第106.5話:若いお母さんとおしゃべり
これは、ホーリーウッド家嫡孫の正妻アイラに仕えるメイド、エレノア・ラベンダー・ノアが、新たに誕生した弟と過ごすために1週間の休暇をとった間の取りとめもない日常の出来事だ。
かつて彼女が暮らした村はすでに無く、町へとその姿を変えた。
無論村娘の頃の彼女を知る者は残っているが、新興の町ウェリントンはますます人口を増やし、彼女が村娘をやっていた頃の7倍に迫る人口を有しており。
ウェリントン男爵領全体の人口は3000人を超えている。
この数年、旧ルクス帝国からホーリーウッドに流れてきた者のうち若く体力のある者で、なおかつ人柄に問題の少ないとされる人間を中心に、ウェリントンや各開拓村への移民者が流れてきたためである。
旧住民と移民は元は異郷の人間、衝突はまったく無い・・・というわけにはいかなかったが、ホーリーウッド側で簡単に篩いにかけられた移民たちは、概ね問題なくウェリントン男爵領に溶け込んだ。
ウェリントン側も土木や治水事業を中心に、人手があると助かるので、どんどん移民を受け入れており、これからも人口はどんどん増えていく見込みであった。
つまり、ウェリントンの家畜部門を総括する家がノア家であることを知っている人間はそれなりに多いし、ノア家に子どもができたらしいという話を知る人間もいないことは無かったが、エレノアという娘がノア家の一体何者なのかということを知る者の割合は大きく低下しているのだ。
また住民同士であっても、かつての様にほとんど全員の顔を知っているという様な状況ではなくなっており、顔を合わせたことの無い人間というのもそれなりに居り、特にまだ教会学校くらいしか家を出てくることの無い乳幼児は、近所や、特に付き合いのある家の者以外にはほとんど顔を覚えられていなかった。
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(エレノア視点)
朝、目を覚ますと、見慣れない天井だった。
いいえ、見たことが無いわけじゃない、もう7年以上前になるけれど、ここは私の部屋だった場所だ。
当時とほぼ同じ、内装は私が村を出て行った時のままだし、衣類棚の引き出しを開けると、下着類は残っていなかったけれど、幼い頃遊んだぬいぐるみや、縫い物を練習したかぎ棒なんかは残っていた。
それでも7年も空けていた家はやっぱりなんとなく見慣れなくて、まだ1泊しかしていないというのに、主人達の元へ帰りたいと少し考えてしまった。
軽く身支度を整えて部屋を出るとすでに父が起きていて、台所に立っていた。
「お父さんおはよう、手伝うよ」
7年前と変わらない場所にかかっている母のエプロンを一つ取ってつける。
「おはようエレノア、助かる。一番右のベーコンを取って焼いてくれ、それと卵でなにか作ってれ、父さんは野菜のスープと、パンを準備してるから。」
かつて父も母も私のことをエッラと愛称で呼んでいたのに、今は私のことをただエレノアと呼ぶ。
なんとなく一人前に扱われているみたいでうれしい。
「わかった。」
食材置き場も以前と変わらないので、指示だけもらえれば朝食作りの手間なんて無いに等しい。
王都でもよくハンナ奥様やエイラたちと一緒にしたものだ。
家族3人分の調理なんて造作もない。
父をちらりと見ると、しっとりした焼くとザクザクするパンを焼いていたのでこちらは卵はポーチドエッグに、ベーコンは薄くスライスして、王都で買っていた蜂蜜とコショウでカリカリに焼いた。
勇者相当の能力を身に着けたときに使える様になった空間魔法の収納術は、どういうわけか内部の時間経過が停滞するので、食材を持ち運ぶのに便利だ。
私の能力ではまだ400lくらいしか持ち運べないけれど、それだけの要領を重さを感じることなく持ち運べるこの能力は非常に有用なものだ。
それはあのジェリド様やアクタイオン様が軍で出世できるわけである。
軍需物資を自分が死なない限りほとんどノーリスクでまとまった量運べるのだから、裏切らない様に厚遇されるのだ。
無論勇者というだけでも戦力的に非常に大きいので、その有名を含めてのことだけれど
