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英雄信仰

「まったく、どうしてアンタ達までそんな話をしているのよ」


 呆れの混じる声を多分に含めたのは、未だ彼に関する噂の中で一番大きいサウスラーナ本人だった。

 意思の強い眼には多分に力が籠っており、睨まれるだけでも恐ろしさを覚えて止まない。家の格としても敵対は避けたいが、それよりも彼女個人がとても恐ろしかったのだ。

 引き攣った笑顔をしながら立ち上がるライノールは内心で不味いな、と呟く。

 彼女の家の当主はまだ戦況が優勢になる前に活躍した有名も有名な人物だ。能力も大軍向きであり、その妻は逆に対個人において有名過ぎる程の武勲を持っている。

 その娘であるからこそ、彼女の人を見る基準は厳しかった。幼い頃にはまだそこまでではなかったと彼は話してくれたが、話した相手が相手なだけにまったくもって参考にはならない。

 

 実際、ライノールから見て彼女は自他共に厳しい評価をする。

 彼女自身の能力が発揮される機会は三年の上位でなければ絶無であり、同学年相手では彼でなければ一度とて発動していない。技量だけで対象を圧倒する姿は成程ライトネル家か、とまで教官に言われていた。

 座学においても常に上位をキープしている時点で問題らしい問題は起きておらず、このまま三年にまで駆け上がったとしても何ら不思議はないだろう。

 ある種の完璧超人。不可能な事など限りなく無いと思わせられるその精神性は、やはり常人とは一歩離れた地点を進んでいるのだ。

 そんな彼女と婚約出来るのは、同じく常人の域を超えた者だけだろう。

 彼女の厳しい評価の中でも最高点。結婚しても構わない、寧ろ結婚してほしいとされる程の人物など相当に少ないに違いない。

 

「婚約の話はもうウンザリよ。……いい加減、もう止めてちょうだい」


「しかし、それを止めるのであれば貴殿達の関係を改める必要があるのではないか?」


 溜息を吐き、放った言葉にウインターが言葉を挟む。

 それに対してサウスラーナの睨みが飛んでくるが、不動の姿勢を貫く男に視線の圧は通用しない。

 同意とばかりにライノールは首を縦に動かす。彼等としても問題が起こりそうな話題は嫌いなのだ。

 それが自分達に関係の無いものであれば無視をしても良いのだろうが、対象が対象なだけに無視をすることなど出来ない。

 彼は我慢強い男ではあるが、同じ話題を何度も繰り返されるのは誰だって堪らない筈だ。

 爆発すれば再度クレーターが生まれる可能性がある。

 それをしては将来に支障が起きてしまいかねず、故にこそ早期解決を求められているのだ。

 そして、そんなことなどサウスラーナ自身理解に及んでいる。自分達に降りかかってくる問題なのだから、自分達で掃わなければ解決の兆しは見えないだろう。

 

「そもそも、どうしてベタベタするのが恋人の条件なのよ。別にそういうものでなくとも問題は無いでしょう?」


「確かにそうだけども。それでも手を繋ぐ姿すら目撃されていないのは問題じゃないか?政略結婚の類じゃないのは周知の事実だぜ」


 表向きは互いの婚約は無理矢理のモノではないとされている。

 そしてそれは事実であり、少なくともサウスラーナは彼に好意を抱いているのは確かだ。でなければ厳しい評価ばかりをする人物が婚約を解消しないのはおかしいだろう。

 なのに何も起きていない。手を繋ぐことも、唇を合わせることも、或いは夜を共に過ごすことすら皆無であるのだ。

 その問題に対し、彼女としては何ら問題は無いと断じている。

 別にベタベタ引っ付くことが正解であるという訳でも無いだろう。それが正解であるというのならば、世界中の恋人はベタベタと引っ付いている。

 時々話すだけの愛もある筈だ。それこそ長距離で手紙のやり取りをするだけだって間違いではあるまい。

 愛の育み方など千差万別である。余程に歪んでいない限り、肯定はされるべきだろう。

 ただ問題がまったく無いという訳ではない。彼女としても多少なりとて婚約者らしい振る舞いをしたい気持ちはあるのだ。


「私だってもっと食事に誘うくらいはしたい。……でも、あの人はそう思ってはいない」


「あー、まぁ確かに」


 ノースは常に前進だけを考える男だ。

 強くなる事に対する意識の高さは他者とは別次元であるし、そんな男が男女の話題に興味を示すとは思えない。婚約をしているのは確かで、それを解消しようと話をしないだけで彼としてはそういった事柄を無視しているのだろう。

 それは愛し合っているとは言えない。ただ彼女の家柄の方が高いからそういった話をしないだけ。

 成程、仲が良好ではないと思われてしまう訳だ。これではただ契約書にサインしただけの間柄にしか思われない。

 それを何とかするには、ただ単純に彼女の方から積極的に絡む他ないのだ。このままでは他の女生徒に盗られる可能性が極限に低い確率であり、しかして彼女本人は積極的に絡もうと考えていない。

