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第108話:アイラの煩悩

 3月も半ばを過ぎた。

 夏まであとわずかとなり、気温も温かく心地良いよりは、少し汗ばむくらいになってきている。


 侯爵家の若き嫡孫ユークリッドは次期ディバインシャフト伯爵の日々の業務として、旧ルクス地域に位置する、ホーリーウッドの南西側地域の財政を、義兄であるトーレスや二人の側近たちと共に取り仕切っており、忙しい毎日を送っている。

 

 そして彼の妻たち3人は、次期侯爵でもない男の妻たちであるので、現状なんの役職にもついているわけではなく、ホーリーウッド地方の貴族の妻たちや、豪商などと顔をつなぐための茶会や、市内でのボランティア活動に精を出すくらいしかやることがなく、日々安穏と暮らしていた。


 しかし彼女たちにも分かっていた。

 今の生活、その平穏はとある事業の前の、嵐の前の静けさであること

 そして、この穏やかな生活の終りはもうすぐ近くまで来ていることも・・・


------

(アイラ視点)

「うぁぁヒマだぁぁぁ・・・」

 身内しか居ない私室の安心感の中、ボクはテーブルの上に体を載せて、両腕を思いきり伸ばす。


 この2ヶ月ほど、何度かはイベントの様な物・・・例えば、エッラの弟の顔を見るためにウェリントンに顔を出したとか、サリィがボクに会いたいからとわざわざ結晶通信機で呼び出したので一人跳躍で王都に顔を出した(実際にはサリィが、さみしんぼなピオニーのためにボクを呼び出してくれたのだけれども)とか、どうもユディとモーリンが恋人関係に至った様子であるとか・・・もあったのだけれど、基本的なボクの生活は、家族と団欒(お義母様やおばあ様からの嫁教育を含む)か、各種お茶会、おばあ様の名代として孤児院で子どもたちと触れあったり、一度だけ夜会もあったけれど、代わり映えは余り無い。


 かといって、だらけた姿は余り外では見せられないし。

 その上ユーリはすでに仕事をもつ身、例えそれが将来領地を継承したときに、共に仕事をするものたちとの顔合わせのための一時的な仕事だといっても、手を抜ける様なものではなく、人々の生活をその肩に載せている。


 またユーリと、共に仕事をしているトーレスとは、練度の高い兵士でもあり、その健脚は馬車よりも速い。

 そのため、時々自分の眼で見たいからと言って、数日城に帰らずに地方の視察に行く場合もあった。

 今日もそういう日だ。


「確かに旦那様が帰らない日は、少し気が緩んじゃいます」

 と、アイビスものんびりした様子で神楽とソファの上で戯れている。

 あの二人はよく姉妹の様に仲が良いと評される。

 そしてボクたちウェリントンの娘や、ユーリ、ラピス、サリィにエミィなどと難なく友好的な関係を築き、あまつさえクレアリグルや、ボク達が軍官学校3年の時にドライラントがら留学してきた下二人の姫君フェニア・バーナード・ムースとシャオユウ・バーナード・スフィンクスや、旧ミナカタ所属だった地域から留学してきた有力者の娘衆からすらあっという間に信奉される御姉様となった神楽の高い対人スキルは、ジークや外務の大臣たちすら一目おくほどであった。


 日ノ本女性であることがどの程度か関係あるのか、それとも単に神楽の人柄故か、神楽は相手の話すことを真っ向から否定することがほとんどないのだが、適度な相槌と同調、慎重な性格からか質問も織り交ぜることがあり、その結果として相手の意見を否定していても相手が柔軟に反対意見を受け入れられる様に誘導されていることが多かった。


