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第110話:アスタリ湖へ2

(アイラ視点)

 アスタリ湖の攻略を明日に控え、内クラウディアにあるホーリーウッド屋敷に泊まることにしたボクたち、早めに休むことにはしたけれど、少しだけ明日の相談のためにボク、ユーリ、神楽、ナタリィ、クリストリカちゃんの5人はボクとユーリの寝室に集まっている。


「というわけで、クリスは地精霊の加護を持つ周回者ですが、人間態では別段強い力を持っているわけではないので、明日のアスタリ湖にはつれて行きません、アスタリ湖の遺跡に必要なのは水の精霊なので、水の属性竜であるフィサリスに対応してもらいます。クリスは角笛の方ですね。」

 説明を終えたナタリィはそう締めくくった。


 ナタリィの説明によると、クリストリカは今周から周回者となったドラグーンであるという。

 ただしクリストリカ本人の申告ではその前周での人生では、彼女自身にさしたる出来事はなく。

 今生において周回者になった理由はいまひとつわからないとの事だった。

 そして今回クリストリカがナタリィのサテュロス行きの同行者となった理由は・・・

「私は、前の生でアイラさんのお話を何度も、オルセーちゃんから聞きました。それで、今生では是非お会いしたいと思っていたんです。」


 と彼女が言うとおり、ひとつはボクにあってみたいということ、それにオルセーとも・・・もちろん今生のオルセーは周回者にはなっていないし、ドラゴニュート化もしていない、クリストリカとの思い出を共有できるわけでもない、だけれども彼女はそれでもオルセーに会いたいと思ったそうだ。


 そこで、前周でドラゴニュート化したオルセーの「母」であったナタリィに会い相談したらしい。

 周回者である彼女だけれど、生前魔法などを身につける事もなかったため、能力としては生まれ持った物しかもっていない。

 つまり人前で振るうわけには行かないドラグーンの能力だ。


 残念ながら、ちょうどオルセーがウェリントンに顔を出している時期だったため今はこちらについてきているけれど、角笛の攻略が終わった後はホーリーウッドに戻ってきてるであろうオルセーに紹介し、ボクたちが旅行にいている間世話をしてもらえないか相談する予定だ。



 クリストリカちゃんは、6歳の割にははっきりとしているそれでも舌足らずな話し方をする。

 客観的にみた周回者とはこういうものか、と思う。

 ぱっと見はおませな子どもに見えるけれど その言葉にはちゃんと道筋がある。

 明確に順序立った言葉を喋る子どもというのは存外小気味よいもので、こんな子が身近にいたら手元で育ててみたいと思うだろう。

 出会ったころのソルとも印象が近いかもしれない。

 彼女の場合はもう少し無理をしている感があったため、深く付き合うとそれがわかってハラハラしたけれど・・・。


 嫌だったら言ってね?

 と前置きした上で、その体を抱えさせてもらうと、体重は6歳相応の幼女のもの、触り心地も抱っこされたときの反応も外見相応のものだった。

「ご、ごめんなさい・・・恥ずかしいことなのですが、どうも体の感覚に引っ張られるみたいで、抱っこされると恥ずかしいより気持ちいいですし、安心してなのか眠くなってしまうんです。」

 少し頬を赤くして言い訳する彼女、ボクもその感覚には覚えがある。

 というか、未だに人肌恋しさとでもいうのか、ユーリや神楽だけでなくアイリスやアイビス、メイドたちに義養を問わず母親や姉妹たち相手でも抱きしめてもらうと体がポカポカして気持ちよくなってしまうことがある。


「ボクもわかるよその気持ち、ボクだって前はよぼよぼのおばあちゃんになるまで生きたのに、母さんに抱っこされたらすぐ寝ちゃったし、姉妹やカグラ、ナタリィとのふれあいだってとても気持ちよく感じたよ。」

「そうだね、僕もそうだった。イサミやユイにもう一度会った時、これは夢だって思ったのに声をあげて泣いたよ。かつての僕なら幻術の類を疑うところなのにね。母に抱かれてその胸を一生懸命口に含もうとしたよ」

