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第98.6話:オブティシアン?オブシディアン?

 私、フィーナ・オブティシアンはイシュタルト王国に350年ほど仕え代々中級官吏を拝命する一族の娘である。

 代々・・・といっても世襲というわけではなく、役職もその代の当主の能力によって多少変わるけれど、基本的には財務か教育、もしくは土木の部署に配属されることが多い。

 意識して外交や軍務にはあまりかかわらない様にしている。

 こつこつと堅実に積み重ねることを苦にしない性質と、それが実った時に喜びを感じる性、そして人付き合いは普通にこなす割に『正しい規則』を守ることに関して偏執的ともいえる一族の性格が一族の繁栄を支えてきた。


 私自身、厳格な父に教えられて社会的集団内部における規則というものがどれだけ大切なものであるかを知っているし、それが間違っていた時や間違った解釈をされた時に大惨事が待っていることも知っている。

 それだけに私も規則を守ろうとする反面、ある程度は柔軟に規則自体に対しても注意深く観察する。


 そもそもオブティシアンの家はもともとは400年近く前に北方ペイロードとペイルゼンの中間地域から流れてきた小豪族で、当時はオブシディアン家を名乗っていたらしい。

 彼らはペイロード側に属していたが地域には同じ様に地方豪族が多くおり、その領域は虫食いの様にペイロード側、ペイルゼン側にそれぞれ属していた。

 今の様に平和になる前のことであったので時々は武力の衝突もあり、また虫食い状態であるせいで両王国も領域の線引きがうまくできずにいた。


---


 オブシディアン家はその不作の年も何とか例年通りの麦を租税として収めるためにペイロードへ馬車を出した。

 年貢を支払う代わりに有事にはペイロードひいてはその後ろ盾であるイシュタルト王国が地域を守ってくれていたのだ。


 ところで、そのころ中間地域にはペイロードとペイルゼンの両方にいい顔をして、いいところ取りをしようとする者たちがいた。

 オブシディアン家の南の地域にあったバイチャンバー家もそのひとつである。

 彼らはせっかく両地域にまたがるのであるから頭のよいものは両方のよいところ取りをするものだと、都合のよいときに都合のよいほうに属するということを繰り返していたという。

 私のご先祖様はずっとペイロード家と懇意であったみたいだけれど、時にはそのことで不都合を受けることもあったみたいだ。

 そんなオブシディアン家のことをバイチャンバー家は愚かで融通が利かないと馬鹿にしていた様だが、土地を失ったとはいえ、家名も変化を遂げたとはいえ今も末裔がこうして一定以上の裕福な暮らしができる環境にあるうちと、350年ほど前に一族皆殺しの憂き目にあった彼らとではどちらが本当に賢い選択をしていたのだろうか?


 その年の年貢を納めるためのオブシディアン家の馬車はいつも通り緩衝地帯となっている無人域を通って当時のペイロード市へと輸送をしていた。

 当時虫食い状にペイロード属、ペイルゼン属が入り乱れていた地域では、無人域を輸送路や休戦条約を交わしたりする調印の場として利用していたそうなのだけれど、オブシディアン家もその例に漏れなかったということ・・・。

 ただその年はいつもと違ったのだ。


 その年、小豪族バイチャンバー家とその領有地は、年初イシュタルト側に属しておりオブシディアン家はバイチャンバー家の隣接地域を通る無人域をペイロード領への道程としていた。

 バイチャンバー家がどうこうではなく単純に近いためで、同じイシュタルト属同士のときであればバイチャンバー家横を通るのが一番早く、道なりも平坦であった。


 ところがこの年バイチャンバー家は、年度半ばにペイルゼン属へと移ることを決断、理由は、少々土地がやせているものの、交通量が多い無人域を領有できれば、多額の税収が得られると考えたためだ。

