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第100.7話:回想、魔剣回収ダイジェスト2

 飛行盾の上で食事を済ませ、昼3時半頃にマナナタウン上空に到着したアイラたちは、目立たない様にと、近隣の雑木林に着地してから徒歩で町に入った。

 マーガレットを除く全員がまだ子どもに見える身長と若さであったため、宿を取るのに多少は苦労したものの、無事部屋を取ることができた一行は明日の水晶谷攻略のための打ち合わせをするのだった。


------

(アイラ視点)

 マナナタウンに着いたボクたちは、部屋を2つ取った。

 部屋はボクとユーリとカグラとナタリィで1部屋、マガレ先輩、フィサリス、エッラでもう一部屋に分かれたけれど、ひとまず広いボク達側の部屋に集まって、明日の段取りを打ち合わせている。


「それから明日向かう水晶谷には、通常の魔物以外に、ダンジョン魔物空を征く魚ペンギンがいます。」

 ナタリィは、フィサリスが入れたお茶を飲みながらダンジョンの状態を一つ一つ教えてくれた。

 一つ、水晶谷は古代樹の森と同様野外フィールド型ダンジョンで、ヘルワールの様な洞窟ケイヴ型や、紅砂の砂漠の様な遺跡ルイン型と違い、地形的には中心部近くまで直接空を飛んで乗り込むことができる。


 一つ、水晶谷には鳥型魔物が多く、通常の食事以外に水晶谷の鉱石を食べていて、その効果なのか総じて対魔法抵抗力が高いこと

 一つ、通常のフィールドに見られる様な人類種に対する繁殖衝動がほとんど見られない魔物が多いこと

 それからペンギンへの注意事項・・・。


「ペンギンはサテュロス大陸の魔物の中でも特に空戦能力に長けた魔物です。一説にはワイバーンすら超える空戦能力を持つと言われています。」

 ナタリィは淡々とした口調でペンギンの説明をするけれど、実物を見たことのないボクと、たぶん神楽も、頭の中にはブリザードの中コロニーのヒナ鳥を守るために肉壁となるエンペラーなやつを想像している、そうじゃなければ岩から岩へ跳び移って海と営巣地を行き来する眉毛のイカしたヤツかも知れない。

 しかし、ナタリィが説明してくれるその容貌はボクが想像したものとはまったく異なる恐ろしいものだった。


 曰く、身の丈は2m超え、腹には頑丈な骨格が露出していて地上にいるときは腹ばいに滑走、助走をつけると風魔法で空を泳ぎ縦横無尽、着陸するときは腹の骨格で岩を割り裂きながら、眼球が飛び出し気味で、太く長い嘴には歯がびっしりと並んでいる。

 嘴といっても鳥の様なものと異なりどちらかというと、インドガビアルの様な口吻部が長いだけの爬虫類顔、羽毛ではなく鱗のある体で劣化竜に近い魔物だとされる。

 何よりも厄介なのは、3~6体程度で群れること・・・。


 無論ペンギン以外の魔物も存在するので、ペンギン対策するだけでは足りない。

「本来、水晶谷は何箇所かに仕掛けがあって、それらを解除することで中央の魔剣が封じられている台座が作動します。しかし今回は、私が光の精霊に力を借りますので、それで解除できるはずです。ですので仕掛けの類はすべて無視して、最短・・・この場合は最も危険なペンギンを避けるため、狭い渓谷部分を選んでのほぼ最短で行きましょう。」

 ナタリィが、水晶谷のものと思われる簡易的な地図を取り出して説明する。

 ペンギンは水晶谷外縁部のいくつかの崖の上で巣を作っておりその周辺を餌場としている。


 これはペンギンがでこぼこな地面からはうまく飛び立てないため、狭い警告部分に落着すると徒歩で上に戻る必要があるためだ。

 風魔法で飛翔する前に十分な加速か、高さがないといけないらしい。

 そのため硬い地面の上を滑走して、もしくは崖の上から滑り降りつつ飛ぶ。


 そして渓谷の内部側では逆にペンギンという捕食者から逃れる様に小型~中型の陸棲鳥魔物が、地上や斜面などそれぞれ暮らしており、さらにその卵を狙うトカゲ魔物が生息している。

