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第98.3話:ユーリの愛する日常。

 僕たちがオケアノス領の戦から帰ってきて数日経った。

 所謂公務に分類される一連の工作や協議のため半月ほどクラウディアを空けたため、講義にずいぶんと抜けがあるけれど、そもそもほとんどのことはすでに知っている周回者の身であるのでたいした問題はなかった。

 それに、ナディアが丁寧にノートをとってくれていたおかげで、忘れていることでもすぐに思い出すことができたし・・・。


 昨日はトーレスとエーリカのことで少しにぎやかな一日だったけれど、今日はどんな日になるのだろうか?

 どんな一日でも、僕にとってはとても輝かしい日になるだろう。

 失ったことのある僕には今の生活がとても尊くて、直視できないくらいまぶしい。

 前の時のこのころはもうアイラにリリーわたしのことを隠しているという後ろめたさがいつも忘れた頃に首をもたげて落ち着かなかったけれど、この人生では最初からすべてアイラにばれているし、アイラもカグラとのことはあるにしても、ハンナさんもエドガーさんも生きていて、僕に妹が生まれた様に、アイラたちにも末の妹が生まれているから、この人生が前とは別の人生なんだと実感できている。


 ピオニーは姉妹だけあってどことなくアイラやアイリスと近い容姿をしていて、僕が見ることのなかった二人の幼い頃、あるいは今生では出会うことができないかもしれない愛しい娘たちを思いだされて、少し嬉しい様な寂しい様な複雑な気持ちにさせられることもあるけれど。

 メイドたちに隠れてアイラと一緒にピオニーのオムツを替えるのも、抱いてあやすのもすごく楽しいし、アイラと一緒に世話を焼いているだけでまるでもうアイラと夫婦として暮らしている様に錯覚するほど気持ちが充実する。


 今日も屋敷に帰ったらピオニーと遊ぼう、何がいいかな?

 オケアノスから帰ったらずいぶんとピオニーが大きくなった様に感じたけれど、伝い歩きができる様になっていて、最近は転がすと音のなるボールが好みみたいで初めに少し転がしてやると10分でも20分でも笑い声を上げながらボールを追いかけ続ける。

 最近はハイハイだけではなく覚束ない足取りで伝い歩きするので、こけたりしないかなと目が離せないけれど、興奮しきって息を切らせながらボールを拾おうとして体を折りそのまま両手で踏ん張る姿勢になったり、結局ボールが取れなくて転がしてしまって、また追いかけ始めたりといつまでも見ていて飽きないのがあの年頃の子の恐ろしいところだ。

 時間がいくら合っても足りやしない。


 今日の日程のほぼすべてを終えて残りは座学1つとなった。

「ユーリ様、申し訳ございません、次の講義の前に一度お傍を離れさせていただきます。」

 枠の間の休憩時間、愛しいアイラと可愛い義妹ピオニーを思い浮かべて楽しい妄想をしていたらナディアが申し訳なさそうに声をかけてきた。

 何のことはない、トイレ休憩の申し込みだ。

 付き合いの長い僕だから、本当に少しだけ頬が朱に染まり恥ずかしがっているのがわかる。

「わかった。」

 短く返事をするとナディアは一礼してその場を離れていく。

 するとその時を見計らっていたかの様に僕に近づいてくる人物がいた。


「ユークリッド様!お時間よろしいでしょうか。」

 暑苦しい級友、ギガス・マグナスが声をかけてきた。

 彼は東のシュバリエール所属で、東への忠誠心の篤い漢だ。

 もって生まれた体のステータスは極端に器用さが低く、かなりの不器用者のはずなのだが、執念深いまでの努力と暑苦しさで強化魔法や放出系攻撃魔法も無理やり器用に使える様になった男だ。

 筋肉質で傍にいなくても、部屋にいるだけでも室温が1~2度は上がるのではないかという彼だけれど、その不器用さが脚を引っ張って水練大会みたいな試合形式の場ではほとんど魔法を使えなくなってしまう。

