第97.5話:有名人の妹を持つ兄は目立つ
久々に朝に間に合いました。
アイラとユークリッド様方がオケアノス領に向かってから随分と経った様に感じる。
実際のところ、まだ1週間しか経っていないけれど、アイラたちは目立つし、とても刺激の強い娘だからいないと毎日が退屈で、とても長く感じる。
その上妹たちがいないことと、戦争が始まって学校が午前中のみとなったことも相まって僕のところへは連日アイラとユークリッド様のことを尋ねようとする人たちが溢れかえっていた。
「実の妹のこととは言え、僕が王族に属するアイラ姫殿下のことを妄りに話すことはできないよ、陛下からの発表以上のことは僕も知らないしね、確かなのはアイラ姫殿下とユークリッド様は戦争の早期終結のために、その勇者としてのお力と、お立場とを必要とされて、ご公務としてオケアノスへ向かわれたということだけだ。」
毎日僕のところへやってくる中小貴族の嫡男や次男たち、さすがに僕も男爵嫡男になっているので、平民や準貴族家程度は押しかけてこないけれどそれでも彼ら貴族家の者たちは毎日の様に新しい情報はないのかと押しかけてくるので正直辟易している。
そもそもだ。
「あなた方はアイラ姫殿下のことで、国王陛下が発表されていることを疑っているということなのか?毎度申し上げている通り、僕だって陛下からうかがっている以上の情報は知らないし、もし何か内密に話を聞いているのだとしても陛下がそれを発表していないならそれを僕が発言してしまうのは、姫殿下からの信頼を裏切ることに他ならないと思うのだけれど、あなた方はどうお考えか?」
そこまで言ってようやく連中は引き上げて行った。
「ほとんど毎日の様に大変ですね、お疲れ様ですトーレス様。」
シャーリーはアイラの親友の一人でボクからすれば4つ下の女の子だ。
お姉さん同様の灰青の色素の薄い髪がサラサラとしていて目に涼しい。
「今日はどうだった?」
ニコニコとしながら話しかけてくる僕のメイド枠の少女に尋ねると、しっかりと役目は果たしてくれた様で、ハキハキと答える。
「昨日と立て続けできているのは4家ですね、合計4回以上接触してきているのは12家です。お叱りですね。」
お叱りというのは、あまりに貴族らしくない振る舞いをする様なのがいたら・・・と陛下から何度もこちらにたずねてくる様な家があれば連絡する様にと命じられているのだ。
息子や娘が国王の言うことに不信感を持っているらしいが、まさか親のお前たちが尋ねに行かせているわけじゃないないよなぁ?ということだね。
ちょっとした教育事項らしい。
「アイラの友達や、ユークリッド様のご学友が聞きに来るのとはまた違うからね」
たとえばマーガレットやラフィネにロリィやエリィといった比較的新しいアイラの友人たちだ。
彼女たちは戦況がどうとかではなく単純にアイラのことを心配して声をかけてくれているだけなので、まったく気にならない。
それに、ロリィやエリィ以外はクラスに誰かウチか王室の関係者がいるから、そっちに聞けばいいのに、わざわざこちらに声をかけてくれるのは、単純に僕のことも心配してくれているからだろう。
「さて、時間とられたし、そろそろ帰ろうか。」
「はい、トーレス様。」
シャーリーは可愛い、その上二人きりの時は僕をお兄さんと呼んで慕ってくれる。
これはもともと彼女がアイラの親友で、ボクがそのアイラの兄だからもともと顔見知りで、ホーリーウッド家からメイドとして身柄を借り受ける様になった際にお願いして人のいない時にはそう呼んでもらえる様になった。
「ラフィネ、終わったみたい。」
「トーレス様、お疲れ様です。」
1年の時から付き合いの続いているラフィネとマーガレットが教室の端っこのほうで手を振っている。
毎度のことであるけれど、僕たちが終わるのを待っていてくれていた様だ。
「いつも待っててくれなくてもいいんだよ?長いでしょ?」
「いいです、寮に帰ってもあまりすることないですし。」
「そーそ、今日に限ってトーレス様がピオニーちゃんを見においでって誘ってくれるかもしれないですし」
