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何も知らず、理解もされず

早速評価も入ってきました!本当に感謝です、有難うございます。

 ――英雄とは、一般的に言えばどのような認識をされるものだろうか。

 困難を打破する者。皆の希望を背負う者。一騎当千の実力を保有し、その事実を驕らない者。

 僅かな差異こそあれ、この認識に間違いはあるまい。そして俺が目指すのは、その全てでなければならないのである。

 例え何処かの誰かに化け物と中傷されようとも、人間らしくあれと言われようとも、俺は平凡を捨ててその英雄にならなければならない。でなければ、俺の捧げた七年は無意味と化す。

 貴族の子息達が日夜パーティーをしている中で一人森の中で剣を振り、青春をしている者達の近くで湧き出た化外を半死半生で討伐し、家族に愛されていると感じている団欒の横で馬鹿の一つ覚えの如く本を読む。

 

 鬼気迫る、という言葉が一番似合っていたかもしれない。

 父親からは心配の声が出ていた。しかし、あの人がどれだけ心配したところでこの呪いは解除されないのだ。母は俺を生んでから僅か数日の内に死に、最早何も言いはしない。

 兄も兄で後継者としての試練に日夜激突している。次第に俺と兄の接触も減り、ここ三年においてまともな会話をした回数など片手で足りる程度だったに違いない。

 正しく親不孝者と言えるだろう。家族という最も重要な集合体を破壊しているのだから、本当だったら父も俺を殴りたいに決まってる。

 それでも、もうどうしようもなかった。

 

 夕暮れの空を眺め、寂れた庭にある手製のベンチに座る。

 ただの暇潰しで作っただけだったが、思いの外頑丈で背中を預けても僅かに軋みの声を上げるだけだ。

 授業も終わり、生徒も下校の時刻。これから段々と夜へと近付き、学園の外にある街では多いに酒場が賑わうだろう。

 いっそ自分もその騒ぎの中に入りたいものだ。

 馬鹿のように笑みを浮かべ、酔い潰れるまで酒を飲み、そして家族に呆れられる。

 そういった人生こそを尊んでいた。今更情けないと毒を吐かれようとも、有り得た未来を夢想するのは止められない。

 傍らに置かれた木剣を見る。

 あちらこちらに小さな罅が走り、もう間もなくその木剣は壊れてしまうだろう。

 もしも壊れてしまえば、次の木剣を探さなくてはならない。街に行けば腐る程あるだろうし、それこそ学園に余っている分を頂戴させてもらえば良いだろう。

 サウスラーナは俺が街に繰り出そうとするのを嫌う。曰く、俺の場所として相応しくないだとか。

 馬鹿馬鹿しい話だ。あそここそが俺の恋い焦がれている場所だというのに、彼女はまったくもって俺の真意を汲み取ってはくれない。

 

 目前の木剣とて彼女が用意した物だ。

 壊してしまいたいものだが、贈られた物故にちゃんとした方法で使い潰さないと少しばかり申し訳ないとも感じてしまう。……まぁ、物に罪は無いのだ。

 沈んでいく太陽に視線を移し、何とは無し眺めてしまう。これが俺にとって精神安定剤となっているのは自覚出来るもので、休みの日には鍛錬ついでに森の風景を楽しむこともしている。

 声に出せないからこそ、見て楽しむのだ。他人と意識の共有が出来ない趣味こそ、今の俺には最も適していると言えよう。

 ――――故に、そんな俺の意識に引っ掛かる人の反応には嫌悪感しか抱かない。

 この庭にはあまり人が来ることなどないし、ましてや下校時刻にこんな枯れ果てた庭に来る者などいないだろう。万に一つという可能性もあるにはあるが、それならば声の一つ程度掛けるのが常識だ。

 見ているだけなど不快でしかない。人を観察しておいて一体何が楽しいというのか。


「……して、何用でしょうか。麗しの公爵家ご令嬢がこんな時間にこんな場所に居るなど、少々不用心が過ぎますな。早々の帰宅をお勧めします」


「あら、有難う」


 俺の真後ろから漂う気品ある者の気配。

 長年貴族として生きてきた身だからこそ、そこに居るのが誰なのかなど容易に解ってしまう。

 こんな声の掛け方など失礼にも程があるだろうが、この学園において爵位は無関係。互いに対等な立場であるからこそ、そのスタンスを崩す訳にはいかない。

 致し方無しと立ち上がり、真後ろへと振り返る。

 先ず最初に目についたのは両手と首にある金のアクセサリー。下品に過ぎるか過ぎないかの微妙な境界線を彷徨う装飾品の選択は持ち主の性格を容易く看破させないようにしていた。

 貴族の女性では既に当たり前となっている不健康に見えない程度の白い肌。膝までのスカートに男物に近い印象を受ける黒い上着は綺麗に整えられ、しかし胸に刺繍されたホタルブクロが女性らしさを感じさせていた。

