第106話:こんにちは、可愛い貴方2
(アイラ視点)
突然届いた良い報せ、ボクたちの大切な家族にしてメイド、エレノア・ラベンダー・ノアに年の離れた弟ができたらしい。
思えばかれこれ7年ほど、彼女が家族と過ごす時間をボクのために費やさせてきた。
いい機会なのか、と考えなくもない。
思えば彼女もすでに20歳となり、むしろ彼女にこそ1~2歳の子どもがいてもおかしくない年頃になってしまった。
ボクは少し焦っているのかもしれない、大事な彼女が、俗に言う嫁き遅れになりつつあるのではないか?
その責任はボクにあるのではないか?
そんな考えがよぎる程度に
今回ようやく彼女に、1週間の休暇をとることを了承させた。
たとえばこの機に、残り2本の魔剣の回収と、その後に控えている魔剣の奉納のための外界への旅路をスタートさせてしまえば、彼女は追いかけることができずに仕方なく自分の幸せを探し始めるのではないか?
そんな押し付けがましい考えさえ浮かぶ。
同時に前周と同様にユーリの側室の一人に入れてしまえばよいのでは?とも思う。
これも押し付けだろうか?
ユーリや、エッラに、ボクの自分勝手を押し付けているのではないか?
エッラのことが大事、幸せになってほしい、、そう考えるのは家族同然に付き合ってきた者として当然だろう。
でも彼女の幸せが、誰かと結婚して家庭を築くことだと決め付けるのはやっぱり押し付けがましいことにも思える。
ボクは前周でリリを、あるいは下の子たちをもうけて幸福であったけれど、バニラたちをもうけたエッラはどうだったろうか
幸せそうにしていたのは間違いないけれど、それが彼女の最上であっただろうか?
もしも、だなんて比べること自体おこがましいことだろうけど・・・。
エッラの幸せをボクがどうこうと考えること自体が自分勝手なことなのかもしれない、とりあえず今日は最初の目的どおり、エッラの弟の顔をみて、名づけるのを見て、それからホーリーウッドに帰ろう。
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オーレリアが、あまりにも幸せそうな寝顔を見せるものだからちょっとボクも眠たくなってきた。
「アイラ様、ユーリ様、お約束の時間になってしまいました。お傍にいると言うのに残念ではございますが・・・休暇に入らせていただきます。」
部屋の壁沿いの位置で、おもちゃで遊ぶエドウィン組、ベアとご本を読むエアーリス組、そしてボクたちのいるオーレリアのベッドのすべてに視線を送っていたエッラはボクとユーリがうなずくのを確認すると私服の上からつけていたエプロンを外した。
これで彼女はウェリントン出身の一介の少女・・・いや女性だ。
外見は胸以外とても若々しくて少女と呼びたくなる姿だけれど、彼女は5年も前に成人もしているし、その辺の職人よりも稼いでいる。
立派な女性だ。
「じゃあエッラ、今からは昔みたいにおねえちゃんをしてね?」
そういって首を傾げて語りかければ、エッラは気恥ずかしさにか頬を染めてうなずいた。
「アイラがそう望むなら、私はいいけれど、でもユーリ様もアイラも侯爵家の方なんだから、ウェリントンの人の前ではアイラ様って呼ぶからね?」
「うん、それは仕方がないよね、肩書きが昔とは違うのだもの、ところで晴れて休暇に入ったわけだけれど、実家に帰らなくて大丈夫?ボクたちはあと1時間くらいはこっちにいることになりそうだけれど」
なにしろすでに、魔物肉かそれとも間引きした家畜の肉か、肉の焼ける匂いがしてきている。
ご丁寧にボクの好物の味噌で味付けしている匂いだ。
少しこげたソペの匂いが鼻腔を刺激する。
気を抜いたらおなかがなってしまいそうだ。
「うん、せっかくアイラとこうやってこの家で、一緒にご飯を食べられるのだから、久しぶりにお邪魔しようかなって、一週間お別れなわけだし、約束だからちゃんとじっくり休むけど、本当はアイラの傍を離れるの寂しいのよ?」
そういって微笑むエッラは今となってはすでにボクよりも身長が低くて、多分傍目にはお姉さんぶっているみたいに見えるけれど、実際ボクからみれば、サークラやサリィと並ぶお姉さん分の女性だ。
実際サリィやエミィよりもよっぽどお世話されてきたし、他の『姉』たちと違い戦場で背中を預けるに足る稀有な存在でもある。
エッラ以外で背中を預けられる姉は、マガレ先輩くらいじゃないかな?