マーガレットはそっけなく、そしてラフィネはいたずらっぽく答える。
気にするなってことだね、僕としても二人を待たせていると、早く終わらせないといけない気がして、あのわずらわしい貴族の子女たち相手にそっけない態度をとりやすくなるので、助かっているといえば助かっているんだけれど・・・
「それにトーレス様を待っているという行為自体、私は楽しんじゃってますし」
ぷっくりとした唇に小さく舌を出すラフィネ、いたずらっぽい笑顔を浮かべているのはとても彼女に似合っているし魅力的だ。
ちょっとドキっとしてしまう。
「えっと・・・ホーリーウッド邸も主人不在だから僕が勝手にお客さんを招くわけにもいかないんだ。代わりというわけじゃあないけど、寮までは付き合うから。」
たぶん赤くなっている顔を隠すために僕はそっけなく振舞う。
年下の女の子にからかわれて本気にしてしまいそうになるのは気恥ずかしいし、負けた気持ちになる。
よく知らない文官の娘たちがお城で教育を受けていたときに言い寄ってきたのとも、貴族の子女たちが新興男爵家であるウェリントン家をどこか甘く見ながら、上から目線で交際を申し込んできた時とも違って、ラフィネはすごく自然体でからかったりしてくるので、つい本気にしてしまいそうになる。
田舎出身同士波長が合うのかもしれない。
「こらラフィネ、トーレス様をからかわないの、ごめんねトーレス様、シャーリー、私たちも気になってるの」
マーガレットがラフィネの後頭部に手刀を入れながら、目的語のないでも何をいいたいかは伝わる言葉を告げる。
彼女はかわいいもの好きで、その範疇にうちの妹たちも含まれている。
・・・お気に入りはソニアとソルだけれど
「ありがとうマーガレット、アイラたちが帰ってきたらまた、邸でお茶会でもしよう。」
「トーレス様、女の子ばかりのお茶会だといつも置物みたいになってますよ?」
そんなことを言いながら見せるマーガレットの素の微笑み、普段冷静で、あまり多くの言葉も表情も表に出さない分、こういう素の笑顔はなんというか・・・クる。
思わず見ほれてしまう。
ラフィネと比べても控えめな肉付きが誰かを思い起こさせて。その華奢な肩はつかめば折れてしまいそうで、守りたいと思わされる。
「妹やその友人たちの笑顔を見ながらお茶を飲めるほど平和になってるなら、僕なんて置物でもかまわないでしょ?」
だから、僕が女の子たちの中で会話についていけずに固まることになろうとも、君たちは妹とのおしゃべりを楽しんでいってほしい。
僕は年相応に楽しんでいる時の妹が大好きなんだ。
無論年不相応にしっかりしている妹のことは誇らしいし、幼いが故の固定観念の無さからなのか数々の新技術を開発し王国に貢献し、陛下や殿下方にも大層気に入られていてすごいとは思うのだけれど、やっぱりまだ9歳の妹なんだから、お友達と遊んでいるほうがずっと自然だと思うのだ。
マーガレットとラフィネも伴って4人で校舎を出る。
それから約束どおり二人を送っていくために校門ではなく学生寮側へと歩みを進めていたのだけれど、進行方向に見知った二人組みが歩いている後姿が見えた。
二人は同じ薄緑の髪を片や肩のあたり、片や腰の辺りまで伸ばしていて、身長は11歳という低年齢層なこともあって低め、そんな組み合わせは学校に1組しかいない。
「やぁ、ローリエ、エーリカ、いま帰りかな?」
後ろから声をかけると、二人はぴくりと反応しながら振り返った。
「トーレス先輩♪」
「せ、先輩!?」
双子だというのに二人はまったく違う反応を返してくれる。
片や姉のローリエはうれしそうに弾んだ声で、妹のエーリカは少し驚いたみたいに声が裏返った。
「ごめん、いきなり後ろからで驚かせたかな?」
「いいえ、そんなことは、シャーリー先輩にマガレ先輩、ラフィネ先輩も見苦しいところをお見せしました。」
シュンとした様子で謝るエーリカの姿に、なんとなくサークラにしかられているときのアイラを思い出す。
エーリカが普段大人びた子だからだろうか?
