第113話:日ノ本語?
アスタリ湖の魔剣を回収したアイラたちは、なんともいえない微妙な空気を纏ったままで内クラウディアのホーリーウッド屋敷に帰還した。
エレノアだけが事情を理解できず。
ただ敬愛する主人の様子から声をかけることも憚られて、ただ隣に侍るだけであった。
ナタリィの協力もありアニスたちの帰宅前に帰還を果たしたアイラたちは、 今後のことを話し合うアイラ、ユーリ、神楽、ナタリィと、ピオニーやクリストリカ、それにベアトリカの様子を見るエレノア、フィサリスとに別れ、それぞれの時間を過ごすのであった。
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(エレノア視点)
アスタリ湖からの帰路、あっというまだったはずなのに、とても長い時間に感じた。
ようやくサテュロス大陸に残った魔剣の数が1本となり、終わりが見えてきたというのに、あの重たい空気は何だというのだろう。
私には理解できなかった暗黒大陸の言葉だというあの音の羅列を、アイラ様とカグラ様には言葉が通じていたみたいに見えた。
他大陸の言語もご存知だなんて、さすがはアイラ様だ。
ナタリィ様は他の大陸の魔剣の在り処のヒントと、集めることで何が起こるかの案内の様なものだとおっしゃっていたけれど、アイラ様たちの反応を見るに、それだけではなかったみたい。
カグラ様の顔色は悪かった・・・悪い内容じゃないと良いのだけれど・・・。
もちろん気にはなるけれど、主人がお話にならないのだから、メイドのこの身にできることはないのだろう。
今はアイラ様から与えられた役目を果たそう。
ベアトリカは久しぶりの王都でどう過ごしただろうか?
クリス様とはうまく付き合えただろうか?
せっかくクリス様と名前の音が少し似ているのだから仲良くできていると良いのだけれど・・・。
ベアトリカは私の妹分の様もので、後輩メイドでもある。
クマ、ソレも魔物のではあるのだけれど、とても賢い女の子で、今ではなくてはならないムードメーカーでもある。
というのも、ベアトリカがいるだけで、アニス様、ピオニー様、ユディ様といった若年のお嬢様方がたちどころに上機嫌になるからだ。
小さな子がぬいぐるみや柔らかい布地に頬を擦り付けて悦に入るみたいなものなのか、つい数分前までお昼寝嫌だ!とか、自分も連れて行って欲しい!と拗ねていらっしゃったのが、ふかふかのベアトリカのおなかや背中に顔を埋めて幸せそうに眠るお嬢様方を見るのは、それだけで私たちも心が和むもので、代わり映えの少ない生活の中の貴重な潤いのひと時だ。
もちろんアイラ様にお仕えしているのは私の意志だし、何か不満があるわけでもない、毎日幸せだけれども、満ち足りた生活の中でもちょっとした刺激というのはありがたいものだ。
そんな私たちの生活に欠かせないベアトリカだけれど、今日はベアトリカのことを置いて行ったので、すねたりしていないかと少し心配でもある。
彼女は基本的にアイラ様のおそばにいることを好む。
もちろん、必要な学習の為にそばを離れたり、ついていけない場所についていかない程度の分別はあるけれど、今回は人里はなれたダンジョンが目的地だったので、彼女はついてきたがった。
ピオニー様のお世話をお願いしたら渋々従ってくれたけれど、今頃どうして連れて行ってくれなかったの?と拗ねているかもしれない。
その姿を想像して、つい笑ってしまう。
「楽しそうね、エッラ」
隣からフィサリスが私の顔を覗き込む。
フィサリスは私の契約竜で、アイラ様にお仕えするメイドとしては後輩で、でもお姉さんみたいな人で・・・とにかく大事な人だ。
そんな彼女のことだからきっと私が今何を考えて微笑んでいるかは解っているだろう。
私の考え方のほとんどを理解されている自覚がある。
でもだからこそ体裁を保ちたいというか、ちょっと悔しく感じることもある。
「そうだね、私はいつも幸せだし、楽しんでるよ?得難い主人に仕えることができるんだもの」
適当なことをいってごまかす。
もちろん本心からそう思っていることでもあるけれど・・・。
「ふぅん?まぁそれでもいいけれど、それならピオニー様たちの世話は私一人でもできるから、エッラは休んでもいいよ?」
と悪戯でもしているみたいに笑って、、フィサリスは意地悪をいう。
「もう、フィーってば!解ってていってるでしょ?」
私より少しだけ小柄な彼女は、やっぱり外見よりもずっと大人びていて、私の照れ隠しやごまかしなんて一瞬で見破られてしまう。
だからこそ、私も彼女には甘えてしまう。
「はいはい、かわいい妹分が、すねてないか心配で、だけど拗ねた様子も見てみたいのよね?どっちかしらね、今日のあの子は」
やっぱり全部お見通しの彼女は、ほほを膨らせた私の肩を宥めるみたいに叩きながら笑顔を見せた。
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(アイラ視点)
屋敷に帰った時、出迎えは少なかった。
アイリスとアイビス、それにソルはボクの分までシシィの遊び相手を頼んだので、お城に出かけている。
エイラは今日一日休暇となっているので同じく城で過ごしている。
