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クイジン

鬼の中には、喰神と呼ばれるものが居る。元来、鬼は人間を喰う「魔」の存在として人間を脅かしてきた。そこでとある人間達は、鬼を滅する為に自ら鬼の力を取り込み、半人半鬼となった。それからその者達は鬼と肩を並べ、人間を守り、子孫達にも力を受け継がせ、そうやって人間は長きに渡って鬼と戦ってきた。しかしその中で、人間の中の鬼の力は“暴走”した。というより、新しい種類の鬼が生まれたと言った方が正しいだろう。我々はそれを「喰神」と呼んだ。喰神の力を持った人間が全て鬼になるとは限らない。喰神の中には“血で受け継いだ者”とそうじゃない者が居て、血で受け継いだ者ではない人間は鬼にはならない。しかし一度鬼に成り上がった喰神は“普通の”鬼よりも手が付けられない。だから鬼と人間の戦いが終わった今、我々は喰神を監視している。織田信長は、最初に半人半鬼になった人間の末裔であり、今この世で唯一、鬼に成り上がる可能性がある喰神だ。

「何故、そんな話を俺達に?」

ハルクの問いに、巻物を丸めながら清盛は独りでに微笑む。今さっきまで敵意や殺気に満ちていた佇まいとは大違い。そうハルクは内心で首を傾げる。

「星の定めというものかな。そこでお主らに1つ、頼みたい事がある」

カイルはふと、独り空を見上げている弁慶を見つける。ルア達は一時帰宅、バクトもリリー達をアンスタガーナへ送っているそんな時、何となくの散歩の途中、カイルはまたふと、飛んでくる“岩の鳥”に目を留めた。

「弁慶さん、あれは何ですか」

弁慶が岩鳥から巻物を受け取り、岩鳥が去っていく、その一部始終を見ていたカイルは思わず問いかけた。

「あれはトロール。同胞が造った使いだ」

「遠くの仲間の人からの連絡ですね」

「仲間というほど、近しくはないがな」

『トロールは無事に取り返した。清盛も信長軍の兵力衰退に順調の模様。引き続き鬼の監視を全うの上、異国の白い兵隊に警戒せよ』

異国の白い兵隊、全くもって心当たりがある。弁慶はそう、“円盤を置いて陣取っている異国兵”の居る方へと空を仰ぐ。――亀裂というものは、人間にとっての試練なのかも知れぬ。

桃太郎が越前に着いた時にはすでに、1つの城が武田軍に攻め入れられていた。刀に手をかけたものの、桃太郎はふと、“殺されずに武田軍の領土へ逃げ仰せる信長軍兵士”に目を留めた。しかもそういう者達は1人や2人ではない。刻一刻、武田軍は越前の城の1つへ攻め入っていき、武器を取られ丸腰になった信長軍兵士は捕虜となっていく。――何なのだこの、“殺気の無い戦”は。

清盛はそうして奪った城の天守に居座りながら、ハルク達の“答え”を思い出していた。頼みとは何だと応えたハルクに清盛は――。

「あの城を落とす手伝いをして欲しい。我は、実は武田軍の兵ではない。身分を隠し、武田軍に紛れているだけ。我は本当は、ここから西にある邪馬台国の者なのだ。織田信長が鬼に成り上がらないように監視し、時には手が付けられない様になる前に無用な領土拡大を妨げなければならない。もし織田信長が鬼に成り上がった時、恐らく敵味方問答無用にただ人間を殺すか、はたまた配下の兵が鬼を祭り上げ、士気が上がるか。どちらにせよ、領土拡大は妨げるに越した事はない」

アポロンはふと、黙って話を聞いている2人を一瞥する。

「そんな都合のいい話、信じろというのか」

しかしハルクとクレラはアポロンの言葉に同調する様子はない。アポロンの頭に、信じられない“答え”が過る。

「あの、兵士の人達を、無闇に殺さないって約束してくれるなら、私手伝います」

アポロンは一瞬、眉間を寄せる。今さっきまで敵だった男を信用するというのか、それならまだしも、殺さずに城を奪う事を“約束させる”など。仮にそんな約束が成されたとしても、どうやってそんな事・・・。