 実際には、ペイロードかペイルゼンのどちらかに組み込まれてしまえばその時点で逆側の所属のものは通らなくなるし、通行料を取るというのなら、多少の遠回りになってもほとんどの豪族は別の無人域を通るのだろうけれど、それも考えられなかったらしいバイチャンバー家は隣接する無人域の領有のために、ペイルゼンに鞍替えすることにした。


 これは当時のイシュタルトとペイルゼンの開墾に関する法律にかかわることで、イシュタルトでは今とほとんど同じ規則、先立って四侯爵家か王家へ開墾の許可を得るか、既存の土地に十分に人が住める環境が整い、万全の状態になって人足が余っているときに遊ばせないために開墾の事業が必要な場合に開墾してもよいというもの。

 当時のイシュタルトにもすでに魔物の数の調整など、資源の利用や人数に対する耕地の面倒を見ることができる量などを重視していたため、現状で土地をもてあましている状態で開墾をすることに関してはそれなりに慎重だった。

 それに対して当時のペイルゼンは、先に開墾をしたとして宣言をすると査察官がやってきて事実を確認、許可をする形式であり無申告でも領有を仮決めすることができた

 そしてもうひとつ、税制に関する法律。


 地方領主の税収については、イシュタルトではやはり国王陛下か四侯爵家の承認が必要で過度の通行料などはかけることができなかった。

 そして、地方毎の法律も通常は小領主の独断では決められず制定の目的などをしっかりと王国側に説明しなければならない、無論緊急事態であったり、国の目が届かない地方の内部のみで完結する法律などでは例外だったり、見張りに引っかからない場合もあるけれど・・・

 そしてそれらに関するペイルゼン側の当時のルールは地方領主に一任というものだ。

 基本罰を与える相手が格上の領主などでさえなければその土地の税制も罰則も領主が決めることができる。


 地方一帯が不作であったその年バイチャンバー家はその無人域領有のためにペイルゼン側にその所属を変更し、無人地の領有を決定、わずかばかりの農具小屋を建て、開墾したとして領有をペイルゼンに仮申請、何箇所か存在する魔物の領域によって街道の狭い箇所に簡易関所を設置し、通行税を課そうとした。

 そしてその日オブシディアン家の租税を乗せた馬車はその無人域であるはずの土地を通りバイチャンバー家の建てた謎の関所に到着、そこでひと悶着があった。

 バイチャンバー家は馬車一台あたりの通行料として、馬車の積載量の半分の麦を要求、またこの時点ではペイロードから離脱する書状もペイロードに届いておらず、ペイルゼンに所属するという書状もペイルゼンには届いていなかった。

 無論それらの内容を許可する認め状も関所にはなかった。

このことが後のバイチャンバー家の運命を左右する。


 通行料の支払いを拒否したオブシディアン家の馬車は、関所から引き返しどこの土地でもない別の無人域を通ることを宣言したが、それならばとバイチャンバーの私兵は「バイチャンバー領往復分」の通行料として馬車の荷すべてを要求したという。

 これに対してオブシディアン家の馬車に乗っていた当時の嫡男はただでさえ戦争のたびにころころ所属を変えるバイチャンバー並びに周辺の小豪族に対して見切りをつけて土地を捨てることを決意、おとなしく荷を渡す振りをして、最初の一台をバイチャンバーの私兵が検分している最中に馬車に火を放ちバイチャンバーの私兵3人が火に巻かれたところを殺害、また簡易関所にはその3人以外にあと3人の私兵がつめていたが、これらも殺害した上で人足を2人領地に引き返させ関所を突破ペイロード家に相談した。


 一方引き返した人足はオブシディアン家にことの成り行きを報告、当主は嫡男の決定を致し方ないとした上で、周辺の豪族にも事の顛末を部分的に伏せて知らせた上で領民に逐電の準備をさせた。

