第99.5話:『銃姫』 の初恋1
大水練大会の3日目、水上試合の本戦2回戦、私の対戦相手はトーレス様だった。
トーレス様は私にとって、特別な人・・・。
だけどそれは手を抜く理由にはならないから、私はトーレス様と本気で打ち合った。
トーレス様はご自身のことを何もかも半端な器用貧乏だといって蔑んでいらっしゃるけれど、半端者が水練大会を実力で本戦に出場し、あまつさえベスト8まで名前を残すなんて早々できることではないというのに、自身を持っていいと思うのだけれど、トーレス様はご自信の能力にまだ納得がいっていらっしゃらない様子だった。
トーレス様の不幸は、周りにいる方たちにものさしになる方がいらっしゃらないことだ。
あのホーリーウッド屋敷の面々には非常識な方が多すぎる。
基本的にトーレス様の比較対象になる方がいらっしゃらないのだ。
トーレス様は、剣術メインの魔法もいろいろ使うことができる万能手・・・くらいで済むならよかったのだけれど、実は弓や斧、槍なんかを扱わせても、シリル先輩やジャン先輩みたいにひとつの武器に特化した人たちには数歩及ばないものの、学生の身分でありながら剣は1線級、他は準1線級といわれるレベルの技量をすでに有している。
これは3年生の中でトーレス様以外には現在ない評価だ。
そしてさらに魔法についても・・・治癒を除く軍官学校で習うことができるほとんどすべての魔法について中級魔法までは扱うことができ、治癒も適性はなかったにもかかわらず初級治癒術は努力で身につけられ、地属性と強化魔法に関しては上級の魔法も一部扱うことができる。
それはもう本当に、他にはない強みだ。
特に私たちは教導兵なのだから、あらゆる属性や基本的な武器について教えることができるというのはかなりの強みになる。
彼は男爵家を継ぐことがほぼ決まっているので、仕官の強みなど必要ないのかも知れないけれど・・・
それから座学、軍務系、政務系に大別されるそれらを、それこそトーレス様は軍務課の将来王城務めの政務官になる方たちよりも座学の成績がよいといわれている、3年ではジャスパー様とトーマ様くらいしか成績で上回る方がいらっしゃらないらしい。
何でもすでに一度王城で一通り教育を受けたあとだとかで、足りないのは『自分の領地での』実務経験のみだといわれているらしい。
すべてがバランスよく備わっているトーレス様だけれど、ここで前述の屋敷の面々の特殊さがトーレス様の目を曇らせる。
あの屋敷には確か今、トーレス様以外に14人の軍官学校生がいる。
そのほとんどが、トーレス様含めて規格外の万能さか、一芸を持っている。
つまり、トーレス様の比較対象にならない。
だけどトーレス様にとって守りたいものやしっかりした所を見せたい相手がそこにみんないるので、トーレス様の自信がつかない。
トーレス様は十分にお強いのに・・・
私と戦った後、諦めたみたいに笑って「さすがマーガレットは強いな」って言う、トーレス様の顔を見るのがつらかった。
私がたぶんトーレス様の在りようを好ましく思っているから、私がまだ弱いせいで、トーレス様がご自身のことを弱いと思っているのが辛かった。
「もっと強くならないと・・・」
4日目は準決勝と決勝戦が行われる・・・。
その場で私がもっと強いということを見せ付けなければ、私に負けたことでトーレス様が侮られることがないくらい、私が強くならなくては・・・。
「マガレ、あなたまたなにか考えすぎてるでしょ?」
後頭部になにか柔らかい物が押し付けられる。
「ラフィネ?」
いつの間にかお風呂から上ったらしい、ルームメイトのラフィネがイスの後ろから抱き着いていた。
私と違って、年齢相応に胸が膨らんでいて、全身が丸みを帯びている。
丸みがあるといってもだらしないわけじゃあなくて、これはきっと魅力的な肉感というやつなのだろう。
現に私の肩から回された腕はむにむにと柔らかくて、アニスちゃんやピオニーちゃんの柔らかさとも違って・・・、男の人はきっとこういう柔らかさを女の子に求めている、それがわかる。
「私の名前を呼ぶ間に頭の中はどれくらい饒舌に語ってるのかしら?」
ラフィネのピンク色の唇が、艶かしく動く、私と彼女は王都に来た直後からの親友であり、学友であり、ルームメイトである。
「別に、そんなに難しいこと考えてない」
ただトーレス様のためにも私はもっと強くなりたいと思っただけだ。
「トーレス様のこと考えてたんでしょ?長い付き合いなんだからそんな隠すことないじゃない?」
そういって私から離れたラフィネは笑顔を浮かべて
「ほらあなた明日も試合があるんだから、そろそろ寝支度なさい」
と私の水着を籠ごと持ち出しながら言う。
