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第104話:新婦さんたちの午後茶会

 ホーリーウッド侯爵家の嫡孫が故郷に3人の花嫁をつれ帰り約1ヶ月が経とうとしていた。

 嫡孫ユークリッド・フォン・ホーリーウッドは正室の兄、ウェリントン男爵家当主のトーレス・フォン・ウェリントンを腹心の一人として、新たにホーリーウッドに編入となった旧ルクス帝国南部の村々についての税制や農産物の管理など、領主としての仕事の一部を請け負う様になっている。


 ユークリッドたちが帰って来るより以前からすでにトーレスがユークリッドの側近予定者であったイサミ、モーリスや自身の家臣であるアレックスやイーサンとともに管理を代行していたため、帰郷してからすぐにその引継ぎを受けたユークリッドはかなり楽に統治業務に入ることができた。


 そもそもルクス南部地域のホーリーウッドへの編入はもうずいぶんと前から決まっていたことで、準備期間中に十分な予算が組まれており、住民たちには慰撫の一環として、初年度の租税の不要、希望者にはルクセンティアかホーリーウッド領の開拓村への移住の手続きを行うなどいくつかの懐柔策を行った。


 そもそもその地域には、毎年生産した食料の大半をゲイルズィの将軍家に収めさせられ貧困に喘いでいた地域も多かったため大いに受け入れられた。

 本当に代々続いた名門なのかと疑いたくなるほどかの将軍家の領政は稚拙なもので、人口が多ければ農業は捗るだろう、土地が広ければたくさん作れるだろう。

 という2点で組まれ25年ほど前から用いられ始めたらしい(実際の収穫高をほとんど無視した)独自の税制と、軍を重要視する姿勢から身長178cmを超える18歳から32歳までの男性はすべて領兵として徴兵するという(大体最後は体を壊すか、老齢のために任を解かれるが、その年からしっかり課税対象の頭数に数える)伝統的独自の兵制に苦しめられていた。


 アイラが6歳になる前に巻き込まれた事件の際に将軍家が失脚し、代官による代行統治でだいぶマシになっていたとはいえ、一度めちゃくちゃにされた領政と荒れた領地はなかなか正常には戻らずにいたため、所属する国自体が変わる(というか帝国が解体され王国の傘下にはいる)という変化は住民たちに期待され、そして正式な編入から1ヶ月目が終了したところですでに一定の支持を得ていた。

 編入前からホーリーウッド側から見れば微々たる物だが、未だ不足している穀物などが配給され、金属製農具や生活魔法道具も最低限の数が各村へ提供されている。


 ホーリーウッド侯爵家はこの編入地について現在のところは練習としてユークリッドに統治の一部を任せることにしたが、正式な代官はまだ立てていなかった。

 

------

(アイラ視点)

 ホーリーウッドに帰ってきてからしばらく経った。

 こちらでの暮らしにもだいぶ慣れ、ユーリと正式な夫婦としての生活もアイリスやアイビスを含めて少しは落ち着いてきた様に思う。

 週に一度はホーリーウッド城側でおじい様がたとも晩餐を摂る様になり、はじめは厳格に見えるおばあ様におびえていたアイビスもすぐにおばあ様に気に入られ、今ではすっかり孫と祖母そのものになっている。

 アイビスってばアニスに匹敵する甘え上手だった様だ。


 それはそれとして今日のボクたちは、客人を招いてのお茶会を開催している。

 客人といっても縁故のある貴族家の奥様やメイドたちなので、緊張する相手ではない。

 すごく気安い関係の相手だ。

 ていうかボクの実ウェリントン家だ。


 いつもの人目に触れる可能性のある茶話室ではなく、ホーリーウッド家の家族との昼食に使うこともある中食堂、中とはついているものの15名は座れそうな円卓があるので十分広いのだが、そこにボクたちユーリの嫁3名とトーレスの嫁6名、そして神楽とエッラ、メイドとしてエイラ、ソル、キアラ、シャンタルが控えている。

 メインのゲストであるオルセー・グランデ・フォン・ウェリントン男爵夫人と縁が深く、またウェリントン領出身でもあるエッラは今日はメイドとしての参加ではなく、ボクとアイリス、オルセーの幼馴染としてボクたちと一緒に座ってもらっている。


