第98.9話:鉄壁と絶壁
オケアノスが見舞われた戦禍より少し前のこと、イシュタルト王国王都軍官学校1年剣士課のとある組ではその日武技の訓練度を確認するため定例の実技の授業があった。
学生たちは、無作為にその場で武技の実演を行う。
その順番は教官がその場で言い渡し、まずは地面に立てた杭に向かって技を見せた後、ある者は教官に向かって打ち込ませたり、またある者たちは級友同士での模擬戦の形式を取らせたりと様々であった。
一年生はある程度能力の適性で組分けされており、この組は特に能力の高いものを集めているものの、技術的にはすでに武術の師範級に匹敵する者から、武術の手ほどきを受けている子ども程度のものまでピンキリであること、そして、学校では身分の上下は関係ないという建前だが、やはりそこは人間感情というものが存在する。
つまり、才能はあるのにまともに体を動かしたことのない貴族のボンボンを怪我させるのは怖いのである。
「次!ライコネン!年初は確か魔法剣で杭打ちだったな、よし今回も杭を打て!どれくらい威力が上がったかみせてくれ」
教官の声が響き、名前を呼ばれた男子学生は木剣を振り上げると木の杭に向かって、最大威力の魔法剣を放つ姿勢に入る。
「はい!ライトニングスラッシュ行きます!」
「「おぉ~」」
ライコネンが杭に打ちかかるとパシパシと何か弾ける様な音が木刀から聞こえ、切りつけられた杭は表面に傷をつけた。
ライコネンは宣言したとおり、武器に帯電させ切りかかる魔法剣、ライトニングスラッシュを使ったのだ。
ライトニングスラッシュの命名は本人によるものだが、この程度の威力では実戦にはやや遠い、といわざるを得ないだろう。
しかしライコネンはどこか誇らしげで、見ていた学生たちもおぉとため息をついている。
それだけ雷の魔法を使うものは稀だ。
雷魔法は神話の六聖の中でも全能者といわれる神王の力の象徴であり、いまだ神王の苛立ちが人類世界に漏れ出してくるのが荒天の雷だといわれていることもあり、雷属性も神王がその者を祝福しているといわれるほど稀有な魔法の力だ。
1人前の魔法使いが100人いて1人いるかどうかといわれている。
そもそもライコネンは一人前の魔法使いですらない剣士であり、雷魔法の威力も静電気よりは強い程度のものだが、それでも一目置かれるほど雷の属性というのは所有者が少なかった。
彼が使ったライトニングスラッシュは剣に電撃を纏わせて斬りつけるというものだが、制御の甘い彼は電撃を剣の周りに固定してしまい、攻撃に使うには相手に密着させねばならず。
なおかつその攻撃力も直接触れたところにしか影響しないものとなっていた。
つまり打ち合った相手を痺れさせたり、相手の剣を溶断したりはできない物で、実戦用には程遠かったのであるが、彼はやはり誇らしげだった。
自分は神王に選ばれた戦士なのだと、幼い頃から思い上がっていた。
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(アルフォンシーナ視点)
私が、軍官学校に入学してから2ヶ月と少し立った。
あいにくとアイラちゃんやソニアちゃんは攻性魔法課、アイリスちゃんも補助魔法課とクラスが離れてしまったけれど私は志望していた通りの剣士課に入学できたので満足している。
私の実家であるオイデ子爵家は、土地持ちの上役職持ちでもあり、お金にも余裕があるほうなので初めは貴族寮を使わせてもらう予定だったけれど、ユークリッド様やアイラちゃんが是非にといってくれたので、ホーリーウッド家の王都屋敷の一室を借り受けることになった。
オイデ子爵家はシルヴェストルが継ぐ様に動いているので私の将来は、誰かと結婚して家をでるか、またはアンゼルス砦の管理職級の騎士や従士と結婚して、シルヴェストルを支え、オイデ家を守り立てていくかが将来図だったけれど、今後アンゼルス砦はその規模を縮小し、国境砦ではなく、対魔物領域の監視と流通路の治安維持、そして関所としての役割へとその役割を変えていく予定で、わがオイデ子爵家も国境防衛の職位は解かれ、変わりにグリム盆地東側の治安維持と一部地域の管理を任されることになる見込みであるので、どこかに嫁入りするほうが現実的となった。
その目的から言えば、私の軍官学校入学も将来の軍務のためではなく嫁入り先探しに重点が変わったのではないかと思う。