 というのも・・・

「今日の放課後もしお時間があるようでしたら手加減の練習に付き合っていただけないでしょうか?」


 彼は極端に手加減が苦手で、放出系も強化系も、使えば常に全力攻撃になってしまい試合形式の競技会の類では使用できないためだ。

 相手に大怪我をさせてしまうからね。

「ちょっとギガスさん!ユークリッド様手ずからの指導を受けようだなんてそんなうらやま・・・ユークリッド様のお手を煩わせる様なことはおやめになって!そもそもあなたは東シュバリエールではないですか、西家のユークリッド様にご迷惑をかけるのはよくありませんわ!」

 そんなギガスの申し出に僕が答える前に割り込んできたのは西のフィールド家のフローネ・リーネン・フォン・ザクセンフィールドさんだ。

 暗い蒼の髪を腰あたりまで伸ばし、優しく理知的な眼差しをした女の子だけれど意外と抜けたところが多くて、特にギガスが絡むとえらくツンツンした態度をとるけれど、それが一周回って好意を持っている様に見える。


「そんなことをいっても、俺の訓練相手になりそうなのはこの組ではユークリッド様だけだからなぁ・・・。」

 とギガスは、下手をすれば挑発とも取れる発言をする。

 しかしそれはある意味事実だ。

 ギガスの攻撃は強力でうっかり受け損ねては大怪我をする恐れがある。

 現在同じ組に所属している中でギガスの攻撃を安全に受けきれるのは僕とナディア、それにフローネとシアくらいだけれど・・・。

「受けるだけなら私にだってできるじゃないですか!どうしてユークリッド様なんですか!ユークリッド様はアイラ姫殿下のご婚約者様にして、未来のホーリーウッド侯爵、大事な方なのですからあまり危険なことは困ります。」

 プンプンと見えそうなくらいフローネは僕のために怒ってくれる。

「しかしな、女相手にもしうっかり当てたらと思うとなぁ・・・」

 ギガスは自分の不器用を知っていて、その上意外なことにある種のフェミニストでもある。

 女性が政治や軍務に口出すことを好意的に受け止めている一方で、しかし自分自身が訓練などで女性を傷つけることは極端に嫌っているのだ。

「ユークリッド様に当てたらもっと一大事ですよ!!」

 フローネは納得いかないみたいだけれど


「そんなに怒らなくても大丈夫だよフローネ、いつも通り僕は大丈夫だから・・・」

「ですが!」

 悲痛な表情でフローネは僕を見つめるけれど・・・本当に心配ないことなのだ。

「というわけでごめんねギガス、今日もアイラたちと合流したら早めに帰って、お夕飯までピオニーとボール遊びをするから」

 そういって手を合わせてギガスに謝るとギガスはすっぱりとあきらめる。

「ふむぅ、仕方ありませんな、親戚の赤ちゃんのかわいさというのは抗い難いものがありますからなぁ・・・」

 いつも似た様な理由で練習の付き合いを依頼されてそのたびに断っているけれど、なんというか様式美的なもので・・・。

「ではフローネ女史いつも通り4人で魔法障壁の訓練をしたい、付き合ってくれるのだろう?」

 すぐに切り替えたギガスはフローネとそのメイド枠のシア・ウィングロード、それに東所属のクラスメイトのブラウ・ザワークラウトといういつものメンバーを誘って水練大会に向けた訓練を持ちかける。

「仕方ありませんわね、シア、あなたも良いわよね?」

 本当のところはギガスはフローネだけを誘いたいのだけれど不器用なもので、この様なやりとりをしないと誘えないのだ。


 フローネには一応幼い頃からの婚約者がいるけれど、二人はあまり乗り気ではないので特に恋愛結婚至上主義の多い西側では、実質フリーの様なもの。

 それも困ったことにフローネの婚約者はシアのことが好きらしくて、別にフローネのことも嫌っているわけではなく好意的であるのに、なかなかままならない。

 それでも前周では、『ギガス先輩』のことで『フローネ先輩』が落ち込んでいたのを、献身的に支えて最後には普通に結婚していたし、西でも有名なバカップ・・・もとい仲良し夫婦で通っていたけれど・・・。

