人はそのままヒツジ系の亜人に、1人はヤギ系亜人に進化するはずだ。」
と、バフォメットさんは楽しそうに笑った。
「アニスや、後から入ったアイラがあいつ等を殺さないでいてくれたおかげで、いち早くその兆候が見られた」
「えっと、それが役目に関係あることなのですか?それにバフォメットさんも同じく亜人化している・・・そういうことですか?」
わからないことが多いけれど、バフォメットさんがヒトに近い造詣になったことが役目に関係している以上、それに近い変化を遂げ様としているあの3人も役目に関係している可能性は高いだろう。
「そうだなその話は外に出てからにしよう、お前のことをいつまでも帰さないと、乗り込んできそうだ」
とバフォメットさんは少し上・・・角度的に出入り口の扉の方を見た。
「あぁ、そうでした。急ぎましょう。」
そう答えてボクは歩き出した。
そろそろ魔剣を引き抜いて15分ほど経ってしまう。
いくら神楽と連絡を取ったといっても、少し心配させてしまう。
しかしそこで思い至る。
魔力にはまだ余裕があるし、跳躍で入り口近くまで戻ればいいのだ。
「バフォメットさん、ここって順路を戻る必要ってありますか?」
次の踊り場で再度立ち止まってボクは尋ねる。
「ん?いや、特にないが、そもそも来た道が一番出口に近い・・・あぁさっきのあの能力か?」
と察しのいい彼はすぐにボクの意図に気付く。
「えぇ、あと数分だけですが短縮できるので、みんな空の見える外にいるのですよね?」
尋ねるボクに、やはり気配を読めているらしいバフォメットさんは確信を持った表情で頷く、そして
「あぁ、正直アイラの能力に興味もあった。ぜひ使ってみて欲しい、たしか抱きつけばいいんだったか?」
と尋ねる。
そうか、アニスたちを連れ出した時はそうやって連れ出したんだった。
でもあれはアニスとのスキンシップを楽しみたいがための嘘であったし、ボクは筋骨隆々の男に好き好んで抱きつかれる趣味はないから、答えは決まっている。
「手で触れれば、それでご一緒できます」
そういってボクは手を差し出した。
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玄関ホールのひとつ前の扉の前まで跳躍で移動したボクとバフォメットはそのまま玄関に向かう扉を開く、するとすでに玄関の扉は開け放たれていて、ユーリや神楽たちが外にいるのが見えた。
どうやら開けっ放しで待っていたらしい。
「あぁアイラさんやっと出てきま、し・・・た・・・?」
神楽が嬉しそうに手を振ってくれるけれど、途中でバフォメットさんに気付いたらしくその目には混乱が見える。
ユーリも少し怪訝そうな顔をしていた。
「アイラ、その方は・・・?グ族系の方、それもかなり強い方だと思うけれど、まさかその方がバフォメットが言っていた人じゃないよね?」
「いえお二人とも、どうやら彼はバフォメット陛下の様ですよ?」
と鑑定をしたらしいサリィが警戒気味に、でも表面上は柔和な笑みを浮かべたままで仲間たちに注意を促す。
「サリィ姉様の言うとおり、こちらの方が先ほどまで毛むくじゃらだったバフォメットさんです。魔剣を抜いたら姿が変わられました」
ボクが告げたとたんナタリィの表情に動揺が見えた。
フィサリスとクリスは普通に驚いた顔なので、ナタリィはバフォメットさんの役割についても何かを知っている可能性があるかもしれない。
「さっき出会ったばかりだというのに、いきなりのイメージチェンジですまないな、サーリア姫やアイラの言うとおり、俺がバフォメットだ」
自分自身の姿が変わったというのにバフォメットさんは落ち着いたもので、あまりに堂々とした振る舞いに、みんな信じがたいはずの事実をすぐに受け入れた。
短いですが、時間的にもキリがよかったので