コショウはホーリーウッドでもまったく生産されていないわけではないけれど、主に大陸北部で収穫されるものなので、ホーリーウッド地方では単価が高くなりがちだ。
けれど、肉料理とは相性がいいのでみんなケチりながらでも使う。
それをふんだんに使ったので、父は少し驚いたみたいだった。
だけれど、私がホーリーウッドに仕えていることを思い出したのか、それともノア家の備蓄ではない私の私物を使ったからかただ一言
「うーん、いい風味だ。」
とだけつぶやいた。
父が作っていたスープは、タマネギやニンジン、イルタマ、マメなどを、猪魔物のすじ肉と煮込んだものだ。
おそらく昨日から下準備していたのだろう。
色は薄いけれど、野菜の甘い匂いが食欲をそそる。
そちらのほうがよほどおいしそう。
すると匂いに誘われたのか、母さんがエイベルを抱いて部屋に入ってきた。
「おはよう、あなた、エレノア、いい匂いね。ちょっと早く起きちゃったわ。」
と、眠たそうな様子の母はソファに座ると、服をはだけて、エイベルにおっぱいを吸わせ始めた。
夜中にも3度くらい起きて、授乳していたみたいなので、実際眠たいのだろう。
「おはようお母さん、もうすぐできるから」
「おはよう、エイベルもおはよう、いっぱい飲んで早く大きくなってくれ、跡取り息子よ、エレノアこっちのスープにも少しコショウを入れてくれないか?体が温まる。」
と父は用意していたスープ鍋を指し示す。
「うんいいよ、お土産に入れてなかったけど、コショウもいっぱい置いていくね?」
「助かる。経済的には無理はないんだが、最近ウェリントンに入ってくるコショウの量が少し足りてなくてな、っていうか、ルクセンティアからの移民がコショウを食べなれてなくてハマってしまったみたいで使いすぎてるんだ。」
なるほど、ホーリーウッド側にいるトーレス様が把握している人口に対して少し多いくらいのコショウを入れても、それ以上に消費量が増えていて足りていない・・・と
その上、今は併合した各地にもコショウが流れていく様になっているので、ウェリントンだけに、人口に対する量を大幅に超えての輸送を行うわけにもいかないだろう。
その上に、ほとんど初めてコショウに出会ったらしい移民の人たちが大量に消費したとあっては、確かに在庫は足りないのだろう。
とりあえずしっかりと乾燥されていて日持ちのしそうな黒コショウの瓶を3つ出して、食品庫においておく。
出来上がった料理をテーブルに並べた頃にはエイベルは再度眠りについていた。
ゆりかごに横たえられて穏やかに眠っている。
そのゆりかごを揺すってやって母は待っていた。
まだ少し眠たそう、というよりは疲れているのだろう、昨日私たちには気丈なところを見せてくれたけれど、まだ産後の体力回復が間に合っていないのだろう。
「あら、ごめんねエレノア、せっかくの里帰り、母さんの手料理食べさせたかったのだけれど」
私の顔をみて母は申し訳なさそうに弱弱しい笑みを浮かべる。
「いいの、無理しないで、それよりも私も結構長くホーリーウッド家にお仕えして、いろいろ作れるんだから、お夕飯は私に任せて欲しいな?」
朝食は父との合作だけど、昼はノヴァリスが旦那さんの分も合わせてで腕を振るってくれるらしい。
でもそれならば夕食くらいは私に任せてみて欲しいものだ。
食材はアイラ様ほどではないけれど、それなりに収納しているので、ウェリントンではなかなか食べられないご馳走でも作らせてもらおう。
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父は仕事に行って、私は母の代わりに家事をすることにした。
母はまだ体力が戻って居らず、ソファかベッドに横たわっている。
エイベルは母と同じ部屋のベビーベッドの上でほとんど眠って過ごしているけれど、時々オムツを汚したり、おっぱいが欲しかったり、時にはただ触れて欲しいがために泣く。
それが赤ちゃんの仕事で、そのためには疲れていても起きて世話するのが母の役目だ。
しかしせっかく私が着ているので、肩代わりできるところは私がやる。
つまりおっぱい以外のときは全部。
幸いにして、新生児の世話もピオニー様の時に経験済みだ。
