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第一・走破

初戦闘シーン……やっぱり難しいですね。

そして二つ目の感想有難うございます!これからも常にお待ちしておりますので、誰でもお送りください!!

 広く、只管に広いその場所には土以外は何もない。

 遠くの空には森が見え、その入り口には封鎖の為か明らかに専用と思われる黄色と黒の紐が広がっている。

 今日この日に集まったのは二学年の全員だ。全三クラスで構成される二学年の規模は大きく、途中で止めていった者は僅か数名のみ。

 顔つきは真剣そのもの。手を握っては広げを繰り返し、教官の話を食い入るように聞いている。

 このテストによっては数少ない軍への推薦枠も獲得出来る可能性が高まるのだ。難関であるあそこへ最初から高評価の状態で入隊出来れば、少しばかりはまともな部隊にも配属されるだろう。

 本格的な結果を決めるのは三年になってからであるが、やる気や能力を評価させるにはこの時期から始めなければならない。二年で何もしてこなかったのであれば、それはただの無能だ。

 そういった輩が軍になど入ってほしくはないし、もしも入ったとしても一人で勝手に死んでもらいたいもの。このテストによってそんな輩も判明するだろう。

 振り分けも兼ねているのだ、このテストは。一見能力評価の為のように思えて、その実一番に試されているのは表だけでは解らないことばかり。

 つまりこの程度は見抜いてみせろということになる。それを誰もが察して、ふざけるような真似はしていなかった。

 

 この試験は午前の部と午後の部に別れ、午後の部の者は基本的に自由時間となっている。

 将来戦うかもしれない相手を観察するも良し。自己鍛錬に費やすも良し。興味無しと寝ているも良し。

 そんな自由な間があり、午後に選ばれた面子は全員が思い思いに過ごしている。

 流石に遊ぶような行動をする者は居らず、大きく分ければ両者の行動は三つのみ。観察と鍛錬と戦術や戦略についての意見討論だ。

 この内ノースとサウスラーナは午後の部となっている。よって午前終了までは時間が空くことになるが、ノースは迷い無くとある一方向へと歩みを進めていた。

 その先に居るのは、彼の友人と公言しているライノールとウィンターだ。共に木製で作られた各々の装備を確認している姿が見え、それだけで両名が午前の部に参加するのだと伝わる。


「勝てるか?」


 背後からの突然の低い声に、しかし二人は驚く様子を見せずに笑みでもって相対する。

 

「勿論だとも。我等が将来の英雄の前で無様な姿を晒すつもりは無いし、それに今回の相手は結構相性が良いんだぜ?」


「此方は逆に相性最悪だな。まぁ、その程度で悲観するつもりなどないのだが」


 ライノールが手に持つのはショートソード。ウィンターはナックルであり、遠距離の戦いをしないスタイルを両方取っている。

 此処に遠距離役も居れば攪乱と壁と狙撃というある種の理想の形態が出来上がるのだが、生憎現在のメンバーの中で素直な射撃タイプは存在しない。

 このメンバーの弱点を正確に表すのならば、やはり長距離からの攻撃だろう。

 接近を許さぬ猛者であれば、弾幕を張るような芸当も見せるかもしれない。もしもそうなってしまえば、細身のライノールならば走り出して回避出来る可能性が少なからずあるが、ウィンターでは避けられない。

 自慢の筋肉でもって耐え続けるしか他に選択肢は無いだろう。

 二人共にそれは理解している。最初から理解していれば対処策も立てるし、それが不可能だとしてもどうにかなるような切り札を二人は持っていた。

 