 彼らは小型のものは植物や鉱物を食べ、中型のものはその小型魔物を食べ、そして中型はちょっと下手をうつとペンギンに攫われる。

 ここの魔物は繁殖衝動が自種族に向けられることが多い分、しっかりと食物連鎖が出来上がっているらしい。


 よく前周のジョージは攻略できたものだと思う。

 空を飛ぶペンギンなんて魔物は一般の兵にとっては脅威だ。

 単体で沸くならともかく、小集団で群れるワイバーンクラスの魔物なんて性質が悪い。


 せっかく空を飛ぶというアドバンテージが活かせそうな地形なのにペンギンのせいで結局外縁部よりも遠い位置に着陸して、ペンギンの目を盗みながら谷に侵入して、狭い道を選んでたどり着かないといけないのだから。


---

 翌朝、うまくやれば今日中に王都に帰れないこともないので、明け方に宿を出た。

 町から少し離れてから飛行盾に乗り、隠形術で存在感を隠しながら水晶谷近辺まで移動した。

 その後地面に降りやはり隠形術と黒霞の娼婦ナイトメアアサシンで味方全体を隠しながらの移動。

 ナタリィとマガレ先輩にナイトメアアサシンを見られるのは少し恥ずかしかったけれど、安全な移動には代えられない、ナタリィは女の子だしすでにダークホーススターも見せているので抵抗感は少なかった。


 それでもやっぱりこんな早い時間から、夜這いを目的として設計されたというこの夜の戦闘服を着ている自分という、自分でも直視し難いものを、6人もの恋人と友人に見られているのだと思うと、恥ずかしいを通り越して、ヘンな趣味に目覚めてしまいそうなほどだ。

 現にさっきから体が心なしか熱い気がする・・・あぁそうかナイトメアアサシンには高揚の効果もあるんだったか・・・。


「アイラ?大丈夫・・・?」

 いつの間にボクは立ち止まって居たのか、ユーリが心配そうにボクの顔を覗き込んでいる。

 とうに誕生日も過ぎて13歳になっているユーリ前周よりも体格の育ちは早いけれど、その容貌は前周よりも柔和で可愛らしい。

 そんな彼の心配そうにゆがめられた眉が、長い睫が、そして瑞々しそうな唇がボクの目の前にあった・・・。

 いつもなら、魅力的な彼のその容貌にときめくところだろうけれど、今はタイミングが悪い。

「だ、大丈夫、ちょっと考え事しちゃっただけ、ゴメンゴメン立ち止まっちゃった。」


 笑いながらごまかすボクを不安そうに眺めるユーリの、その唇を舐めればどれだけどれだけ気持ち良いだろうか? 

 いや知っているんだ。

 彼の唇の柔らかさも、その熱もボクは何度も味わっている。

 でもこんな屋外では、軽いキスをしたことはあっても、貪る様名ことはしたことがなかったなぁと思ってしまうと、なかなかその魅力的な誘いから、目を背けることができなかった。


