準備
化外との戦いにおいて重要なのは二つだ。
一つ、武器の破損を防ぐ。既存の防具は殆どの場合破壊されてしまうので、防御系の能力を保有している限りでなければ持っていく必要性は皆無。逆に武器に関しては阿頼耶の能力の応用によって属性を付与出来る者も居るので、可能な限り壊されるのは防がねばならない。
逆に壊されてしまうと阿頼耶が使用出来なくなった状況下において絶望的だ。常に予備も持ち歩き、最大の警戒を続けるのが理想的な動きになる。
二つ、意思力で敵に負けぬこと。
此方の武器は基本的に阿頼耶によるものだけとなる。通常の武具はまったく有効打にはならず、精々が気絶を狙う程度であろう。それは逃走という一手においては最上の選択であるものの、気絶を狙う戦法などあまりにも非効率的過ぎて話になりもしない。
必要なのは敵を倒す力だ。それを成しえるのは阿頼耶だけであり、そして阿頼耶の出力も維持も行うには使用者本人の意思力こそが最重要となる。これは授業も既に習った内容であるが、基礎であるからこそどんな戦いでも忘れてはならないものだと言えるだろう。
常に頭の片隅にでも残しておき、戦いながら自分の力を信じる。その想いにこそ阿頼耶は反応して力を貸してくれるのだ。
つまり、俺達が実際に戦う以上その二点を極めていかなければならない。
俺・ライノール・サウスラーナは武器を壊されない為にも回避力をより身に着け、ウィンターのような防御重視の者は自身の身体をより頑強にしていくのだ。
これはどれだけ実力を上げていったとしても満足出来るラインが存在しない。上に上にと自分の中で限界を引き上げていき、その為に日々を費やしていくのである。
阿頼耶の操作も同様だ。俺も自身を削る事無く使いこなせるように鍛錬しなければならず、されど根本の部分が凡人の域を超えない以上中々上手くはいかない。
無理に上げようとすればまた意識が曖昧になりかねないし、何より限界を超えずとも使用には相応の負担が掛かるのだ。維持だけに一日を費やした時には、終了と同時に全員がその場で仰向けに倒れた。
息が荒い者もおり、それだけ難しいのだと感じる事が出来る。
身体を鍛えるのは鍛えるべき箇所を理解していれば時間と共に完成していくだろうが、阿頼耶ばかりは普通の努力だけではどうしようもない。
元々使いこなしている者も居るし、逆にまったく使いこなせず暴発する者も居るくらいだ。
才能云々の話であるとするのが最も自然であり、故に何も言えない部分でもある。一応ではあるがこの学園に所属し、相応の成績を収められている時点で発動には問題はないだろう。
されど、それでもより強くなれるかどうかの保証なんてのはどこにも無い。
だからこそ鍛え、不足の事態に対処出来るよう神経を燃え上がらせないようにするのだ。冷静さこそが勝利への道筋に他ならないのだから。
辛くてもやるのが俺達の受けた仕事の内容である。負けは死に直結する以上妥協の字などありはしない。
特に生き残ろうと思う俺はその部分において誰よりも厳しいのではないかと自負を抱いている。
七年分の蓄積は伊達である筈も無し。無駄に身体を鍛え続けた結果として阿頼耶を使用せずとも普通の人間の範疇であれば負けないようにしてきた。
流石に本物の英雄には通常でも勝てる気はしないものの、それでも他よりはマシと思っているのだ。
「――でぇ、と?結局俺達って何処を守るんだ?」
そんな中、ふとライノールは疑問の声を上げる。
放課後の時間に教師に許可を貰って広場の片隅で休憩をしていた俺達だが、彼のその発言によってサウスラーナ以外の面々がそういえばといった顔を浮かべていた。
どうでもいい話であるが、何故鍛錬にナギサまで居るのだろうか。自分の領地に行く程の余裕が無いとはいえ、一緒に鍛錬をする必要性など無いだろうに。