聖母信仰のサテュロス大陸でも特に西側は恋愛結婚至上主義が多い、これは神話において聖母が起源獣や魔物と交わった結果一度は没したことに由来したモノで、女性が望まない相手との性交渉し出産をすることは負担になると教訓されるものだ。
その一方で聖母がさまざまな種族や時には自身の生んだ子とも交わったことから本人たちの意思にさえ反していなければ異種族や兄妹であろうとも結婚することができる。
その傾向は西に行くほど強いのだけれど、その思想が行き過ぎた結果なのか一部の地域では純血主義やヒト至上主義と呼ばれるものたちは、ヒト族以外の種族のことを魔物と同列に扱い、ひどい例では獣人族の者を殺し食用にする文化まであるというけれど、少なくともイシュタルト王国では人種による不当な扱いは禁止されているので、私の結婚相手探しにももちろん獣人たちも候補者として含まれる。
といってもクラスにはオーティス君しか獣人男子はいないうえに、彼にはすでに婚約者がいるらしいが・・・。
多婚が禁止されていないとはいえ私も年頃の女の子、やっぱり自分のだんな様には夢を見たい。
具体的にはまじめで私より強くて、将来性があって、できれば私がその人の一番になれる様な相手。
うーん贅沢を言っている。
最後だけ少し修正、私以外にすでに相手がいても、側室として私をもらってくれそうなだんな様がいい。
性格や将来性を見るためにこの実技の授業はとても大事なものだ。
たとえば彼ライコネン君は準貴族扱いの騎士爵家、それも3代の世襲が許されている家の嫡男で、十分に貢献をし続けるならば、つまり代毎の当主が騎士としての職務に忠実に働き続けるならば常に3代先までの騎士爵を保障されている。
騎士爵は通常領地はないが、職位としての騎士の給金とは別に騎士爵に対する年金が少量ではあるが発生するので下手な職位なし、土地持ち男爵家などよりも見入りが良い。
まぁその分軍務につき続けなければならないが・・・。
その彼の腕を見るに・・・うん、雷属性の魔法剣といえば聞こえはいいけれど、その剣の腕はクラスでも下の中、肝心の雷魔法の威力は私の強化魔法で切りつけたほうがよっぽど通るレベルで実用性は皆無。
出力だけでももう少し高ければ、鎧の騎士に受けさせるだけでちょっと痺れたりもするのだろうけれど見たところそれだけの威力はない。
おそらく幼い頃から周囲に雷属性を扱えるなんて!と持ち上げられてきたのだろう、剣術が疎かだ。
今のところ将来性はなさそう。
私は自分の将来か、シルヴェストルの未来のオイデ子爵家を盛り立てるための結婚をしたいので、こんなへっぽこには用はない。
私は、自慢ではないがそれなりに整った容姿をしている・・・らしい。
これでも代々貴族なのだから、容姿が整っているのは普通のこととは思うのだけれど、アイラちゃんやアイリスちゃんより少し色味の薄い金髪は、父上から少しおしとやかにしなさいといわれてから伸ばし始めて、最近ようやく女の子らしい髪型もできる様になった。
その姿でクラウディアにやってきてアイラちゃんたちに再会したところとてもかわいいとほめてもらえた。
私からすれば二人のほうがよっぽどかわいいし、サークラお姉様のあの近寄りがたいほどに完成された調和を感じる美貌を毎日見ているのに、私なんかを見てかわいいとか、きれいとか言われても面映いばかりである。
そのサークラお姉様もしょっちゅう私のことを(ソニアちゃんやシャーリーちゃんのことも)すごく気にかけてくれていて、特にクラウディアに着てからは毎日アイラちゃんたちと一緒にナディアさんやカグラ様からスキンケアや髪の毛のお手入れを指南されている。
その成果で最近は自分でも鏡を見ていて時々、自分って結構かわいいんじゃないか?と思える程度になってきた。
アイラちゃんやナディアさんは素材が良いから、だと言ってくれているけれど、少なくとも領地にいた頃はお転婆で困るという言葉しかもらってなかったと思う。
と、少し意識が遠くに行ってしまっていた。
目の前の男子たちの品定めに戻ろう。
跡継ぎのシルヴェストルが生まれたにもかかわらず父上が私を軍官学校に送り出してくれたのは、きっとオイデ子爵領かホーリーウッド家のためになる結婚やコネ作りのためのものに違いないはず、それなら私は4年間真剣に男性の品定めをしなくてはならない。