 そもそもフローネはたぶんギガス先輩みたいな暑苦しいタイプは苦手なはずなのだけれど、尽くされると弱いというか、押しに弱いというか、今だって・・・いや人の恋愛沙汰に口を挟むのもよくないか・・・


 それから初めて訪れた戦地での水場の探し方、より有利な陣の張り方などについての講義を受けて、ようやく放課後となった。

「じゃあフローネ、僕はサロンに顔を出すけれど、君たちはどれくらい訓練する予定?」

 ボクの問いかけにいそいそと訓練支度していたフローネは、1秒だけ考えてから1時間くらいですと答えた。

 それじゃあここで、と分かれると後ろからにぎやかに歩いていく4人の声が聞こえて、失われなかった景色と、もしかしたら成就するかもしれない恋の可能性を思い浮かべながら少しニヤニヤとしてしまった。


---

「ユーリ様、なにやら楽しそうにされておりましたね?」

 サロンへ向かう廊下を歩いていると、学校ではあまり話さず、後ろに追従してくるナディアが珍しく楽しそうに微笑みながら言った。

「うん、まぁね、昨日は少し騒がしかったから、ようやく日常に帰ってきた気がしてさ・・・」

 ナディアは屋敷では割と僕とのふれあいも多いのだけれど、学校では一歩後ろに控えているいることが多い、というのも彼女は僕の乳母子イサミの姉で実質乳姉の様なものだけれども、メイドであり、この学校で貴族の男子付きのメイドというのは=主人が劣情を抑えきれなくなった時の性欲処理の相手を務めることもある存在として見られる。

 それだけに寵愛を傾ける様子を見られるのは現在ボクに生涯を誓っているわけではないナディアにその様な不名誉なうわさが立つのは、彼女の将来のためによくないので僕がそう命じた。

「それは良うございました。」

 ナディアは別にうわさなど気にしないだろうし、嫁の貰い手がないのであれば僕が彼女を側室か愛妾として迎えることを、アイラはむしろ喜ぶだろう。

 前周で僕と婚姻し、アイラと長年一緒に居ることになったものの内クレアが、リントハイム王子と結婚を前提としたお付き合いを前提とした学校でのエスコート役をすることに決まったとき、アイラは目に見えて寂しそうにしていた。

 かつて共にあった存在が、今生ではそうではないということが、彼女にとっては寂しいことなのだ。

 それだけリリを手に入れる可能性が遠のくかもしれないしね。


 現在アイラが恐れている一番はたぶんそれだ。

 前周で僕との間に設けた初めての娘。

 彼女の存在がある意味で僕とアイラの2度目の誕生というか、僕とアイラがすべてを認め合ったことの象徴。

 アイラはリリを手に入れたがっている。

 あれだけ前周と今生は別のものだと認識していながら、いまだにリリのことをあきらめきれないでいる。

 そんな彼女の望みはかなえてあげたいし、僕だってアマリリスのことは無論大事だけれど、こればっかりは授かりものなのでどうしようもないし、今のアイラは心はともかく体がまだ幼すぎて『手に入れる努力』をするわけにもいかない。

