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第97.1話:メイド姉の憂鬱

 私のお仕えするご主人ユーリ様は大変に可愛らしいお方です。

 可愛らしいといってもユーリ様は男性で、年齢も少し前に11歳になられたので、本当は可愛らしいというのは失礼に当たるのかもしれないけれど、本当にお人形の様に可愛らしい方なのです。


 私がユーリ様にお仕えする様になったのは3歳の頃、実際にはもう少し前なのでしょうか?

 私の母はそもそもホーリーウッド家に仕えるメイドであったそうだけれど、弟のイサミを身篭った少し後に父が帰らぬ人となり、自暴自棄になりつつあった母を使命感で繋ぎとめるために当時妊娠が発覚したエミリア様のお付として割り振り、そのまま乳母となる様にと、フローレンス様がお命じになったそうです。

 その頃のことはさすがにあまり覚えては居ないことだけれど、父が亡くなる直前までうれしいことがたくさん続いていたので、その頃からなんとなく嬉しいことが続いた後には悲しいことが待っているのだと考える様になった気がします。


 とにかく、母がエミリア様のお付兼生まれてくる御子の乳母となったとき、私も生まれてくる御子のメイド候補として教育されることになったのです。

 だから私がユーリ様のメイドになったのはあの頃ということになるだろうと思います。

 それからイサミが生まれて、ユーリ様が生まれて、私は最初の頃どちらのことも弟だと思っていたのです。

 今思えば少し恥ずかしいことなのですけれど・・・

 ユーリ様はご幼少の頃からとても賢い方で、メイドとしての自分を自覚した後の私は、こんなにすばらしいご主人様にお仕えすることができる自分をなんて幸せ者なのだろうかと思えたものです。


 たとえばユーリ様は3歳の頃、お風呂上りに母ユイからスキンケアを受けるエミリア様のご様子をご覧になって、それからご自身もスキンケアを気にされる様になりました。

 ユーリ様にスキンケアを施すために私もその技術を身につけて、私自身も気にする様になったため、同年代の、もちろん私と同年代であれば普通お肌のケアなんてまだそう必要もないはずなのですが、同年代の女の子たちと比べてしみひとつない肌だとよくメイド仲間にも褒められたものです。

 最近もユーリ様のクラスメイトの貴族のご学友や、そのお付の方にどんな肌ケアをしているのかと尋ねられ、お答えしたところそれだけのケアでこの美肌ってことはきっと元の素材がいいのね、と半ばあきれた様におっしゃっていました。

 これも一重に主人であるユーリ様のおかげだと、いつも感謝している所です。


 さて、私自身がこの様にスキンケアなど美容を気にする様になったのは、すべてユーリ様におかしなケアを施さない様にするためで、常にさまざまなケア方法を吟味し、もっとも低刺激でかつ効果も期待できるものを選んでいます。

 ユーリ様にもご満足いただいており、最近はご婚約者様で、王族の養子に入られたアイラ様とそのご家族のケアや、同僚のトリエラやエッラ、エイラ、ソルにシャーリーのケアも相談に乗る様にお言葉をいただいてしまいました。

 個人個人に合わせたお肌のケアはなかなかに大変ですがやりがいのあるお仕事をいただいたと思えばメイド冥利に尽きるというものです。

 私はやる気と幸せに満ちておりました。

 毎日が楽しくて仕方がなかったのです。

 特にここのところは、ピオニー様のご誕生や、王国にとって不安材料であったオケアノス領の正常化、アイラ様の軍官学校ご入学や、サークラ様の御成婚と、慶事が続いておりました。

 だからでしょうか、私はその日の呼び出しにとても不穏なものを感じたのです。


 呼び出された内容はとても衝撃的なものでした。

 もうサテュロス大陸では320年ほども大きな戦争がなかったというのに、東のドライセン連邦の軍がオケアノス領との国境線を越境したという報せ、それを聞いたアイラ様は固有の魔法をお使いになってすぐに音信不通となっているハンナ奥様やサークラ様たちのところへと飛んでいってしまったそうで、すぐに皆様のご無事は確認を取れた様でしたが、そのまま戦場へとその身を置き、ユーリ様やカグラ様、エッラも一緒に戦場へ赴くということで急ぎ支度して飛び立っていってしまいました。

