第94話:流星3
暑い日差しが翳り始め、夕方に差し掛かった頃。
ダ・カール領都、その宮城では会議が紛糾していた。
もともと戦争後に獲得できるであろう4箇所の砦とその周辺の土地村落の割り振りについての話し合いのために集まっていた貴族たちは、かつてヴェンシン王国時代には東部に土地を持っていたが逃げてきた者たちで、今回の戦争を主導した者の多くはかつてほどとは言わなくとも、現在のダ・カールの土地を間借したり、役職を世襲することでかろうじて貴族としての体面を保っている状況をよしとはしておらず、土地をほしがっていた者たちであった。
今城に集まっている彼らはようやく見えかけた旧領復帰という希望が、同志であったジェーファーソンの失脚によって潰えることに耐え切れず。
いまならまだ間に合うはずだとお互いを焚き付けあい、ほとんど全員で泥舟に乗ることになった愚者たちであった。
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(ダ・カール伯爵視点)
後を託すべき家族との別れを済ませ、ともに死んでもらわねばならない長男のグウェルとともに貴族会議にやってきた私は、先ほどの使者ナイトウルフ殿と相談した様に降伏とダ・カール伯国の解体について、そしてまだ彼らには伝わっていないはずのモスマン伯が我ら同様に敗北したこと、そしてイシュタルトの第一陣約1万がダ・カールとモスマンに向かって進軍を開始したことを提示した。
そして使者殿から提示された王国側が突きつけた降伏の条件を説明した後のことだ。
「どういうことだダ・カール伯!貴様は伯国の盟主だとはいえ、貴様一人の決定で戦争を始めたり終わらせたりできると思うなよ!!」
「そうだ!我ら栄光あるヴェンシン貴族は最後の一兵が倒れるまで決してヴェンシン復興をあきらめたりはしない!臆病風に吹かれたか!!」
一人で戦争を始める、終わらせるも何も、始めるときにはここにいる貴族たちの過半どころか残っている者たちはすべてが攻めるべきだと主張したし、今とてこうやって降伏するつもりであることを提示して会議をしているというのに・・・
それにケヒム子爵の言うとおり諦めないのは貴族なのに倒れるのは兵士・・・民なのだ。
「すでに送り出した兵の半数以上が死に残りのうちの半数以上が逐電している。モスマンの被害はさらに多いそうだ。その民の犠牲を受けて、ダ・カール伯爵領が降伏を受け入れるという話に過ぎない。貴様らが抗戦を続けるならば自領の兵士のみで続けよということだ。」
領地を持たないケヒム子爵には不可能だろうがな。
「ダ・カールにはまだ10万近い民がいるだろう!それらをすべて使えばたかが1万の敵兵など!!」
「そうだ!!地の利はわれらにあるのだ!悪辣なイシュタルト王国なぞに偉大な祖国ヴェンシンの土地をこれ以上渡してはならない!」
「民がすべて死ぬまでヴェンシンは戦うことをやめないのだ!!!」
まだ24のグウェルですらすぐに納得したというのに、話にならない。
こいつらは何を血迷っているのだ?
「民がすべて死んではそれこそヴェンシンという民族そのものが地上から消え去ってしまう、それでも戦うというのか?その様なことを民が望むと思うか?そもそも10万のうち50歳までのすべての成人男性が戦えるとしても2万少々だぞ?それがイシュタルト王国どころかオケアノス領の予備役兵の数にさえ及ばない人数だとわかって申しているのか!?」
私の怒声に一瞬たじろいだケヒム子爵ほか継戦派貴族たちだったが、数名は抗戦の愚を悟り、降伏の道を歩んでくれる様だった。
しかし・・・。
「兵が全滅したとても、民草がすべて残虐なイシュタルト人に殺害され様とも、われわれヴェンシン貴族が生き残っていればヴェンシンは滅びぬ、何度だってよみがえるさ!それをなんだ!民草の死を嫌って降伏して、われわれが全員刑死だと!?ふざけるな偽善者がぁ!」
「そ、そうだ!我らが死んではどうにもならぬ!ならば男も女も老人も子どももすべて徴兵してイシュタルト兵に突撃させ、もし追い返せなくともその間に我らが逃げ延びればいいのだ!」
愕然とした。
私はなぜ、ヴェンシンを復興させたいと考えたのだったか?