 ここでオブシディアン嫡男の言い分を信じたのは、これまでもバイチャンバー家の、分不相応の振る舞いを見てきたがためである。


 事態を重くみたペイロードは300人の兵を出し状況の打破に動いたが、これに対してバイチャンバー家はオブシディアン家が関所破りをしたことを非難し、自分たちがペイルゼン所属となっているからと正当性を訴えた。

 しかし日ごろからコロコロ所属を変えている上に妙に上から目線なのが鼻につくと感じていた豪族が多く、ほとんどの者はオブシディアンの言い分を信じ、ペイルゼンとバイチャンバーを非難し、これ以上近くには居れないとして、ペイロード家側に土地譲り状を制作し一帯の者たちは土地を捨ててペイロードに所属したい旨を表明した。

 これにはこれまで虫食い地帯にありながらペイルゼン所属を変えなかった豪族たちも含まれていた。

 周りがほとんどペイロード側になってしまえば、ペイルゼンとの間に完全に物理的隔たりができてしまうためだ。


 これまで所属を変えなったといっても、ペイロードより近くにペイルゼンがある以上、目先の利益よりも長きに渡って目をつけられない様にと所属を変えなかっただけで、忠誠心があったわけではない彼らは、ペイルゼン所属になったから、ペイロード側のオブシディアン家にあまりに過剰な税を科したのか、それとも仮に同じペイルゼン側所属でも同じ分を要求したかわからないが、こういったことがまかり通る可能性を危惧しペイロードへの帰順を表明したのだ。


 これら土地譲りによりペイロードは虫食い地域の8割を書類上は編入し、特にバイチャンバー家周辺の家はすべてがペイロードに土地を譲渡し、イシュタルト内部の開拓村や未開拓地域への編入とそのための補助を希望したため、これまであやふやだった国境線が明確に線引きできることになった。

 あわてたのはペイルゼン側だ。

 状況もよくわからないまま共犯者にされ、自分たちが荷物の半分もの税をかけることを許可した様な状態にされてしまった。

 当然バイチャンバーの暴挙を受け入れれば、今後も似たような事件が発生する場合もあるためこれを受け入れるわけにはいかなかった。

 たとえ、今彼らを受け入れないことによって国境線が虫食い地域の、みなし国境地点から30kmに渡って後退するとしても・・・。

 一方ペイロードはバイチャンバーの離脱を即時で認めた。

 彼らの様ないいところ付きの存在はそもそも不愉快であったし、今回のことは度し難かった。

 たとえ実際に起きた被害は馬車いっぱい分の麦類に対して、私兵6人の死亡というバイチャンバーの犠牲が大きいものでも、悲壮な決意をしたオブシディアン家と比べてあまりに身勝手で自業自得のものだったからだ。


 こうしてめでたく小豪族バイチャンバー家は完全独立を果たし 独立独歩の一国家となった。

 それから55年もの間ペイロードからもペイルゼンからもほぼ完全に無視され、ペイロード領中にポツンと残ることとなり、国境が整ったペイロードはペイルゼンとの戦争にも勝ち、虫食い地とそれより以北のペイルゼンの村や町を一部掌握、これらの村の返還を条件に虫食い地のすべてとそのわずかに北の地域までを新たな国境とした。

 周囲は完全にペイロード家に囲まれたバイチャンバー家は、敵視されているため交易もほとんど成り立たず。

 領土は人口1200ほどの町が1つと300前後の村が2つとその間の荒地。そして元無人地の領有を認められた。

 イシュタルト王国ペイロード領との国境には高さ平均1.6m厚さ3mほどの壁の道と呼ばれる国境線が設けられ、完全に四角の壁で覆われた。

 人の出入りは厳しく制限された。

 壁が低く分厚いのは、出入りできない様にしたのが人だけでなく魔物を含んでいたからだ。

 高い場所でも2mと壁が低めなのは、もし魔物に襲われて壁側に逃げてきた場合に壁の上に避難しやすい様にというせめてもの情けだったが、厚さが3mあるのは一息に飛び超えられない様にすることで見張りから発見されやすくする目的があった。

