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第98話:帰ってきた日常と、日常的非日常

 ドライセン連邦に所属するダ・カール、モスマンにより突如始まった東方の戦は、各国の予想や、目論見を大きく裏切り、奇襲による開戦から僅か2週間とかからず幕引きとなった。

 ドライラントはイシュタルトと暫定的な同盟関係となりこれからの折衝しだいで、非戦同盟か従属同盟か・・・遠い未来にはおそらく併合ということになるのだろう。

 ドライラントがイシュタルトと同盟し、モスマンがイシュタルトに併合されたことを受け、ただでさえ北部が離脱を表明していたミナカタ協商はさらに東部の獣人国家が離脱を表明ドライラントへの併合を打診した。

 これまでモスマン領南東部が隔たりとなっていたため地続きでなかったのがドライラントの統治を受ける様になり、地続きとなったためだ。


 ミナカタ協商はイシュタルトに対しダ・カール、モスマン、タンキーニの解体、およびミナカタ協商の所属国家の引き抜きは内政干渉であるとして再度抗議の使者を出したが、ダ・カール、モスマン、タンキーニ伯国は共に、死亡により国主不在となってしまったモスマン以外は国主からの併合申し出ということになっており、モスマンも代理者となった伯爵代理からの申請扱いである。

 またすでに連邦の宗主国であるドライラントからも認可は得ていることを返答した。


 さらにミナカタ協商の所属国家の離脱については、そもそもこれまで南部側が北部を搾取してきた現実があり、ミナカタの協商法の中にも明確に出身国で住民の扱いを分ける法律があること、所属国のすべてが王やそれに類する称号を持つものを国主として戴いていることを挙げて、ミナカタ協商が単一国家ではなく複数の国家の寄り合い所帯である以上、それぞれの国の決定は尊重されるべきであるとして聞き入れなかった。

 これまでであれば武力に訴える旨をほのめかしながら食い下がっていたミナカタ協商であったが、ダ・カール、モスマンが先制攻撃を仕掛けたにも関わらずほとんど何もできないままで敗北したことが効いているのか食い下がることなく帰っていった。


 北のペイルゼン王国へは、ドライラントとイシュタルト連名で奴隷貿易に関する抗議を行い、犯罪終身奴隷以外の奴隷について、大陸外への輸出を禁止する条約の締結に乗り出した。

 ペイルゼン王国はそもそもセントールとの間で奴隷の貿易も行っているが、それはこれまで奴隷の身分に落ちた者にそれでも選ぶことのできる選択肢の一つとして選ばされていたものだ。

 それが現在ペイルゼン王主導のものとは別にマハから第一王子エイブラハムの指揮で別口の奴隷貿易が行われており、貧困層から口減らしや、借金の方に取った子どもや、さらってきた獣人を本人の意思を無視して輸出している。

 エイブラハムはその対価としてセントールから紹介された特殊なグソク鎧、アシガル装備を輸入していた。

 父王アルバートと第二王子のアイムザットに対して隔意を抱いていた第一王子エイブラハムは、ペイルゼン王国が公式には分解解析用の一領と見本用の1領あわせて2領しか購入できなかったアシガル装備を、セントール大陸人の傭兵アインス・リーンベルを仲介役として、質によって異なるが概ね奴隷200人につき1領のアシガル装備を受け取っていた。

 前周において、アシガル装備を研究し開発されたペイルゼン製複製アシガル装備や、マハの輸入したアシガル装備は、その見た目の威圧感とその重装甲、そして下級魔法使いの使う中級魔法までをほとんど無効化することができることから猛威を振るったが、イシュタルトの軍官学校卒業生の中堅以上の戦力であれば拮抗、上級戦力であれば比較的簡単に突破可能なことが判明する。

 そのため多量のアシガルを用意できなかったペイルゼンは結局、もともと軍備に力を入れないことで周辺国との安寧を保っていた国だったこともあって、イシュタルトに対して抗いきれずに敗北した。


 今生においてもまたアシガルを用意し始めていたエイブラハムであったが、現時点ではまだ20領のアシガル装備しかなく、しかもその装備よりも50年以上未来を先取りしたセイバー装備をイシュタルト王国が配備し始めているため仮に戦争が始まったとしても抗える見込みは0に等しかった。