「アイラ、本当に大丈夫?」

 なおも問いかけるユーリに、他のみんなも心配そうにボクを見ている。

 その中でも想い人の一人である神楽の視線は、なかなか刺さるものがある。

 具体的にいえば、ユーリに対してはしたなく興奮してしまっている自分を、大好きな神楽に見られて喜んでしまっている。

 これは正常ではない、明らかにナイトメアアサシンによる高揚の作用だろう。


「アイラさん、お辛いなら一旦休憩されたほうが・・・」

 神楽だけは、ナイトメアアサシンの作用をしっかりと把握してるのでおそらく思い当たったのだろう心配そうにしながらボクの背中に手をやる。

 その温もりは、通常の体調不良の時ならとても安心できるものだったのだろうけれど、今のボクには少し刺激が強かった。

 なにせ大好きな女の子の体温に触れたのだから、それは興奮してしまうだろう。

 ドキンドキンと胸が高鳴る。

 正面を見ればユーリのかわいい顔がなおもボクを不安そうに見つめている。


 少し左を見れば15歳の神楽が少し前屈みになってその右手をボクの背中に回しているのだけれど、屈んだ彼女のほどほどに成長した胸元が強調されて、服越しにも確かにその存在を主張するなだらかな丘陵が間近にある。

 無論その柔らかさだって知っている、何せ女同士遠慮することなくすでに何度か触っている。

 その心地よさを思い出してしまい、触りたくなる。

 いや、ボクがこんな気持ちになってしまうのは鎧衣のせいだ・・・流されてはいけない。

 そう思って顔を上げるけれど、そこにはなお魅惑的な唇が・・・・。


 顔が熱くなる・・・。

「う、むぅ・・・そうだね・・・このあたりなら目立たないと思うし、少し休憩にしようか・・・。」

 予定では一気に水晶谷の魔剣の場所まで駆け抜ける予定であったけれど、実際興奮しきった状態は辛い。

 ナイトメアアサシンの高揚は対象と効果量をある程度決めることができるけれど、困ったことに自分が範囲から外れない。

 それはまぁ、自分が夜這いを仕掛けるための装備なのだから、自分が対象から外れないのは仕方ないのかもしれないけれど・・・厄介な魔物が居る場所という緊張感、一番大好きな男の子と一番大好きな女の子に囲まれている環境。

 思春期真っ只中のアイラボクでは、自動的、肉体的に高揚させられるこの環境には勝てない。

 かといってここで衝動に身を任せるわけにもいくまい・・・。

 ならば一度鎧衣を解いて、気持ちを落ち着けるのは大事なことだろう。

 なにせもう2時間近くも鎧衣を身に着けて歩いている、休憩にもちょうど良い頃合だろう。


「アイラのおかげで、魔物に全然出会いませんでしたからね、ここで休憩をとっても全然余裕ですよ」

「それは少し遅くなりましたが朝食にしましょうか、といっても軽めのものですが」

 とナタリィも休憩に賛同してくれて、エッラ適当な斜面を見繕うと、厚手の布を広げた。

 マガレ先輩が周囲を警戒してくれているので、ボクは隠形術を解除し、鎧衣も解く。

 代わりにというわけではないだろうけれど、ナタリィが何かの魔法を唱えて、地面に広げた布の中央にランプの様なものを置いた。


「ナタリィそれは?」

 とユーリが尋ねると、ナタリィは微笑みを浮かべながら

「簡単な魔物除けです、一部の街道に置かれてる様なのと基本は同じものですね」

 と説明した。

 なるほど、大きな街道や、悪魔の角笛の山道には魔物除けがある、それと同じものを龍たちも携帯できる道具として持っているのだろう。

 イシュタルトで買おうとすると大変高額になりそうだけれど、今後のことを思えばそれも用意しておいて損はなさそうだ。


 夏野菜のちょっと苦めのスープを飲み、しばらく休憩していると、昂ぶっていた気持ちも徐々に落ち着いてきた。

 それでも気持ちが穏やかになるにつれ、寂しさみたいな気持ちが強くなってきたので、ボクは人前でも憚ることなく関係を公言できるユーリに甘えた。

 そもそも食事中から左に神楽、右にユーリに挟まれていたのだけれど、食後少し横になったらとユーリがボクに勧めたので、ユーリの膝を枕にして、神楽におなかと胸の間をさすられて、危険な土地だというのにすっかりくつろいでしまった。