 私もご一緒させていただける様にお願いをしましたが、私の技量ではまだ戦場に連れて行くことはできないからとフィサリスの方を連れて行かれました。

 ユーリ様のおそばに身を置けないことがこれほど不安になったことはありませんでした。


 良いことが続くと帳尻を合わせる様に悪いことがあるからです。


 私は毎日毎日祈り続けました。

 途中で1度陛下からの連絡ということで皆様が無事で、戦線の動きも順調であるとの報せをいただきましたが、それでも私はただ一人で通う学校の講義にあまり身も入らずどうしたものかと悶々とした日々をすごしました。

 通常戦争が始まると軍官学校は休校するそうなのですが、早々に片がつきそうだということで、王領からは兵を出さないことになり、その分足りなくなる食料や武器の類を輸送するそうで、軍官学校は平常運用ではないものの、毎日午前中のみの開校となり、王領軍の出陣もなしとなってしまったので、私は公務扱いで欠席のユーリ様のために講義のノートをとらなければならなかったのです。

 アイラ様はお付メイドのエッラともども欠席でしたが、同じクラスにソニア様とソルとエイラが居るので、ノートはそれで大丈夫ということでしたが私の心配ごとはそれだけではありませんでした。



「はぁぁ・・・」

 夜、トリエラの手伝いで、不機嫌なアイリス様のお世話を終えた私はため息をつきました。

 アイリス様は不安を抱えながらも妹のピオニー様の手前泣いたりすることもなく、それでもにじみ出る不機嫌さが日々強くなっていました。

 それでもメイドの私たちに当たるわけでもなくアイリス様のことも幼くとも尊敬できる方だとますます好きになったくらいです。

 私のため息はまったく異なる懸案事項に対するものでした。


「どうしたの姉さん、ため息なんてらしくないよ?」

 3つ下の弟のイサミが耳敏く私のため息を拾って尋ねてくる。

 このお邸には使用人用の小部屋が限られた数しかなく、そのいずれも屋敷内で交代で夜番をする衛兵の宿直室代わりになっているため私たち使用人も普通の部屋を使う様になっている。

 人によって主人とだったり、メイド同士だったり、主人の部屋の前に小部屋があったりとで部屋わけされているのだけれど、イサミがクラウディアに着てから、私はイサミと姉弟なので同じ部屋を分け合っている。

 着替えたりするための衝立を部屋の中央で用意し入り口のドア付近まで直接お互いが見えない様に区切られている。

 といっても私は普段はユーリ様のお付として主人部屋の前にある秘書室の様な小部屋に寝泊りすることが多く、寝具などもそちらにも用意してあるのだけれど、現在は主人が不在のため私はこちらの本来の部屋で寝泊りしているのだ。


「うーん、別にどうってことでもないのよ?・・・はぁ・・・。」

 とは言いつつもやはりため息が出てしまう。

「姉さん・・・姿が見えない分かえって気になるよ、ささっと話しちゃってよ、僕ら姉弟だろ?遠慮はそういらないはずだ。」

 イサミが衝立の向こうから私の悩みを聞いてくれるという。

 しかし、話しても良いものだろうか・・・?

 ことはご主人様方のこと、母がいれば、同僚とは言え妄りに話すことはならないと叱責されるかもしれません、ですが、私のご主人様のことといえばイサミにとってもご主人様です、ユーリ様のことを相談するのは大丈夫だと判断しました。


「じゃあ話すけど、イサミ、ここだけの話だから・・・ね?」

「おぅ、若様の乳兄弟として恥ずかしい振る舞いはしないつもりだよ。」

 試す様なことを言ってしまい少し弟に対して申し訳なく感じながらも、私は続けました。

「あのね、ユーリ様今、戦場に赴いていらっしゃるじゃない?」

「うん、アイラ様やカグラ様方もご一緒にね、なに、お付として一緒に行かせてもらえなかったことが不服なの?いいじゃないか、僕とモーリスなんて呼ばれもしなかったんだよ?国王陛下や王族の方々から認識すらされてないんだ。」