むしろ男の子の分、オムツ替えの注意点が少し減ったりしているくらい。
昼前になるとノヴァリスがノエルちゃんをつれてやってきた。
ノヴァリスは、母の妊娠中からしばしば世話をしてくれていて、エイベルが生まれてからは毎日やってきては家事やエイベルの世話をしてくれるらしい、ノエルちゃんの世話もあるので大変だろうに・・・。
「ノヴァリス、ありがとうね・・・私が母の世話をするべきだろうに」
思わずまた申し訳ないと感じてしまう。
けれどノヴァリスは笑顔で応える。
「もうー昨日もいったでしょ、エッラは私たちみんな、あの教会学校でアイラやアイリスのことを大事な妹分だっておもった全員の代表としてアイラたちに仕えてくれてるの、それはエッラじゃなきゃ無理なことなんだから、私たちがエッラの代わりにできることをやったげてるの」
いいながら手は止めずに、そして視線ではノエルちゃんの動きを追いかけている。
3つのことを同時にこなしている
お母さんなんだなって、感心する。
「うん、でもありがとうね」
「うん、じゃあせっかく2人いるんだから・・・分業しよう、ノエルはご飯の後お昼寝するから、起きた後はビスケット一枚食べた後、お散歩をさせてほしいの、私がエイベル君とミッシェルさんのこと見てるからさ」
と、ノヴァリスは笑う。
「私はいいけれど、逆のほうがいいんじゃないの?ノヴァリスが、ノエルちゃんと過ごした方が自然な木がするけれど・・・。」
何せお互い母娘なのだから、その組み合わせのほうが自然だ。
しかしノヴァリスは笑顔のままで続ける。
「そーかもだけど、エッラは休暇でウェリントンに来てるんでしょ?今のウェリントンは今しかみられないから、じっくり見ていって欲しいの、それにまだケイトのところとかモーラの子ども見てないでしょ?お散歩がてらちょっといろいろ回ってきてみてよ、モーラの子は教会の私たちが学校にしてた部屋に、キスカの長女とかソラ、モトリーなんかは教会学校のほうに居るけど、ノエルが起きる頃には下の組はお勉強終わってるから顔出しても大丈夫だよ、それから・・・」
こっちがでも、とかあの・・・とか言ってもノヴァリスはとまらない、このままだと散歩コースも完全に決められて2時間くらいじゃ戻ってこれなさそうなコースになりそうだ。
「わかった・・・わかったから、そんなにたくさん散歩したら、ノエルちゃんが疲れちゃうし、ママ恋しさに泣かせることになりそう・・・だから、毎日ちょっとずつ行ってくるね。」
根負けした様なものだけれど、別に今の私は『ただのエッラ』だから、主人に恥じるところはない。
「そうそう、最初からそうやって素直にね、ノエルにもお友達と遊ばせてあげたいから、年の近いちびっ子とちょこっと遊ばせてくれればいいからさ」
そういって悪戯っぽく笑うノヴァリスはやさしいお母さんなのに、私の知っているノヴァリスらしくもあって、ちょっとおいていかれた気持ちになった。
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それから、昼休みの時間父やノヴァリスの旦那さんがうちにやってきて全員で昼食をとる。
ノヴァリスの旦那さん、ノーデンス・ビュファールさんはアイラ様のお友達のクローデット・ビュファール様の従兄に当たる方で、3人兄弟の末っ子、長男はノヴァリスの姉アルンと結婚しノーデンスさんと同じ様に、でももっと重要な支店を任されている。
次男はクローデット様と婚約していて、成婚となれば晴れて未来のビュファール商会長、一人だけ僻地に来ることになった当初ノーデンスさんは少しやさぐれていたそうだけれど、ノヴァリスと出会って様子が一変したとか・・・少なくともこの目に映るノーデンスさんは子煩悩で、ノヴァリスにベタ惚れで、ウェリントンの空気にもよくなじんでいる様に見える。
きっと二人目の報せも近いだろう。
そんな仲睦まじい二人に生暖かい視線を送っていたら、ノーデンスさんと目が合った。
「エレノアさんのことは常々妻から聞いておりました、ホーリーウッド家の若奥様にお仕えしているとか・・・そんな方に、ノエルのお散歩を見ていただけるとは光栄です、ご迷惑でないとよいのですが」