私は容姿が良いらしいといっても所詮まだ10歳の小娘で、これからまだまだ容姿は変わるし、それ以外の付加価値、たとえば戦士や兵士としての技術、いざというときに主家の居城や自宅を私に任せても大丈夫だといわれる程度の技量や采配を身につけておけば、領内に魔物の群れが発生しても、後顧の憂いなく旦那様が魔物討伐に出かけることができるだろう。
やっぱりちょっと意識が遠くに行ってしまっているかもしれない。
「次、ハスター!3番の杭に打ち込め」
「はい!」
ライコネン君の次の番だったロドリー君が杭を折ってしまったので次のハスター君は違う杭を指定される。
ハスター・シュツルムベルク、ハスター君は王領出身の男の子で年は私やユークリッド様のひとつ上、特徴的な白髪とややナンパな性格をしていて、女の子に対してとてもやさしい。
いろいろ合って4人一組の班を組んでいる相手の一人だ。
彼は2本の短い木剣を構えた。
消えた、というほど疾い分けではない、ただそれでもこのクラスの中にいる学生の中で彼の動きについていけると、自信をもって言えるものはいないであろう速さ。
どよ!と声が上がり、杭は少し遅れて4つに寸断された。
2本の木剣を交差させて杭を寸断させたらしい。
かなり鍛錬を積んでいる様だ。
ただ魔法の才能があるだけではあれほどの動きは無理だし、木剣の威力ではいくら腕が立ったところで太い杭はあれほどきれいに斬ることはできない・・・。
才能があって、鍛錬もしている、将来性のある男の子だ。
女の子にやさしいというのも良いが、ややナンパなところがマイナスと見るべきか、それとも・・・。
ただ今のところ誰かと特別にお付き合いしているという様な話も、寮に女の子を連れ込んだ様な話も聞かないのでナンパはポーズで、実際には身持ちは固いのかもしれない。
なににせよ、有力なお婿さん候補だ。
「よしハスターは後で模擬戦もやってもらう、体を温めておけ!」
教官も、ハスター君の動きならば次の段階にしても良いと判断されたのだろう、本日1人目となる模擬戦組にハスター君を組み込んだ。
それからも残りの男の子が杭への打ち込み、数名がその後教官に打ちかからせられるか、模擬戦組へと組み込まれた。
男子が終わったら女子の番・・・。
「次は女子の番だな・・・、まずはアイヴィ!お前からだ。杭に打ち込め」
「は、はい!」
教官が私と同い年の女の子、アイヴィに声をかけた。
アイヴィはナディアさんやトリエラさん、カグラ様と同じく黒の髪をした女の子で私と同い年だったこともあり、前述のハスター君、それと、たまたま近くに座っていた同い年のカイウス君と4人でフォーマンセルを組んでいる。
カイウス君は残念ながら模擬戦組には選ばれなかったもの、性格がまじめで好感がもてる男の子だ。
っと今はアイヴィの話だ。
「アレアレ~まだ男子の順番だったっけ?」
「おい、ジャックやめろよ、心は女なんだろ?」
「あ?男みたいな性格ジャンかよ」
「「ギャハハ」」
と数名の男子がとても残念な会話を繰り広げていたが、アイヴィがジロリとにらむと馬鹿話をやめた。
何気なく教官がなにかメモをつけているが、-の評価がつけられているんだろう。
「アイヴィ!がんばって!」
とりあえず空気を換えるためにも声をかける。
アイヴィは、10歳でまだまだ成長途中だけれど、現在胸がその・・・なんていうか・・・まったく成長の兆しを見せていないことを気にしている。
身長は私とそんなに変わらないけれど、胸の大きさがふた周りほど違う。
まだ気にする様な年齢じゃないと、同じ組の年上の女の子たちも慰めてくれるけれどアイヴィは男子たちから女の子として見られたいみたいで当初あまり似合わないぶりっ子の様なそぶりをしてみたりしていたけれど、結局すぐに地が出てしまったりして、男子たちは今もこうやってよくアイヴィのことをからかっているけれど、何人かは、馬鹿にしたりしてるわけじゃなくって、男みたいだといわれて恥ずかしがったり悔しがったりするアイヴィの反応を楽しんでいる様に見える。
「アイヴィー!その怒りを杭にぶつけろ、お前を馬鹿にしたらどうなるか教えてやれー」
そんな中、すでにアイヴィの扱いにも慣れてきたらしいハスター君が声援を送る。
それに対してコクンとうなずくアイヴィだけれど、アイヴィが目指す女の子らしい自分と、握った木剣ごと杭と地面まで木っ端微塵にする自分は本当に同じなんだろうか?