 その上早い段階でイシュタルト、ドライラントからの抗議がペイルゼンへ向けられたため、戦後の状況を確かめに来たペイルゼンの使者はあわてて本国へ帰還していった。


------

(アイラ視点)

 突然始まった東方の戦線からクラウディアに帰ってきてしばらく経った。

 本当は帰宅の翌日からでも学校に行きたかったのだけれど、夜のうちに城から使者が来ていて、朝起きるとジークからの命令が届いていた。

 ボクたちはジークによる戦勝報告が行われ落ち着くまで混乱を避けるため、静養を兼ねて自宅で待機することになり、帰還後の初登校は5月25日になった。

 この頃にはすでに大水練大会まで一週間と迫っており、その準備期間のほとんどを学校に来ていなかったボクたちは、大会には不参加となった。

 すでに戦勝について十分な情報が出回り、ダ・カール、モスマン、巻き添えのタンキーニの始末についてもすでに周知されていたため、学校に登校したボクたちはクラスメイトや友人たちに無事を祝ってもらいはしたものの、大して騒ぎになることはなかった。

 それよりももっと別の関心事については騒ぎになり、ボクたちも囲まれることとなったけれど・・・


「それでアイラ様・・・実際のところどうなんですか?」

 復帰初日の日程がすべて終わり、西シュバリエールのサロンに向かおうと鞄をエッラに預けて(なおエッラ自身の鞄はボクの収納に入っている。無駄なこととは思うけれど、主従として必要な様式美だ。)、いつものメンバーで歩き始めたところ4名の生徒に呼び止められた。

 別のクラス・・・というかあまり話したことのない2年と3年の先輩方で、爵位持ちの家柄の女の子たち、普通ならば体面を気にして、自分からボクに話しかけてくることのない彼女たちが、2人(+メイド2人)で集まってボクに話しかけてきたのだ。

 なにやら思いつめた様子であったこともあり、誘いを受けることにしたボクは、神楽たちには先にサロンに向かってもらい、ボクとエッラはサロンに向かう前に売店前の飲食スペースでお三方の話を聞くことにして、とりあえず先輩方はボクとエッラの両方にお茶をご馳走してくださる様で、ボクとエッラに飲みたいものを尋ねるとメイド2人に命じて買いに行かせた。

 軽食もいかがですかとたずねられたけれど、アイラボクの小さな胃袋では夕飯が食べられなくなるのでお断りした。

 そしてエッラにも席に着くようにすすめ、一度エッラが断ったのでボクも座る様に命じると、ようやくエッラも同じ席に着いたのだ。


 それから先輩方のメイドは後ろに立たせたままで、彼女たちはまずは自己紹介、記憶のとおりどちらも子爵家のポール家の長女と、カーバル家の三女であった。

 二人はなにやらそわそわとしていて、少しの間本題に入ることはなかった。

 そして3分ほど経ってようやく思い切れたのか二人でうなずきあった後告げたのが冒頭の言葉だ。


 その剣幕に少し押されながらも何とか答えようと思った。

 この先輩たちは、開戦の報せを聞いて胸を痛めていたに違いない、国王ジークから出された情報だけでは不足だと考えてその詳細を知るボクに聞きにきた様だ。

 国王の言うことを信じていないと、不敬罪に問う様なことはすまい、姫として、あの戦争の真実を知るものとして、開示できる範囲のことを答えてあげようじゃないか。

「えぇ、大体すべてのことに決着がつきました。ひとまず心配することはありません」

 ボクの言葉に反応して目の前の二人だけではなく近くにいた女学生からも小さくキャと声が上がる。


 やはり不足とは思いながらもジークの言葉は信じていた様で、彼女たちはハッと目を見開いたものの、すぐさま落ち着いた様子でボクに尋ね返した。

「や、やはりそうなのですね?」

「決着がついたのですね・・・」

 真剣な表情でうつむいてコップの中を見る二人、しかし顔を上げるとすがすがしい顔で

「いいえ、おめでたいことですもの、素直にお祝いしなくてはなりませんよね」

 と、ポール家の先輩がおっしゃり、それから応える様にカーバル家の先輩も

「そう、ですよね・・おめでとうございます、アイラ様にお伝えするのも少し違う気が致しますが・・・」

 二人はそういって無事終戦したことを喜んでくれた。


「いいえ、ボクにとってももちろんうれしいことですから」

 こうやってまた、学校に通えることも嬉しい。

 戦争が終わったし、イシュタルトに抵抗できる様な国もすでにない、これからまたしばらくは学生らしい時間を過ごすことができるだろう。


 それから先輩がたと分かれたボクとエッラはサロンへ行き、先に行ってもらっていた神楽、エイラ、ソニア、ソルと合流そしてすでにサロンにはボクとエッラ、以外の屋敷組も、サロンのいつもの西の面々も大体到着していた。

