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試験

初感想まで来てくれて嬉しいです、本当に。ついつい嬉しくて毎日投稿しちゃってますが、もうじきそれも難しくなると思います。何とか三日に一回くらいの更新を目指そうと考えていますので、どうかこれからもよろしくお願い致します。

 定期テストとされるその行為は、一年の頃から続いていた。

 授業や自己鍛錬で身に着けた多数の技術を如何に戦闘で出し切れるか。本人が出せる実力の限界と、勝敗の有無によって一から十の評価をされるのがこのテストの全貌だ。

 純粋に普通の学園に行っている者であれば勉学だけのテストで済む話なのだが、やはり此処は戦士育成校。

 生徒達を苦境に立たせるような行事は数多く、三年にもなれば安全圏に近いとはいえ実際の化外と戦う内容も用意されている。

 その為に年々僅かではあれど死者も出ていた。本人による承諾書によって死亡は致し方無しと処分されるものの、それで家族達が黙っている筈も無い。

 失敗とされた担当教員は秘密裏に消されたという話もあるのだから、どれだけ時が経とうとも貴族がルールを破るのは変わらなかった。

 さて、そんな危険な内容もある行事だが、今回に限ってはそれは無しだ。

 使用出来る装備は全て木剣や模擬弾といった非殺傷武器ばかり。再三にわたる注意喚起も行い、もしも殺傷武器を持ち出した際には厳罰が待っている。

 

 厳罰の内容は極めて単純。

 大々的に問題を国中に広め、強制退学させるのだ。殺すような真似は場合によってはあるらしいが、基本的にはこれだけで殆どの貴族達は黙る。面子を気にする種族だからこそ、それを自分から潰すような行いは慎んでいくのだ。

 テストの具体的な内容は一対一の決闘。互いの対戦相手はこれまでの成績によって決まり、どんな人物が相手になるのかは当日になるまで解らない。

 付け焼刃的な対処方法を模索するのを許さないという訳だ。戦士たるもの不測の事態においても冷静に対処し、勝利を得よということなのだろう。

 その意見に異議は無し。俺自身相性などを気にする程の余裕など無い。

 一年の頃からそうだが、似たような成績の者とぶつかるということは経験に差があまりないということだ。

 無論入学前に鍛えている者も居るので一概にそうだとは言えないものの、そもそもこういった学園に通う決意をした段階で入学前には己を鍛えている。

 

 故に、ぶつかり合う相手と拮抗する事態はよく起こっていた。

 俺も何回かその自体が起き、されど何とか隙を突いて撃破に成功している。その度に周囲から視線が突き刺さるも、全て悉く無視して俺は身体を休めていた。

 最初の頃は少し注目されるだけでも胃が痛くなっていたものだが、慣れたのか今では殆ど存在しない。

 自分の適応力に嬉しいやら悲しいやら思いつつ、俺は定期テストの日を迎えた。

 部屋の窓から差し込む光は明るく、雨が降っているような音はしない。熱々しい季節では早朝でも明るい場合が多く、それ故に目覚めの時間も早くなってくる。

 

 テストの日には、普段では先ず有り得ない静けさだけが満ちていた。

 平常であれば早朝の訓練に励む者や単に友人と騒いでいる風景が見えたりするものだが、こういった特別な日になると総じて誰もが休むべきと静かになっている。

 嵐の前の静けさと同様だ。この直ぐ後に、俺達にとっては激戦になるであろうテストが待っている。

 寂しさしか感じない、装飾の類が一切施されていない部屋の中で俺は日課のコーヒーを啜った。

 何時もならば早朝の鍛錬をしていたところではあるものの、やはり此方も体力の温存はするつもりだ。

 鍛え過ぎて体力不足に陥ったでは流石に情けないにも程がある。そんな者を周囲は強いとは思わないだろうし、将来性が限りなく低いとも感じてしまう筈だ。

 周囲の評価などどうでも良いが、それでもやはり英雄になるには周りからも色々好意的に見られねばならない。 

 浮ついた話題を排除し、話し掛ければ真面目に返す。贈られた物には相応の品物を用意し、極度に頼み事をされれば致し方無しと手伝う。

 