 ボクに同調してユーリも生まれなおしたばかりのことを思い出しているのか、少し目を細めてつぶやく。


 ボクにとっての両親やトーレスのことが奇跡であるみたいに、ユーリにとってのユイや、それにエミリア義母様のことが奇跡だ。

 そしてその結果生まれたユディのことだって・・・今となっては普通にその存在を受け入れているけど、うちのピオニーも含めてあの子たちは前周では生まれることのなかった命だ。

 だから前周と違うこと、オルセーがドラゴニュートにならなかったことやこのクリストリカちゃんが周回者となっていること、ボクのリリが生まれないかも知れないこと。

 それもナタリィが言ったとおり当たり前のことだ。

 この世界は、あの世界とは異なるのだから・・・。

 だから、ボクが13歳の乙女の様に若々しい情動でユーリを求めてしまうことも、彼女が6歳なりの感性で人肌の温もりに安心するのも当然のことなのだ。


「それで、クリストリカはオルセーと会って何をしたいの?さっき君が言ったとおり、オルセーは君の知っているドラゴニュートのオルセーじゃない、今はもう17歳に成長して、結婚もしてる。ドラゴニュートの彼女と知り合いだったなら辛いだけかもしれないよ?」

 6歳の感性を持っているのならなおさらのこと、かつての輝かしい思い出を取り戻せないと知れば、彼女はきっと辛い思いをするだろう。


「いいえ、はい、わかってはいるんです。いるんですが、それでもオルセーちゃんに会いたいって思ってしまうんです。会ったからといって『前』の話をしないといけないいう義務はないですから、今生でもオルセーちゃんとお知り合いになって、たまにお茶をご一緒したりできる関係になればなって・・・」

 つぶやいたクリストリカは楽しそうに笑う。

 それは本心なのだろう、彼女はかつてを取り戻したいわけではなくて、ただ友達になりたいと考えているに過ぎない。

 それならば止める必要もないだろう。


「わかった。ボクからオルセーに紹介してあげるね、身分は・・・ナタリィの国で特権階級に生まれた娘でナタリィの妹分、ボクたちが『あちら』に出向く間人質代わりにホーリーウッドに預けられる。」

「住まいはディバインシャフト城にするか、ウェリントン家の預かりとするか迷うところだね、ところでボクたちは最低でも一年くらいは旅をすることになっているけれど、君の家は平気なの?君はまだ6歳で・・・」

 ユーリはクリストリカちゃんの年齢と、実家のことを気にかけている。

 さすがユーリ、ボクは気の回らなかったところだ。


「はい、大丈夫です。私が周回者になったこと、そしてそれが縁で姫様のお近くに置いていただける様になったことはうちの家族も喜んでいます。」

「それにドラグーンはヒト族と比べると寿命が長いので、私たちの様な若年龍ならともかく、クリスのご家族の中で1~2年程度を気にするのは、クリスの甥っ子のガリーチェ君くらいですよ」