「マガレ先輩にラフィネ先輩は寮だからわかりますけれど、トーレス先輩とシャーリ先輩はどうしてこちらに?」
ローリエはそんな妹を心遣ってか、話題を少しだけ変える。
「彼女たちを寮まで送ってるんだよ、僕の私事で待たせてしまったから」
「そうですか・・・わ、私たちも、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
ローリエは少し気恥ずかしそうに、同行を申し出る。
行き先は同じだし断る理由もない。
「もちろん、といっても後3分くらいだけどね。」
それから他愛もない話をしつつ、寮のある区画についた。
戦時で教官たちが本業の軍務のほうに手を取られているためとはいえ、一応午後休校となっている以上寄り道はあまりほめられたものではない、普段なら寮のサロンで話をしたりすることもあるのだけれど・・・。
「それじゃあここで、また明日。」
僕は手を上げて別れの挨拶をして、それに続けてシャーリーも頭を下げる。
マーガレットとラフィネもそれぞれ彼女たちらしい礼をすると寮に入っていこうとする。
「あ、あのトーレス先輩、ちょっとだけ、寄って行かれませんか?」
その時、ローリエが僕を引きとめた。
先ほどは、妹のために話題をそらす為仕方ない部分があったのでまだ平気そうだったけれど、今度はかなり恥ずかしそうに顔を赤くしている。
シュバリエールの先輩とはいえ仮にも男である僕を引き止めるという行為が恥ずかしかったのだろう。
「ちょっと、ローリエ?突然そんなこといって、ご迷惑でしょう。」
そんな姉を押しとどめる為か、エーリカがローリエの手をつかみながら嗜める。
しかしよくよく見るとドサクサにまぎれて姉の手に指を絡めて握っているあたり、口調は大人びていようとも、エーリカはお姉ちゃん子なんだとよくわかる。
その上ローリエも一切抵抗していないので基本的にはどっちもどっちということなんだろう。
「エーリカ、一応ローリエが何で声をかけたかきいてあげようよ?」
そういってエーリカの頭を撫でる。
「うひゃぁ!せ、先輩!?」
ちょっとよくわからない慌て方で固まるエーリカ、顔は真っ赤で口をパクパクさせている、怒らせてしまった様だ。
あぁ、僕も双子をそろってかわいがれないことにストレスがたまっているのか、ついアイラやアイリスたちが口論しているときにする様に頭に手をやってしまった。
「あぁ、ごめんエーリカ、つい妹たちに接する様にしてしまって・・・、ローリエもエーリカも妹たちみたいで仲良くてかわいいから。」
相手は思春期の乙女だというのに、僕の配慮が足りなかった。
「い、いいえ・・・私なんかの頭で、先輩の無聊が慰められるならいくらでも撫でてください。」
顔は赤くしたままで、小さく振るえながら、顔は強張らせている、相当屈辱を与えてしまった様だ。
しかも僕は貴族で彼女は平民、これは権力を嵩にきた嫌がらせになってしまうかもしれない。
僕は慌てて手を下げ、そのまま謝った。
「本当にごめん、すぐに止めるべきだった。エーリカだって年頃の乙女なのに、無遠慮だった。僕にできる範囲の謝罪なら何でもする、許してほしい。」
「え、えぇ!?」
混乱した様子のエーリカに、普段の落ち着きはなく、顔を真っ赤にさせたままオロオロとしている。
しかし、いつまでもこんなところにいるわけにもいかないし、そもそもまだ最初の、ローリエが何で僕を呼び止めたかの話題が行方不明だ。
このまま固まっている様ならまた今度に・・・
「先輩、でしたら・・・」
っと、早速決まったみたいだ。
「アイラ様がお帰りになられたら、国王陛下から発表される前でも私と顔を合わせることがあったら教えてください、これで、いいでしょうか?」
顔はまだ赤いけれど、少しだけ落ち着きを取り戻した様で、両方の掌でローリエの手を包んだままで応えるエーリカ
少し、気が抜けたというか、拍子抜けというか・・・。
「そんなことでいいの?」
「はい大丈夫です。」
もっとこうなんていうか男爵家の嫡男の弱みを握ったのだから、なんだろう、もっと貴族らしい条件というか・・・ええっと・・・いけない、生まれついての貴族じゃないからか貴族だったらどんな条件を出すのか想像できない・・・。
「そっか・・・わかった。アイラが帰ってきたら次の日までにはエーリカに説明しに行くよ、休みの日や学校終わった後だったら寮にいくし、夜か学校の日の朝だったら午前中には教室に行くから。」
彼女なりに気を遣ってくれたのか、それとも彼女も新興貴族の嫡男がどれくらいのことをできるかを知らないからなのか、かなり穏便な沙汰をいただいた。
「それじゃあ、お約束ですね。」
そういってエーリカはローリエお手を握りこんでいたうちの右手を僕のほうに差し出して、その小さな小指をちょんと立てた?
