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第三・運否天賦

 午前の部の戦いは、最初の段階から熾烈を極めた。

 場の破壊から始まり、複数の負傷者の続出。試験を忘れ死者すら生み出そうとした者も出現し、駆り出された教員は総勢で二桁に届く。

 その教員内でも負傷者は出てきており、毎回この行事が終わった後には負傷を癒す休暇が与えられていた。

 小規模ながらも、その場所は戦場に似ていたのだ。

 誰も彼もが己という国を守る為に戦い、敗れた者は慟哭の声を上げる。勝者は他の勝者と共に勝鬨の声を上げ、中には傷の舐め合いをする敗北者達を見下している者すらいた。

 人の悪感情や好感情が入り乱れ、場は混沌そのもの。午前の部の終了間際では最早立っている人数の方が少ない程であるのは言うに及ばず、しかも立っている人物の殆どが午後の部の者達であった。

 

 地獄のような惨状に、それでも顔を変えない者も居る。

 これがまだ本当の戦いではないと悲喜こもごもな感情を見せる者を内心で見下す者。何を考えているのかも不明な無表情な顔を見せる者。この五月蠅さが漸く終わるのかと安堵する者。

 自分のこれからがこのテストに掛かっているかもしれないというのに、その顔は何処までも平時のままだった。

 芯が強い、と人は彼等を見てそう思うだろう。

 だが違うのだ。その言葉は的を射抜いていない。真に正しく彼等の感情を述べるのであれば、それら全てがどうでも良いのである。彼等にとって、他者とはそこまでの重要性を持っていないのだ。

 本当に苦しければ彼等とて表情を変える。嬉しければ笑うし、怒れば顔を鬼へと変化させるだろう。

 まだまだ若い者達なのだ。喜怒哀楽を完全に隠す事は不可能であるし、もしもそれが出来れば早熟し過ぎて人生への見方など屈折してしまう。

 

「はぁ、飯が上手い。やっぱ食事ってのは重要な娯楽だよなぁ」


「唐突にどうした、気持ち悪いぞ」


 昼休み。

 午前の部を勝利で彩った者には正しく勝利の酒の時間であり、敗者には負けた者同士が新たに絆を育む大事な時間である。午後の部の者達も最終調整として身体を動かしている者も多く、それはノースでさえ例外ではない。

 集まったメンバーは最早慣れ親しんだ四人組。

 食堂から運び出された弁当を手に持ったライノールは感嘆の気持ちでもって言葉を吐き出し、それに対してウィンターは変なモノを見るような眼差しで離れる。

 サウスラーナは二人を無視して弁当を食べながらノースを眺め、そのノースは早々に弁当を完食して木剣を振るっていた。

 

「どう、調子は」


「変わらん。何時も通りだ」


 横一閃の薙ぎ払いを行いつつ、ノースはサウスラーナからの言葉に答える。

 何時も通り。常と変わらず。どんな環境に置かれても同じ姿勢を続ける様は正しく彼女が見る彼らしく、されどもう少し程度は緊張してくれないかとも感じてしまう。

 サウスラーナがよく見る顔は、他の皆と変わらない。常に他者を威圧するような無表情で、唯一他とは違うとすれば、それは彼の顔が一瞬であれ笑みを浮かべた時だけだ。

 彼が感情を素直に見せた回数は極めて少ない。もしかすれば誰も居ない場所で晒している可能性があるが、それならば自分にも見せて欲しいと彼女は考えてしまう。

 無論、それをそのまま言葉にするのは止めておくべきだろう。

 これは只の我が儘に過ぎないのだから。彼の望みを果たす道に、そのようなつまらぬ些事など不要だ。

 

「相手は炎熱のアーケルンよ。貴方との相性は最悪だわ」


 炎熱の特性は極めて単純――火を生み出し、火を操作する。

 それは近接による運用ではない。遠距離からの運用。即ち火砲による広範囲殲滅だ。

 今回のテストで死ぬ程の火力は出てこないだろうとは思うが、それでも遠距離は彼の間合いではない。

 移動は必須。そして移動している間は狙い撃たれ続けるのであり、ならばそれを最適な方法でもって突破しなければならないのは誰でも考え付くことだ。

 火は生物の天敵の一つである。攻略方法を間違えれば、待っているのは最悪火傷だ。

 言葉に対し、彼は木剣を振るう事を止めて彼女を見る。その顔は恋人に向けるようなものではないが、目前に迫った戦いを思えば当たり前だろう。

 

