第107.4話:お茶会ベイビーズアフター2
(ユーディット視点)
アイラお姉ちゃんのメイド、エッラちゃんが1週間の休暇から帰ってきた翌日、基礎学校の帰り道にモーガンの誕生日プレゼントを用意しようと寄り道したビュファール商会の本店で、私たちを迎えたのはアイラお姉ちゃんの親友で、私の親友の姉でもある、クローデット・ビュファールさんその人だった。
私自身クロエお姉さんと呼び慕う彼女は、未来のビュファール商会長だ。
1年足らずの期間しかホーリーウッドに住んでいなかった当時5歳のアイラお姉ちゃんがたくさん作ったお友達の中でも、件のお茶会で友誼を結んだお姉さんだ。
赤紫の髪はよく手入れされていて枝毛のひとつも見当たらない、妹であるエレと違って髪はしっかりとした艶と芯でも通っている様な硬さ、同時に指通りの良さがある。
アイラお姉ちゃんのひとつ年下、私の4つ上・・・まだ12歳のお姉さんだけれど商家の跡取り娘として、いろいろとたたきこまれているみたい。
お顔は・・・うんかわいいお顔をしているけれど、『お茶会』のお姉さんたちの中ではあまり目立たないよね、半分が貴族だし、貴族家の女の子はあまり変に太ったりやせすぎたりしない限りは大体美人さんだから、ちょっと美人さんくらいだと目立たない。
だから私も変に太ったりしなければ美人さんになれるはずなので、食べすぎには気をつけてるし、マッサージとお肌のケアは毎日受けている。
ママやアイラお姉ちゃんは私のことかわいいかわいいっていってくれるけれど、ママは美人だし、アイラお姉ちゃんはすっごくかわいいから、私はあまり自信が持てないでいる。
っと落ち込んでる場合じゃないや・・・。
人目につかない場所(お城の喫茶室や、お姉ちゃんの私室とか)では撫でたりハグしてくれたりするクロエお姉さんだけれど、さすがにお店に顔を出している時はちゃんと商売人としての顔。
ビシっとしていてでもやさしい笑顔を浮かべて接客してくれる。
私を子ども扱いしているわけでもなければ、ホーリーウッド家の子女だからと特別扱いしすぎるわけでもない、彼女はお客様に対しての態度はある程度平等だ。
「繰り返しになりますが、先ほどはコンラッドが失礼な対応を致しました。貴族令嬢の対応を常連のユディ様から学ばさせていただこうと思ったのですが、尚早であった様です今しばらくは店には出さず修行させようと思います。」
と、クロエお姉さんはもう一度謝罪すると、私の対応を始めてくれた。
30歳くらいの本好きの女性に対する贈り物、乳母への贈り物だから自分のお小遣いとして用意されているお金の範囲で無理なく買えて、なおかつあまり気取った物でないこと・・・なんていう風に私は結構無理というか、わかりにくい要望を出したのだけれど、クロエお姉さんはモーガンとも面識があり、彼女がプライベートの時にどういったものを欲しがっていたかを店員として知っていた。
本来そういったものは洩らさない様にしているのだけれど、私の隣にその娘であるモーリンがいたこと、そして私とモーリン、モーガンがお互いをどれほど大切に思っているかに配慮してくれて、私にアドバイスをくれた。
「それでしたら、最近はお茶のお道具やお料理の道具にご興味をもたれていた様ですので・・・モーリン様、ご自宅に甘茶専用のアイロンバーはございますか?」
と、私の隣にいるメイドのモーリンを、お客様の一人として数えて話しかける。
「いいえ最近ようやく紅茶用を購入したところで、甘茶用の物はまだ価格も高くて手に入っていませんでした。ですが、ユディ様から母の贈り物としては採用できません、その・・・すでに私が先週購入してしまいました。うっかり母が買ってきてしまうともったいないので、すでに母に私からの今年のプレゼントはコレだから・・・と伝えてしまっております。」
少しだけ微妙な空気が流れる。
どうやら乳母の職を辞し、司書の仕事に戻ったモーガンよりも、現状で私のお付メイド見習いをしているモーリンの方がお金に余裕があるらしい・・・?