俺だけなのかもしれないが、実際彼女の護衛と思わしき者達からの殺気を孕んだ視線を感じるのだ。
それだけでもやり辛いというのに、変にサウスラーナが対抗意識を燃やした所為で更に更に殺気を込められてしまっている結果に。命を賭けた仕事の前に何とも下らないと思っているが、女としては引けない一線のようなものでもあるのだろう。
首を突っ込めば余計に炎上しそうだ。手を出さないに越した事はない。
「話なら私が聞いておいたわ。男爵家じゃ話をするのは難しいでしょうしね」
「学園は全員平等が基本なのに、どうしてもアイツを前にすると緊張しちまってなぁ……」
「仕方無いでしょう、彼女の近くに居るだけでも噂の素にされそうだしね」
まぁ、俺との戦いが主に皆に影響を与えているのだろう。
何が切っ掛けとなって彼女が不機嫌になるか解らないのだ。俺としては恐らく話し掛けても然程問題ではないと思うが、周囲は突然の行動をする人物に注目するもの。それを嫌うのは人として当然であるため、話の要点を纏めてサウスラーナが聞いてきてくれたのだ。
そういった一種の裏方的な仕事は彼女が得意としている。いや、ある程度上位の貴族にでもなれば裏工作のような真似を皆するのだ。
それは犯罪的なものであったり、或いは親同士が認めていない者達の愛の逢瀬であったり、貴族というのは実に面倒だと言われる一要因である。
閑話休題。休憩がてらの話としては実に適当な内容に、皆が意識をサウスラーナに向ける。
彼女は全員を視線を見渡した後に咳払いを一つし、俺達が向かう場所を教えてくれた。
「場所は第一優先地帯・ナグモよ」
「近いな。此処からなら一日程度で辿り着ける距離だ」
ウィンターの言う通り、ナグモは此処から近い距離にある食料供給施設だ。
適切な温度調整によって年中変わらない種類の作物を育てる事が出来、畜産・養殖も行われているそこは軍を支える重要な拠点の一つ。無くなりでもしたら此方が大打撃を受けるのは間違いなく、故に最重要地帯の一つとして数えられている。
他にも食料供給施設もあるにはあるが、やはりあの場所が一番多くの兵の腹を満たしていると言えるだろう。全体の四割を担っているのだ、第一優先地帯に指定されるのは当然だろう。
彼女の話ではその近辺に化外の出現情報があり、未だ襲われていないものの警戒するに越した事はないと通常よりも多くの兵が動員されているそうだ。
俺達もそこに含まれたのは、単にそこまで化外が多くはないという報告故だろう。
此方が如何に弱いとはいえ、数が少なければ兵士が足止めをして俺達が倒すという方法を使う事が出来る。兵士にとっては辛いだろうが、彼等が死ぬよりも前に倒せれば問題にはならない。
無論それは理想論。必ず誰かが死ぬのは避けられず、しかしそれでも俺達は大多数を生き残らせる為に奮闘する必要があるのだ。
「警戒期間は四日間。その間に敵が現れれば殲滅し、現れなければ英雄のお弟子さんが変わりに入るそうよ。ようは私達は繋ぎってわけ」
「まぁ、当然だな。変に期待されるよりはそちらの方が比較的気は楽だ」
「同意です。私達は生徒なのですから」
「舐められているとも言えるけどね。ま、そんな事はどうでもいいわ。重要なのは敵が来るのか来ないのかだけよ。他は気にせず、変な奴が絡んできたらさっさと追っ払いなさい。で、有益そうなら友好的に接しなさいな」
「さらっと言いやがったよこの女。……あーはいはい、確りやらせていただきますとも」
四人の漫才を見ながら、俺は一人考える。
敵が多く沸く地域でなかったのは幸いだ。連戦を考える必要が薄く、他の事に気を回せる余裕がこれで生まれることだろう。兵士も多く存在しているというのも個人的には嬉しいものだ。
まずは様子見といった所だろう。俺達が如何に活躍出来るかによって評価は変わり、そして当然その後の仕事の内容も変わってくる。