「そんな事は百も承知。それに、昔から弱点など解っていたではないか」


 故に、彼はもう今更な話なのだ。

 態々話す必要性は無く、議論を行う余地も無し。己の弱点など己がよく知っているもので、それを指摘された程度で揺らぐ程彼の虚像は軽くはない。

 七年。七年間も同じ事を繰り返したのだ。

 鍛える中での取捨選択を続け、最終的に行き着いたのは剣への道。遠距離の可能性は最初から排除していた。それは純粋に武器の性能そのものが決まっているからこそ選ばなかったというだけではなく、己の手でもって確かな感触を得たかったのである。

 剣のメリット、デメリットなど全て承知済み。問題なのは、それをどう乗り越えるのかにある。

 単純に速度を上げるのも良いだろう。盾を持っても良いだろう。或いは弾丸を弾く技量を手にするのも間違いであるとは言えない。

 剣は近代的な物とは言えないが、それでも現在においても有名な武具の種類。だからこそ、物語の中でも無数の剣が出現する。

 英雄と言えば剣。様々な理由が付けられているが、最初の選択など所詮そんなものに過ぎない。

 彼とて男。そして男である以上、どうしても惹かれてしまう本能からは逃げられない。

 

「安心しておけ。お前の家も、俺の家も、誰にも俺が汚点だったとは思わせん」


 英雄として輝いてみせる。そう言い切り、再度木剣を振るう姿に彼女は笑みを零した。

 ああやはり、己の惚れた男は熱い。どれだけ冷たさを出そうとしても、根底にある熱さは隠せない。

 光輝の英雄よ、どうかそのままで居ておくれ。何時か必ず、その隣に立ってみせるから。

 彼女はひたすらに熱を込めるだけ。剣を振るう男に、恋する乙女が如く凝視を続ける。呆れたような素振りで背後からライノール達が見ていたが、そんなものなど欠片とて意識に入ってこなかった。

 彼女は見る。己にのみ見せてくれた本音の余韻に浸る為に。――――その姿が例え、滑稽なピエロであろうとも。




――――――――――――




 午後の部は、朝に出た対戦カードによって既に多数の者達から見られていた。

 有名な公爵家二名は勿論のこと、上位数名に名を連ねるサウスラーナ・ライトネル。そして実力的な意味ではある意味最も注目を浴びているノース・テキスの四名だ。

 この対戦相手が各々別の人物と戦っていれば然程騒がれる事もなかったが、今回は公爵と二人の人物達が激突する事態が起きている。

 しかも女性陣側は全員がノースに好意を寄せている者ばかり。嫉妬や妬みの視線も多くあるが、それよりも全体的に見て好奇心の方が視線の数は多いだろう。

 何と馬鹿な感情を見せているのか。そう思ったのはサウスラーナだ。

 此度の噂に決着をつけるべく今回は流したが、通常であればこの一件を伝えるべき相手に伝えて無かった事にする筈だ。裏側を知らないからこそこのテストの組み合わせは面白いと笑っているのだろうが、実際に矢面に立たされている側としてはまったく笑えない。

 それでもやるべき事はやらねばならないのが学生なのである。

 貴族だからとやりたくない事を突っぱねることは出来ないし、もしもそれをしたとしたら噂を肯定することになってしまう。

 それだけは断固御免だ。彼との間に不穏な気配が忍び寄るなど認められる訳が無い。

 

「――潰させてもらうわ。彼との時間を手にする為に」


 フィールド内。円形の中で、対峙したナギサに向かって彼女は堂々と言い放つ。

 彼を渡す道理は無い。最初からお前達の入る隙間など存在しないのだから、無理矢理押し入ろうとするな。そんな真似をするのは、醜い女だけで十分。

 彼女達は綺麗だ。それはサウスラーナとて認めるところであり、態々否定する気も無い。

 こんな女達に追われる男はさぞや幸福だろうとも感じるのだ。それだけに、同じ相手を好きになるのは正直言って不快でしかない。

 