 気にしないと回答するクリストリカちゃんに、援護射撃というか、補足を加えるナタリィ。

 その理論だと、6歳になっているクリストリカは多少気にする可能性もあるわけだ。

 寂しさとか郷愁とか


「あぁそれと、私のことはどうぞ皆様もクリスと及びください、若干言いにくい名前ですよね?」

 ニコニコと懐いてくれる彼女は、呼び方においてもボクたちに譲歩を示した。

「ではクリス、明日、長ければ明後日までボクたちがアスタリ湖に向かっている間。クリスはこの屋敷に残ることになるけれど、平気かな?寂しくないかな?」

 たずねるボクに相変わらず笑い返しながら彼女は言う。

「平気ですよ、アイリスさんやアイビスさん、ピオニーさんもいらっしゃるならきっと楽しいです。」


 先ほどまで少し遊んでいた幼女のことを思い浮かべたのか、クリスは先ほどまでと比べるといかにも微笑ましいと感じていそうな笑顔で答える。

「ピオニーのこと気に入ってくれたんだ?」

「はい、可愛らしい方でしたね。」

 そういって笑うクリスだってとても愛らしい。

 その体をひざの上に抱き上げてぐりぐりとなでると、クリスはウヤァーと気の抜けた声を出した。


「じゃあ、明日はピオニーとベアトリカの遊び相手お願いね?」

「ふぁい」

 ボクがほっぺたを弄っているから少し気の抜けた声になったけれど、クリスは快く了承してくれる。

 すると神楽も彼女をかわいがりたくなったらしくクリスに見える様に手を伸ばしてきた。

 向けられた掌をマジマジと見つめたクリスは、自身の小さなおててを伸ばして重ねた。


 そして、どうしたの?とでも言いたそうな表情で神楽を見つめる。

 しかし、神楽の方は握り返された手の温度だけで満足したのか、それ以上何かをいうことはなくニコニコニギニギとしてご満悦だ。

 と、そこでコンコンと部屋の扉がノックされた。


「フィサリスです。入ってもよろしいでしょうか?」

 この部屋の前のメイド部屋には今日は誰も詰めていない。

 取次ぎではなくフィサリス本人の声だ。

 ひさしぶりのおねえちゃんたちにテンションの上がったアニスやピオニーに連れて行かれて、『お仕事の話があるから』と、逃れたここにいるメンバーと城に泊まるエイラ以外は連れて行かれていたのだけれど、フィサリスはどうやら何とかピオニーのところから開放されたらしい。


「フィー?どうぞ」

 と、ユーリが許可を出すと、メイド服ではなくダボダボとした寝間着姿のフィサリスが入ってくる。

 たまにエッラも着ているやつと色違いのものだ。

「この様な格好で申し訳ございません、ピオニー様が、クリス様もお休みの時間ではないかと仰せで、確認してくる様に仰いまして・・・」

 お仕事のお話が終わったらクリスを部屋にやると約束したことを思い出す。


 夕飯までの時間ですでにピオニーは、この少し年上のお姉さんをとても好きになっていて、本当はお風呂の後すぐに部屋につれて帰ろうとしていた。

 そこを仕事の間の預かり先の話などを言い聞かせるからと一度待ってもらって、代わりにピオニーの大好きなベアトリカと、エッラ、フィサリス、ナディアの包容力でごまかしてもらっていたのだけれど、もう我慢できなくなってしまったらしい。


「そうですね、もう寝るまで時間もないですし、ナタリィ様、アイラさん、皆さんもありがとうございました。」

 そう言い残してクリスはボクの膝から降りると、ペコリと頭を下げた。

 彼女の方も、年下の子と付き合う機会はそれなりに貴重だそうで、ピオニーとのおしゃべりをそれなりに楽しんでくれていたのか、ピオニーとのお約束は守ってくれるつもりみたいだ。


「ごめんねクリス、妹が妙にクリスのこと気に入ってしまって・・・」

 嫌だったら、あしらってしまっても良いと提案するつもりだったボクだけれど、クリスはフフと小さく微笑みを浮かべると

「私のほうこそ、フィオちゃんのお話を聞いているととても楽しいですよ、童心に返ったみたい・・・というのは何かおかしいですけれど」

 と楽しそうに答えた。


「それじゃあキリもいいし、明日は早めに出るし、そろそろお開きにして寝ようか?」

 ユーリが提案し、ほかの話も終わっていたボクたちは解散することにした。

 そして・・・



「あぇ?どうしておねえしゃまもいゅの?」

 クリスを迎えにフィサリスを送り出した後、待っている間にすでに眠気との戦いを始めていたらしいピオニーのところにボクと神楽はやってきた。

 床の絨毯の上でベアトリカに背中を預けて、エッラにご本を読んでもらっている。

 ナディアは、もうピオニーが遊ばないだろうと判断したのか、ぬいぐるみやおもちゃを片付けているところの様だ。


「うん、ボクたちお仕事のお話終わったから今日はピオニーと寝ようかなって思ってきたんだ。」

 そういってあくびでもしてたのかピオニーの目元に光っているものを指で拭い取りながら屈むと、ピオニーは少し困った様な顔をする。

「うーん、今からおろもらちがくゅかゃ・・・」

「ん?」

 眠い目を擦るピオニーはただでさえ舌足らずなのがさらに呂律が回らなくなっている。

 そしてあいているほうの手をボクの方に伸ばして抵抗する。

 ボクの胸に当てた手を突っ張って、イヤイヤをする。

 ちょっぴりショック、気位は高くてもお姉しゃま大好き娘だったはずなのに、お姉しゃまと寝たくないのかな!?


