第96話:戦の終わりに
一方的に拳を振り上げられたモノは、しかし受け側の圧倒的ともいえる反撃によりその打ち付けた拳どころか、心臓を守るべき肋骨も、すべてに指示を出す頭脳さえも半ば撃ち抜かれ、抗う術を持ち得なかった。
つい先日まで勝利を確信していた頭脳は、すでに勝機を見出すこともできず。
普段であれば責任の擦り付け合いを開始するところであるが、すでに自分たちの立ち位置というものを一度盗み見られている上に、決着の刻まではもはや何時間もないだろう。
いったい何人のお供を連れてきているかはわからないが、一国の姫君・・それも長距離大火力の砲撃魔砲を操る攻撃的な才媛がもうじきこの宮城にやってくる。
あくまで、降伏勧告ための事前交渉であるらしいが、実質伯国が滅びるまで秒読みの段階だった。
ことここにいたり、後がなくなった彼らに残されたのは貴族としての最後を遂げるか否かだけだった。
降伏しても逃げても死ぬ、暴れても死ぬ、勝ち目はない。
それらを理解した時にそれでも最後まで無様でも抗うのか、それとも潔く死を受け入れて形だけでも民草の助命を願うのか。
同じ死ぬなら、彼らがどちらを選ぶかは明白だった。
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(アイラ視点)
ボクたちが宮城の会議場に入ったのは、結局試し撃ちから40分ほど経った後になってしまった。
宮城の近くで飛行盾から降り、宮城の正門で迎えの兵たちとグウェルと出会ったまではよかったのだが、その後ベアトリカが立ったまま門を潜れず。
門の度に必要になるやや苦手らしい二本足で立ったまま身を屈めて通るという動作にやや時間がかかってしまった。
都度跳躍で運ぶことも考えたけれど、これから人の領域で暮らすベアトリカのためには何事も練習だと考えてそのままやらせた。
グウェルたちはその得たいの知れない上にしゃべらない大女?に驚いた様であったが
「彼女は影の者なので、顔を出せないのですよ。」
と伝えると、なにやら得心いった様にうなずいていた。
さて、時間がかかったとはいっても所詮は小さな城、やがて会議場の前までやってきた。
グウェルが扉を敲き、使者の来場を告げ、ボクたちは上座のほうへと案内された。
「お待ちしておりました姫殿下、こちらに姫殿下をお迎えできたことを、われわれ一同歓喜致しております。」
ダ・カール伯が恭しく跪く。
それを手で制止しひとまずご挨拶だ。
「ウルフから、説明があったかと思いますが、改めてご挨拶させていただきます。わたくしが、イシュタルト王国太子ヴェルガ・イシュタルトが三女、アイラ・イシュタルトです。この度はダ・カールならびにモスマンの皆様が起こした無謀な戦を終結させるために参りました。こちらへは明後日にはオケアノス本隊がやってきますが、その前に和平交渉を行い、少しでも円滑に、民草に不都合のないようにダ・カール伯国には武装を解除していただくためにやってまいりました。」
ボクの言葉に貴族たちは一瞬苦々しい表情を浮かべたものもいたものの、先ほどの砲撃を思い出したのかおとなしくしていた。
「ところで姫殿下、殿下の護衛にしては人数が少のう感じまするが、これだけしかお連れになっていないので?」
そういって伯爵が尋ねる。
なるほど、一国の姫の護衛の数としては少なく感じるだろう。
何せメイドが二人に謎の大女1人、見慣れない柄のドレスを着た美少女、そして男装の美少女一人・・・うん少ないね
「和平交渉に来ているのです。実際には降伏させるためとはいえ、必要以上の兵員数をつれてくるのは、民草をおびえさせてしまうでしょう?私たちはあくまでも伯爵様方に降伏の意思を固めさせて、本体がくるまでに民草に降伏の用向きを広く知らしめていただくことが目的ですから、それに、ナイトウルフとお会いいただいたと思いますが、見える以外にも護衛はおりますから。」