 その理由は、一般的に言えばあまり常識的なものではない。


「あの人は()の為に英雄になろうとしている。ずっと前からの約束を守ろうとしているのよ。それを遮る真似は出来ない」


 思い出すのは見合い当日。

 彼に願った呪い(まじない)を彼は忠実に叶えようとしている。英雄としての道を駆け、彼女の父と同様の域にまでその手を伸ばそうとしていた。

 その努力を、たかだかデートの一つで潰す訳にはいかない。彼の才能は平凡だと彼女とて理解しているから、必死な姿に声を掛ける事も出来なかった。

 彼をああしたのは自分なのだ。ならばこそ、その手助けをするのは当然の行為である。

 故にこそ通常の婚約者としての振る舞いは不可能。したとしても、彼に鬱陶しいと思われるだけ。

 この学園に入れたのは素直に喜ばしいから贈り物をしたが、そのお返しがあるとすら彼女は思っていない。純粋に強くなれる手助けが出来れば、彼女としては十分なのだ。

 

 だからこそ、現状には不満しかない。

 己達の過去を知らずに出鱈目な噂を蔓延させ、彼に迷惑を掛けている。黙っていれば自然消滅するかと当初は考えていたが、彼を誘惑しようとする女が出てきてしまっている以上時間は無い。

 確かに彼は魅力的な男だ。前に進もうとする背中には根暗な者にはない輝きがあって、現状における武力とて三年の上位と競り合える程。

 今後の事も思えば爵位が上がる確率が最も高い男でもある。有望株として見るには、あまりにも彼は前を歩き続けていた。

 英雄には常に女の影がある。それは無論承知の上だ。

 しかして、それが邪魔をするだけの存在であれば許す道理は何処にもない。彼の役に立つのであれば多少の接触は許すつもりだったが、こうなっては最早許容は出来ない。


「で?ライノール。一番接触してきそうな女はどいつ?」


「俺が知っている訳――」


「知っている筈よ。彼に近付く馬鹿な女を嫌う――貴方はそういう人でしょう?」


 告げられ、ライノールは呻く。

 目前の女の家柄は自分よりも高いから命令されれば答えない訳にはいかない。しかし自分が知らない振りをすれば問題無いと思ったのだが、やはり彼女は鋭い女だった。

 致し方無し。己の負けだと彼は両手を挙げて降参のポーズをとる。

 元より勝機自体が薄い相手だ、早々に降参して情報を明け渡した方が身の為。それに、彼としてもこのままを良しとは思っていない。

 立てた指の本数は二本。それが彼を最も積極的に狙う女の影だ。


「有象無象を無視すれば、主な相手は二人のみだ。丁度来週には各人の練度確認の為のテストがあるし、潰すとするならそこを狙った方が良い。尤も、武力で潰した程度で止まるとは限らないが」


「……相手は私よりも上?」


「そ。といっても強い訳じゃない。相手は五人しかいない公爵家なんだよ」


 歴史の中で最も王族に貢献した五人の貴族。

 その五人は今尚王族から信頼され、持たされている権力は並のものではない。場合によっては単体で貴族を一つ没落にまで追い込めるのだから、正面から戦うというのは実に愚か。

 だが、その五人の内の二人に現状彼は狙われている。

 一人は財政を担うシュトロハイム公爵家の長女――ナギサ・シュトロハイム。

 一人は軍事を担うアーケルン公爵家の三女――グラム・アーケルン。

 双方共にサウスラーナよりも格が高く、人気も高い者達だ。彼の爵位よりも遥かに高いのは言うに及ばず、それ故に強硬手段をとられれば逃げられない。

 ただ、強硬手段は彼にとっては悪手だ。そうするしか他にないのであれば結婚の一つや二つはするだろうが、それ以降の生活は一気に暗黒時代に突入するだろう。

 それでもするのか、愛を獲得してからするのか。両親達の説得も必要だろうし、何よりもサウスラーナを退けなければ結婚は出来ない。

 故に彼女が此処で動かずとも、何処かで彼女達からサウスラーナに接触する。

 その際は間違いなく脅してくるだろう。そして、その脅しにサウスラーナが屈する事は有り得ない。


たかが(・・・)公爵家という家柄だけの女達なのね?特別何か凄い特性を持っているとかではなく?」


「公爵家をたかがと言える精神はどうかと思うんだが……まぁ、それ以外ならアンタなら何とかなるだろ。俺だったら遠慮願いたいけど」


「確か、シュトロハイム嬢は固定化。アーケルン嬢は炎熱だったか。炎熱に関しては俺は問題無いが、固定化に関しては正直予想が立てられん」


 判明している能力名から多少の予想は立てられるが、固定化についてはやはり解らない部分が多い。

 それだけに警戒は必須。意味不明な能力程何か強力な手札だったりするものだと、少なくともこの場に居る三名は理解している。

 逆に炎熱については特に問題ではない。能力としては強弱の差こそあれど一般的であるのだから、気を付けるべきはナギサ・シュトロハイムだけで十分だ。

 ならばこそ、彼女にとってはそれで十分である。別に油断をしている訳でも、ましてや慢心をしている訳でもない。

 能力が予想出来るだけで勝機は高まる。特に彼女の場合は。

 