 なので今日のエッラはメイド服ではなく、首周りが比較的大きく開いた服を着ている。

 色は髪に合わせて紫がかった青色を胸元に持ってきていて大きな胸元が少しだけ小さく見える気がする。

 それ以外の部分はもう少し明るい白っぽい水色になっていて、清潔感がある。

 他のみんなもそれぞれに自分用に用意された普段使いのドレスを着ている。


 ボクも今日はフリルやレースが裾以外ほとんど使われていないシンプルなつくりのワンピース、春らしい若草色のものを選んでいる。

 同じデザインのもので、アイリスはレモン色、アイビスはオレンジ色のものを着ていてオルセーからは第一声に仲良しの三姉妹みたいだね!とほめてもらった。

 ボクたちはもう姉妹同然だから、何よりのほめ言葉だ。


 一方でゲスト側であるウェリントン男爵正室ならび側室ご一行はオルセーは裾が広がった白いレ-スのワンピース、胸元に細いリボンがついていて、それ以外は目立った装飾はない。

 そのリボンの端に緑色の刺繍がされていてそれはウェリントン家の紋章として採用された三つ葉のクローバーを象ったものだ。


 エミィは若草色のふんわりとしたシフォン地のワンピースだが、大きめな袖があり、ちょっとした振袖みたいにひらひらとしている。

 一方で、胸腰お尻膝の辺りまではぴったりと体にフィットしていて、そこから少し裾がまたひらひらとしている。

 神楽がいうにはマーメイドラインという形式にあたるスタイルらしく、細身で足の長いエミィによく似合っている。


 マガレ先輩のドレスもほぼ同様だけれど、髪の色に合わせてか真っ赤な色で、袖はすっきりしている。

 こちらは背の高めなマガレ先輩のかっこいい女性らしさをよく引き立てていると思える。

 ラフィネ先輩は他の方たちより飾り気のある赤と白を基調にした自然に裾に向かって広がったドレス、特に腰の左前についたリボンは広がりが美しくて、女性らしい柔らかいシルエットを演出している。


 ロリィ先輩とエリィ先輩は揃いのデザインのライトブラウンのもので、ロリィ先輩は膝下丈のスカート、エリィ先輩は同じくらいの丈のパンツとなっている。

 二人とも白いブラウスシャツにロリィ先輩は紺色のジャンパースカート、エリィ先輩のはサロペットでいいのかな?

 頭の上には丸い帽子も載せていて、双子らしいお揃いの衣装はよく似合っている。

 ただ夫人というには少し子供っぽくも見えるけれど、まだ成人したばかりなのでかわいらしさが引き立っている。


 オルセーとエミィは王都の結婚式にも参加してくれたけれど、他の4名はトーレスの分の仕事の代行を含めて留守番をしてくれていたので、ボクたちのホーリーウッドでの結婚報告の日のパーティにはもちろん来てくれたけれど、ゆっくりお話できなかったし、その後はなかなか全員が空いている日がなくて、お話する機会は結局今日までもつれ込んだ。

 そして今日だって結局トーレスとユーリはお仕事があるのでそろってのお茶会とはならなかったし・・・。


 オルセーは男爵夫人としての社交と夫人としての務め以外には公に仕事を持っているわけではないのでホーリーウッドにあるウェリントン家のお屋敷に大体いつもいるのだけれど、マガレ先輩とロリィ先輩はウェリントンの兵士たちの調練や魔物の間引きに参加するため、そしてエリィ先輩はウェリントンの治水工事や、区画の整備計画、農業部門などの責任者となっているために、共にウェリントンとホーリーウッドを行ったり来たりしている。

 そしてエミィはもともと準王族であったことから、ラフィネ先輩は性格が社交向きであったことから、トーレスが旧ルクス地方への視察や出張の際にはどちらか、もしくは両方を伴っていく。

 その為なかなか全員が揃わないのだ。


「結婚式以来こちらからお礼の挨拶にも伺わず、今日も呼び立てる様になってしまってすみません義姉様方。」

 この6人はいずれもボクから見れば義姉で、今日のお茶会は名目上結婚式の時に特別お世話になったので・・・といって設けた席だ。

 本当ならボクたち3人がウェリントン家屋敷へ赴き挨拶したいところであったが、ホーリーウッド家の正室に入ったボクの義姉たちとはいえ、彼女たちが嫁に入ったウェリントン家はホーリーウッド家の傘下の貴族ということになる。