 考え事をしているうちにサロンについた。


 ここで一緒に帰るみんなが集まるまで時間をつぶして、それから一緒に帰るのが日常の流れだ。

 大体僕たちか、トーレスたちが最初に到着していて、最後になりやすいのは1年生組、単純に教室の距離が遠いためだ。

 案の定今日もお屋敷組では僕たちが最初の様だ。

 それから幾人かサロンに入ってきたのだけれど、お屋敷組もよく話す人たちもなかなかやってこない。

 ナディアとともにお茶を飲みながら待つこと10分ほど、ようやく顔見知りが2人入ってきた。

「やぁロリィ、エリィ、昨日は災難だったね?」

 よく見慣れた淡い色味の緑の髪、アイラとアイリスと同様のよく似た双子だけれど。

 アイラとアイリスはアイラが周回者なのもあってアイラがしっかりもの、アイリスが年相応なのと、多少ホニャホニャ笑うところがあるので、表情は柔和に見える。

 逆にこの双子は姉のローリエがなんとなく幼げで、人見知りする子どもの様で、妹のエーリカがしっかり者のイメージだ。

 二人の話を聞くと昨日の騒動の余韻なのか、寮にいると『本当のところどうなの?』とたずねてくる人たちがいそうで煩わしいらしく、サロンに逃げてきた様だ。


「そっか。よく話を確認しなかったうちのアイラの責任も少しある。何か困ったことになったら僕やアイラにも相談する様にね。」

 彼女たちのことは短い付き合いながらもそれなりに好ましく思っている。

 一番は双子でアイラ、アイリスと仲が良いからだけれど。

 アイラとエリィは農業や治水関連の話の趣味が合うみたいで、いつもアイラがエリィにたずねてはエリィがやさしく教えてくれているみたいだし、ロリィはアイリスとなんというか、話があってるかどうか周囲にはわからないけれどいつも盛り上がっている。

 イルタマ(丸いので普通転がる)が転がるだけでも可笑しい年頃というやつだ。


 そのまま自然に僕のいるテーブルに座る二人に、ナディアがお茶を用意する。

「ありがとう、ナディアちゃん!」

「あ、ありがとうございますナディアさん」

 ロリィはすでに友達認定しているナディアに屈託ない笑顔で、エリィはメイドというものとどう接していいかわからない風で少しうろたえながらお礼を言う。

 そもそもメイドというものと触れ合う機会の少ない生活を送っているみたいで、二人はいちいちメイドたちのすることにお礼をいったりぺこぺこしたりしてしまう。


 そんな二人のことをナディアはかわいく思っているらしく、彼女にしては珍しく好意が表情にまでありありと出てしまっている。

 本来なら反省案件なんだろうけれど、ここは軍官学校で、建前的には身分の別なく国のために勉学に励む場である(メイド枠とかあるので実際どうなのかとは思うけれど)ので不問。

 僕も笑顔でいるナディアをそんなつまらないことで罰したくはないしね。


「今日はサリィは?」

 なんとなく無言というのも落ち着かないので適当に話題を振る。

 彼女たちはクラスメイトにサリィがいて仲もよいので、彼女を話題にするのが簡単だ。

「殿下は今日はエミリー殿下と約束がおありになるそうで、こちらへは立ち寄られないそうです。」

「エミリー殿下がお疲れになってるとかで、かわいがるんだーっておっしゃってました。」

 エミリー・・・あぁトーレスが女の子を連れ出して外出した→婚約したかも→家臣として口説いた。

 って話になったからかな?一喜一憂ではないけれど、さぞうわさに踊らされたに違いない・・・、意外と本気で義兄トーレスのこと好きみたいだからなぁ。

 側室の子で、しかもすでにヴェル様、サリィが順に王位継承が決まっているので重要視されている姫ではなくて、準王族扱いされている子ではあるけれど、ウェリントン家の特殊な状況があるためその動向が気になる姫でもある。

 そしてかれこれ3年近くトーレスにアプローチをしていてそれが割りと城内では認知されているので、誰か気の早い貴族の娘が耳に入れてしまったのだろう。


 トーレスは基本いい人だし、努力家、僕からすれば想い人の兄でもあるわけで、とても大事な家族といえばそうなのだけれど、女性関係について少し奥手で困っている。

 別に僕に直接害があるわけではないけれど、彼は優しい人柄とその能力、伸び代の大きな魅力的な家柄から各貴族や官吏の家から、有望な娘の嫁ぎ先候補と見られている。

 恋愛結婚推奨の風潮が強いのでよほど家柄に差があるかよほど家の評判が悪いのでなければ本人たちの意思が周囲の思惑より優先されることが多い。

 そしてウェリントン家は柵の少ない・・・少なかった新興家で、爵位も男爵と上は王族から下は準貴族や一般官吏まで幅広く狙われやすい環境にある。

 ただ、エミリーがトーレスを狙っていることが知れ渡るにつれて不必要な軋轢を嫌って、彼自身以外を見ていた女性たちは大半が彼をあきらめたけれど・・・。


 それでも今彼に好意を寄せている女の子は多い。

 僕が知っているだけでも

 エミリー姫、メイドとして仕えているシャーリー、1年から活動をともにしているラフィネ先輩、マガレ先輩、目の前にいるロリィとエリィ・・・無論僕が知らない女性ともそういう煮え切らない状態にはなっているだろう。

