第102話:新婚さんたちの帰郷2
その日ホーリーウッド市に入った馬車の一団は明らかに一般の馬車列とは違った。
いまだ王国内にも数えるほどしか導入されていない、補助動力と揺れを低減させる機構がついているらしい大型の馬車は、通常4頭立てで牽引する様な大きさの馬車でありながら一台に1頭の馬しかつながれていない。
またその馬もたいした労苦もない様子である。
その大きな馬車が3両に、通常サイズの馬車が3両と6両もの馬車が連なって街に入ってくる様は見ていた者たちには奇異なものに映った。
実際ある意味非常時のものではある。
なにせ、領主の息子と孫を乗せている。
それどころか、領主の孫が3人もの嫁を迎えて帰ってきたところで、このたった6両の馬車にはこの国を代表する4つの貴族家のうち2家の貴族がほとんどそろっているのだから・・・。
その車列はホーリーウッド市街に入ると、迷うことなくその行き先をホーリーウッド市にある2つの城のうちホーリーウッド城と呼ばれるものの方へと向けた。
そして、ホーリーウッドの民にも王家を除けばこの国の最大の領主のお膝元の民であるという矜持があった。
すでに壁を抜けてきた以上如何に奇異に映ろうとも、それは正式な客人か領民、栄えあるホーリーウッドの民はうろたえる事なく馬車列を見送った。
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(アイビス視点)
目を覚ますと、薄暗い部屋の中だった。
コトコトと響く振動に、ホーリーウッドに向かう馬車に乗っていたことを思い出し、外から聞こえる喧騒に、どうやらどこか大きな街に着いた様だと理解する。
ぼんやりとする意識のままで体を起こして周りを見ると、やはり見覚えのある馬車の中に弾力のある、ベッドにも使われる魔綿の詰まったマットが引かれていて
体には羽毛布団がかけられていた。
たぶんすごく単純な造りのそれは、それでも体温を十分に包んでくれてすごくポカポカしている。
隣を見れば義妹になったユディちゃんと私より序列が上の側室だからおねえちゃん扱いでいいと思うんだけれど、誕生日は私より後のアイリスちゃんがしっかりと抱き合って眠っている。
アイリスちゃんも、私と同じで13歳のはずなんだけれど眠っているところを見る限りもっと小さな小学生の子どもみたいに見える。
こういうのたぶんあどけないとかいとけないとかいうんだろうなと思う。
王都屋敷でよくアイラおねえちゃんが眠っているフィオちゃんとかアニスちゃんの髪を手で梳きながら日ノ本語つぶやいてたのを見たことがある。
「ふふ、かわいい」
私もなんとなくアイリスちゃんとユディちゃんの髪を撫で付けてみる。
「ん・・・・ふぅ・・・・」
顔にかかっていた前髪を少しよけてあげるとちょっぴりおちょぼ口になったユディちゃんの口から息が漏れる。
おこしちゃったかな?と思って手を離すと、別にそんなことはなかったみたいでちょっと掠れた声で
「ぁーふぃにゅぅー」
と気の抜ける声の欠伸みたいな感じの声を出しながら軽く伸びをしてから、またアイリスちゃんに抱きついた。
「もう街に着いたんだよね・・・?」
馬車の外から人の声がするしそれは間違いないはず・・・。
温もりの誘惑を断ち切り立ち上がると、寝起きの体が尿意を訴えてくる。
旅中は、停車できない場所もあるし、何人もいるのに食事のときとかはともかく、毎回毎回停まっていられないので、普通馬車の後部におまるが置いてある。
この馬車はアイラお姉ちゃんが開発したいろいろなものが導入されていて、おまるというよりは、ちゃんとしたトイレみたいになっている。
馬車の下に汚物入れとにおいの逆流を防止する設備がついていて、いやなにおいもない。
でもだからこそ気になってしまうのは、トイレに壁がないことだ。