エッラがそういったところでソルがドアを開けて入ってきた。
「アイラ様、ギュスター夫人が昼餐の用意が整ったとのことです。」
実に楽しそうな様子のソル、年相応の女の子らしい振る舞いをするソルはとても可愛い。
かつての様に心が遠いと感じる様なこともない。
もう2年ほど前だったか、彼女が背中側の古傷を見られるのが嫌で、仕え始めた頃はお風呂の世話をしなかったんだと打ち明けてくれた。
同時に、『この程度の瑕疵を見咎める主君だと見くびっていた』ことを謝罪してきた。
その時、本人にその傷は消したいかと尋ねたら、彼女は小さくうなずいた。
それで、その傷の部分を軽く抉ってから、治癒術で治すという荒療治で傷を消したあと彼女はかつての名前を明かし、今まで偽名を名乗っていたことを詫びた。
こちらも以前に調べたソレイユの故郷についての顛末を教えたけれど、彼女はソルであることを選んだ。
そしてそれからは今の様に、年相応の笑顔や感動を見せる様になっている。
多分今は、アンナと一緒に昼餐の用意をしたのが楽しかったのだろう。
彼女は年上の女性と一緒に料理をするのがとても好きで、休みの日でもよく厨房の手伝いを申し出るくらいだ。
好きこそものの・・・というやつなのか、その腕前もなかなかで、たとえばベーコンひとつ作らせてみても、ソルの手製のものは城の料理人の作るものよりも格段に旨い、単に城の料理人は塩蔵肉を作る技能がなくても品質の良いものを仕入れられるし、保存食の塩蔵品ではなく熟成された生の畜肉を使うことが多いからというのもあるだろうけれど・・・。
ただ産地で作られたものよりも、ソルに作らせた方が実際に食べるボクたちの好みも反映されやすいため、とても助かっている。
そして別に塩蔵肉の処理に限らず、ソルの料理は上手だ。
ただどちらかというと調理の中でも仕込みというか、下処理に特化している気がしないでもないが、これは多分幼い頃からの王都暮らしで、母ハンナが料理をしていることが多く、ソルはその手伝いに従事することが多かったからだろう。
そんなことはさせられないと食い下がるエッラを抑えて、ボクはオーレリアを抱き上げて食堂に移動する。
親戚の子だもの、可愛がりたいというのは正常だよね?
