第107話:お茶会ベイビーズアフター1
2月36日夕方、一台の馬車がディバインシャフト城の門を潜った。
馬車に乗っていたのは約1週間の休暇を終えて帰還したメイドである。
彼女はホーリーウッド家の嫡孫であるユークリッド・フォン・ホーリーウッドの正室、アイラ・ウェリントン・フォン・ホーリーウッドに侍るメイドの一人であり、これまで幾たびも主人から長期休暇を取る様にと勧められたがなかなか承諾せず、この度実家にて弟が誕生したとの報せを受けてようやく長期の休暇をとり里帰りしたその帰りであった。
といっても主人が勧めた1~2ヶ月程度の休暇に対して彼女がとった休暇は僅かに1週間であったが・・・
その僅か1週間の休暇でも、メイドの彼女・・・・エレノア・ラベンダー・ノアは、主人に会えない寂しさを募らせており、馬車を降り馭者に礼を言った後のその足取りはとても速く。
道中の和やかな雰囲気から脈ありと感じ、あわよくば城内でも有名な巨乳のメイド少女(20歳)とお近づきになりたいと、食事でも誘おうと思っていた馭者は、力なく肩を落としたのだった。
そして一週間ぶりに敬愛する主人に再会したメイドは、主人とその家族が呆れるくらいに喜びのオーラを振りまき、一人の少女からは羨望のまなざしを受けていたことに気付く事はなかった。
------
(ユーディット視点)
先週、アイラおねえちゃんの故郷のウェリントンに遊びに行った時、そのまま置いてきたメイドのエッラちゃんが今日帰ってきた。
メイドとしての業務に戻るのは明日からだけれど、帰ってくるなりおねえちゃんたちのところに挨拶にやって来ていた。
エッラちゃんはアイラおねえちゃんが故郷のウェリントンからつれてきたメイドで、その忠誠はホーリーウッド家ではなくて、アイラおねえちゃん個人に捧げられている。
エッラちゃんはもう、すごくって言葉じゃあ足りないくらいアイラおねえちゃんのことが大好きで、たとえば普通のメイドさんは休暇をもらうと喜ぶのに、エッラちゃんは毎週1回以外の休暇を言いつけられるとすごく抵抗する。
なるべくアイラおねえちゃんから離れたくないらしい。
そんなに忠誠心にあふれるメイドさんはめったに居ないらしくて、ママも感心しているくらい。
ほとんどのメイドは経済的な雇用関係か儀礼的な主従関係である。
それでも別に忠誠心がまったくないということではないけれど・・・。
私にも乳姉の御付メイドが一人居て、彼女はモーリンというのだけれどためしに、この間休暇について聞いてみたら
「下さるんですか!?」
と食いついてきたくらいなので、長期休暇をあげたらなかなか帰ってこなさそうでおねえちゃんがうらやましくなっちゃった。
とりあえず先週のメイド業務の週休みを一日増やして黒白の2連休にしてあげてごまかした。
それだけでも
「何か良いことでもあるんですか?」
と言ってご機嫌な様子で私を見つめてきた。
うそをつく必要もないので、アイラおねえちゃんたちの日帰り里帰りについていくんだと教えると、なるほど、と納得してくれたけれど、休暇返上でついてくる様な殊勝な言葉は引き出せなかった。
モーリンはディバインシャフト城に住み込みで働いている私のお付メイド見習いだ。
もともと彼女は私の乳姉で、乳母だったモーガンの娘だ。
モーガンはもう乳母の職を辞して、司書にもどったけれど、モーリンは私のお付として、モーリンの兄モーリスはたまたまお兄ちゃんと年が同じだったからそのまま側近として、ホーリーウッド家に仕え続けてくれている。
「ねぇねぇモーリン、エッラちゃん素敵だよねぇ」
ここは私の私室、人前ではないのでエッラちゃんのこともエッラちゃんと呼べる。
もともと私はエッラちゃんとかナディアちゃんのことはそうやって呼んでいたのだけれど、メイドはあまり人前ではちゃんとかさんとかつけて呼んじゃいけないんだよっておばあちゃまに教えられたから、それは守ることにしたの
