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第99.3話:陽だまりのサーニャ

サブタイに反して不快な描写を含みます。

子どもが怪我をするですとか、ゲテモノ食いや人間以外の動物の食糞に関する表現が苦手な方は読まないほうが良いかもしれません

 サテュロス大陸最大の国家イシュタルト王国、その王領東北部からアスタリ湖付近まで断続的に広がる広大な森林地帯の中でひときわ大きな巨木が目立つ精霊の森。

 そこには古くからエル族とトレント族が暮らしており、近隣のヒト族とは敵対することなく、されど過剰に接触することもなく暮らしていた。


 精霊の森の中にあるエル族とトレント族の集落は、イシュタルト属の自治州の様なもので、あとから加わったレジンウッドのフィオナ族や、獣人種族の集落と同様に庇護下に入っている。

 それというのも、エル族は水と風、それに一部は光の魔法と弓の扱いに長け精霊にも好かれるが、ヒト族より長命のためか繁殖スピードが遅く、人口も少ないため、ヒト族と戦争になった場合高確率で淘汰される運命にあった。

 また女性率が高く、闘争本能の強い個体が少ないこともあり彼らは早い時期に亜人の守護者を標榜していたころのイシュタルト王国の傘下となって精霊の森での狩りと木工、道具作りに従事するコトで永らえてきた。


 一方トレント族は、かつては魔物扱いされた時期もあったが、エル族とは古くから親交があり、それどころか混血も頻繁に起こっている種族である。

 彼らは外皮と人型という2つの部位に大別することができ、外皮部分を変形させることで身を守ったり、移動しやすい形態になることがある。

 彼らの多くは、成長するにつれて移動することが少なくなり、最終的には定住した位置から半径10m圏内での生活を送ることが多い種族だ。

 女性型しか居ないが、厳密には単純な女性というわけではなく、単為生殖も可能な女性の人型を持った者となり、逆にトレント同士や、他種族の男女どちらとも交配することが可能な特殊な亜人種で、トレント同士の交配では外皮部分に男性器を発生させ、人型部分が女性器の働きをする。

 これは単為生殖の時も同じである。


 また他種族が相手のときもほぼ同様で連れ合いが女性であれば外皮を使い、男性であれば人型部分で交合する。

 できる子供については、単為生殖かトレント同士であれば生まれる子供はゴルフボールほどの大きさの種子の形をとって生まれ、種子から人型が発生するには10日ほどかかる。

 他種族との子であれば生まれるのがトレントであっても他種族の特性を示していてもすでに人型を取って生まれることが基本で、トレントとして発生した場合には外皮が柔らかい状態で生まれ、内側に栄養を蓄えた袋を伴って生まれてくる。


 しかし、トレントは幼年期と老齢期を自力で移動できない状態で過ごすため、生命体としては非常に弱く、常に絶滅の危機にあった。

 それでも彼らが生き残ってきたのはある特性のためで、彼らは繁殖以外にも果実をつけるのだが、その果実がエル族などの他種族にとって非常に美味なものであったり、有益な薬、香料などとして利用されるものであった。

 彼らはその果実を安定して得るためにトレントとの共生をしていた。

 無論長く一緒にいれば愛着も沸き、もともとエル族の女性率が高いこともあいまってエル族女性とトレント間での婚姻も非常に多い。

 いつしか、妖精の森では幼木トレントの世話を年の近いエル族の子どもにさせるという文化まで発生し、トレントもエル族もごく狭いコミュニティではあるが、長年繁栄してきたのである。


------


 私、サーニャ・ソルティアは、精霊の森中央にある集落メリアティアに生まれたエル族の娘だ。

 集落にはオールド・メリアと呼ばれる老木トレントが傘を広げていて、夏は日差しをさえぎり、冬には落とした果実や古い枝が匂いの良い燃料として珍重された。

 オールド・メリアは、集落ができた約1100年前にはすでにそこに居たとされていて最低でも1300歳以上、普通のトレントの寿命が500年程度であることと、この200年ほどは一度も動いたところが確認されたことがなかったことから、すでに亜人としての意思も失っているといわれていたけれど、私が生まれた頃に一度だけ言葉を発したそうだ。