両親にナディアとトリエラ、それに数名の顔見知りの碧騎兵がボクたちを出迎えてくれたけれど、家に残っているはずのピオニーとクリストリカ、それにベアトリカは午前中からトリエラとナディアと一緒に市井を回ったらしいけれど、お昼前には帰ってきて、今はお昼寝中だそうだ。
アニスとルイーナは学校だし、ルティアはお勉強のためお城、明日が黒曜日なので、ルイーナとルティアは今日は実家に泊まる為、屋敷には帰ってこないし・・・、とにかくボクたちは屋敷に戻った後、エッラとフィサリスに妹たちにボクたちが帰ったことを伝える役目を任せ、ナディアにはお城に、というよりはエイラに日程の変更を伝えるために向かってもらうことにした。
もともと確定というわけではなかったけれど、アスタリ湖が早くに終われば今日中に角笛にも向かい、明日の昼にホーリーウッドに向かうことも視野に入れていたのだけれど、今日の出来事で疲れ、日ノ本語のことを早く話し合いたいボクのために、今日はもうこのまま王都で休むことにした。
とはいうものの時刻はまだアニスたちの帰宅する夕方にもなっていない、メイドを部屋から下げるには多少時間が早すぎた。
しかしながら、うちのメイドたちは基本的に従順かつ有能で、退室を命じるボクに一切疑問をはさむこともなく、部屋を辞した。
そういうわけでこの部屋に残っているのは、ボクとユーリ、神楽、ナタリィの四人だけだ。
通常、疑問に思ったことの答えを知っているかもしれない、それも友好的な者に対して、情報を引き出すことを躊躇したりするボクではないのだけれど、もしも、やっぱり、どうして・・・とエッラたちが居た間に頭の中で考えすぎてるうちに、少し臆病な部分が出てきてしまったらしい、部屋の中を沈黙が支配しつつあった。
しかし、エッラが用意していった氷入りの緑茶の入ったグラスがカランと音を立てた時、話し始めたのはユーリだった。
「ナタリィ、訊きたいことがある。あの暗黒大陸で使われているという言葉だけれど、僕はあれを話せる人物に幾人か心当たりがあって、でもあの言語はサテュロス大陸には残されていないものなんだ。」
ユーリがそう言って前置くと、ナタリィは一度目を瞑り、開くとボクと神楽の顔を見つめた。
ナタリィも察しが良いので、これまでの情報、そして現場でのボクと神楽の態度から概ねのことを理解しているみたいだ。
「ズバリ訊くけれど、暗黒大陸ってどこにあるの?どうして龍の島以外行き来できない状態なの・・・?」 と、ユーリは尋ねる。
どうやらボク、というよりは暁や神楽の生まれた場所が暗黒大陸に関係があると踏んだ見たい。
関係というか、暗黒大陸という地域の中に含まれると考えているのだろう。
ナタリィは尋ねられた内容を噛み砕いているのか、少しの間考えるそぶりを見せたけれど、すぐに答える内容をに思い至った様だ。
「・・・アシハラは、本来であればサテュロス大陸の南側からまっすぐ南に進みハルピュイアの横をすり抜け、南下を続けた場所にあるはずの海域といくつかの小大陸、そして無数の小さな島々を総称して呼ぶ名前です。アシハラを暗黒大陸と呼んで区別するのは、あちらと行き来する手段が通常龍の島以外にはなく、その境界線は黒い霧で閉ざされているからです。」
黒い霧によって隔絶されていることは事前の情報通り、もっと言えば神話の通りだけれど、暗黒大陸という言葉が表すものが複数の小大陸と海域を含むということは初耳だ。
「この世界は神話に語られるる様にひとつの巨大大陸と、5つの大陸で構成されているわけではないということだね?巨大大陸だと伝わっているところは一つの大陸というわけではないと、そういうこと?」
ユーリが再度確認する。
「そうですね、皆さんの歴史、神話に暗黒大陸として伝わっているアシハラは、私たちが観測する限り一つの大陸ではなく、サテュロス、セントール、ハルピュイア、エル、アンヘル、5つの大陸とそれが浮かぶ海、それに匹敵する程の範囲が暗黒大陸です。陸地の割合は少し少ないですが、暗黒大陸の中には主に5つの大国があり、そこに人類は基本的にヒト族しか住んでいません。アシハラの人たちは自らの世界を『小さなゆりかご』と呼び、こちらと同様に、神王、聖母、聖王、龍王、騎士王、処女王の六聖を信仰しています。先ほどお話した黒い霧は、世界を二つの領域に分断しており、通り抜ける術はありません。そしてそれを開放する方法が・・・」
「魔剣、『鍵』の回収と奉納?」
途中でつい口を挟んでしまう。
けれどナタリィは気分を害した様子はなかった。
「はい、アイラの言うとおりです。かつて神々がアシハラを閉ざしたのは、そうしなければこの世界の平穏を保てなかったからだといわれていますが、この辺りのことを龍王陛下も語ってくださるわけではありません、ですので、黒い霧やアシハラについてこれ以上お話できる情報は持っていません」
ユーリはナタリィがこれ以上本当に何も語る事を持たないのだろうと信じ口を閉ざした。
彼女がそう言い切った以上、何か知っていたとしてもボクたちにそれを悟らせる様なことはないだろう。
「だったら・・・」
とボクは再度口を挟む、なんと言って聞こうか?