あぁそっか、モーガンはその給料を家計に足しているけれど、モーリンは半分をモーガンに預けて、残りは自分で蓄えている。
その上彼女は黒曜日ではなく白曜日を休みにしているので、お金を使う暇なんてあまりないから結構たまっているはずだ。
そしてモーリンはモーガンに渡したお金は家計の足しになっていると思っているけれど実際はそうではなくて、現在はモーガンの稼ぎだけでも生活は十二分に維持できていて、そこにお父さんの稼ぎが底上げと老後の蓄えに回されている。
さらにすでに自立したお兄さんであるモーリスが、私のお兄ちゃんの側近衆として仕事をしているのでその給金の1割ほどを仕送りにしている。
そこに子どもの稼ぎとしては多いモーリンのお給料の半分を入れているので、3人家族には明らかに過剰な収入があるため、モーガンはモーリスのお金とモーリンのお金をそれぞれ全額ママと、ユーリお兄ちゃんに預けている。
そしてモーガンもママもお兄ちゃんもその事実を私に教えてくれたけれど、モーリンヤモーリスには秘密だと言った。
モーガンは自分にもしものことがあったらそれをモーリンのために残しておきたいと考えたそうだ。
そして、もしもモーリンが結婚するまで無事だった時には、ホーリーウッド家からの祝儀として渡して欲しいとも言っていたけれど、ママとお兄ちゃんはその時にはモーガンから預かっていたことを教えてさらに同額を足して祝儀に渡すつもりでいるらしい。
これはもちろんモーガンにも内緒だけれど・・・
とにかくアイロンバーはダメらしい。
モーリンと一緒に来てよかった。
それに私のお小遣いだとアイロンバーはちょっぴり高い。
お小遣いは、普通の家の子よりはたぶん多いのだろうけれど、私のお小遣いは月8千ナーロほどで、生活必需品でないため援助金が出ていない甘茶用アイロンバーは5万ナーロほどもするため、正直手が出ない。
一応毎月余った分は貯めているので、予算は3万ナーロちょっとあるけれど。
「あぁそうだ。クロエお姉さん、ブックマークはあるかしら?」
これをメインの贈り物にするかはわからないけれど、贈り物が後で決まった場合にもブックマークを添えるくらいなら大して気をつかわせる様なことも無いだろう。
「はい、ございます。こちらです。」
とまったく滞ることなく、クロエお姉さんは商品棚を移動する。
そこには革製や紙製のブックマークが結構な数陳列されている。
ホーリーウッドは他領と比べて識字率が高く、読書の文化は開拓村の農民にまで浸透しているためこういった読書関連の小物もそれなりに需要がある。
凝った造りのものも多く、逆にシンプルでスマートなものもそれなりの数おかれているけれど、価格は安定していて安いもので300ナーロほどだ。
逆に高すぎて本当にブークマークなのかと問い質したくなる様なものもあるけれど・・・・52万ナーロって、宝石でもはめているんだろうか?