 女目線でみるとはっきりしてほしいところだけれど、彼にだって女性を選ぶ権利はある。

 ただ、どの娘もかわいいし、彼だって好意をもって接しているのもわかる。

 早めに結論を出したほうが傷つく人間は少ないと思うんだけれどね・・・。


 その後も二人と他愛のない話をしていると次第に人も増え、トーレスとシャーリーを皮切りに人が集まって、アイリスとトリエラが最後になって全員集まってから少しだけ雑談してから今日は帰ることにした。


 まだ正式ではないけれど、婚約者となったアイリスはアイラのまねをして僕の腕に抱きついたり。

 キスをねだったりしてくる。

『前の彼女』の様な怯えも、失うことへの恐れもなく、ただただアイラと一緒がいいという理由で僕との婚約を決めた彼女、ある意味こんなにも打算的な関係もないとは思うけれど、思えば僕の大好きなアイラとほとんど同じ顔貌をした彼女を他の誰かに渡すという未来を選ばなくてよくなったことに少し安心しているのも確かで両腕に感じる温かさに結構な幸せを感じていたりもする。


 かつて乙女だったこともある僕だけれど、今の僕は確かに一人の男としてアイラを愛していて、そのアイラが守りたいと願う女の子たちのことも、彼女と同様に守りたいと思っている。

 アイリスとも今生でも結婚すると決めた以上は、絶対に幸せにするつもりだ。

 結局それはアイリスやエッラのことを見ていないのではないかと、前周で思い悩んだこともあった。

 当初僕はそれを僕と子を成すことで彼女たちが幸せになれるのだ、彼女たちの望みなのだからと自分に言い訳して、アイリス、クレアリグル、サリィ、エッラ、ナディア、シャオユウ、トリエラ、アイビス、シシィ、シトリンと関係を持った。

 打算の関係だったことを否定するつもりはない、それでも僕は精一杯彼女たちの幸せを思って愛したつもりだったけれど、根本にあるのはアイラの幸せを守るためという第一目標のため。

 アイラが離れたくないと願ったから、アイラが平和な世界を望んだから、アイラが報われるべきだと言ったから。

 実際彼女たちの誰もが、そうやって設けた子どもを抱いた時に幸せそうに微笑んで、それをみて僕は彼女たちにもようやく直接的な愛情を抱いた。

 混ざり者の僕が、弟妹を守れなかった狂い姫リリーの僕が彼女たちを愛しても良いのだと彼女たちの生んだ子どもたちをアイラと一緒に抱いて、やっとそう思えたのだ。


 その僕を経験してきた僕だから、この幸せな気持ちが直接アイリスに向けることができる愛だと理解できる。

 僕にとっての絶対、至高はアイラだけれど、慕ってくれるみんなに返すべき愛も僕は持ち得ている。

 その実感ができて嬉しい。


「アイラ」

 愛しい人の名前を呼ぶ。

 呼ぶとアイラは僕の顔を覗き込む

 屋敷近くの歩きなれた道とはいえ器用なことだ。

「なーに?どうしたの?」

 制服越しに押し当てられる成長途中の体の感触は柔らかい。

 その感触がもっとほしくなって、僕は短めに口付けをした。

 どうせ周りは身内で固められている上、ホーリーウッド邸の近くなのでこんな時間に通る人も少ない。


「あー!ユーリ、私も私も、ンチュー♪」

 それをみて、アイラとのおそろいが大好きなアイリスが自分から僕に口付けをくれる。

 僕からの急な口付けにも見事に対応して見せたアイラと違ってアイリスは自分からしてきたのにも関わらず直前の言葉を述べるのに息を吐ききっていた上、口付けの間息をし忘れていたらしく、口を離した後。

