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第101話:新婚さんたちの帰郷1

 転生者で周回者の金の少女は軍官学校を卒業して、13歳になって、年が明けて、結婚し、今は良人の故郷であるホーリーウッドへの帰途の旅路に就いている。

 この国には『子どもが欲しければ旅をしろ』ということわざがあり、それは馬車の長旅の間はすぐにやることがなくなるので、仲睦まじい夫婦や恋人同士であれば赤ちゃんができる(意味深)ということ・・・しかしこの言葉が転じて、貴族の間では結婚後自領内を一周したり、王都までの道のりを国王陛下への結婚報告がてら往復したりする新婚旅行を行うのは割りと一般的な行為であった。


 金の少女たちも王都で結婚式を挙げ、領地に戻る道中までが十分にその『旅』に相当する馬車の長旅ではあったのだが、性能の上がっている動力付馬車の力はなかなか素晴らしく旧来より4日ほど日程を短縮している上、そもそもの移動人数が多く、二人きりになれる馬車というものもないため馬車の旅中そんな空気になることもなかった。

 そもそも共にホーリーウッドへ帰る3人の花嫁たちは、初夜ですら夫と契ることなく、気のおけない友たちと賑やかな夜を過ごしてしまい未だ生娘なので、初めての思い出を揺れる馬車の中なんかで作る気持ちもなかった。


 さらにいえば公式に新婚旅行と銘打って行う旅が近く予定されていることも少しは影響していたかもしれない。

 若き貴公子ユークリッドとその3人の妻たちは、いずれもそれなりの身分を持っており新婚旅行は大々的に、船旅が計画されていた。

 それも外交的な要素をちらつかせ、数年前から交流があるとして、姫君自ら使者としている「デンドロビウム王国」への返礼として、イシュタルト側も降嫁した姫君を新婚旅行ついでに送るという形をとった。

 実のところデンドロビウム王国などという国はなく、実際には龍の島と呼ばれるドラグーンの故郷を指しているが、旅の目的はそこですらなく

 ドラグーンたちが鍵と呼ぶ魔剣の、アシハラへの奉納を目的としていた。


 アシハラはかつて神々が引きこもってしまった暗黒大陸とも呼ばれる海域と大陸を指す言葉で、ナタリィらは危険な魔剣が役目を終えた以上その奉納は稀代の勇者であるアイラの手によって果たされることを希望している。

 新婚旅行用として建造されている新造スクリュー艦リトル・プリンセス号の竣工はもうしばらく先のことではあるが、名目上とはいえ新婚旅行が後に控えている彼女たちは、焦っていなかったのだ。


------

(アイラ視点)


 王都からホーリーウッドへ向かう馬車の旅、王都を出るときにペイロードの馬車やオケアノス行きの馬車とは分かれた。

 そしてつい先ほど、悪魔の角笛抜けてしばらくのところにある街で1泊した後リントやクレア、アルフィやアイヴィたちを乗せた馬車とも分かれた。

 これまでは馬車に同乗するメンバーを入れ替えたりしながらにぎやかにやってきたけれど、今日夕方まで急げばホーリーウッドに入ることが出来る。


 ボクたちホーリーウッド家、ウェリントン家、それからスザク家の面々は、ホーリーウッド市でも行うユーリとの結婚式(実質報告会)に参加、参列するためにホーリーウッドに向かうけれど、リントやクレアはルクセンティア侯爵領へ帰り、そちらで結婚式を行わねばならない。


 アルフィやアイヴィは王都ではボクたちの学友の一女学生アルフォンシーナとその学友のアイヴィして参列してくれたけれど、ホーリーウッドでの式には、ホーリーウッド地方所属の有力貴族オイデ子爵家の令嬢とその家臣としてボクたちの式に参加してくれる予定で、一旦オイデ子爵領に帰りそれからまたホーリーウッドまで来てくれる予定だ。


 スザク家のアイビスの家族は、本来ならスザク領に帰ってもよかったのだけれど、長女の門出を見守りたいからと同道することになった。

 アイビスの父ことスザク侯爵はホルスディノン・ナブラ・フォン・スザク様とおっしゃり、愛称はディーノと呼ばれることが多い。

 赤茶色の髪のをしたやさしそうな男性で、結婚式からこっちもずっとアイビスのことを手放すのが寂しいらしく、アイビスの顔を見るたび涙があふれてしまう方で、アイビスからは「ティトが生まれてからはティトばかりかわいがって、私のこともう要らないんだ」って愚痴られていたけれど、決してそんなことはなかったらしい。


