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第100.4話:回想、開発史

 西洋式に似ているイシュタルトの結婚式には、やはり同じ様に手順や作法があり、また、独自のソレがある。

 その中には花嫁がエストラスガールに手を引かれて、旦那様の下に連れて行ってもらうというものがある。

 式場までは母や姉の付添いを受けるが、そこからエストラスガールの手へと握り替えて、旦那様のところまで引っ張ってもらう。

 未来の赤ちゃんが、この旦那様との間に生んで欲しいと導いてくれるわけだ。


 ボクはアイリス、アイビスと3人で同時にユーリに嫁ぐことになったので、エストラスガールも少し特殊な引き方になったけれど・・・妹の手の柔らかさを感じながら、たくさんの視線と祝福の言葉を浴びながら、ボクは地球で言うところのバージンロードを歩く、イシュタルトのソレは産道を表しているといわれているけれど、赤くやわらかい絨毯の上を「受胎」「発情」を運ぶとされるエストラスガールに手を引かれて歩くのだから、妥当なところだろう。


 ふと視界の中に式場の防備に就いているセイバー装備の騎士団の姿が見えた。

 外観が重厚で、本人の身長に関係なく揃った身長と体格に見えるセイバー装備は、儀式の場での見た目が素晴らしく良いということで、王国の各式典にもよく用いられる様になった。

 戦争用の用途での量産はほとんど必要なくなったため、最近は強化魔法の種類を絞った対魔物鎮圧用としての用途がメインに移っていて、量産数は増えている。

 特定の人物しか装着できない様にするシステムは王家とボクとの秘匿技術とされて、ごくごく限られた生産ラインが確保された。

 魔物で大火力の魔力砲撃を放つものはほとんどいないため、量産型のセイバーは鎧表面の対魔法防御は2ランク下のものが用いられて、代わりに魔力消費量が下がり、稼働時間が延びている。


 思えば王都にきてからもたくさんの物を作った。

 前周や前世の知識がそのまますべてを使えればよかったのだけれど、今生の世の中の技術が追いついていない部分もあり、すべてを一気に導入ということにもできなかった。

 それでも導入できるものから順に技術を導入して行き、イシュタルト王国の各分野の技術は相互に影響し、30年分は進んだ技術レベルを獲得している。

 特にセイバー関連で発展させた魔鉄類の鍛造技術や本来イシュタルトでは、建物などの大型構造物以外にはあまり発展してこなかった魔法陣技術、前周ではミナカタとの戦争後にハルピュイアの技術として流入してきた蓄魔力槽技術の発展などは、まったく新しい技術や知識を含んでいたため、イシュタルトの技術者たちになじませるのが大変だった。


 成果物のいくつかはすでに国民へも還元され、兵器類はサテュロス大陸ならびにイシュタルト王国防衛のために沿岸部や国境地域に配備されていたり、その他の技術も水運や生活水準の向上のために大いに利用されている。

 ボクはこの王都に住む様になってから開発したものを思い出す。


 最初の頃はセイバー開発関連の技術から始めたんだったかな、サンプルのためにペイロード家の人間と繋いでもらったり、魔鉄の鍛造のための施設を作ったり、実際に用いる魔石回路、結晶魔法技術、魔法陣、蓄魔力槽、それに途中からは食文化や服飾文化、輜重の向上を図るために補助動力のついた車両や車輪ロック機能つきねこ車、スクリュー推進付帆船、魔導式投射用カタパルトに魔導砲やオムツ、生理用品の改良などあらゆる技術の開発、発展に努めてきた。

 そのほとんどは前周の記憶と、なぜかボクやユーリと同様に「周回者」となっていたらしいボクの魔力偏向機マジカレイドシステムの内部に前周での一部断片的な開発記録の資料などのデータが閲覧可能な状態で残っていたものだ。

 これらのデータは直接持ち主であるボクの脳内に閲覧は可能だけれど、出力機がないため同じく魔力偏向機を持つ神楽以外には内容を見せることはできなかった。

 ただし二人でそれらの資料を手書きで書き写すことで、他人にもこれらの図面や、理論、方式を提示することが出来た。


 そして前周でもセイバー装備の開発に一時携わっていたボクは、前周の技術の再現以外の研究として技術が未熟だからこそ行えるセイバー装備への新しいアプローチをいくつも試してきたのである。