と、ノーデンスさんは、食事を終えたノエルちゃんの口元を拭いながら、そんなことを述べた。
最近のホーリーウッドでは、フローレンス様を大奥様、エミリア様を奥様、アイラ様を若奥様と呼称することが多い、実際のところフローレンス様が侯爵夫人なので、奥様、エミリア様が若奥様というのがホーリーウッド家的には正しい、勿論普段使われることのないディバインシャフト家基準なら前者でも正しいのだけれど、認識違いがひとつだけある。
「ノーデンスさん、今の私はノヴァリスの幼馴染の女に過ぎません、休暇中の私はもちろんお仕えする主人に恥じることない振る舞いをいたしますが、それでも休暇中である以上ホーリーウッド家のメイドではありませんから、それに、私のほうこそ、母を、弟をあなたの奥様に見ていただいている立場ですから、感謝こそしても、迷惑に思うことなどどうしてあるでしょうか?」
言いながら、大好きなパパとママに挟まれてニコニコ顔のノエルちゃんを見る。
きっと幸せ以外まだ何も知らない、そんな夢見たいなことを信じられる笑顔。
この二人はこの子が生まれてから一度だって口論すらしたことがないに違いない。
「これは失礼しました。僕などよりよほどノヴァリスとの付き合いが長いのでしたね、男性だったら妬いているところです。」
にこやかに返したノーデンスさんは、そのままノエルちゃんを挟んで逆側のノヴァリスの手をとると、チュっと口を寄せた。
「うゃーぁ、のーぉーもぅ!」
するとうらやましくなったのか、あまり饒舌ではないノエルちゃんが声を上げて抗議する、それはまだ意味も伝わらないくらいの拙い言葉だけれど、それは確かに意思を伝えようとしている。
「わかってるよぅ、ノエルー、んチュー」
そしてその意味は当然母親であるノヴァリスには伝わっていたらしく、ノヴァリスはノエルちゃんの前髪をかき上げると、そのおでこに口を寄せた。
それが正解だったらしく、ノエルちゃんはそのちいさな手をノヴァリスの口に当てると、ペチペチとなで、それから今度はノーデンスさんのほうを向く。
ノーデンスさんもわかっているみたいで、ノヴァリスにやったのと同じ様に、ノエルちゃんの手を持つと、その甲に口を寄せた。
するともうノエルちゃんは満足したみたいで、再び、ほとんど湯がいただけの野菜をかじり始めた。
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約束どおり、お昼寝の終わった後、ノエルちゃんを連れて散歩に出ることになった。
ノエルちゃんは、まだ昨日であったばかりの私のことも、大好きなママから紹介されたからかそれなりになついてくれているみたい。
まだ足取りは危なっかしく、ヨタヨタとしている。
小さな靴は、大人の中ではかなり小さいはずの私の靴の1/4くらい?
以前のウェリントンならこんなに小さな靴は手に入らなかったので、3歳くらいまでは足に厚手の動物の革を袋の様にしてかぶせていた。
こんな細かいところにも、ウェリントンの発展を実感する。
道も前回来たとき以上にしっかりと舗装されていて、セメントと、石か、ブロック片で平たくなっている。
滑らかな路面は小さいノエルちゃんでも安心して歩ける位には整っている。
ノエルちゃんは最近うちとの行き返りの生活で、あまり遠出をしていなかったらしくて、お散歩はうれしいみたい、出掛けに一緒に行けるのがママじゃなくてごめんね?と伝えると
「のぅやーいーねぇ?」
と、返されて、理解できないで私が固まっているとノヴァリスが
「ねー、おねえちゃんとのお出かけも楽しいよねー?」
と言いながら、ノエルちゃんの靴を穿かせると、ノエルちゃんもやや興奮した様子で声を上げて応えた。
そういえば、不思議に思わなかったけれど、うちもいつの間にか玄関で靴を脱ぐ様式に変わっていて、玄関から床が一段高くなっている。
前回かえって来たときは確かまだ寝室以外は靴だったのに・・・。
とまぁそういうやり取りもあって、今ウェリントンの中を、広場に向かって歩いているけれど、ノエルちゃんは私とつかず離れず。
時々ちょこちょこと走って、振り返って私との距離を気にする。
離れすぎない様、2mくらいの距離をキープしていると時々私の手を引っ張りにくる。