ていうか彼女の得意な戦法はヒットアンドアウェイのはずなんだけれど、すっごい力任せの一撃だった」ね?
「よしアイヴィ、お前も模擬戦組だ。ただし、くれぐれも寸止めは守る様に。」
教官はアイヴィも十分に練度があると判断した様で、アイヴィも模擬戦組にまわした。
「さすがだね、私も負けれらない、ちょっとだけアイヴィのお姉さんだもの」
戻ってきたアイヴィに声をかけて、私も自分の番を待つ。
間に二人入ったけれど、割とすぐに私も呼ばれた。
「次!アルフォンシーナ!」
「はい!」
教官が指示した杭に近い位置に移動する。
私は槍でも剣でも何でもそこそこ扱うことができる。
本領は柄の長い斧で、守り主体なのだけれど、今回の杭打ちでは剣を選択した。
木の斧ってヘッドの重さがあまりなくて使い慣れない。
私の得手は斧だけれど剣だって扱える。
アンゼルス砦詰めの防衛隊では、いざとなれば素手で中型魔物を抑えることだってるのだから・・・。
「行きます!」
イメージは決まった。
木剣の先に切り裂く風の魔法を、中ほどに爆ぜ散る火の魔法を・・・、名づけて
「ピアシングチャージ!」
私が繰り出した平突きはたやすく杭の表面を貫いて、中ほどまで突き刺さった。
同時に私は木剣の中にある初級火魔法を発動させつつ飛び退く。
目論見どおり、木剣ごと爆発した杭は内側から木っ端微塵になり、ぱらぱらと燃えカスが飛び散る。
一応後方の人たちに迷惑がかからない様に風の魔法でカーテンを作ってカバーもする。
アイラちゃん考案の複合魔法剣術、魔法力の高くない私でも実用的に使える魔法剣技、一般的な魔法剣と違って燃費が悪いので常時かけ続けることはできないけれどほんの2秒くらいの間なら、私にだって風魔法を剣に乗せるくらいはできる。
それでモンスターの毛皮や骨を貫通させて中で火魔法を炸裂させる、
「見事だアルフォンシーナ、次、レナ」
ほかの学生たちのどよめきを気にした様子もなく、教官は次の学生の名前を呼んだ。
「きょ、教官!?」
「ん?なんだどうした。戻っていいぞ?」
混乱する。
何かだめだったのだろうか?
せっかくアイラちゃんが一緒に練習してくれた技をお披露目できたのに、ハスター君や、アイヴィがよくて、私がだめなのはなんでだろうか・・・何か規則を外してしまったのだろうか?
いけないちょっと泣きそうだ・・・。
「教官、たぶんシーナは、なんで自分は模擬戦組じゃないのかって不安になってます。」
ハスター君が、いつのまにか私の隣にいて、私の頭の上にポスポスと手を載せながら教官に尋ねた。
ドキリとする。
ちょっと大胆すぎやしません!?