---


 ボクが2年生に上がる時の卒業生の中でも何名かと面接をして、セイバー装備ならびにカノン装備の貸与を行った。

 成績優秀者の中で特定の思想や来歴を持たず、王国への忠誠心に溢れるモノたちの中でも魔法力体力ともに優れた者たちと面接し魔力を調べ、彼らだけが扱える様に細工した胴鎧を作り、彼らはセイバー装備を装着する資格を得る。


 あの年は前年までの課題を鑑み、魔導篭手の収納機能を発展させ開放して、容積も500リットルに迫る様になったため、セイバー装備を収納できる様にセッティングした。

 魔導篭手ももちろんパーソナル化させており、セイバー装着前にうっかり装着者が殺害されてもセイバー装備の強奪は無理な様にしている。

 卒業生たちは学校の席次とは別に貸与されるセイバー装備と篭手に喜んでいた。

 しかしジャン先輩とシリル先輩だけは当時セイバー装備を受け取らず、篭手のみを受け取った。


 勇者相当の熟練した戦士は、自分のスタイルというものが確立している。

 強力ではあるが生身の時と比べて技能の制限されるセイバーを嫌ったわけだ。

 前周でも同様の事例は多く存在した。

 その後ジャン先輩の方には、同じ飛剣術を使う『剣天』ジェリド氏の専用カスタムセイバーを参考にした特別製のセイバーを用意して納得してもらった。

 シリル先輩はちょっと特別すぎるのでまたホーリーウッドに帰ってからゆっくりと腰を落ち着けて新型を開発する予定にしている。


 とはいえ、同じ轍を踏むわけにはいかない、ボクは本来専門ではないとはいえセイバー装備をこの世界に広めるものとしての矜持がある。

 ボクが3年になる際の卒業生のセイバー貸与予定者の中でジル先輩とマガレ先輩が特殊戦闘術技持ちで専用鎧を開発、それと別にジャスパー様に未来のペイロード候のための専用鎧を開発した。

 それと、器用貧乏とは名ばかりのトーレスとシャーリーにもちょっと特別な鎧を用意することになっていた。

 職権乱用の特別扱いと言われ様が仕方がない、彼らはボクにとって間違いなく特別な存在なのだから。



 そこでひとまずまだ早い今のうちから専用鎧を贈る相手の分は作りこみを開始したのだけれど・・・

 あの頃はよく自室の書斎机の上に突っ伏してボクは大いに悩んでいた。

 少女趣味の自室にはあまりに似合わない渋くて重厚な書斎机は、普段は収納の内部に納まっているもので、引き出しが8つもあるこの机は人に見られたくない設計図などを仕分けしたまま持ち運ぶのに便利なのだ。


 ボクが頭を悩ませていたのはトーレスとシャーリーの鎧だ。

 あの二人は何でも器用にこなすものの、特別珍しい戦闘スタイルではない、しかしその何でも出来ることを生かすには通常のセイバー装備では少し足りないのだ。

 当時のセイバーはそもそも腕や足、背面の部位を交換することで多様な戦技に対応できる様にデザインされている。

 汎用量産型といっても、右腕だけ装甲が厚いとか、魔法力を使った強化を脚力に集中させているとか、そいう差異がなければ折角優秀な装着者を選んでいるのに、本人の能力を生かしきれないということになる。

 そこへきてトーレスとシャーリーは何でも出来すぎた。

 汎用量産型セイバーを使ったのでは戦力は上がるかもしれないけれど、できることが減る可能性の方が高い。


 いくつかパーツの組み合わせを考えてみたけれど、そのいずれも上手く噛み合う気がしない。

 あぁでもないこうでもないと、机の上の白紙に指でなぞり、魔力偏向機『暁天』とリンクさせた視野の中に投影された図面を組み合わせては消し組み合わせては消しして推敲を重ねたものだ。