 サリィ姉様にローリエ先輩とエーリカ先輩はいない様だけれど

「あ、アイラー♪」

 ボクが部屋に入ると声をかける前からアイリスが機嫌よさそうにボクを呼ぶ。

 今朝も久しぶりに一緒に学校に行けるのがうれしかったらしくて上機嫌だったし、先週はお見送りしかしてあげられなくて、うれしそうにしつつも、少し不満そうだったから、こうやってニコニコ笑顔でいる妹を見ると、この生活を守れてよかったと思う。

 父エドガーはホーリーウッド領に帰ってしまったけれど家族みんなで無事毎日を送れることがどれだけ尊いことか。


「アイラ様とアイリス様がそろっているとやっぱり安心しますね。」

「そうですね、アイリス様お一人の時は、少しソワソワしました。」

 先輩方でもそう感じるほどに、一人のアイリスは不安定だったのだろう。

 先日の取り乱したアイリスを思い返す。

 噛み付かれた痕も引っ掻かれた痕ももう消えたけれど、アレからアイリスがボクと一生離れないと言って、ユーリに嫁ぐことを決めた。

 ユーリも前周のことがあるからアイリスのことは憎からず想っているし、家族としての情愛がかなり深い相手なので、何度か念押しはしたものの、アイリスの決意が固いことを知ると受け入れた。

 家族では父だけが複雑な表情をしていたものの屋敷のみんなから祝福され、ユーリの婚約者2号が誕生した。

 その事実はすでにボクたちの中では確定事項となっていて、アイリスはボクのまねをする様にユーリとキスをしたり同衾したりする様になった。

 しかしながらアイリスにはまだ閨の知識は乏しい、お城での貴族教育があったため前周よりは夫婦のことを知っているとはいえ、まだ肝心な部分には触れていない。

 そのためボクがユーリから受けている様な舌を絡める様なキスも、体をなぞる様なキスも、耳朶を舐める様なことも必要以上に触ることは今はしていない。

 アイリスはユーリとの関係も楽しむことができているみたいで、この数日は上機嫌だ。

 ボクの方も、将来に渡ってアイリスと一緒にいられることは嬉しいので若干浮かれている。


「先輩方、ボクがいない間妹のアイリスがお世話になりました。ボクもこうして無事戻ってまいりましたので、今後ともお世話になります。」

 アイリスを片腕で抱き寄せながら先輩方にご挨拶。

 実のところ日常的にホーリーウッド邸に出入りしているシリル先輩やマガレ先輩、ラフィネ先輩、それにアルトライン姉妹はとっくにボクたちの帰還を知っている。

 帰還後ホーリーウッド邸で身内だけのパーティをしていて、親しい友人を招待して挨拶をさせてもらった。

 その頃はまだアイリスが学校から帰ってくるなりくっつき虫みたいにボクに組み付いてきていたけれど、今はもうそこまでではなくて、ボクはアイリスを抱き寄せようとしているのだけれど、恥ずかしいのかアイリスは少し隙間を空けようと抵抗している。

 嫌がるならしないほうがよいかと力を緩めると少し体を寄せてくるのがまた面倒くさくて可愛い。


 周りにいるのは優秀な学生、たぶんボクとアイリスとのやり取りはばれているしボクもそれをわかっている。

 わかっていてもなお、ボクの無事を喜んでくれている人たちに元気なボクを見せるのにアイリスとのスキンシップはある意味常識的というか、日常の象徴とでも言うべき姿である。

 王室の姫としての振る舞いをいつもしていないわけではないけれど、サロンの先輩方が無事を喜んでくれているのは、王国の姫としてのボクではなくアイリスの姉であるボクだと思うから。