現にソルは、何もいわずに見守ってくれているし・・・別にあきらめたとかそういうのじゃない。
アイリスとアイビスに手をつながれていた2人のちびっ子はそのまま自分の席に着く
オーレリアは空気を読んで床に座って待ってくれているベアトリカに任せる。
オーレリアはまだまともに食事を摂らないし、だいたいアンナが昼食を終えるまで寝ているという。
食卓にたくさん料理が出ていると思ったら、いつの間にかオルリールが呼びに出ていたらしくて、昼休みになったらしいトーティスとテオロが途中で戻ってきて、一緒に昼餐となった。
それはさておき、ちびっ子が二人もいる食卓はなかなかににぎやかだ。
「あのね、エドはノラしぇんしぇんおよめしゃんにするの!」
「おねえちゃんちゅき、きらきら、かわいい、これおにくね?」
二人のちびっ子はとてもフリーダムに、それぞれアイビスとソル、アイリスとエッラに世話を焼かれながらおしゃべりを繰り返す、どちらか片方ずつなんて気の聞いたことはできないで、両方が好きな様におしゃべりする。
特にエアーリスはお年頃故か、おしゃべり中に興味がどんどん違うほうに行く、そして食べてるかと思えば急にしゃべりだすので口からこぼすわ、本人的にはつながっている話のつもりなので「ちゃんときいてー!」とたまに怒る。
救いはちゃんと食器類の基本的な扱いができていることか、皿から口まではこぼさずに運べている。
お口がゆるいのでそこからだいぶこぼしているけれど。
昼食のメニューはソペで味付けしたセラファントの肉を焼いたものと、春に取れたイルタマと小麦粉とを練ったものを平たく焼いたものに、肉を焼いた残り汁とチシャ菜、豆苗を一緒に焼いたしっとりとしたものを載せている。
「定期的にマーガレット様が、魔物を間引きしてくださるので、助かっております。以前は樵が魔物と遭遇することも多かったのですが、今では森の奥に入らなければそうそう出会うことはありません」
テオロは具をはさみ込で頬張りつつ、しみじみとつぶやく、仮にもトーレスの正室であるオルセーの父で、領主の義父なのだけれど、その口調は一平民のそれだ。
「はい本当に、ウェリントンはこの数年でかなり豊かになりました。魔物の脅威も領兵とマーガレット様、ローリエ様、エーリカ様が対処してくださいますし、エーリカ様の立てた区画計画に従って動く様にしてから開拓のスピードが段違いです。効率が良いとはこのことをいうのでしょう、単純な作業ひとつで見ても人員を割く数を変えただけで2割増しですよ?まさか人手を減らしたほうが空堀の掘削が早くなるだなんて思いませんでした。」
トーティスもそうだけれど、旧ウェリントン村の人のトーレスやその嫁たちに対する感情は想像以上に好意的らしい。
理由は、父の頃にも増して開発スピードが上がり、なおかつ安定しているからだ。
その上費用は安くなっている。
それから、いつぞやのグランデ家の新築期間からこっち、グランデ家とギュスター家は親戚の様に付き合っているらしい、実際アンナはトーレスの叔母で、テオロとオルリールはトーレスの義両親なのだから、親戚といえば親戚なのだけれど、黒曜日は教会学校がないので子どもたち3人を普段はアンナとトーティスがみていて、黒曜日でもトーティスに仕事があるときはオルリールが手伝いに来たり、さらにはお昼をこうやって一緒に食べたりしているそうだ。
そして日によっては同居していないトーティスの両親も加わってにぎやかに暮らしているらしい。
今のウェリントンの暮らしは明るく満ち足りていると、彼らは教えてくれた。
その後、昼休憩が終わるとブリスも仕事に戻る可能性が高いからと、急いでノア家に移動することにした。
まだオーレリアにあまりかまっていないけれど、目的を見失うのはよくないので、少し忙しなくなってしまったが、致し方ないだろう。
今回の帰郷の目的はエッラの弟なんだから
ユディがちびっ子たちとのお別れを少し惜しんでいたけれど、食後で眠くなってきているちびっ子をかまいすぎて興奮させるのもよくないし、ぐずりながら起きて、すぐに母の愛を口に含んで、旺盛な食欲を見せるオーレリアの姿をみるとおおよそ満足したらしくて3人のボクの妹たちもごねることなく移動を開始した。
むしろ別れを惜しむトーティスのほうが粘ったくらいだ。
さて、ノア家はウェリントンの入り口側に近い位置にある。
家の裏手には家畜小屋があり、家畜小屋からはほぼ直接ウェリントン外縁にある放牧地に家畜を放つことができる。
エッラが先導し、ノア家に向かって移動する。
途中途中で、いろいろな人にじろじろと見られるけれど、メイド姿のソルを連れているからか、それとも上等な服を着ているからか、大半の人は声すらかけてこず、遠巻きに眺めるばかり
一部エッラやボクやアイリスを知っている者が会釈したり、声をかけてくる。
前回の来訪からも結構経っているけれど、前回もちらっと見た様な人は会釈してくれている。
挨拶してくれる人には手を挙げて応じつつ、ボクたちはノア家のほうへと進む。
ノア家に着くとエッラはボクたちに一度断りを入れてから扉をたたいた。
すると待ちかねていたのか、わずか3秒ほどで扉が開け放たれ
「お帰りなさいエレノア!」
と、ミッシェルさんが飛び出てきた。
「か、母さん!?」
突然の母親の襲撃に、エッラは反撃するわけにも避けるわけにも行かずそのまま抱きしめられた。
あまり見る機会のない照れた様子のエッラもかわいい。
っていうかミッシェルさんまだ産後10日も経っていないのにこんなに動いて大丈夫なのかな?