「あぁ、何だそんなことか、アルフォンシーナの使った技は、アルフォンシーナ自身の適性や、魔法力の運用の観点でみても、よく考えられている。それだけの技を持っているので1年の今の時期に求められる能力は満たしているだろうと判断した。模擬戦を言いつけている連中は、技の威力は申し分ないが、力の制御がきちんとできているか怪しい連中に、お互い動きながら、ちゃんと体を動かして、寸止めもできるか・・・そういうものを見るために言い渡している。お前が今の時点ではナンバーワンだから泣くな。すまないな、言葉が足りなかった様だ。」
と教官はこともなげにおっしゃった。
「あ、ありがとうございます。」
不安な気持ちが一瞬でなくなる。
「だそうだ、よかったな?てかシーナの方が点数上かぁ・・・」
とハスター君は私の頭においているのとは逆の手で自分の頭をかく。
後方では、ライコネン君をはじめ、すでに打ち込みのみで終わった学生たちがよっしゃーとか言いながら小さくガッツポーズをしているけれど・・・・
「ちなみにアルフォンシーナ以外の打ち込みで終わった連中は、人と打ち合うのを見る段階まで到達していないということだからな?もっと基礎トレーニングをしっかりしておく様に」
と教官がおっしゃると静かになった。
「ヘェ~すごいねぇシーナ、女の子としてかわいいだけじゃなくって、頭がいいだけでもなくって、実技もすごいんだねぇ・・・・」
いつの間にかハスター君と逆側に立っていたアイヴィがジト目で私のことを見ている。
「えっと・・・アイヴィ?」
「どーせ私は胸もないし、男みたいだし、頭悪いし、すばやさをとったらほとんど何も残らない男女ですよぉ・・・だ。」
言いながら自分の胸をもむ・・・なでる?アイヴィ、哀愁が漂っている。
「ほらお前たち、まだ授業中だ。さっさと座れ」
と教官にしかられながら私たちは端っこのほうに戻った。
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昼休み、アイヴィ、ハスター君、カイウス君と一緒に食事をとることにした。
いつも学校内に何箇所もある購買や、食堂で適当に取るのだけれど、今日は円形校舎の一角でとることにした。
実技の後着替えてから昼休みだったので、ちょっと出遅れたのだ。
「いやー参った。アイヴィの攻撃マジで腕が取れるかと思った。」
「ハスターが貧弱すぎんのよ!男の子なんだから女の子の攻撃くらい受け止めなさいよ!シーナならあれくらい余裕よ?」
模擬戦であたった二人がギャーギャーと言い合いをしている。
そこでどうして比較対象に私を出すのだろう。
「あぁっと、言い合いしてたら飲み物が切れたや、なんか買ってくる。」
ハスター君がコップに口をつけて、中身が空なのに気づく。
席を立とうとするハスター君に、間髪入れず
「あ、私モモ炭酸」
「僕はレモン炭酸で」
とアイヴィとカイウス君がお使いを頼む。
「おい一人で3つはもてないこともないが、人ごみの中は無理だ。」
とハスター君が文句を言うけれど
「あら、モモ炭酸とレモン炭酸、2つでちょうど良いじゃない?」
さっきまでの腹いせなのか妙にすがすがしい顔でアイヴィが告げるとハスター君は苦々しい顔をしながらも席を立った。
「仕方ないなぁ・・・シーナ、君は?」
最後に私にもないかとたずねる。
「あぁいえ、私は・・・」
まだ一口分残っているかんきつ類のジュースを見せながら断ると、そうかと笑ってハスター君は食堂のおばちゃんたちのいるほうへ向かっていった。
その背中を見送りながら。
「うーん3つはこぼすかもね」
「4つになったらどちらかがついていこうと思ってたのにね。」
とアイヴィとカイウス君はニヤニヤと笑い合いながら、私のほうを見ている。
何が言いたいのかわからないこともないけれど・・・ちょっとイライラしないわけではない。
堅物で通っているとはいえ、私だって年頃の女の子なのだから。
「うん、もうちょっと何か飲みたいから、私も何か買ってくるよ。」
そういって立ち上がる。
飲み終わったコップと食べた後の皿を持って。
そう、これは別にアイヴィたちのお膳立てに乗ったわけではなくって、私もちょっと運動後で予想より喉が渇いていただけだ。
ニヤニヤしている二人が気に食わないけれど・・・。
ハスター君に追いつくと、私は声をかけた。
あの二人はどう思っていたか知らないけれど、私は別にハスター君に淡い思いを抱いたとかではない、単にお礼がいいたかった。
「ハスター君、さっきはありがとう。」
「ん?なんのことかな?」
私が遅れてついてきたことには特に驚いた様子も見せず、振り向きもしないで、飲み物を買う列に並んでいる。
私もそのすぐ後ろに並ぶ。
「さっき私、もう少しで泣きそうになってた。ハスター君が先生に訊いてくれなかったら、皆の前で泣いてたかもしれない・・・。何かお礼したい・・・。」
「あぁ・・・ね」
私のつぶやき声に、ハスター君は居心地悪そうに答える。
私だってこんなこというつもりはなかったのに・・・。
でも助かったと思ったんだから、やっぱりそのお礼は言いたかった。
「で、シーナは何買うの?」
しかし、私の精一杯の頑張りは聞き流して、ハスター君は、まったく関係ないことをたずねてきた。
「え!?えっと、緑茶かな?」
そして私もついとっさに飲みなれている緑茶と答えてしまう。
うやむやにされた?