モーガンは派手好きではないので、本を傷めない様なそれでいて頑丈そうなシンプルな紙製のひも付きブックマークを2つ購入した。
ちょっとだけおまけしてもらって2つセットで750ナーロ
「またのお越しをお待ちしております。ユディ様」
「はい、次はお兄ちゃんへのプレゼントのときに来ますね」
そういってビュファール商会本店を後にする。
荷物はいつもモーリンにもってもらうのだけれど、プレゼントだから私は自分で持っておくことにした。
普段は家に置きっぱなしのお財布だけ鞄に戻して、モーリンに持ってもらう。
小さなポーチに購入したブックマークを入れて一箇所しかないポケットに入れる。
「モーリン、時間はまだ大丈夫よね?」
いい買い物ができた。
もうちょっとプレゼントは探すけれど、このブックマークもきっとモーガンの気に入るものだろう。
時刻はまだ4時半くらい、今日は3月1日、春後半のこの季節なら6時くらいまで空は明るいし、6時半までに帰城すれば大丈夫だろう。
エレの家に寄り道したから、たぶん連絡が行っているし。
私がお友達の家に寄り道をすると、城に人をやって連絡を入れてくれているので、ある程度は遅くなっても大丈夫になっている。
そうじゃなくてお買い物やただのお散歩で遅くなるなら、遅くても5時くらいには帰らないと叱られてしまうけれど、その門限を守る代わりにこうやって気ままに歩かせてもらえるので文句は無い。
侯爵家のお姫様扱いは疲れる。
「そうですね、あと1時間くらいなら大丈夫かと、ただここからディバインシャフト城への帰り道のお店しかダメですね」
と、なぜか明後日の方向を見ていたモーリンも、こちらに顔を向けてにこやかに答えてくれる。
あぁ、と思い出す。
そういえば今日は白曜日だから、彼女はメイドではなくて親友だった。
鞄を持たせてしまっていたけれど、思い出した以上そういうわけにもいかない
「モーリン鞄を頂戴、今日はモーリンはお休みだったの忘れてたわ」
しかしモーリンは納得してくれなかった。
「いいえ、たとえメイドとしての業務がお休みでも、私にとってのユディ様は大切なご主人様ですから、どうか鞄は私に持たせてくださいませ」
と・・・、でもそれでは何のために休みを与えているかわからない。
うーん、と少しだけ考えて、私は妥協案・・・、というよりは説得のための言葉を用意する。
「両手がふさがってたら手をつなげないでしょう?今日はお友達の日なのだから手をつないで歩きましょう?」
鞄を渡してもらうためとはいえ、8歳にもなって手をつないで歩くのも人前だとちょっぴり恥ずかしいけれど、お姉ちゃんもよくお兄ちゃんだけじゃなくてアイリスお姉ちゃんやカグラちゃんとも手をつないでいることがあるし、きっと普通のことだよね?
「ユ、ユディ様・・・それは・・・」
とモーリンは少し頬を朱くしながら私の鞄を胸元に寄せる。
「いいから、ね?」
私もたぶんちょっと照れているけれど、休暇中のモーリンを働かせるのはやっぱり間違ってると思うから、ちょっと無理やり気味に鞄を掴み取ると、逆の手をモーリンに突き出した。
「それでは・・・」
と、さらに真っ赤になりながらモーリンはようやく私の手をとった。
温かくて、気持ちいい。
夏だったらきっとちょっと暑かっただろうけれど、今はまだ春なのでジンワリ気持ちがいい。
それから40分ほど道中の店を覗きながら歩いた私とモーリンは、当日にブラウニースクエアで四千ナーロのフルーツケーキを買うことにして、それからおばあちゃまのお知り合いでもあるマーサさんの服飾店(子ども服屋さんじゃないほう)に立ち寄って、モーガンに似合いそうなつばの広い帽子を2つ、9800ナーロで購入した。
2つだけれど、2800ナーロはモーリンが出してくれて、片方は私からもう片方は二人からということにした。
モーガンが喜んでくれるといいのだけれど・・・。
そろそろ満足したし、結構お金も使ったので、そろそろ帰ろうか?と頷き合って再びディバインシャフト城へと進路を向ける。
あと12分歩けば帰り着く距離だ。
相変わらずモーリンとは手をつないだままで、5分ほど歩いて最後の直線、遠くにディバインシャフト城の正門が見えてきたあたりでモーリンがピクリと動きを止めた。
「ユディ様、少し回りますがひとつ北西側の門に向かってもよろしいでしょうか?」
「北西側?いいけどどうしたの?」
モーリンは少し目を伏せてつぶやく様に言う。
「先ほど服飾店に入るまで後を歩いていた男が、正面からこちらに向かってきています。城に行って帰ってきたと考えれば道が同じでも普通ですが、念のために迂回しましょう。」
ヒヤリと汗が出る。
ディバインシャフト側市街も含めて、ホーリーウッドは治安がいいはずで、警備兵も動き回っているのでそうそう犯罪に巻き込まれることは無いものなのだけれど・・・。
「わかった。モーリンよろしくね」
モーリンはメイド術の教育を受けていて、才能はそれなりにあるとほめられている。
そのモーリンが警戒するのなら、私はそれに従うべきだ。
「はい、お任せくださいユディ様。」
そういってモーリンは私の手を少しだけ引っ張る様にして先導する。
そこから迂回して、しばらく歩いていると少しずつモーリンの顔色が悪くなってきた。
「モーリン?大丈夫?顔色が悪いよ?」
「いえ、大丈夫です、少し緊張しているだけです。」
緊張?どういうこと?やっぱりついてきているの?