成功を収めればより難しく、栄誉を貰える場所を。失敗を収めれば解散を。
それぞれ待っている未来を想像し、必ず成功させなければと一人思う。本当は失敗した方が俺の安息に繋がるのだが、今現在においてそれは死を意味するので無しだ。
であれば、具体的な行動を練る為にも詳細な情報が必要になる。
皆のやり取りに邪魔をするようで申し訳ないが、咳払いをしてサウスラーナの意識を此方に向けさせた。
「……具体的な情報が欲しいな。数と種類、それに何処から来るのかだ」
「図でも書いた方が良いわね」
言って、彼女は練習用の木製のナイフで砂の地面に図を描く。
ナグモは元々広い平原だ。そこを五角形の壁で囲い、五つの施設を中に置いている形となる。
敵が出現する箇所は五角形の突き出た頂点部分近辺。そこは五つの施設群の中でも最も重要な、総責任者が普段存在する場所である。
防壁は厳重であるので正面からの突破は最も難しく、しかしそこの近くに出てきたという事は突破を行えるような存在が居る事を示唆していた。可能性として挙げるとするなら、防壁を越えられるような飛行系の者か特殊な能力を保有する者のどちらかだ。
そして彼女が説明した際に出てきた敵の種類は、動物系。
それも一種類だけではない。かなり雑多に存在しているらしく、どうやら全員を纏めている指揮官のような存在が居るのではないかと予想もされていた。
それはつまるところ、戦闘の可能性がかなりの確率であるということだ。
一週間の間に勝負が起こるのか、それとも俺達が期間を過ぎて帰還してから起こるのかまでは解らない。
しかし、それでもあの場所で何かが起きるのだろうと上の人間達は確信している訳だ。
「最低でも施設の防衛。最高は全敵戦力の殲滅だな……これは難しいぞ」
「兵士の数は約二万。それでも殆どが阿頼耶の使えない一般兵よ。食い止めるなら最速の行動が求められるわね」
正確性と機転の良さが試される、ということになるのだろう。
他に阿頼耶を使用出来る者は居ない。最大戦力は俺達だけだと認識しておき、その上で対策を練る。
頭の痛い話だ。戦場の経験値の低い者にいきなりこんな場所を宛がうなど、もう少し優先度の低い場所を選んでほしかった。
今更思ったところで既に話は固まってしまっているが、それでも愚痴の一つは言いたくもなる。
さりとて、愚痴を吐くだけなら誰でも出来るのだ。その後の対策を考えねばなるまい。
相手は動物系の化外。有り触れた種族ばかりだとするなら、単体の脅威はそこまででもなし。
最大限警戒すべきは指揮官の存在だ。それが動き出した場合の被害は、正直予測がつかない。
だが少なくとも並みの相手ではないだろう。何せ化外という枠である限り、常識という概念は悉く壊されているのだから。
「グラムは今回来るのか?」
「いいえ。彼女は彼女で別件があるそうよ。だから代表者は別に決めなければならないわ。一応、家の格だけで決めるならシュトロハイム公だけど……」
「却下です。そんな戦場で必要の無いものを理由にしてはなりません。他が文句を言うようでしたら、私が黙らせます。――それに私としましてはテキス様に任せたいというのが正直な気持ちです」
「同意ですな。俺も自分がリーダーの器であるとは感じておりません。ライノールも対象外でしょう。となればノースかサウスラーナ嬢になるのが流れですが、さてどうする両名?」
「さらっと否定された……俺ってば悲しい」
一人四つん這いになりながら絶望のポーズを取る馬鹿は放置し、脱線した割には重要な決め事にどうするかと彼女と向き合う。
伯爵家が全体のリーダーというのは、それはそれで中途半端だ。しかし一番上位のナギサが辞退しているので、そうなると一つ下のサウスラーナがリーダーを務めた方が常識的である。
だがしかし、彼女が俺を見る目には明らかな期待があった。