 継室である夫人はストレリチア・ウォーブラー・フォン・スザク様、リチア様と呼ばれることが多い。

 リチア様はホーリーウッドと似た色味の金髪の女性、ディーノ様の先妻であったウィレミナ・グリーブ・フォン・スザク様の従妹に当たる方であったが、ウィレミナ様はもともと病弱で子供のないまま亡くなり、顔かたちが似ており、もともと幼馴染の一人でもあったリチア様が継室になったという。

 夫婦仲も、先妻の実家のグリーブ家との関係も良好で先妻の両親も、リチア様の両親もアイビスやその弟のティトのこともよくかわいがってくれるらしい。

 そして転生者で生まれた頃からの記憶があるアイビスからの内緒の情報では、二人きりだとディー、リーシャと呼び合うそうで、普段のそっけない態度からは想像もできないけれどだだ甘い夫婦関係の様だ。


 弟のティト君はユディと同じ年頃のかわいい男の子で、あまり一緒に暮らしたことのないアイビスのこともちゃんとおねえちゃんとして認識しているけれど、その甘え方はちょっと不器用で、道中の宿でアイビスがお風呂に入っている間にアイビスのズロースを隠したり、お昼ご飯中に手づかみ(普段はやらない)で食べて、そのベトベトになった手をアイビスの顔に塗り付けにきたりと、見ていてかわいそうになってくるくらい不器用だけれど、その行動が寂しさからくるものだと見て取れてしまうので、アイビスも含めてあまり強く叱れていない。

 迫りくるおねえちゃんとのお別れに、ちょっと不安になっている子を見るのは別に初めてのことではないので、何か手を差し伸べたい気持ちもあるのだけれど、彼は幼いとはいえスザク家の継嗣であるので、やはり自分自身で乗り越えていくべきことなのだろう


 いたずらをいっぱいしていても夜になると、今まで一緒に暮らせなかったアイビスに甘えるためにアイビスのベッドや馬車にまでやってくるので、甘えられるより甘えたい派のアイビスも口ではグチグチいっても「弟」という存在はやはりかわいいのか、枕を抱えて涙声で「おねえちゃん・・・」と甘えてくる弟相手には

「仕方ないなあ・・・ほら」といいながら布団を広げて待ってあげるくらいのお姉ちゃん力を持っていて、ホーリーウッドに近づくほどにティト君の、いたずらと甘えっぷりにどんどん拍車がかかっている。


 アイビスは、11歳頃まではラピスと同じくらいの身長があり、ボクやアイリスより高かったが、その後ちょっとずつ成長にかげりが見え始め、このたびとうとうボクとアイリスには抜かれ、ラピスとも10cm近い開きができた。

 しかしその胸はアイビス、次いでアイリスの順に大きくて、すでに標準程度の胸の大きさに育っていて、いまだ控えめサイズのボクとラピスはグヌヌ・・・と悔しさに歯を食いしばる日々だった。

 ラピスはまだいいさヒースのお嫁さんはラピスひとりだし、比較対象になる同い年の子が二人も一緒にお嫁さんになったボクとくらべれば・・・。


 ボクとアイリスとアイビスとは同い年で、一緒の日に同じ旦那様に嫁いだわけで、ボクのことを一番大事にしてくれるという旦那様は、前世が女性だったこともあって、同じ年頃の男の子と比べてガツガツとしているわけではないけれど、その分冷静に体の成長度合いとか見られてしまう可能性もあるし、それ所か前世の彼女の体付と比較したりもできるだろう・・・無論胸の大きさを気にする様な人じゃないってわかっているんだけれど、どうしてもほかのみんなより小さいから、気になってしまうっていうか・・・。

 今だって分譲しているうちのこの馬車の中には、ユーリとボクとアイリスとアイビス、それに神楽とユディとエッラとナディアとがいる。

 ユーリとまだ子どものユディを除けばボクが一番胸が小さい・・・いいけどね!まだ成長してるし!!