少し見てみようと思い首を後ろに向けようとすると
「後ろを見てはいけません、気づいているとバレたら一気に寄ってくる可能性があります。誘拐ではなくユディ様を害することが目的なら、この距離だと危険です。あと4分ほど歩いたら一気に城に向かって走りましょう、門番が気づいてくれるはずですから」
迂回して、しかも小道に入るリスクを嫌って、大通りを使っているのでまだ少し遠い。
「わかった。」
モーリンの手は汗をかいている。
私を殺す気なら、私を殺したあときっとモーリンのことも殺すだろう。
顔を見られた可能性があるのだから。
「モーリン、もしも逃げ切れないと思ったときは、手を離して逆に逃げよう?そうしたらきっとモーリンは助かるから・・・。」
そう告げたとたんモーリンはすごく怖い顔をして、私を睨んだ。
「ユディ様、そんなことはおっしゃらないでください、私はユディ様が好きです。ユディ様を犠牲にするくらいなら先に暴漢と刺し違えて死にます。そうすればユディ様は逃げられるかもしれませんし、もしも、仮に逃げ切れなかったとしても、私からみればユディ様は死なないということになりますから。」
頭に血が上る。
「モーリン!そんなこと二度と言わないで!私のためにモーリンが死んだりしたら私は生きていられないよ・・・どうしてそんなことを言うの・・・?」
涙が出てくる。
今危険が迫っている。
もしかしたらこれが最期の会話になるかもしれないのに、どうしてケンカなんてしなきゃいけないの!?
でも考えなしだったのは私のほうだったみたい。
「同じことじゃないですか、ユディ様をお守りできず私だけ生き残ったら、私はどうしていいかわからないじゃないですか?このまま歩きます・・・・。」
モーリンは目の縁に涙を溜めて、それでも前を向いて歩く。
強く握られた手が少し痛かった。
さらに少し歩いて、ようやく再び城の門が見える場所にたどり着いた。
「そこの屋台販売のある広場に入ったら、走ります。人が複雑に動いているので、手は離しますよ?」
「わかった。一緒に逃げ延びようね。」
頷き合ってタイミングを合わせる。
「3」
「2」
「「い・・・」」
「お楽しみのところ申し訳ございません、少しお帰りが遅かったので迎えに来てしまいました。」
!?
いざ、というタイミングになってすごく安心感のある優しい声がすぐ横で聞こえた。
いつの間に横に来ていたのか・・・。
まったく気付かなかった。
「エッラちゃん!?」
「エレノア先輩!?」
助かった・・・。
心からそう思える。
エッラちゃんに勝てる人なんてホーリーウッドの近衛にもすでにいないのだから・・・。
長年最強の座を欲しいままにしてきたメロウドだって、エッラちゃんには勝てないと認めたほどの凄腕のメイドがこのエッラちゃんなんだから!