これはそれを選択しなければならないと言っているようなもので、恐らく話し合いになったとしても彼女は一歩も退かずに俺を推すだろう。
「……致し方無しだな。では俺がそれを務めるとしよう」
「文句無しよ。グラムには後で伝えておくわ」
リーダーなど、それこそ俺の器ではない。
本気で辞退したいが、今後はそれをしなければならない事態もきっと起こるだろう。何事も経験しておくに越した事は無く、ならばこれは必要な事なのだと自身に言い聞かせて無理矢理納得させた。
さて、脱線はしたが元に戻そう。
グラムは来ない。となれば大規模攻撃による広域殲滅は出来ず、他に広域の攻撃を持ってい者は居ないことになった。一人一人が一騎当千の活躍をせねばならず、そうでなくとも施設に居る兵士と協力関係を築いて協調した動きをせねばならない。
難しい話だ。僅か四日間で出来るのかと不安に思うが、出来なければ最悪攻められて此方が負けるのだ。
少しでも生存の確率を上げる為にも兵士との関係は良くしておかねばなるまい。例え向こうが舐めた態度をしてきたとしてもだ。
……いや、寧ろ舐められた方が良いのかもしれない。
俺達は学生だ。どれだけ経験を積んだとしても、その身分だけは変わらない。
貴族故に丁寧語で話してはくるだろうが、それでも滲み出る見下し感は隠せないだろう。ならばこそ、学生として彼等と接すれば良いのだ。
俺達はまだまだ経験も浅く、大人達から学ぶべき部分も多いのだから。
「よし、では早速リーダーとして皆に提案したいことがある」
上手く嵌まれば面白い事になるかもしれない。
早速説明とメリットデメリットを伝える。納得出来ないのならば理由を話してもらうようにし、全員と意見を交わし合い一つの形とするのだ。
俺達が本当に戦うのかも現状は不明のまま。であれば、本当に戦う事が決まるまでは只の一学生として過ごす。舐められるのは当然であるだろうから、此方は馬鹿な程友好的に付き合えば良いのだ。
貴族よりも兵士の思考は単純である場合は多い。であればこそ無駄に壁を作るような真似はご法度だ。
「ライノールは得意だろう?」
「……ただ単純に仲良くすりゃあ良いんだよな?」
「そうだ。ついでに言えば、可能な限り学園での話でもしてやれば良い。貴族だろうと馬鹿な真似はするものだと思わせられれば儲けものだ」
そして味方につけられれば、将来的にも損は無い。
味方となる兵士は多ければ多い程に有利となる。下手に間者になられるよりもずっと良いだろう。
俺達が今後成長して、そして一大勢力でも作れればそれだけで国にも影響を及ぼす事が出来る。まぁ、そうなるつもりはないのでこれは只の与太話に過ぎないのだが。
ライノールは俺の話に胸を拳で叩いて任せろと言い張るが、逆に不安そうな顔をする者も居た。
サウスラーナとナギサだ。
サウスラーナは平民に対して壁を作る傾向があるし、何よりも俺が率先して彼等と馴染もうとするのを快く思わないのだろう。ナギサの場合は単純に警戒心故だ。
同じ貴族であれば分別ある行動をするだろうが、平民であれば何をするのか解らない。そんな心理が見え、ああやはり良識人でもそう感じるものなのだと一人思う。
ならばその点でも彼女達は学ぶべきだろう。必ずしも平民全員が警戒すべき者ではないことを。
「シュトロハイム様。不安でしたらライノールやウィンターに聞いてください。彼等はよく平民の居る街へと行きますから。――――お前もだぞ、サウスラーナ」
「はい。そうさせていただきます」
「……そうよね、何時までも同じじゃ駄目だもの。手伝ってもらうわ、ライノール」
「えええ……指定かよ」
絶望した姿に暗黒のオーラが降り注いでいるように見える。
放課後の皆の顔には、まだまだ笑顔があった。希望があった。――それが絶望に変わるとは、最初の頃はまったく考えていなかったのである。