 そんな神楽は南進侯スザク家の長女であるアイビスにとって前世からの友人というもので、その仲の良さはやや常軌を逸していると言ってよいものであった。

 既婚者でありながら神楽と恋人関係にあるボクが言えた事ではないが・・・。

「アイビスちゃんは、気が緩んでてもそうじゃなくてもカグラちゃんに懐いてるよね」

 と、アイリスも突っ込むくらいには、アイビスはリラックスした様子で神楽に体を預けて髪をいじられている。

「んー、そーかなー、そーかも?」

 つぶやきながらもアイビスは神楽の胸をクッションにしながら懐いて寄りかかる。


 今日は平日なのでユディとモーリンも学校に行っているし、ソルとフィサリス、ベアトリカはホーリーウッド式メイド術習得のためホーリーウッド城のスードリのところへ出かけている。

 ベアトリカは賢く手が人間並みに器用とはいえ、外見は完全にクマなのだけれど、エッラにメイドだと押し切られた結果スードリすらメイドと認めてしまった。

 7~8歳の頃のトリエラより余程物覚えが良いらしくスードリは絶賛していた。


 エッラは最低限のメイド術を納めた上でその戦闘センスの高さとボクへの忠誠心からメイドのままで近衛以上の信頼を置かれて、ボクたちに近侍している。

 低身長で護衛に見えないほど愛らしい容姿から初見の貴族などからは、自身や息子の愛妾にどうかなどと声をかけられることもある様だ。

 とはいえ『ストームメイド』の通り名の方は頻繁に王都へ足を運ぶ貴族相手だとすでにかなりの知名度であり、後になってスカウトの手紙が届くことが多かった。

 エッラはそのすべての相手との最初の会話の内容を把握しており内容をすべて報告してくれる。

 結果としてホーリーウッド家に対して隔意を持つ家などは見られず。

 純粋にエッラという、外見的にも実力的にも魅力的な人材の血を是非とも家中に引き込みたいという好意からのものばかりだった。


 実際エッラの能力も外見も性格もすべてが魅力的だ。

 普通低身長過ぎるのは子どもっぽくみえてマイナスになるところだけれど、エッラの場合は大人びて見える部位があるのでそこまで気にならず。

 王国が誇る勇者『槍聖』アクタイオンから求婚され、『剣天』ジェリドと『魔砲将』から次代の軍団長候補として推挙された話はエッラ以外にはよく知られている話だ。

 可愛くて、小柄で、賢く、護衛をつける必要もないほどの戦力を持つ、王家とホーリーウッド侯爵家で7年以上メイド勤めをしている女性。

 生まれてくる子どもが男児で、低身長を引き継がない限りはそうそう不都合なんてない。


 今部屋の中にはユーリの妻ボクたち三人と、神楽、エッラ、トリエラ、エイラとが居て、大分緩い雰囲気の中でくつろいでいる。

 疲労なんてそうそう訴えないエッラとエイラにも座るための円卓を用意して、トリエラとともに3人で座ってもらっている。

 立ちっぱなしはなんとなく体に悪い気がして、正式な場以外ではメイドにも座席を用意するようにしている。


 トリエラは今この室内に居るものの中では一番の長身で170cmを超えているのだけれど、普段はうちの女性陣の中では背が高いほうな神楽やナディアと仲が良く、黒髪トリオで居ることが多いので目立たない。

 しかし150cmに満たないエッラと154cmしかないエイラとに挟まれていると、より一層その長身が目立っている。

 彼女は獣人で体力的には恵まれているものの、エッラやエイラほど馬鹿げた体力があるわけでも、疲労しないわけでもないため椅子ありの時はすごく嬉しそうだ。


 初めて・・・前周で初めて彼女を見たときは感動したその耳と尻尾も、今となっては見慣れたもの。

 たまに頭をなでながら耳をコリコリと揉んでやると喜ぶのは前周の彼女と一緒だけれど、蕩けた様になっていた当時と違い妙に恥ずかしさの様な感情が垣間見えるのは、マスターを定めていないことと関係あるのか、ボク以外をマスターにしてしまえばもう撫でさせてくれないのかと、最近気になっている。