でもおばあちゃまはそれとは別に、メイドの中にも親しい友人や姉の様な人もいるだろうから、そういう人と私室にいる時に甘えちゃいけないとか、そこまで厳しくはしないともいってくれたから、こうやってモーリンといる時は素の自分でいられる。
「ユディ様は本当にアイラ様のお付の方々のことがお好きですねぇ、ユディ様のお付は私ですのに・・・。」
プクゥとほほを膨らませてモーリンがいじける、これも二人で私室にいる時だけ見られる顔。
私と彼女の関係は他のメイドたちとは違う。
ただ乳姉だからとかじゃなくて、気の合う幼馴染の友人同士だから。
ホーリーウッド家の嫡男のお父様の娘である私には、生まれた時からホーリーウッド家のご令嬢という肩書きがついて回って、ほとんどの人には特別な目で見られてしまう。
だからこそ私は、私のことを特別な目で見ないモーリンや、お姉ちゃんたちのことが大好きなのだ。
それに、多分、もしもアイラおねえちゃんがホーリーウッド家のお嫁さん・・・ううんそもそも貴族じゃなかったとしても、アイラおねえちゃんのメイドたちは、それでもみんなアイラおねえちゃんに惹かれていたと思う。
だからこそ私は・・・、私もアイラおねえちゃんが好きで、そのメイドたちのことも好きなのだ。
でも、私にとっての一番大事なメイドはやっぱりこのモーリンで、そのモーリンに嫉妬させてしまうのは申し訳ないと思う反面、うれしいと感じてしまう私がいる。
「モーリンが一番大事よ、私のお付はモーリンだけだもの・・・今日は部屋に泊まっていく?」
そして、モーリンはいつも私の誘いを断らない。
---
翌朝目を覚ました時、モーリンはもう隣にいなかった。
夕べはおしゃべりに夢中になって、10時くらいまで夜更かししたって言うのに、よく起きられるなぁっていつも感心しちゃう。
モーリンは白曜日をメイド休みにしているので、今朝は代わりにお城の若手メイドの誰かが世話をしてくれた。
今朝の子は、気に入られたい、モーリンにとって代わりたいという気負いの様なものが体からにじみ出ていて好きになれない子だった。
あぁいう子は私を見ているんじゃなくて、私の後ろにあるホーリーウッド家に取り入りたいと考えている子、大体は貴族家から行儀見習いとか嫁入り修行の一環で、うちに来ているはずなのに、あわよくば私や、アイラおねえちゃんのお付きに、さらにはお兄ちゃんの目に留まって側室になんて考えている。
もちろんそんな子ばかりじゃない、先月のいつだったか、モーリンの休みの日にあてがわれたモピラという子は、すごく気が利いて思わずママに、モピラはすごくいい子だったよって報告しちゃうくらいだったし、あぁいう子にはぜひ幸せな結婚をしてほしい。
訊いた感じ婚約者とかはいない子だったからもし縁に恵まれなければうちの近衛なんかから旦那さんを斡旋したいくらいだった。
それこそ、条件が許せば、私のメイドに追加したい位の逸材。
残念ながら貴族の三女なので、メイドに本就職してもらうのはなかなか厳しいけれど・・・。
そうこう考えてているうちに、馬車は学校に着いた。
普段はモーリンと二人、徒歩で通学するけれど、モーリンがいない白曜日は馬車で学校まで来ることにしている。
私が馬車を降りると、降車場側の校舎の入り口前にモーリンが待っていてくれる。
メイド業務がお休みだから一緒には来ないけれど、組も一緒だし、こうやって馬車から降りるのを待っていてくれるのだ。
「おはようモーリン!」
「おはようございます、ユディ様」
一緒に歩いていると自然とメイドの時と同じ様に少し後ろについてくるモーリン、せっかくメイド業務は休みなのに学校に通わないといけないし、結局私にぴったりとついているから、余り休暇になってないんじゃないかな?って思うけれど・・・。
でも私も一緒にいられるのはうれしいから文句はない。
あれ・・・?なにかひっかかる。
あぁ、メイドを休んでる日まで一緒にいてくれるのに、どうして先週は休暇を追加することを喜んだんだろう・・・?