 水晶谷は、さすがにその名前だけあって斜面のいたるところが水晶というより、斜面と地面の大半が水晶で、どこが普通の地面なのかわからないくらいキラキラとしている。

 たまに普通の土の地面があってそういうところにちょっと草が生えている。

 寝転がって空を見上げると、水晶に照り返した日差しがそこらに反射して幻想的な風景を作っている。

「キレイな所ですね」

 ボクの視線に気づいてか神楽がシミジミとつぶやいた。


「うん、そうだね、なくしちゃうのは惜しいくらい」

 ここはキレイな場所だけれど、危険な場所であり、邪魔な場所でもある。

 魔剣を回収すれば、ここは徐々に縮小し、魔物も数を減らし人が住むスペースが広がる。

 そして、それはイシュタルトにとって利益のあること。

 ここでも本当ならなにか魔物素材が採れるのだろうけれど、ペンギンが居るためあまり有効活用されていない。

「僕たちだけでもしっかり焼き付けておこう」

「コホン」

 ユーリと、神楽と3人でまったりとしていると、ナタリィが小さく咳払いをした。

「一応魔物も居る土地ですなのから、ほどほどにしましょうね。」

 そういいつつナタリィも仰向けになってフィサリスの膝を枕にしていたけれど。


 都合1時間ほど休憩したボクたちは再度歩みを再開した。

 もう十分ペンギンの縄張りからは離れただろうと今度はかくれんぼシフトではなく、地上にいる中型魔物との戦闘用の隊列を組む。

 すなわち・・・・


「これがアイラの作った鎧ですか、聞いてはいましたがセントールのグソクと少し似ていますね、でもこちらのほうがより鎧らしくスムーズに動きますね。」

 と、ナタリィはボクが持ってきた汎用セイバー装備(個人識別なし)を装着して、体を捻ったり屈めたりして、柔軟性をチェックしている。

 ここから先は体を大きく見せて地上の魔物を威圧しながら水晶谷の中央を目指すのだ。


 そこでボクは試作品の新型汎用セイバーをナタリィに渡し、マガレ先輩も卒業時に貸与した新型、カノン系列から発展させた新機軸の鎧アークィバスを装着した。

 アークィバスは現状一領しか存在しないマガレ先輩の鎧で、稼動に用いる魔石回路をすべて火精石系の素材に統一している。

 通常であればうまく作動しないが、マガレ先輩に限ってはそれでうまく動くというか、全身を自分の体の一部の様に動かすことができる。

 セイバー装備自体鎧であり、装着者は常の鎧と同じ様に纏って動くが、ギガントセイバーの様に体より明らかに大きいものや、カノン装備の様に人体にはない部分が存在する鎧には魔石回路や結晶魔法技術を使って魔法力操作している。

 その伝達に用いる回路を火精石から作ると、通常ならうまく伝達させられないが、マガレ先輩に限っては神経がつながっているかの様に動くのだ。

 結果全身の関節から、装備にいたるまですべてを火精石を用いた、高速射撃戦専用鎧として完成したのがアークィバスだ。


 たとえば主武装のブレイズピアサーは前周の魔力銃と魔力筒の設計を流用しているが、威力ははるかに増しており単発の魔力弾でも鉄の板を貫通できるほどの熱量を確保している。

 通常時の魔砲や魔導砲とも異なり狙ったものを撃ち貫き炎上させる直射熱光線銃ブレーザーライフルモード、銃身の先端に真っ白な炎の刃を発生させる火閃槍フレイムスピアモード、目標に突き刺した後爆発する火精石を内蔵した槍を射出する擲弾槍グレネイドジャベリンモードと3つの形態を持つ複合武装で、これのモード変更や、擲弾の爆発是非の操作などもマガレ先輩であれば可能だ。