 結局この日はアルトライン姉妹やサリィ姉様はサロンに顔を出さず、それからも30分ほど雑談をしてから帰宅した。


---

 翌日の登校中、その日は朝からなんだかざわついている気がした。

 なんというか視線がいつもより集まるのだ。

 特にトーレスに・・・。

 普段なら「姫様おはようございます」と声をかけてくれる人がいるのに、それはなくてただみんな遠巻きにボクたちの集団を眺めている。


「なにかあったのかな?」

「昨日は久しぶりの登校でもみんな普通に接してくれてたのにね?」

 ユーリも違和感を感じたらしくてボクと一緒に首を傾げる。

「それに、アイラさんの可愛らしさにではなく視線がどうもトーレスさんに集まっているのも気になりますね?」

 と、神楽もトーレスに視線が集まっていたことを感じていたらしく3人でトーレスへ視線を注ぐと、トーレスは気づいていない様子でソニアとシャーリーと何か話していて、ソルはジト目でトーレスを見ている。

 大好きなソニアをとられて不服そうだ。

 ソルはソニアのことが大好きで、実の姉妹といわれても不思議じゃないほどいつも一緒に居たがる。

 そして、女の子であれば問題ないけれど、ユーリ以外の男の子がソニアに近づくと、メイドにあるまじき態度をとってしまいがちだ。

 普段どこか達観したように冷静なソルだからこそ、その粗が目立つ。


 それはそれとして・・・。

 無事学校に到着し、このあとは1年のボクたちは手前の校舎にユーリやトーレスたちは奥にある円形校舎のほうへと分かれて歩いていくのだけれど、その手前の校舎のところに見覚えのある人物が立っておりこちらに手を振っていた。


「サリィ姉様、おはようございます!」

 一昨昨日(さきおととい)の戦勝祝い以来となるサリィだ。

 通常通り学生服を身にまとい、しかし通常はいないはずのこちらの校舎前に立っている。

 サリィは馬車通学で、円形校舎と1年校舎の間くらいの位置にある降車場で降りるので通常はこちら側にいることはない。

 通りがかりでないというのならばやはりボクか誰かを待っていたと考えるべきだろう。

「おはようございますアイラちゃん、皆さんも」

 そういってすぐにボクの頭を抱きかかえる。

 サークラといい、『お姉ちゃん』たちはすぐに妹の頭を抱きかかえる癖がある様だ。


「うん、今日も元気そう、甘い匂いがするわ、バニラとミルクかしら・・・。」

 すんすんとボクの髪の匂いをかいで、食後に飲んだバニラフレーバーをつけたミルクのことを当てられる。

 相手によっては無礼者って叫んで押しのけるところだけれど、サリィ相手ならば嫌な気持ちはしない、せいぜい神楽の前でほかの女の子に抱かれているのが申し訳なく感じるくらいだけれど、サリィはボクの家族の枠なので神楽もユーリも何も言わない。

「サリィ姉様・・こんな人通りの多いところで、こんな小さい子扱い恥ずかしいです」

 それでも人の目というものは気になるので、身動ぎ程度の抵抗はさせてもらう。


「っと、そうでした。始業まで時間もないので手短に・・・、トレースさんにお話があってきたんですよ。」

 ボクを開放し佇まいを直しながらサリィは微笑を浮かべてトーレスに声をかけた。

 このメンバーでサリィがよく話しかけるのは、ボク、ユーリ、アイリス、神楽、エッラ、エイラ、ソルなので、自分が相手だと思っていなかったトーレスは驚いた様子を見せたけれど、それでも今は男爵家の嫡男、短く返事をして礼を取りながらサリィの言葉を待つ。

「ここでは少し人目が多いですから、1年校舎の指導室を押さえていますそちらで話しましょう、ユーリ君たちが早めに登校する子たちでよかったわ。」



 サリィに誘導されて、ボクとユーリとアイリス、トーレス、それにシャーリーだけが指導室に連いていくことになった。

 ほかのみんなは教室に向かい、ボクとユーリはメイドに鞄を預けた。

「ここです。あと15分くらいはお話できそうですね。」

 と、サリィはアイリスの手を取って先導していたけれど部屋の前まで来るとその手を離した。

 手ずから扉を開けてボクたちを部屋の中へ招き入れる。


 部屋を押さえているというからには他に人はいないだろうと考え、恐縮しながら部屋に入るとそこには予想外の人物の姿があった

「ロリィ先輩、エリィ先輩?」

 気配を探ることをしていなかったためちょっと呆気に取られた声が出てしまった。


「姫殿下・・・それにトーレス先輩・・・。」

「・・・・・・・」

 ロリィ先輩は少し疲れた顔で、エリィ先輩の方はなんだか怖い顔というか、不機嫌と混乱の間といったところだろうか?