「そうか。では問題は無いようだ、期待させてもらう」


「へッ、ちゃんと応えてみせようじゃねぇの。ていうかそっちはどうなんだよ。あの公爵家だぜ、対戦相手は」


「愚問だな――勝つのは俺だ」


 淀みの無い流れの中から放たれたライノールの疑問に、しかしノースは一瞬の迷い無く断言する。

 その力強さに暫しライノールは唖然とした。ウィンターも一瞬驚きの表情をしたが、直ぐに再起動し流石はと言葉を放つ。

 サウスラーナは彼を熱の籠った眼差しで見つめ、特に何も言わない。

 彼が絶対勝利を刻むのは予定調和。そうだと知っているからこそ、されど頼りになる言葉には胸が高鳴ってしまう。

 単純だと内心で自身を罵倒する彼女はそれによって平時の己を取り戻す。

 ライノールも唖然とした状態から帰還し、髪を搔きながら溜息を吐いた。

 最初に会った時から彼はこの姿勢を崩さない。どんな勝負でも勝つのは己だと信じていて、事実その通りになっていた。

 だがそれは計算の結果ではないのだろう。どんな環境、どんな理不尽の下に居たとしても自身を奮い立たせる為にそう言っているだけに過ぎない。

 彼は強いが、それでも無敵ではないのである。もしかすれば呆気ない幕切れを起こすかもしれず――――だが何故だろうか、彼が負けるというイメージを抱けない。

 

「そんじゃま、俺達はこのまま三年に昇格だな。留年の危険性が無いのは嬉しい限りだぜ。ほんと、周りがそこまで本気じゃなくて良かった良かった」


 己の真意を隠すように、ライノールはふざけるように笑って未来の話をする。

 それを聞き、しかして誰も明るい顔を浮かばせない。ライノールとしても今のは完全に皮肉だったので笑うつもりなど毛頭ないが、だが話題が話題である。国の根幹に明確に関わっていないとはいえ、サウスラーナの家は公爵家の一つ下の侯爵家。

 それなりに重要なポストに居るのは言うに及ばず、故に年々若者の弱体化が起きている事実に少しばかり頭を悩ませていた。

 手を抜いても大丈夫、厳しく教育しなくても生きていける。

 それは厳しい時代を生き抜いたからこそ出て来る、一種の愛だ。自分のような残酷な未来を見てほしくないと願う、親としての精一杯の想いの表れなのだろう。

 

 その意思を否定出来はしない。

 サウスラーナは親からの愛は知っていても、それを与える事はまだ出来ないのだから。知らぬモノを否定するなど出来ない筈で、だからこそ彼女は現実的な問題としてそれを見据えるしかない。

 親の愛を受けたからこそ最近の者達は弱くなった。例外が居るとはいえ、それでも全体的な質は明らかに下降気味だろう。

 完全な勝利を手にするまで、油断は禁物だ。それに相手は人知の及ばぬ化外の集団。

 如何なる手段をもって攻撃を行うかも予想出来ない相手に、舐めるような真似など言語道断だろう。

 その辺を今の貴族達は理解していない。勝っているから大丈夫などと、そんな事はまだ言えないのだ。


「このテストで一体何人がウチの教師陣を納得させるくらいの実力を出せるんだろうな」


 ライノールの再度の発言に、皆は何も言えなかった。



――――――――――――




「ライノール・イフ!前に出なさい」


 教師からの声により、観戦していたライノールが前に出る。

 白い線が引かれた円形の空間は全力で動いたとしても問題は無い広さであり、それはつまるところ鈍重な者にとっては戦い辛いということを意味している。

 ライノールはその足で軽快に内部に入り、静かに対戦者を見た。

 そこに居たのは、端的に言って剣士だ。同じ制服姿で、腰に下げた鞘は同じ協力関係にあるムラクモという国の武器と察することが出来る。

 ライノールよりも短い長さのサイドポニーを作り、その黒い髪と同様の瞳は明らかな戦意に燃えていた。

 純粋にこの戦いを重要なものであると受け止めている者の眼だ。

 それは彼をして嬉しいことで、故に手を抜く必要性は無いなと簡潔に結論を弾き出す。


「よぉ、随分と解り易いのぶつけてるじゃねぇか。そんなに勝ちたいのか?」


「当たり前でしょう?何、アンタは負けたいの?」


「まさか」


 黒髪の人物――女剣士は、彼からの軽口に対して厳し気に返す。

 勿論彼とて負けたい訳ではない。戦闘前に情報を収集するのは当たり前の話であり、多少なりとて彼女の性格を見抜ければそれで良いのだ。

 先の一瞬の掛け合いから解るのは、相手はこの戦いを過度に重要なものとしているということだ。

 戦いに負ければ確かに成績に響く。それは巡り巡って未来の己の立場を低くしてしまう事を意味し、だからこそ負けられないと燃えている。

 後先を見据え、己の実力を鑑みて、その上で行動出来る人物の思考だろう。

 それは今の社会において半ば常識と化しているものの、実際にそれを遵守出来た者は少ない。

 だからこそ――ライノールにとっては崩しやすい相手だった。

 