 人付き合いなど面倒でしかないし基本は拒否の姿勢であるが、それでも例外らしい例外もあるのだ。

 相手が必死な姿にはどうにも断り辛い。それに俺のような者とは違い真面目に強くなろうと取り組んでいる者には敬意を感じている。無表情を貫いている以上、最低限の行動はせねばなるまいという訳だ。

 黒々としたコーヒーを飲み、さて食堂に向かうかと制服に着替える。

 戦闘時にはこれが最終的な防護服になるというのだから、この手の技術を開発した者は中々に合理的な判断が出来る。

 授業毎に着替える必要が無く、これを着たまま鍛錬も行えるというのは嬉しい限りだ。

 破けても勝手に直っていくのだから、如何なる異能を発揮しているのかなど想像し難い。


「さて、行くか」


 常の木剣と黒の手提げ鞄を手に持ち、俺は貴族らしくもなく一人で扉を開いた。

 公爵家ともなれば専用のメイドや執事が傍に居るらしいが、この寮で一人暮らしをするのが俺達の日常だ。突然の一人暮らしを宣告される訳も無く、当然入学前までに取り敢えずといった体で一人暮らしに必要なスキルを叩き込まれるものだが、こういったものは修行をしていく過程で勝手に覚えた。

 メイドも執事も迂闊に近づけないような場所に単身で居たのだ。最終的に全て自分でこなさねばならず、そうなれば自然とスキルも磨かれていく。

 最初の頃は肉を焼いて炭にしたものだ、と思いながら歩を進めた。




――――――――――――――




 テストの日の朝は皆早い。

 コーンスープを飲みながら、サウスラーナは内心で呟いた。

 通常であればまだそれほど人が来ない時刻に今は大多数の者が現れ、我先にと食事を取って行っている。

 学園側もこれにはもう慣れたもので、通常の人員よりも更に増やして対処をしている真っ最中だ。

 柔らかいパンに、小さな丸い器に入ったジャム。トーストの上には半熟の卵とハムが乗り、彼女が手に持つコーンスープは実に滑らかな動きを見せている。

 これ以外にも肉や魚といった料理はあり、それをバイキング形式でもって出すのがこの学園の食堂だ。

 他では注文を聞いてから出来立てを出すそうだが、それではあまりにも時間が足りない。 

 時間系能力者でも居なければとても間に合わないのだ。やはり学生の食欲というのは尋常なものではないのだろう。

 

 下らない思考をしている内にコーンスープは無くなり、次に彼女はトーストに手を伸ばす。

 彼女は部類のパン好きだ。パンがあるだけで生きていけるとまで豪語している程であり、故にこそ毎食毎食で何かしらのパンが出現する。

 無い場合は不満顔をしながら別の料理に手を出すものの、それで満足した事は一度として無い。

 自身の飢えを満たすパンを食べ続け、彼女の視線は別の方向に動いていた。

 そこには大量の料理を盛るノースの姿。彼は鍛えている事が多過ぎてそれが特徴の一つにまでなってしまっている男だが、それ以外にも特徴的なことがある。

 よく食べるのだ。それも常人の三倍程度には。

 毎日鍛えているからなのか、それとも最初からなのか、彼は食事の時には必ず馬鹿みたいな量を持っている。彼の周囲の男子は最早見慣れたものと気にしていないが、最初の頃は引かれていたなと彼女は昔を少し思い返していた。

 そして彼は肉と魚と野菜を大量に乗せた皿を持ち、此方に歩いて来る。

 周りの女性陣は彼に意識を向けているようで、そして彼の向かう先に居るであろう女を見て歯軋りした。

 それを見て、彼女は少しばかりの優越感に浸る。

 

「すまないが、隣に座っても構わないか?」


「ええ。貴方なら大歓迎よ」


 そうか、と彼は彼女の隣の席に座った。

 置かれた皿の大きさは巨大だ。山のように積み上がった食材を見るだけで満腹になりそうになり、それを一気に食していく姿は些か信じられない。

 