そもそもなぜ、ヴェンシン王国は滅びたのだったかをもっと深く考えるべきだった。
末裔がこんな貴族の集まりというならば、かつての東部はさぞや苦労させられたであろうな。
「そしてその突撃して死ぬ人間の中に貴様らは含まれていないと・・・?貴様らは貴族ではない、土地を失い、民も失い、名誉だけで生きていけるつもりか?そもそも貴様の言う栄光とは何だ?今まで養ってくれた民草に責任を持たず、囮にして逃げ出す者の頭上にある栄光というのは貴いものなのか?」
何をもって栄光を語るのか、それは本人の主観にも寄るところなのだろうが、私は自分の娘よりも幼い娘すら売りさばく様な愛娘には言えない悪事に手を染めてきた。
それらはすべてヴェンシン王国を復興させるためという大義名分を自身に言い聞かせてのことであった。
そうでなければならなかった。
「養ってもらっただと!?馬鹿にするな、民など貴族が導いてやらなければ町を作ることもできない家畜に等しき者たちではないか!われわれは飼い導いてやっているのだ。」
やはり獣人たちのことは、われわれと同じヒトだとは思えないが、それでも会話するだけの知能があり、共生していくことが可能な種族だった。
それに対して筆舌にしがたい残酷な行いをしてきたのだ。
ヴェンシンの復興には必要なことなのだと・・・。
それを目の前の貴族のうち数名は、土地も要らぬ、民もいらぬ、名だけあればいいと、言葉だけ聴けば無欲なものに聞こえなくもないが言っていることは何も考えずとりあえず逃げるというだけのこと。
「貴族の我々であれば逃げた場所でもまた民を導き年貢が取れるであろう?それからまたヴェンシンを取り替えす算段をすればよいのだ。しばらくは苦しい暮らしを強いられるだろうが・・・」
「そ、そうだな、民を導いてやればよいのだ。我ら貴族に従うことが民の務めであり、生活の手段だからな、僻地の集落に下向することになるがいたし方あるまい。」
「先ほども言うたが、もうこれ以上ダ・カール伯国の民は犠牲にはせんぞ?ダ・カール伯爵領は降伏勧告を受け入れ、イシュタルトに降るのだから」
勝手に逃げるのは本人の自由だ、近く野垂れ死ぬか、魔物の餌か、イシュタルトに見つかるか行き先はどうなるかわからないが、そこは尊重しよう。
「ダ・カール伯!貴様が領地と心中しようとかまわんが、我らはヴェンシン復興という大業をなさねばならんのだ!」
「左様!われらの為に兵を1万はつけてもらう!それがこれまでヴェンシンの土地を我が物の様に扱ってきた貴様らの務めだろう!」
自分も昨日まではこうだったのだろうか?
敗戦を認められず、虚構にしがみついていたのだろうか?