おぼつかない足取りがかわいいけれど、不思議とこけることはない。
バランス感覚が良いみたいだ。
すれ違う住民たちと挨拶したりしながら、ノエルちゃんの様子を見ていると、ちょっと疲れてきたのか歩みが遅くなってきた。
あいにくとまだ誰の家にもたどり着いていない、全部を回るつもりもないけれど、どこか一箇所くらいには到達しておきたい。
だから私は、ノエルちゃんに提案した。
「ノエルちゃん、しばらく抱っこしよっか?」
ノエルちゃんは、歩くこと、運動することにはしゃいでいると思っていたけれど、別に自分で歩かなくても、お外というだけでも楽しいみたいで、片手は私の肩に回しながら、もう片方の手のちいちゃな指を一生懸命に伸ばして次はあっち、と行きたいほうを指し示す。
しばらく歩いて、そろそろ広場に着こうかという頃
「じーっ、じーい!」
とノエルちゃんが指差すのでそちらを見てみると、共に2歳くらいの茶髪の男の子と、茶髪の女の子がボールを追いかけて遊んでいた。
そして近くには片方は良く見知った二人の、たぶんお母さんが広場に敷設された長イスに座って、子どもの様子を見ながら世間話をしていた。
駆け寄りたくなったけれど、あまり急に走ったりすると小さい子たちを脅かしてしまうかもしれないから、それまで通りゆっくりと近づいて、大きな声を出さなくても聞こえるくらいに近くなってから声をかけた。
「リルル」
声をかけると二人のお母さんは顔をこちらにむけて、一瞬目をパチクリとする。
お母さんの名前が呼ばれたからか、遊んでいた二人の子どものうち女の子の方は立ち止まってこちらに目線をくれる。
女の子の顔がすごくかわいい、あれはなかなか美人さんになりそうだ。
男の子の方は赤ちゃんらしく、なかなかに福福しい愛嬌のある顔立ち、これから成長していくのが楽しみ。
それからリルルは驚いた表情を浮かべたけれど、私の顔を見て喜んだ。
「うわぁー若いお母さんだなぁっ、だれかなぁって思ったらエッラちゃんだ!来てるって昨日聞いたからそのうち会えるかな、って思ってたけれど、もう会えるなんてうれしい。子どもはノエルちゃんかぁ、こんにちは、ノエルちゃん」
「のーじーわー」
リルルは、ノエルのこともちゃんと知っているらしくて、撫でながら挨拶すると、リルルも真似て挨拶を返した。
それからリルルは隣の女性に私のことを紹介した。
「あぁアノーアちゃん、紹介するねこちらブリスさんと、ミッシェルさんの娘さんで、領主のトーレス様の妹君アイラ様のメイドさんのエレノア・ラベンダー・ノアさん、エッラちゃんこの子は、カールくんのお嫁さんのアノーア・スタンリッジちゃん」
共通の知人であるところのリルルに紹介されて、お互い挨拶をする。
それから二人の子ども、美少女のほうがリルルの子の、リック・リルレー・ライラック君、なんと男の子だった。
赤ちゃんらしいむちむちした子が、ルートヴィヒ・スタンリッジくんで、二人ともノエルの1年度上の2歳とのことだった。
3人は一緒に遊んでいる・・・というほど一緒に遊んでない気がするけれど、ボールを追いかけて、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとはしゃいでいる。
私たち3人は目線は子どもたちから離さない様にしながら、長イスに腰掛けて雑談をしている。
子どもたち、2歳の二人は男のだからなのか、ノエルちゃんに対してとても優しくしてくれていて、本当は足元の覚束ないノエルちゃんは到底2人より先にボールに追いつけるはずがないのに、時々勝たせてもらえてるみたい。
普通の2歳はあんなに周りを見られないものだから、きっと二人は頭が良く、やさしい子なんだろう。
3人はボールを取ると私たちのところに戻ってきて、それぞれのママ(私だけ違うけれど)にボールをハイと手渡し、それからまた転がしてやると追いかけて行く。
「へぇ、それじゃあエレノアさんは私たちより4つも上なんですね、かわらしい方だから、1つか2つ下かと思っちゃいました。失礼しました。」
申し訳なさそうにアノーアがペコリと頭を下げる。
若いと思ってたけれど、二人とも14で生んだんだね?