何だろう、どうしたいんだろう。
「エーリカ、これは・・・?」
そういいながらとりあえず差し出された小指を握ってみる。
そういえばクラウディアに来たばかりの頃これと似たような感じに、アイリスやアニスに親指を握らせてその手ごと握りこむことで迷子にならない様にして歩いたりしたなと思い出す。
「あ、すみません、私とローリエの間のおまじないみたいなもので指切りっていうんです」
指を握られた更に顔を赤くしたエーリカはバツが悪そうにモジモジとしている。
「同じ側の小指同士で指を絡めて約束ごとを復唱するんですよ、ちっちゃい頃エーリカちゃんが考えたんです。そうしたら小指の引っ張られる感覚があるからか印象に残って、お約束をよく覚えられるんですよ。」
と、ローリエが照れた様に笑顔を浮かべて補足する。
なるほど・・・指をつなぐというのは中々に印象深い行為だ。
それなら確かに約束もよく覚えれるかもしれない。
「わかったじゃあこうだね?」
といいながら小指を離すと僕も右手を差し出し小指同士を絡めると、エーリカが目を見開いた。
僕は今日彼女を何度怒らせてしまうのだろう、ちょっと申し訳ないけれど、これは彼女が言い出したことだし、最後までやろう。
「じゃあ・・・アイラが帰ってきたら僕はエーリカに一番に教える。」
「~♪」
エーリカは僕の語る約束の内容にうなずきながら何か小気味の良いテンポで歌う様に何かをつぶやく、そして歌い終わると同時に絡めていた小指がはずされた。
「エーリカ、今のは?」
「うそだったら許さない・・・みたいなおまじないです。女の子はおまじないとか願掛けが大好きなので」
それを聞いて僕は安心する。
「じゃあ今のが嘘じゃなかったら、今日のことも許してくれるんだね?」
「それはもちろん、っていうか別に今日のことは先輩はなにも悪くなんてないですから。」
おっと・・・また立場を盾にして言うことを聞かせた感じになってしまいそうだ。
シャーリーもマーガレットもラフィネもあきれた様に見てるし・・。
時間もちょっと経ってるし話を戻そう。
「それで、ローリエはなにか僕に用なの?用事があるなら少しくらいなら寄ってもいいけれど」
僕がそう告げるとあぁ、と言われて思い出したみたいにローリエが口開く
「いいえ、私も・・・アイラ様のことがちょっと気になってただけなので、ただ学校で聞くのはちょっとお行儀が良くないのかなっておもって、それなら寮のお部屋に来てもらったら平気かな?って思ったんです。」
いつの間にか自由になっていた左右の手、その指先をチョンチョンとあわせ、バツが悪そうに答えるローリエ、イタズラがばれたときのオルセーやノヴァリスを思い出す、なんとなく懐かしい気持ちがして、今オケアノス領が戦争中なのを忘れてしまいそうになる。
「そっか、じゃあエーリカに教えるときにはローリエにも教えにいくよ。」
「いいえ、エーリカちゃんから又聞きしますから、先輩のお手数を増やす必要はないですよ。」
まだ少しバツが悪そうなまま、それでもこちらを気遣っているのが判る笑顔でローリエは僕の申し出を断った。
正直、頬が緩みそうになるのを我慢するのに必死だ。
気を引き締めよう、さすがに王家の姫であるアイラが直接戦闘に参加する様なことはしていないだろうけれど、サークラもアニスも戦争中の土地にいるのだ、僕だけが浮ついた気持ちでいるわけにはいかない、アイリスだって毎日戦ってる。
ただでさえ母さんが留守にしていて不安定な小さなピオニーに、不安な顔を見せない様にって、無理におどけて笑っている。
だというのに僕だけが心穏やかに日常を過ごすのは、なんていうか、申し訳がない。
「ごめんね、そろそろ帰るよ、ピオニーの世話をアイリスたちだけにさせるのもちょっと心配だし。」
実際にはナディアやエイラ、しっかり者のアルフィもいるから心配する様なことは何もないのだろうけれど、この子たちとの時間を終わらせるにはきっかけも必要だ。
「あぁいえ、お引止めしてすみませんでした。」
ローリエが本当に申し訳なさそうにしながら頭を下げる、そうしてようやく顔色と調子の戻ってきたエーリカが一歩こちらに近づいてきた。