 いわく「先日生まれた新しい命がかわいかったので、是非その子に名前をつけてほしい、一緒に育ててね」もちろん木の形態をとったトレントなのでそんなスムーズな発音ではなかったそうだけれど、とにかくそれだけ言い残してまた動かなくなって、それから3ヶ月ほど後に私の家の前にトレントの種子が落ちていたそうだ。

 このことかと考えた私の両親は、オールド・メリアのメッセージに従ってその種子を私と一緒に育てることに決め、はじめは鉢植えに植えたそうだ。


 幼木トレントは名前をつけられることで自我が発達するけれど、厄介なことに私が名付けを行わなければならなかったため、私が2歳頃になるまでリスティの名付けは行うことができなかった。

 そのためリスティの発達は少し遅れていて私がはっきりとしゃべれる様になったときにもまだ片言・・・いや今もある意味片言みたいなものだけれど

 幼木トレントは自力ではほとんど移動もままならないので物心がついたあとは私が自分の手でリスティを育ててきた。

 私はリスティの名付け親で、姉妹で、育ての親でもあるわけだ。

 食事だってずっと私が・・・。



 幼木トレントは消化器も未発達で普通の食事を取ることができず。

 幼いうちは腐葉土や動物の糞などを外皮部分にある投入口と呼ばれる穴を使って摂食する。

 ただしリスティの様に他種族の庇護下に入ったものは・・・というよりエル族と共生関係にあるものは、年の近いものが居ればその子の、リスティの場合であれば私の老廃物を投入口に入れることになる。

 精霊の森ではごくごく一般的な行為であったため気にしたことはなかったけれど、それはその他の人種にとっては極めて理解しがたいことの様で、私はそのことは絶対にクラウディアで明かすつもりはない。

 なんていうか、あらゆる考え方が、精霊の森と違うのだ。

・・・・・・


---

 いけない・・・応援席から眠たそうにしながらも手を振ってくれているリスティと、楽しそうに応援してくれているフィーナたちを見ていたら、つい幼い頃のリスティを世話していた頃を思い出したというか・・・。

 排泄行為および服飾文化に見る精霊の森と、ヒト族社会の差異のことを一生懸命考えていたころにまで意識が飛んでしまった

 街にきてからよく「森」の頃のことを思い出す。

 アイラちゃん様がおっしゃるには、ほーむしっくというものらしい。

 郷が恋しいのだと。

 ううん・・・試合に集中しないと。


 相手はギガス・マグナス先輩という、2年生の実力者らしい。

 クラスメイトのアイラちゃん様からの情報では魔法戦技も魔砲も高めな魔力と、執念深いまでの努力で何でも使える様になるまで訓練しているため、いろいろこなせるものの、生来の不器用のために、寸止めや手加減が必要なこの大会ではほとんどの戦技を使うことができない方だそうで、中遠距離主体の私から見て相性は悪くないそうだ。

 せっかくアイラちゃん様が知る限りの本戦出場者の情報を教えていただいて、それを読み込んできたというのに、一回戦で有利な相手とあたっておいて、負けてはいおしまいでは悔しいだろう。

 一年生とはいえ、私はエル族の代表の様なものだ。

 その私が、無様な戦いなど見せるわけにはいかない。


 試合開始が宣言される。

 マグナス先輩はその巨体の大半を水に沈めたままで、魔力強化によって無理やりこちらに向かって走ってくる。

 結構早い!


 アイラちゃん様からの情報どおり、彼はその不器用さのためか徒手空拳、確かにそれならやりすぎなければ相手を即死させてしまうことはそうそうない。

 ただ私にとってやっかいなのは、その腕で打ち落とされた攻撃はあたり判定にならないこと。

 拳が武器として判定されるので大きく裂傷を与えたりしない限りはあたりとならない。

 そして、私も手加減しつつ先輩の魔力障壁を突破する火力を出すのは難しい。


 それでも相性有利といえるのは、この大会は一発ヒット性のあたりを出せば勝ちとなることと、私のほうが水上での移動力、遠距離での手数、そして無論遠距離攻撃の精密さで勝っていることだ。

