第10話:早すぎる再会3
イノシシとイタチの襲撃を受けた放牧地、今やその両方が駆除され、今はただ件のイノシシとイタチ4匹、2頭の馬と鳥が何羽か血にまみれて横たわり、そして村で家畜組を担当しているブリスと村長のエドガーは座り込み、エグモントはまだ意識を取り戻してはいなかった。
幾ばくかの沈黙の時間が過ぎてアイラは父に告げた。
「イノシシはまだしばらく息があるので、父さんが止めを刺してください。」
そういってアイラは父が取り落としていた剣を拾い上げてその手に握らせた。
「あ、あぁ・・・」
エドガーは、村長の責務としてふらりと立ち上がり歩き、もう立ち上がることもできないイノシシの心臓にその剣を突き立てたが正確な位置をつくことはできず、もう2度突き立ててようやく心臓を貫いた。
ひときわ大きな声を上げてから、イノシシは次第にその動きを止めた。
さらに重苦しい沈黙がその場を支配したが、そこへマーティンに呼び出されていたトーティスとテオロがそれぞれ剣を持ってやってきて、その被害の大きさと犯人の巨体に驚きの声を上げた。
「おーい、大丈夫・・・ってなんですかこのでかいイノシシは・・・。」
「エドガーさん、ブリスさん、エグモントさんは大丈夫なんですか!?」
「馬2頭は痛いが、何とか人死にはなくてすんだ・・・悪いが俺とブリスはうちで治療するから二人は、エグモントを教会に運んで、そのあとここの処理をお願いできるか?」
エドガーはアイラのことには触れず、村長としての指示を出した。
「了解しました・・・って何でアイラ様がこんなところにいるんですか?」
テオロはこの村で一番の腕っ節を誇る男でオルセーの父だが、村長の家の子どもたちのことを様付けで呼ぶ不思議な癖があった。
「いや、胸騒ぎがして様子を身に来てくれた様なんだ。この子がいるから、俺もイノシシを討つことができた。」
言葉を選んで嘘を交えることなく告げるエドガーの目からは迷いの色は消えていた。
「取り合えずエグモントと後処理のことは任せてください、馬はどーしますか?」
テオロが問いかけると。
「こーなっては仕方ない、体は肉にしよう、ただそっちのイタチに食われてる方はエッラのお気に入りだしな・・・・両方墓を作って弔ってやろう」
と家畜担当のブリスが寂しげに答えた。
そして・・・
「アイラすまないが剣を持ってくれないか?父さんはブリスに肩を貸すから。」
といってエドガーはその剣をアイラに差し出した。
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もうすぐウェリントン家に着くというところで、アイラは思い出した様に告げた。
「すみません父さんちょっとお姉ちゃんたちに父さんのお手伝いをしてくる・・・と伝えてきます。」
それを聞いてエドガーもブリスも小さく頷く。
「あぁアイラちゃん、エッラにはまだ怪我のことは伝えないで欲しい、馬のことも後で私から伝えるから・・・。」
とブリスが告げると、今度はアイラの方が短く頷いて、玄関前に剣を立てかけると教会の方へ駆けていった。
「なぁブリス・・・どう思う?」
「なんでしょうかね。ただ、良い娘なのは変わりませんし、今まで通り接してあげたらいいんじゃないですか?」
幼い娘の背中を見つめて男二人はつぶやいていた。
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(アイラ視点)
気持ちが重たかった。
もう父の前では普通の子どもではいられない、力を示してしまった。
あれは父やブリスを救うためだったから仕方ないことだったし、3人の命を救うことができた以上後悔もするべきではない、前にボクは躊躇してハンナ母さんをみすみす死なせてしまったのだから、もう躊躇はしないと決めたんだ。
何度も自分にそう言い聞かせるが、これからどう接していけばいいのかという不安が体にのしかかる。
また幼い体にかかる加速の負担は調整はしていてもそれなりに大きかったらしく、倦怠感と眠気がボクを支配しつつあった。
なんとかサークラたちに言い訳をして、父の手伝いと称して学習室を抜けてきたものの、家に向かう足取りは重たかった。
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「さてアイラ、まずは言わないといけないことがある。」
家に帰り、父とブリスとが待つ父の仕事部屋に入ると、神妙な表情で待っていた父が真っ先に口を開いた。
ボクはうつむいて、一体何を言われるのだろうかと震えていたのだけれど
「繰り返しになるが、ありがとう、アイラのおかげで大きな被害を免れることができた。村長として礼を言わせて貰う、が、それとは別に言わないといけないことがある。」
本題・・・ボクの力は父とブリスの目にはどう映っただろうか?