「ケヒム子爵、クランク子爵、ボーネム男爵、ギルサナム男爵それに今たちが上がっている皆も同じ心か?」
会議室の中で立たずに話し合いの続きを待っている人間は私とグウェルを除けば3名しか残っていない、彼らは覚悟を決めてくれたらしい。
イシュタルトの要請は伝えたのだから、当然といえば当然だ。
我ら戦を始めた貴族、悪事に手を染めた貴族は死ぬが、まだ未成年の者や民を安んじていた者は生かしておくといっているのだから。
ここにいるのは戦を主導した者たち、全員が刑死を待つ身となるのだ。
特に率先して反対に回った4名は思い当たる悪事があるのだろう。
逃げるつもりの連中の顔を見渡してから私は最後の言葉を告げた。
「何度も言うが、もうこれ以上ダ・カールの民は死なせぬ、逃げるなら裏門より勝手に逃げるが良い、ダ・カールからは兵は一切つけぬ。」
「この裏切り者が!」
告げた途端にケヒム子爵が逆上し右手に持っていた宝杖のヘッドの部分をはずすと内側に2cmほどの刃が隠れていた。
ケヒム子爵はなれていなさそうな動きでそれを振り上げると私のほうへ向けた。
「ケヒム子爵、貴族会議に武器の持込は厳禁ですぞ!」
「その杖はいつも持ち込んでおったな、そんなものを持ち込んでどうするつもりだったのか!!」
「うるさい!黙れ!!貴様らはよいのか?ダ・カール伯の身勝手な決断でわれわれが窮地に立つことになるのだぞ?」
私に仕込み杖を突きつけたままでケヒム子爵は他の者たちとも言い合いを始めた。
その内容はあまりにも自分本位・・・彼からすれば私がそうらしいが、ケヒム子爵がこれまでもその仕込み杖を持ち込んでいたことに反発してケヒム子爵のそばにいる人間はいなくなった。
ただ已然として私側の、降伏しイシュタルト側の判断に身をゆだねても良いというもの、断固抗戦するべきだという者、民を犠牲にしてでも貴族が逃げるべきだというもの、そしてケヒム子爵とに主張が分かれていることになる。
そして刃を抜いたケヒム子爵の主張は・・・・
「この場でヴェンシン王国への背信者、ダ・カール伯と、その一族を誅殺し、此度の開戦はすべて伯爵の独断だったことにすればよいのだ。それでイシュタルトが引き下がるならそれでよし、そうでなければ領都に火を放ち、姿をくらませれば良い、水路を伝いマハのエイブラハム王子に保護を求めるのだ!エイブラハム王子は何でも現在獣の血を引く第二王子から太子の地位を狙われているとかでな、われらヴェンシン貴族が後ろ盾になってやれば喜んで領地を差し出すだろうよ。」
なんというべきだろうか?もう言葉が出てこない。
「子爵!ダ・カール伯は仮にもわれらが盟主ぞ!行き場のなかったわれわれの祖先を置いてくれたのも当時のダ・カール伯である。その恩義を・・・!」
あまりの言い草に、抗戦派の貴族の一人が反論するが・・・
「うるさい!それとて、もともとヴェンシン王国から預かった土地を、我が物にしていただけだろう?大体何が恩義か、わずかな年金のみで領地も分けられなかったわれらがどれほどの苦痛を味わったか!今、歴史を糺す!」
さらに逆上したらしいケヒム子爵は杖を大きく引きそして私に向かって突き出してきた。
私は今死ぬのだろうか?
ケヒムのやつはなんと言ったか?私の一族も殺すと・・・?
今私が死んでは・・・ミルカや幼いヒルトたちすらも殺されてしまう?
私が倒れては誰がこの戦争を終わらせるのか・・・?
迫る刃を目を見開いて見つめる私の耳にギャンッ!と鈍い音が響いた。
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(アイラ視点)
伯爵との話し合いの後、すぐに飛行盾に戻ったボクはナイト・ウルフも黒霞の娼婦も解除して、長いため息をついた。
迎え入れてくれたユーリと神楽が心配そうに、そしてエッラとフィサリスは無言でお茶の用意をしながらボクに笑顔を向けてくれたけれど、ボクの心は少し荒れていた。
放置しておくのに心が引けて連れて行ったメイドがまさかダ・カールの娘だったとは・・・、考えてのことではないとはいえ、ボクは伯爵の娘の首に手をかけながら降伏を迫ったことになる。
なんて後味の悪いことを・・・。
それに、あの伯爵の反応はどうだ?あの様に反省できる人物だったのか?
あの娘、ヴィルヘルミルカといったか、あの娘は前周ではどうなったのだったか・・・。
確か、旧ヴェンシン系貴族の子女の大半は身分剥奪され、平民として暮らしたけれど、数名は自らの力量で身を立てたのだ。
ダ・カールの妻と若年の子はたしか、教会に預けられたけれど子どもの一人と妻たちは戦争への憤りを忘れられなかった旧ダ・カール系の元貴族出身の暴徒に殺されてしまったのだったか?
