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第117話:幸せなアイラの物語

 この日、サテュロス大陸最後の魔剣の回収のために、悪魔の角笛にやって来たアイラたちは、建国神話に語られるバフォメットと対面した。

 鑑定の力を持ち、まるでアイラたちの都合を全て見透かしているかの様に徐々に人払いをしたバフォメットは、最後にアイラ1人を最奥へと導いた。

 勇者級戦力との対面を警戒したアイラの予測に反して、そこには二つの影が佇んでいた。


------

(アイラ視点)

 扉が開かれたとき、そこには少し甘い匂いが立ち込めていた。

 来訪者の話を聞いたときボクはてっきり1人の人間がここにいるのだと考えていたけれど、予想に反してそこには2つの影が、ボクを待っていた・・・・というよりもっとくつろいでいた。

 彼らは床に座り込み、おいしそうにパンを頬張っている。

 部屋の隅には、ここを寝床にしていたであろう3体の魔人と思われるものが3つ転がっているが、血まみれというわけではなく、それらは四肢を凍結させられていた。

その氷は溶ける様子もなく、さりとて部屋の中は寒いわけでもなく、彼らが点した魔力灯の灯りに照らされて、最奥にある角笛の鎌の魔剣は記憶の中にかつてそうあったままに鎮座していた。


「あ?」

 と小さな声をあげたのはボクだったのだろうか?

 呆然とするボクに二つの影のうち右手側の存在はその太い腕を広げてボクに飛び掛ってきた。

 普段ならなんなくかわせるそれを、今のボクは避けることを思いつきもしないで、なすがままにされる。

 なんで?と疑問が頭の中を支配する。


「な、んで・・・」

 ボクを抱くのは毛むくじゃらの丸太の様な腕

「待ってたよ・・・。」

 今まで楽しそうにしていたのに、申し訳なさそうにパンを置いているのは、10年近くずっと近くにあったピンクブロンドの少女の声

「・・・アニス」

「・・・お姉ちゃん」

 そこにいたのは訓練場に出かけているはずのアニスとベアトリカだった。


「いろいろいいたいことはある。でもボクが最初にいうことはわかってる?」

 ようやく冷静になりベアトリカを引き剥がしながらボクはアニスとベアトリカを睨み付ける。

 これだけははずしちゃいけない、ボクは彼女の姉であり、ベアの主人なのだから。

「訓練場にいくんじゃなかったの?嘘ついて、危ないことした子はお尻ペンペンなんだよ?」

 ボクは姉として妹を叱り付ける。

 アニスはボクをお姉ちゃんと呼んだのだから、それで正しいはずだよね?


 ボクの言葉にアニスは一瞬目を見開いて、少し潤んだ目で笑った。

「ごめんなさいお姉ちゃん、もうしないわ、今回だけよ?」

 言いながら笑い顔はすぐに泣き顔に変わる。

 そして、アニスはボクに抱きついてきた。

「話を聞かせてくれる?」

 そのアニスの背中に手を回してその小さな妹を受け入れる。

 抱きしめながら鑑定をしてみる。


 これまで数度この子のステータスを鑑定したことはあったけれどそのいずれの時も、年齢の割りに若干魔法力と意志力、そして器用さが高いくらいで、転生者や周回者特有の異常な意志力を持っていたわけではなかった。

 それが今は・・・。


 アニス・フォン・ウェリントン F10ヒト/

生命277魔法248意思12070筋力13器用108敏捷101反応111把握145抵抗91

適性職業/魔剣士 調停者 観測者


 魔王バフォメットすら凌ぐ意思力、意思力の値が、推測通りに過酷な環境やその人生における経験の濃さから来るものだとしたらこの子はいったいどれだけの悲劇と惨劇を見てきたというのだろう。

 それに、これまでは異常はなかったというのにどうして今になって・・・?

 いや、すべてアニスが話してくれるはずだ。

 アニスがいったい何者なのか、なんのためにここまできたのか。

 ボクは姉としてすべてを受け入れる覚悟がある。

 父が、ユーリが、神楽がボクを受け入れてくれた様に、ボクこそが妹を受け入れるべきだろう。


 ボソボソと語り始めるアニスの言葉を、姉として、彼女の事を愛する者として聞き逃すまいとする。

 それしか今出来ることはなかった。


------

(アニス視点)

 私がその違和感に気付いたのは3才になる前のことだった。

 近所に住むノラお姉ちゃんに弟が生まれて、そのソラと同じ柵の中で遊ぶ様になった頃、今でこそ既視感と言葉にできるけれど、当時は何でそんな風に感じるのかわからなくて、ただ不安感に泣いていることしかできなかった。