 ついでに魔法力量も、エルは魔法力に恵まれた種族で、ヒト族から見ればほとんど無尽蔵に近い魔法力を使うことができると思われている。


 とりあえず様子見に弓に魔法でつくり出した風の矢を番える。

ギィ!」

 名前のない魔法、ただイメージをしてその名前を呼べば、近くにいる精霊たちが力を貸してくれる。

 ギィイシュカエードラム、エル族が使える三種類の精霊魔法、イメージ力次第では上級以上の効果も発揮できるけれど、私程度では下級魔法くらいまでしか出せない。

 それでも魔法を構築する必要がないというだけでかなりの優位!


 私が放った風は三つの別の飛翔体となってマグナス先輩に向かっていく、しかし・・・。

 パシン、パシン

 マグナス先輩の拳は風を正確に打ち払う。

 やっぱり、ちまちましたのじゃだめみたい。

 私は風魔法「幌の翼エアロキャノピー」を使用して大きく距離をとる。

 幌の翼は、魔法で作った幌で近くの風を包んで、それを吐き出すことでジャンプするための魔法。

 森の中では樹や老木トレントの上に乗ったり、飛び移ったりするのに使用する。

 そして、私は大きく跳び下がりながら次の手を撃つ。

イシュカ!」

 幌の中に残っていた水と水精霊にお願いして今度は槍を形作り、七条の水槍がマグナス先輩に向かって襲い掛かる。

 一応は岩くらい簡単に穿ってしまう程度の威力、狙いは腕と足なので、当たっても即死してしまう様な怪我は負わないはず。


「効かぬ!」

 しかしマグナス先輩はその魔力をまとわせた拳でいともたやすく水槍を打ち落とす。

「ですよね!」

 単純な攻撃ではだめだ。

 マグナス先輩は不器用者とはいえ実力者、単調な攻撃ではだめ・・・。

 とと、いつの間にかまたかなり近づかれている。

 再び幌に風を取り込んで大きく跳躍する。

 その時、先輩の頭上を通り越す時に、先輩は2発だけ単純な直射魔力弾を撃ってきた。

 単純な分弾速はかなり速くて、幌が当たり負けして破れる。

ギィ!」

 あわてて風精霊に助けを借りて、体勢を立て直しながら考える。

 今先輩、狙いをはずした感じがした・・・?

 あぁ、太陽がまぶしかったのかしら・・・?

 太陽・・・目くらまし・・・。

 その言葉に私はかつて森でリスティと行った狩のひとつを思い出した。


---

 あれは、8歳のときだったかな、リスティももう外皮の移動形態が使える様になっていて、よく一緒に森を駆け回っていた。

 エル族の子どもは森の中で遊びながら、精霊たちとの付き合い方を覚える。

 トレントもほぼ同じ、違いといえば、エル族は所属を表すために集落の服と髪飾りをつけるけれど、トレントは髪飾りだけで服を着ないことか。


 その日は、前日までの長雨でなかなかお外に出られなかった私とリスティのテンションがあがりきっていて、ちょっと遠出をしてしまったのだ。

 気がついたときには2つ隣のリンデンティアの集落の近くにいて、その日始めて出会ったあちらの集落のエル族の双子、2つ年上のエリンとヴィクターと一緒になって遊んでいたのだ。

 エル族の子どもの外遊びは、「弓の形をした杖」を使って弱い魔法で的当てや、森の魔物や動物を狩ること、そうやってエル族は自然の中で魔法の使い方や体の動かし方を覚える。


 そして出会ったばかりの二人と一緒になって夢中で狩りごっこをしていた私は、途中でリスティが着いてきていないことに気付くのが遅れてしまった。

 あわてて3人でリスティを探すと、幸いリスティは割りとすぐに見つかったが、そこは幼木トレントが一人で暮らしている場所だった。

 池の真ん中の小島、水はそこそこ深く、池は広い、小川の流れの途中で踊り場の様になっているみたいだ。

 その子はどうやら親もいない状態らしくて、言葉も理解できない、名前もついていない1歳半~2歳弱ほどの幼木トレントで、今まで生きてこられたのが不思議なくらい・・・。

 どうもその子は近くを通りかかったリスティをみて声を出し、リスティはその子の声を聞いて立ち止まったらしい。

 自分の顔はわからなくても、同じ様な形状をしていることはわかったのだろう。


 森ではたまにそういうことがある。

 集落が近くにない場所の老木トレントが種子を産み落として忘れてしまったり、若いけれど所帯を持っていないトレントが一人で作ってしまって、世話しきれないと捨ててしまったり。