ハスター君の順番がきて、彼はレモン炭酸とモモ炭酸、塩味のウリ果汁と緑茶を注文した後渡しにモモ炭酸と緑茶を手渡した。
「えっと・・・?」
「持ってくれるんでしょ?」
そういってハスター君は微笑した。
まぁ確かに私がひとつ、ハスター君が3つよりは2人で二つずつ持ったほうがいいけれど・・・。
私の精一杯の言葉をスルーしておいて・・・ともやもやする。
それからなんとなく言葉が出てこなくて黙ったままでアイヴィたちのほうへ移動を開始する。
ほんの少しだけ歩いたところで、ハスター君が急に思いついた様に声を上げた。
「あぁそうだ。」
そして立ち止まる。
私も釣られて立ち止まり、振り向いたハスター君と目が合う。
「俺さ、1つ下の幼馴染がいるんだけれど」
と、笑うハスター君、その目は優しげで、アイリスちゃんを相手している時のアイラちゃんみたいで、私のことを子ども扱いするんだとわかった。
ひとつしか離れていないのに。
「真面目で、優秀で、でもちょっとしたことですぐ不安になる子なんだ。自分がやったことが間違いだったかも知れないと思うと、すごく脆い。なんとなく放って置けないよな。」
そういってニッカリと歯を見せて笑う。
ほらやっぱり子ども扱いだ。
「その子のこと好きなの?」
「うん、まぁ、一緒に居たいとは思ってるよ・・・寂しがりでね。」
先読みしてのやんわりとした拒絶、ハスター君はたぶんその子のこと以外は好きにならないんだ。
少なくとも今は・・・。
私が何をしても彼は喜ばないし、そのくせ私が困っていたらまた助けてくれるんだろう。
私が、つい引ったくりやチンピラを捕まえるのと一緒で、彼は困っている女の子を助けずにはいられない性質というだけで、それはたぶんその幼馴染のことを思い出すからで・・・
別にまだ恋をしていたわけじゃあないのに、なんとなく敗北感というか喪失感というか、悔しい?
それから言葉なく2人のところまで戻った。
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放課後、今日はアイヴィを西のサロンに連れて行くことにした。
シュバリエールのサロンってどうしても近寄りづらい雰囲気があるけれど、本当は誰が来ても出迎えてくれる場所。
シュバリエールへの所属はまた別の話になるけれど見学に来たり、誰かに入会の口ぞえを頼んだりはできるのだ。
でもやっぱりアイヴィもほかの人と同様勝手に訪ねてはいけない場所だと思っていたみたい。
招待するといったら喜んでついてきた。
サークラお姉様の結婚が近いということで、最近のアイラちゃんもアイリスちゃんもちょっと元気がないので新しいお友達を紹介すれば少しは元気になるかなと思い、声をかけたけれどアイヴィが失礼なことをしないかという不安もある。
アイラちゃんたちが平民だったころから付き合いがあるからついつい忘れそうになるけれど、アイラちゃんはいまや王国のお姫様で、アイリスちゃんだって男爵家の娘だ。
うっかり何かやらないといいけれどと思いつつ先導して歩いていると、サロンについた。
「ついたよ、ここからが西のサロンだけれど、運が良いとサーリア姫様やアイラ姫様がいらっしゃるから、粗相がない様にね?」
「りょうか~い」
元気よく返事するアイヴィに少し不安になりながらもサロンに入ると、アイヴィは運がいいらしい、アイラちゃんもすでにいるし、サーリア姫様もいらっしゃって奥まったところのいつものテーブルですでにお茶を楽しんでいた。
「あ、アルフィちゃんだ。わーい♪」
席の都合でいち早く気がついたアイリスちゃんがこちらに向かって手を振ってくる。
それで皆が気づいてこちらに視線が向く。
「アイリスちゃん♪」
いつもどおりの口調と笑顔に見えるけれど、ちょっと無理をしているみたいに見えるのは、きっと勘違いではないだろう、アイリスちゃんは頑張り屋さんで、お姉さんお兄さんたちにはべったり甘えるけれど、人前では笑顔でいようとするのだ。
だから私も、笑顔には笑顔で応える。
すると瞬間的な魔力の反応を私は感知した。
私が感じ取れたということは勇者であるアイラちゃんやユークリッド様はもちろん、エッラさんやナディアさんたちも気づいただろう、しかし誰も守りに入らなかったということはそれは敵意のない安全なものと判断されたということで・・・。
「やだなに、この子たち超カワイイ!」
アイヴィは私の横をすり抜けてアイラちゃんと、アイリスちゃんの元へ瞬間的に移動した。