 夕べの宿ではアイビスだけはティトやスザク夫妻と同じ部屋で寝ていたため夕べも同じベッドで寝たボクやアイリスはユーリの両隣に座り、ボクの隣に神楽が、ひざの上にユディが座っている。

 エッラとナディアは対面側で蓋付の茶器や魔法道具を使ってボクたちのお茶やらの世話をしてくれている。

 そしてアイビスは、ユーリのひざの上に座って甘えていた。


「アイラお姉ちゃん、本当にいいんですか?私がこんなに旦那様に甘えて」

 ちょっとほほを赤らめながら訪ねるアイビス、一応ボクが正室であるのに、自分がユーリのひざの上を占拠していることを気にしているけれど、ボクもアイリスも何度も経験済みの甘え方なので、アイビスにも経験させてあげないと不公平だ。


「いいよいいよ、ボクもアイリスも結構やったことあるし、夕べもアイビスはおねえちゃん業頑張ってたもんね」

 言いながら膝の上のユディのお腹とほっぺたをもみもみする。

「アハハ♪お姉ちゃんくすぐったい!」

 身をよじるユディを逃がさない様にして、ぎゅっと抱きしめるとおとなしく抱きすくめられる。

 アイビスは婚約を機にボクのことをアイラお姉ちゃんと呼ぶ様になった。

 側室からしたら正室は姉の様に慕うべきものだと、姉妹の様に睦まじく付き合うべきだと教えられているからであるけれど、甘える相手を常に求めているアイビスはこの呼び方が気に入ったみたいで用がなくても呼んできたりする。

 ボクからしても前周のこともあり、アイビスはかわいい妹分みたいなものなのでいやな気持ちは少しもない。

「えへへ・・・旦那様ぁ」

 言いながらアイビスは年相応なのかどうかちょっと判断に迷うけれど、ユーリに体預けてしな垂れかかる。


 平地の大きな道に入ったので馬車のゆれもひどくはなく、ボクも膝の上に対面で座らせたユディを神楽と二人掛りで可愛がっていた。

 さすがにユディももう8歳だしこういうちっちゃい子扱いは嫌がるかとも思ったのだけれど、今までなかなか会えず甘えられなかった分を取り戻すためなのか、まるでもう3つ4つ幼い子どもの様に甘えてくる。

 それは毎年の年末年始もそうだったのだけれど、特に結婚式後とこの道中は、夜寝るときやお風呂のときはもちろん、トイレに行くときまでボクやアイリスを誘いに来るほどで、王都でお別れしてきた実の妹であるアニスやフィオ以上の甘えんぼさんを発揮していた。

「お姉ちゃん、もうちょっとお膝揺らして?」「お姉ちゃん脇のしたコチョコチョしていいよ?」

 なんてよくわからない甘え方もしてくるけれど、ユディが楽しそうだとうれしくて、ついつい乗ってあげてしまうのも、本当はよくないんだろうなと思いつつ、今日は別の馬車に乗っているので義両親や両親の視線もなくまぁいいかなとも思ってしまう。


「ユディ?今はいいけど、ホーリーウッドに戻ったらちゃんとお行儀よくするんだよ?」

 とちょっと口を尖らせてみても

「うん!お父様やママがおばあちゃまからおこられちゃうもんね!」

 と、微妙にわかっているのかわかっていないのか判断に困る理由で、元気よく返事をしてくれる。

 誰が怒られるとか関係なしに、そろそろこういうのははしたない年頃なんだよ?


 そしておばあちゃま・・・フローレンス様の緩みきった笑顔が頭に浮かぶ様だ。

 あの方は本当に子どもに甘いから・・・、普段はとても凛々しい方なのにボクたちにもいつも優しい方だった。

 子どもが好きで、ご自身が患いのためにたくさんの子どもはできなかったこと、そして先代の申し送りでエドワード様には側室を取らせられなかったことから、たくさんの子どもたちに囲まれるという野望を果たすことができなかったためか、係累だろうが他人の子だろうがみんなかわいく映る様で、縁があって孤児など見かけてしまえばすぐにメイド見習いとして召し上げてしまい、患いが進んで城からほとんど出られなくなった後は孤児院の開設などの事業に腐心した。