「ふゃーぁ、息するの忘れちゃってた。」

 と長い息を吸い込んだ。

 ニコニコと幸せそうなアイリスを見てアイラが嬉しそうで、そんなアイラを見つめてカグラがほっこりとした笑顔を浮かべている。


 この1週間アイリスが結構アイラや僕にべったりくっついてくるので、カグラと二人掛かりでアイラをかわいがったり、アイラとの激しめのスキンシップはできていないけれど、再会から時間も経ち簡単なキスとハグだけでも十分に寂しさを埋めることができる様になっている。


「お帰りなさいませ」

 門番中の近衛に適当に返事をしながら邸に入ると、今度は邸の玄関に手の空いている城からのメイドや家族が迎えに集まってくれる。

 その中に一人とびきりのちびっ子がいた。

「だーだー、ぶーうー」

 僕たちが帰宅した時面倒を見ていたらしいフィサリスがちょうど玄関近くにアニスやルイーナやルティアが以前は外靴に履き替えるのに使っていたスツールに腰掛けていて

 僕たちの帰宅を認めるとピオニーを床に立たせて、その歩幅にあわせてゆっくりとこちらに歩いてきてくれたのだ。


 ピオニーはまだよちよちとした足取りでフィサリスのスカートをつかんで歩き、言葉にも至っていない声で、何事かを伝えながら近寄ってくる。

 それでも・・・

「だぁーぁ、あーぁーぁー」

 とアイラとアイリスの姿を見つけると先ほどまでと明らかに違う声でこちらに片手を伸ばしていた。

 とたんにアイラは僕の腕から体を離してピオニーに駆け寄っていく。


「わぁーピオニー、おねーちゃんのこと迎えに来てくれたのー?そうねー?おねえちゃんも帰ってきて一番にピオニーにあえてうれちー!!」

「ギニャ、リャッナャナャダーァーアーラー」

 うんたぶん会話はまったく成立していないけれど、アイラはへにゃへにゃにつぶれた笑顔を浮かべて、小さな手で妹のほっぺたをはさみ、ピオニーはよだれにまみれた笑顔で興奮気味にその更に小さな手をフィサリスのスカートからアイラのスカートに移して何事かを訴えている。

「ピオニー!アイリスおねえちゃんもいるよー!」

 とアイリスもアイラに遅れて駆け寄っていく。

 そしてなんとかアイラからピオニーの興味を少しでも奪おうと身振り手振りとでアピールするけれど、ピオニーはアイラの手技に夢中でギャッギャと声を上げている。


「こら二人とも、お外から帰ったらまず手を洗いなさい、妹は逃げないわよ。それと、小さい方ばっかりかわいがると、大きな妹がすねちゃうわよ?」

 と、ハンナ義母さんがアイラとアイリスをたしなめる。

 なるほど、ピオニーには双子が飛びついているのに、同じく迎えに出てきてくれていたアニスが唇を尖らせて、エッラのおっぱいを触って自分を慰めている。

「いいよ、アイラおねえちゃんはこの間いっぱいアニスと遊んでくれたから。」

 アニスはそういうけれど若干不満顔で、エッラはそんなアニスをやさしく抱きかかえると慈しむ様になでる。

 それとアイリスのことは許していないみたいだ。


「アニス、僕と遊ぼうか?」

 トーレスがそういってエッラの隣にたってアニスに向かって両腕を開いて誘うけれど・・・

「やだ!アニスもう6歳なのにトーレスおにいちゃんいつも赤ちゃん扱いするもん、あ、ユーリおにいちゃん抱っこして?」

 と、アニスはエッラの胸に抱かれながらこちらに向かって両腕を広げて差し出す。


 この年頃まで成長している義妹のかわいらしさというのもなかなか抗い難いもので、僕は寂しそうな目で見るトーレスや、アイラに勝てなかったのでアニスにかまおうとピオニーのところを離れたアイリスの視線に注目されながら、エッラの隣に立つと

「いいよ、おいでアニス」

 と腕を開いた。

 そのときにはすでにピオニーを抱きかかえてご満悦状態だったアイラがこちらを見ており僕と戯れるアニスをほほえましいという眼差しで見ていたけれど・・

「ちがうのーそうじゃなくっておひめさま抱っこがいいの、それでーユーリおにいちゃんのお部屋のベッドまで連れてって」

 と、明らかに冗談めかして僕にウィンクまでして甘い声を出す。

 すごくかわいいけれど、意味わかって言ってるのかな?