 幼い私は、時々ふっと不安になるけれど、夕べ悪夢にうなされた見たいなおぼろげなもので、説明なんて出来るものではなかった。



「また泣いてるの?」

 ある冬の夜、お姉ちゃんと寝ていた私はまたその不安感にかられて目を覚ました。

 4つ上のアイリスお姉ちゃんが、自分だって眠たいのに起こされて嫌だろうに、優しく私の頬っぺたを挟んで、その手の温もりは、私の不安感を和らげてくれた。


「アーちゃん、おてて」

 姉の右手を両手で握り、その指先を口に含む。

 姉は嫌がることもなく私のなすがままにしてくれる。

 舌でその形を確かめる様に撫で、慣れ親しんだその感触に心を落ち着ける。

 言葉にできない不安感に泣くことしかできない私を慰めてくれるのはいつも家族で、時々は近所のお姉ちゃんたちも泣きじゃくる私のために指を含ませたり、胸に抱き締めてくれた。


アイラ・・・はなきむしちゃんでしゅねぇ、せっかく起きたし、おちっこも行く?」

 アイリスお姉ちゃんは、眠そうにしながらも、私に指をしゃぶらせてくれながら、体を寄せて抱き締めてくれる。

 冬場のお漏らしはとっても辛いのを、三才前の私も知っているので、ついていくことにした。


 部屋に戻って、少し冷えた体を布団の中で姉と寄せ合って

「さむいさむいねぇ、でもこれで明日の朝は冷た!ってならないよ、良かったねぇ」

 と私の頭を抱っこしてくれるアイリスお姉ちゃんは幼いながらも立派に姉という生き物だったと、今でも思い出せる。


 日々不安感に苛まれながらも、幾日かは穏やかな時が流れた。

 でもその不安感に耐えきれない私はすぐに泣き出す様になってしまった。

「もう、アイラはこのところ泣き虫さんね」

「こんなにグズるなんて、どこか悪いのかしら?心配だわ」

 サークラお姉ちゃんと、ママは私が泣いているとすぐに抱き上げてくれる。

 抱き上げられると、目の前におっぱいがくる。

 それを枕にするのがとても好きだったはずなのに、この頃はその温もりが反って不安感を煽った。


 大好きだから不安だったのだと理解できたのはさらに数日後の深夜のこと。

 夜中にママとサークラお姉ちゃんが部屋にいて、私とアイリスお姉ちゃんは起こされた。

 その緊張した様子に私は不安感を刺激されて、泣き出しそうになった。


 するといつもは泣きたいままに泣かせてくれて、あやしてくれるママが私の口にリボンを押し込んで、もうひとつのリボンで手を縛った。

 訳がわからず涙を垂れ流しながら嫌がる私に、ごめんねごめんねと何度も呟きながら、ママは手早く私に厚着をさせた。

 その間にサークラお姉ちゃんは、アイリスお姉ちゃんになにかを言い聞かせていて、アイリスお姉ちゃんはずっと首を横に振っていた。


 でも、そんな悠長な時間はとうに無くなっていた。

 部屋の扉を蹴破って、剣を持った男が三人部屋に入ってきた。

 ママは私の事をサークラお姉ちゃんに押し付けると、サークラお姉ちゃんはその細腕のどこにそんな力があるのか、アイリスお姉ちゃんと私を抱えて窓に向かって走る。


 見えない後ろでママがなにかを叫んでいて、お姉ちゃんは泣きながら窓を体で突き破った。

 私は前にもこんなことがあった。

 そう思い出していた。

 夢の中のことの様で、どこか現実味がないまま。

 私を抱えた姉は走り、そして捕まった。


 家まで引っ張り戻された姉は男に組み敷かれて、抵抗していたけれど、私とアイリスお姉ちゃんに剣を向けられると抵抗しなくなった。

 涙を流して、血塗れで眠るママの横で、男三人に代る代る組みしかれた姉は、やがて泣き声すらあげなくなった。

 私たちは、怖かったけれど泣きつかれて眠った。


 朝がくると、男たちは私たちを家の外に連れ出した。

 広場まで出ると、何人か知っている人が、母と同じ様に血塗れで眠っていて、サークラお姉ちゃん見たいに疲れた表情をしたアンナお姉ちゃんアルンお姉ちゃんとノヴァリスお姉ちゃん、新婚のキスカちゃんとノラお姉ちゃんは目に光が点っていなかった。