 他にもいくつか新機軸の装備を搭載しているが


 さすがに全員がセイバーをつけて動くと狭いので、一番前を歩くナタリィと、一撃が軽くペンギンとの相性が恐らくもっとも悪いため、マガレ先輩がアークィバスを装備して最後尾を歩く。

 アークィバスはその目として彼女に懐いている火精霊も協力してくれていて、その視野は素のマガレ先輩と同等である上、通常なら見えない物陰に居る魔物なども火の精霊が気付けば教えてくれるという優れものだ。



 たまにトカゲ型の魔物を追い払ったりしながら、しばらく歩いていくとナタリィがふと足を止めた。

「止まってください、困りました。」

 そういってナタリィは、初めて装備したとは思えないほどスムーズな動きで岩壁からその向こうを覗き込む。

「どうしたの?ナタリィ」

 ユーリがナタリィに尋ね返すとナタリィは状況を説明し始める。


「もうじき目的の場所なのですが、ここから100mほどあまり幅の広くない直線の道になるのです。ただその向こうの方に、なぜかペンギンが居ます。このあたりには巣はないはずなので、転落してきたのだと思われますが、場所が悪いです。こう狭くては、ペンギンの突進をかわす場所もありません」

 ナタリィに倣いボクも岩陰から顔を出して奥を確認すると確かに一匹でかいのがいる。

 しかし見たところ横たわって突撃してくるには道幅が狭い、これなら、途中で詰まりそうなものだけれど・・・?


「アイラ、あれなら突進できなさそう・・・と思ってますね?ペンギンは突進してきますよ、岩肌・・・いえ水晶肌でしょうか?削りながら突っ込んできます。空にこそ上がれないでしょうが、結構なスピードでつっこんできます・・・間違いありません」

 そういってナタリィは一度こちらに引っ込んだ。


「どうします?ペンギンって厄介なんですよね?」

 とマガレ先輩が、ナタリィと入れ替わりで壁からちらりとペンギンの様子を見る。

「そうですね、魔法による強化ありきとはいえ、岩を砕きながらも動ける様な硬い骨格と、あの体の大きさから来る攻撃力がありますからね、普通の刃物や打撃はほとんど通りませんし、一度あたればこちらは大ダメージを受けます。通常ならですが・・・幸い私たちにはアイラが作ったセイバーがあります。この直線なら逆に接近さえしてしまえば、ペンギンの突撃力は発揮しきれないでしょう。」