そもそも、白曜日を休みに指定しているのだって、黒曜日を休みにすると私といられないけれど、白曜日を休みにすれば学校にいる間は一緒にいられるから・・・とか言っていた気がする。
ちょっと気になって、教室につく前にお話してみることにする。
時間はまだあるしね。
「ねぇモーリン、先週の黒曜日はどうだった?」
私は余り駆け引きとかってうまくないし、手の内がバレているモーリン相手にはなおさら通用しない、だったら最初から直で聞く。
「はい、ユディ様がお休みを下さったので、母の誕生日プレゼントを時間をかけて選ぶことができました。お心遣いに感謝致します。」
モーリンの回答はきわめて単純かつ、明確なものだった。
そして同時に衝撃的なものでもあった。
「あ・・・・」
思わず声を漏らしてしまう。
モーガンは私にとっても大事な乳母で、今だってたまに見かけたら、彼女が司書の業務中なのだって構わずに、人目だって気にすることなく、名前を呼んで飛びついてしまうくらい大好きなのに。
お姉ちゃんたちが、帰ってきたことではしゃぎすぎてたのかな・・・、彼女の誕生日プレゼント、まだ買ってない・・・ううん、彼女の誕生日を忘れていた。
「ユディ様?いかがなさいました?」
と、モーリンは私の顔を見つめてくる、その何も疑わない瞳が、今はちょっときつい。
私はこんな彼女の忠誠心まで疑って、そりゃあ年に一度の母親の誕生日のお祝いと、いつも一緒にいられる主人との一日じゃあ母親が大事に決まっている。
彼女はまだ8歳の女の子で、別に私の命がかかってるとかじゃないんだから・・・。
忘れてたなんて言えないけれど、せめて・・・・。
「ごめんモーリンそういえば私まだモーガンへのプレゼント選べてないの、モーリンと被らない様にしたいし、今日学校帰りに付き合ってくれるかな?今日はメイドじゃないからその・・・友達として」
「まぁ、私がユディ様のお友達として私の母へのプレゼントのお買い物だなんて・・・光栄です。それとお心遣いありがとうございます。母もユディ様のこと大好きなので、喜びます」
せめて嘘はつきたくないし、忘れていたことを怪我の功名としたい思っての提案だったけれど彼女はにこやかに受け入れてくれた。
母もと、わざわざ言うのは、さりげなくモーリンも私のことを好きだと言ってくれているんだから、私はモーリンの忠節に恥じないご主人様でいたいもの、まだお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに巧くはできないけれど・・・、私だってホーリーウッドだもの。
---
私は少しの後ろめたさと、安堵を感じながら教室に入る。
一応今年いっぱいで卒業する最高学年のクラスだけれど、その後の展望はわからない、まだ8歳だし、お兄ちゃんたちみたいに魔法や武芸の才能があれば、アニスおねえちゃんを追いかけて軍官学校に通っても良かったのかもしれないけれど、私は魔法力が並よりやや高いくらいで、特に目立った才能はない。
だとすると、これから15歳くらいまではお城で花嫁修業したり、お茶会を開いたりするのかな?
まだそういう相手もいないから、パーティとかにいっぱい出席して、お相手を探したほうがいいのかな?
まだ結婚なんて想像もできないけれど、ドレスを着てみんなに祝福されているアイラおねえちゃんたちは素敵だったから、私もあんなふうにきれいになれたらいいなって思う。
思うけれど、やっぱり自分があんな風に振舞える自信はない。
「ユディ様おはようございます。」
「ユディ様、ごきげんよう。」
そんな風に考え事をしていたら、いつの間にか目の前にコレットとキトリーがやってきていた。
「ごきげんよう、キトリー、コレット」
二人は私にとって、幼馴染の親友。
他にもまだ何人かいるけれど、彼女たちとの出会いは、まだ物心つく前に、ママとアイラおねえちゃんが開いたお茶会で、お姉ちゃんが私と年の近い子たちを集めてくれたのがきっかけ。
家格には関係なく、兄姉の気性の良さから、同じ様に好ましい性質に育つのではないかと期待して、私に引き合わせたんだって。
実際、二人はちょっとおとなしい子だけれど、まじめで、お勉強や読書が好きで、きっと将来アイリスおねえちゃんみたいな優しい女性になると思う。
今の組には他にもあのお茶会のメンバーがエレ、アイリ、シルヴェストル、ソルと合わせて6人いて、あぁ、ソルはソル・ハープナっていって、お城にいるメイドのソルちゃんとは別の子で、アイラおねえちゃんの親友のソニアお姉さんの弟。
コレットがひとつ上なのを除けば私とモーリンもあわせてみんな同い年の8人は、基礎学校に入ったのも同じ年でずっと同じ組。
たまにコレットとエレがシルヴェストルへの恋心からかピリピリした空気になるときはあるけれど、それ以外はいつも仲良し。