そしてもう一人はヴェンシン復興派の残党に誘拐され旗頭として担ぎ上げられた挙句、敗北が決定的となった後、残党の生き残りから「お前さえいなければ!」なんて敗北の責任を擦り付けられ身勝手な憤りと獣欲をぶつけられて暴行を受けて死亡だったか・・・?
どちらも名前は聞いたはずだけれど、ちょっと思い出せない。
何にせよ、ダ・カールの生き残った子どもは娘二人だけで、そのどちらも非業の死を遂げたのだ。
で、あの娘も前周の戦争が終わったころであれば19か20くらい、おそらく身分剥奪の対象で住んだはずだ。
先ほどまで腕の中にあった重さを思い出す。
「アイラ、何かあったの?」
不安そうに尋ねるユーリ、神楽と二人でボクの左右の手を握り締めてその温度が前周の記憶に伸びかけていたボクの手を現世に引き止めてくれる。
「うん、まぁ、思ったよりも話の成り立つ人だったよ。それでいろいろ約束ごとを交わしてきたんだ。」
そう言って二人の手を握り返すと、二人は手を握ったまま頷きあって、神楽はボクの後ろ、ユーリはボクの前に回った。
「ん、どうしたの二人とも・・・、え?」
後ろに回りこんだ神楽が飛行盾の持ち手部分、に腰を掛けるとユーリはボクをやさしく神楽の膝に座らせた。
お互いの右手は指を絡めたままでスカート越しでもわかる神楽の太ももの感触が、その温みとともにボクのお尻の下になる。
「今はカグラのほうが体が大きいから、抱っこはカグラに譲る。それで、僕が前からだよ。」
ユーリがそう告げてボクの正面から、ボクの左手は右手に握りこんだままで、正面から体を押し付けてきた。
そしてそのままボクの唇に優しく彼のそれが押し付けられる。
ただ触れるだけのやさしい口付けをくれたユーリは2秒ほどで唇を離す、すると間髪入れることなく神楽が左腕でボクのおヘソのあたりを抱きしめると、ぎゅっと体を寄せてくる。
「アイラさん、悲しいお顔をしています。アイラさんはお優しいですから、今話してきた方のこれからを思ってしまうのですよね。その方にもちゃんと幸せがあったはずなのにって」
やわらかい温もりに前後から挟まれて、本当なら夏だから暑苦しいはずなのに、不思議と自分がこの温度を求めていたのが判った。
かつてボクが神楽と触れ合うことを許せなかった男がいた。
いつかボクは、親の仇の腕を、頭を吹き飛ばした。
いつか遠い未来ボクは少女の目の前でその親を殺し、そして少女は仇のボクを赦した。
どうして与え合うだけでは居られないのか、愛しい人に抱きすくめられるだけで、口を寄せるだけで、こんなにも満たされるというのにどうして・・・。
いや迷うまい、今のボクはこの手が奪うだけのものではないともう知っている。
女の体がこの世に産み落せる命があることを知っている。
その痛みも熱さも、喜びも悲しみも、命のその全てを経験してきた。
だからこそ不必要な悲劇が、憎悪がボクのこの世界に溢れていることが悲しい。
ボクは神楽の手を持ち上げ、ユーリの手も胸元まで引き寄せた。
二人の手はアイラの手よりはわずかに大きいものの、まだ子どもの手で、剣の訓練をしているユーリの手はそれでもまだ幾分か硬さもあるものの、やはりプリプリとした弾力がある。
その二人の手にボクは口を寄せて軽く触れる程度のキスをする。
「ありがとう二人とも、大好きだよ。ボクはボク自身が幸せであるために迷わないから、これからもボクが幸せを見失わない様に支えていてほしい。」
そう言葉にしてしまえば、ボクの幸せはこの二人が幸せで居ること、そしてそばに居ることだと思い出せる。
そして、人間は人の幸せを自分の幸せと置き換えることができることがわかる。
本来、人が幸せであることは他人の不幸に直結するものではない、だけどそう考えられない人間がたまに居て、そういう人が『あいつが幸せなせいで自分は不幸なんだ』と妬む、恨む・・・。
