第一章:地獄のお見合い
懲りずに投稿する奴です。どうも皆さま初めまして。
久し振りに中二作品が書きたくなって投稿しました。ぜひぜひ見てくださると嬉しいです。
光輝く英雄譚。
幾多の困難を退き、宝を手にし、仲間と共に巨悪を倒して、最後には約束した者と婚姻を結ぶ。
一列で簡潔に全てを語れてしまう程、その話は何処にでも転がっていた。
店で売られ、誰かが手に持っていて、今正に誰かが伝説を作り、そうしてごく有り触れた御伽噺の数々は存在しているのだ。
昔において紙は貴重であり、一般的に紡げるのは言葉による口伝のみ。その口伝も長い年月によって歪みに歪み、元の形など有していない。
過去の建築物から発見された異文化の御伽噺という言葉は中々にロマンスの強いモノであるが、開いてみれば少々の違いはあれど大筋は同じだ。まったくもって面白い筈も無く、文化を調べるだけの物体にしか認識されない。
最早英雄譚など誰も見ないのだ。子供の憧れは時代が進む毎に削れていき、既存の英雄譚を超える話を作れる作家もいない。
絵本という手軽に読める物でさえ、手を出そうとする者は皆無に近いのだ。
故にこそ、更に先へと時代が進んだ世界において英雄譚などが受ける筈も無し。
今の作家達が描くものは限りなく王道に近い何かで、それを素直に英雄譚であるなどと言える者は少ないだろう。
解り易過ぎる物は大衆には受けないのである。奇をてらった作品にこそ価値があり、褒めるべき部分が存在しているのだ。
さて、そこまで英雄譚を時代遅れと言っているのには理由がある。
英雄そのものが嫌いというのではない。寧ろ時代を担う者は一定数居なければならないと考えているし、そういった所謂人外の者達でなければ止められない問題も多々あった。
思考は極端ではあるものの、それでも救いを与える者としての側面も皆持っている。余程重大な問題が起きない限りは称賛を浴びて然るべきで、拍手喝采の栄誉は正に英雄にこそ与えられるべき褒美だと俺自身は考えていた。
しかして、ではなりたいかと問われれば答えは否である。
英雄への道は基本的に厳しい。死ぬような戦いを幾度となく繰り返し、例え勝てたとしてもその後の国の上層部によっては殺される危険性もある。
選ばれし云々は確かに誉れ高き事なのだろう。それだけ自分を特別だと考えることが出来るのだから。
だが、国や世界を背負うというのは並大抵の精神では耐えられない。精神の化け物でもなければ、何かしらの逃げ道でも用意しないと壊れてしまうのだ。
自分の住まう国でもそれは変わらない。
だからこそ、英雄譚は英雄譚としてそのまま関係の無い赤の他人として風化していってほしいと思う。
英雄のような友人も、英雄の仲間になりそうな者達とも、俺は接触したくはないし仲良くしようとも思わない。
それに俺自身にそんな能力がある訳も無く、基本的な性能は中止まり。つまりは至って普通そのもの。面白味などある筈も無いし、もしも今の俺を見て面白いと感じたのであれば、そいつはきっと何かしらの精神病に掛かった可哀想な患者であると言える。
そうなのだ、そうでなければならない。
この俺――ノース・テキスは何処までいっても誰の残影にもなりえない凡人なのである。
年齢は今年で十七。伯爵の位を戴いた家の次男であり、後継者にはなりえない政治的道具。成績だけはある程度の値をキープしているが、それでも平均的だ。
貴族として最低限それだけあれば十分と文句を言わせない程度の恰好をしているが、未だ学生である以上装飾する機会は宴でもない限りは基本的にありはしない。
友人関係はとある理由により数人程度。その殆ども正確には友人と言えるかどうかといった範囲ではあるが、ある程度本音を話せられるのであれば十分知人以上だろう。
このまま成長していったとしても、待ち受けるのは一人の平凡貴族の生活のみ。或いは、誰かと政略結婚をした上での無難な領主経営か。
悪くは無い。寧ろ良いとさえ言えるかもしれない。
されど、それを選べないのが今の俺。
自分をあれほど凡人凡人と言ってきたが、そう言っているのはそうなりたいと思っているからだ。
理由としては至極単純明快。ただし、理由自体はあまりに理不尽極まりないものである。