 膝裏まで伸びた灰色の髪は些か歩き辛そうだ。俺ならばさっさと斬り落とすところであるが、女性としての感性の中ではこれもまたありなのだろう。

 柔和な笑みを浮かべる顔は綺麗というよりも愛らしいが先に立ち、金の瞳には優しさが込められている。

 

 さながら、大事な人を見つめるかのように。

 つまりはそういうことなのだろうと無感動に結論を弾き出し、俺は常の無表情で言葉を紡いだ。


「従者の方はいらっしゃらないのですか?公爵家ならば相応の護衛は付きものと思いますが」


「近くで待機しているわ。何かあれば、気配だけで行動出来る精鋭よ」


「ならば構いません。……此方には何の御用でしょう?生憎周りは枯れ切った草木のみですので」


 何時折れてもおかしくない細い木。

 芝生が減り、剥き出しとなった地面。整備されていないのは、此処が恐らく決闘を行う場としても有名だからだ。一々整備をしたところで近く壊されてしまう。

 ならば最初からそのままにしておこうという理由で、こういった異端の場を構築している。

 壊される為にある場所。そう思うと、まるで自分のようだと内心嗤った。

 

「用という程ではないわ。ただ貴方が何時も此処に来ているから少し気になったの。ね、英雄の卵さん?」


「英雄の卵、ですか。何ともはや、気の早い命名です」


「謙遜は止めてちょうだいな。私から見ても貴方は特別だと思うもの」


 柔和な笑みはそのままに――――ナギサ・シュトロハイムは歩み始めた。

 此方の目の前へと向かい、想像以上の近さに俺は一歩後ろに下がる。それを見てか更に彼女は一歩詰めより、動くなとばかりに俺の眼を覗き込んだ。

 その瞬間に一部の気配に不穏なものが混ざるも、飛び出してくる様子は無い。

 護衛の一部が警戒しただけだろうと此方も動きを止め、両者共に見つめ合った。

 彼女は特別な女性だ。無論それは家柄という意味でだが、そんな女性がこんな男と一緒に居ては不味い。

 公爵家になろうと思っている貴族なぞ山のように居るのだ。たかだか俺の存在一つで公爵家が揺らぐとも思えんが、それでも何かしら切っ掛けを作ってしまうのは避けたい。

 

 視線を逸らし、ベンチに腰掛ける。

 そのあまりに露骨な行動に、彼女は小さく笑った。柔和だった笑みをより深め、俺の手製のベンチに座り込む。距離は非常に近く、やろうと思えば手を握る程度造作も無いだろう。

 それをしては折角座った意味が無いのでしないが、何故だか彼女の手は俺の制服の一部を掴んでいた。

 さながら子供。無知故に出来る愛情表現に似ている。

 それが演技(・・)だと解るからこそ、今は彼女の好きなようにさせてやった。

 どうせ対して時間の猶予は無い。もうじき全生徒が強制退出させられる。その前に護衛から声を掛けられるだろうし、そうなれば流石に彼女も下がるだろう。

 

「ねぇ、どうして貴方は笑わないの」


 そう思った直後に、彼女は俺に疑問を投げかける。

 それは有体に言って世間話のようなもの。特に深い意味は無く、ただ少し気になった事を述べただけ。

 

「笑うような事態が今まで無かったので。笑う必要が無ければ笑いません」


 だから俺も適当に答えた。

 本当は己の人生に絶望しているからだとは、とても言えない。本音を隠すのは最早慣れた。

 昔はそれなりに情緒も豊富だったと思うも、そんな事を今更話したところで信用はされまい。自分は無表情で不愛想な人間だと言われても致し方ないくらいには感情表現が抑えられてしまった。

 英雄には大きな器が必要であるとも言われる。

 多少の失礼は多めに見て、しかし舐められているのならばその認識を改めさせねばならない。

 その為の無表情だ。他者との間に壁を作り、己の全体像を伺わせないという俺なりの足掻きである。

 この方法をもしもサウスラーナ辺りが聞けば絶句するだろう。何せ、俺が今している顔は普通の状態だと認識しているだろうからな。

 目前の令嬢も言うに及ばず。相手が交渉官でもなければ、己の真実の顔など誰も見抜けはしない。

 

「サウスラーナ様との逢瀬は楽しい出来事ではないの?それに、年に一回は必ずある誕生日だってきっと楽しく感じる筈だわ」


 彼女の言葉は一般的に言えば楽しい事なのだろう。

 政略結婚ではない婚約者が相手であればそれはもう至福に感じられて、それこそ一年に一度しかない誕生日など家族全員で祝う大事な日だ。それを楽しいと感じるかどうかは人それぞれとはいえ、確かに彼女の語っている内容そのものには間違いはない。