 そういう場合にもエル族の集落に相談してくれればどこかの家が育ててくれるものなのだけれど、たまにそうやって放置されてしまう子がいる。


 そういった子はほとんど大きく成長することなく、森の小動物や魔物に食い殺されたり、十分な栄養を取ることができずに立ち枯れしてしまったりするのだけれど、その子は幸いにして1年半ほども成長することができたみたいだ。

 周りにやや深い池があり、近くにエルの集落があるため大型の生き物は水飲み以外には近づかず。

 近くに腐った葉っぱが漂着するため、手の届く範囲のそれを自分で投入口に入れて生きながらえてきたんだろう。

 すごい偶然だった。


 幸いリスティのことをお友達だと思ってくれたみたいで、見た感じなついているし、ガリガリにやせてはいるけれど健康そうでもある。

 4人で相談してその子はリンデンティアの集落に連れて帰ることにした。

 といっても、私たちは当時まだ子どもで、1歳半ばの子どもとは言えまだ歩けない幼木トレントを運び出す力はなかった。

 リスティがいるので土に埋まっている外皮部分を掘り起こすだけはできたのだけれど、いったん私とリスティがその子とその場に残り、エリンとヴィクターが大人を呼んで来てくれることになった。


 2人を見送ったあと3人で並んで座っていると、その子はおなかが空いたみたいで、小島の淵に流れ着いた葉っぱに手を伸ばし始めた。

 ガリガリの小さな手は一生懸命に葉っぱの方に伸びて、ようやく一枚の葉っぱ、それも虫食いだらけでほとんどのこっていないそれを、その子は大切そうに投入口へ入れた。

 それからほかに漂着している葉っぱがないかきょろきょろと見渡してからまた手を伸ばし始めるけれど、手が届かない。

 リスティがそれをとるとその子はきょとんとした表情でリスティの顔と、手に持った比較的きれいな葉っぱとを見て、口からはだらだらとよだれをたらす。

 相当おなかが減っているみたい。

 育ち盛りがたまたま流れてくる葉っぱだけでは、生き残れても、いつも飢えているのだろう。


 しかしリスティは何を思ったかその子の前でそれをぱくりと食べてしまった。

「ちょっとリスティ!?」

 思わず声を出すけれど、小さな葉っぱはもうリスティの口の中・・・。

 しばらくモニュモニュと噛んでから、リスティはそれをペッと池の中に吐き捨てた。

「ウァー、ァーァー!」

 それをみてその子は非難の声をあげるけれどリスティはのんきに

「オイしく、なイ。サーニャのほウが、オイしい。」

 と悪びれることなく感想を述べた。


 しかし、その子は目の前でごちそうを奪われたのがショックでリスティをポカポカとたたく。

 大して痛くはなさそうだけれど、少しうっとうしそうにしながらリスティは私を見つめた。

「なによ、どうしろっていうのよ?」

「サーニャの方が、ごちそウ、この子に、オしエる」

 いいながらリスティは外皮を変形させる。

 それから外皮の中に手を突っ込むと何かを包んだ葉っぱを取り出した。

 それは、うちの集落でよく用を足すところに生えているのと同じ葉っぱだった。

 いやな予感がした・・・。


 案の定というべきか、葉っぱの包みをリスティが解くと、その内側からは半透明の白濁とした結晶が現れる。

 石英や宝石の原石の様にも見えるそれは紛うことなきエル族の老廃物・・・、しかもわざわざリスティが持ってきているということは私の・・・。

「ちょっとリスティ!あんたまた勝手に精霊たちの分まで取ってきたわね?あんたのおやつ分はちゃんとあげてるでしょうが!」

 そういって怒鳴りつける私にリスティはやはり悪びれる様子はない。

「でも、オかげで、この子のごはん、なる。」

 そういって、リスティはそれを二つに割ると、一つは自分の口に放り込んだ。

 そしてもうひとつはその子に手渡す。

 その子は口の中で飴玉の様にコロコロと音を立てながら笑顔を浮かべるリスティを見て不思議そうにする。

 その視線はどちらかというと、包んでいた葉っぱの方に興味を引かれている様だ。


 それもそのはず、この年頃のトレントは口に味覚を感じる機能がなく、食堂や消化器系も未発達であることが多いため、声を出すこととせいぜい水分を摂る用途でしか口を使わない