 教員の声に合わせ、両者は互いに睨み合う。

 柄に手を伸ばし抜刀の構えを見せる女性の目は彼の顔に固定され、同様に彼の目もまた女の顔に固定される。戦闘直前の爆発を起こしそうな空気は一年の段階で慣れ親しんだものであるが、さりとて常人とは一切関係が無い感覚だ。

 例え本人達の意識が平気でも、身体には確かなストレスとして溜まっていく。

 人間の体力次第ではあるが、誰もが長時間は戦えない。よって設定された戦闘可能時間は十分。

 それだけで決着がつかなければ、そこまでの過程を最重要の評価基準にされる。勝ち負けが含まれない、ある意味教師達の感性に任せた信頼性の薄い評価に定まってしまう訳だ。

 それを今、二人は考えない。

 考えるべきは勝利の二文字のみ。その為の最適解を常に模索し、実践し、間違っている箇所があれば修正し、少しでも早く勝利への道を確保する。

 

「それでは各人の奮闘を祈る――――勝負開始!!」


 瞬間、起きたのはショートソードと刀による激突だった。

 木製同士故に金属音は鳴り響かないが、最初の衝突によって早速互いの武器の一部が僅かに潰れる。

 両者が向かい合っていた距離は歩いて十歩といったところ。その距離を瞬き一つで詰めたのだから、人間としては破格の速度と言っても過言ではあるまい。

 しかし力勝負においては剣士の方に軍配が上がる。徐々に押されるライノールの身体は不安定な体勢にまで近付き、ならばとばかりに己の力を無くして敢えて彼女の力で後方に飛ぶ。

 振った側も急に力が抜けた事実に確り対応し、正眼の構えのままに次の相手からの一手を待ち受けた。

 勝負を最重要視しているが、彼女はそれ以上に慎重でもある。

 ライノールの脳内に新たな情報が書き込まれ、新たな攻略への道が広がっていく。

 

 一歩。彼は前に出た。

 それに合わせて彼女の眉が僅かに跳ねたが、それだけ。突撃を行うことも無く、焦るような真似も早々にしないというのがこれで解る。

 ならばとライノールは駆けた。自分の出せる限界で縦横無尽に戦闘エリアを駆け巡り、ランダムなタイミングでショートソードによる一突きを行う。

 正面から――防御。

 側面から――防御。

 背後から――防御。

 その全てが刀の一振りで弾かれるも、ライノールの表情は笑みそのもの。

 正面も側面も背後も駄目。それではと、彼は殊更に前に出るような姿勢を見せた。

 それは一見すると最初の正面突撃に近い。故に彼女は同様の攻撃を行うつもりかと柄に力を込め


「ばーか」


 振った先には何も居なかった(・・・・・・・)