そういって何箇所か、貴族の後ろに目をやると、見られた貴族たちはおびえた様子で背後を気にしだす。
まぁ誰もいないので、気づかれることもないのだけれど、一度ナイトウルフという見えない侵入者という脅威を目の当たりにしたせいでちょっとした疑心暗鬼の状態の様だ。
「ダ・カールの民のことを慮っていただき、感謝致します姫殿下。」
ダ・カール伯はすでにつき物が落ちたかの様にスッキリとした顔で、国を失うことにはすでに未練はない様だ。
「一応紹介させていただきますね・・・隣にいらっしゃるのが、私の未来の旦那様で西安侯ホーリーウッド家の嫡孫ユークリッド様です。美しい方ですが、私ともども王国の認定勇者ですから、与し易いなどと勘違いされることがない様にお願いしますね。」
ユーリの花の顔は今のところ美少女よりは美幼女と呼ばれることのほうが多いボクと比べても美人で、顔だけ見れば弱そうというか、儚げな印象を受ける人も多いだろうが、彼はこう見えてすでに勇者、甘く見れば大やけどすることになる。
「それから私の親友で、学友のカグラ・キリウ、彼女も勇者でこそありませんが、魔砲戦においては私以上の活躍ができる逸材です。」
紹介された神楽はどことなく異国情緒を感じさせる格好でありながら、すでに数年イシュタルトの貴族たちの中で暮らし、瀟洒な立ち居振る舞いを身につけている。
そのサテュロスでは珍しい黒髪も、大変に艶やかな光沢を持っておりいまだ年齢に対していささか小柄であるとはいえ、6歳から婚約者が居たことも手伝ってか、13歳にしてすでにわずかに色気まで漂わせている。
ダ・カール貴族たちもその神楽の姿にどこかエスニックな色気を感じたのだろう、数名が見惚れた様になっていて、コホンとボクが咳払いをするとあわててその佇まいを治した。
神楽がきれいなのを認められている様な気がして嬉しい反面、ボクが認めた人以外に神楽をじっと見られるのは少し不快なのだ。
「そして私の近衛メイドで槍の名手のエレノアと、ユークリッド様の近衛メイドで水魔法の使い手フィサリス、それから影の護衛なので彼女は名前を伏せさせていただきますねベアとだけ及びください。」
メイドとベアは名前を呼ばれると小さくお辞儀のみで済ませる。
小さくお辞儀といってもベアの体格でのそれは見る者にちょっとした威圧の効果があり、どよと声があがる。
しかしだからといって影の者だと明言したのに、その存在のことを詮索するわけにも行かない貴族たちはおとなしく次の言葉を待った。
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結論から言えば、ダ・カールの降伏についての話し合いは速やかな進捗を見せた。
ボクがナイトウルフから先ほどの会議の様子は聞いていると告げると、先ほどまでは確かに自分たちの存命のために民草を切り捨てて逃げ出す腹積もりだったものたちが、捕縛された彼のことで少し頭が冷えたのか民草に累を及ぼさないこと、を主軸にした話合いに積極的に参加してくれた。
明日の夜か明後日の明け方には、敗残兵が帰ってくる見込みであること、そして明後日の昼頃にはオケアノスの本隊、その第一陣が到着すること、そしてその目的はダ・カールを攻め滅ぼすことではなく、住民たちが不安になったり生活に困らない様にこの国を解体することだと告げると、貴族たちは頭を垂れて、その表情には悔しさの様なものが滲んだものの、自分たちの非は理解した様で、やがて全員が頷きあった。
そして伯爵が決を取り。
「それでは、此度のイシュタルト側からの降伏勧告について、姫君とイシュタルト国王ジークハルト陛下のご厚情に感謝し、われらダ・カールの貴族一同は無抵抗での即時武装解除と、イシュタルトへの従属を城下の民へ宣言致します。」