 その上、この子の周りには今まで大人のトレントも、エル族もいなかった。

 だからリスティが食事をしていることがわからないのだ。

 そしてはじめてみるご馳走(エル族の老廃物)よりは食べなれた葉っぱ、ソレもまだ青々としたものに興味を引かれたみたいだ。

 実際には青々とした葉っぱはちゃんと消化できず腹痛に見舞われるだろうけれど・・・。


 それにはさすがに気がついたらしいリスティは、口から一度先ほどより小さくなったソレを手に吐き出すと、見本を見せる様に投入口(は成長するとなくなるので、近い場所の外皮を変形させてそれっぽくした)に入れた。

 それからまた幸せそうにしてみせる。

 幼木トレントの幼女はピクリと反応すると、先ほど手渡された私の老廃物を見て目を輝かせ始めた。

 手本を見せられてソレが食べられるものだと理解したのだ。


 待ちきれない様子で投入口を開き、落とさない様に小さな両手でしっかりとつかんだソレを手ごと投入口に入れてから中で手放した。

 そして、再度投入口から抜き空いた手で投入口の蓋をしっかりと閉じると、とたんにトロンと溶けるような表情を見せた。

 相当に気に入ったみたいだ。

 人型部分でリスティに抱きついて機嫌のよさそうな声を出す。


 エル族のソレは幼木トレントの頃であればほとんどそれだけで育つくらい、トレントにとっては栄養価の高い食べ物だ。

 私たちにとっては食べ物には見えないけれど、彼女たちにとってのソレは嗜好品であり、薬であり、ご馳走でもある。

 今までほとんど食べるところのないびちょびちょの葉っぱばかりで生きてきたその子にとってはじめて食べる別のものだったのだろう。

 しばらく機嫌よさそうにしていたその子だけれど、しばらくすると全部溶けてしまったみたいで、そわそわと落ち着かない様子になってしまった。


「ごめンね、リスティ、もウもってなイ」

 そういってリスティが手をパタパタと振ると次にその子は私のほうへとすがってきた。

 けれど自分で持ち歩いているわけでもないし、ここは魔物もいる上に近くに見守ってくれる老木トレントもいない、こんなところで無防備をさらすことはできない。

「ごめんね、私もないの・・・」

 そういってなででやるとその子は鼻をひくひくさせた。

 どうも匂いが近いことがわかるみたいだ。

 その子はまだ口には味覚がないはずだけれど、私の指を口に含んでモニュモニュと舌で弄るとうたた寝を始めた。

 とたんその子がむちゃくちゃにかわいく思えてくる。

 でもよその子をかわいがっているところをリスティに見られるのはなんとなくバツがわるい。



「それにしても、エリンとヴィクター遅いわね、道に迷ってるのかしら?」

 とっさに会話を始めてごまかす。

 リスティを育ててきた私としては、こんな風によその子のかわいさに身もだえしているのを見られるのはなんていうか、裏切ってるみたいで・・・。

「そウだね、オそイね」

 リスティのほうはそう気にした様子もなくいつもどおりポヤポヤとお日様に当たっている。

 二人の眠たそうなトレントに囲まれて、その穏やかな光景に私も次第に眠たさを感じ始めた時だった。


「ぅー!うーぅ!!」

 突然、幼木トレントがおびえた様な声を出した。

 そして私から体を離すと外皮を変形させ始める。

 それは勝てない相手から身を守るときにする防御のための行動で、樹木型のトレントなら普通は丸太状になる。

 しかしその子はうまくできないのか体は丸太の様に隠したのだけれど、両腕が外皮の外にはみ出した状態になった。

「これって防衛行動!?何かいるの?」