「そうはいきません。私とて貴族という存在の前に女なのです」


 彼女の視線の圧を、ナギサは軽く受け流す。

 愛とは必ずしも手に入るものではない。それは貴族という枠に収まってしまえば尚更に遠退くものであり、しかして彼女はそれを認めるつもりがまったくなかった。

 自分の好きな相手に恋をして、愛を育み、結婚し、順風満帆な生活を手にする。それは一つの女の幸せであるし、彼女の求める理想でもあった。

 公爵家というのは生活には困らない格を有しているが、その分縛りも多い。

 結婚自体が最初から用意された相手であるなんて事も多いのだ。そうでなくとも愛らしさを多分に含めている彼女に縁談の話が来ないというのは有り得ない。

 それを今現在拒絶出来ているのは、彼女が彼女なりの方法でもって縁談相手の格が自分に劣るという情報を揃えてきたからだ。

 そうでなければ今頃彼女はこの学園には居なかっただろう。何処かに嫁ぎ、貴族としての一歯車として世界の回転を支えていたに違いない。

 

 故に、彼女は女としての自分を捨てられなかった。

 恋をする時間が欲しい。愛を囁き合う人が欲しい。求めて追い掛けるような、光の勇者が欲しい。

 そして出会ったのは、多少の現実味が混ざっていようとも彼女の理想を体現したかのような男だった。

 伯爵家の人間であり、されど夢に潰されていない。目指す先には必ず希望があるのだと断ずる輝きを目にして、ときめかない女など女ではないと彼女は確信している。

 であるからこそ、逃さない。

 どれだけの時間が掛かろうとも、己は追い掛けよう。障害など追い抜いて、彼の一番として共に光ってみせる。――――それまではどうか。ただどうか、この想いよ朽ち果てるな。


「この戦いはただの勝負ではありません。女の戦いでございます」


「承知の上よ。そうでなければ阻止していたわ」


 理由などどうでも良い。肝心なのは彼を好きであること。

 ただそれだけ。ただそれだけが、サウスラーナには許せない。

 フィールドに満ちる空気は今にも爆発の気配を見せている。これまでとは違う、同規模以上の戦いが待っているのだと誰もが確信した。

 共にこのクラス限定で言えば成績優良者。それはつまり、単純な肉体性能においても決して馬鹿に出来るものではない事を示している。

 教師の声が周囲に響いた。

 監督役を務める教師の目は以前よりも鋭くなり、一挙手一投足に意識を傾けている。今回の対戦カードを仕組んだのは彼であり、故にこそ面倒な事態を起こさない為にも目を光らせているのだ。

 そんな思考などまったく気にせず、両者は睨み合う。

 いきなりの直接的な戦いは無い。どう動き、どう攻めれば相手を比較的手数を抑えて撃破出来るか。

 今後の将来においても戦う可能性がある以上最低限度の種明かしで全てを終わらせたいと考えているのだ。

 

「ねぇ。一つ聞いても良い?」


 腰を落として、己の武器である木製のナイフを構えながらサウスラーナは問い掛ける。

 それにどうぞと綺麗な答えが返り、彼女は勝負時には決してするべきでない話を開始した。


「彼の何処が素晴らしいと思ってる?」


 問いは、酷く単純なもの。

 その意図も明白。ここで全力で戦うことが出来ず、且つ女の戦いであるのだから単純な実力で白黒を決めるなど以ての外。真に勝つには女として、如何に相手の事を深く理解しているかを競うべきだろう。

 想定外の内容に、暫く周囲には囁きが響く。その内の数割は彼女達が争う元凶であるノースに視線がいくが、彼の今の姿は腕を組んでの仁王立ち。

 眉一つ動かさない様は気にしていない事を嫌でも教えてくれ、これが真面目な場面である事を意識させられた生徒は慌てて己の目を決闘に移した。

 数秒の間隔が出来る。互いに沈黙し、ただ時間だけが過ぎる状況。

 成績を付ける側である教師としては早い段階でもっと戦ってほしいのだが、それを素直に口にしたところで聞き入れてはくれないだろう。元より、口出しすれば未来が暗いものになるなど百も承知。