コレットはクローデット・アネット・トランティニャンという名前で、エレのお姉ちゃんとたまたま同じ名前、それでエレのお姉ちゃんの方はクロエって言うニックネームで呼んで呼び分けている。
上に2人のお姉さんとお兄さんが一人いる末っ子で、お姉さんたちはしっかりしているのに、コレットはちょっと内気な子。
エレの家はホーリーウッドで衣料や嗜好品を中心に王都とも商売をしている、特におねえちゃんのお茶会に招かれた後は、生産方法が確立した初期に紅茶を流通させる販路を提供し、その利益をきっかけにかなりの躍進を遂げたとかで、今ではホーリーウッドでも3本の指に入る商会となっている。
二人とキトリーとが、シルヴェストルのことが好きみたいで、特にキトリーはあまり人とおしゃべりしたりとかは得意じゃないのに、いつもがんばってアプローチをかけているのがいじらしい。
応援したいって思う。
でもエレとコレットもシルヴェストルのことが好きなのがわかるからキトリー一人を応援するわけにも行かないのが幼馴染のつらいところだ。
一方でコレットはシルヴェストルのことを意識しているのは私達幼馴染にはバレバレなのに、頑なに認めない。
たぶん恥ずかしいのだとは思うし、その気持ちもわかるのだけれど、それを認めないがために時々エレとケンカしているみたいになる。
エレはキトリーと同じ人が好きだと認め合い、高めあう様な関係というか、人付き合いが苦手なキトリーのためにお膳立てというか言葉のアシストの様なことまでやっているけれど、なかなか自分の気持ちに素直にならないコレットに対しては普段は仲がよいけれど、恋愛絡みではあたりの強い時がある。
「ユディ様、今日はエレちゃんが、みんなで寄っていかないかって誘ってくれてるんです。ユディ様は今日はご予定はありますか?」
と、誘ってくれたのはキトリー、人付き合いが苦手といっても、さすがに幼馴染の上同性で、同い年の私にまでは人見知りはしない。
ただこのエレの誘いというのもたぶんきっと、エレ・・・エレオノールからキトリーへの援護射撃を兼ねたものなのだろう、エレ自身がシルヴェストルのことを好きだから、もちろん自分のためでもあるのだろう・・・自分のためならばシルヴェストル一人を誘えばいいのだから。
でも今日はもうモーリンと一緒にモーガンのプレゼントを選ぶ予定だ。
だから申し訳ないけれど・・・
「ごめんねキトリー、今日は私もう・・・」
予定があるから・・・と言いかけてふと思う、買い物なんだからビュファール商会のお店をちょっと見るのはありだよね?
香り小物、とかチャームの類も安くてかわいいの多いし、お小遣いで買えてモーガンが喜びそうなのだと・・・ブックマークとか?
うんとりあえずついていこうかな
「・・と思ったけれど、うんついていこうかな?あまり長居はできないけれど、ね?モーリンもいいよね?」
先にモーリンと約束をしたのに勝手に予定を変えてしまったと思い出して、すぐにモーリンにたずねる。
「はい、ユディ様のお心のままに振舞っていただくことが私の喜びですから」
モーリンは心なしかむすっとしていたが、快く承諾した。
これはあれだよね?勝手に予定を変更したからすねてるんだよね?
---
授業が終わったあと、幼馴染6人と、私とモーリン、それにキトリーのメイドのニア、エレの付人のドリス、合計10人でエレの実家に寄った。
エレの実家はビュファール商会の本店店舗と併設していて、同じ敷地内に店舗、自宅、離れと倉庫が3つある。
一昨年前までは隣の小商店の敷地があったけれど、老齢を理由に店を畳んだ店主が後継者が居ないとかでホーリーウッド家を通してビュファール商会に売却し、壁を取り払い倉庫がひとつ増えた。
ビュファール家の自宅の中、エレの部屋まで着くと私たちはいつも通りに寛ぎ始める。
ここは私たちの『聖域』のひとつで、他人の目のない場所だ。
「じゃあドリス、ママかお姉ちゃんにお願いして、お茶請けになにか貰ってきて頂戴。」
部屋に着くなり、エレはベッドの上に背中から飛び乗った後、体を起こしながら言った。
「かしこまりましたエレオノールお嬢様」
ペコリと頭を下げ、返事をするドリスだけれど、一人では10人分のお茶とお菓子は持ってこられない。
「モーリンもお手伝いお願い」
「ニアも行ってきて?」
いつものことだけれど、私とキトリーも自分のメイドにドリスを手伝う様に指示する。
そしていつものことなので、モーリンとニアもすくと立ち上がると、3人で部屋を出て行った。
まぁ私たちがお邪魔した時点で、使用人さんからエレのお母さんやお姉さんに話がいっているはずなので、すでにお茶とお菓子は用意されているところだろうから、すぐに戻ってくるだろう。
「もうこうやって学校帰りに誰かの家で集まれるのも7ヶ月ないのかぁ」
と、アイリがつぶやく、アイリはポピラー男爵家の長女でお父さんの方針でメイドはついていない、メイドたちが何でもかんでもやってくれると勘違いした大人にしたくないんだとか・・・私そんな風になってないよね?