 私が叫ぶと、リスティも外皮を変形させて、移動体の脚部を少し高くする。

 私は弓の杖をつかみながら周囲を警戒する。

 かわいいこの子をおびえさせるなんて許せない。

 そのときは確かにそういう強い勇気が私の中にあった。


 その正体は池の向こう、茂みががさがさと揺れて、そいつは現れた。

「っ・・・・!最悪ね。」 

濃い黄色地に黒い斑の毛並み、この森に住む中では最凶最悪の部類に入る四足獣の魔物。

 肉食を証明する大きな牙と大きな手足を持ったサーベラスジャガー、体の大きさは1m半ばといったところだが、その25cmともいわれる牙は、ほとんどの生物を一撃で失血死に追い込むといわれている。

 何よりも最悪なのは・・・

 グルルルル・・・。

 後ろからも声が聞こえる。

 すでにリスティが警戒してくれているけれど・・・

 この森にすむジャガータイプのほとんどが単独行動する中、この魔物は番と1頭の子どもの3頭で群れるのだ。

 まだましなのは魔法による強化が、下半身のみという点と、水を恐がるという点。

 それでも子ども3人で相手にするのなんてごめんこうむりたい相手。

 私だけなら幌の翼で逃げられるけれど・・・。

 それはつまりこの小さな幼木トレントと私のリスティを見殺しにするということだ。


 そんなのだめ・・・もう少しでエリンとヴィクターが大人を連れてくるはず・・・ソレまでなんとか3人とも無事でいれば・・・。

「サーニャ、くる、」

 緊張から思考力が低下した私にリスティが声をかける。

 のんびり屋のリスティもすでに変形を終えて、人型がかなり高い位置にある。

 上から魔法でけん制してくれるみたいだ。

 リスティはまばらに石礫の弾丸をジャガーたちに向かって降らせ始める。

 1桁の子どもが使える魔法はほとんどは目くらまし程度、それでも得意な魔法ならば魔力強化されてないところに当たればそれなりのダメージを与えられるハズ。

 そう考えた私は正面側のジャガーの腹部に狙いをつけて下級攻撃魔法「ストリームアロー」を放つが・・・あっさりと回避される。

 悔しくなってもう2発放つけれど・・・どちらも回避される。

「なんで!?ちゃんと狙ってるのに!!」

 ジャガーより小さいウサギやタヌキを狩るときにはほとんど外したことないのに!!

 躍起になって、もう少し弱い初級風魔法「エアシックル」を乱発するけれど、よけられてしまう。


 そして、鬼気迫るリスティの声

「サーニャ!後ろ!」

 振り向くと、後ろからもう片方のジャガーが池の向こう側から助走をつけて走ってくる。

 ジャンプするなら、空中では向きを帰られないはず・・・そう考えて、私の使える中で一番殺傷力の高い下級風魔法「ゲイルペネトレイター」を放つ準備をした。

 そしてまさにジャンプするという瞬間に放ったけれど、ジャガーはまさかの横跳び、そして・・・

「アァアァァァァァァ!!」

 幼木トレントのくぐもった叫び声、見れば後ろの、先ほどまでエアシックルを回避していたほうのジャガーがいつの間にか小島まで跳んで来ており、丸太化した幼木トレントからはみ出ている腕を食いちぎっていた。


 頭に血が上る。

「うわぁぁぁぁ!よくも!!よくも!!」

 やられた!だまされた!

 そして風魔法を乱発する私をあざ笑う様に横跳びした後のジャガーが背後から小島に跳躍して来ていて幼木トレントのもう片方の腕を食いちぎる。

 今度はもう叫び声もあげない。

 私は怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じながら魔力に任せて初級風魔法「エアバレット」を乱射する。