 8人だけが手を縛られて、どこかにつれていかれるみたいだった。


 男たちは剣をちらつかせながら森の中へと入った。

 サークラお姉ちゃんとアルンお姉ちゃんが、疲れた顔を笑顔で隠して、何でもないよーと私やアイリスお姉ちゃんを宥めてくれるけれど、ノヴァリスお姉ちゃんは

「何でもないわけない・・・みんな、みんな・・・」

 と心痛な顔で泣いて否定する。


 途中で私が、歩くのが辛くなってくると、アンナお姉ちゃんが男の人たちに、自分とサークラお姉ちゃんの縄を解く様に頼んで、私とアイリスお姉ちゃんの事を抱いて歩く様になった。

 歩かなくてよくなっても、どこに行くかもよくわからない、冬の森を行くのは幼い私たちには不安だった。

 パパやママやお兄ちゃんも置いてきぼりになってしまって、寂しくて、アイリスおねえちゃんがシクシクと泣いて、つられて私もエンエンと泣いた。

 男たちが。私たちの泣く声に苛立っているのもわかったけれど、泣かないことはできなかった。

 だって悲しいのだもの、この後どうなるかわかってしまったから。

 私はそれを知っていたのだから。


「やっぱ小さすぎるガキはうるさいし、立場ってものがわからないみたいだな、ここらで置いていこう」

 男たちの一人がそんなことを言い出した。

 サークラお姉ちゃんとアンナお姉ちゃんがすぐにそれに対して否と声をあげる。

「ま、待ってください、こんなところにおいていったら、妹たちは魔物に食われて死んでしまいます!私は何でもしますから、そんなことはやめてください、お願いします」

 お姉ちゃんは私を抱っこしたままで頭を下げる。

 アンナお姉ちゃんも頭を下げている。


 それに対する男たちの答えは冷酷だった。

「あぁ確かに魔物が出るかもなぁ、魔物が出たらガキどもを餌にして俺たちは安全に逃げられるし、お前たちの言うとおりそれまでは一緒に連れていってやる。せいぜい魔物が出ない様に祈っとくんだな」

「よかったなチビども、お姉ちゃんたちがお前たちを無駄に死なせるよりもいい使い道を考えてくれたぞ?人の役に立ててうれしいよなぁ?」

 と、心が壊れているみたいに笑っている。

 姉たちはなおも縋ったが、その声に反応したのか、魔物がやってきてしまった。


 その後のことはよく覚えていないけれど、やってきた魔物は私やアイリスお姉ちゃん程度の餌で満足できるものではなく、そもそも肉は食べない魔物で、襲ってきた理由は成熟した雌を求めてのものだった。

 男たちはお姉ちゃんたちの腕から私たちをもぎ取ると、アイリスお姉ちゃんの足を折って、その場に放り捨てた。

 私もアイリスお姉ちゃんの隣に投げ捨てられて、頭を打って意識が朦朧としていた。

 だけど、男たちの声が、遠ざかることはなく一つ消え、二つ消え、やがて聞こえなくなるまで30秒経たなかったと思う。


 他のみんながどうなったかはわからないけれど、私の意識はそこで途切れて、多分二回目だった私の人生はそこで終わりを迎えた。


------

(アイラ視点)

「それからね?また気がついたら2歳のお誕生日のお祝いの日だったり、またいつの間にか冬になっていたり、そうやって途切れ途切れにあの日・・・までの穏やかな日常を繰り返す様になったの、私は、生まれてこられなかったアイラお姉ちゃんの名前を貰って、家族に愛されて育つけれど、あの冬の日になるとウェリントンは必ず賊に襲われて、みんな死んでしまうばかりだった。」

 アニスは遠い、寂しい目をしてそんなことを語った。

 ボクが前周で味わった絶望を、苦痛を、彼女は何度も何度もその幼い心と体で受け止めてきたという。


「いつも意識がはっきりしたら、何とかしようって思っていたの、でも私がウェリントンの襲撃よりも前に起きていられることはほとんどなくて、ほとんどの時間を私は、ただの幼い女の子としてしか過ごせなくて、でもある時を境にあの日の夜を越えられる様になったの、それでもパパもママもお兄ちゃんも、サークラお姉ちゃんも死んでしまって、あの夜を生き残った1回目はたしか私とアイリスちゃんだけで、ウェリントンの家の地下室で誰にも救われないまま死んだの、2回目はそのまま死ぬのが嫌だったから地下室から出たんだけれど、ちょっと早すぎたのね、賊に捕まってまた森で死んだ。」

 どうやら彼女は周回者ではあるけれど、ボクのように始終前周の意識が覚醒しているわけではなく、普段はただの少女であったらしい、それがためにボクの鑑定では彼女の数値に以上が見られなかったのか?