 ちょっとふてくされた様に言うイサミの声だけど、本当はこれたぶん笑いながら言っている。

 きっと優しい弟は私を元気づけ様としているのです。


「うーんそれもまったくないとは言わないけれど、違うの、私が気にしてることはね、ユーリ様方のスキンケアなの。」

「は?」

 私の言葉に間抜けな声で相槌するイサミ、イサミはことの重大さをまったくわかっていない様だ。

「イサミ、今ユーリ様方はとても大事な時期なの、あの年頃は肌の調子が毎日の様に変わるの、それにあわせて分量を変えたり、効果が少なくてもより刺激の低いものに変えたり、魔法のおかげでずいぶんと楽ができているけれどそれでも今日のこの一日のケアは、後でどう抗っても完璧には取り戻せないのよ、ことの重大さをあなたは判っていないわ。」

「お、おぅ?」

 まくし立てる様な私の剣幕に、イサミは少し気圧された様になっている。

 話すだけ無駄だったわ、この生返事は事の重大さをわかっていない、10歳前後のご主人様方のお肌のケア数日分がが後々どれほど響いてくるか・・・ユーリ様やアイラ様のあの薄くともプリュプリュのお肌に毛ほどでも傷がついていたら・・・、わずかでも染みが浮いていたらと思うとため息のひとつもこぼれてしまおうというものです。

 同伴しているカグラ様が、適切なマッサージとケアを行ってくれていることを信じることしかできないこのメイドの身の非力さを呪わんばかりに、私は再びため息を吐きながらベッドに顔を伏せました。



 さらに数日後5月16日の午後、この日も学校は半日で終わり、私どもは寄り道することもなく邸に帰宅しました。

 戦時の非常時のために短縮授業となっているのに寄り道をするほどホーリーウッド家の者たちは不良ではございません、何よりもアイリス様が、いつ皆様が帰ってきても平気な様にと日夜起きているほとんどの時間を玄関から程近い居間か、階段横のピオニー様のお部屋にいらっしゃるために、足早にお帰りになられるのです。

 ただこの日は何か空気が違うというか、アイリス様が何かを感じ取った様にシャンとしていらっしゃいました。

 皆様が戦場に赴いてからはいつも心ここにあらずか、ひどく落ち込んでいらっしゃるのを妹御であらせられるピオニー様の手前健気に隠していらっしゃるご様子でしたのに、今日は妙に気が張り詰めているのです。

 ピオニー様もアイリス様の気が満ちているのが判るのか、いつもよりも楽しそうに足をばたつかせています。

 もうハイハイもおできになるし、つかまり立ちも始められる様になっているのですがアイリス様と遊ぶときは仰向けになられて、脚をアイリス様のほうへ伸ばされます。

 まだ一緒に遊ぶ様なことがおできになる齢ではございませんが、アイリス様が脚を持ち上げて動かしたり、こちょぐったりする刺激が楽しいらしくたまに笑い過ぎておむつを濡らされることもあるほどお姉様が大好きなのです。


 ピオニー様も大好きなアイラ様方やハンナ様のご不在に大層不安な様子を見せることも増えてきておりますから、この様にはしゃいでいる様を見るのは非常に心和むものであります。

 そのときです、アイリス様が突然ピオニー様の可愛らしいおみ足を絨毯の上に置きました。

 そしてスクと立ち上がると、部屋の入り口に脱いである靴もはかないままで部屋を飛び出したのです。

「ア、アイリス様!?」

「ぅゃー・・・ぁぁぁぁ」

 

 興が乗ってこられたところだったのに突如放りだされて不服そうに泣き出すピオニー様を、ハンナ様の不在の間のみ臨時で着ていただいている乳母殿に任せ急いで追いかけた私は、その後アイラ様とアイリス様の絆の強さを思い知ることになったのでした。


---

 その日の夜のことです。

 お帰りになったちょっと後にも一度ご入浴はされたのですが、お夕飯の後改めてご入浴されたユーリ様にお肌のケアをさせていただきました。

 戦場にいたストレスの分でしょうか?少しだけ手触りに違和感がありましたが、どうやら神楽様も手を尽くしてくださった様です。

 失われた13日分のケアは二度と取り戻すことはできませんが、決してユーリ様の美玉の様な肌に影響は残らないでしょう。

 私は今日も手のひらに溢れんばかりの幸福感を感じながら、得難い主人にお仕えできる喜びを揉みしだきました。

イサミの出番が少ないと思ったので、ユーリたちが不在の時のナディアを主観にすれば出番が増えるかなと思ったのですが、衝立越しに声だけになりました・・・。

初めてゴーゴーカレーを食べました。

盛りがちょっと多くてそんなに食べないほうの私には辛いものがありました。

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