 前周ではその事業を隠れ蓑に悪いことをする者も出てしまったけれど、今生ではすでにそういった連中は粛清されていて、相応の報いを受けたらしい。


 男の子女の子も等しくお好きらしいけれど、「男の子をかわいがってしまうとエドワード様が嫉妬してしまうから」と女の子を特によく召し上げていたそうで、たとえば今でこそ結婚し司書の仕事もしているモーガンなども元々は農村出身の孤児で4歳の頃に冬の川で洗濯しているところを、エドワードおじい様と領地を視察していたフローレンス様の目に止まった縁で城に召し上げられたそうだ。


 本来であれば、アイロンバーを使って温水を沸かせば凍えることもないのに、当時の彼女の少ない魔力ではお風呂用に水を出しお湯を沸かすくらいしか魔力が足りず。

 洗濯には川の水を使っていたらしい。

 フローリアン様は川で洗濯をしているモーガンにどうして川で洗濯をしているのかとお尋ねになり

 モーガンの親は魔物の被害で亡くなり、伯父夫婦に育てられていたこと、伯父夫婦もモーガンに仕事をさせるのはいいとしても、その内容があまりにも実の子と比べて辛く重いものであったことに心を痛めて僅かな支度金と引き換えでモーガンを引き取った。

 しかしながら、モーガンの伯父も決してモーガンを憎いと思っていたわけではなく、かわいそうな子だからと甘やかすのも良くないと、意識して辛い仕事を割り振っていたらしく、今でもモーガンはその伯父夫婦に感謝しており、いとこたちとも親しく付き合っているどころか従兄の一人と結婚している。


 だから、フローレンス様がかわいい孫のユディのことをどれだけ甘く接していても驚かないけれど、だからこそきっと彼女の嫁入り修行が始まったらその分厳しいのだろうなとも思う。

 フローレンス様は本来礼儀作法には厳しい方なのだ。

 子どもの時分にはたくさん甘えさせてくださるけれど、躾に関してはなかなか容赦がない、たぶんお義母様のことをママと呼んで許されるのも10歳くらいまでのことだろう。

 それは今のうちにやんわり伝えておこう。


「ユディ?ユディももう8歳、もうレディといっても良い年頃なんだから、そろそろエミリア義母様のことも『お母様』って呼ぶ様にしていこうね?」

 レディ扱いして自尊心を刺激すると、ユディはちょっぴりだけ眉毛にやる気を乗せて、キリリとした目をしたけれど、すぐにヘニャリと緩ませて、ボクの人並みにはまだ少し足りない胸にプニプニの頬を乗せて甘えてきた。

「アイアおねぇーちゃー、いまらけいまらけー♪」

 布越しでもわかる頬肉の弾力が求肥を思わせて、口にくわえてハムハムしたら気持ちよさそうだと思うけれど、それをやってしまうとレディ扱いした甲斐もなくなってしまうので何とか思いとどまる。