前周で産後2週間ほどで戦線に復帰したボクが言えたことではないか・・・?
「ホーリーウッド家の皆様もようこそいらっしてくださいました。何もないあばら家ではございますが、精一杯もてなさせていただきます。」
思いのほかしっかりした様子で、ミッシェルはボクたちに向かって淑女らしい礼をとった。
「ご夫人自らのお出迎えありがとうございます。しかし、まだ体力が戻られていないのでは?我々のことはあまりお気になさらずどうかご自愛ください、少しご子息の顔を拝見したら、我々はお暇しますから」
代表してユーリが挨拶を返す。
するとタイミング悪くというか、少し出遅れたらしい足音が一人・・・いや二人分家の奥から迫ってくる。
「ミッシェルさぁん、来客は私が出るから休んでてくださいよ、なんのために私がきてるかわからないじゃあないですかぁ・・・ってエッラ!アイラにアイリス、もう着いてたんだ?」
と、見覚えのある赤毛が玄関まで出てきた。
「ノヴァリス!久しぶり、元気みたいだね!」
アイリスは見覚えはあるもののとっさに名前が出なかったらしいけれど、ボクはそんなことないのでついつい必要以上に大きな声で反応してしまった。
するとノヴァリスの足元にヨタヨタとさらに遅れてきたその子が、びくりと体を震わせてとまった。
その子はノヴァリスの赤に、紫を混ぜた様な色味の髪をしているが、髪はまだ短く、福福しい顔は男女の特徴をまだ顕していない。
けれどノヴァリスの子ということは確か娘であったはずだ。
「わぁ、その子がノエルちゃん?たしか1歳と2ヶ月ちょっとだっけ?」
脅かしてしまったからか、ノエルちゃん?はノヴァリスのスカートの後ろに隠れてしまう。
「そうだよ、ノエルー、ママのお友達のアイラおねえちゃんと、アイリスおねえちゃん、エレノアおねえちゃんに・・・・?お兄ちゃんお姉ちゃんたちにご挨拶して?」
全員のことは覚えていないのだろう、とりあえず娘にご挨拶を促す。
ノエルちゃんノヴァリスに紹介されたボクたちはあまり興味なさそうにしていたが、ご挨拶してといわれた途端に、ノヴァリスのスカートの前にでてきて、ペコリと頭を下げた。
そしてそのままバランスを崩して手を地面についた。
さらに前転する前の様に頭をを床につけて踏ん張る。
「あはは、かわいい、でも頭がよごれちゃうから、おうちの中でしようか、抱いてもいいかな?」
その場所を選ばないほほえましい様子に骨抜きにされながらたずねると、ノヴァリスは許可してくれた。
脅かさない様に声をかけながら抱きあげると抵抗は一切せずに抱き上げられてくれる。
布オムツとの境目の太もも肉のぷにぷに感がたまらないね。
ノエルちゃんは見慣れないボクの顔を不思議そうにアパーと口をあけたままで見つめたあとボクの大きくはない胸に手を伸ばしてクイクイと押す。
グッとこみ上げるものがある。
残念ながらミルクではないけれどね。
「と、とにかく中にお入りくださいな、いつまでも家の外で立ち話をされていては、風が体に障ります。」
と、家主であるはずのミッシェルさんではなく、ノヴァリスがあわてた様子で家の中に入る様に促す。
はてさて、ミッシェルさんにいったのかボクたちに言ったのか・・・。
ともあれ、ボクたちも早くエッラの弟に会いたいのは確かなので、遠慮なく中にあがらせてもらう。
「というわけで、こちらがエレノアの弟です。名前は決まってないけれど、中の名前はミルズになったわ。エレノアの、ラベンダーと対ね」
家の中に入るとミッシェルさんは、まっすぐリビングにおいているベビーベッドにボクたちを案内してくれて、その赤ん坊を紹介してくれた。