 それ絶対に僕やトーレス以外の男に言っちゃだめだからね?

 いやトーレスもちょっと危険かも?


「お姫様抱っこはいいけど?」

 といいながらアニスをエッラから受け取って横抱きにすると、アニスは両腕を僕の首に回した。

 たぶん日中お城で焼き菓子でも食べていたのだろうバターのにおいが髪の毛からふんわり漂ってきて、義妹相手だというのになんだか前周のアイラとの新婚の頃を思い出す。

 よくカグラやアイリスと一緒にお菓子を焼いていたっけ、あの頃はクレアやアミもいてにぎやかだったっけ。

「アニスぅ、それボクんだからね?」

 とアイラがアニスへちょっと嫉妬心がでてしまったのか、ジト目でアニスを見る。

 っていうかアイリスとの婚約には嫉妬心ではなく姉心というか、正妻の余裕というかを見せているのに、どうしてアニスはだめなのだろうか?

 前周で僕と結婚しなかったから?


 アニスのほうも6歳ながらもすでにちゃんと女の子としての感覚を持っていて、そんな姉の嫉妬を感じ取ったのか、からかうみたいな調子でアイラを煽る。

「おねえちゃーん今おにいちゃんの左手が、アニスの太もものところに当たってるよぉ?」

 しかしピオニーにもアニスにも相手にされない状態になったアイリスのほうがダメージが大きく、アイリスは仕方なく、同じく空気状態になってしまったトーレスの腕の中へ・・・。

「アニス、あんまりアイラのことをからかわないで、僕のお嫁さんなんだから・・・アイラ、ピオニーと交換しようか、僕もピオニーのことちょっと抱っこしたいし」

「・・・いいよ」

 そういって間に入ると、アイラは腑に落ちないという表情を浮かべながらも了承、アニスがいそいそと僕の腕から逃れるとアイラは僕にピオニーを渡した。

 ピオニーはまだ小さいだけあって、アニス以上に体温が高くて、僕にも十分なついているので「大好きなアイラおねえちゃん」から手放されても泣いたりはなしない、むしろ正面に見えるアイラの全身を見て楽しんでいるみたいだ。

 息がちょっと荒い。


 一方アニスは念願のアイラに抱きしめてもらって満足そうに笑うと

「アイリスちゃん、もかわいそうだから抱っこしてあげる!」

 とトーレスと一緒にいじけていたアイリスに声をかけた。

 結局アイリスもアニスとピオニーの両方を少しずつギュっと抱きしめてから手を洗ったりして、最後にアニスはアイラとアイリスに左右の手を引かれて、ピオニーはどこか寂しそうな目をしているトーレスに抱っこされて居間に移った。

 荷物はメイドが部屋に戻してくれるけれど、制服のままというのも本当はよろしくない。

 メリハリというのは大事だ。


 だから帰宅後はいつも大体同じ流れになる。

「ピオニー、お姉ちゃんたちとお風呂入ろっか?」

「ダーダゥ、ゥー」

 アイラがそう発言すると同時メイドたちは専用のシフトで動き始める。

 後から僕の入浴を手伝ってくれることの多いナディアは調理の手伝いに回る。

 アイラがピオニーとお風呂に入るときは、大体女の子がみんな一緒に入るので、アイラ、アイリス、カグラ、アニス、ピオニー、アルフォンシーナ、エッラ、エイラ、トリエラ、フィサリス、シャルロットあたりが一緒にはいる。