 結局セイバーという物が装着者を守るための強化魔法を中心に積み込んだシステムであるのが悪いというなら、そうじゃない物を作るしかない。

「いっそ最初から作ったほうが早いかな・・・」

 という結論に達したボクはそこから汎用型とは最初から異なるものを造ることにした。

 ジェリドやアクタイオンに配備しているカスタムものとも違う。


 最初から、何でもできる人のための、補助に徹した鎧。

 トーレスは魔法力も並以上にあるし、およそ必要とされるすべての武器の扱いが可能で、軍官学校で教示されている中では、専門的ではない魔法の大半を扱うことができる。

 中級以上の治癒魔法や大規模土木魔法などの専門魔法、戦術級の大火力魔砲などはないが、一人でも一般の歩兵1個中隊程の働きができる。

 すなわち一人で作戦を立てて、物資を管理して、哨戒して、牽制して、突撃して、小規模拠点なら制圧できる。

 それを一個大隊程度まで押し上げてやろうというのが彼の為のセイバー開発の目標だ。

 なおイシュタルトの軍制における歩兵中隊は50~300未満で普通200人程度、大隊は300~3000未満までを指す単位で1200人程度のことが多い。


 つまり大隊にあって彼や中隊にないものを補ってやれる装備が必要だ。

 適当に列挙してみる。

 中隊から大隊になるにはいくつかの中隊を統率できる指揮官が必要だがトーレスはそもそも貴族で、軍団規模の運用ができる指揮官候補生でもあるので今回の場合は必要がない・・・。

 次に思いつくのは人員か、人の数が多ければ疲弊しても交代要員がいて、防備に穴は空き難い。

 それに負傷兵が出た時のために治癒魔法使いが少なからずいるし、敵を倒す兵以外に食料を輸送してくる兵も必要だ。

 疲弊については蓄魔力槽を増槽することになるかな・・・?

 一人での行軍を実際にする機会はないと思うけれど、やるとすれば魔法力の予備をしっかり充填しておくことが疲弊への対処に代わるだろう。


 治癒魔法は、初歩のものならトーレスにもできるけれど、負傷時には一気に戦線を離脱できる速さを持たせることで負傷⇒死亡のリスクを減らせるだろう。

 幸いにしてセイバー装備ならば骨が折れていても走ることが可能だ。

 そもそもセイバーを着ている状態で骨折する様な事態になっていればすでに脚部が切断されていたりしそうだが・・・。

 サテュロスの地上最強の魔物であるタイガータイプや地を這うものコウモリの攻撃を受けても数発ではどうということもない設計のセイバーなのだからおそらく大丈夫だと信じたい。

 補給は・・・魔導篭手の収納機能の余剰分に固形食糧と水と交換用の魔力槽を放り込むことになるかな?


 そうやって出来上がった図案は背面に増槽と直線移動用の補助推進装置をつけた上で、脚部にスクリュー、ホバーの両方に対応した少し太くみえるパーツを追加しただけに見える専用セイバー、実際には対魔法障壁や対物理障壁を張る機能を持たせていないためセイバー本体の強化装甲だけでそれらは防いで、あとは必要なら本人が障壁を張る仕様。

 これによって魔法力の消耗と重量を抑え、代わりに前述の移動手段の確保をした。

 最終的に出来上がったモノを後日「試製単独戦闘用セイバー」として図面を提出し、工房の方で生産が始まった。


 このトーレス専用鎧を皮切りに、卒業生の一部に対して貸与される鎧を完全に本人専用としてデザインすることになり、ボクの卒業後に備えて王国軍にセイバー配備のための部署が設立されることも決まった。


 セイバー鎧というモノは、鎧という名前が指す通り体に装着する装備品だ。

 元になったのは前周で鹵獲したセントール大陸で作られたというグソクシステムのアシガル鎧、そしてその発展型だというホロ鎧を解析し得られたこちらより進んだ魔法陣の技術、同時期に入手したハルピュイアの蓄魔力槽技術と魔力のニュートラル化技術、元からイシュタルトにあった魔石回路に結晶魔法の技術、そして神楽の魔導鎧装の設計思想などを応用して独自の発展を遂げたものだ。