 それから椅子に座って話し合いが始まった。

 予備の椅子を出してサリィの両側にロリィ・エリィ両先輩、対面にトーレス

 トーレスからみて右の側面にボクとアイリスとユーリ、そしてシャーリーはトーレスの後ろに立ったままだ。

「さて、時間も押してますし、単刀直入に行きましょう。どうして貴方たちを呼んだのかはわかりますか?」

 そして席に着くなりサリィは早速とばかり話始める。

 トーレスはまずボクを見て、ボクがわからないと首を振ると、次にユーリと目を合わせて、やっぱり知らないと返されてから答える。(この間わずか2秒)

「いいえ、見当がつかないです。」

 サリィはそれを聞き届けると小さく笑顔を浮かべて、エリィ先輩の頭に手を置いた。

「だ、そうですよエリィ、とりあえず誰かの勘違いの様ですね。」

 難しい顔をしていたロリィ先輩とエリィ先輩はふぅとため息をついた。


 わざわざ二人を呼び出していることから関係あることだろうとは思っていたけれどやはり二人に関係することらしい。

「よかったです。私たちが知らない間にそういう既成事実というか、風説を流布して状況を固められて・・・っていうタイプの先輩じゃないと信じてはいましたけれど、ちょっと怖かったんです。」

「私も、今まで信じてた先輩が、そういうことするタイプだったらって少しだけど、疑ってしまいました。申し訳ありませんでした。」

 二人はトーレスに向かって頭を下げるけれど、トーレスもボクたちも状況はいまだにわからない。


「ロリエリカ、状況がわからないといっているのですから急に謝られても困ってしまいますよ、順を追って話しましょう。」

 サリィが説明を促すとロリィ先輩とエリィ先輩が顔を見合わせた後うなずき合い、エリィ先輩が話し始めた。

「実は昨日家に帰った後、クラスメイトのジョゼット・フォン・カーバル様からお茶会に誘われまして、珍しいとは思ったものの、別段仲が悪いわけでもないので二人で貴族寮のお部屋にお邪魔したんですが、そこで貴族のお嬢様方から、私がトーレス先輩とその・・・えっと・・・婚約したんでしょうおめでとう、と言われまして・・・。」

「エーリカちゃんも私も、初耳だったので反応しきれなかったんですけれどそれが肯定に取られてしまったみたいで、そのあと否定して、先輩にちょっと聞いてみますねって話にはしたんですけれど・・・」

 なるほど、今朝少し視線があったのはそういうことなのかな・・・?でも寮生とウチとでは登校経路が違うから寮生だけではないよね?

 っていうかもしかして昨日のあの二人の言っていた決着がついたのですねとかおめでとうってそういうこと?


「すみませんボク心あたりがあるかもしれません、昨日のことなんですが・・・。」

 昨日の二人との会話をかいつまんで説明すると、サリィは小さくため息をついた。

「なるほど、噂の出回った経路とある程度一致しますね、今朝たまたま早く登校したもので噂の経路を確認したのですが出所はおそらくその二人と周囲で話を聴いていた方たちで間違いないでしょう。」

 サリィは頭を抱えながらですが・・・と前置きする。

「急速に広まったのはそもそも素地が合ったためですねそもそも原因はアイラちゃんだけじゃなくトーレスさんにもあります。」

 とトーレスに指を突きつける。


「っといいますと?」

 トーレスはなにかわからないと聞き返す。

「そもそもトーレスさんは今王国でも最も注目されている新興男爵家、ウェリントン家の嫡男です。貴方の代の出来の良し悪しで今後のウェリントン家の将来が決まりますが、現状のところ貴方は万能型と評判です。そもそも王城務めの文官や武官たちや各分野に役職を持つ貴族たちに貴方の存在は、優秀な副官候補として認知されていましたが、軍官学校でもおおよそ欠点として挙げられるポイントがなく、すべての分野に独特のバランス感覚を持っていると評判です。結果として開拓村の長から身を立てたウェリントン家と、その長男である貴方の評価は上々といって良いところです。」