 しかし、何事にも例外はある。誰も彼もが幸せでいられる訳ではないのだから。

 サウスラーナとの日々は疲れる。無闇矢鱈と張り付くような真似はせずとも、時折贈られる品々には本当に陰鬱になるばかりだ。

 お前とは恋人でも何でもないといっそ言ってやりたいものの、それでは彼女の家には入れない。

 目的の本を見つけ出すには、やはり彼女との間に良好な縁を結んでおくのが一番良いのだ。悪感情を持たれてしまえば、またどんな呪いを与えられるか解ったものではない。

 誕生日に至ってはもっと悲惨だ。

 先ず俺自身が学園から実家に帰ろうとしない。去年も帰省の手紙が届いていたが、嘘の用事を作り上げて結局誕生日会には出なかった。

 この方法ももう四年は行っている。流石に気付かれているだろうが、俺の意思を尊重してかプレゼントの一つも送られずに誕生日の手紙をもらうだけに留まっている。

 

「生憎なのですが、私はそのような私事に現を抜かすつもりはありません。元が凡百の身であるからこそ、他人よりも二倍は努力せねばならないのです」


「貴方が凡百?嘘でしょう」


「いいえ、私自身の才は平凡そのものです。ですので、貴方様が私と話をするなど率直に言って時間の無駄だと感じる次第。才は才のある者同士で話すべきだとは思いませんが、さりとて貴方様は公爵令嬢。将来における重要な人物や、今までの中で築いた友情こそを大事にすべしかと存じ上げます」


 俺の事など意識の中に入れるな。放っておいてくれ。

 言外にそう告げ、俺は彼女を無視してベンチに置かれたままの教科書一式が入った鞄を手に持つ。

 もう片手で木剣を握り、一人静かに出口へと向かった。

 気に食わない動作だとこれで感じただろう。俺は公爵家相手でも普段の我を通す阿呆だと思われ、これで彼女の中には悪感情だけが残るに違いない。

 戦いの中ではこの選択は問題しか残さないが、今はまだ修行の身。此処で必要なのは上に向かう為の土台だけだ。

 俺を高みに導いてくれる大切な強者こそ、優遇すべきである。元より受け入れられる懐には限界があるのだから、例え仲良くなろうと接近する者が居たとしても強くなければ切り捨てよう。

 

「――ならば、貴方も十分範囲内に入るわ」


 出口まで残り一歩。

 その時を見計らったかの如く、彼女は俺の後ろで言葉を紡ぐ。口調は穏やかで、およそ苛烈さの感じない静かな風のようなもの。しかして、その内情は簡単に受け流して良いものではなかった。

 彼女は俺の真意を汲み取ってはくれない。それはサウスラーナも同様だが、より明確な形として吐き出している。

 

「私にとって貴方は十分重要な立ち位置よ。これからの将来の為にも、そして個人的にも。友人以上の関係になりたいと思うのはおかしいかしら?」


「……その発言は公爵令嬢が持つべきものではありません。俺以上の男など探せばいくらでも出てくるでしょう」


「そうかもしれないわね。それでも私は、貴方を選ぶわ」


 断言する彼女に迷いは無い。無いからこそ、その発言が如何なる意味を持つのかを切実に伝えている。

 振り返った先にあったのは彼女の熱い視線だった。恋情を含んだその眼はいっそ恋する乙女のようにも見え、故にこそ視野狭窄に陥っているのが見て取れる。

 彼女との接点は殆ど無かった筈だ。そう思われるだけの関係を築いた覚えは一度としてありはしない。

 拒絶の意思を示そうとも追い掛けてくるなど、一体自分は何をしたのだろうか。

 もしもそれを知れたのならば、俺は過去の俺を殴っていただろう。まったく余計な真似をしたものだと、馬鹿な行動は慎めと注意していたに違いない。

 不味い、と俺の直感は告げていた。

 これでは近い将来にサウスラーナが干渉してくる。そうなれば厄介度は右肩上がりを示してしまう。

 それだけは勘弁だ。戦い以外の面倒事など御免被りたいのが本音である。


「理解が出来ません。これではまともなお話など不可能でしょう。一度頭を御冷やしください」


 彼女の想いを無視して、俺はそのまま出口を通る。

 最終下校時間の鐘が鳴り始めた。居残ろうとする者を追い出す為に教師陣が学園内を歩き始め、もう間もなく学園には一人も残らなくなるだろう。

 もしも残れば罰則が与えられる。俺としてもそれは御免であるので、早々に寮へと足を進めた。

 ……英雄になる以上ああいった者とも今後話をせねばならなくなる。一度学園の外に出れば、このような真似など許されない。

 自分の語彙力も鍛えなければならないな。自信が無いとは言えないが、それでも言葉で全てを表せる程度には覚えなければなるまい。

 これもまた鍛える範疇に入るのだろうか。入るのならば、こういった内容も積極的に取り入れていくのだが。何分明日に結果が来てしまう為に迂闊な行動は出来ない。

 必ず最低でも四時間は己を鍛えてしまうが故に、そういった部分に関しては未だ不明のままなのだ。

 背後から聞こえる俺を呼ぶ声を無視して、そのまま俺は家へと向かった。

 来週には模擬戦が待っている。同学年故に既に大体の力量は把握済みだが、それでも未来への糧として遠慮無く粉砕させてもらうとしよう。

 

 自分が如何に弱くとも、それでも誰にも負けられない。

 生きたいというただそれだけの気持ちだが、だからこそ強いと俺は思うのだ。

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