 さらに前周でその後数十年かけて得られたセイバー開発のノウハウを先取りしたのが今生におけるセイバー開発の出発点だ。


 セイバーの元になったアシガルは魔鉄類をふんだんに使った鎧で、全身を覆う金属の塊だ。

 それもただのフルメイルではなく、とても大きな鎧で、普通の人間ではとても支えきれない大きさのものだ。

 それをセントールの魔法陣技術を施すことで、魔法力を流せば強化魔法が発動し動ける程度には扱える様にしたものだ。

 鎧による圧倒的な防御力と対魔法防御、そしてパワーを持つが、燃費が悪く視野も狭いという欠点があった。

 また動作がやや鈍重である程度の戦闘能力を持つ人間であれば勝てはせずとも負けはしない相手であった。


 それでも脅威であることに変わりはないので、サテュロスの技術で再現を目指したのがセイバーだ。

 魔法陣技術は前述のアシガルのものを元にしているが、セイバー装備はさまざまな技術を取り入れている。

 魔石回路は魔力を流してやることで、あらかじめ定められた動作をするもので、魔法陣と働きは似ているのだが、魔法陣が陣を描いたもの自体や、その内部に影響を及ぼすのに対し、魔石回路は魔法力の方向性を決める技術だ。

 ひとつの魔石回路は定まった動作をするが、ほとんどは魔法力の形を変えて放出するという働きになる。

 アイロンバーの魔石なら魔法力を熱に交換する、結露の柄杓なら水を生成するといった具合だ。

 セイバー装備においては対魔力、物理障壁を張る機能や、カノン型装備の魔導砲に利用されている。


 またアシガル装備にあった視野の狭さという欠点を克服するために、結晶魔法の技術がふんだんに盛り込まれており、兜の内部には結晶魔法で得られた外部の映像が投影されている。

 その分兜部分を密閉することができるので、水陸両用型が開発可能となった。

 そして結晶魔法はギガントセイバーの様な、すでに体とは大きさが違うため装着者の動きを鎧に伝えなければならない大型鎧の伝達用神経の代わりや、魔導砲やスラスターの操作の様な人間の体にはない部分を動かす役割をやってくれている。


 誰でも装着できるということで発生した前周での失敗談なども踏まえて、パーソナル化を最初から導入し、パーツの交換だけでいくつかの戦闘領域に対応することができる構造を採用したりと、はじめから意欲的に問題防止策を講じてきた。

 さすがに水陸両用用は部品交換式というわけにもいかなくって、全身が1セットだけれど・・・


 それらの理念が存在する理由をしっかりと教え込んだ技術者たちが必要で、特にパーソナル化の魔石回路技師は厳重に管理されなければならない。

 せっかくパーソナル化という技術を使っているのに、もしそれが外に漏れたら、悪用される恐れがあるからだ。

 そういう観点から、人事は入念に秘密裏に行われボクと同級生のとある男子学生が卒業後領土なしの男爵家を立てて管理することになった。


 準王族として扱われていた彼は、公爵になり悠々自適の生活を送ることもできたはずだけれど、その責任ある立場を受けた。

「養子の上最初から侯爵家への降嫁が決まっているとはいえ、妹は妹、それが打ち立てた功績を、そして想定される危機への保険を、同じく臣籍に降るとはいえ仮にも兄である余が無駄にするわけにはいかない。安心して任せて欲しい」

 そういって、彼は十分に職責を理解し、今後代々受け継がれる事になるであろうセイバー装備の安全弁、パーソナル化技術を扱う人材の管理を行う職務と男爵位を受けたのだ。


 いまだに彼のことを兄とは思えないけれど、過去を悔やみ、自身の立場をよく理解し、メイドから妻へと立場を変えた愛する女カリーナの期待に応え様としている彼は信頼できると今は感じられる。

 早い段階でのブリミールの死が影響したのか、アニスにひっぱたかれたのが効いたのかはわからないけれど、前周の悲しそうな養父ヴェル様の顔を覚えているボクは、この変化を好ましく感じている。



 もうひとつボクが大いに携わったのが外洋を行くためのスクリュー動力を搭載した帆船の開発だ。

 イシュタルトはこれまでまともに海に面していなかったため船の開発は川や湖における水運を主眼においたものであった。

 しかし、帝国をはじめとする各勢力の併合が現実味を帯びていく中で、イシュタルトが海を持つ事は確定事項であった。

 すでに各国からの情報で、大陸外からのお客様が頻繁に取引にやってきていることはすでにわかっていたし、そうでなくても前周の知識があるためそれを知っていたボクは、大陸外の勢力が安定してサテュロス大陸まで航行する手段を確立していることが脅威になりうると早い段階で警告した。