その速さは、先ほどの怒りに任せての攻撃よりも素早く行われた。
「な、ちょっとアイヴィ!あなた、粗相はしない様に言ったでしょ!!」
「やぁーん、この子たちすっごくかわいい!!双子って卑怯すぎない!?」
アイヴィはアイラちゃんとアイリスちゃんをもろ手に抱きしめてその表情をとろけさせている。
まぁ抱きしめたくなる気持ちはわからないではないけれど、初対面の女の子にいきなり抱きつくだなんて・・・アイラちゃんはともかくアイリスちゃんがおびえないといいけれど。
「ねぇねぇ、アルフィちゃん、この子どこの子?」
「っていうか、女の子の制服着てますが、本当に女の子ですか?」
アイラちゃんが、抱きつかれた仕返しとばかりに、アイヴィの胸の辺りを触りながら大変に大変な発言をした。
「こんなちっちゃい子にまで!?」
アイヴィは涙目であった。
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「・・・ということでこちらのアイラ姫様は、軍官学校卒業後にはホーリーウッドに嫁ぐことになりますが、王家の姫であり、その斬新な着想から数々の新技術を王国に提供した技術者でもあります。失礼なことしないでって言ったのに・・・アイヴィ、あなたって人は・・・。」
私のお説教にうなだれるアイヴィ、さすがに自分の行動がまずかったと反省したのか、俯いていて一切言い返さない。
アイラちゃんは、それを横で聞いていたけれど、突然立ち上がった。
「アルフィ、ひとつ大事なことを忘れているよ?」
それも結構な怖い目つきで・・・私は何か失敗してしまっただろうか?
少し怖くなる。
もしも失敗してアイラちゃんに嫌われたらと思うと震えそうになる。
いやアイラちゃんは私がちょっと失敗したって悪意がなければ笑って許してくれる様な方だけれど、それでも捨てられるかもと想像するだけで怖い。
「なんでありましょうか?」
それでも何とか平静を保ってアイラちゃんに聞き返す。
するとアイラちゃんは「わからないの?」ともったいぶって教えてくれない。
頭の中がぐるぐるする。
「えぇっと、アイラ様が姫様方王族の皆様からご寵愛をうけていることでしy・・・・」
「ちがう。」
「姉上様がオケアノスの、妹君がペイロ・・・・」
「ちー、がー、う。」
思いつくままに言ってみるが、アイラちゃんのいいたいこととは違うらしい。
なになになんなの!?
混乱する私に対して、アイラちゃんは口を尖らせ、ほっぺたを膨らませる。
「ほんとに、わかんないの?」
と、年相応に見える不機嫌のジェスチャー、これはたぶん本気で起こってるわけじゃない、わけじゃないけれど、周りの人たちは空気やばいんじゃないか?ってひそひそ、逆にユークリッド様やサーリア姫様はクスクスと笑っている。
微笑ましいっていう笑顔?
一か八か・・・!
「アイヴィ、アイラ姫様・・・いえアイラちゃんは、私の幼馴染の親友でもあります。」
ニッコリ
と聞こえてきそうな大輪の笑顔で、アイラ様は立ち上がった。
「んふふーそうなんです、アルフィはボクの大事な幼馴染の親友の一人なんですよ、だから、その友人だというアイヴィさんもいつか友人の一人になれたらいいなって思ってるんですよ?なので今日のことは不問にします、これからは節度をもってちょっとずつ仲良くなっていきましょう?」
とアイヴィの前に屈み、手を差し伸べた。
何とか丸く収まりそうだ・・・と胸をなでおろそうとするも
「アルフィちゃん!私は!?」
と、アイリスちゃんのほうが、私に剣士課学生もかくやという見事な突撃を私にくれた。
グェと、みっともない声を上げそうになるのをなんとか我慢し、笑顔で対応。
「アイリスちゃんももちろん大事な親友です。」
と、そこまで言ったところで気づく・・・この場にはあと2人幼馴染の親友がいて、その上ほかのメイドたちやユークリッド様、トーレスさんに、みんな同じお屋敷で生活して、とてもかけがえのない存在・・・それがソルちゃんとエイラちゃん以外みんな私のほうをニッコリと笑ってみている。
これ全員名前呼ぶのは、メイドの立場もあるから無理だけど・・・言わないわけにはいかない。
「それと、ホーリーウッド邸の皆さんが、私にとって、第二の家族というか、えっと・・・とにかく大事な人たちなので!!」
若干やけくそ気味になりながら、たぶん赤くなっているであろう頬の熱を感じつつ叫ぶと、みんな納得・・・というより喜色満面か、勝ち誇った顔というべきか?