 そういってナタリィは手ごたえを確かめるみたいに、手をグーパーする。


 ナタリィに渡しているセイバーは汎用型で特に尖った性能はないが、タイガータイプの攻撃にも余裕を持って耐えられるものだ。

 確かにペンギンの突撃も耐えられると思われる。

 だからといって、女の子に正面から危険な魔物の攻撃を受け止めるなんてことをさせたいと思うわけでもない。

「ナタリィ、ウェリントン南西にでるワニガメは知ってる?」

 と、とっさにナタリィに尋ねた。


 ワニガメは亀島よりも奥地にある湖の最も遠い所に少数生息している6mほどの巨体を誇る大型魔物で、ペンギンと同じく劣化竜にも数えられる厄介な物だ。

 名前の表す通りワニの様な頭部を持つ巨大な亀の魔物で、頑健な甲羅と強靭な顎を持っている。

 首肯してみせるナタリィにボクは続ける。

「アレとどっちが硬い?」

 ナタリィは、考え込むそぶりを見せた。

 自分がどう答えるかによって、ボクがどう動くかを考えてしまったのだろう、やさしい子だ。

 前周でほとんど知らないオルセーの死病のために泣いてくれたあの子なんだなと、納得できる。


 しかし、5秒ほど考えたナタリィは答える。

「ワニガメのほうが、硬いです。」

 ナタリィは重々しく、悲しそうに答える。

 ボクを止められないと判断したのだろう。

 止める理由がないと思ったのだろう。


「じゃあ、ボクが斬ります。」

 そう言ってボクは愛刀・暁光と払暁を構える。

「じゃあ僕がバックアップするかな、君が出た後2秒で僕も突っ込む。」

 ユーリが、盾の剣を取り出しながら補助を申し出る。

 危険ではあるけれど、ユーリが一緒だというなら心強い。


「バ、バックアップなら私が・・・」

 とマガレ先輩が言い出すけれど、ボクは手でそれを制した。

「マガレ先輩は後方と上空の警戒をお願いします。ペンギンにはなるべく気づかれる前に斬りかかりたいから、ボクはまたコレで行く」

 そういいながらその場で再びナイトメアアサシンへ変身する。

 本当は、ひ弱なアイラの体で接近戦は遠慮したいところではあるけれど、ペンギンの群れを誘引しないためには、なるべく一撃で、音を立てない様に倒すべきだろう。

 その点について、ボクの能力とナイトメアアサシンは非常によくかみ合っている。

 使える魔法の多いアイラの体と、魔法や能力を付加して使える暁の光弾の相性は非常に良く、さらに朱鷺台で身に着けた加速の能力に、暁の隠形をさらに強化できるナイトメアアサシンの鎧衣は、こと奇襲、暗殺という作業においては無類の性能を持っていると言えよう。


「カグラとフィーは、マガレ先輩と後方の警戒、ナタリィは周囲、エッラはボクたちのほうに、一応ユーリのさらにバックアップをお願い。」

 役割を割り振る。

 見たところペンギンは一体、詰め寄って首を落とすだけだ・・・。

「じゃあタイミングはボクに合わせてね」

 暁光と払暁の両方に光を纏わせる。

 ボクは、岩陰からペンギンとの距離、ペンギンの向きを確認すると、なるべく死角になるであろう通路の右端を走ることにした。


 呼吸を整えて・・・・

「行く!」

 小さく号令を掛ける。

 アイラの体はひ弱だから、一発でもまともに受ければ無力化されるだろう。

 でもナイトメアアサシンと持ち前の隠形で気配を消し、目視もし辛くし、加速し、光輝剣を携えた一撃ならば、敵に当てられるより先に敵を無力化できると信じる!


 一歩ごとに、8mほどずつ距離が縮まる、そして12歩ほど駆け抜けたところで気付く・・・。

「(もう一匹いる!?)」

 ボクたちの見ていた位置からは死角になっていた場所、岩陰に、もともと見えていた物よりも二周り小さいペンギンがいて、どうやら親ペンギンだったらしい大きな個体は小さな個体を見つめて、まるで何かを語りかけているかの様に見える。

 そして、それを見た瞬間ボクは躊躇してしまった。


 このペンギンは親子なのか?ボクは子供の目の前で親を殺すのか?

 このペンギンは本当に殺すしかないのだろうか、あるいはベアトリカの様に分かり合えるのではないか・・・?と


 そしてその逡巡はボクの存在に気付いた子ペンギンの声によって途切れる。

「ギシャァァァァァ!!」

 不愉快なノイズの様な叫び声、ボクの姿を認めた子ペンギンがあげた声は親にもすぐに伝わり、振り向いた親ペンギンは、大きな口を開けてボクのほうへと、前傾姿勢をとった。

 今から突撃してくる・・・そういう格好だ。


 迷いは捨てよう、コレは敵意を持った魔物だ。

 幸い目の前で口を開けてくれているわけだから、叩き込めばいいだけだ。

「(最大加速!!)」

 瞬間的に3倍加速から、現在安定して利用できる最大値の10倍加速を発動させる。

 安定といっても7秒以上使うと目がチカチカして、中級治癒魔法を掛けてもらわないと歩くこともできなくなるため3秒程度までしか使わないことにしているけれど・・・・。


 格段に鈍くなった視界の中で、ボクはいくつかの攻撃魔法をセットする。

「フレイムランス!フォトンバレット!ストリームアロー!ソリッドカノン!~水槍、城を穿て~トリアイナ」

 思いつくままに攻撃用の魔法を親ペンギンの口に向かって放ち、着弾を確認しないままもう一匹の子ペンギンに向かって斬りかかる。

 推定子どもとは行ってもその大きさ1m後半はあり、ボクよりもはるかに大きい、とはいえ城壁やアシガル鎧さえも容易く切り刻むボクの光輝剣はたかが大型の魔物の骨格など物ともしなかった。