 物資のやり取りもほとんど消失し、民は困窮を余儀なくされたが希望者はバイチャンバー一族以外は亡命もできたし、ペイロードは頭を下げて領地を解体するならばもっとよい土地に移してやるという選択もとりえると示したが、バイチャンバー家はこれを拒否、住民にも壁から出るとペイロード兵から殺害されるとして

出入りを禁じた。


 それから2世代分世代が下り、55年経った頃。

 休戦からしばらく経ち、以前の戦争で失った虫食い地以北の地を取り戻すことを目的として時のペイルゼン王は挙兵を考えていた。

 そして自分たちが起こした所業を忘れていたバイチャンバー家は係累や領民に困窮の原因はペイロードにあると流布し(まぁ事実ではあるが)、現在壁の外にある旧来の自分たちの所領を取り戻し現状を打破するとして声を荒らげていた。

 実際には壁の外は元は他の豪族の土地であったが、彼らはペイロードやイシュタルトの領地の中で、ここよりも土地が扱いやすい新天地や都市部へと去ったため、周囲の土地は放置され荒れた状態になっていた。

 それをいいことに、といっていいのかバイチャンバー家は周囲の土地も残っている廃屋なども元は自分たちの領土であったかの様に声高に叫び、領民たちも所詮田舎の閉鎖的な町村の人間であったので正しい情報も記憶も引き継がれておらず。

 若い世代はこれを信じた。


 バイチャンバー家はある時状況を打開するためにペイルゼンとの共謀を画策し、壁の下を通るトンネルを掘り、作業中魔物による犠牲者を出しながらも密使3名を壁外へ脱出。

 ペイルゼン側と密通した。

 内容は放置されているバイチャンバー家領以北の荒廃したかつての虫食い地をペイルゼンが攻める。

 荒廃したそれらの土地にはわずかな国境砦と兵が点在しているだけであったが、彼らを少しでも取り逃がせばペイロードの本隊がたちどころに前線まで出てくるため、防備を固めるための時間稼ぎのために、後方で敗残兵を狩る者が必要だった。

 その役目を果たすにはバイチャンバー家は明らかに役不足であったが、兵を隠し置く場所としては使えると判断して100名ほどの兵を闇夜に乗じて越境、バイチャンバーの抜け道を通って壁内へと潜入させた。

 かくして大陸史における北部ペイルゼン王国とイシュタルト王国ペイロード領との最後の大規模な動員の前段階が完了してしまった。


 初戦、ペイルゼンは目論見通りペイロード北部の荒地を急襲、砦にいた兵はそのほとんどが捕虜となった。

 これはペイロードから指示されていた戦時の対応法で、正直勝ってしまったので割譲させたが、現状国内の土地だけでも開墾が間に合っていない上に、魔法道具のおかげで十分以上の収穫量があるため北部の旧虫食い地は手付かずでもて余していたペイロードは、次に戦争を仕掛けられた場合は砦は降伏し、しかし深入りされない様に伝令のみ脱出、バイチャンバー家の辺りで敵と対峙し捕虜との交換でかつての暫定国境線までを割譲しても良いと考えていたためだ。


 しかし、バイチャンバーの謀略により伝令がことごとく捕らえられ、バイチャンバーの壁を防護していたわずかな兵たちも、侵入していたペイルゼン兵と交戦状態に陥った。

 この際ペイルゼン側の誤算だったのが、件の壁の構造である。

 壁がかなり低いため死角の様なものがほとんどなく、ペイロード兵は壁より高い位置に櫓を設けており、壁沿いまで移動するとどうあがいても接近がばれる。

 案の定ペイルゼン兵たちは奇襲ができず。

 持ち込んだわずかな武器と兵員では壁と櫓を攻め落とすこともできず膠着。

 ペイロードにはバイチャンバー家が壁に対して攻撃を仕掛けてきたことが伝えられた。

 これを受け、バイチャンバーを降伏させるためにひとまず3000人ほどの兵を動員したペイロードは北へと進軍を開始。

 到着後バイチャンバー領と前線砦の間の伝令が途切れていることが判明したためバイチャンバーとペイルゼンが共謀した可能性を考慮して、さらに兵を集める様に伝令が送られた。