自分の座るクラスの席の後方。此方の背中を焼き尽くさんとばかりに睨む女こそが、件の理由そのもの。十歳の時点で親同士が決めた婚約相手が、俺が凡人ではいさせてくれない理由だった。
名を――サウスラーナ・ライトネル。
同い年である彼女との付き合いは既に七年。婚約を結んでからはそれなりの頻度で会ってはいたが、互いに話は長く続かない。
白銀の長髪に意思の強い青の瞳。細身の身体でありながら、しかしその姿からには儚さというイメージが湧き辛い。
性格は基本的にきついものではないが、言うべき部分に関しては強く言ってくるような芯の強さを持っている。学年においては優秀の部類に収まり、しかも彼女の家柄は婚約を結んでいる自分
よりも上の侯爵。婚約が成功したのは互いの親が親友同士だったからに他ならない。
この彼女こそが俺の悩みの種。そして凡人のままではいさせてくれない諸悪の根源。
婚約者相手に随分な言い方だろうが、それでも彼女に関しては良い印象を抱いてはいなかった。
「――よろしい。ではこれにて授業を終了する。課題は全て終わらせておくように」
教師の声を聞き、礼と共にすぐさまに教室という彼女と共有する場所から脱出する。
彼女と同じ学園に籍をおいてから二年が経過した。その間に話した回数は十数回程度であり、内容自体もとても婚約者同士がするものではない。
贈り物程度ならば行事毎に贈ってはいるが、それ以外では無しだ。下手にそれ以上贈れば妙な誤解が発生しかねない。
向かう先は最も人通りの少ない寂れた庭。そんな場所で何をするのかと聞かれれば、答えは一つしかあるまい。
新西暦より始まった化外との闘いの為の鍛錬。
英雄へとならざるをえなくなった自分が生き残る、唯一の道である。
――――――――――――――――――――――
俺の年齢が十になった時、その瞬間は訪れた。
何事も無く食事を終えた俺の前に一枚の写真が置かれ、机を挟んで向かいの席に座る父親は小さく微笑みながら縁談だと告げる。
明らかに着飾ったと思わしき女の写真は甚だ綺麗なもので、これが俺相手でなければどんな男でも飛びついたものだろう。
椅子に座った彼女の最初の印象は可憐な華であるし、まったくもって貴族の女としての風体をしていたのだ。それがただ隠していただけであると当時の俺はまったく及びもつかず、これが将来の妻になる人かもしれないと即座に決定の意思を示していた。
紹介の日は三日後に訪れた。
思えば最初から全ては仕組まれていたのだ。決定される事は解っていて、故にこそ三日という期間で全て用意が出来た。
初対面での挨拶はあまりに普通そのもの。ただし向こうの方が位が高い為に緊張の度合いは極めて高く、俺の挙動は恐らくかなり怪しかっただろうと今になって思う。
サウスノーラは静かに俺を見ていた。
それは品定めをする目であり、俺が将来の夫になるに相応しいかを確かめる為のもの。その目を気にする余裕は当時の俺には無く、縁談の流れの中では父親の教えた通りの動作しかしてこなかったように今なら思えてしまう。
そうしてしまったのが悪かったのだ。例え拙くとも、否拙く動けば縁談はご破算になっていた。
親同士が一旦離れた時、彼女は俺に問を投げ掛けた。――――本はよく読むのかと。
男が夫婦生活を良好に回していくには女の興味に乗ってあげなければならない、と教えられた俺はその問に応と答えてしまった。
実際幼い頃には本はよく読んでいた。勉強という意味での読書と、趣味としての読書だ。
特に趣味ではジャンルを問わず読み漁り、無駄な知識をつけていったものである。その中には当然であるが、英雄譚の一つや二つは存在していた。
俺の答えに、彼女は嫌になる程輝かしい表情をしていたのを今でも覚えている。
そこから始まったのは互いに好きな本を紹介し合う披露会。俺は当たり障りの無い物を選んでいたものだが、彼女は露骨に自分の好きな物を紹介していた。
それが英雄譚。彼女の人生において中心になってしまった物語である。
「私ね。将来結婚するなら英雄みたいな人が良いの!強くて格好良い……そんな男の人!!」
彼女の語る理想像は、甚だ不可能が過ぎた。
そんな男が世に何人居るのか。居たとしても、今の幼い彼女に本気になる筈も無い。