 一息にそこまで喋ったサリィは一度息を整えた。

 トーレスはほめられた内容を聞いて少し頬を赤くしている。

 サリィの様な美しい姫にほめられるのは、たとえ普段から女の子に言い寄られたり、造詣の美しい姉や美人揃いの家人たちに囲まれていてもやはり気恥ずかしいみたいだ。


「そして、さらに今となってはトーレスさんは将来のホーリーウッド侯爵ユークリッド・フォン・ホーリーウッドの婚約者にして次代の王であるお父様の養子でもあるアイラちゃんの実兄であることが知れ渡っている上、加えてサークラお姉様が次代のオケアノスの母となること、ペイロードのモリオンくんがピオニーちゃんの婚約者となったことからさらにウェリントン家は注目を集めていました。一介の新興男爵家が王家と四侯家のうち3家と縁を持ったわけですから当然といえば当然ですがね。」

 ウチの状況は確かにかなり特殊だ。

 せめてこの間まで農民とかではなくもともと陪臣家だったとかならまだ・・・いやもともと男爵家だったとしてもちょっと厳しいかな?


「そうしてトーレスさんは大変注目の的となっていました。各貴族家も王家と3家と縁を結ぶチャンス、そして、ルクスの併合後の発展が期待できる南西地域の森の開拓権を持つウェリントンとの縁はそれ単体でもかなりの魅力を持っています。みんな土地がほしいのです・・・」

 開拓している最中は赤字でも、王領との距離が遠いとしても、やはり領地を持つことは貴族としては得難い名誉で、その運営を持って王家に認められたいとほとんどの貴族は思っている。

 モスマンでも他家の土地を奪おうと画策したお粗末な謀略家がいたけれど、ボクには土地の管理なんていう面倒ごとよりも、ただ好きな人と一緒に平穏に暮らすほうが望ましいので、あそこまでやるほどのものだとは思わないけれど・・・。


「これまでトーレスさんはウェリントン家が貴族となる前の時点から、各文官、武官など中級官吏を中心に娘婿にと、狙われていました。それが男爵家になったあとは娘を嫁にやりたい家として陪臣の家だけではなく各貴族から注目されている中、トーレスさんに率先してアプローチしているうちのエミィのことがあって、王領の貴族は比較的おとなしく様子見をしている家が多いですが、西以外の地方の貴族はなんとか縁を繋ぎたいと動向に注目していました。そんな中トーレスさんのお嫁さんの有力な候補として見られていたのが前述のエミィ以外では、西派閥のシリル先輩、同じ班で1年から一緒に活動しているマガレ先輩、ラフィネ先輩、それに最近特に仲が良いと評判のロリエリカに、エッラさんやナディアさんにソニアさん今までのウェリントン家の華々しい婚約や婚姻の関係からスザク家のアイビスちゃんや、ちょっと年齢差がひどいですがペイロードのシトリンちゃんまでうわさがありましたね。特に家柄、地方の観点からロリエリカは注目されていました。」

 アイビスはともかくシトリン相手はひどいよね・・・。

 初婚相手がまともに結婚できる年齢になるころにはトーレスはもういいおじさんだ。

 アルトライン姉妹が注目されるのは陪臣家で、ホーリーウッド関係の家柄でもないからだろう。


「そして先週のことです私たちは事情を知っているので大丈夫ですが、アイラちゃんたちが帰ってきたとき、トーレスさんは一人で学生寮を訪れてエリィだけを呼び出して、1時間弱ほど外出しましたよね?それが非常にたくさんの学生たちに目撃されておりまして、その後夕飯時妙に上機嫌なエリィの様子が珍しいと、噂になっていた様でした。」

 それは初耳だけれどそんなこと本当にあったのかな?