 翌日バイチャンバー周辺の櫓からペイルゼンの部隊の接近が報告されペイロード兵はバイチャンバー領のやや東でペイルゼン兵と対峙した。

 ペイロード側は即座に平和的解決のための使者を出し、中間地点となるバイチャンバーの東側出口周辺で会談を行った。

 ペイロードは件の条件、捕虜たちの無事の返還と引き換えにしての国境後退を提案、破格の条件であったためペイルゼンの指揮官であった当時の第一王子は即座に乗ろうとしたが、ここで待ったをかけたのがバイチャンバー家。

 彼らはこの3カ国の会談の場で、何の恥も外聞も考えずに、かつてこの周囲の土地が自分たちの領土であったと主張、ペイルゼンに対しては自分たちが手引きしたからほとんど犠牲を出すことなく講和にこぎつけたのだと上から目線で語り。

 ペイロード、ペイルゼンの双方に周囲の土地を引き渡すこと、交易の制限の解除、これまでの圧力に対する謝罪を要求した。


 この要求にペイロードとペイルゼンは呆れ果て、かつてのバイチャンバー家の所業を切々と語って聞かせたが、バイチャンバー家は大国の共謀と傲慢によって名誉を傷つけられたとしてさらに反論する。

 共謀もなにもイシュタルトとペイルゼンはこの時点では敵国でありわざわざ口裏を合わせるなどもないのだが、バイチャンバーはすでにまともな教育制度もない未開の土地となりつつあったため徹底して吼え続けた。

 そして呆れかえっている2大国の指揮官に対して、気圧されていると判断したのかさらに語調を強め、おごり高ぶった大国の脆さを諭し、領地に発生することのあるイタチ型の小型魔物を撃退することもできるバイチャンバー防衛軍(総員90名)の勇猛さをアピール。

 挙句、テーブルの上にあった調印のためのインク壷を、共謀相手であったはずのペイルゼンの王子に投げつけるという愚行を成すに至る。

 仮にも3カ国での調印の場であったためペイルゼンの王子は怒りを抑えてその日の協議の中断を提案、明日に持ち越しとしたが、その日密かにペイロードとの交渉を持った。


 そして翌日の交渉では、昨日インク壷を投げつけても反論ひとつせず、中断を提案した応じを甘く見たのか最初から暴論暴言を繰り返すバイチャンバーに対して終始ペイロード、ペイルゼン共におとなしく話を聞いてやり、しかしバイチャンバーの要求を決して呑まなかった。

 弱腰であるのに、是とは言わない指揮官たちに対して焦れたバイチャンバーは最後の最後に、脅しとも取れる武力による解決を示唆する発言をし、それを合図としてペイロード、ペイルゼンはお互いに非戦協定を宣言、ペイルゼン側は『バイチャンバー国』からの宣戦布告を受領したとした。

 それに対してバイチャンバー側は待ったをかけ様としたが、いざ開戦となれば議論無用とペイルゼン、ペイロード共に足早に自陣営に戻り、支度を整えた。

 斯くしてバイチャンバー97対ペイルゼン8712の戦争が、ペイロード12031(当時のペイロード領全体の常備兵の4割を招集した。)に包囲された状態で始まった。


 ペイルゼンに対してイチャンバー側は2度にわたり休戦を申し出たが、ペイルゼンの王子は

「開戦しておきながら一度も剣を交えずに軍を退くは父王へと申し開きできぬ、昨日のインクの礼もせねばならんでな」

 と取り合わずそのまま号令をかけた。

 結果は言わずもがな、戦端が開かれてから20分ほどで90人のバイチャンバー兵とバイチャンバー家の一族の男6名、女ながらに武器を持ち兵の指揮をしていたいかず後家の長女とがほぼすべて討ち果たされ、一部が重傷を負って捕虜となった。