一様に笑顔を浮かべた。
「あはは、あのアルフィが顔を赤らめて、僕たちのことも大事だってさ」
「なかなか懐いてくれないなって思っていたけれど、そんな風に思ってくれてたんだねぇ、僕たちも君のことを家族として愛しているよ?」
「アルフィは、真面目な子なのでその、まだ10歳ですが皆様との立場とか、子爵令嬢としての立ち居振る舞いとか、気にしてしまうんですよ・・・」
順にトーレスさん、ユークリッド様、シャーリー、ほかのお邸組もみんな立ち上がると照れている私を取り囲んで撫でたり、し始めた。
最初に抱きついていたアイリスちゃんもついでの様にかわいがられ、周りで様子を伺っていたシュバリエールの人たちは目をパチクリして「え?無作法者を連れてきたのを怒ってたんじゃなかったの?」と混乱気味。
そしてアイラちゃんは・・・
「いやぁアイヴィ、君いい仕事してくれたねぇ、あの鉄壁気味のアルフィの真面目フィルターを取り除くナイスアシストだよ、これからもアルフィと仲良くしてね?それと男の子呼ばわりはひどかった、ごめんね?」
と、アイヴィのことも別に最初から怒ってなかったというアピールを周囲にしている。
「あ、はい、失礼なことをしたのは私なので・・・、申し訳ありませんでした。アイラ姫様がかわいすぎたもので・・・・もちろんシーナ、あぁアルフォンシーナとはこれからも友人として付き合っていきたいと思っています」
アイヴィのその声をきいたアイラちゃんは機嫌よさそうに笑う。
「うーん、シーナって呼び方もかわいいねぇ。アイヴィもなかなか見込みありそうだし、もしボクがユーリに嫁ぐとき、就職先に迷ってたら、ボクの近衛メイドにならない?子どもはたくさん作るつもりだから、信頼できるメイドさんはいっぱいほしいの、二人なら双璧と呼ばれる様な立派な近衛メイドになれると思うよ?」
と、アイヴィを口説く、っていうかそれ私もアイラちゃんに近侍しないかって誘われてる?
結婚以外の選択・・・いや、結婚はするかもしれないけれど、アイラちゃんとずっといられる選択、それも悪くないと思う。
アイラちゃんのいつか生まれてくる赤ちゃん、とんでもなくかわいいアイラちゃんとやっぱりかわいいユークリッド様の赤ちゃんなら、よほどのことがない限りかわいい子だろう。
その赤ちゃんに傅く私・・・うん、悪くない、できればアイラちゃんより少し早く子どもを作って、乳母になんかなったりして・・・うんそれも悪くない。
相手を見つけないとだけれど・・・。
アイラちゃんとユークリッド様の仲の良さからして子どもができるのははやそう、場合によっては在学中に作ってしまって、卒業後半年もたたずに産む、とかまでありそうだ・・・。
いやなにも一人目にこだわらなくたっていいよね?
一生のことだもの、結婚は慎重にしないと・・・・。
一人新しく示された選択肢とその妄想に没入する私の耳に上機嫌なアイラ様の声が再び入ってくる。
「鉄壁のアルフォンシ-ナと絶壁のアイヴィ、ホーリーウッドの近衛メイド双璧・・・なかなか様になる渾名だと思わない?」
「ま、まだ成長するから!まだ成長期だからぁ!!」
そして大いに希望的観測を伴った願望といったほうが正しいかもしれない少女の悲痛な叫びがサロンに響き渡った。
ということで私の大好きな二人組が新たにひとつ誕生しました。
アイラとアイリス、ナディアとエイラ、エッラとフィサリスなどなど2キャラ1セットにするのがとても好きです前周でアイヴィと結ばれた人が、今生では別の人とくっつきそうなので違うフラグを徐々に立てていくかも知れませんが、このあたりの人たちは本編にはまったく関係ないので気がついたら誰かと出来上がってる可能性もないではないです。