見た目からは想像もつかないけど・・・。
「エッラち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ん゛・・・・」
安心して力が抜けてしまう・・・。
これで私もモーリンも、どちらも欠けることなく帰ることができる。
その安心感で涙を止めることができなくなってしまった。
モーリンもほぼ同様で、その表情には安堵が滲んでいる。
「ど、どうなさったのですか・・・様子がおかしいです。落ち着いてください。何も怖いことはありませんよ。」
エッラちゃんは、言い聞かせる様にして私とモーリンを道の脇に寄せると、そのとびきり大きなお胸に抱き寄せた。
モニュモニュとして温いそれは、顔を埋めるだけで穏やかな気持ちになれる。
7年くらいの間ほとんど離れて暮らしていたのに、愛用の枕よりもずっと気持ちいいし落ち着く。
匂いも好きだ。
「あの、先輩、ちょっと前から、ついてくる人がいて・・・気配もちょっと消してるみたいで・・・私怖くて・・・。私たちが止まったからか、今は止まってこっちを見ていて・・・・。」
モーリンが少し震える声でエッラちゃんに追跡者のことを伝える。
エッラちゃんは少し首を捻って、たぶん周りの気配を探っていたのだと思う。
少しするとエッラちゃんはにっこりと私たちに笑いかけた。
「少しこのままでお待ちくださいね?」
そう告げるとエッラちゃんは、大きく飛び上がると、空中で何かを蹴ったみたいに一直線に南側へと飛んでいった。
そして、2分も経たないうちに一人の男性を引きずって私たちのところへ帰ってきた。
人通りの多い場所なのですごく目立つ。
「お待たせいたしました。モーリンが見たのはこの方ですか?」
惨めに引きずられる男は、まだ20歳くらいの男の人で身長は170cmを超えたくらい?
あまり目立たない顔立ちだけれど、鍛えられているのか筋肉はそこそこついているみたいに見える。
それが150cm弱しかないエッラちゃんに引きずられているものだから、それはとても情けない状態だった。
私はその男に気付いてたわけではないからモーリンのほうを見ると、モーリンはコクコクと頷いていた。
「どのあたりでつけられていると気付いたのですか?」
とエッラちゃんは、ちょっとずれたことをモーリンにたずねる。
「確信を持ったのは、マーサさんのお店・・・表通り側のところに入る少し前でしたけれど、ビュファール本店を出た直後から、チラチラ視線の様な物は感じていました。最初は、手をつないだ私たちに視線が集まっているのかとも思いましたが、ずっとついてきている様に感じていました。」
男はおとなしくしているが、それを聞いて明らかに落ち込んだみたいだった。
「ジョンさん、聞いてのとおりです。」
とエッラちゃんはその男のことを知っているみたいで、冷淡な声で話しかけた。
となれば聞かずにはいられない。
「エッラちゃん?その人のことを知ってるの?」
問いかける私にエッラちゃんは、男を立たせながら告げる。
「一度城に戻ってからにしましょう。安心してくださいこの男性は仮に刺客であっても、脅威ではありません。」
と、微笑みながら少し周囲を見た。
確かに、城の外では目立つ・・・さっきのジャンプして飛んでいったエッラちゃんがすごく目立ったというか、そもそもエッラちゃんは何もしなくても目立つというか・・・。
城門をくぐって敷地に入ると、エッラちゃんは私たちを先導して、屋根とベンチのある中庭に連れて行った。
そして話始める。
「さて、それでは説明させていただきます。彼はこのたび近衛にどうかと推薦された防衛隊員です。適性検査をするために幾つかの試験を受けて頂いておりまして、ちょうどそのことを話している最中のギリアム閣下とメロウドさんのところへ、今日お二人がビュファール商会に寄り道されるという連絡がありましたので、ギリアム閣下がビュファール商会からお帰りになるお二人をばれない様に見守りながら帰ってくる。バレたと判断したらその時点で引き上げるということを試験内容となさったのです。」
まずエッラちゃんは、彼がどういう人物でなぜ私たちについてきていたのかを教えてくれた。