 残った領民のすべてが捕虜となり、バイチャンバー家の一族もそのことごとくが討ち果たされ、中でももっとも幼かった者は3歳の女児だったといわれている。

 領民の捕虜も一人ひとりしっかりと聴取され、過去100年に一度でもバイチャンバー家の血が入っているものはすべて処刑され、残った民はすべてペイルゼンが戦時奴隷として引き取ることとなった。


 その後ペイルゼンとペイロード間で話合いの続きがありペイルゼン側は開戦に踏み切ったことを謝罪、捕虜のすべてを返還することを約束した。

 ペイロード側の死者は伝令のために走った者のうち、捕まったあと拘留中にバイチャンバー家の者に殺されたわずか3人だけで、後は戦闘中にでた負傷者だけであった。

 ペイルゼン側の死者も最後のバイチャンバー戦で運悪く流れ矢で死んだものが2人いただけであり、両国の間に遺恨は残さない様に平和裏に解決することを約束した。

 さらに話し合いで、領土の割譲はかつての暫定国境線ではなく、かつてペイルゼンが完全に領有していたことがある地域までとして、そこから旧暫定国境線までの荒地を緩衝地帯、そこからはペイロードの土地として講和条約を成立、同時にペイルゼンは対外戦争用の兵力の大幅な削減をペイロードに対して約束した。

 また干渉地帯を非武装の農耕地としてペイルゼン側が利用することも許可した。


 その戦も食料生産に乏しいペイルゼンの台所事情が起こさせたもので、それに拍車をかけているのは、対ペイロードに対する備えとして常備兵を用意せざるを得ないことであったので、それならばいっそはじめから対外戦闘をしない前提での予算と人員の運用をすることを目指したためだ。

 この頃からペイルゼンは30年かけてペイロードとの友好的な交流を開始し、やがて常備兵を最盛期の2割弱まで減少させる。

 そして対外大陸貿易と、大陸内で陸路でのイシュタルトとの交易を中心にして商業国家としての性格を強めていくのだ。


 一方すでに王都にて生活基盤を整えていた我らがご先祖オブシディアン家は、この戦のあと、名前をオブティシアン家へと変える。

 これはバイチャンバー家の処分をしたのが外国勢力であり、その仕事ぶりが果たして完全だったかわからないことと、もし生き残りがいた場合都合の良い頭のバイチャンバー家ならば滅亡の原因をオブシディアン家に難癖つけてきそうだということで改名に至っのだ。


---

「コホン、と言う様な歴史があって、うちの家名がほかにないオブティシアンなのは、本来の文字列からちょっと入れ替えてもじってるからなんだ。」

 長々と、家の歴史を一部はしょって伝え終わった私は最後にひとつ咳払いをしてからまとめた。

 今日は我が家にクラスメイトで親友のサーニャ・ソルティアちゃんと、リスティ・フォレスティアちゃんが泊まりに来ていて、寝支度が終わった後の話題として、恋愛・・・の話が期待できなかったため家名の話になったのだ。


「そっかぁ、人に歴史ありというものね、家名ともなればやっぱりそれなりに歴史があるものなのね。でもほんの400年前なのでしょう?歴史というには・・・あぁごめんなさい、つい『森』の感覚で考えちゃった。」

 そういってキラキラ煌く美少女のサーニャちゃんが笑う。

 その微笑はあまりに完成された美を感じさせて、ちょっと怖いくらい・・・。

 彼女はエル族という亜人種族で、全身がキラキラと光を帯びる。

 今も窓から入る月明かりよりもよっぽど明るく室内は温かい色の光に照らされている。

 これは、彼女たちが言う「精霊」という存在がまとわりついてくるからだというが、私には精霊という存在が見えないため良くわからない部分・・・エル族はみな同じ理由で光るらしい。


「そっか・・・ムグ、フィーナ、お嬢さん、なんだね、にあう・・・チュパ。」

 ともう一人のリスティちゃんが少し口をもごつかせながら答える。

 うーん・・・よく見えないけれど、何か舐ってる?