「ねーねーエイラ、あなたもそう思う?」

 アイビスは一番近くにいたエイラに対して訪ね、エイラは少しの逡巡も経ることなく

「仲がよろしそうで何よりかと」

 とだけ答えた。


「実際こうしてよく抱きしめては居ますよ?でも誰かに迷惑をかけてるわけじゃないので人目さえ気にしていれば大丈夫かと思います。」

 神楽も相変わらずアイビスの髪をいじくりながら認める。

「カグラちゃんは、アイラとアイビスちゃんのことは良く抱っこしてるけど、私のことはそんなにしないからちょっと不公平だって思うの。」

 アイリスは少しだけ唇を尖らせて不平を言う。

 そもそも13歳の女の子を17歳の女の子がひざに抱えているのがおかしいと思うのだけれど、5歳の半ばから年上のお姉さん的ポジションにある神楽に対して甘えたがるのは普通の範疇だろうか?


「まぁ!そんな風におっしゃるほど私に甘えたいと思ってくださっていたのですか?別におっしゃって下されば、いくらでも抱きしめて差し上げますのに」

 神楽も、そもそもが多人数の姉と一人の妹に囲まれて幼少期を過ごしたため、スキンシップは大好きだ。

 アイリスからのいじらしい申し出は歓迎の様で、その場でささっとアイビスの髪を結い終えるとソファの隣をポフポフとたたいた。


 っていうか、そもそもアイリスの方が子ども扱いしないで、という様な事を言って今の距離感になったのではなかったか?と思うけれど

 アイリスは普段心優しいけれどかなりマイペースで、時々激情を抑えられなくなるタイプだ。

 最近はユーリと居られる時間が学生時代より短いから少し不満があるのだろう。

 って、それはボクのほうか・・・。


 このところユーリと顔を合わせて談笑できる時間が本当に少ないと思う。

 特に先月末からはユーリの出張が重なり、この3週間の間でボクがユーリと同衾した回数はわずかに2回、アイリスとアイビスは1回ずつだ。

 同衾といっても男女の間のことはなく、子どもの頃からお馴染みのお互いの温もりを感じるだけのもの。


 それだけでも以前なら我慢できないこともなかっただろう。

 6歳から8歳までの間は週に1度程度、それも隠れてこっそりとしかユーリに会えない生活をしたのだから、それを思えば今の環境だって幸せだろう。

 ただ幼い頃とは違ってしまったボクの体は、ユーリが居ないことで不満を溜め込みつつある。

 抑えきれない物ではないけれど、たとえば神楽にハグされた時であるとか、たとえばエッラのふうわりとした甘い香りが漂ってきた時に、少しだけムラムラと沸き立つ物があるのだ。


 アイビスがアイリスのために膝を譲り、神楽と二人掛りでアイリスの体をコチョコチョとしてかまっているのを見るとその無邪気さに憧れというか、うらやましいという感覚を覚える。

 そんな3人の様子を見てさりげなくテーブルのお茶を遠ざけるエイラのそつのなさにめちゃくちゃに褒めて撫で回したいと感じる。

 もっとも見慣れているはずのアイリスの甘えている姿にさえ、そのマイペースさ、時々見せてくれる素直さを愛しいと思ってしまう。


「アイラさんもいかがですか?」

 そしてそんなボクの気持ちを悟ったみたいに声をかけてくれる神楽の、前周の様に擦れてはいない、それでいて大人びた眼差しを見て、ボクはこんな素敵な女性になれるだろうかと、怖気づきそうになる。

 それでも、ボクは最初に彼女の様な婚約者に、そしてお嫁さんになると決めたのだから・・・と、『理想の婚約者』の見本である彼女のその現在を間近見ることができる幸運に対する感謝に打ち震えながら

「うん、せっかくだからみんなで寂しがりのアイリスを抱きしめてあげよう。」

 と言い訳をしつつ、その胸に飛び込むのだった。


 そして春も後半なのにおしくらまんじゅうの様にして体を温めあってしまったボクたちは、まだ昼を過ぎた位だというのに、お風呂に入ることになった。

年末年始でちょっと書く元気がありません。

何とか空けない様にしたいとは思いますが、次回からは大事なところなので特に間違いのない様にしたいところですので、少しお時間をいただく可能性があります。

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