「今日のテスト、いけそう?」


「誰に言っている。他の生徒に言われるなら兎も角、お前になら態々答える必要など無いだろう」


「そう。でも気になるものは気になるのよ。貴方が必ず勝つ(・・・・)と解っていても」


 二人の会話は、実に気心の知れているようなものだった。

 爵位という壁を越えての会話。将来夫婦となるのだからある意味当然なのかもしれないが、その自然な姿には女生徒達も嫉妬の気持ちを覚える。

 鍛える事を最優先とする彼でも、彼女の言葉にだけは律儀に返すのだ。それはもう、単にその事実だけで彼が彼女を特別扱いしているも同然。未だサウスラーナに物理的な害が及んでいないのが奇跡的とすら思えるだろう。

 そのまま二人は無言で食事を進める。恋人特有の五月蠅さはそこには無く、沈黙であるが故の居心地の良い空間というものが出来上がっていた。

 それを見ては今は引き下がるしかあるまい。無闇に割り込もうとしたら、先ず確実にノースに嫌われてしまうだろうから。

 

「案ずるな。どんな相手であれ、最終的には俺が勝つ。それは絶対だ」


「でも負ける可能性も考えていない訳じゃないんでしょ?最悪な未来は誰であれ想定するものよ」


 断言する彼の言葉に頬を緩めつつも、彼女は懸念事項を告げる。

 勝利に絶対というものは無い。状況次第によっては負ける可能性は十分に存在し、只の偶然によって敗北をもらう事も決して無いとは言い切れないだろう。

 そも、絶対に勝利出来ると断ずることこそが甚だ現実的ではないのだ。

 それを言うのは頭に花畑が広がっている者か、或いはとてつもない程に計算高い者のみ。そして彼はそのどちらにも属さないのは、彼女とて理解している。

 断じている、というのは彼なりの祈願だ。暗示と言っても良いかもしれない。

 可能な限り不安な未来を排除することによって身体が鈍る事を抑え、常に最高の自分であり続ける。戦士としては最高の状態であるが、しかしそれを人間が行うのであれば必ず限界が存在するだろう。

 当たり前の話である。人間は負と正のどちらかに常時傾きながら生きているのだから。

 調子が悪い時もあるだろうし、逆に頗る調子が良い時もあるもの。それは絶対真理であるものの、人が嫌う一つの現象でもあった。


「下らんな。そんなものを想定するよりも、相手の攻略法を一早く模索する方が余程前向きだ。人は敗北すれば余程の事が無い限り地を這い続ける。俺はそうはなりたくないからこそ、不安や懸念は一切抱かない」


「勇ましいわね。流石は英雄の卵」


「……お前までそれを言うのは止めろ。今の俺はただの一生徒であり、未だ修行の身。各国の英雄豪傑と比べればまるで虫と龍だ」


 彼の発言は、成程確かにその通り。

 英雄の卵と言われても彼はまだ何の成果も出してはおらず、英雄のえの字も語れない様だ。

 卵と呼ばれるのも単に将来性を加味した結果。それを解っているからこそ、そう呼ばれるのを酷く嫌う。

 故にこそ、彼女もここで更に何かを言うのを止めた。彼の無表情に少しの怒りが混ざっているというのが主な理由である。

 少しばかり空気が悪くなったのを悟った彼女は一回だけ咳払い。そして違う話題を用意する。

 内容はテストそのものについて。更に突っ込んだ説明をするのであれば、彼を狙う女二人についてだ。


「そういえばだけど、どうやら貴方に特にお熱な二人が秘密裏に教員を買収して意図的な操作をしているそうよ」


「シュトロハイム家とアーケルン家だな。彼女達の視線は実に解り易い。……ならば自ずと予想も立てられる、か」


「ええ。シュトロハイム家は私と、アーケルン家は貴方との戦いを望んでいるそうよ」


「それはまた、何とも単純だな」


 本来であれば対戦相手の設定はご法度である。

 そんな真似が露呈すれば公爵家側の評価は落ち、叱責だけでは済まない罰を与えられるだろう。

 もしもサウスラーナが責任者に告げ口をすれば、その瞬間に彼女達は終わりである。対戦相手を決める教員に確認を取れれば、すぐさまに彼女達のテストは取り消され成績も落ちるだろう。

