第8話:早すぎる再会1
9月、季節は冬になりにイルタマ(ジャガ芋そのものの食べ物)の最後の収穫も終わり、イルタマ煮のお祭りも終わり、あとはもう年を越すまで保存食作りと繕い物くらいしかすることがないこの時期。
僻地の村ウェリントンには幸せなニュースが立て続けに駆け抜けていた。
9月27日、モーラとノラの家に新しい家族、弟ソラが誕生した。
9月30日、トーティスのアプローチが実を結び、アンナとトーティスが結婚することになった。
9月32日、夏にトーティスにフラれて傷心していたキスカが、サルボウと結婚することになり、2組の結婚が年度明けの同じ日に行われることになった。
9月34日、長い間妊娠せず悩んでいた罠師のマーティンの妻グレイスの妊娠が発覚した。
毎日立て続けに知らされる明るいニュースに小さな村は沸き、農閑期で日中暇なのをいいことに村人たちは毎日の様に広場に集まって、狩の成果やイルタマや栗の酒で酒盛りをしてすごしている。
そして今年も残り一ヶ月を切ろうとしていたそんなある朝のことだった。
---
「もぅ!お父さん!!朝から酒盛りとかは止めさせてよ、せめて夕方からとかにして欲しい!」
村長であるエドガー・ウェリントンの家では朝から長女サークラの怒りの声が響いていた。
最近慶事が多く、また今年は一年通して豊作であったため酒や食料の備蓄も多く、ここ数日連続して行われている酒盛りのせいで、彼女の妹や幼い友人たちが広場を通るのを怖がっている。
またサークラ自身がお酒によって理性の箍が外れた大人たちがちょっと怖いというのもある。
せめて子どもたちが家に帰った後ならばまだしも、昼間から広場で浮かれているのでは子どもたちから見えない様にするのも難しい。
また例年であれば、春先用の保存食作りと村の安全のために大規模な狩をしている時期であるのに、普段加工のために使う広場が酔っ払いでつぶれていて使えないため小規模なものになっている。
村の女たちは、来年頭の作付けから最初の収穫までの時期に食料が足りないのではないかと不安になっているが、男たちは少し狩りの時期が遅れても大丈夫だろうと油断している様であった。
「そうはいってもな、この村には娯楽も少ないからみんな祝いの酒が飲めてうれしいんだよ。」
「でも!そのためにアイラやアイリスが教会に行くのに酔っ払いに絡まれたり、私やエッラは酔っ払ったハンスに迫られたわ、あの人アンナさんに惚れてたから」
朝食の支度を手伝いながらエドガーに文句を言うが、その手は滞ることなく家族全員分のポーチドエッグが出来上がるのに5分とかからなかった。
続けてサークラは塩漬けの猪型魔物の肉を焼き始めると残りは母であるハンナに任せてエプロンをはずした。
その様子を見てエドガーは安心する、エプロンを外したということはサークラは今から妹たちを呼びに行くところであり、妹たちを呼ぶということは今朝の小言はひとまずおしまいだからだ。
鼻歌交じりに食堂を出て行くサークラの背中を見送りながら、エドガーはため息をついた。
「なぁ俺は狩りと設備の補修に参加してるからソラの誕生祝いしか酒盛りには参加してないんだが、何で俺がサークラに怒られてるんだ?」
ぼやくエドガーの前の皿に焼きあがったばかりの、子どもの手のひらくらいの大きさのパンを置きながらハンナは応える。
「エド・・・貴方は村長でしょ?それにサークラみたいな若い娘が男衆に強いこと言えるわけないじゃない?」
「いや、そうかもしれないが・・・あんな詰るみたいに言わなくってもいいじゃないか?ちょっと泣きそうだったぞ・・・?」
エドガーは双子が生まれるくらいまでは、『お父さん大好き!おっきくなったらおとーさんのお嫁さんになる!』なんて言って、毎晩の様に夫婦のベッドに侵入してきたサークラが、僅か5年足らずでここまで言ってくる様になるとは思っていなかった。
そこに今まで黙って座っていたトーレスが一言。
「たぶん昨日カルロスさんが、酔っ払ってアイラにお酒を飲ませようとして、断られたら今度はお酌させようとしてたからだと思うよ?」
ボソリと言った。
それを聞いたエドガーは頭をかきながら
「あー、そりゃだめだな、ダメだ。サークラが怒るわけだよ・・・。」
カルロスは賢い子ども好きで有名な村の年長組で、幼いながらも賢いアイラをいたく気に入ってるのは有名だが、サークラのアイラへの愛の注ぎ方と独占欲は姉妹のそれをはるかに越えているのだ。