「もう何回目かなんて私にもわからないけれど、ある時とうとうウェリントンから救出されることができたの生き残りは私とアイリスちゃんとノラちゃんとエッラちゃん、エッラちゃんがとうとう助けを呼ぶ様になったのね、どこで何がそう変わったのか私にはわからないけれど、そこから先は毎回エッラちゃんが呼んだ助けが間に合う様になってきたの、もしかしたらそれまでもエッラちゃんは助けを呼びに行っていたのかもしれないけれど」

 それはボクたちも経験している。

 エッラが呼んだ夜警部隊の救援、それがなければ前周のボクたちもあるいは詰んでいたかもしれない、賊を3人切り捨てたといっても、まだ30人以上の賊が残っているはずだった。

 やつらも仲間3人が切り捨てられたとなればボクたちの家の中を家捜ししていたかもしれない。

 そうなればやがて地下室も見つかっていただろう。


「私はねすごく気が遠くなるくらい何度も何度もママの、サークラお姉ちゃんの死を見つめてきたの、その間ずっと私はアイラ・・・で、でも毎回お姉ちゃんたちがいうの、ごめんねごめんね、でもあなたたちが生きてくれるのがすべてだからって」

 アニスはその頃のことを思い出したのか、その両目に涙を湛えてでも笑っていた。


「それからホーリーウッドにたどり着いた私とアイリスお姉ちゃんはホーリーウッド家にお世話になる様になるの、お姉ちゃんはリントハイム王子のお嫁さん候補としてホーリーウッド家に迎えられたの、ユーリおにいちゃんが生まれてなかったのかな、リントハイム王子がギリアム様の養子になっててね、でもお姉ちゃんはよくわからない貴族の横槍で暗殺されたり、学校で階段から落ちて死にました、なんて報告がされたりしてね、10歳まで生きてたことのほうが少なかったなぁ、それでも何百回と繰り返すうちにお姉ちゃんも生き残るようになってきた。でもメイド見習いをしていたノラちゃんが下級貴族に手篭めにされたり、エッラちゃんが馬の世話の腕を買われてお城勤めする様になったら、エッラちゃんが強く抵抗できないのをいいことに、いつの間にかひどいことさせられてたりってあまり平和ではなかったかも」

 少し笑顔に翳りが見える、一体何度そんな人生を繰り返してきたのだろう。

 バフォメットの意思力を見る限り、ある程度以上まで意志力が上がった後、は意志力の伸びは悪くなると思われる、もしかすると一度経験したことを繰り返しても意志力は上がらないのではないかと推論できる程度にはボクとバフォメットとの意志力の差は大きくない、彼も何度も周回しているのにだ。


「全部伝えたいけれど、長くなりすぎちゃうからお姉ちゃんに伝えたいことをお話しするね」

 少し間を空けて、アニスはボクの両手を掴んだ。

「前の世界までに私はいろんなことを経験したの、王都でいろんな人と出会ったりもした。ここでバフォメットと出会って鎌を託されたりもした。シグルドとルイーナ、ルティアと冒険者をやった回が一番長生きした回だけれど、それもセントール大陸から侵略者がやってきたら終わってしまった。戦う力を持たない人は奴隷にされて、国王になっていたヴェルガ様たちも殺された。私たちみたいに女でも戦える力があるのは、傭兵扱いだったけれど、セントールの戦場に連れて行かれて意味もわからず戦いを強要された。戦わないと家族を殺すっていわれてたくさん人を殺した。グソク相手の長い戦いでシグルドもルイーナもルティアも死んでしまってそうして戦ったのに最後はその国が戦争に負けて、やっと自由になれると思ったのに、私たちはいっぱい兵士を殺したからその責任をとって奴隷になれっていわれて、その場でその場にいたセントールの人間を皆殺しにした。あの頃にはもうそれくらい強くなってたから、セントール大陸で向かってくる兵士が居なくなるまで、全部殺した」