「先輩、アイラ様も男爵様方もきっとご無事で帰ってきますから、そうしたらまたピオニー様抱っこしにいかせてくださいね。私小さい子大好きみたいなんです。」
今度は先ほどまでとは違う頬の朱さで、朗らかに微笑むエーリカ、その笑顔の自然さがまた僕を穏やかな日常に引き戻す。
僕から見れば二人も小さい子なんだけれど、そんな子が母性の片鱗を見せているのがどうにもたまらなくって、頬がまた熱くなるのを感じた。
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数日後、無事にアイラと両親、それにアニスやユークリッド様たちが欠けることなく帰ってきた。
戦争もとりあえず仮決めの講和ではあるが終結したらしい、僕たちの知人で亡くなったのは先に聞いていたマリーさんだけで、他の犠牲者は出なかったそうだ。
サークラ姉さんも無事オケアノスで略式でも結婚報告の式典を済ませて、オケアノスの人たちに広く認知されたらしい、サークラ姉さんの生んだ子どもでなければオケアノスの継承は認められず、サークラ姉さんに何かあった場合はオケアノス領の王領化も辞さないというお触れがある以上今後はそうそう害される危険もないだろう。
彼らは5月16日の昼過ぎに帰ってきた。
みんな学校から帰った後で、アイリスなどは最近夜はちゃんと眠れていないみたいで帰ってきた後一度、ピオニーの部屋で昼寝までしていたのだけれど、みんなが帰ったときにはおきていたみたいだ。
時間もほとんどみんなが母屋にいる時間帯で、離れにいたシャーリーとアルフィ、とお遣いに出ていたモーリス以外は大体みんなで迎えることができた。
久しぶりに見たアニスの寝姿に、幼い頃の姉の姿を幻視して・・・たまらなくなって、つい奪うみたいにエッラから取り上げてしまった。
そんな僕の動作に気づいて、ごく自然にアニスの体重を僕の腕に移動させるエッラは、完璧なメイドぶりで、以前の僕であれば貴族にも騎士にも、政治官にもなりきれない中途半端な僕との才能の違いを見せ付けられる思いだったけれど、今の僕はもう自分の能力が卑下するほどのものではないと理解しているので妹の柔らかさのほうに意識を切り替えることができた。
エッラの渡し方がうまかったからなのか、アニスはすぐに僕の首に腕を回して、僕の肩を枕にして寝息を立て始めた。
その頬の柔らかさに、ゆっくりと上下する背中とだいぶずっしりと感じる様になったお尻の重さにちょっと泣きそうになった。
それで部屋まで連れて行って、汗をかいていたので、寝かせる前に着替えさせていたら肩紐に手をかけた所で突然目をバチっと開けて「おふろはいってくる」と一言だけ残して僕の手から離れてしまった。
みんなはお風呂に入った後で改めて仲良くお昼寝に向かったのだけれど、アイリスが久しぶりのアイラに甘えたいみたいで、アイラが困り顔で抱きかかえていたけれど、体の大きさの同じアイリスを9歳のアイラが抱えているのは強化魔法があるとはいえ中々に不自然で妙に面白かった。
みんながピオニーの部屋に入っていくのを見届けた後僕はシャーリーとアルフィのことを思い出し、二人にアイラたちのことを声かけした後、屋敷を出た。
内クラウディアの治安は良いので、短時間であれば貴族嫡男といえども外出するのにそうそう問題はない、無論近衛に行き先は告げるけれど・・・。
行き先は学生寮だ。
一番大きな学生寮は入り口に受付があり、そこから左右で男棟と女棟に別れている。
分かれているものの共有スペースもあり、受付で目的の部屋と退出の時間を申請しておけば異性の区画にも入ることができる。
ただし抜き打ち的に見回りが行われることがあり、申請外の場所にいたり、申請した場所にいなかったりすると処罰の対象となる場合がある。
ただしメイドが主人である男子生徒の部屋に行く場合と、婚約、もしくはすでに結婚している学生が連れ合いの部屋に行く場合は例外とされる。
僕は受付に向かうと、目的をアルトライン姉妹の部屋に、10分程度として申告、すんなりと入室許可をもらえた。
すんなりと許可をもらえたということは、僕が彼女たちを尋ねることがあると、姉妹から申請されているということだ。
一応女の子(男の子もだが)の安全のために配慮していているのだ。
部屋の前に着くと扉をノックする。