 故に十分という時間は平等に与えられる。

 戦いもせずに過ぎ去るだけであれば、付けるべき評価は十点中二か三だけだ。


「顔が。身体が。――何より、魂が。掴まれ、離れようと思わないとはこういう事を言うのですね」


 彼女の表情が突如として変化した。

 目元は緩み、頬には赤みが差す。両手を腕の前で重ねてサウスラーナの背後に居るノースを見る目は、年齢に似合っているのか似合っていないのかは定かでなくとも、恋する乙女そのものだった。

 そこに打算的な要素は微塵も含まれていない。所詮打算など後付けの理由でしかなく、彼女の心はただ一人の男の虜になり続けていた。

 その様に、自身が見ている彼の姿と彼女の見ている姿が重なっているのを自覚する。

 どれだけ近いのかまでは依然不明のままでも、このままでは同じ立ち位置にまで来られるだろう。

 機会は彼女であれば幾らでも用意出来る。――――だが、そこまでだ。


「そう。なら、止めておきなさい(・・・・・・・・)


 瞬間、サウスラーナは己の身体を加速させる。

 一から百への極端な加速。通常速度が完全に上がり切るまでには多少の時間が掛かる筈のそれを、彼女は完全に無視した形で走っている。

 その理由を、理屈を、皆は知らない。知っているのはノースや三年といった少ない範囲の者達ばかり。

 同級生相手であれば一度として発動させなかった能力の一端。それが表に出ている。

 しかして、それに驚くようでは戦えない。

 直線で進むのであれば対象の位置を予想するのは難しいことではない。彼女は己の装備――――片手で振り回せる程度の槍でもって待ち受ける。

 長さは通常の槍の三分の二。特徴らしい特徴のない練習用の棒のようなそれは、しかし彼女用に調整されているからこそ非常に手に馴染む。

 それを持って、彼女もまた走り出した。

 互いに正面。走る姿に避けるイメージは抱けず、このまま真っ直ぐ進むようであれば衝突する。

 

 リーチの長さならば槍が勝つ。だが、現状の速度で言えばナイフの方が有利だ。

 技量自体も気にするべき項目であるものの、そもそも互いに戦士としては上位。拮抗していると思うにはジャンルが違い過ぎる故に判断できないが、けれども武器のリーチ差によって先手はナギサが取る。

 突き出された槍は鋭く、そして的確。

 解り易く顔面を狙った辺りに容赦の無さが窺える。しかして、他者を殺害させるような真似が許されていない現状それに繋がるかもしれない攻撃は教員の心象的にはよろしくはないだろう。

 よってこの攻撃はブラフ。本命は別にある。

 それが一体どんな攻撃なのかは定かではなくとも、サウスラーナは突撃姿勢のままだった。

 ナイフを突きの体勢のまま進む。一見すると愚かとしか言い様のない攻撃方法であるし、槍と戦うにはあまりに適さない手順だ。

 故に


「はぁ……!」


「く――ッ!?」


 互いに動作が急変する。

 土壇場で槍は突きの体勢から両手で棒を持っての防御の体勢となり、ナイフは突きから薙ぎ払いへと変化。激突する二人の武器は両者の重みで軋みの音を上げ、彼女達二人は両眼で見つめ合い相手の心情を読み取ろうとしていた。


「……動作が間に合わないと思ったわね」

 

 ポツリと呟かれたサウスラーナの言葉。その真意が何であるのかは明白。

 眉を一瞬だけ曲げたナギサはそのままナイフを弾き飛ばし、後方へと跳ねた。

 想定の範囲を超える動作というものは、例え一直線であっても読み間違える事はある。ナギサの目には確かに直線で迫るサウスラーナの姿が見えていたし、動作も予測出来るものであった筈だが、どうしてかその動作に対する行動が遅れた(・・・・・・)

 その理由を察したからこそ受け身になったのだ。周りの生徒は何が起きたのかと疑問に思うばかりでナギサと同じ結論に至った者など殆どいない。

 だが、気付いた者が居たのも確か。ウィンターとライノールはサウスラーナがしていた行動を見て、呆れたような顔をしていた。


「急速移動しながら速度変更?錯覚させるにしても滅茶苦茶過ぎんだろ」


「速く走っている動作とそれよりも遅く走っている動作を混ぜたのか。これはやり辛いな」


 人間の目は意外に適当だ。

 早過ぎる対象には残像という形でしか映す事は出来ず、鍛えなければ多少動作を複雑にした事で脳の処理を大幅に増やす事が出来てしまう。それが人間が虚実に混乱してしまう一要因であり、恐らくは戦場において最悪の要因になるだろう。