「サーニャ、落ち着イて、トレントは頭、やられなければ治る。」

 リスティが私を落ち着かせようと声をかけるけれど私には届かない。

「サーニャ、そンな攻撃じゃ、アたらなイし、サーニャの魔力、尽きる」

 そこまでいわれてようやく少し頭が冷える。

 そうだ。

 このジャガーたちですらフェイントと連携を見せたのだ。

 リスティのいうとおり、幼木トレントは幸い人型部分の腕を食いちぎられただけ、自然に治るのだ。


 ジャガーたちは食いちぎった腕をその場にそっと置くと、次は私を狙おうかリスティを狙おうか、それとも幼木トレントの中身を狙おうかと品定めしているみたいだった。

 ならば・・・。

 私はひとつの作戦を思いついて再度エアバレットの乱射を始めた。

「サーニャ!なンで!?」

 リスティが驚いたみたいに声をだすけれど、ただでさえのんびり屋なのと、外皮を変形させているため声に混じるノイズが緊張感を弛ませる。

 そうだ狙うべきは攻撃をしてくる瞬間、相手の油断を誘って・・・。


 ジャガーはむちゃくちゃに放たれるエアバレットの間を縫う様に勢いをつけると、再度跳躍の様子を見せた。

 そして、正面のは横っ飛び、後ろのほうが実際に跳びかかってきたけれど今度はちゃんと風の精霊の声を聞いて、大体の場所をつかんでいる。

 そして、そのイメージはすでにできている。

イシュカよ!」

 幸い足元には水場がある。

 それならさして準備することもなく、水の精霊にお願いするだけで私のイメージをかなえてくれる。

 結構な勢いで水柱があがり、空中で身動きの取れないジャガーの腹を思い切り水流が襲う。


 そして、横っ飛びしたほうにも湿った土の中から水が人の手を模した形で着地した足をつかむ。

「これでとどめよ!ゲイルペネトレイター!」

 エル族とは言え乱射しすぎで減りきった残り少ない魔力を振り絞って放ったとどめの一撃は、それぞれジャガーの間抜けに開いた口と、きりもみして動けないジャガーの腹とを撃ち貫いた。

 頭をうがたれた方はそのまま2度痙攣して動かなくなり、腹を貫かれたほうは立ち上がったが、体の中身がズルリとはみ出て、血があふれて池を赤く染めた。

 それからリスティの放った尖った石弾が回避しきれずに頭に直撃し、動かなくなった。


「勝った・・・?ハァハァ・・・」

 安心してその場にへたり込む、リスティは外皮を戻して、人型形態になる。

「サーニャ、大丈夫?使いすぎ・・・。」

 ノイズが消えて聞き取りやすい声になる、でも私なんかどうだっていい。

「チビちゃん!聞こえる?怪我治してあげるから、お顔を見せて、チビちゃん。」

 そういって声をかけるけれど、幼木トレントはまだうぅうぅといっていて丸太状態のままだ。

 千切れた腕の肉が見えて痛々しい。

 トレントは治るとはいえ、エル族の私からしたら絶望的に見える怪我だ。

「チビちゃん・・・」

「サーニャ・・・」

 幼木トレントに呼びかける私にさらに呼びかけるリスティ、其の声は少し震えていた。


「なによリスティ、いまはチビちゃんが・・・ヒッ!?」

 いいながらリスティの方を、見ると、リスティは池の向こうを見ている。

 私もそちらに目をやるとそこには、もう一頭ジャガーがいた。

 戦慄した。

 それは先ほどまでの2頭の子どもなのだろう確実に小さく、確実に弱い・・・けれど、今の私たちもさっきより確実に弱い、何せ魔力が空っぽだ。

 精霊魔法なら少しは使えるかもしれないけれど、疲れきっていてイメージに集中できそうにない・・・。

 私か、リスティのどちらかが犠牲になるかもしれない。

 その覚悟を決めた。


「ドゥラァァァァァァ!!」

 その時だ。

 叫び声が聞こえて2mくらいの長さの木の杭が飛んできた。

 そしてその杭は若いジャガーのすぐ真横の地面に刺さった。

 ジャガーは少しよけたものの、外れたと判断したのかグルルとうなり声を上げたが、そこで杭が4つにパックリと割れた。割れた真ん中芯の部分はそのままで割れた4方向の破片は風の刃をまといながら広がって、ジャガーはよけきれずに首と胴とを切断された。