 妹の口から恐ろしいことが語られる。

 もし前周でセントールの侵略を防げなかったら、同じことがおきていたかもしれない。


「それで全部殺したら今度はアンヘル大陸からヒトと亜人たちがセントールを侵略しにやって来たの、長い戦争で疲弊していると思ったのね、普通ならセントールにはグソクがあるから、生身の軍勢に負けたりはしないんだけれど、もうそんなの品切れで戦いは長引いたわ、アンヘル族との戦いの中でナタリィちゃんやゼファー、ダリー、フィーちゃんとも出会った。彼女たちは最初その素性を隠してアンヘルの侵略を良しとせずに抵抗する勢力として接触してきたけれど、私とダリーが契約して竜騎士になってね、ようやくアンヘル人を追い払えそうになった時に、後ろからセントールの若い義勇兵に刺された。お父さんの仇だって・・・。私一応その時はセントール側の部隊を率いてたのにね」

 自嘲気味に哂うアニスの表情は見ていて痛々しいくらいで見ていられなかった。


「お姉ちゃん?」

 急に抱きしめたボクにアニスは不思議そうな声をだして身をよじる。

 はなすもんか・・・。

「アニス、お姉ちゃんのこと嫌じゃないならこのまま、抱きしめられていて、そんな怖い顔しないで、そんな痛い顔しないで、そうじゃないならもうお話聴いてあげない。」

 そういうとアニスは抵抗をやめた。


「お姉ちゃん嫌がらないんだね、私はたくさん人を殺したよって白状してるのに、妹だよって抱きしめてくれるんだね?」

「ボクが君のお姉ちゃんじゃないときなんてあった?」

 君の無数に繰り返した人生の中でボクという存在はいつからあったのかわからないけれど、ボクはいつだって君のお姉ちゃんだったつもりだ。

 だから、拒否なんてさせない。


 すると観念したかの様にアニスはボクの背中に腕を回して、抱きつきながら続きを話し始めた。

「前の人生は、すごく楽しかった。初めてだったの、『アイラ』じゃなかったのは」

 それはつまりボクは前の周まで生まれてこなかったか、生まれてもアニスが生まれる前に死んでいたということだ。


「はじめは混乱したよ?やっぱり最初のうちは意識がはっきりすることは少なかったけれど、『アイラ』はお姉ちゃんの名前で、私はアニスだった。初めて自分の名前がもらえてうれしかった。でもやっぱり不安感はあってあの日森に行ったら、今までセントール大陸でしか出会ったことのなかったナタリィちゃんが居て、お姉ちゃんが切りかかってて、驚いたなぁ、お姉ちゃんドラグーンと戦えちゃうんだ!ってきっとこんなに強いお姉ちゃんがいるなら、ウェリントンの襲撃だって平気だって、思ったの。」

 先ほどまでと比べるとアニスの声色は明るい、けれどそれもすぐに少し暗くなる。

「結局襲撃は防げなかったけれど、ホーリーウッドにたどり着いたことのないサークラお姉ちゃんやキスカちゃんが生き残って、お姉ちゃんがいて、私はかつてないほど希望を感じたよ?あの一回の人生でアイラお姉ちゃんのこと大好きになったよ」

 背中に回された腕にぎゅっと力がこもる。


「それはそうだよ、普通人生は一回きりなんだ。だから一回の人生で誰かを好きになるのは当然のことなんだ。ボクもアニスのこと大事で、大好きで、愛してるよ?」

 ボクも力をこめる、愛しているからこそ聞かなくてはならないことがある。

「なのに、どうして前の周ではいなくなってしまったの?幸せだったならどうしてそのまま一緒にいてはくれなかったの?」


 前の周アニスはシグルド、ルイーナ、ルティアとともに旅立って、そのまま姿を消してしまった。

「あれは・・・、うん、アンヘル大陸に渡ったの、学校を卒業した後また不安感が襲ってきて、私はアンヘル大陸に行かないといけないって思って、今まで一度もアンヘル大陸まで渡ったことはなかったと、私はそう思っているんだけれど、でも行かないといけない気がして、シグルドたちを連れて行くつもりはなかったの、私一人でいくつもりだったの、でもみんなついてきてくれるっていってくれたから、甘えちゃったの、そうしたら・・・そうしたら・・・う、うぅぅぅ、幸せだったのに、あんなに幸せだったのに・・・なんで幸せなままでいられなかったの?どうして、あんなふうにひどい事されなきゃいけないのどうして私、アンヘルになんか行っちゃったんだろう・・・・」

