第109話:アスタリ湖へ1
(アイラ視点)
新しい生活を始めてしばらく経ち、ようやくユーリも忙しい時期が終わった初夏、そろそろ水練の授業が恋しくなり始めた頃、約束通りにナタリィがホーリーウッドにやってきた。
目的は、アスタリ湖、そして悪魔の角笛の魔剣・・・鍵を回収することだ。
ナタリィは、角笛のバフォメットの存在も知っている様だし、
これまでのダンジョンと同様、アスタリ湖と角笛の裏道を知っているそうだ。
そういえば、前週でもドラゴニュート化していたオルセーが角笛のバフォメットの玉座に直接向かう道を教えてくれたことがあったけれど、あれももしかしたらナタリィが教えてくれる予定の裏道だったのかもしれない。
ナタリィは表向きはユーリとボクたちの新婚旅行の旅行先として選ばれたデンドロビウム王国への水先案内人として同行するために来訪しているので、先ず最初にクラウディア城に顔を出すことにした。
「・・・ということですので、先のお約束の通り、得がたい友人であるアイラを迎えるために参りました。」
クラウディア城の謁見の間で、ナタリィがジークに報告する。
以前と違いボクはすでに降嫁した立場なので、ナタリィがボクに対する信頼の表れとして呼び捨てしても、勘違いに「不敬な」なんていう者も出なかった。
ボクが仮に姫君のままだとしても、ナタリィも姫君という設定なのだからそもそも同格のはず、むしろ養子のボクは立場が弱いと思うのだけれど、覇権国家の驕りということなのだろうか?
とはいえこの数年、四方の国(今となってはミナカタ南部以外は併合したか準備中となっているけれど)との外交を頻繁に繰り返したので、勘違いをやらかす様なヘッポコ外交官はすでに左遷か罷免、もしくは降格などされており、使者の謁見に立ち会う様な身分ではなくなっている。
その上ナタリィはすでに何度も来訪しており、勢力の規模はわからないが一国の姫君としてジークや元王族のボクから遇されている。
そんな彼女を侮るものはすでにいないし、最初にジークに謁見した際にイシュタルト式の礼服をボクとサリィからプレゼントしており、謁見中はそれをリメイクしたものを着用している。
そのため最初の謁見の時の様に服装をイシュタルトの常識に当てはめて貶したり、勝手に失礼な、或いは下品な娘だと談じるものもいない。
むしろ一部はナタリィが最初の謁見の時から年をとっていない様に見えることの方を気にしている様だが
、やがてボクの後ろに控えるエッラの姿に視線を移すと、まぁそう不自然なことでもないか?と納得した顔をする。
違うからね?ナタリィは種族の特徴で若い時期が長いだけで、エッラと違ってまだ大きくなるんだよ?
ボクたちが生きている間はあの姿のままだろうけれど・・・。
朗々とした声で、身分や道程に関することは嘘を交えながら報告するナタリィに、共犯者の一人であるところのジークも好々爺然とした表情で
「そうであったか、ナタリィ殿のお父上も立派な姫君を持って幸せ者よの、余はナタリィ殿の人柄を気に入っておるが、同じ様にアイラも気に入っていただけるだろうか」
とつぶやく様に問いかけ
「はい陛下、アイラの様に才能があり、良識とを持ち合わせた様な者は父も好むところです。私と人の好みは似通っておりますので」
と笑い応える。
正直、大勢の人の前で名指しでほめられたりというのは慣れてはいても恥ずかしい。
降嫁したといっても、ボクが王家の養子であったことは確かなので、恥ずかしいからと顔を背けたり席をはずしたりするわけにもいかずに、少々居心地の悪さを感じながらも謁見を終えその後ヴェル養父様、フローリアン養母様、サリィも交えての食事を摂り。
その後は、ナタリィもつれてホーリーウッド屋敷に戻り一晩泊まる予定になっている。
ただしエイラはノイシュに甘えるため城に泊まり、ソルは母親の墓参りのためにいったん城で別れた。
今回もダンジョン攻略が目的ということで、ダンジョン攻略のメンバーはボク、ユーリ、神楽、エッラ、フィサリス、ナタリィの6人が基本となる。
ただ王都にはうちの両親や下二人の妹もいること、またユーリも仕事が片付いた後であることから、日程にも余裕が少しあったため、他にもアイリス、アイビス、ナディア、トリエラ、エイラ、ソル、ベアトリカ、それにもう一人同道している。
今回の王都行きには飛行盾ではなく開発したばかりのベアトリカ専用の熊車を使ったため非常に早く、角笛を経由しない迂回ルートを選んだにも関わらずわずか3日で王都まで出ることができた。
そしてちょうどジークの身が空いていたため、屋敷に帰る前に謁見を済ませた。
ベアトリカは馬と違い魔法を扱うことができるため、スピードと持久力に優れ、その上賢いため速度の調節なども自力でやってくれる。
また車の方も実のところすでに自走すら可能な動力がついているので、負担もだいぶ軽い。
これらの制御はベアトリカ自身の魔法力によって行われているため一般道路を走る車よりもスピードは速かった。
基礎学校があるため一緒にくることができなかったユディが少し拗ねていたがこればかりは仕方ない。