 その後にボクとナディアが、そしてソニアとソル、最後にトーレス、モーリス、イサミが入る。

 たまには僕とアイラが一緒に入ったり、そこに更にカグラやアイリスが入ってきたりもするので、日によっていろいろだけれど。


 学校帰りには大体お風呂に入る。

 そのほうがご飯もおいしく感じる気がするし、部屋着に一度着替えて、お風呂のときまた着替えるのより手間が減るしね。

 学生の時間は貴重なのだ。


 夕飯までアニスやピオニーとたっぷり遊んで、ハンナ義母さんの手製の食事をいただいた後は、各自部屋にもどってやることがあれば片付ける。

 学校で課題が出ていればそれを片付けるし、最近アイラは前周の設計図を元に新しい技術的アプローチをかけるとかで、跳躍を使って城の研究室に行ったりもしているみたい。

 それでも夜7時過ぎくらいになると屋敷に戻ってきて、日によってカグラの部屋や僕の部屋にやってきたり、自分の部屋にアイリスやアニスを連れ込んだりと、気ままに過ごしてから寝る。

 今日は、部屋でアニスを甘やかして寝る日みたいで、アニスとアイリスと3人で寝ることにした様だ。


 オケアノスから帰ってからこっちアイラと一緒に夜寝たのは2回だけで、しかも両方アイリスと一緒だった。

 アイラがやりたい様にすごしているのがもちろん一番大事なんだけれど、僕だって少しは寂しいとか、一番かまってほしいとか、そういう感情はあるわけで・・・。


「ユーリどうしたの?」

 アイラの部屋に行き、部屋に通されると、案の定すでにベッドの上には熟睡中のアイリスがいて、ソファにアイラとアニスが座って、王子様とお姫様の出てくる絵本を読んでいた。

「ユーリおにいちゃんだ♪あのねあのね、アイリスちゃんってばおねえちゃんなのにもうねちゃったんだよ?かわいいよねー」

「こらアニス、アイリスがおきちゃうから、静かに、ちゅ」

 膝に抱えたアニスのおでこに上からキスしながらアイラが注意する。


 前周より幾分かマシとはいえ小柄な9歳6ヶ月であるアイラが普通の体格の6歳3ヶ月を抱っこしていると、とても大変そうに見えるけれど、魔法の力もあるからか苦にした様子はない。

 ただ睦まじい姉妹の生活が今も守られていることに僕は安堵する。

 寂しいとか、アイラの体を触りたいと思っていたことが吹き飛んでしまうほど目の前の光景は尊い。

 これがあのオケアノスの戦争で失われていたのかもしれないと思うと、胸がざわつく。

 あるいは前周でアニスが僕たちの元を永遠に去ってしまったことを知っているからなのだろうか?


 仮にも勇者化していたシグルドと魔法剣士として優秀な能力を持っていたルティアとルイーナ、彼女たちと一緒にいながら、何の痕跡も残さずあの世界から掻き消えてしまったアニスのことを、消えてしまった妹を想い何度も跳躍しようとしていたアイラのことを知っているからだろうか?


 僕は先ほどまで感じていた感情は忘れることにして、二人の隣に腰掛けた。

「僕が王子様読もうか?」

 そういうとアニスは破顔して

「わぁすてき、本当の王子様とお姫様みたい。」

 と喜んだ。

「お姉ちゃんは本当にお姫様だよ?」

 アイラがそういってアニスのおでこをかき上げ

「じゃあアニスは魔法使いかな?それとも悪い魔王かな?」

 なんていいながら僕もアニスのおでこにキスをして。

 アニスが夢の世界に旅立つ頃には、僕の中にあった寂しさも、不安もなくなっていて・・・。


 ただこんな穏やかな日々がいっぱい続けばいいのにと、二人の間に眠るアニスのぬくもりと、つないだ手の熱さを感じながら穏やかな気持ちで眠りについた。


作中は5月下旬、現実の日本で言えばおそらく8月中旬相当の気象(日本ほどじめじめしていないはずですが)なので4人で寝るのはかなり暑いと思います。

 間に挟まれているアニスは翌朝きっとまるでおねしょしたみたいにびちょびちょに濡れていることでしょう、あせもになったらかわいそうですね。

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