「ご英断を称えさせていただきます。貴国のこれからの立ち位置については改めて、ドライラントとも交渉をせねばなりませんが、ひとまずこれでダ・カールの民がこれ以上傷つけられることはなくなります。この書状を後からこちらにやってくるオケアノスの指揮官ベルナルド・フォン・オクトパー中佐にお渡しください、あなた方貴族の身柄に関しては私の裁量ではなく、国王陛下がその名の下に取り決めるものですので確かなことを申し上げることはできませんが、あなた方の名前は確かに貴族として残ることになるでしょう。あなた方の家族にも累は及ばない様に致します。身分は剥奪されるかもしれませんが、人並の暮らしはお約束いたします。どうぞご安心を」
自分たちは貴族として名を残し、家族は身分を剥奪される。
その意味を今の彼らであればわかるだろう、そしてそれを受け入れられる程度には彼らは貴族としての誇りも思い出していた。
会議場にいる者たちは誰も取り乱すことなくそれを受け入れて降伏のための事前協議は幕を閉じたのである。
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戦争なんていうものが、何で起きてしまうのか。
民草はたぶん穏やかに暮らしたがっているのに、その民草を戦に向かわせる貴族たちとは何がちがうのだろうか?
それに基本的には貴族だって家族が大切で、日々の暮らしを守りたがっているのに、何がどうして、戦争が始まるのだろうか?
今回の戦の場合はかつての栄光を目指してしまった。
帝国の軍部で暴走した将軍は、平穏な日々の中で自分たち軍部が軽んじられていると感じ(実際には魔物狩りなどの役目があったのに、それすらおろそかにして)対国外戦を主導しようとしていた。
前周にて北の第一王子は優秀な第二王子に立場を追われるのではと怯えて、数々の非道な振る舞いをし、今生においても少なくとも奴隷貿易という非道に関わっている。
南部ミナカタ協商は、お互いの利益になる様にと協定を結んでおきながら、実際には海を持たない北部の塩を絞ることで経済に圧力を加える塩止めという政策を採用することで北部<南部という意識を住民たちにすら植え付けて、常に不利な状況を強いてきた。
それが結局は今生での北部の離脱につながり、そのことを嫌った南部は現在王国に対して軍事的な制裁も辞さないとの態度を表している。
しかし今回の旧ヴェンシンの暴走が突発的な事象であったためか、足並みはそろわず。
ミナカタとペイルゼンはおそらくダ・カールから押収されるマハ市との奴隷貿易の情報、そしてモスマンから押収されるであろうミナカタ南部4国とのイシュタルト攻めの準備のためのやり取りを記録したものがあれば、それぞれ孤立することになるだろう。
おそらくエイブラハムは廃嫡され第二王子のアイムザットが立太子されるだろう。
またミナカタも南部のいくつかを除いた構成国がイシュタルトからの報復を恐れて離脱し、イシュタルトに擦り寄ってくることになると思われる。
何せ前周と同じであればモスマンとミナカタ南部の間に長年交わされていた戦略方針の内容は、イシュタルトを囲う国がそれぞれの方面から仕掛け、西はかの暴走した将軍たちが自分たちの配下の兵で戦争を起こす。
北はマハのエイブラハム王子が、東は今はなきオケアノスの簒奪侯爵たちが王国の王領内で突如謀反の兵を挙げる。
そして南はミナカタ北部を矢面に立たせながら緒戦をやり過ごし、疲弊してきたところでミナカタ北部とイシュタルトの南部をもろともにミナカタ南部が併呑するという内容であるからだ。
自分たちを戦わせ、さらにぎりぎりだといって戦略物資を絞り、最後に自分たちもろとも温存した兵と物資でたたくつもりであったものたちと一緒に歩み続けられるはずがない。