 返り血を浴びることさえなく、そのまま通り過ぎると加速を解除する。

 急激な感覚のズレに少し気分を悪くしながら、背後に破裂音を聞く。

 振り返れば、頭が木っ端微塵にはじけとんだ亀に似た何かの屍骸と、頭部と頚部が寸断された爬虫類顔の魔物が横たわりゆくところであった。

 ちょっと気持ちが悪い・・・。


「アイラ、お疲れ様。」

 すぐに追いついてきたユーリが、ボクの方に手を置く。

「アイラ(さん、様)」

 と、ほかのみんなもすぐに追いついてくる。

「アイラ様、流石です・・・といいたいところですが、私は怒っています。」

 とエッラは少しほほを膨らせている。

 エッラはボクの前まで歩いてくるとボクにしがみついた。


「エッラ・・・?」

 つぶやくボクにエッラは全部わかっているといわんばかりに、無言で抱きしめた。

 そしてしばらくボクの背中をなでていた、不思議なことに、ペンギンを殺した時からこみ上げてきていた、ムカつきとかまとわりつく不快感が和らいで、代わりにエッラのことを姉の様に慕っていた頃の、まだアイラ慣れしていない幼い気な不安感が湧き上がってきた。

「エッラ、ボク・・・」

 躊躇してしまった、もう躊躇わないと決めたはずなのに、今のボクの躊躇いが、ボクをほかのみんなを危険に晒したかもしれない、それを思うと怖くなってしまった。


 そんな不安も全部わかっているといわんばかりにエッラはボクを抱きしめる。

 エッラの大きな胸がボクの顎の辺りにあたって、柔らかさ、温かさ、ちょっと甘いにおい、そのすべてがボクを甘えたがりの子どもに戻してしまう。

「アイラ様はお優しい方ですから、考え過ぎてしまわれたのですよね・・・」

 優しい口ぶりで諭すみたいにボクの背中を撫でてくれる。

 それでみんなボクに何かあったのだろうと察して、落ち着くのを待っていてくれた。


 それから落ち着いたボクは再びみんなとともに歩き魔剣を回収した。

 ペンギンを狩った場所からは10分ほどの距離であった。


 ナタリィが台座に手を当て、何事かをつぶやくと台座が持ち上がり、その中から美しい剣が姿を現した。

 幅15cm刃渡120cmほどの大剣、外見は水晶の様に透き通っていてとても美しいけれど、持っている能力は魔力を奪い結晶化させるという物、非常に恐ろしく、致命的なもので、他の魔剣と比べても特に危険度が高いと言える。

 うっかり人に触らせると、その相手が死んでしまう。


 すぐに収納に直して目的の達成を宣言する。

 みんなでうなづきあって、それから飛行盾を用意し、すぐに上に向かって上昇を開始した。

 200mほど上昇したところで眼下に見える崖のそこかしこから次々にペンギンと思わしき何かが次々に飛び上がってくる。

 こちらに向かってきたそれを警戒しながら、なおも上昇を続け800mくらいまであがったところで王都の方へ進路をとると、ペンギンたちは少しの間追尾してきていたが、一体また一体と水晶谷のほうへと戻っていった。