 サウスラーナは一つ頷き、その青い眼に炎を灯す。

 この学園の規則において、表だっての全ての貴族は同階級だ。男爵だろうが伯爵だろうが、それこそ公爵だろうが表では文句など吐けない。

 全ては裏で進行している。余程邪魔であれば秘密裏に抹消するなんて手口もそれなりにはあるのだ。

 しかして、彼女は生粋の英雄家系。父親も母親も国を代表する英雄とまではいかずとも、それに準ずる功績は上げている。

 彼女の家を潰すということは、それはつまり最悪彼女の家が敵対する可能性がある訳だ。

 彼方の戦力が如何程なのかは不明であれ、純粋な戦闘系相手では些かに分が悪い。特に彼女の家程厄介なものはないであろう。

 それを男二人は理解していて、故に問題は無いだろうと断じている。

 自分達の家であれば即座に解体されるのが目に見えているからこそ、彼女の力を頼るのだ。

 男の矜持だけで世の中は生きていけない。時にはそれを犠牲にせねば勝ち取れないものもある。

 力が無いからこその悲哀だが、それが現実。無いもの強請りをしたところで、出ないものは出ない。


「力で押し潰す、という手は最初はしない。先ずは相手の動きを見るつもりよ」


「情報ならノースからいくらでも出て来るな。アイツもきっと鬱陶しいと感じてるだろうし、これでアンタの評価も上がる訳だ?」


「そういった意図を含ませられると嫌ね。別にそんな打算で動く気じゃないのだけれど」


 解ってるよ、とライノールは片手をあげた。

 サウスラーナの性格は一年での生活でよく解っている。存外に尽くす性格であることも、無論承知だ。

 英雄には必ずサポートが付く。それはこの学園でも変わらず、英雄の卵たるノースにはサウスラーナという英雄の家系に属する者がサポートとして付いていた。

 それは本来逆になる筈。しかし女としての性分故か、はたまた惚れた弱み故か――――否、彼女はそれ以外の気持ちでもって彼を手助けしている。

 女の英雄は過去にも多く存在していた。それを彼女は否定しないし、自分もそれを目指している。

 されどそれよりも、共に成りたい相手が居たのだ。自身よりも才能が無いのだとしても、(わたし)の為だけに無謀な戦いをする男が傍に居たのだ。

 

 彼女は彼を見捨てない。

 彼もまた、彼女を見捨てる訳にはいかない。

 彼女は彼を英雄として、愛しい男として見ているから。彼は彼女の家に接触すればこの(のろ)いを解除出来るのではないかと思っているから。

 互いに向かうべき場所は別。されど、最終的な目的はまったくの同一。

 偶然と呼ぶにはあまりに必然的であり、されど回転する歯車の位置は全てにおいて不規則だった。

 法則性は未だ非ず。ならばこそ、高笑いをしながら運命を回すのだ。

 見果てぬ先を見るが良い。そこにはきっと、お前が最も立ちたくない場所があるだろう。

 英雄への道は止められないのだ。最早それは規定路線のように定まっていて、であればこそどうしようもない。


「大丈夫よ、全てを上手くいかせてみせるわ。……だってそうじゃないと、彼の隣に立つ資格は無いもの」


 彼女の瞳は澄んでいた。

 ただ当たり前のように、男が英雄になる姿を脳裏に思い描いていたのだ。彼よりもそうなれる確率が高いというのに、何故か彼女は自分が遅れると信じて止まなかった。

 それは行き過ぎた信頼だ。重く深く、将来を無理矢理固定化させてしまう縛鎖である。

 自覚が出来なければ相手を追い詰めるだけになりかねず、しかして両者は表面だけを見れば同じ未来を目指しているように見えてしまうが故にそうとは気づかれない。

 ――――ならば、彼女の想いはこのまま加速を見せていくことだろう。

 英雄たれ、英雄たれ。あらゆる万難を走破し、世界に光を与えたまえ。それが出来るのは貴方(えいゆう)しか居らず、そしてそれが出来ると未来永劫信じている。

 煌く神話の始まりを描こう。ノース・テキスという名の英雄譚が、今こそここに幕を開くのだ。

一気にお気に入りが増えて大変ありがたい限りです。次で主人公の話をして、早速第一の問題にぶつかろうと思います。

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