 その他の貴族への示しというものもあり、こちらが呼びつけることになった。


「んーん、正直ウェリントン屋敷ウチだとこの人数のお茶会するにはお手伝いさん足りないし、カグラが用意してくれるお菓子いっつもおいしいから、楽しみだったよー。」

 身内以外を排除したお茶会なので、オルセーは緊張した様子もなくくつろいだ様子でお茶を楽しんでいる。


 いまや紅茶も良質なものが通年とれる様になってきており、産地毎の特色の様なものがはっきりしてきたため、神楽の入れ知恵である程度の範囲の産地毎に銘柄分けすることになり、ホーリーウッド地方では現在5つの銘柄が登録されている。

 また緑茶もこれまでは高木緑茶と低木緑茶という名前で分けられて、茶葉がたくさん収穫できるが渋みが強い高木種は薬としての利用や大衆向けの緑茶に加工され、渋みは弱いが緑茶として飲むのに旨みが強く、香りの優れている低木種を貴族向けや贈答用として高級の扱いをしてきたが、高木種の方が特に紅茶向きの茶葉を生産できたため、そちらの地方では緑茶の生産は地元消費分のみに抑え、紅茶の生産をメインに切り替えた。


 そして緑茶もこれまで煎茶の系統だけであったのが、神楽の入れ知恵によって日ノ本で言う玉露の様なものと抹茶の様な物が新たに生産される様になり、玉露は柔らかい味から特に若い女性に好まれ、抹茶は緑茶の甘味と香りを最大に楽しむための優雅な飲み方として中高年の間で急速に普及しつつある。


 ボクとしてはティーカップで抹茶を頂くのなんとも落ち着かないのだけれど、道具がないので仕方がない。

 少し前までは、アイラの体が幼かったからか苦味や渋味に多少敏感で、抹茶は苦手だったけれど、今は選べる時には抹茶を頂いている。

 今では何でこんなに甘いのに、あれほど苦く感じていたのかと不思議なくらいだ。


 ただお茶会の時のお菓子は西洋風の物が大半なので、前世のイメージで紅茶を選ぶことが多い。

 ボクと神楽以外はお菓子の有無で紅茶や緑茶を選り好みはしていない人が大半の様で、この場でもオルセーとマガレ先輩、ラフィネ先輩は煎茶、ロリィ先輩は玉露を飲んでいる。

 アイビスや神楽はボクと一緒で、西洋風のお菓子には紅茶だよね?という意識があってか紅茶、アイリスは紅茶か玉露はどっちでもよかったみたいだけれど、ボクに合わせてきたみたい。


「本当に、ホーリーウッド家のお茶菓子は美味しゅうございますわね、王都のホーリーウッド屋敷で頂いたものもこういうあまり見たことのない菓子だったので、ホーリーウッドに来れば同じものが食べられるのかしら?と思っておりましたがそんなに種類がありませんでしたし、この抹茶トルテでしたか?抹茶を使った菓子類は初めて見ました。抹茶って甘い物にしてもとっても合うんですのね」

 と、エミィは神楽手製の抹茶菓子類を大変に気に入ってくれたみたいだ。


「はいエミィ姉様!カグラが作ったお菓子はどれも素晴らしいのですよ」

 ボクの大事な女性を誉められては賛同せざるを得ない、まず神楽の作るお菓子が美味しいのは本当なわけで・・・。

 たとえ地球での記憶を元にしたものだとしても、神楽の作った抹茶トルテ(抹茶菓子全般)は味のまとまりもよく、抹茶のほんのりした甘味と苦味も良く活きていて、とても素人の作ったお菓子とは思えないものだ。

 抹茶のビスケットに抹茶カステラ、マドレーヌ、マカロン、クリームサンドクッキー、ロールケーキ、ミルフィーユ、シュークリームなどなど、多様な抹茶トルテがこれまで供されてきたが、どれも美味しくて、暁の頃はビターチョコ味やコーヒー味の、ちょっと苦味のある様な洋菓子はそこそこ好きだったのだけれど、カカオもコーヒーもイシュタルトにはないらしくて物足りなく思っていたのが一気に満たされた思いだった。