生後まだ間もない赤ん坊は小さくて、その小さな鼻が少し詰まっているのか、息をするときにズッズッと小さな音が聞こえる。
ミルズ君は回りにたくさん人がいるのは判っているのか、視線をいろいろなところに彷徨わせて、どこか笑顔に見える表情で口をぱくつかせている。
さすがにミッシェルさんは急に動いてしまって体力を使ったのか、リビングに戻るとすぐに肘掛のついたゆったりしたイスに腰掛け、半分寝た様な姿勢になった。
そこにノヴァリスが掛け布をかけてやっている。
「アイラたちも知ってると思うんだけれど、私ここから2分くらいのところにあるビュファール商店のお嫁さんになったからさ、旦那がご飯休憩に入る時間以外はミッシェルさんと一緒にいるの、私もノエル産んだ時ミッシェルさんにいっぱい助けてもらったからねぇ」
と、ノヴァリスはしゃべりながらミルズ君のオムツが膨れていないか触ったりしながら、どうしてここにいるのかを教えてくれる。
エッラが少し気にしてしまっている。
本来なら母親の産褥期には娘である自分がそばにいるべきだったのではないか?という顔、しかし彼女はボクのメイドという職務への義務感、あるいは使命感と呼んでいいほどの強い感情を持っており、表情に出してしまったことさえ恥ずかしい様だった。
それでも、母親のことは心配な様で母の手を握りながら
「ごめんね、近くにいてあげられなくて、っていうか、お母さんが妊娠してることも知らなかったんだけれど?」
と、若干責めている様に聞こえなくもない言い方をする。
「あはは、エレノアはお仕事があるでしょう?私がこの年になって妊娠したなんて教えたら、心配するだろうし、暇乞いして帰って来いだなんて言いたくないしね、エレノアはきっと気にしてしまうから、黙っておくことにしたんだ。あぁアイラ様、アイリス様、ユークリッド様方も、こんな格好で申し訳ありませんね、夫も先ほどまでいたのですが、若い衆に緊急だと呼び出されてしまって」
「いいえ、家畜の世話は大事ですから」
「それよりもあかちゃん近くでみたい!いい?」
ユディはミッシェルさんではなくボクとユーリの方を向きながらたずねる。
「ボクたちじゃなくて、お母さんに聞かないとね?」
「ほら、自分で尋ねてごらん?」
と、言い聞かせると、ユディは少しだけ緊張した様子を見せた。
アンナの時には、うちのハンナ母さんと似ていたからか緊張せずに話をできていたけれど、ミッシェルさんという知らない大人の女性あいてに少し物怖じしているみたいだ。
しかし赤ちゃんのことは気になるみたいで、ミルズ君のほうを何度かチラリと見たユディは、おどおどとしながらミッシェルさんに向かい合って尋ねた。
「あ、あの、ご子息を近くで拝見させていただいても宜しいかしら?」
ユディがミッシェルさんに尋ねるとミッシェルさんは柔らかい笑顔、エッラの母親とわかる笑顔で微笑んで快諾した。
「もちろんですとも、ユーディット様に触れていただけるだなんて光栄なことですわ、ですがまだ生まれてまもないので首がふにゃんふにゃんです。抱っこはご遠慮いただくことになります。」
と、優しく伝えてくれる。
ユディはペコリと頭を下げて一言お礼を言うと、ベビーベッドの傍らに駆け寄っていった。
「ノヴァリス、ありがとう、お母さんについていてくれて」
一方で、エッラはノヴァリスに母の傍にいない自分の代わりに母親の世話をしてくれているノヴァリスに礼を言っていた。
「いやいや、エッラはウェリントンの代表としてアイラ・・・様に仕えてくれてるんだから、いいのいいの、私だってアルン姉だって貴族にお仕えなんてできないんだから、それに一週間こっちにいるんだよね?」