もう一度船での出発前にはホーリーウッドに顔を出すので、その日はたっぷり甘えさせてあげよう。
「ベァたん!」
ホーリーウッド屋敷に戻るとすぐに、普段年の割にお行儀よくしている方のピオニーがベアトリカに飛びついた。
「ワフ!」
と、ベアトリカのほうもつい半年ほど前までかわいがっていたピオニーのことをしっかり覚えていてくれたみたいでその両腕?両前足?でしっかりと抱き止める。
そんな二人を尻目にボクたちも、家族と挨拶をする。
「ただいま、でいいのかな?」
「いいと思うよ?アイラもアイリスもここで今の所の人生の半分を過ごした訳だし、ご両親も揃ってるわけだしね、お義父様、お母様、ご無沙汰いたしております」
ただいまと言った後、なんとなく不安になったボクにユーリは
優しく笑いかけた後で、彼にとっても正式に義両親となったうちの父母に挨拶をする。
ボクと結婚したことで、彼もまた3組の両親を持つことになった。
実の両親はともかく義両親、養両親その全てと、ボクも彼も友好的な関係を築いている。
考えてみればボクの養両親は彼の伯父伯母なのだから、当然と言えば当然なのだが・・・それでもやはり、親戚中から祝福されて結婚することができたボクたちは幸せだと思う。
暁は従兄から、命を奪いたいと思われるほど憎まれたくらいだ。
そこまでは無いにしたって、近しい人たちが増えれば増えるほどその中には、特定の誰かの慶事に思うところのある人間が出るものだ。
ボクたちは本当に幸せ者だ。
公の日程としてはボクは姫ではなくなったあとでは初めての、ゆっくりとナタリィと交流できる機会であるため、旅行前に彼女と数ヶ所歩いて回り。
それから一度ホーリーウッド侯爵家に挨拶に向かい、最後はマハ港からリトル・プリンセス級一番艦(艦名未決定)で出港する。
実際には攻略組で明日アスタリ湖の魔剣を回収、攻略後一度王都へ戻り、その後角笛へ向かう。
いつかナタリィがわざわざ角笛を最後にと提案した以上は、そう勧めるだけの理由があるにちがいない。
ナタリィも、エッラと契約したフィサリスさえも、多分ボクたちに伝えていないことはまだたくさんある。
例えば神話における元々のドラグーンの役割。
それに魔剣を回収することに因る地形の変化や、魔剣の安置されている役割を教えてくれているけれど、それらを奉納することで齎されるこの世界の変化についてはすべてを語ったわけではないだろう。
行方不明のグリーデザイアについても、まだ全てが捕まったという報告はない。
それに・・・。
「ところで、このおねぇしゃんはどにゃた?」
と、舌足らずに尋ねるピオニーの言葉に示される通り、今回の旅の同行者の中にはボクたちとも初対面の人物がいる。
ナタリィがつれてきた以上龍の島の関係者なのはわかっているが、その年齢は6歳で幼女と呼んで差し支えない、とても親元から離してよい年頃ではなかった。
名前はクリストリカちゃん、クリーム色っぽい色をした髪色の女の子。
6歳のヒト族にしてはステータスが異様に高かったため、ドラグーンと思われる。
というか熊車の途上ですでにナタリィからそう説明された。
さらにやけに意思力が高かったためその可能性もあると考えていたが、彼女は周回者らしい。
「はじめましてピオニー様、私はクリストリカ・トリクリムキャプと申します。以後お見知りおきを・・・」
外見からは想像も出来ないほどしっかりした口調で、しかしそれなりに舌足らずな印象を受ける幼い口ぶりで話す彼女はおませさんに見えてかわいらしい、っていうか自分もきっとこういう風に見えていたのだろうなと思うとちょっと恥ずかしい。
あと名前にリが入りすぎていて、ちょっぴり噛みそう。
「ふぁー!素敵なおねぇしゃんでしゅねぇ。」
ピオニーにはツボだったのか、その目はキラキラとしてクリストリカちゃんを見つめている。
とはいえその体はベアトリカに抱きついたままだ。
ボクより先にベアトリカに抱きついて、さらにその直後に見知らぬおねえちゃんの方に興味を引かれる打なんて、ちょっと負けた気分・・・、確かにちょっと先週顔出したけどさ。
大好きなおねぇしゃまには飛びついてくれないの?
いや、先週会いにきたばかりのボクはまだ良いにしてもアイリスが寂しがる。
アイリスにとっては正真正銘結婚後久しぶりのピオニーなわけで、学校に行っていてアニスがいないから、今お迎えしてくれているのも、知らないメイドさんと両親と、お城にボクたちが着いた後先触れをしてくれたルティアくらい。
ルティアは年齢の都合で軍官学校にアニスと一緒に入学は出来なくて、代わりに引き続きお城で教育を受けているけれど、彼女もボクたちとお話がしたかったため、今日は半ドンで帰ってきたのだ。
ルティアはアイリスに気を遣ったのかアイリスに挨拶中だ。
アイビスは状況に気づいたのかハラハラとした様子で、ピオニーとアイリスの間で視線をさまよわせている。
その後ルティアが何とか間を持たせてくれたおかげで、アイリスがピオニーに相手にされなかった事に気付く前にピオニーがアイリスとボクにも飛びついてきたため何とか事なきを得た。
またしばらくは四千文字を目安に投稿しようと思います。