ブリスのほうを見ると少し悲しそうな目をしている。
きっとボクが教会に行っている間に、ボクへの対応は二人で決めたことだろう。
さすがに命を奪われる様なことはないと思うけれど、悪い想像に体が震える。
「なぜだ・・・。」
父の責める様な声にビクリと体が跳ねて、震えはとまった。
「なんで、出てきた。」
(へ?)
「結果的にアイラは傷ひとつなくすんだ、けれど普通ならアレは大人数人がかりでかかる様な動物だ。アイラに何かあったら父さんは泣くぞ?」
「へ?」
父は何を言っているのだろうか、ボクがイノシシを一太刀で斬り捨てたのは見ていたはずだ。
だというのに、ボクが危険なことをしたと叱っている?
「父さん、ボクは・・・・」
「いうな!」
!?
「言い訳は聞かない・・・アイラがどれだけの力を持っているにせよ、子どもが父に無断で刃物を持ち出して戦いに出たことは叱らないといけない・・・。」
そういって父は、ボクを手招きする。
するとブリスさんははじめからわかっていたように立ち上がって部屋の外に出て行った。
わけがわからないまま、父の前に立つと、父はボクの脇の下に手を伸ばすと持ち上げて、自身の膝の上にうつぶせで寝かせた。
(アレ・・・これってもしかして・・・?)
そしておもむろにボクのはいているワンピースのすそを腰の上まで持ち上げ、ズロースを引きずり下ろした。
(これってやっぱ)
ペチン
「りぃっ!」
ペチン
(結構痛いぃ・・・。)
「アイラが魔法を使える様だというのは、ハンナから聞いていた。」
(母さんにバレていた?いつ・・・?見られてたの!?)
「別に、父さんたちに秘密があることを責めているんじゃないんだ。ただアイラがどんなことを考えていたって、どれだけつよくったって、アイラは父さんたちの娘なんだ。だから悪いことは悪いって叱らないといけない、でもおかげで村が助かったのも事実だから、2回だけな・・・これは、お父さんの部屋に勝手に入って刃物を持ち出した分と、教会から勝手に抜け出てきた分だ。」
そういって父は下着とワンピースをを戻すとボクを膝から下ろした。
「父さんは、怖くないの・・・?」
ボクが何者なのか、ボクの力がなんなのか・・・、それがわからないのに、どうして変わらず子どもとして扱ってくれるのか。
「怖いよ」
父は目をつぶりボクの頭の上に手を載せてなで始めた。
「アイラが強くなければ、アイラを失っていたかもしれない、ブリスとも話したんだよ?今まで力を隠してきたのに、父さんたちがふがいないばかりにその秘密を晒させてしまったと・・・、だから父さんとブリスはアイラの力のことは誰にも言わない・・・まぁ信じてもらえないだろうけれどね」
前世でもそうであった。
ボクが純粋なアイラでなかったかもしれないと伝えてももこの父は受け入れてくれたのだった。
叩かれた尻よりも胸が痛かった。
どうして不安に思ってしまったのか、どうしてこの父の愛を疑ってしまったのか・・・。
「お父さん、ありがとう・・・」
そういって父の膝に縋ると自然に涙があふれ出て、とめることができなかった。
(ボクはこの人の娘で良いんだ・・・。この人の娘でよかった。)
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(エドガー視点)
初めて娘に体罰を加えた。
仮にも自分たちを、村を守ってくれた娘だが、父として指導するべきところは指導せねばならなかった。
そうしなければこの子は、枠から外れている自分のことを責め、俺の手元から抜け出て行ってしまうだろう。
娘なのだから、いつかは誰かに攫われていくとしても、あるいは才により身を立てて世界に羽ばたいていくとしても、俺の腕の中が、この子にとって安らげる巣でなければいけない。
この子が自分を責めて抜け出ていってしまえば、それで二度とこの子は俺の元へ帰って着てはくれないだろう。
だから、お前は俺の娘なんだ。
お前はここにいて良いんだと、そういう気持ちをこめて尻を打った。
まだ5歳の娘の白い尻はたったの2回で真っ赤に内出血して、俺の心に罪悪感が浮かんだ。
そのあと裾のところをリボンで搾ったかわいらしい下着をあげ直してやるとき、打った尻に布が擦れてアイラはビクリと体を震わせた。
(自分で穿きなおさせたほうがよかったか・・・?)
賢いアイラは少ない俺の言葉で意味が通じたのか、俺の膝に縋りついて泣いた。
どんなに賢くたって、どんなに強くたって、やっぱりアイラは俺の娘だ。
それが泣いていたら胸が痛むし、守ってやりたいと思う。
その後ブリスを呼び戻して、俺もブリスも絶対に今日のアイラのことを人には漏らさないと約束して、最後にブリスの足に包帯を巻いてこの日は解散した。