広さの都合らしくて、座席とこの後部の横になれる荷物置きスペースの間もそうなのだけれど、このスペースにあるトイレにも壁はなく、厚手のカーテンで仕切られているだけ
外側の壁に沿って、ゆれても便座から落ちない様にするための手すりはあるけれど、左手側と正面は壁も扉もなくただのカーテンだ。
「うぅ・・・なんかやだなぁ・・・」
スカートをたくし上げて、ズロースを下ろしてから便座に座ってみて、いつもと違う感覚に私はちょっと緊張してしまう。
旅途中なんどもお世話になったのに、今になって気になるのは、馬車の中以外にも気配があること・・・、だって街の中だもの、そのあたりを歩いている人の気配が、おしゃべりが聞こえてくる。
森や街道と違ってすぐ隣に人がいるみたい、それでも尿意には勝てないんだけれど・・・・。
寝起きで少し癖のついている髪や、スカートを伸ばし、多少体裁を整えてから半分閉められたカーテンのほうへ移動する。
「おはようアイビス、かわいい寝顔だったよ?」
カーテンのところまでいくと、アイラおねえちゃんがもうこっちを見ていて、すぐに声をかけてくれた。
その声で反応して、神楽ちゃんやユーリ君・・・・ううん私の旦那様も笑顔を向けておはよって声をかけてくれた。
「おはよ・・ございます、えっと、もう街に入ったんです?」
たずねると、メイドのナディアさんが温かく湿った布を差出しながら答えてくれる
「はい、左様にございます。アイビス様、ようこそホーリウッドへ」
と微笑むその顔は私にとってはちょっと心臓に悪い。
初めて会った時から思っていたけれど、ナディアさんって私の・・・円城寺此花の従姉のお姉ちゃんにどことなく似てるんだよね。
優しそうな笑顔とか、物腰っていうのかな、体からにじみ出るいい人オーラみたいなのがあって、その上ナディアさんは日ノ本人でも大名家のお姫様みたいなきれいで艶のある黒髪、アイビスとしての私の周りには少なかった白くはない肌も、なだらかな線を描く顔だちもどことなく日ノ本人っぽい。
だからかな?ナディアさんのこともたまに間違えてお姉ちゃんって呼んじゃうことがある。
あっちで通ってたクラスの男の子とかだったら、『ギャハハ、円城寺がまた先生のことママってよんだぞー』とか、『ちっちゃいのは体だけじゃなくて、年もなんじゃないかー?今何歳デチュカー?』なんてからかってくるところだけれど、メイドさんであるナディアさんはいつもどおりの微笑みで「光栄です」なんて一言だけつぶやいて、それで終わりにしてくれるんだ。
「ありがとう、ナディア、今日からここが私の住む街なんですね、見えないですけど」
受け取った布で軽く顔を拭いつつ、馬車の窓に視線をやる。
この馬車は魔物の襲撃にも備えているとかで、窓は魔法陣で強化したものが使われていて、閉めていると外は良く見えないのだ。
「後ほどホーリーウッド城の、眺めの良い場所をご案内させていただきますね、ご実家のスザク領とお比べになってみてください」
私の住んでいたスザク市はほとんどの建物が1階建てに地下室を設けたもので、背の高い建物が少ない。
それからオケアノス、ペイロード、ホーリーウッド4つある侯爵領領都の中では一番人口密度が少ないって聞いている。
その代わりスザク市扱いのスペースはかなり広くって5大都市ではクラウディア、ホーリーウッドについで3番目に大きいって聞いている。
つまりホーリーウッドはスザクよりも広い上に人口密度も高いわけだけれど、それはホーリーウッドがもともとはホーリーウッド側の前線都市と、今は亡き都市国家と獣人の隠れ里を合併して作った街だから広いのだと聞いている。
だから街のほぼ真ん中を、かつて国境線代わりだった大きな川が走っていて、私たちが住むディバインシャフト城は川を渡った向こう岸にあるはずだ。
まだ、川は渡っていないはずだよね?先に、ホーリーウッド城に入るって話だったよね?