そういう人間が眼下の宮城の中にもきっと集っているのだろう。
彼らが、降伏という議題に対してどうレスポンスをするか暁以来の経験でボクにも判っている。
うまくいけば自分の手腕の貢献を説き、失敗すれば他人の失敗のせいだと糾弾する側に回るのだろう。
「今、ダ・カール伯にもしものことがあると、戦は長引くと思う。だからボクはこの後またダ・カール伯のそばにこっそりと戻ることにするよ、途中でナイト・ウルフをその場に立たせたままにして、『流星』を撃つためにボクだけ帰ってくるね。」
たぶん誰か一人くらいは伯爵に直接刃を向けるだろう。
ヴェンシン貴族はそういう者が多く生き残ってしまっている。
加えて、城壁破壊はエッラやフィサリス、神楽でも可能だけれど、神楽にはまだ飛行盾を長時間使ってもらう可能性があるし、エッラの魔力砲は威力は十分だけれど風属性の近距離向きで距離があると拡散してしまう性質がある。
それでも威力はあるのだけれど、攻撃の範囲が絞りきれなくなるので今回の仕事には向いていない。
フィサリスの力はやはりこういう争いに使わせるのは憚られるので、そうなるとやはりボクの流星が一番向いているだろうと考えたのだ。
流星は、前周で習得したボクのオリジナル擲弾魔法だ。
そのあたりに落ちている大き目の石や、用意した直剣、直槍などを弾として使う。
光弾で圧縮させた火魔法を付与して魔砲用の仮想バレルで投射する。
着弾すると火魔法が急激に開放されて爆発を起こす、弾にしたものの耐久性の問題で石などを使った場合は射程が短くなるが、槍を使えばかなりの距離での精密な射撃を行うことができる。
こめるのは基本的には下級火魔法だけれど、用意する時間があれば中級以上の魔法もこめることができる。
一発ごとに火魔法と長距離用の仮想バレルを使うため魔力消費はそこそこ多く、長距離で使う場合には直剣や直槍を使い捨てにするためコストも高い魔法だけれど、被害を抑えて城壁破壊するには向いている魔法だろう。
『赤色巨星』や『コル・レオニス』『大光条』なんかは威力も威圧効果も高いけれど攻撃範囲の制御が難しい
ウォールブレイドやイグナイテッドコラプションといった通常の魔法でも城壁崩しは可能だけれど、ウォールブレイドは地属性術士なら近づきさえすればそれなりに撃てる人もいるので威圧にならないし、イグナイテッドコラプションは撃てる人が少ないものの古くから存在する魔法であり脅威とは見られるだろうが真新しさはない。
姫の固有魔法の流星ならば、暗くなり始めた空の遥か遠くから飛んでくるのが見えて、なおかつ爆発の音と衝撃はかなりの高刺激だろう。
上壁を打ち崩す魔法を見えない距離から正確に飛ばし当てることが可能・・・脅威だろうさ。
でもその説明をするダ・カール伯爵が先に命を落としていれば、観客が魔法の飛んでくるところに気づかないかもしれないし、そうなれば威圧効果も激減、突然攻撃を受けたのがたまたま人払いされていた城壁と見張り塔に直撃した・・・程度のものになってしまう。
みんなに、これからの動向を説明した後、ボクは再び単独行動をとることにした。
隠行、隠密状態を最大にしてナイト・ウルフで伯爵のそばにこっそりと待機する。
さすがにナイト・ウルフを長時間稼動させていると魔力の負担が大きいので、定期的に空間収納から直接蓄魔力槽を交換しつつ一時間ほどそばに控えた。
彼の家族、長男と正室と側室か、長男も驚くほどまともというか、自分たちが行ってきた人身売買はヴェンシンの復興という大義名分の下に行われた非道な行いだと理解していた様で、長男は本心では人身売買などやめるべきだったと感じていた様だった。