「こらリスティ、また・・・やってるでしょ?」

「食べてない、よ?」

 サーニャちゃんのやっていないか?という問いかけに、リスティちゃんはなぜか食べてないと答える

 うん、何か食べてるんだね。

 私は少し目が悪いので、よく見えていないけれど二人の間の何か特殊でありがちなやり取りなのだろう。

 二人はしばらく問答をしていたけれど、やがてサーニャちゃんがあきらめたみたいに大きくため息をついてから静かになった。

「二人きりのときとか、森でならいいけど、あまり街中とかヒト族の人の前でやらないでよ?」

「んー♪」

 うんよくわからないけれど、リスティちゃんの反応がなんだか赤ちゃんみたいでかわいいので気にしないでいよう。


「ところで、私の家名の話は終わったから、二人の話もしてくれるんだよね?楽しみ、どんな由来があるのかな?」

 二人は私のひとつ年下で、人の多いクラウディアでも滅多に見ないエル族に、まったく見たことの無いトレント族の女の子だ。

 二人ともちょっと目立つけれど、まだ都市での生活に慣れていなくていろいろと世話を焼かせてもらっている。

 焼かせてもらうだとなんだか恩着せがましいかな?

 どちらかというと世話を焼いて楽しんでいる。


「なんにも面白いことなんてないわよ?私のソルティアは森の言葉で単にお日様って意味だし」

「リスティの、フォレスティア・・・は、森って、言う意味。」

 二人は機嫌よく教えてくれるけれど、どうも単純な由来みたい?

「私の実家のある場所がお日様が良く当たるところだからお日様って意味で、リスティはほかのトレントたちと違って強い個性を持っているトレントじゃなくって、森というひとつの環境を持った特別なトレントだから、だから森っていう名前を贈られてるの。特別な歴史があるわけじゃあないわ。っていうかフィーナの家の由来はかなり特殊だって、いくら街に慣れてない私たちでもわかるわよ?」


 あ、バレた。

「えへへ、ちょっと歴史のある家なので。でも基本内緒だから、二人の心の中に収めておいてね。二人はいつか『森』に帰っちゃうっていうから特別に教えてあげたんだからね?」

 彼女たちはたまたま外に出る能力があったためにヒトの街で暮らしているけれど、普通エルもトレントもその生涯を生まれた森で終える生き物だ。


「リスティは、まだしばらくは、外に出られるよ?」

 リスティちゃんは、長い文章を話すことが苦手で、短く丁寧に、ゆっくりと話す。

 その感じがなんとなく幼い子どもみたいで、つい頭をなでちゃう。

「フィーナの、なでなで好き♪」

 それもある意味そのはず・・・彼女たちは非常に長命な種族で、特にトレントは1000年以上生きる者もざらにいるという、その中でも彼女は特に長生きする見込みだそうだ。

 つまり人生の長さに対する年齢としては13歳のリスティちゃんはまだ赤ちゃんといっても過言ではない年齢なのだ。

 ヒトで最初のほうはヒトとほぼ同じ速度で成長するけれどその後はほとんど変わらずゆるゆると25歳程度の見た目になり、死ぬ間際10年ほどになって急速に枯れだすという。

 エルも似た様なもので、ヒトで言う20歳前後の姿をずいぶんと長い間維持するらしいので、女としてはうらやましい限り。


 その上二人ともヒト族基準で言えばかなり整っている分類だ。

 特にサーニャちゃんは色白で細身で、顔立ちもその辺の『貴族家の娘と見紛う程度』の美少女では足元に及ばないほど品のあるきれいな娘で、私は彼女と勝負できそうなかわいい子は学校に入学するまでは見たことがなかったので、初めて教室でサーニャちゃんを見たときは一目でエル族だとわかったものの、驚きのあまり求婚してみちゃおうかと思ったほどだ。