 しかし、両者共に告げ口をする気は微塵も無かった。

 そんな程度で一々罰則を与えさせるなど教員側も面倒であるだろうし、何よりも他の生徒よりも比較的強者に傾いている彼女達であれば相手にとって不足無し。

 本来であればサウスラーナ側が行動を起こすつもりであったが、それは今回の出来事により必要性を喪失した。これで余計な真似をすれば確実に拗れるだろう。

 故に予定の変更はあり得ない。今日という日に二人は公爵家と対決する。

 互いの纏う雰囲気に緊張のそれは無い。普段の姿勢そのままに、彼女達は事実を飲み込み平然としていた。

 勝てる、と互いに思っているのだ。

 彼としてはこの程度で引けては未来でも負けると確信しているから。彼女としては話をするタイミングを手にしたから。共にこれを受け入れ、内心の戦意を表に出さぬようにしていたのだった。

 

「今日はテストで一日が潰れるわね。貴方は何番目に戦うと思ってる?」


「修行もしたいからな、なるべく早くと教師には頼んである。尤も、俺の一都合だけを優先する訳にもいかんだろうから実際はどうかは知らん」


 最後にそれだけを話し、彼は空になった皿を持ち上げた。

 挨拶も何も無く去って行く姿は実に失礼そのもの。だが彼女としてはそんな不愛想な姿も好いているのか、柔らかな微笑を浮かべて手を振るだけに留めていた。

 もうじき、勝負の幕が開く。それを知らせる鐘は打ち鳴らされる時を今か今かと待ちわび、時間の経過と共に生徒全員の戦意も高まって行った。

 それらの中で男が二人。

 常態のままでいる姿には硬さというものが無く、それだけ今回のテストを容易と考えているだろうというのが理解させられる。

 平均的な量の朝食を平らげ、紅茶を飲む様は実に優雅。本来の性格とはまるで違う姿に、向かい側に座る男の一人は小さく笑い声を上げた。


「なんだよウインター。まるでおかしなものでも見るみたいな面して」


「いやいや、これほど普段と違う姿を見るとやはりな。お前が上品というのは些か以上に笑えるものだ」


「ケッ、らしくないなんざ解ってますよーだ。正直、礼儀作法なんざ無駄にしか感じねぇ。戦場でもお上品に食事しろってか?」


 反面、嫌そうに愚痴を零す姿は異常に様になっている。

 最早こういった弄られ方に慣れているのか、返す言葉にも些かの迷いも無い。尤も、例え今以上の毒を吐いたところで目前の相手も思うところは一緒。

 貴族としての礼儀作法云々は平時にのみ必要なのであって、一度でも戦いの場に出ればそんな時間の無駄ばかりを生むような要因など邪魔でしかない。

 これこそが戦士育成学園では正しいのだとライノールは主張する。そしてそれに全面的に同意なのがウインターなのだが、大多数の貴族は彼の意見に対して否定的だろう。

 それは実際に命のやり取りをした事が無いからこそ出て来る、貴族の一般的な意見である。

 地獄を知るのはこれからという段階だ。それだけにまだまだ緩い。最初から戦う(・・)と決めていたライノールやウインターからすれば、此処に通う人間は一部を除いて未だ子供の部類だ。

 

「あぁ……三年の課外活動に参加してぇ。化外と戦った方が経験値も多いだろうしよぉ」


「その分死ぬ危険性も高いぞ」


「んなのは戦うと決めた時点で解ってることだろうが。死んだ奴なんざ十中八九ここら辺の奴等と同じ様な思考をしてたと思うぜ?」


「…………否定出来んのが悲しいな」


 テストで互いの力量を知り、そういった交流を深めて将来の仲間とする。

 連携を組む際にも知らない者より知っている者と組んだ方が成功確率は高い。そんな諸々を含んだ今回のテストであるが、どうしてもライノールには無駄としか映らなかった。

 今の世が優勢であるとしても、ずっとそうだとは言い切れない。

 何時か何かの歯車が狂った時、その優勢という二文字は消えるだろう。劣勢となってしまってからでは遅いのだ。その前に可能な限りの全力を尽くして己の実力を向上させるべきだとライノールは感じていた。

 その意思は強く、現役の戦士が聞けば頷くだろう。

 無残に死に逝く者が居ない世界を作るならば、どれだけ個人の実力を上げ続けたとしても足りない。

 目指すべきは最強。そこに目掛けて最短最速でもって到達し、家の格を上げて数少ない友人と共に平穏な世を過ごしたい。

 ライノール・イフの祈りは、あまりに単純明快だった。

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