 と、トーレスの顔を見るとうん、思い当たるみたいだ。

「でもそれは先輩がちゃんと約束を果たしてくれたのがうれしくてちょっとニヤけてしまっただけですよ?」

 約束というのが引っかかるけれど、状況的に注目され易いトーレスが2人セットで認知されている女の子の一人だけを呼び出して、1時間ほど出かけていたというのは平たく言ってデートと思われるだろう。

 それも元からそういう相手として注目されていたのならなおさらだ。


「貴族の中の噂ではありますが、すでに婚前交渉をもっているのではとひそかに噂になっていたのが、昨日のアイラちゃんとの会話で、二人や周囲で聞き耳を立てていた人たちが結論付けてしまったんでしょう。面倒なことになってしまいました。」

 寮から連れ出した女の子をどこかに連れ込んでそういったことをして一時間弱で帰せるほどこの年頃の情欲は弱くないと思うけれど、確かに怪しいと最初から感じていればそう見えないこともいえない状況だ。

「そう面倒ですか?ちゃんと僕とエーリカが否定すれば、それで済むのでは?」

 と、トーレスは甘い見通しを尋ねる。

「そううまくはいかないでしょうね、むしろ貴族の男子たちの中には、貴方が振興男爵家の嫡男だからと見下したいと思っている人たちが若干いますから、そういう人たちほど普段の努力が足りないのに、家柄のいい自分よりも良い評価を受け目立っているのはムカツクな・・・って考えているでしょうね。」


 見通しが甘かったことを恥じトーレスが少しうつむく、自分がやった行動の軽率さを後悔している様だ。

「ごめんよエーリカ僕の軽率な行動で、君に不名誉な噂を立ててしまった。」

 貴族としての教育を受け、学業では結果を残していても、トーレスの根本は村長の倅だ。

 自分の行いが招く風聞については貴族的思考に至っていないのだろう。

「気になさらないでください、私も状況には驚いていますが、不名誉なのはむしろ平民の娘相手に懸想したと噂を立てられた先輩のほうですから」

 そういってエリィ先輩はトーレスに顔を上げる様に言うけれど・・・。


「いいえ、今のままでは大変なのはエリィのほうですよ、このままではエリィは貴族との結婚は出来なくなります。」

 と、サリィはエリィ先輩の言葉を否定する・・・っていうかエリィ先輩が貴族と結婚を考えている前提となっているけれど?

「わ、私は貴族との結婚なんて考えていませんよ?それにそもそも結婚事態に願望がないというか・・・。」

 とエリィ先輩は口ごもり前髪をくるくるともてあそび始める。

「貴族との結婚はないにしても、貴方がトーレスさんとの婚前交渉を持ったという話は一人歩きする可能性があります。特に主従関係でもない貴族と関係をもったという噂は、イコール貴方が、一度はトーレスさんと恋人関係に至った女の子だっていう噂になってしまいます。それが卒業後も側室や愛妾にもならないとすればそれは貴方がそれだけの価値がないとトーレスさんから捨てられた女だという扱いになってしまいます。それは今後のエリィの評判にずっと付きまとうことになります。」

 言われてからエリィ先輩は少し表情が変わった。

 考えてもいなかったんだろう、人の噂は放置しておけばそのうち消える。

 それが一般的な平民の考え方だ。

 特に僻地の村であるウェリントンの様な場所であれば噂どうこう以前に、人数が少ないので不確かな噂は広まりにくいけれど、仮にももともと陪臣家の彼女ことだからその噂はそれなりに彼女の将来にかかわってくるだろう。

 新興男爵家の長男に抱かれたけれど捨てられた女なんてレッテルは、およそエリィ先輩にはふさわしくないし、広まってしまえば彼女が元農民のトーレスから見ても女性としての魅力に欠けるのだと、印象付ける可能性がある。