何を聞くべきだろうか?
いやまずは、正直に語ってみよう。
「ナタリィ【僕がこうやって話して見せれば、君は何かを教えてくれるだろうか?】」
ナタリィは目を見開いた。
ユーリの前で内緒話するみたいで少し嫌だけれど、ボクが日ノ本語を話すことができることが、ナタリィたちにとって想定内であるのか、ないのか、それを見極めたいと思った。
しかしナタリィはナワーロウルド共通語で答える。
「アイラ、ごめんなさい、私には何もわからないの、貴方のことを信頼しているし、お友達の力になりたいって思う、だけど私には何もわからないの。どうして貴方たち異世界の人がアシハラの言葉を話せるのか、どうして私の前に貴方たちが現れたのか、どうして私は何もわからないのか」
ナタリィの表情は悲痛なものになっていた。
彼女自身もしかすると本当に何も知らないのかもしれないし、若しくは本当は何か話したいことがあって、でも誓約や決まりごとのために話すことができないでいるのかもしれない。
ただひとつだけわかるのは彼女が、本当にボクたちのことを大事だと、友達だと思ってくれていることだけ、でもボクたって彼女のことを信頼している。
友達だと思っている。
友達が辛い顔をしているのは、ボクだって嫌だ。
「君の言うことを全て信じる。それで、『鍵』を集めればアシハラに行けることは確かなんだよね?」
そういって彼女の頬に手を伸ばすと、ナタリィはそれを受け入れながらうなずいた。
その時神楽が、ずっと握っていた手を少し強く握った。
気持ちは同じということだろう。
「それは確か・・・・かどうか私にはわからない、龍王陛下は正しいと仰っていることだけれど、龍王陛下以外にそれが真実だとわかる者はいない、ただ神王や聖母が目指したモノのため、そしてこの世界に生きる者たちの為には必要なプロセスだと仰っていました。」
その後、1時間以上話を聞いてみたけれど
日ノ本語がどうしてアシハラで使われているかは結局わからなかった。
彼女の認識ではむしろボクたちがどうしてアシハラの言葉を話すのかわからないというものだった。
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(神楽視点)
私がダンジョンの攻略についていくのは5つ目だった。
事前にアイラさんから聞かされていた通り、アスタリ湖の遺跡にはまるでロボットアニメみたいなホログラフの映像が投影される装置があって、知らない女の人の声は確かに日ノ本語で私たちにメッセージを伝えた。
でも私が一番気になったのはその女性の声ではなくて、途中で彼女を急かした男性の声。
どうしてか、すごく懐かしくて、涙が出そうになった。
聞き覚えがある気がする。
でもどれだけ思い返してもそれが誰なのかわからない。
デネボラで記録した音声を何度か聞き返したけれど、聞き覚えはある気がするのに、それが誰だったかわからない。
私の記憶に残りそうな男の人の声なんて、学校の先生以外だと物心つく前に亡くなった父か、暁さん、あとは親戚の人たちくらいだけれどそのどれとも違った様に思う。
アイラさんは、どうして日ノ本語にしか聞こえない言葉がこの世界に残っているかを何とかナタリィさんから引き出せないかと質問を繰り返していたけれど、不首尾に終わった。
ナタリィさん自身どうして同じ言語が話されているか知らないみたい。
ただ私は彼女の言葉の端々に気になる部分があった。
『小さなゆりかご』と彼女は言った。
その言葉の響きに私は引っかかる。
『主に五つの大国』と彼女は言った。
つまりそれ以外の領域もあるということだ。
『黒い霧』があちらとこちらを分断していると言った。
私はそれに似た話を聞いたことがある。
まるでゆりかごに揺られる幼子みたいに
神に愛され、守られ
母に抱かれる幼子みたいに
神を信じ、敬い
人々が暮らし、日ノ本語を解し、朱鷺見台とも二度繋がった。
そんな世界を私は知っている。
「(私、帰れるかもしれない・・・?)」
その事実に思い至った私は何かが崩れそうになるのを感じながら、手の中にあったアイラさんの手を強く握りしめる。
この手は暁さんの手と同じものだ。
私の失った温かさをくれる。
私の欲しかった優しさをくれる。
今これを失うことになったら私はきっともう、生きてはいけないだろう。
幸いなことにどうやらアイラさんはそのことを知らないか、覚えていない。
もしかしたら覚えてはいるけれど、詳しい話を知らないのかもしれない。
だから、私はソレを黙っておくことにした。
あけましておめでとうございました。
今年もなんとか妄想し続けて生きたいと思います。