「ユディちゃんは本当にアイラさんのことが大好きですね?」

 と神楽が頬を緩ませて、可愛らしい・・・神楽から見てユディって何なのかちょっとよくわからないけれど、親戚の子を見るみたいに優しい顔でユディの後頭部を撫でる。

 するとユディは満足そうに「んー♪」とかわいい声をあげて口をモニュモニュする。

 微妙に体温がぬくい・・・ちょっと眠たくなりかけてる様だ。

「ユディ・・・眠るなら横になろうか?」

 旅用の大型馬車なので、座席も倒せるし、後ろ、ボクたちから見て左手側にもユディくらいの子どもなら数人寝られるだけのスペースも用意してある。

 甘えたがっている子が多いのでみんなでくっついて座っているけれど、寝るならちゃんと横になったほうが気持ちいいし、危なくない。


「んーぅ・・・でも、お姉ちゃんたちはおきてるでしょぉ?だったらぁユディもおしゃべりしたりしてたいなぁ」

 どうも一人で寝ているのは寂しいみたいで、眠たそうにしながらもボクの胸とついたり離れたりしながらつぶやく。

 整備された街道に入ってからは馬車の揺れが穏やかかつ一定のリズムを保っていて、それがどうにも眠気を誘うのはボクもわかる。

 4~5歳の子どもの様に尻の肉付きが薄いわけでもないし、馬車の構造もずいぶんと進歩したのでそんなに痛くもない。

 そこにユディにとって救いの主となるのか、新たなお昼寝仲間候補が現れる。


「ふぁぁ・・・私もちょっと眠くなってきました・・・・ユディちゃん一緒にお昼寝しませんか?。」

 と右隣からか細い声が聞こえる。

 見ればユーリに背中を預けていたアイビスがトロンとした表情で顔を赤くしている。

 ユーリの膝に乗っているのでなんていうか眠たそうというより、情事の火照りに見えなくもないけれど、間違いなく彼女は眠たいのだろう。

「アイビスお姉ちゃんと一緒だったら・・・うん、いいよ?」

 と、ユディも一人寝ではなく同志を得られるのであればと、ようやく乗り気になった。


 このときにはすでに空気を読んでいたエッラが後部座席側にやわらかいマットを出していて子どもの3~4人は寝れる用意がされていた。

 エッラはさすがにいろいろと準備が早い、多少揺れる馬車の中、エッラがボクのほうへやってきて

「ユディ様、お布団の準備ができましたよ?」

 と声をかけるとユディはまるでゾンビかなにかみたいに両手をだらりと挙げてエッラのほうへ身をよじった。

 ボクも抱きやすい様にユディの腰を持って半分立ったみたいにしてあげると、エッラはユディの脇の下に手を入れて抱き上げた。

 抱き上げられたユディはやわらかいエッラの自前の枕を鷲づかみしながら半分顔をうずめると実に幸せそうな表情でモニャモニャとすでに夢の中にいるみたいに何事かを呻く。

 ユーリの膝から自力で降りたアイビスも多少眠たそうにしながらマットの方へ歩いていく。

 そして、もう一人、いつの間にか静かになっていたアイリスも目をしょぼしょぼさせながらナディアに手を引かれてマットの方へ連れて行かれて2分もすると、幸せそうな寝息が聞こえてきた。


 一気に馬車の座席側の人口が減った。

「ホーリーウッドまであと2時間くらいだね」

 膝の上が自由になったユーリが、同じく自由になったボクの手を自分の太ももの上に導きながらしみじみとつぶやく。

 在学中にも3度ほどはホーリーウッドに里帰りもしたけれど、限られた日程で帰るそれとこれから少なくともアスタリ湖と角笛の攻略をして、リトル・プリンセス号の完成を待って旅に出るまではホーリーウッドに住むわけで、それももう幼い婚約者同士というくくりではなく、成年の15には満ちていないとはいえ結婚した夫婦として戻るわけで、ちょっと照れくさいものだ。

 神楽も幸いにして、ボクがユーリの嫁であることを最初から認めてくれているので、誰に憚ることもなく夫婦として振舞うことができるわけだ。


「そうですね、私はほんの少ししか住んだことはありませんが、アイラさんと出会った後最初に住んだ街なので、感慨深いです。」

 と神楽もボクの逆の手をつかむと自分の太ももに置いて、さらにその上に両手を乗せた。

 両手にそれぞれに温もりが感じられて、双方が愛しいという感情と、それぞれの前でそれぞれに対してその感情を抱いてしまうこと、どちらかを選ぶことができないことの後ろめたさがボクの体を責める。

 前と違ってユーリと結ばれた後に神楽と出会ったわけではないというのに・・・。

「うぅ・・・ごめんね?」

 後ろ側にメイドたちも居るので、少しぼやかして謝罪の言葉を述べる。


 神楽もユーリも怪訝そうな顔をしている。

 伝わって欲しいと思ったけれど、さすがに無茶だった様だ。

 一人でいたたまれない空気を出してしまいどうしたものかと、うつむいているとユーリと神楽が二人してボクの手をニギニギとした。

「アイラ」

「アイラさん」

 と二人してボクの名前を呼ぶ。


「アイラは僕の一番で、カグラの一番でもある、六聖教は真実の愛を賛美しても、誰か一人のみを愛せとは言っていないんだよ?一番は君だけど、僕は真実、アイリスのこともアイビスのことも愛しているよ?」

「私がアイラさんにとっての一番の女の子で、ユーリさんが一番の男の子、それでいいじゃないですか?」

 と両方の耳横で、二人が囁く。

 ゾワゾワとこみ上げる感覚は甘美で、ボクが等しく二人のことを愛してしまっていることを強く実感させる。

「うん・・・」

 頷きつつ、やっぱり悩む。

 この背徳感はボクが日ノ本の一般階級の人間だったからこそ感じる背徳感なのだろうか?