さらにその内容はミナカタ東部と西部には知らされていないため、併呑がなった後は東部と西部も併呑されるということは、火を見るより明らかだろう。
おそらくは南部4国を残してミナカタ協商は瓦解する。
いかに南部がミナカタの主力といっても、4国だけであればその動員可能な兵力は絞りつくしても1万を切るだろう。
もはや脅威にならない、またその離脱する国をうまくイシュタルトが併合できればイシュタルトは南部にも海を手に入れることになり、そうなれば得られる利益は大きなものになるだろう。
少し気持ちが反れたが、ともかくとしてダ・カール側の調整を終えたボクたちは一度オケアノス市に戻り、ボクは一人で跳躍してイシュタルトに戻った。
ジークにここまでの推移を相談し、今後のモスマンとの交渉のパターンと、ドライラントとの交渉のパターンを預けられて、再度オケアノスに跳躍、その日はオケアノスで休息を取ることになった。
翌日5月6日、オケアノスから飛行盾で飛び立ったボクたちはオケアノスの軍勢を追いかけて南東へと飛行を開始しジョージたちと合流を果たしたが、ある意味悲報というかどうしたものかという状況を知ることとなった。
昨日ジョージたちがモスマン側の国境沿いの中規模の町に敵兵が入ったため包囲して降伏を勧告したところ、モスマン伯が自害したとして兵たちが降伏してきたたそうで、オケアノス兵が町に入ったところ確かに町長館でそれらしき人物の首吊り遺体が発見されたそうだ。
伯爵とともに従軍していたというモノス子爵ら数名を捕虜として、モスマン伯爵の遺体をモスマン領都へ運搬している最中だった。
その後さらに1日かけて7日朝9時頃モスマン領都まで戻ったところすでにモスマン伯国に所属していた諸侯は統制を失っており、貴族の私兵がモスマン領都にて略奪し始めていた。
どうやら敗北の報せを聞いた彼らは自領に引き上げたらしく、その前に私兵に領都で略奪をしてモスマン伯爵のせいにしてしまうつもりだったらしい。
しかしながら罪を着せるべきモスマン伯爵は自決し、オケアノス兵が領都へ至るのも想定よりも早かったため、略奪をしていた兵らは確認できる限りすべてオケアノス兵に討たれた。
略奪をとめようとしていた貴族もほとんどがすでに略奪に回った貴族の私兵に殺されていたため、事態の収拾は捕虜としていたモノス子爵ほか数名の貴族によって行われたものの被害は甚大で、オケアノス兵はモスマンの復興のために数日を要する見込みとなった。
しかし略奪を支持した貴族の一部が「敗北した後逃亡前に自領で略奪を行ったモスマン伯爵」を討つための軍を率いて再度領都へと接近、オケアノス兵は3方向から囲まれた状態となった。
要は略奪を行わせた自分たちの私兵すらモスマン伯配下の悪者にして自分たちこそが領都を開放したと思わせるための浅はかな謀り事であったと判明した。
ジョージとオケアノス兵は自分たちが侵入した西側の街道から逃げることは可能であったが、真実を知った民が殺害されることを恐れふみとどまることを決意。
3方向から囲まれているものの敵兵はオケアノス兵とほぼ同数で退路も確保されている上、一般セイバー3領を有するオケアノス軍に、今回はジョージに拝領させた専用セイバー「剣騎」も持ってきているため戦力的にはまったく問題はなかった。
その上ボクたちもいるわけで・・・
オケアノス兵は何の恐れも悲嘆もなく、防衛戦を開始しようとしていたが、そこでまた番狂わせが起こった。
3方向から迫りくるモスマン領貴族兵の後背にまた別の軍勢が現れ奇襲を仕掛けたのだ。
このとき敵の後方から現れたのは獣人の軍勢で、数として僅かに600ほどに過ぎなかったが、前後を挟まれて混乱した貴族軍に対し、そもそも個々の身体能力に優れる獣人兵たちは一方的に本陣を制圧、貴族たちを捕縛した。