「ですが安心してください、原因ときっかけがわかった以上対処は出来ます。」

 サリィはようやく事の重大さがわかったらしいエリィ先輩とトーレスに微笑みかける。

「どうするのでしょうか?」

 エリィ先輩は少しすがる様な瞳でサリィに尋ねる。

 基本頼られるのが好きなサリィはその保護欲を満たしながらエリィ先輩に方策を告げる。

 トーレスも興味津々で聴いているけれど、アイリスは残念ながら眠たそうにしている。

 まだ少し早い話だった様だ。


 少し溜めながら、サリィは告げた。

「エリィはトーレスさんに口説かれたことにしましょう。」

 ポカンとするアルトライン姉妹とトーレス、シャーリー。

 なるほどとボクも大体サリィの言いたいことを察した。

「ならボクは昨日の両先輩の誤解と少しすり合わせないといけませんね。」

「えぇ、出来れば2年か3年のいる前で」

 にやりと笑いながらサリィが答える。

 うんボクの考えはあっていたみたいだ。

 それからボクたちは行動と方策を共有してからあわてて教室に向かった。

 なんとか遅刻せずに済んだけれど、話の内容がほとんどわかっていなかったのに呼び出されたアイリスは機嫌が良くなかった。



 放課後・・・西のサロンにて・・・。

「ごめんよ、ローリエ、エーリカ変な噂を立てる様なことをしてしまって」

 トーレスは二人に謝罪していた。

「いえ、私もエーリカちゃんもまさかあんな噂になってしまうなんて思っていませんでしたから」

「そうですよ、トーレス先輩は悪くないです。悪いのはむしろ面白おかしく人のことを噂話するひとたちですよ」

 結局半日もかからずに新しい噂を浸透させることに成功した。

 それだけこの件の注目度が学校内で高かったということだけれど・・・。

 新たに広めた内容は、トーレスが将来の内政官候補としてエリィ先輩をウェリントン領へ口説いていたこと、そして先日色よい返事をもらったことだ。

 1時間ほど出かけていたのも、ウェリントンの特産品候補の話を聞かせてエリィ先輩がどの様な方策を思いつくかを話していただけだと広めた。

「サーリア様から事前に聞いてなかったら、へんなこと言って、噂を加速させてたかも・・・本当感謝してます。」

 と、一緒にアルトライン姉妹と一緒にサロンに来たサリィにペコペコと頭を下げ、もともと噂を信じていなかった西サロンの学生たちはワハハと笑う。

 エリィ先輩と恋仲どうこうは別として結婚前に関係を持つタイプではないと見られていた。


 ボクの方は、ポール家とカーバル家の令嬢二人が昼休みに一緒にいるところを呼び止めて昨日の話なんですがと呼び止めた。

 新しい情報を得られるのかと期待していた二人に相談する様な形で

「ようやくエリィ先輩が仮決まりとなって一安心といったところですが、正直ウチの実家は新興なので2代目となるトーレス兄さんにはもっとがんばってもらいたいところなんですよね、出会いがあるのも学生時代の今だけかもですし・・・そうだ先輩方はいかがですか?お二人ともやさしくて気立てもよさそうですし」

 と思わせぶりな態度を取っておいて、二人が「いいえ私たちは・・・」と一度引いたところですかさず。

「なんて、冗談です。お二人とも田舎領地の内政官なんてならなくたって、どこかの貴族と縁談がありますよね」

 とボクの話題は最初からトーレスの結婚相手の話ではなく領地運営のための人材集めの話だったんだと、急展開させた。

 仕官的な意味で口説く口説かないの話であれば卒業後もしだめになっても、賃金などの条件が折り合わなかったとか適当なことを言えばエリィ先輩の女性としての価値には傷がつかないし、トーレスのほうにも未婚の女の子を立場を嵩に関係を迫る様な男だと噂が立たずに済む。


 周囲で聞き耳を立てていた人たちもそれを聞いてなんだと、がっかりした様子ではあったけれど、再びトーレスの正妻枠が宙に浮いたことで、トーレス狙いの一部の女子たちは再びアプローチをかけ始めるけれど、やっぱりもっとも立場の強いエミィが居るため直接的な接触をしてくる様な猛者はほとんど居らず。

 

 トーレスはついに王領クラウディアでは婚約者を作ることがないまま去ることになるのだが、それはまだ少し先の話である。


ということでトーレスとエーリカのことが噂になってしまいましたが、尺の都合上1話にまとまることになりました。

早くアイラを叔母さんにしたくてしょうがないのに、一番早く生んでくれるはずのサークラは今回住まいが遠くなってしまい、唯一頼りになるはずのトーレスが結婚遅いのですよね・・・一応この『アイラが9歳で迎えた年度』中頃にハルベルトとキャロルの間にソフィアリーナが生まれているはずですのですでに叔母になっている可能性もありますが、やっぱりトーレスかサークラの子どもを抱っこさせながらこの年でもう叔母さんかーと思わせたいところです。


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