廊下にいる女の子たちにやけに見られた気がしたけれど、有名な妹が居るので、兄の僕も少し目立つのだろう。
「はぁい、どなたですか?」
部屋の中から中々幼く響く誰何の声が聞こえた。
気を抜いているからなのだろうけれど、普段の二人のうち、落ち着きがないほうであるローリエと比べても幼い声でどちらなのかまったく判らない。
「トーレスだよ、この間の約束を果たしに着たんだ。」
「せ、先輩!?ちょ、ちょっと待っててください!」
ドタバタと部屋の中で物音がして1分ほどでエーリカが出てきた。
珍しく私服姿で、白っぽい色のキャミソールに水色のボレロというのだろうか?丈の短い上着を着ていた。
照れくさそうにボレロの胸元をつかんで扉から顔をのぞかせている。
「こんにちわ、もう休んでる時間だったかな・・・ごめんね?私服姿あまり見た覚えがないけれどかわいいものだね。」
「いえいえ、お褒めいただく様なものでは・・・、えっと約束って・・・?」
エーリカは顔を少し赤くして混乱した様子でたずね返す・・・
「あぁーここで話すのはちょっとあれだから・・・」
見渡せば周りには学生たちの目が微妙に集まっている。
僕の言葉と周囲を見る動作でとりあえず、人前で話せない内容だと悟ったらしいエーリカは、しかし申し訳なさそうに告げる。
「先輩ごめんなさい、今ローリエがシリル先輩と水やりをしているので・・・お部屋に勝手に入れるのはちょっと申し訳ないかなって思うのです。私が外に出るので受付の前で待っていていただけますか?ついでに買出しにも行こうと思うので。」
「わかった。」
短く答えると僕は先に受付に戻る。
寮母さんが不思議そうに「あら?二人とももいなかったかしら?」とたずねてきたので
「いいえ妹のほうがおりました、ちょっとだけ外で話すことにしました。」
と答えると。何か勘違いしているのかニマニマと笑いながら
「一応、戦時中だからあまりハメを外さない様にね、エーリカちゃんまだ成人前なんだから夕方には返す様にね?」
と注意されてしまった。
少し待って、エーリカが「ごめんなさい先輩、それじゃあお買い物なので市場の方に行くんですけれど、大丈夫でしょうか?」
といいながらに出てきて、「あ、寮母先生、私お買い物に行ってくるのでローリエが戻ったら市場に出かけたって伝えてください、もし会えたら私からも伝える予定ではありますが」
と言伝をお願いしてから一緒に寮を出た。
まぁ単純にアイラや家族たちが無事戻ってきたことを話す約束を果たしにきたのだけれど、せっかくなので買い物に付き合って荷物を持ってあげることにした。
それから市場で買い物に付き合ってインクや紙を買い40分ほどかかって寮に戻り、用件も伝え終わっていたのでそのまま僕は家に帰ったのだけれど・・・
この日のことが後日ちょっとした噂になり、僕もエーリカも困ることになるけれど、このときは妹たちの無事に、それを我がことの様に喜んでくれる後輩に頬が緩みっぱなしの僕は、この日自分がとった行動が他人からどう見えるかも気付いていなかったのだ。
トーレスも男爵家でもう16歳・・・となるとそろそろ結婚を視野に入れてやらないと行けませんが、一般人でも一夫多妻(逆も)がいないではないイシュタルト王国の流儀で行けば男爵家は通常正室に側室0~2の愛妾がいたりいなかったりくらいが目安ですが、卒業後のトーレスを一体誰とくっつけるべきか・・・クラウディアにきた後だけでもエミリー、シャルロット、ラフィネ、マーガレット、ローリエ、エーリカとそれっぽく進みそうにないこともない感じにして見ましたが、候補になりそうな程度に接点のある人はほかにもエッラ、フィサリス、ナディア、トリエラ、シリル、ソル、ソニア、エイラ、アイビス、ウェリントン村の娘、マリエラ、リスタ、カーラ辺りまではありえないこともなさそうですね、少し年齢差がありますが大穴でユーディット、モーリン、ルイーナ、ルティアあたりもたまに会う優しいお兄さんに恋心を持っていてもおかしくなさそうです。
王城から派遣されてるメイドやら、王城でお勉強した時代に接した武官文官の子女などもありえますし、そういえば前周で近親結婚もアリの設定にしてましたねぇ・・・?