そして指揮官を失った兵士たちは、貴族たちは殺されたわけではなく単に捕縛されただけでありそうである以上抵抗もできなくなった。
獣人たちはジョージの方へ降伏を叫びながら接近、捕虜にした貴族たちを連れてジョージの前に跪くと自分たちの管理不行き届きを謝罪した。
彼らはドライラントの防衛部隊で、ドライラントは先日ダ・カールやモスマンの兵員の動きを察知した後すぐに小規模な部隊を編成、その動きが一体なんなのかを探っていたが、この日になって旧ヴェンシン派による開戦と敗戦の事実を掴み現場で指揮を取っていた第一王子ゴリュン・バーナード・スフィンクス殿下の判断の元にオケアノスへの助勢を決定し介入したとのことだった。
その場でドライラントとの協議が始まり、ドライラント側はゴリュン殿下が、イシュタルト側はボクを代表として立てた上でジョージとユーリが隣に座り、モスマン伯爵が死亡しているためモノス子爵と、略奪と殺戮を繰り広げようとしたものの中でもっとも爵位が高く主犯格と思われるウルヴァ伯爵とが議場には置かれた。
なんともつまらない動機であったが、ウルヴァ伯爵はかつて東部を拝領していた伯爵で、モスマン伯国所属ではモスマンと並ぶ唯一の伯爵位持ちで、前々から同格のはずのモスマンが土地を失わなかったからという理由だけで南部旧ヴェンシン派の顔役となり、自分は僅かな領地を供与されて飼い殺されているのが前々から気に食わなかった。
それでもこのたびの戦争には参加したが、敗北を悟ると早々に離脱しその上モスマン伯軍の兵糧も一部持ち逃げしたという。
その上であの略奪と反逆の軍を挙げたのだ。
やりたかったことはモスマン伯に成り代って伯国の音頭をとることでそのあまりに行き当たりばったりの計画の杜撰さと、それによってもたらされた被害を思い彼以外の列席者はみな顔を顰めた。
モノス子爵によれば、モスマン伯爵は兵の鼓舞のために出陣したものの初日の攻撃の際に失われる配下の将兵の姿を見て恐ろしくなり撤退を決めた。
件の町に入ったがその際にウルヴァ伯爵らが離脱、物資も簒奪され身動きが取れなくなった後、オケアノス兵の接近を聞いた伯爵はそれはもう取り乱していたそうだ。
そしてそれが生前の最後の彼の姿であったそうだ。
そしてある程度把握された領都の被害は2700人以上の死亡と400を超える建物の焼失が確認されている。
これは民間人と略奪者側に回った私兵600ほどをあわせた数であり、むしろそれだけで済んだと喜んでしまいそうなのが怖いほど、状況はひどいものだった。
オケアノス兵の到着があと1時間遅れていれば死者の数は1000以上は増えていただろう。
ウルヴァ伯爵ならびに、敗戦に乗じてモスマンの簒奪を企てた貴族たちは本人たちが他国であるイシュタルトや、正当性のないモスマンの刑罰は受けないと主張したため、全員がヴェンシン王国の法に基づきお家簒奪を企てた咎と不当に民、兵を煽動した咎、敵前逃亡、軍需物資の横領など30を超える罪で公開杖罰170と石撃ち720(ただし、今回は死なない様に頭を狙わないことと石の大きさが限定された)公開での処刑も複数の罪科のために大変惨たらしいものになることになった。
おとなしくイシュタルトかモスマン、ドライセン連邦の法の処罰を受けておけば、公開での斬首か、毒杯、足の筋を切って魔物の領域への放置の何れかで済んでいたのだが、自分たちが復権を目指している国の法すら知らなかった様だ。
旧ヴェンシンの法律は一族のものすら巻き添えする法であったが、あくまで望んだのは本人たちだけだとしてその家族への罪の追求は本人の責任の範囲のみとした。
モスマン系のおとなしく降伏したり、そもそも戦争に参加することを拒み領地や役職を没収されていたものについては基本的には大きな罰則を受けさせない様になった。
ほとんどは領地削減までにとどまる。