「でもまぁアイラのことだ。怒らせないように断ることができたんだろ?」
「うん、それはもうばっちり、『自分の初めては必要なこと以外、全部将来夫になる人のために取っておくので・・・』っていって断ってたよ。本当に5歳前なのかな?」
「うん、さすがアイラだ。将来どんな家に嫁入りするか今から楽しみだな・・・。今からそんなに思われているなんて、ちょっと殺意が沸きそうだ。」
笑いながら言うトーレスもアイラを含め自分の姉、妹たちに対して強い愛情を示しているので、きっとうちの家は家族愛の強い家なんだろうと、半ば呆れつつもエドガーは納得した。
----
一方子ども部屋ではアイラが起きてからすでに3時間ばかり経過していた。
彼女は今朝はなんとなく胸騒ぎがして早く起きていた。
何か自分にとって大きな出来事がある気がして、明け方あたりで目が覚めて、その後寝付けなかった。
それでなくてもここのところ前世と状況が違いすぎて、自分が何をしたせいでそうなったのか悩んでいるところであった。
彼女の前世と比べてすでに、自分の生まれた時間帯、サルボウとキスカの結婚のタイミング、剣術の練習のタイミング、トーティスとアンナの結婚、そしてグレイスの妊娠。
大きなものだけでこれだけの違いがあり、それ以外にも家畜化されている動物が少し増えていたり、柵の設置範囲や畑の規模が少し大きくなっていたりする。
しかしどんなに真面目に悩んでいても、幼い彼女の容姿ではちょっと眠たくて不機嫌なのかな?という風にしか見えないし。
事実眠たかった彼女はその日少し不機嫌だった。
それでも彼女は日課としている妹二人の世話を焼いて、2歳にならないアニスすらもすでに朝のトイレと布オムツを含めた着替えを済ませた状態で姉が起こしに来るのを待っていた。
本当なら勝手に食堂に起きて行ってもよいのであろうが、妹たちを起こしにくることに一種の満足感を得ているらしい姉のために、学習室が休みの黒曜日は寝巻きのままでベッドの中で待つくらいのサービスも忘れないのが世渡りもできるアイラの朝の過ごし方だ。
「おはよー、私のかわいい天使たち!」
サークラが満面の笑みを浮かべて妹たちの寝室に入った。
すでに用を足し身支度を整えていた下の2人は床に座って積み木遊びの最中、真ん中の賢い妹は窓辺で何か考え込んでいる。
それを見たサークラは手近な2人にまずは軽やかにハグ
「みんな今日も自分たちだけで起きられたねーえらいねー。」
知らない人が見れば童顔の母親かな?と思えるほどの熱烈な抱擁と注がれる愛は、幼い二人が笑顔になるには十分なものだ。
「おはよーおねえちゃん」
「おはよーサーおねーちゃん」
「ぉあよぅっ、おあよ?」
自分で発した言葉が姉の挨拶と少し違うことに首を傾げるアニスの姿にも身悶えしたサークラは熱烈なキスの雨を末妹のおでこに降らせた。
それから本命、窓のほうからこちらに歩いてくる、妹の朝からしっかりした足どりに、あぁ今日もこの子の姉としてがんばらなければ!と自分の気持ちを再確認するサークラであった。
----
(エドガー視点)
老朽化した防護柵を外し、新しく用意した木材で作った防護柵を設置していく。
村に近いところに出る魔物はエントタイプの動きの遅いものが多いので、こんな柵でもかなりの時間が稼げる。
むしろ普通の猪ややたらと村の中に侵入してくる怖いもの知らずのイタチの仲間のほうがよっぽど恐ろしい。
あの爪で子どもたちに襲い掛かりでもしたら・・・と本気で不安になる。
何せ武器を持った大人にでも怯えることなく食べ物や家畜を奪いにくるからな・・・
それゆえに大体村に来たものは返り討ちになり、侵入してくる個体の数が増えずにすんでいるが
朝の話は驚いた。
カルロス爺さんたちにはとりあえずやんわりお願いしておいたが・・・アイラの成長度はなんていうか、やばいな。
アイラももうじき5歳の誕生日だ。
動物も怖いし5歳のお祝いのとき、アレを持たせてやるのも良いかもしれない
(ちょっと兄貴に相談してみるか・・・。)
エドガーは今でも実家とたまに手紙をやり取りしていたが、この日用意した手紙がこの村の運命を大きく変えることを、まだ知らなかった。
サブタイでネタバレしている気もしますが、前作を見てない方にはネタバレにならないはず・・・?
ウェリントン編は前作のウェリントン編と同様アイラの幼少期の舞台という位置づけですのでアイラやアイリスを長い間縛っておけるほどの力はありません。
今日はあわよくばもう一本投稿できればと思っております。