「た、助かった・・・?」

「みたい・・・。」

 それは、大人のエル族が投げてくれた魔法付与武器で、エリンとヴィクターがつれてきた幼木トレントを回収するためにつれてきてくれた3人の一人だった。


 それから私たちは、子ども2人でサーベラスジャガーの大人2頭を撃退したことを大変にほめられ、ねぎらわれ、リンデンティアの大人たちにメリアティアへと運んでもらえることになった。

 おチビちゃんも一緒に運んでもらって(見つけたのはリスティなので、リスティの妹分としてメリアティアのトレントになることになった。)集落で唯一独居状態になっていた叔母の家に暮らすことになった。

 おチビちゃんは大変貴重なリンゴのトレントということが判明し、レティ・アップルティアという名前をつけられて、彼女に会うためにエリンとヴィクターもちょこちょこ集落に遊びにくる様になって、集落同士の交易も増えた。

 私が倒したサーベラスジャガーの毛皮と骨格はリンデンティアとメリアティアの友情の証として1頭ずつ持つこととなり、返礼としてリンデンティアから助けに来てくれた方が倒した子サーベラスジャガーの素材と、彼のつかっていた杭が贈答された。


---

 あの時私は、サーベラスジャガーのフェイントに目くらましされて、レティに痛みを感じさせることになってしまった。

 あれってフェイントや目くらましが人間に有効ってことだよね・・・。

 今のところの授業では基礎のことばかりでそういう虚実の技巧は習っていないけれど・・・。


 よし・・これでいこう・・。

 先輩からさらに跳躍で離れながら水の精霊にお願いして、今私がいる場所に水の密度の低いところを作る。

 そしてさらに下がりながら・・・

「フラッシュ!」

 ただの目くらましをする。

 そしてこれが私の本当の目くらまし。

「エアバレット」

 112発の風の弾丸を用意して順次放つ。

 先輩は一発一発叩き落しながら猛烈な勢いでこちらに接近してくる。


 正確な打ち落とし、器用値が極端に低いらしいのに、なんてすばらしい腕前だろうか・・・、しかしその正確さが命とりになる。

 私のほうへ直進するなかで、先ほど水の密度を下げた場所で、先輩はエアバレットを空振りした。

 しかし爆発的な反応速度で先輩はピタリと拳を止めると、顔面に当たりそうになっているエアバレットをのけぞって回避、其の瞬間、私から視線が離れた。

 今だ!!

イシュカよ!!」

 先ほど密度を下げてもらった分のあぶれた水は、その場所の中央で高圧力の水の塊となっていた。

 それをそのまま打ち上げてもらったのだけれど、その位置はちょうど先輩の背中の後ろになっていた。

 ついでに言えば先輩は正確に打ち落とすあまり、水の密度でずれた分の補正が間に合わなかったため空振りしたのだけれど、其の直後なので、ちょうど背中の下に残っている水精霊にお願いができた。

 空中ならばその正確な打ち落としの動きも難しいだろう。


「ストリームアロー!!」

 私は11本のストリームアローを先輩の周囲からばらばらに打ち込む。

「勝者!サーニャ・ソルティア選手!!」

 次の瞬間先輩が当たり判定を受けて、私の勝利が宣言される。

 先輩との相性差で勝っただけだけれど、過去の経験が、教訓が私に勝利をもたらしてくれたことがうれしい。

 そして何より、なんとなく私のリスティやかわいいレティがマグナス先輩に勝ったみたいな気持ちになった。

 何かの果実を齧りながらこちらに手を振っているリスティに全力で手を振り返しながら、私は今日も故郷の森を思い出していた。

別に意識したわけではなく書き始めたのですが、気がついたらあまりにも排泄周りのエル族の文化について書いていたので3200文字ばかり削りました。

トレントとエルの生態や文化がヒト族とかけ離れているためス○○ロではないつもりです。

都合でカットしていますが、レティが丸太防御から腕を出していたのは、これまでも何度かジャガーに襲われて、腕だけ持っていかれているので、トカゲの尻尾切り的に覚えたものです。

ひどくやせていたのも腕がないときは食事もまともに取れないからです。

次回はもうちょっと普通の話を書きたいと思います。

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