「ユディ様もご存知の通り、ユディ様やエミリア様がお出かけになるときはいつも黒騎兵か碧騎兵の者がひそかに護衛についております。もちろんプライベートな場所などは見ておりませんが、皆様のお楽しみを邪魔しない様に見られていると悟らせない優秀な者がついて居りますが・・・」
もちろん知っている。
私やママは戦ったりできないから、いつも護衛がこっそりついてきている。
二人きりのつもりでも実際には誰かに見守られていることが多いはずだ。
それでも私には一切わからないくらいだから、あまり気にしたことは無い。
「はじめは他の方でもなんてお考えになったそうなのですが、アイラ様やユーリ様はそもそも護衛が必要ない上に、メロウドさんクラスの手練でもすでに存在を隠し切れないほどの感知能力をお持ちですし、アイリス様とアイビス様はアイラ様にべったりで外出は少ないですし、エミリア様はお付が優秀なのでテストにならないだろうということになりまして、メイド術を身につけ始めたモーリンがちょうど判断基準に適しているだろうということになったのです。」
ということはだ・・・。
男は刺客や誘拐目的でもなく、近衛見習いということで、そもそも何の危険もなかったってことだ・・・。
私たちは、あんなにも悲壮な覚悟をしたというのに・・・。
少しむっとするけれど、無事にいられたこと、何もなかったんだということに安心した私の手足からは力が抜けて、ヘナヘナとベンチに座り込んだ。
モーリンはどちらかというと安心よりは苛立ちのほうが大きかったみたいで男の方をねめつけながら言った。
「護衛の試験ならどうして、ビュファール本店前でまっすぐ睨んだ時や、正門前の大通りからユディ様と私がこちら側の門の道に逸れたときに、追跡を続けたんですか?近衛を目指すほどなら明らかにバレたってわかるはずでしょう!?」
ビクリ、と男は震えて、でも何も言えわしなかった。
そしてそこに今までなかった気配が突然現れた。
「要は、バレたと考える能もなく、ただ子どもが気まぐれに進路を変えた、位にしか考えられなかったってことだよなぁ・・・」
「「ウェルズ(さん)」」
みんなの声が重なって、その現れた男性の名前を呼ぶ。
その男性は黒騎兵隊の中でも長身痩躯の格好いい男の人、お姉ちゃんの親友の一人コリーナお姉さんの旦那さん。
「ジョン・フォン・コーナリー候補生、試験の結果・・・は聞かなくてもわかるな?」
ウェルズさんに問いかけられた男は、うな垂れて、それでも何とか顔を上げると、ご指導ありがとうございました。
と声を振り絞った。
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その後私とモーリン、エッラちゃんとで、普段生活している区画に戻るとエッラちゃんが謝ってきた。
「申し訳ございませんでした。もう少し早く・・・お迎えにあがっていれば、怖い思いされることもなかったのですが、思い至りませんでした。」
私はなんて応えたものかと少し考える。
そもそもエッラちゃんは現在アイラお姉ちゃんのお付としてメイド働きをしている。
近衛の採用試験にかかわることは本来なかったはずなのに、どうしてさっきの人を知っていて、そして今謝っているのだろう。
管轄違いなのではないだろうか・・・?
私が何も言えないでいるので、モーリンが代わりに尋ねてくれる
「エレノア先輩は、なぜあの方が採用試験中だとご存知だったのですか?」
尋ねられたエッラちゃんは、すぐによどみなく応えてくれる。
「はい、今日の午前中から彼とその他数名の試験は実施されていたのですが、彼以外はひとまず見習いとして採用することになったのですよ、彼だけ落第ということになったのですが、推薦してくれた恩人に申し訳が立たないからとごねられたそうで・・・・」
ゴネ・・・ってその時点で近衛への採用なんてありえないと思うけれど・・・。
なおもエッラちゃんはお話を続ける。
「いくつか追加で試験することになったとかで、その一環として私と彼とで一騎打ちをすることになりました。その際に、ここまでの経緯をメロウド団長から伺いました。」
「「一騎打ち(ですか)!?」」
それはなんていうか落とす気満々というか、エッラちゃんから一本取れる時点で近衛どころか、王国軍の幹部候補に推薦するよね?