「うん、休暇をいただいたから、あぁそうだ名前!顔を見て名前を決めるのにきたんだったわ、お母さん私も赤ちゃん見させてもらうね?」
と、エッラは自分の弟だというのに、ミッシェルさんに尋ねる。
無論否やということはなく、エッラもユディと並んで弟の顔をじっくりと見るために移動した。
「アイラ様、エレノアはお役に立っておりますか?」
いつかの里帰りの時も、ミッシェルさんはそれを気にしていた。
だからあの時と同様にボクは答える。
「えぇ、いつも助けられています。エッラが居なかったらボクの学校生活はあんなにも安心できるものにはならなかったでしょう。ただ本人の幸せももう少し考えてくれると安心できるのですが」
ミッシェルさんはエッラのお母さんで、髪の色と顔立ちは似ているけれど、胸は普通の範疇だし、身長も女性一般程度だ。
ブリスさんも十分身長があるので、エッラの低身長は誰に似たやら・・・。
エッラと顔立ちが似ているので、かわいい系の顔をした美人さんで、それなりの年齢を重ねているのにもかかわらず、うちの母たちと同様に若々しく見える。
よくよく考えたらうちの母たちもおかしいよね、まだ三十路頃のエミリア義母様はともかく、四十路頃のハンナ母さん、フローリアン養母様も3人とも20台前半から半ばあたりの容色を保っている。
よくよく見ればハンナ母さんは多少小皺があるけれど、それ込みでもとても40に片足突っ込んでいる様には見えない。
「それはよかった。娘にはそれなりにしっかりと教育してきたつもりでしたし、もう何年も経つというのにやはり、目の前に居ないと、何か粗相をしていないかとか、本当にご迷惑になっていないかと、心配してしまうものです。あの子ってばどういうわけか胸ばっかり大きくなって、背丈が伸びないものだから・・・心配で」
そういって娘を見つめる彼女は間違いなく母親の目をしていて、エッラに対する口ぶり以上に、彼女のことを心配していたのが伝わってきた。
「それなりどころか、エッラは王都ではイシュタルト王国が誇る勇者たちにも認められたほどの武勇に加えて、王家の養女となっていたアイラ姫にお仕えして、王家のメイドとしても高い評価を得ました。エッラとこちらのソル、本日はつれてきておりませんがエイラというメイドと3人は望めば王家に直接仕えることも許されたほどですから」
ボクだけが褒めたのでは安心できないと思ったのか、ユーリが王都での評価なんかも引き合いに出してエッラを褒めると、ミッシェルさんは頭を下げて喜ぶ。
「あぁそんな、ホーリーウッド家の方に仕えさせていただいているだけでも光栄なのに、王家にまでその様に覚えていただけるなんて、エレノアは本当に良い主人に仕えることができました。アイラ様に感謝いたします。」
「いいえ、本当にボクのほうが助かってますから・・・・今日はボクも赤ちゃんを触らせてね。」
「はい、もちろんでございます。アイラ様方になでていただいたら将来の自慢できます。エレノア、名前は選んでくれたの?」
ミッシェルがそろそろ良いかといった風に、エッラに声をかけると、エッラは振り向いて答える。
「はい母さん、エイベルかアーサーかで迷っていましたが、この子に聞いたらエイベルが気にいったみたいなので、エイベルにしようと思います。良いですか?」
「えぇ、あなたがどれを選んでも私たちは全部それなりに気に入った名前だから、これでお母さん、お父さん、それにエレノア3人で、一緒に名前をつけたことになるわね、エイベル・ミルズ・ノア・・・うん格好いいわ。」
と、早速弟の名前は決まったらしい、名づけの場に父親が居ないのはなんだかかわいそうな気もするけれど・・・
「エイベル、エレノアおねえちゃんだよー?」