 ナタリィの言うとおり、水晶谷からあまり離れたところまでは追いかけてこないらしい。


「行きは面倒でしたが、帰りは楽ができましたね。カグラさんのおかげです。」

 とナタリィは上機嫌そうに、エッラから受け取ったミルクティを飲む。

 みんな達成感に浸っていて、ボクだけが少しションボリした気持ちでユーリに撫でられ、神楽におなかをさすられしつつすごく構われている。

 気を使わせている。


「これで王都に帰ったら、いよいよ私も、しばらくアイラ様とお別れですね」

 と、突然マガレ先輩がボクのほうへ笑いかけながら話しかけてきた。

「先輩?急にどうされました?」

 しみったれのボクはなお寂しくなる様な話題選びに少し困惑しながらもマガレ先輩に向き合う。

 先輩ははにかんだ笑みを浮かべながら続けた。

「いえ、なんだかんだと4年ちょっとの間、かなりの頻度でうかがわせていただいたので、なんていうか怒らないで聞いて頂きたいのですが、私は、アイラ様やサークラ様のことを本当に妹や姉の様にお慕いしていたんです。」

 とマガレ先輩は胸元に両手を組む様にして気持ちを告白してくる。


「ありがとうございます、うれしく思いはしても、怒るだなんてことはないですよ、光栄です。」

 マガレ先輩は英雄になれるレベルの戦士で、どこか神秘的な雰囲気のある美人さんで、普段は寡黙で冷静な女の子なのに、小さな女の子が大好きすぎてよく目の色を変えてアニスやソニア、ソルのことを観察していたことを思い出せばそのギャップがほほえましくもある。

 ただ今は妙に饒舌で、きっとそれなりに長く暮らした王都を離れるにあたってセンチメンタルな感情を抱いているのだろうと察することができた。

 しかしどうして今その話なのだろうか?


「アイラ様、ひとつわがままを述べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 マガレ先輩はボクを見つめて、つぶやいた。

 キュッと引き締まった薄い唇が、ボクのために開かれている。

「はい、先輩、伺います。」

 先輩はコレまであまり自分のやりたいこととかを、ソルたちをかわいがる以外で示したことはほとんどなかった。

 その先輩がボクに対して何を語るかに興味はあるし、ボクを妹の様に大切に思っているのだとまでおっしゃったんだから、変なことはいわないだろうと安心してたずね返すことができた。


 そしてマガレ先輩は数秒ボクを見つめてから

「笑ってください」

 とボクの手を握って

「私は、笑っていらっしゃるアイラ様たちが好きです。」

 と微笑を浮かべた。


 マガレ先輩にこんなに素直に言われたのでは適わない。

 ボクも少し口角を上げる。

「ボクも笑顔のマーガレットお姉さんは好きですよ、マーガレットお姉さんだけじゃない、ラフィネお姉さん、シリルお姉さん、フローネお姉さんもシアお姉さんも、もちろんエッラやナタリィ、フィーのことだって大好きで大事なお姉ちゃんだって思ってるよ。」

 だからこそ、あの時あの小ペンギンの前で親かも知れない、兄姉かもしれないペンギンを斬ることを躊躇したのだけれど・・・名前も良くなかったよね、ペンギンって・・なんでよりにもよってあの厳つい爬虫類魔物がペンギンという名前なのか・・・。


「ありがとうございます。私は先にトーレス様のところへ向かいますから・・・笑顔を覚えておきたかったんです。」

 そういって、マガレ先輩は神楽と一緒になってボクを撫で回し始めた。

 往路よりも遅い大型の飛行盾の空の旅はボクたちの談笑とともに和やかで、ボクたちは王都に戻った後に待ち受けている、ボクの兄トーレスを慕う一人の少女の決断も、見慣れた家族に訪れた変化も、いまだ知らずにいたのだ。


また遅れてしまいました。

ペンギンという名前が悪かったのか、なかなか魔物退治の文章を書きづらかったです。

次回はアイラたちが不在の一泊二日の間にホーリーウッド屋敷の家族に訪れていた劇的な変化を思い出す予定です。

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