「どうしたのピオニー?」

 改めてたずねるボクをさらにぐいぐいと押しながら(といっても所詮4歳の力なのでたいしたことはないけれど)ピオニーは半べそになりながら答える。

「んー、ぅう、いまかぁクリスしゃんがくぅの、おやくそくなの、いまねたら、クリスちゃんがこやぇない」

 と、どうやらクリスがくるからまだ寝たくない様だ。


「フィオちゃん、私もいますよ、お仕事のお話終わったので、約束通り遊びにきました。」

 と、神楽と手をつないでボクの後ろにいるクリスがピオニーに声をかける。

 すると、ピオニーはボクの胸を押す手の力を緩めた。

「クリスたん?」

 首をかしげて声のしたほうを見つめるけれど、その目はすでに見えているかどうかもわからない、時刻は8時前、早いときにはご飯中に眠り始めてしまうピオニーにしては粘ったほうだろう。


「はい、クリスですよぅ、明日は一緒にお留守番するので、いっぱい遊んでくださいね?今日は一緒に寝ましょう。」

 そういってクリスがなだめると、ピオニーは何かもにょもにょとつぶやいていたけれど、4才なりになにか納得できたのか、ボクにしがみつくみたいにして動きを止めた。


 その寝息が穏やかなのを確認したボクは、ピオニーを抱き上げて、ベッドに運ぶ。

 ユーリからの提案で、ボクは今日は神楽、クリスと共にピオニーの部屋で眠る事にした。

 明日はアイリスが、ピオニーと寝てボクはアニスと寝る予定。


「お待たせし過ぎてしまったみたいですね、お話できないで寝ちゃいました。」

 そういってクリスはベッドに横たえられたピオニーの柔らかほっぺたをその小さく柔らかいおててでふにふにとさわる。


 夏なので余りくっつくと暑いけれど、かつてボクが使っていたベッドを今はピオニーが使っているので、広さは十分にある。

「エッラとフィーはもう休んでいいよ、ベアは今夜はここで一緒に寝ようか」


 部屋に残っているものに順に声をかける。

「ナディアは、ユーリのお付きをお願い」

 畏まりました。と頭を下げてみんなが出ていくと部屋の中にはボク、神楽、ピオニー、クリス、ベアだけが残った。

 ベアは足下に寝るけれど他は四人ともベッドの上、さすがにこの時期ベアと一緒は暑いからね・・・。


 ボクと神楽が、ちびっ子二人を挟む様にして横になるのを確認し、ベアは部屋の魔導灯に込められた魔法力を、弁を弛めて抜く。

 すると数秒で魔力の灯は弱くなり、やがて高い窓から入る、月と星の光だけが光源となる。


「龍の島には、甥くらいしか身近に年下の子がいないので、こういうお泊まり会すごく楽しいです。」

 見るからに「楽しい」が伝わってくる笑顔で、クリスはピオニーの髪をなで、頬を擦っている。

 そんなクリスを後ろから抱き締めながら

「ご覧くださいクリスちゃん、こうやってアイラさんとピオニーちゃんが並んでると、そのまま大きくなったみたいです」

 対面の神楽はそう言って幸せそうに笑う。

 ピオニーは母やサークラ似のアニスに対して、ボクやアイリスとよく似ている。


 今は幼児なので気にならない、少しつり目気味で気の強そうな印象を与えるその眦が一番の違いだけれど、今はそれも閉ざされている。

「本当にそっくりですね、あぁ、オルセーちゃんもこんな風に成長した姿ということですよね、楽しみです。」

 ボクとピオニーを見比べて、クリスはまだ見ぬ今生のオルセーの姿に思いを馳せる。


 8時という時間は、ボクたちの年頃が眠るには少し早いけれど、熊車旅の疲れがあったのか、それとも可愛い妹とクリスの寝顔に誘われたのか、ものの十分も経たないうちにみんな寝てしまい、やがてボクの意識も途切れた。


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