「いえ、一騎打ちと申しましても、訓練場の中で私が盾を持って彼の攻撃を回避するだけでした。一回でも盾で受けさせたら勝ちということで・・・そもそも推薦者からの推薦文が、鼻をへし折って欲しいという内容だったそうなので・・・。ただまさか追跡対象にバレたことすら判断できない様な人だったとは思いませんでした。特にモーリンには申し訳ないことをしました。今後はユディ様とモーリンは試験対象としない様に具申しておきます。モーリンは思っていた以上に腕が良いのですね、スードリさんがお褒めになるわけです。」
私の知っている一騎打ちと何もかも違う・・・いやそれよりも、今後・・・?その言い方だとまるで今までは・・・
「そうしてくださるとうれしいです。今までの候補者はあからさまにバレましたよという態度をとると引き下がる方ばかりだったのに、まさか執拗に追いかけてくるのが候補者だなんて思えなくて・・・怖かったです、先輩・・・先輩が来てくださらなかったら・・・走ってもあの男が追いかけてきていたら、あの男と刺し違えるつもりでいました。」
モーリンは泣いていた。
ようやく、完全に状況が説明されて、安心したらしい。
そしてどうやらこれまでも私が気付かなかっただけで、突発的に私たちを対象とした見守りの試験の様なものが実施されたことが合ったらしいとも判明した。
「ごめんなさいモーリン、まさかあそこまで使えないとは、団長たちも思っていなかったみたいなの・・・」
先ほどの男ジョン・・・なんとか、は散々な言われ様だ。
実のところもう私は、あまりジョンに対して怒ったりはしていない、ただの力不足な男であったという印象、それよりも思いがけずモーリンの私に対する忠誠心がわかったことのほうが、ずっと私の中で大きなことだった。
思わず握る手に力が篭る・・・そういえばまだ手を握ったままだった。
「えぇ確かに使えない方でしたね、私みたいな子どもに見破られる程度の尾行で近衛志望だったわけですね、そして鼻をへし折って欲しいということは、よほど普段から自信過剰で、問題行動の多い方ということですよね?」
とモーリンは私と手をつないでいることをわかっているのかいないのか、まだ涙の残っている目を、でも力強い光を宿してエッラちゃんの方を向けて話している。
意識してか無意識か、私が強く握ると、モーリンも強く握り返してくれる。
落ち着いてきて、それを観察する余裕が出てきた私は、急にモーリンとの時間を大事にしたいと思い始めた。
今モーリンは見習いメイドで、いや今日は休暇中なのだけれど・・・そういうことではなくて、基礎学校を卒業したらモーリンは選ぶことになる。
私のメイドを続けるのか、そうではないのか・・・。
今まで当然の様に一緒にいたモーリンはもしかしたら来年からは私の隣にいないのかもしれない、そう思うと、今のこの瞬間さえ惜しいと感じる。
「モーリン、私疲れちゃった。もうあの人のことなんか忘れてさ、お部屋に帰ろう?近衛にはならない人なわけだし、もう会うこともそうそうないよ。」
そういって手を引っ張るとモーリンは、私とエッラちゃんの顔色を少し伺った後
「それではエレノア先輩、私はユディ様のお世話がありますので、失礼します。」
と、エッラちゃんにペコりと頭を下げた。
エッラちゃんは微笑むと
「かしこまりました。それでは後の報告は私の方からあげておきます。モーリンは休日でしたね、休日手当ても出していただけるはずなので、私から申請しても良いですか?」
と私と、モーリンに尋ね、モーリンは私の方をチラリと見た後
「はい、お手数をおかけします。」
とエッラちゃんにお願いした。
本当なら、メイド業務が休みのモーリンは私の部屋に一緒に帰らないのだけれど、今日は一緒に来てくれるらしい。
もしかするとこれを含めての休日手当ての申請なのかな?
さすがエッラちゃんは気が利くメイドさんだ。
そのままエッラちゃんと分かれた私たちは、二人で私の部屋に戻って、私は普段どおりにモーリンに世話をしてもらった。
あまりお茶会ベイビーズ関係なく、ほぼユディとモーリンの話になってました。