「誰かの家って行っても、学校帰りに寄るのはうちか、ここくらいじゃない?」
とつぶやくのはキトリー、別に不満があるというわけではなさそうだ。
「仕方ないよ、うちは『末永くユディ様と仲良くして』ってママたちが言ってくれてるからその通りにしてるし、毎回お茶とおやつだって出せるけれど、アイリはお姉さんのところに間借りだし、ソルやコレットのところはしょっちゅう寄り道なんてしたら家が傾く・・・は言い過ぎかもだけど、結構負担になるでしょ?それに誰かさんのパパが男の部屋に寄り道だなんて・・・って怒るからシルヴェストルの屋敷も無理だし。」
と、エレはベッドに横たわって足をパタパタとしながら言う。
スカートの内側のドロワーズの飾りリボンが右足側だけほどけているのが見える程度にはよく見える。
「ごめんね、パパが厳しくって」
ママが言うにはキトリーのパパ・・・リーフェンシュタール男爵はていそう観念っていうものにちょっと厳しいらしくって、キトリーが男の子の部屋に寄り道するのを許してくれないので、シルヴェストルが住んでいる屋敷に寄り道することを許してくれないのだ。
「別に責めてるわけじゃないわよ?うちのパパママ的にもユディとそのご学友一同とのお付き合いはメリットが多いって喜んでるから負担とかでもないし・・・たぶん」
キトリーが申し訳なさそうな顔をしたのでエレはちょっとまくし立てる様にフォローする。
確かに、このアイラおねえちゃんの気まぐれから付き合いの始まった集まりは、ビュファール商会にとってとても都合のよいものだった。
ホーリーウッド家からは紅茶の販売を委託されたのを皮切りに、ホーリーウッド家が抱えるいくつかの事業の成果物の販路を任されている。
またシルヴェストル、キトリー、アイリは3人ともホーリーウッド市以外に本拠を持つ貴族の子女で、その実家との良好な付き合いの結果、各領地に支店を出すに至り、ビュファール商会の躍進に大きく影響している。
同時に領地の特産品なんかもお安く仕入れることができているそうだ。
みんなを呼ぶことが負担にならないという意味では私ももっとたまり場を提供するべきなんだろうけれど・・・。
「私もごめんね?本当はうちにももっと呼べれば良いんだけど」
「あぁんユディ・・・そんなに落ち込まないでぇ、だからうちはこれで良いんだってば!」
エレは自分の軽口から私がそんなことを言い出したんじゃないかって気にしてしまった。
商人の娘なのに人が良いというか・・・こんなエレだから私はこの『聖域』が好きなのだ。
「うぇへっへぇ、エレってば優しい」
「あ、ユディってば、からかったの!?」
『聖域』では私はただのユディになれる。
私にとっていまやこの仲間たちは、家族以外でほとんど唯一の、対等で居てくれる人たちだ。
私自身はただの8歳の小娘なのに、ほとんどの貴族が、私のことをユーディット様と呼ぶ。
別に最初からだから気にしてなんかないけれど、小さいころ・・・本当に物心がついたかつかないかくらいまで、よく私たちのお茶会の世話(というより当時はただのお守り)をしてくれていたシャノンだって、久しぶりに会ったら甘い声の「ユディさまぁ♪」じゃなくって「ユーディット様」に変わっちゃってたし・・・。
『聖域』は私たちの誰かの部屋の中、私のことをユディとかユディちゃんって呼んでも見咎める人が誰もいない場所、私はここにいるみんなには呼び捨てだって、ちゃん付けだって、許しているのに、何も知らない大人が咎めることがあるのだ。
それも私の見えないところで彼女たちを、常識知らずだとか、これだから平民は、なんて言っている人までいるんだ。
イライラするから、あてつけにソルを婚約者にしてもらおうかなんて思うこともあるけれど、この年になっての婚約者のことなんて一生の大事なんだから軽々しく決められないし、何よりソルはお姉ちゃんのメイドのソルちゃんのことが好きみたいだから、その恋路を見届けるまでは変なことはしないでおこうと思う。
そんな風に落ち着いて考えられる時点で私はソルのこと男の子として好きというわけではないんだと分かる。
別に、嫌いということではないけれど・・・。
---