「アイビス、もうすぐホーリーウッド城だよ、止まるときにガタってなるかもしれないから座席に座って」
旦那様がさっきまでアイリスちゃんが座っていたほうの座席をポンポンと叩いて私を呼ぶ。
急いでいうとおりに座ると、ナディアさんとエレノアさんが後部座席の2人のほうへ歩いてく?
どうしたんだろう?と不思議に思っていると
「今から起きてきて、ちょうど停車する時なんかに立ち上がったりしたら却って危ないから、二人がおきた時に立ち上がらない様に座らせたままにしてくれるんだよ」
とアイラお姉ちゃんが小さめな声で教えてくれた。
命令したりとかしたわけじゃないのに動いてくれるメイドさんたちも、メイドさんたちが何で動いたのかわかるお姉ちゃんもすごいなってちょっと感心しちゃう。
私も貴族なんだから、それくらいできないといけないのかな?
なんて考えていると、ユーリく・・・・旦那様が私の手を握っていた。
ちょっと照れちゃう・・・隣にアイラお姉ちゃんだっているのに、私の手なんて・・・って思ったらアイラお姉ちゃんともつないでるし、アイラお姉ちゃんは神楽ちゃんともつないでいる。
単に4人で一列になっただけみたい?
でもそれにしたって、いきなり手を取るだなんて・・・もう子どもじゃない年頃の男女なのにって思ったけどそうだ旦那様だった。
夫婦なら突然手を握り合ったりするのも普通なのかな?
横目でちらりと旦那様の横顔を見る。
私の手を握っておいて、その表情は照れた様子もなくて、私だけがこんなに照れてるのかな?
旦那様のさらに奥に視線をやってみるけれど、アイラお姉ちゃんも神楽ちゃんもすごく自然体・・・・。
照れてるの私だけなの!?
ちょっと悔しい・・・でも旦那様の横顔を見つめていると、それもまぁいいかなぁって思える。
私の旦那様はすごくきれいなお顔をしている。
睫も長くって、まるでボーイッシュな女の子みたいなカッコいいとかわいいが両立したお顔、朱鷺見台にいた頃ならきっと、王子様みたい!っていっちゃうんだろうなって思う。
その上旦那様は優しいし、強いし、女の子の扱いも上手だ。
歩幅もあわせてくれるし、お買い物の時急かさないし長くなっても苛立った様子なんて見せない、それどころか小物とか一緒に吟味してくれたり、私がちょっとほしいなって思ったけれど、時間がなくて買えなかったレターセットが、2日後の朝には部屋に届けられたり、ちょっとチラ見してただけなのに私のこともちゃんと見てくれてるんだって思うと、すごくうれしかった。
気がついたら好きになってた。
顔が熱くなるのを感じながら、旦那様の手を握り返すと旦那様は不思議そうな顔で私の方を見た。
「アイビス、まだ眠たい?ちょっと温いみたいだけど?」
残念ながら目はばっちり覚めている。
単に私からも握り返したのが恥ずかしいだけ、体温が上がっていることを指摘されて私はさらに恥ずかしくなってしまう。
でもそこでそのままにしないのが旦那様だ。
「良かったら肩をお貸ししますよ?奥さん?」
ささやかな提案、眠たいならちょっと寄りかかってもいいよといってくれているだけに見えるけれど、きっと本当は、私が照れた顔を見られたくないのをわかっている。
旦那様の肩を枕にすれば、少なくとも他の2人からは私の顔は見えにくくなるから・・・
「じゃあ、お言葉に甘えて、お城につくまでお借りしますね、旦那様」
私は旦那様の二の腕に頬を当てて目を瞑った。
アイビスは転生者ではありますが、まだ精神的にも子どもに近いです。
そのため、アイラやラピス、ヒースよりはこの世界の常識的社会性を身につけになじんでいます。