 私も昨年婚約者ができたというのに・・・昔からどういうわけか、かわいいお人形さんの様な女の子が大好きなのだ。


 しかしその後私は立て続けに教室に入ってきた美少女たちに更に目を奪われた。

 今でこそ普通に接することができているけれど、最初の頃は話しかけるだけでも心臓がバクバクして大変だった。

 王家の姫君であらせられるアイラ様は双子の生まれでいらっしゃる上最低年齢でのご入学となったこともあり、大変に幼い容姿をされているが、その整い様はさすがは平民の生まれでいらっしゃったというのに、侯爵家や王家に見初められてその養女や婚約者となられただけあると唸らされる美幼女ぶりだ。

 別にかわいいからと養子にとったというわけではないらしいけれど、現在フローリアン妃殿下やサーリア姫殿下がアイラ様の美貌を溺愛していることは、王都民であればほとんどのものが知っている。

 きっと軍官学校を卒業する頃には傾国級の美少女として、そして世のすべての乙女がうらやむ花嫁としての輝きを王都に広く振りまくだろう。

 それから・・・

「ねぇ、フィーナ・・・・?大丈夫?」

 名前を呼ばれてハっとすると目の前にリスティちゃんのぼんやりとした眼があり、目が合った。


「ひゃぁ!?な、なになに、どうしたのリスティちゃん!?

「どうしたのじゃないわ、フィーナってば突然ぼんやりして、難しい昔話をして頭が疲れたのかしら?ほら、涎拭いて・・・フィーナらしくないわ、いつものしっかり者のフィーナに戻って頂戴。」

 驚く私に、サーニャちゃんが枕もとの棚においてある布を手渡す。

 美少女に手渡してもらった布で涎を拭く私・・・女としては複雑な気分だけれど、この瞬間にはお金では買えない価値がある。

 すぐ横で私を見つめ続けているリスティちゃんもかわいいし・・・って私というより布のほうをみてる・・・?

「こらリスティ!あなたもいい加減にしなさいよ?」

 突然怒り出すサーニャちゃんに、驚くリスティちゃん、何が始まったのかわからないけれど、暗いはずの室内でサーニャちゃんが放つ光にうっすら照らされて急に始まった二人のイチャイチャ(物理)は、クラスの美少女たちを思い浮かべたことでやや高まっていた私には刺激が強かった。

 それでも我が家の特徴である辛抱強さでなんとか抱きしめたい衝動を耐え切った私だったけれど、二人のイチャイチャが終わった頃には興奮のし過ぎですっかり憔悴してしまった。


「さてと、明日は3人で観劇に出かけるんだし、そろそろねちゃおうか?」

 と、何とか興奮を抑えながら声をかけると

「賛成、夜にリスティの相手すると疲れるわ。」

「サーニャ、怖い、フィーナ、間に入って・・・。」

 と二人して私の肩に手を置いてくる辺りやっぱり仲が良い。

 そしてリスティにしがみつかれた側の腕にリスティの柔らかな実りが押し当てられて幸福感に苛まれることとなった。

 そしてこの夜、私はほとんどまともに睡眠することができず、翌日の観劇でもわがオブティシアン家の辛抱強さにおおいに助けられたのであった。


あと軍官学校で一回くらい拾っておかないといけない人はサーニャとリスティくらいでしょうか?

一応念のため、リスティがしゃぶっていたのは、入浴時に手に入れたサーニャの髪の毛です。


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