 速く走っている中で遅く走っている部分も混ぜる。それによって対象は二重の姿が見えるのだ。

 遅くなっている方が残像にも現実の動作にも見えてしまい、故に判断に迷いが生じる。そうなれば人間が取るべき動作など限られたもので、防御を選んだ辺りがナギサの堅実さを示している。

 否、そうなるようにされたのだ。ナギサ本人が思わずとも、無意識下で動かされたのである。

 速度ならばサウスラーナが勝る。これで証明され、槍兵である彼女はその速さ以外の方法でもって突破を狙わなければならない。

 

「なら――そんな真似などさせなければ良いだけの話でしょう」


 開いた空間を、彼女は一気に詰める。

 槍の間合いを理解し、ナイフが届かない安全圏でもって彼女は当たる確率の高い胴体を狙った。

 それを見て、サウスラーナも動く。ナイフでは不可能に近い切払いを鍛え上げた筋力で強引で達成し、軽快な動作でもって回避を行う。

 踊るような二人の戦いは遊んでいるようにも見えるが、互いの顔は真剣そのもの。

 槍が攻め、ナイフが避ける。その構図自体は至極通常のものであれど、観客たる彼等はそれに違和感を覚える。

 ――――おかしい。自分達の知っているサウスラーナ・ライトネルは回避に専念するだけの者だったか。

 ナイフの切っ先が揺れる。幽霊の如く相手を捉えさせず、彼女は只管に回避だけに没頭する。

 攻めの姿勢に転じない姿は臆病者そのものだ。しかし、彼女がその臆病者である筈が無い。

 よって何かあると思うのが普通であり、その何かは意外な程に早く訪れた。

 

 最初に起きたのは、不気味な軋み。

 木製独特の不協和音は武器の損傷を切実に訴え、にも関わらず彼女達は常と同じ様に振るう。

 そうなればどうなるのかなど予測も出来るもので、しかし最悪なのは片方だけが壊れてしまったという事実。一際強烈な音と共に、サウスラーナの剣先が割れた。

 残っているのは柄のみであり、これ幸いとばかりにナギサは更に己の身体を攻めの姿勢に移していく。

 一気にナギサの有利へと傾いた戦いへ皆が終結を覚悟したその時――サウスラーナは下がるのではなく前へと踏み出した。

 それはあまりに無謀。あまりに愚かな行い。

 このまま棒に殴られる未来だけしか残らない状況で、何故そんな真似をするのか。一発が気絶に繋がる状況の中で、まさか相手の今後の動きを看破して殴り飛ばす筈が無い。

 それは一体どれだけの確率なのだろうか。三割にも届かないような確率で、果たして不安を抱かないのだろうか。


「――勝ったな」


 ただ一人、この場の中で誰よりもサウスラーナを知っている男が勝利を宣言する。

 その声を知る者は誰も居ない。だが、彼の言葉には確かな真実味があった。

 槍が彼女に迫る。それを見て、サウスラーナは笑う。意味がまったく理解出来ないとナギサは思うも、勝利へのチャンス故に突撃は止められない。

 これが決まれば勝利は約束される。さぁ今こそ、チェックメイトと告げるのだ。

 

「だから、貴方は負けるのよ」


 激突。衝撃。

 終わりへの天秤が傾く。されど今、起きた状況に誰もが口から声を出せない。

 ナギサの攻撃はこれまでのどの攻撃よりも速かった。勝利を確信したからこそ迷いが無く、勝利であると解っているからこそ余計な選択肢を含まない。

 そんな彼女の一撃が並である筈も無し。しかし、彼女の棒は虚空にあった。

 サウスラーナの姿はその棒よりも遥かに内側。即ちナギサの正面に居り、彼女の胸へと拳を突き出している。

 狙い違わず腹へと刺さったそれは、明らかな有効打だった。

一話で収まらなかったので二話構成になります。

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