 明らかにアニスの様子はおかしかった。

 何かにおびえている、目の前にいないなにかにおびえて、それでも何かを思い出し、語ろうとしてくれている。

 それが苦痛を、恐怖を、アニスに強いている。


「いいよアニス、一度に無理に語ろうとしなくていい、君がボクたちといるのが嫌でいなくなったのではないとわかればそれでいい」

 そういって宥めるとアニスの様子がまた変わった。

「嫌だなんてそんなことあるわけない!お姉ちゃんと会ったのはじめてだったけれど、おねえちゃんがいてくれて私すごく幸せになれたの、今回だってそう、今私はすごく幸せ、きっと今回がだめなら私はきっと永遠に幸せになんてなれないって思ってる。私はアニスがいい、アイラお姉ちゃんの妹として一緒にいさせてほしい。」


「そんなの別に改まって言わなくたって、君はボクの妹、生まれたときからそれは決まっていることだもの、君が嫌がったって妹をやめさせてなんてあげない」

 彼女の告白のおかげでボクはようやくボクのためにいなくなった『アイラ』がいないと、知ることができた。

 彼女はきっと今は語ることのできないアンヘル大陸の出来事について、ボクやナタリィに助けを求めたかったのだろう。

 それとなくアンヘル大陸のことについて、ナタリィたちに聞いてみようと思うけれど、もしかするとすでにその何かは解決している可能性もある、今生ではブリミールの一件でドラグーンがアンヘル大陸に介入しているから、そこでなにか動きがあったかもしれない、何にせよアニスが嫌がらないのなら、ユーリやナタリィには彼女が周回者だということも話してくれればうれしい。

 どちらにせよ、もう少しアニスが落ち着いてから話してもらう必要があるだろう。


 今日はきっと彼女はボクを周回者と見込んで話してくれたけれど、拒否されないか、妹と認めてくれないのではないかと、すごく不安だったはずだ。

 だから今日のところは、ものすごく甘やかすことにする。


「ボクはいまからこの魔剣を抜いてくけど、アニスはどうしたい?ボクもエッラにはまだ生まれなおしのことは話していないから予備知識がないし、アニスのことも説明しづらい、嫌でなければボクの能力で平原まで二人を送らせてもらえればと思うけれど」

 ここにどうしてアニスがいるのか、それを説明するには彼女の生まれなおしのことを説明しないといけない。

 偶然にアニスがここに迷い込むことなんてありえない、ほかのみんなはボクの生まれなおしのことも知っているからいいとして、エッラはそれを受け入れられるだろうか?


 アニスはボクの言葉に少しだけ考える様子を見せた。

「お姉ちゃんの迷惑になりたくないの、面倒が少ないほうでいいわ、でも別に自力で戻れるから、ここで魔剣を抜くのを見届ける」

 と笑顔で答えた。

 確かに朝分かれてから4時間足らずというこの短い時間でここまでやってきているのだからそれは確かなのだろう。

 見届けるのはいいけれど、いかにアニスが周回者で仮に独力で通れるとしても姉として、この子にあの魔物の跋扈する渓谷を通らせたくないと思うのは仕方ないことだと思う。


「わかった一緒に魔剣は抜こう、でも平原には送らせてもらうよ?これは説明が面倒だからとかじゃなくて、ボクがアニスに危険な渓谷を通らせたくないから、君もお姉ちゃんになったんだから、この気持ちわかるよね?」

 肩に手を置いてまっすぐに見つめて気持ちを伝えるとアニスはピオニーのかわいい姿を思い浮かべたのか、ちょっと照れた様な表情をした。

「うん、わかっちゃった・・・おねえちゃんはこんな気持ちで私のこと思ってくれてるんだね、言われてみれば私も、この人生ではじめて会ったピオニーのこと、すっごく好きだわ、お姉ちゃんたちのことも大好きよ」

 そういってもう一度アニスは抱きついてくる。


 これからボクたちは今までの様な何も知らなかった姉妹には戻れないだろう、きっとアニスはこの人生で意識がはっきりし始めた時からボクが周回者であることには気づいて居ただろう。

 けれど、今日ボクがそれを知って、ボクがアニスが周回者であったことを知ってしまった。

 彼女も、ボクがそれを知ることを恐れつつも教えてくれた。

 今までのボクたちの関係にはもう戻れない、それでも彼女がボクのかわいい妹であることは何があっても変わらないのだから、今しばらくはこの柔らかく温かな感触を楽しませてもらおう。

ということで、ここまで読んで頂いている方にはバレバレだったかと思いますがもう一人のアイラはアニスでした。

アニスのおかげでようやくアイラは、自分のために居なくなったアイラは居ないと知ることができました。

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