 目を見開き、彼女は慌てて後方に下がる。その一瞬の後にショートソードの一閃が過ぎ去った。

 彼の位置は彼女が振った刀の位置よりも下。膝を曲げて姿勢を下げ、その体勢のままで剣を振ったのだ。

 彼女からすればいきなり姿が消えたような錯覚を覚えたが、それは彼自身の速度が彼女の認識速度を上回ったからに過ぎない。

 よってこの段階で解った事が新たに増える。

 力では確かに負けるだろう。男が女にパワー勝負で負けるというのは甚だ情けないように思えるかもしれないが、そもそも鍛える方向性が違う。

 彼女はパワーで、彼はスピードだった。

 よって速度では彼が勝る。そしてそのスピードを正確に認識出来ないのであれば、彼女の末路は決定されていた。


「俺の速度程度で驚愕すんなよ。世界にゃもっとヤバイ連中が居るんだぞ?これくらい軽い軽い」


 言って、彼は己の速度に任せた戦いを展開する。

 正面――否、背面。かと思わせて本命は側面。二回の嘘に彼女は騙され、剣が僅かに彼女の服を擦る。

 彼女が彼の姿を正確に認識する前に移動を行い、更に彼の居場所を不明にしていく。常に彼の姿がブレ、さながら陽炎の如く正体を掴ませない。

 例え当たったとしても、それは只の残像だった。

 一閃、二閃、三閃四閃五閃六閃――そのどれもが素晴らしい軌跡を描き、全て空振りに終わる。

 次いで起こるのは肌を撫でる木の感触。直撃を狙えるであろうにも関わらず、彼女の身体には木による汚れはあれど明確な痣が存在しない。

 

「アンタッ、舐めてんの!?」


 思わず声を荒げるも、それで状況が好転する筈も無し。

 命中しない攻撃が続き、それが長く経てば誰であれ思考に変化は起きるもの。冷静に見極めようと思っても次の瞬間には虚実の混ざった突きが放たれ、防御の構えを見せればそれすら嘘とばかりに彼女の横をすり抜けていく。

 他者を弄ぶような行動の数々に、観戦している側も眉を顰める者が多かった。

 これは正道の戦い方ではない。極めて勝利のみを求めた、一種卑怯と罵られる類の戦法である。

 貴族としてはあまりよろしくない戦い方だ。正面から打倒出来ないと明かしているようなもので、されどここまで大っぴらに行われるようだとある意味において潔くも見える。

 

「俺がズルく見えるか?卑怯だと思うか?」


「そんなのは当たり前でしょ!でも、それが戦いでもある!!」


 だが、彼女はそんな彼の戦いを肯定した。

 卑怯でも勝てればそれで良いという精神を受け入れ、彼女はそのまま剣を振る。

 激昂しても罵る内容は相手が直撃を行うことに関してのみ。如何に勝負という事柄に真剣さを抱いているのかが解るようであり、それ故にこの戦い自体には何の文句も抱いていない。


「へぇ、面白いな。アンタ爵位は何だよ」


「同じクラスなのに知らないの!?――これでも平民ですよォ!」


 大振りの一撃。されどそれも命中せず。

 肩で息をし、正面に着地した彼を睨む。


「どうして直撃させないの。アンタなら結構な回数殴れた筈よ。手を抜いてるの?」


「いいや、そりゃ違う。――ちょいと見てみたいのさ。お前さんの異能(・・)をよ」


 この試験で能力に関する制限は致死のものでない限りは存在しない。

 故に使用自体は出来るものであり、ライノールが最後に欲しかった情報はそれだった。

 自身の実力でこのまま勝利を握る事は可能。それは誰がどう見ても解ることで、彼女としても否は無い。

 それでも戦いを引き延ばすのは、単純に彼女の異能を見たいがため。今後共に戦うかもしれない相手の事を少しでも見ておきたいという、将来を含んだ言葉だった。

 それを聞き、彼女は息を吐く。

 呆れたとばかりに半目になるのは当然だろう。誰が切り札を相手に言われて見せるというのか。

 そんな真似をするのは馬鹿だけで、そして彼女は決して馬鹿ではない。

 

「見せる訳無いじゃないの。ああいうのは本当に最後の最後の切り札よ」


「そうかい――んじゃま、諦めて眠っててくれ(・・・・・・)


 一瞬。周囲に鈍い音が響く。

 誰もが何処から聞こえたのかと見回し、その姿に驚愕する。

 彼女は後ろに顔面を動かし、顔を痙攣させながら驚愕していた。そして何事かを呟こうとして、それは声にならずに意識を落とす。

 倒れる寸前に抱きかかえたライノールは、彼女の姿を見て悪戯小僧の如く微笑んだ。


「悪いね。最初から勝負はついてたんだよ」

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