子供の夢。儚き理想。幼いながらに理解した俺は、彼女の語る男像になれる訳がないと一気に気持ちを冷ました。
そこで自分こそが英雄になると言えればまた別の人生を歩めたのだろうが、俺自身最近の子供と同じく精神の成長は早かったのである。よって無理だと断じようと口を開きかけ――――否定の
声が完全に出る前に事態は最悪の方向に転がってしまった。
此方を見やる彼女の眼差し。純粋無垢な輝きは大人の汚れを知らぬもの。
彼女の両親は実に子供らしい教育を施したのだろう。今はまだ夢を見て良いのだとして、その輝きを放置している。
それが何処かに牙を剥くことなど無いと確信していたのだ。何故ならば、彼女は子供であるが為に。
道理は理解出来る。そう思うのも致し方無いとも解る。されど、もう少し彼女に対して違う教育を施しておければ――俺は普通の人生を歩めたかもしれなかった。
「だからね?貴方が英雄になれるように御呪いをあげるの!!お父様の書斎で偶々見つけた、願いを叶えてくれる御呪いなんだって」
「え――?」
直後に起きたのは、一瞬の光。
彼女が俺に向かって差した指が光り、その光が俺の身体に当たった。しかし身体中に痛みらしい痛みは無く、ただ不思議な現象を目の当たりにしただけ。
だが当時の俺は内心怖かった。彼女の御呪いに一体どれほどの効果があるのか解らなくとも、彼女の期待はあまりに重くて深い。
今の俺ならば絶対に回避しようとする。少し話して英雄譚かそれに近い物を好んでいたとしたら、まず確実に回避案件だ。
当時の彼女に文句は言えなかった。それは家柄の差というのもあったが、同時に彼女の英雄信仰が恐ろしかったというのもある。
目前の相手に英雄など嫌いだと言えばどうなるかと考えて、俺は不思議そうな顔をするだけに留めてしまった。
それがよろしくなかったのだ。
始めての彼女との会話はこの短い時間だけ。この呪いの直後に両方の親が出現し、昔話に華を咲かせて終了してしまった。
帰りの際に彼女は手を振りながら此方に満面の笑みを向けていたが、俺の顔面はきっと引き攣っていたに違いない。そしてその時より、俺の地獄は開始されたのだ。
一日でも身体を鍛えなければ全身に激痛が走る。
僕という一人称や軟弱な言葉や行動をすればそれが現実になる。
一日一回以上は善行を積まなければ、翌日に多数の不幸な目に合うようになる。
つまるところ、英雄らしさのある行動をせよと強制されているのだ。
最初の数年はその地獄っぷりに自分が次の日に多数の不幸に襲われるのを覚悟して両親に相談したものだが、十歳でそんな異能が使える者など存在しないと鼻で笑われた。
現実的に考えて確かにその通り。他人を強制させるような技術など専門職に行かねば身に付く訳も無く、当時の彼女の適正検査はまったく別だった。
故にこそ、この本音を誰にぶつける事も無く俺は日々苦痛の中を生きてきたのである。
諸悪の根源とは正に適当な言葉だろう。誰とてそれを否定させはしないし、それを歓迎するようであれば殴る。
以降この七年。俺は自分の人生では絶対にしないような行動を多くとるようになった。
したくもない地獄の如き鍛錬を受け、それこそメイドや執事の手伝いまで行い、両親からの評価は頗る好調の一言。後継者にはなれず、されど俺が長男であれば確実に後を継がせるだろうとま
で周りに言われていた。
見事なまでの好青年。気持ちが悪程の英雄願望を持った男の誕生だ。
それらを客観的に見て、如何に英雄とは自分とは遠いのかを自覚させられた。どうしたって無理だと理解し、されど俺は目指さなければならないのである。
弱気になれば即座に死ぬ程の不幸。鍛える事は止められず、善行だけがただ積み重なっていく。
自分の心を癒す者は居ない。常に己だけの世界で戦い続ける他なく、それがどうしても悲しかった。
いっそ英雄なんて存在が居なければ良かったと思う。そんな存在が居なければ、彼女が俺に対して英雄を求めることなど無かったのだから。
この呪いはもう解けない。解いてくれる者すら探せなくなっているのだから、俺はもう二度と嘗ての自由な暮らしを送れないのだ。
――彼女を殺せば呪いは解けるのではないか。そんな最低最悪な結論には目を逸らして、俺は今日も一人で誰もいない枯れ切った庭で木剣を振り続けるのだった。