「いえ、背低いですからね、よく子どもと間違えられます。」
「でも、顔はちょっと大人っぽくなったよね、ますます美人さんでうらやましい。」
なんて、他愛もない話。
でもこうやって子どもの様子を見ながら、年の近い友人同士で過ごすのが、きっと普通の過ごし方なんだろうな・・・。
そして二人ともあまり大きくないからか、私の胸の話には一切触れてこないのがちょっとうれしい。
「それにしても、本当エッラちゃんとお話できるの久しぶりー、あの時はいきなりウェリントン家のみんなと、アルンちゃん、モーラちゃん、エッラちゃんまでいなくなったから、お部屋の中すっごく寂しくなったし、みんなションボリしちゃったんだから・・・怒ってるわけじゃないんだけどね?みんなやりたいことや、やらないといけないことがあったってわかってるし」
指をクルクルとしながら、ちょっぴりいじけた様子を見せるリルルが、当時の儚さを思い出させて懐かしい。
「リルルが、元気になったって聞いて、一度は会いに来たいって思ってたんだぁ」
ふと口をついて出た言葉だけれど、リルルは真っ赤に、アノーアは興味津々な表情で前のめり
「え、何ですか?リルルちゃん病気だったんですか?」
と子どもから目を離してしまうほど興味津々らしくて、リルルの顔を覗き込む。
「ん、えーっとうん、小さい頃はね、すぐ熱出して咳込んで、みんなが夏の暑い日に川遊びしてるのに、私だけ日陰で座ってるだけとかだったんだよねぇ」
でもその分カールヤピピンからイタズラはされなかったよね・・・というのはやめておいた。
アノーアはカールのお嫁さんだもん、幼い頃のこととはいえ、自分の夫が、ほかの女の子の胸やお尻を無理やり触っていたり、着替えを覗いていた話なんて聞きたくないよね。
そらから10分ほど座って話していると、疲れてきたらしいノエルちゃんが私の膝に戻ってきた。
膝にすがり付いてきてじゃれてくるので、抱きかかえると、私の胸に頬ずりして枕にする。
いろいろ邪魔になる胸だけれど、小さい子に懐かれ易いという部分については大変に助かっている部分、これでトリエラとかサーニャ並だったら、こんなに懐いてくれることもなかったかもしれない。
それを見て、とうとうアノーアが私の胸について言及する。
「いや、言うまいと思ってたんですが、こうしてみるとやっぱりすごいですよね、うちの枕より厚みがありそう。うらやましいです。」
「あー、もうちょっと小さくて良いので、身長があとせめて10cmくらいほしかったですね、ふふ・・・隣の城は立派に見えるものですよ」
ノエルちゃんはお散歩にボール遊びに満足したのか、つい一時間前までお昼寝していたのに、またおねむになってきている。
このまま寝かせても大丈夫なのだろうか?
夜寝るのに悪影響が出たりしないかな?
「うわーその枕絶対気持ちいいよ、私たちのじゃ無理なやつだ。」
とリルルもちょっとうらやましそうに私の胸を見るけれど、それ以上は口にしない。
ノエルちゃんが静かになってきたからか、それとも単に彼らも疲れてきたのか、もう一度戻ってきたリック君とルートヴィヒ君も
「もぅいい、ママ抱っこ」
とノエルちゃんに倣ってか抱っこを要求し始めた。
「もうちょっと話してたいけれど、そろそろおうちかえろっか?」
とリルルが言い、私とアノーアもうなずいた。
それなりに時間も経ってるし、肝心のノエルちゃんがもう寝息を立て始めてしまったしね・・・。
もう1時間もしたらビュファール商店も店じまいだし、ノヴァリスがいるうちにお夕飯の支度をしたい。
ちょっぴり汗をかいてしっとりしたノエルちゃんの頭が私のすぐ胸の上、顔の下にあって、鼻から息を吸うだけで、ちょっと甘い様なすっぱい様なにおいがしている。
ついでにお尻にまわした手にはしっかりと、お湿りの感覚があるので蒸れてかぶれないうちに、オムツも替えてあげたい。
ノエルちゃんは私の子どもじゃないのに、ちょっと縁のあるだけの子なのに、この子のことがとても大事に思えてくる。
一緒にお散歩したから?それとも、この胸に抱いたから?
少しわからないこともあるけれど、我が家に帰るまでの間私はとても温かい気持ちを抱いていた。
それから、ホーリーウッドに帰る前日まで、私はノエルちゃんとのお散歩を欠かさなかったのだけれど、お別れの日にめちゃくちゃくに泣かれてしまい、私も後ろ髪引かれる思いで、ウェリントンを旅立つことになった。