「はい、本当に美味しいです。」

「苦みのあるお菓子って今までキャラメル系くらいでしたしね、癖になります。」

 ロリエリカ姉妹も気に入ってくれているみたいで、特にエリィ先輩は抹茶を飲みながら、抹茶トルテシリーズを食べている。


 エリィ先輩は紅茶の開発にももちろん喜んだけれど、玉露と抹茶の開発にもすごく喜んだらしくて、ウェリントンの茶畑の低木種から抹茶、玉露に向いた木を選ぶからと品種改良を始めたらしい。

 なお抹茶と玉露にあたるお茶はイシュタルトの言葉で訳すると抹茶は茶殻が出ないことから「茶の全て」、玉露はその芳香と味から「甘い茶」という意味の言葉が充てられている。


 エリィ先輩がウェリントンの運営にかかわる様になってから急速にウェリントンの農業の類は発展していて、きれいに整備された水路と腐葉土、堆肥、家畜の放牧などを効果的に運用できる様に効率化された区画整理によって あと10年もすれば地方都市といっても差し支えないほどの発展が見込めるだろう。

 かつての開拓村ウェリントンと比較して、すでに居住区画の面積で12倍ほどまで広がっているとのことだ。

 無論領主のお膝元だからと旧ウェリントン村だけを開発しているわけではなく、初期にウェリントン領に統合された村々もそれぞれ規模が大きくなっているみたいだ。


「あ、そーだエッラ」

 またしばらくたってから、何か思い出したらしいオルセーが両手を合わせながらエッラに声をかけた。

「どうかなさ・・・しましたか?・・・オルセー」

 本当はウェリントン男爵夫人とか呼びたいのに、今日は『旧友のエッラ』として座っているのでボクとアイリス、オルセーに対する敬称付けを禁止されているエッラは少しだけ詰まりながら返事をする。


「一昨日までマガレとロリエリがウェリントンに行ってたんだけど、マガレがブリスさんからのお手紙を預かってきてくれてるよ」

 そういってオルセーが告げると、キアラがエプロンの内側のポケットから手紙を取り出す。

 そして、エッラの近くまで行き手渡した。

「あ、ありがとう・・・なにかな?」

 これまで滅多に手紙なんて出してきたことのない家族からの音信に首をかしげるエッラ、そしてマガレ先輩はおずおずと提案する。

「また再来週になったら、セラファントの間引きと、お茶の初詰みを確認しに行くから・・・返事がある様なら、来週の黒曜日までなら、預かれるから」

 何か手紙の内容に関することを知っているのか、気まずそうにする先輩はいつも以上に歯切れが悪い?


「では、返事が必要かどうかも読んでみないとわかりませんので、失礼して今確認させていただきますね、よろしいでしょうか・・・ですか?・・・アイラs」

 でしょうかを、ですかに変えたところであまり変わらない気もするけれど、久々のタメ口に迷いがあるエッラ、心なしか「さん」か「様」かをつけようとしたみたいにも聞こえる。

「もちろん、話相手はたくさんいるんだからちょっとくらい手紙見てても平気だよ?ボクのためにブリスさんからずっと借りてるわけだし」

 っていうかそろそろエッラも結婚考えないと、20になったわけだし本人の望んだメイド勤めが忙しいとはいえノア家の一人娘を嫁き遅れにさせるのはちょっと申し訳ない。

 最悪前周と同様にユーリの側室にという選択もないではないけれど、その場合ノア家がどういう反応をするのか未知数なので恐ろしくもある。

 エッラのことを信頼しているので、エッラが自ら望んだならば厳しいことは言わないとは思うけれど


 エッラは封印されていない封筒に包まれた手紙を取り出すとその目を細めて文字を追いかけ始めた。

 見れば手紙は3枚に渡り、あの生真面目なブリスさんをしてわざわざ3枚渡った手紙になるということは、それなりの情報量がありそうだ。

 ボクたちは談笑しながらエッラの復帰を待っていたのだけれど、一人だけ、マガレ先輩だけはチラチラとエッラの様子を気にしている。

 何かハラハラしているみたいにも見えるけれど、もしかすると手紙の内容をすでにブリスさん本人から聞いているのか?


 マガレ先輩の視線を追いかけて、エッラに視線を戻すと・・・

 あのエッラが、アクタイオン氏からプロポーズされた時も、ジェリド氏から初めて一本取った時も、初めてエアスカートの魔法での水上ホバーからの飛行に成功したときもまったく動じた様子を見せなかったエッラが、目を見開いていた。

 顔は青ざめて、ツーと大粒の汗が頬を伝っている。

 いったい何があのエッラをそこまで驚かせているのか、まさかとは思うがエッラの母ミッシェルさんになにかあったとかだろうか?