 そして、セントールの軍船は大きなもので80m級の金属製の船体に多量の帆を張っているものだと知っているし、ハルピュイアの船は25m級の中型船に一枚だけ帆を張って、そこに風魔法を送り込んで航行するものだと聞き及んでいた。

 魔法が存在するこの世界において帆船は安定した航海ツールとなり得たが、大型船を帆走させられるほどの制御された風魔法を使い続ける事ができる魔法使い自体がある程度貴重だという点、そしてそれに頼り切ってしまうといざというときに航行不能に陥る可能性がある点などからわれわれイシュタルトはスクリュー船を主力とすることに決定した。


 魔石回路に魔法力を通すだけでスクリュー船は推進力を得ることができる。

 船とスクリューの大きさによって魔法力量はそれなりに必要にはなるけれど風魔法の適正なんていう枷がなく、誰の魔力でも推進力になりうる。

 操船も帆の向きを変える手間がない分人手が掛からない。

 それでも帆を張っているのは、セントールの人間に見られても動力源を怪しまれない様にするためだ。

 帆を張っていないと動力を疑われるだろうけれど、帆を張っていれば帆船だと勘違いしてくれるだろうし、一応念のために帆走の技術もペイルゼン出身の水兵から教わることで多少は身につけているので怪しまれない様にはやれるだろう。


 航海術についてはペイルゼンが蓄積しているものを共有した。

 ペイルゼンの船もセントールまではまだ到達していないものの、マハから出向して800余kmの地点にあるとされる島嶼国家マイヒャンまでの航海はすでに何度か成功しているらしい。

 といってもセントール側の船に先導されてのことらしいが・・・。


 マイヒャンは、魚人を中心にした海洋国家であり、その独自の生態と、船を用いず生身で島と島の間を移動する生態から、余り遠洋に乗り出すことがなく、独自の文化の発展を遂げてきた国だ。

 800kmちょっとという距離は日ノ本の地理で言えば立花様の福崎城から、北条様の小田原城までと変わらないくらいか?

 こういうと大した距離ではない様に思えてくるけれど、陸に沿って航海できるわけではないので、未熟な航海術では危険なものだ。


 マイヒャンとセントール大陸南端との距離はもっと近いらしいが、ナタリィたちからもたらされた情報に寄ると、セントール大陸は北東部の本大陸と南西部の亜大陸に半ば分かれていてそれぞれにいくつかの勢力が権力闘争をしているらしい。

 一応地続きではあるものの結構距離があるらしいので、セントールからの船がどの地域から出ているかによってはその距離は変わってくるだろう。


 少し反れた気がするが、前周での未来ダーテ帝国を名乗る国が攻めてきたことをボクは覚えて・・・いる。

 すでにイシュタルトを中心としたサテュロス連邦となっていたために初期の段階で防衛が成り、ダーテ帝国の野望は上陸すら果たせず防がれたものの、そうでなければどれだけの被害が出たかわからない。

 アシガル装備をつけたセントールの兵は、セイバー装備の兵や、軍官学校出身程度の戦力がなければなかなか対応できないほどだ。

 何しろエッラが油断していたとはいえ、劣化複製品ですら彼女のパワーに拮抗したことがあるのだから・・・。

 弱卒すら、中級以上の戦力にしてしまうという意味でアシガルは恐ろしい装備だ。

 サテュロスの時代の流れが変化しているみたいに、セントールの歴史も変わっているかもしれない、明日ダーテ帝国がサテュロスに従属を迫るかもしれないのだ。

 技術開発は喫緊の課題だった。


 先ずルクセンティア地方の港町で4隻のスクリュー船が建造された。

、完成後はマハへ配備する予定で先行して着手されたそれは結局、4方の国所属だった地域の沿岸に1隻ずつ割り振られた。


 基本設計はすべて同一のもので、全長62m幅11m程で、外見は帆船の様に2本建てのマストを保有しているが、主動力は前述の通りのスクリューの魔石回路だ。

 故障時の対応を考えて少々魔力消費は嵩むものの、スクリュープロペラ自体魔石回路に魔法力を流し込むことで生成する方式をとった。

 そのためもし故障しても、予備の魔石回路を設置することでスクリューは修理する必要はないという仕様である。

 面倒な機関やら何やらは少なく、構造に魔法陣、設備に魔石回路や結晶魔法技術をふんだんに用い、予備バッテリー代わりの蓄魔力槽も内臓しているためある程度魔法力が高い魔法使いが3人もいれば魔力的には延々と航海し続けられるはずだ。