「それ、私の水着・・・。」
「いいから、洗濯くらい私がしといてあげるから、あなたはゆっくりお風呂入って寝なさい。」
「でも・・・」
いくら親友とはいえ、水着って下着みたいに直接肌に着る物だから、ちょっと恥ずかしい・・・。
「いつも私がキツイ時に洗濯代ってもらってるじゃない、こういうときしか返せないんだから」
そういってかわいく笑って言われると何も言い返せなくなる。
確かに彼女はアレがキツい子なので、いつも私が変わりに洗濯をしている。
「けど、私別にそんなに疲れてないし・・・」
「うだうだ言わない、黙ってたまにはお世話されなさい。はい、入っといで~」
そういって私の衣装容れから私のズロースとスリップを出すと私に投げつけると、ラフィネはとっとと出て行ってしまった。
「むぅ・・・」
一人部屋に残った私は、少し納得いかない感情を感じながらも仕方ないからお風呂に入ることにした。
「これ・・・上下の色がバラバラ・・・。」
投げ渡されたズロースは濃い青でスリップは白で・・・もう少し近い色ならともかく、さすがにバラバラすぎる。
衣装容れの蓋を開けて、色味の近いものを探す。
ズロースをラフィネの髪みたいなピンク色のものに交換して、体を洗うためのものと、拭くためのもの、2枚の布を用意した私は、ラフィネの言葉に従うのをなんとなく不服に思いながらも浴場のほうへ向かった。
「マガレ先輩、こんばんわ」
「こんばんわ、先輩」
浴場に着いて服を脱いでいると、聞きなれた声が私の名前を呼んだ。
「ロリエリカ、こんばんわ。今からお風呂?二人にしてはちょっと遅めだね。」
時刻はすでに9時、いつもなら彼女たちはもう、寝支度を整えているころなのだけれど・・・
「今日のトーレス様の試合格好良かったねってエーリカちゃんと話してたら興奮しちゃって、気がついたらこんな時間で、ね、エーリカちゃん」
「ちょっと、ローリエ、こんなところでそんなはっきり言わなくたっていいじゃない。」
元気に報告してくれるロリィと、人目を気にしてかちょっと恥ずかしそうにするエリィ、といっても時間がちょうどよかったのか、脱衣所には私と2人しかいない。
女の子同士とは言え脱衣中にこんなに近づかれるとちょっと恥ずかしいので私は体を洗うための布で胸元から下を隠す。
「あぁでもでもマガレ先輩もすっごく格好良かったです!トーレス先輩が負けちゃったのは残念でしたけど、先輩のことも応援してましたから!」
ロリィは子どもらしい満面の笑みを浮かべて、私の手を握ってくる。
彼女はまだ羞恥心とかそういうものも未熟みたいで、布は肩にかけていて、すべてが丸見えになっている。
「そうでした、先輩準決勝進出おめでとうございます。西はマガレ先輩とシリル先輩が残ったので、もしお二人が当たったらどちらを応援していいか困ってしまいますね、残ったのがトーレス先輩だったら、そちらを応援していればよかったんですけれどね・・・。あっもちろん就職先の御当主様だからですよ?」
エリィはロリィと比べると幾分か羞恥心があるのか、それとも長い髪があって肩にはかけにくかったのか、私と同じく胸から下を隠す様に布を当てている。
こちらもニコニコとしていて、とてもかわいらしい。
「えっと、とりあえず、お風呂はいろうか?」
いくら夏とはいえ、裸で何分も話していたら風邪を引いてしまうかもしれない。
それに恥ずかしいし・・・。
私の提案に二人もすぐに乗ってくれて、私たちは並んで体を洗うことになった。
寮の大浴場は基本的には男女別になっていて、女子の浴場は20名くらいまではいっぺんに浴槽に入ることができる様になっている。
洗い場と同時ならば32人くらいはご一緒できる造りだけれど、今は私たち3人以外には4人しか入っていなかった。
そして狭くないとはいえ、寮で暮らしている以上、みんな顔見知りで・・・。
「あら、カーマインさん、今日はご活躍でしたね、明日も怪我の無い様がんばってくださいね」
「見てたよー、って言わなくてもわかるか、一応全員参加行事だしね。」
とお湯に浸かっていた3年生の剣士課系の年上の子が挨拶してくれる。
「ありがとう」
私もあまり社交的でないとはいえ、最低限の挨拶くらいする。
そうじゃないと軍人や騎士になんてなれないし。
「それにしても、ベスト4が女の子3人に男の子1人になっちゃったねぇ?去年もだっけ?」
「ここ10年はベスト16は男の子のほうが多くてもベスト4の時点では男女同じか、女の子のほうが多いみたいだよ?」
「カーマインさんもそうですけれど、シリル先輩や、昨年のアリエス先輩なんかも凄まじい強さでしたものね・・・」
浴槽の中の4人がおしゃべりを楽しむのを聞きながら私は体を洗う。