と、ベビーベッドの赤ちゃんの頬を撫でながら声をかけるエッラは普通の村娘の様で心が和む。
その後ボクやアイリスもエイベル君を撫でたりさせてもらって、あまりかまうと疲れさせるからと30分ほどでお暇することにした。
新生児は気を使う分、むしろノエルちゃんの方にボクとユーリは構っていた。
ノエルちゃんは発展著しいウェリントンでも裕福なビュファール商店の子だけあって、上等な服を着せられていて、肩についているリボンをよくしゃぶっている
ムチムチとしたまだ赤ちゃんらしい体つきがかわいい、何が面白いのかボクたちの間を歩き回りながらギャッギャと吼える様な笑い声を上げて、時々思い出したみたいに体に触れてきてから抱きつくことを繰り返す。
でもやっぱり一番大好きなのはママみたいで、頻繁に、ソファに座っているノヴァリスのスカートの中にもぐりこむ。
室内にはユーリも居るというのに、ノヴァリスはスカートの中が曝されるのもあまり気にした様子もなくノエルちゃんに好きな様にさせていた。
しばらく歓談を楽しみ、エイベルも疲れたのか、飽きたのかやがて眠ってしまったためボクたちはお暇することにした。
「それじゃエッラ、ボクたちは帰るから、休暇中はゆっくり休んでね、っていってもエイベルのお世話もあるからそんなに休めないかな?」
「いいえ、羽を伸ばさせていただきます。」
「アイラ、アイリス、ここはあなたたちの故郷なんだから、またいつでも遊びにきていいんだからね!ほらノエル、眠ってないで、お姉ちゃんたちにバイバイーって、うぁー寝ないでもうちょっとがんばって!」
お見送りの時には、もともと昼食後で眠たかったらしいノエルちゃんもそろそろ夢の中に入りつつあり、ノヴァリスは体をゆすってうたた寝するノエルちゃんに手を降らせ様とするけれど、その手が揚げられることはなかった。
「ノヴァリス、いいよ寝かせてあげて、泣かせたらかわいそうだし」
「そうそう、またいつか遊びにくるからそのときはまた元気で遊ぼうねー」
アイリスがノヴァリスに抱かれているノエルの頭を撫でると、ノエルはビクリとして目を開けた。
しかし、すぐに目の前に居るのがママだとわかるとそちらに顔を押し付けてアイリスのことは知らん振り・・・そろそろ本当に夢の世界だろう。
何せ8歳のユディも食後という時間のためか眠たそうにしており、エイベルが眠った後からちょっと静かだ。
今はソルと手をつないで、ぽやーっとしている。
「それじゃあ今回は会えなかったけれど、ブリスさんにもよろしくね、ボクからのお土産も渡しておいてね」
それからボクたちはまた各家を回ろうと思ったのだけれど、ユディがもう眠たそうで歩けないと判断して、補助動力付馬車を出し中にユディを寝かせアイビス、ソル、ベアトリカを馬車に留守番として残して、残りの顔だし先を回った。
1時間ほどかけてモーラやケイト、リルル、カールの子どもも見せてもらって、暁の墓参りをしてから帰途に着いた。
帰り道、偽装のために人目のないところまで熊車で行く途中、自分が眠っている間に、たくさんのちっちゃい子たちと会って居たことを知ったユディはちょっぴりごきげん斜めだったけれど、ホーリーウッド市街に居る知り合いのちっちゃい子たちをそのうち紹介するからといって宥めると幾分か気持ちを立て直してくれた。
とはいえ、この頃を境にユディは赤ちゃんの魅力に取り付かれたらしく、早く結婚して子どもが生みたいと度々言う様になり、ユーリやボクからまだちょっと早いかな?とたしなめると
「じゃあおにーちゃんおねーちゃんの子どもでいいから早く抱っこさせて!」
とちょっとヒヤヒヤすることを言い出す様になってしまった。