 確かに日ノ本でも大名家や貴族家は側室を持っていたし、朱鷺見台の十家の本家筋の中にも、複数の妻を持つ方が居た。

 イシュタルトではより顕著で、一般の農民や町人は人頭税やらの関係で一夫一婦になっているところが多いけれど、裕福な商人や貴族は側室を持つ者も多く居て、それは教会の教義に反するわけでもなければ、人から後ろ指差される行いでもない。

 無論権力や策謀により無理やり手篭めにして・・・なんかは犯罪だけれど


 何せイシュタルトでは兄妹姉弟や母子間の結婚すら認められている。

 無論正しい教育をした上で、本人の自由意志は奪わずにという条件はつく、年端もいかない子どもをだます様にしてとか、命令してというのは許されない。

 でも日ノ本人の暁としての感覚でいえばそれはひどく背徳的な行為だと感じる。

 結局は原初身についた社会性の違いなのだろう。


 実際身近なところではユミナ先輩とジル先輩、ラピスの実姉と義姉にあたるあの二人はすでに結婚している身でありながらお互いに7~8歳くらいのころからの一番メイド関係も継続しているという。

 ユミナ様が割りとオープンな方で「信用できる身内」には明かしており、ラピスとヒースも自分たちが本来の、前世の性別と互いに反転しているからか、その地球の一般人感覚で言えば倒錯している男女関係を、別段気にした様子もなく受け入れることができている。

 また本来の夫たち、ジャスパー先輩とトーマ先輩もユミナ先輩とジル先輩の愛人関係を納得しているために問題とはならなっていない。

 あれも「真実の愛」の形のひとつとして受け入れられているということだ。


 リリーとしての記憶を持ち、男でありながら一番メイドの文化も詳しく知るユーリから見れば、ボクのこの気持ちはユミナ様たちのそれとそう変わらないのだろう。

 十家の本家筋に生まれ、大名家や貴族家との交流もあっただろう神楽は、その若さもあってこちらで触れてきた文化も柔軟に吸収してきたのだろう、若いって言うならボクだって若いはずなのだけれど、下地の部分が異なるのだ。


「ユーリ様、アイラ様、お三方ともお休みになりました。」

「お仕事を忘れてしまうくらい眼福な、可愛らしい寝顔でした」

 やがて3人が完全に寝付いたのを確認したのかエッラとナディアが座席のほうに戻ってきた。

 ボクの思考は霧散する。


 こちら側と違い、後部側は軽くカーテンで仕切られて、窓も隠して、薄暗くなっている。

 中ではきっと3人のかわいい妹たちが無垢な寝顔を見せているのだろう。

 満足気に微笑む二人のメイドの表情がそれを物語っている。


「私、ちょっと覗いてきてもいいですかね・・・?」

 と神楽が心引かれた様子でそわそわする。

 神楽もボクの周りに居る多数の女の子の例に漏れず、小さくてかわいい子が好きだ。

 神楽から見てボクもその枠に入っているのかどうか非常に気になるところだけれど・・・。

「ボクも見たいから一緒に行く。」

 そういって大して揺れないとはいえ動いている馬車の中でお行儀悪く立ち上がってしまう。

 ボクだってかわいい妹たちの3人並んだ寝顔は見たいのだ。

「僕の奥さんと妹だからね、僕も見る。」

 と、ユーリも名乗りをあげる。


 残り2時間弱の道程はやっぱりしんみりとした空気にはならず。

 カーテンの隙間からたまに漏れ聞こえてくる3人の寝言にクスクスと笑ったり、中毒性のある寝顔をチラチラと盗み見したりしながらボクたちは過ごし。

 馬車は穏やかに、確実に、懐かしきホーリーウッドへと轍を辿っていった。

馬車数台で、飽きない様にメンバーを入れ替えながら帰っています。

スザク家の人間は今後この名前を正式採用します。


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