 声をかけたほうが良いだろうか?場合によっては暇をだすことになるのだろうか?

 しかし、まだ手紙を読んでいるらしい、どうしようか?と考えていると、ようやく手紙を読み終わったらしいエッラは手紙をきれいに折り畳むとハンカチに包んでドレスの隠しポケットに入れた。

 そして小さくため息をつくと、お茶を一口。

 それから、いつもの落ち着いた表情になって

「お待たせ致しました、返事が必要になりそうなので、明後日の朝にウェリントン男爵家のお屋敷の方へ伺わせていただきますね」

 と、エッラは自分に注目していたオルセーに向かって告げた。


「エッラなんだったの?」

 聞いていいものかと迷いつつ尋ねるとエッラは困ったみたいな笑顔を浮かべた。

「いえ、私信ですのでわざわざお耳に入れる様なことでもないかと」

「そう?」

 『ただの私信』にしてはちょっと驚きすぎていた気がする、自分のことには冷静な上、気遣い屋でもあるエッラのことだからよほどのことがあって、このお茶会の場にはふさわしくないからと伏せているのだろうか?

 後で聞かせてもらえるのだろうか?


 それとマガレ先輩がすごくおろおろしているのだけれど・・・。

 やっぱり内容を知っているみたい?

「あの!」

 とか考えていたらマガレ先輩がとうとう口を開いた。

 全員の視線がマガレ先輩に集まる。


 声を出すと決めた以上マガレ先輩はもうオロオロとはしない。

「あのね、エレノアさん、実を言うと私はもう内容を知っているの、だから言わせてもらうけれど、まだオルセーさんにも伝えていないことだから、できればここでお話してほしい。」

 と、多少短めに切りながら告げた。


 エッラはやっぱり困った顔をした。

「ですが、その、なんと申しますか、どういう顔をして報告したものか、少し迷うのです。」

 しかし、そんな消極的かつ丁寧な物言いに戻ってきているエッラに対してマガレ先輩はすぐに明確な答えを示す。

「おめでたいことなのだから、笑って報告すればいいとおもう」

 と、どうやら手紙の内容は明るい話題らしい。

 しかしエッラの表情は複雑なままだった。

 それでもエッラは周りを見渡すと、早くこの注目された状態から脱したいと思ったのか、意を決したみたいだ。


「では、ご報告させていただきます・・・・。」

 ゴクリと思わず唾を飲む、いったい何が起きたのだろう?

 私信と断じていたからには、家畜関係ではあるまい?

 ほかのみんなも黙ってエッラを見つめる。


「私はどうも姉になったみたいなんです。」

 !?

「エッラはずっと私のお姉ちゃんみたいなものだよ?」

 ボクと一緒にエッラをはさんで座っているアイリスが、よくわからないままにエッラの腕に抱きつき、第三の姉であるエッラに懐く。

 けれどその言葉はそういうことじゃなくて・・・。


「いえ、そのなんていうか、父と母に、長男が生まれたそうです。」

「ブフォ!おほぉっ・・・エフエフ・・・。」

 突然の報告に飲んでいたお茶を少し噴き、むせるオルセー、貴族教育を受けたとはいえ、予期せぬ知り合いの懐妊の報せには驚きを隠せなかったみたいだ。

 シャンタルが湿った布を渡している。


 でもボクも噴出しはしないまでも正直驚いている。

 えっと、それってつまり、ブリスさんとミッシェルさんの間に男の子が生まれたというこで・・・

 ブリスさんは確か父と同じ年か1つ上かだったはず・・・となると、41か2歳?ミッシェルさんの年は覚えていないけれどブリスさんより3つ~4つ若いくらいだったかな?

 エッラが今20歳なのだから若く見積もっても35歳程度だろう。

 35~39だとして、ナワーロウルドでも別に子どもが絶対にできない年齢ではないけれど、高齢出産に分類されるだろう、それにしてもよく知った人の、それも大切なエッラのお母さんの妊娠ともなれば驚く・・・ん?長男が、生まれた・・・?