それというのも、今回煽動簒奪に回った貴族の数が多すぎて、その貴族の子息などで優秀そうなものに継承させたとしても狭くはないモスマン伯国を安定して統治するには足りなかったのだ。
この場にドライラントのほぼ全権を代理できるゴリュン殿下がいらっしゃったこともあり話合いで今回の戦のほとんどの案件が数日の会議で仮とはいえ片付いた。
まとまった内容としては以下の通りで
・この度の戦についてはドライセン連邦の総意ではなく、ドライラントは連邦の所属国の咎について言及されず、またイシュタルトもドライラントに対して隔意は持たない。
・この戦においてダ・カール、モスマン、タンキーニ領については解体し西よりのほとんどの地域についてはオケアノス側に併合、非戦派の旧ヴェンシン貴族を中心として再編するがしばらくはオケアノス兵が駐留する。
・ドライラント国境沿いの地域に関してはドライラントの村や町との交易などもあるためしばらくは緩衝地帯としてドライラントの代官が統治するが後にドライラントへ併合、そして今後折衝を行いイシュタルトとドライラント間で直接的な同盟関係を結ぶことも視野に入れる。
・ダ・カールによる獣人の身柄の売買が確認されたため外交ルートでイシュタルト、ドライラントの双方からペイルゼンへの抗議を行い、資料をペイルゼンへ渡す。
などの内容が定まった。
これを以って300余年ぶりとなる、後の王国史で東方事変と呼ばれる戦は、数回の局地戦のみで終結するというなんともあっけない終わりを見せたのである。
そして5月15日
5日前にモスマン領都での講和会議を終えたばかりだというのに、オケアノス市には歓声が溢れていた。
10日近く遅れることになったがオケアノスにアクアが戻り、またジークハルト陛下から認められたジョージとサークラとの婚姻が報告され、その間に授かる男児こそが正統なる後継者となることが大々的に発表された。
本来執り行う予定だった催しのほとんどは戦争のために日がずれたために行えなくなったが、そもそも余興なんて要らなかったのかもしれない、オケアノスの民はただ正統なオケアノスが帰ってきたことを喜び、若き夫婦の誕生を喜んだ。
ボクたちも姉と義兄の晴れ姿に声援を送り戦争がおおむね無事に終わったことと、王国の前途を祝った。
失われた者もあるけれど、自分たちはやれることをやった。
その充足感があった。
そして、これからに差し障りがあるからとボクたちと両親とアニスは飛行盾で一緒にクラウディアに帰ることになった。
ただでさえ学校を欠席している。
欠席しているのは王族としての公務として、あるいはそのお付として免除されているけれどやっぱり落ち着かないし、その上父は責任も立場もある新興男爵家ウェリントン家の当主である。
早く戻るに越したことはないのだ。
そうしてあわただしくボクたちがクラウディアに戻ったのは5月16日の昼のことだった。
姉の晴れ姿を思い出話にしながらの空路はあっという間で、ボクたちはまず王城へ空から着地した。
そのままジークへの報告とジョージやゴリュン殿下からの書状をすべて引き渡して、ねぎらいの言葉を頂いてから早く家に戻る様にと促された。
戦勝祝いは来週23日の夜にすると言われ、ボクたちは13日振り家に戻ったのだ。
そして、ボクはこの戦争がボクに残した本当の爪痕を思い知ることになる。
モスマンの話はだいぶ端折られることになりました。
おっさんが自暴自棄になったりする様子を書いていたのですが余りにも書いてて気持ちが滅入ったのでいっそ流れだけにしてしまえとなりました。
今回の流れで書いたのは一応仮の取り決めなので、次回以降に実際のダ・カール、モスマン、タンキーニの処分がどうなったのか等はさらりとはさみます。
次回はアイラに迫る戦争の残した爪痕の話です。