隣で二人洗いっこしているロリエリカが微笑ましい。
悩みなんて忘れてしまう、ほほが緩む。
そしてふとこちらを見たロリィと視線が合う。
「ど、どうしたの?ロリィ」
なんとなく気まずくてたずねると、ロリィはニコリと笑って言った。
「お背中お流ししましょうか?先輩♪」
うなずく以外の選択肢は存在しなかった。
「加減はいかがですかー?先輩♪」
私のタオルを使って、ロリィが私の背中をゴシゴシとこする。
ゴシゴシというかフニフニというか、ロリィはあまり体力は無い子なので一生懸命こすってくれるのはわかるのだけれどどうにも物足りないというか表面を舐める様な優しいこすり方だ。
でもなんていうか、ちいさい手の圧力がそのまま伝わってくるみたいで、物理的な気持ちよさではなくなにか精神的な癒しを感じる。
ホーリーウッド邸でソニアやソルと洗いっこしたときも気持ちよかったけれど、あちらはちゃんと体力もあるからもっとしっかりと擦ってもらえて、物理的な気持ちよさが凄まじかった。
何だろうこの・・・今背中を擦ってもらってるのは私のほうなのに沸きあがってくる、私がお世話してあげないとという使命感は・・・。
「先輩・・・ひょっとして、お嫌でしたか?」
いけない、つい考え込みすぎて、返答が遅れてしまって、ロリィが不安そうにしている。
考え事をしていたって言おう・・・でも、内容を聞かれたら・・・、さすがに元のまま言ってしまうと私変態みたいというか・・・、この年頃の女の子をちっちゃいこ扱いはさすがに怒りそうだし・・・ってあぁとうとうロリィの手が止まってしまった!?
「ち、違うの、ちょっとトーレス様のこととか考えてて決してロリィに背中を洗ってもらうのがいやだったとかじゃないの!!」
うんうそは言ってない・・・、ホーリーウッド邸でお泊りするときは夕飯の時までは大体部屋の隅にトーレス様もいらっしゃるし・・・。
今日は試合が終わってからトーレス様のこと考えてたわけだし・・・。
あれ?空気・・・変?
浴槽にいた4人や、双子が固まっている。
数秒の沈黙・・・そして。
「「キャアァァァァァ!!」」
けたたましい声を上げる四人
「私は前々から妖しいと思ってたんですよ、秒読みなんじゃないかなって・・・。」
「この前のロリエリカちゃんよりもよっぽどありえそうですものね。年齢差的にも。」
「ばっか、貴族様なんだから年齢差はあてにならないでしょ?」
「いつから!?いつからなの!?」
あまりにみんなまくし立てるので、最後にはっきりと聞こえたモノにとりあえず答える。
「試合の後から?」
「「キャアァァァァァ!?」」
しかしその後はもう聞き取ることもできない・・・
でもこの状態は私にもわかる。
これは勘違いされた・・・先週のエリィの騒ぎの様になる・・・?
・・・それから何とか説明して、トーレス様が十分お強いのに、なかなか自信を持てず、ご自信のことを器用貧乏とさげすんでいらっしゃるのを、どうにか自信を持っていただきたいと考えていたことを納得してもらったけれど・・・。
せっかくロリエリカに癒されたのに、お風呂に入る前より疲れた・・・。
翌朝、早い時間に軽めの朝食をいただいた後、ラフィネと一緒に水着で登校した。
この水練大会の期間は学生のほとんどが水着で登下校する。
観客席にいても結構な水飛沫が飛んでくるし、大会期間中だと周辺に知らしめる意味もある。
私の水着は髪の色との兼ね合いで白地に黒いレースを縁取りの様にしてあしらったものをラフィネが選んでくれていて、その、少しばかり袖や裾が短めなのが気になるけれど気に入っている。
何よりラフィネが私が胸周りが寂しいことを気にしているのを察してか、胸元にかわいいリボンがついているものを選んでくれたのが、嬉しい様な悔しい様な複雑な気持ちにしてくれる一品だ。
一方ラフィネは髪の色と近いかなり鮮やかなピンクに縁取りが赤の水着を選んでいて、スパッツ部分が肌に近い色というかなりチャレンジャーな水着を選んでいる。
その代わりワンピースの裾がひざ上と水着としては長めで、スパッツは足を組んだり上げたりしない限り見えない仕様だけど、スパッツをはいていない様に見えてちょっとドキドキする。
私は本戦出場選手なので、控え室があるのだけれど、さすがにまだ時間があるし、集合時間までラフィネと購買前のスペースでジュースを飲んでおしゃべりをして時間をつぶすことにした。
本当にただそれだけだったはずなんだけれど・・・
「あれ、やっぱり!君ベスト4に残ってるマーガレットちゃんだろう!?」
なんだか煩わしくなりそうな予感がする・・・。
進捗が遅く、分けることになりました。