 乗員は50人前後を想定しているけれど、ただ運用だけなら10人もいれば十分だろう。


 スクリュー船には中型魔導砲を甲板に伏せた状態で配備されており、艦首に近いところには射出用カタパルトが設置されている。

 これは、海戦時を想定し、敵船に向かってセイバー装備を射出するための装置である。

 これから新設される港湾部警備隊にはいくつかの水陸両用型の専用セイバーが配備される。

 また両方の側面に注水可能な小部屋とハッチがあり、非常時にはそこから水陸両用セイバーを装着した兵を出撃させることができる。

 排水設備が未熟なため、一度注水すると水密扉は2時間は開けられないが・・・。


 運用した結果は上々で、その後同じ船は作られなかったものの、セイバー装備を運用しない船が川でも運航できる小型艦として導入された。

 先の4隻がプリンセス級、後発の小型艦がナイト級とされ16隻生産されている。

 現在はそれぞれプリンセス1ナイト4で編成され、大陸の四方の港町を拠点として巡回している。


 そしてもうまもなく竣工するのがプリンセス級とナイト級の中ほどの大きさである48mのリトルプリンセス級、多少の深さがあれば川も遡上できるナイト級の特徴と、5領がせいぜいであるが、プリンセス級と同様水陸両用型セイバーを運用することが可能な設備を保持している。

 リトルプリンセス級はボクの座乗艦となる予定の艦で、はじめは養父によりプリンセス・アイラ級とされそうなところを、何とか説得してリトルプリンセスへと変更したものだ。

 自分の名前、しかもプリンセスとまでついた艦に乗るなんて恥ずかしすぎるよね・・・。


 ボクは卒業した後、未回収の2本・・の魔剣を回収したら、一度サテュロス大陸から旅立つことが決まっている。

 ボクの軍官学校在学中にナタリィは2度クラウディアを訪れた。

 その度に2箇所ずつ魔剣を回収し、残すところはアスタリ湖と角笛の魔剣だけとなっている。

 水晶谷での空を征く魚ペンギンとの戦いや、紅砂の砂漠での嗅ぎ回る杭トンボとの戦いは、その外見の気味悪さを含めて到底忘れ得ないものだけれど、今はまぁいい。

 そして、ボクたちの結婚式の今日も彼女は駆けつけてくれている。


 彼女たちの請願に従い、ボクは魔剣の奉納のために暗黒大陸と呼ばれるアシハラを目指す。

 表向きは新婚旅行である。

 そうでなければ立場のあるボクたちが大陸外に出るということは早々実現させられることではなかった。

 そしてそのための船としてリトルプリンセスが使われることになった。


 っと、とうとうユーリの顔かたちがはっきりと見えるところまでやってきた。

 あと5mほどで、この妹たちの手を離さないといけない。

 それにしても、ユーリってばやっぱり美人さん、お化粧してドレスを着せたら、もしかするとボクよりウェディングドレス似合うんじゃないかな?

 ボクは前周よりずいぶん大きくなったとはいえ小柄なほうだ。

 その点ユーリは178cmまで成長していて、胸がない(生物学的に男なのであったら困るけれど)ので、スラリとしていて男装のモデルさんみたいに見える。


 こちらを向いて微笑むユーリのその瞳に、今の自分は理想のお嫁さんとして映っているだろうか?

 そんな風に感じながらボクは残り少ないアイラ・イシュタルトとしての道程を踏みしめた。

最近寒くなってきましたね、寒くなったと感じたときには衣替えは手遅れなのだと思い知らされています。

更新遅くなっていて申し訳ありません。

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