「えっと妊娠の報せとかなかったよね?もう、生まれた報告なの?」

 思わず口々におめでとーとか、よかったね、なんてお祝いの言葉を告げているアイリスたちの声をさえぎる様に口を挟んでしまったけれど、みんな気分を害した様子はなく口を閉ざしてエッラに注目する。

 エッラはやっぱり少し居心地悪そうにしながら、ボクのほうに視線を向けて答えた。

「はい、私も急なことで驚いたのですけれど、その様です。名前の候補が幾つか書いてあって、私に、選んでほしいそうです。」


「おめでとうエッラ、名前かぁ、責任重大だね」

 主人と定めているボクにもおめでとうといわれたからか、エッラはようやくにこやかに微笑んで

「ありがとうございます、といっても実感はまったくないのですが」

 と手紙を入れたあたりを押さえながら目を閉じた。


 それから、ブリスさんたちが挙げていた名前の候補を聞いたり、実物みないと名前なんて付けられないよね、なんて話していて、結果もう返事の手紙を預けるのではなくてマガレ先輩たちより先にエッラに休暇をあげてウェリントンに里帰りさせることにした。

 無論これはエッラ一人ではなくて、飛行盾を使ってボクや神楽も付き合う予定、2~3日程度の休みでは行って帰ってで終わってしまうし、せっかく休んでも疲れが取れないだろうということで

 行き帰りを神楽の飛行盾で短縮して、5泊6日になるがみっちりと実家で休んでもらうことにした。


 正直エッラの忠勤には感謝しているので、本当なら1ヶ月といわず休んでもらってもぜんぜんかまわないけれど、ホーリーウッドで生活を始めたばかりのときに長期休暇を勧めたところ、かなり悲しい顔で断られてしまった。

 彼女に長い休みを勧めると、泣き顔で拒否されるのだ。

 なので今回も長い休暇ではなく数日の休暇にして、ただし送りだけでも飛行盾で短縮をすることでせめて実家で丸5日ゆっくり休める様にした。

 送り時の理由付けはボクも赤ちゃんを見たいからついで、ということにしたけれど・・・帰りは、ホーリーウッドから動力付の馬車で迎えを出すので、6日目の夜には城に帰ってこられるだろう。


 そうしてなおもエッラの弟と、里帰りについて盛り上がっていると時間は瞬く間に経過してお茶会もお開きの時間となった。

 それじゃあそろそろお開きにしよかと挨拶してシメていると・・・。

「お姉ちゃん!ただいま帰りました!ユディも一緒にお茶会がしたいです!!」

 と、目をキラキラさせたユディが帰ってきてしまい、やさしい兄嫁たちは帰る時間を30分遅らせてくれて、食事の時間が近いのでお菓子なしのお茶だけを飲みながら楽しそうに今日基礎学校でお勉強してきたことを教えてくれるユディの話を、聞いていってくれた。


 こうしてボクたちの結婚後初めてのお茶会(身内のみ)は、本来の参加者ではないユディも大満足の終了となった。

 お客様である義姉たちの帰宅後、ユディにもエッラに弟ができたことを教えると

「え!本当に!?弟ができたの!?わぁ嬉しい!お名前何になるのかな?弟にはいつ会えるの!?」

 なんて、まるで自分に弟ができたみたいにはしゃいじゃって。

「ユディの弟じゃなくて、エッラの弟だよ?」

 と、教えると

「でもでも、エッラやナディアはメイドだけどユディにとって親戚のお姉ちゃんみたいな感じだから、エッラの弟ならユディにとって『親戚の・・・弟』?なんだろう、うん、でも弟みたいなものだよね!?」

 とよくわからない理論で、エッラの弟はユディの弟らしい。


 その後家族そろっての食事の際にも、弟の話題で興奮していたユディは義父義母ちちははにも散々に弟アピールを行い、最終的には2日後の黒曜日にエッラをウェリントンに送る際に、お見送り&赤ちゃん見学にユディも連れて行くことになってしまった。

 なんだかんだみんなユディに甘いというか、甘えられるとついつい許してしまう。

 何でも聞いてやるとよくないなとは思うけれど、おめでたいことの話だし、かわいい義妹に、あるいは娘に「ママ(お姉ちゃん)、ねぇお願い、ユディも弟を見に行きたいの」とおそらくは本人が一番かわいく見えると研究済みの角度の上目遣いでお願いされてしまっては、誰だって首を縦に振ってしまうだろう。


 それにしても、エッラの弟かぁ・・・楽しみだなぁ。

エッラ20歳にして弟ができました。

年齢差的にママにしか見えなさそうです。

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