親友たちと40分ほど歓談した後、まだみんなはお話しているところだったけれど、私だけ一足先にお暇することにした。
モーリンとのお買い物の約束があるしね。
モーガンのお誕生日プレゼント選ばないと・・・。
「それじゃあ私とモーリンは今日はそろそろ帰るね?」
話題が切れたところを見計らって
「え?もう?」
とエレはキトリーのサラサラの髪を結ったり梳いたりというエレにとって至福の時を過ごしていたのだけれど、その手を止める程度には予想外だったみたいだ。
「もしかしてユディちゃん、何かご用事があった?私が誘ったから気を使わせたのかな?」
頭の左側だけ髪を下ろした状態になっているキトリーが申し訳なさそうに尋ねる。
「んーん、ちょうどビュファール商店もチラっと覗こうと思ってたから大丈夫」
思いついた順序は逆だけれどウソではないよね、お買い物はするわけだし。
「え、うちでお買い物していってくれるの?付き合うよ?割引・・・っていうか、ユディ相手で、根こそぎとかでないなら献上でもいいと思うけれど?」
と、エレが娘の立場なのにとんでもないことを言い出す。
それと、それじゃあ意味がないんだ。
「せっかくだけど・・・贈り物を選ぶから、絶対にエレの家で買うかもまだ分からないし、自分のお小遣いで用意したいの」
モーガンは私の乳母、大好きで尊敬できる女性だ。
だからそんな彼女への贈り物は自分の器で用意できるものをを、自分で選んで贈りたい。
「ユディちゃん優しいお顔してる、好きな人?ユークリッド様かそれともアイラ様かな?」
と、コレットがほほを赤くしながら訪ねてくる。
「お兄ちゃんたちじゃないよ?でも好きな人ではあるかなぁ・・・」
応えてつぶやきながらちらりとモーリンを横目で見ると、早くも私と自分の鞄とを持って待機してくれている。
「そっかぁ、じゃあお見送りだけするわ、みんなは部屋で待ってて、ドリスみんなのおもてなしいったん任せていい?」
そういいながらエレも立ち上がる。
「かしこまりました」と返事するドリスや頭を下げているニアにも手を振って、私とモーリン、見送りのエレは部屋を出た。
それから玄関まで見送ってもらうと、エレとも分かれた。
ビュファール家の玄関から一度庭に出て、そこから壁沿いに少し歩くと、ビュファール商会の本店がある。
同じ区画に建っているけれど、本店と倉庫の1つとそれ以外とでは直接は行き来できない様になっている。
店舗の正面から入るとすぐにお店の人が一人寄ってきて挨拶をしてくる。
普段はエレのママかパパ、それかクロエお姉さんが接客をしてくれるのだけれど・・・。
居ないのかな?
そして、私の顔を知らないらしい見知らぬ若い店員さんは、まくし立てる様な早口で、何がご入用かとか、ご予算はいかほどで?なんってことをたずねてきた。
なんというかたどたどしい、別に私が子どもだから馬鹿にしているとか、威圧して高いもの買わせようとしているわけじゃあなくって、単純に慣れていない?
若干苛立っていると
「はいストーップ、コンラッド、貴族のご令嬢相手だからって緊張しすぎ、もっと落ちついてゆっくり話しなさい、もう後は私がご案内するから、紅茶の棚レジニーとセントラリーが減ってたから、倉庫から追加を出してきて」
と、ようやく見知った顔が出てきた。
「店員が不慣れな対応をして申し訳ございませんお客様、ここからは私クローデットがご案内させていただきます」
「クロエお姉さん、こんにちは。」
私にとっては、なんていうべきだろう親友の姉で、義姉の親友で、私自身小さい頃は何度も遊んでもらった方。
私と4つしか変わらないけれど、すでに人を使い、金を稼ぎ、忙しい毎日を送っている方だ。
「はい、こんにちはユディ様、お姉さんと呼んでいただけるのは非常にうれしくはあるのですが、お店では抱きしめることができませんので、ご了承くださいませ」
と、ちょっとずれた返事をくれながら、クロエさんはとてもよい笑顔を浮かべた。
ちょっと長くなってきたので分割することにしました。
アイラのお茶会メンバーの下の子たちです。
※20171213 キトリーの実家は領地持ちではなく職位の関係で一部預かっている立場のため関連する表現を変更しました。