妻二人は今まで人身売買については知らなかった様で、恐ろしいことに手を出していた夫と長男を責めたが、夫の罪を止めることができなかった妻にも罪はありましょう、と伯爵とともに刑を受ける覚悟を示した。
しかし伯爵はまだ年若いミルカと、幼い側室の娘ヒルデヒルトの養育をする人間が必要だとして妻二人に生き残る様に告げた。
その後貴族会議の召集が完了したからとミルカが執務室に戻ってくると伯爵は人払いなどを指示する書状をミルカに預け、それから自分と長男は会議場へ、妻と娘にはほかの子どもたちも連れて、城館のほうへ戻って置くようにと命じた。
そして伯爵だけが冷静に淡々と敗戦に継ぐ敗戦、決定的となるオケアノス第一陣の出陣、そしてボクにより示されたセイバー装備という戦力、その戦力が勇者などという数に限りがある切り札ではなく、作ろうと思えばかなりの数生産することが可能な装備であったことを示されると貴族たちには大きな動揺が見て取れた。
それでも、それならなぜその装備を大量生産していないのか、偽報ではないのか?と疑うものもあったが、大きな力を不特定多数の者が持つ危険性を示されるとおとなしくなっていた。
最後に王国(の姫君)から示された降伏勧告と降伏の話し合いのために姫君が派遣された(ということにしてある)という内容を伯爵が説明すると会議の場は紛糾した。
何人かは冷静に、自分たちの敗北を悟り、他国の王族により与えられるその死に意味を見出すことができている様だ。
自ら開戦した者が結果として、敗戦の責を負うということをしっかりと考えられたのだろう。
伯爵と同じで、国のためという大儀名分を掲げるだけでなく、きっと旧国への想いも真に篤く、目的のためにあらゆる手段を打ってきた人たちなのだろうと思う。
一方、国ののど元まで手がかかっている、自分たちもいたこの宮城の内部に身の丈3mに迫る鎧騎士が侵入して直接伯爵の執務室まで書状を届けたのだと説明されたのにもかかわらず自分たちが今生きていることを不思議にも思っていないどころか、まだ逃げおおせると思っている連中が場を騒がしくしていた。
彼らの言葉はすでに貴族どころか、その辺の不良グループのリーダーですら言わない様な言葉で、現実どころか夢すら見ることができていない様だ。
そしてあろうことか一人は会議の場に刃物を持ち込んでいた。
っていうか武器の持ち込み禁止って、魔法も武技もあるこの世界であまり意味がない様に思えるし、杖だって魔法を補助したり殴打したりする武器の一種だと思う。
仮に歩行が困難で杖が必要なのであればさっさと引退して息子にでも家督を継がせるものだし・・・。
はじめから貴族たちの意識が低い国だったのか、それともヴェンシンが滅んだからこうなったのかはわからないけれど、ここまで徹底してると国ひとつ滅ぼすのにも躊躇しなくてすむというものだ。
「・・・・今、歴史を糺す!」
何かひどく自分が見えていない言葉を吐きながら仕込み杖を突き出す動作に入った男と伯爵の間に割って入り、ナイト・ウルフ専用大剣でその刃を受ける。
ここまで存在を示しても対した魔法訓練も武技の訓練もしていないらしい彼らは、ボクの存在に気づいた様子はなかった。
ここまで動けば普通程度に訓練したイシュタルト兵には間違いなくバレるのだけれど、彼らはいまだにナイト・ウルフにではなくなぜか鈍い音を立てて空中で止まり、男の手から取り落とされた杖に驚いているのだった。
サブタイを流星にしてからいったい何回話を跨ぐのか、次回流星4(本番)です。
ダ・カールでは『鑑定』がない上に国の上層が腐り気味なので、上質な兵士の資質があっても常備兵にはコネがないとなれませんし、貧困層に優秀な才能持ちがうっかり生まれてもセントール大陸などに輸出されてしまっています。
セントールで開花していればいいですが、なにぶんセントールとの通商もまだ未発達なのでどうなるかわかりません。