「桃太郎さーん」

桃太郎は言葉を失った。城や戦場の事など1回忘れてしまうほどの奇怪さ。人間が、翼を生やし飛んできたのだ。しかもその2人の傍には“何とも派手な”身形の男。

「ハルク殿、クレラ、その男は」

「私達と同じ世界の人です、アポロンさん」

地に降り立ちアポロンは会釈する。

「スティンフィーとやらと共に居た者か。お主らも亀裂を調べておるんだったな。亀裂を作りし者達の言い分を確と聞いてきた、聞きたいか?」

「それは勿論だが、私達は清盛という者にあなたを迎えに行って欲しいと頼まれた。話を聞くのは後でいい」

「清盛殿に、相分かった。使いに感謝する」

それから桃太郎は城の天守に上がる。ハルクはふと、内心で首を傾げていた。敵対している国同士の者のはずなのに、“お互いに敵意が見られない”。清盛は「我が呼んでいると言えば来る」と言っていた。――まさか・・・。その場には清盛と桃太郎、そしてハルク、クレラ、アポロンだけ。話をするのには適した“静かな部屋”。しかし対峙しても言葉を交わすより前に、清盛は桃太郎に巻物を手渡した。

「異国の白い兵隊」

「心当たりがあるか」

「弁天の軍勢との戦中、その戦地の中心に今まで見たことのないほど大きな亀裂が生まれ、その亀裂から異国の兵隊が出てきた。その軍勢の身形は皆真っ白いもの。今も、その軍勢は亀裂のある場に陣を取っているはず」

「つまり、その軍勢に対し信長がどのような働きに出るか警戒せよ、という事か」

「恐らくは」

「清盛、まさか桃太郎もあなた方の仲間で、邪馬台国の者なのか?」

ハルクの問いに、桃太郎は清盛の顔を伺う。落ち着いた表情と眼差し。しかし清盛の“その一瞬”で、桃太郎は心の内だけで腑に落ちる。

「あぁ。桃太郎は信長の家臣として、信長を監視している」

「承知していると思うが、この事は他言無用で頼む」

「あぁ分かった」

スティンフィーは大きく手を振った。ちょうど城門から出てきたところのアポロンも、何十メートルか先のスティンフィー達に手を挙げてみせる。そんなアポロンの横で、クレラも何となく手を振った。そしてサニーは呟いた。誰だよ、と。

「アポロン、その2人は?そう言えばさっきも居たわよね」

「皆も驚くだろう。この2人は、禁界の住人だ」

声を上げたり、詰まらせたり、顔を見合わせたりジロジロ見てきたり、しかしそんな6人の“悪意の無さ”に、クレラは無意識に微笑む。

「私、クレラ・ウェイラです。こっちはハルク・ディレオ大尉です」

「あたしスティンフィーよ。この人はアポロンの部下のエンディ。それでこっちから、サニー、サクバン、イニヒ、セブン。そしてこっちがフラッキーで、そっちがキアタラ」

「・・・え?」

「あら?精霊見えないのね。まぁそうよね」

それからクレラとハルクは、エルフヘイムのとあるレストランのバルコニー席に座った。“あれから”クレラの胸は高鳴りっぱなしだ。三国や死神界、新死神界、それらを囲む森の、外の世界。天魔王様の調査隊からの報告が伝えられるまでは、今まで生きてきて外の事なんか聞いた事無かったし、外の事が書いてある本なんか存在しない事はよく知ってる。バルコニーから望むのは、人間だったりそうじゃなかったりで色んな服を着た沢山の人波。まだここが自分の住む世界だなんて信じられない新鮮さ。

「あたし達はもう行かないけど、アポロンどうするのよ」

「そうだな」

「アポロンさん、桃太郎さんの仕事を手伝うの、手伝って貰えませんか?」

「それは、信長が鬼とやらになった時、戦うという事か?」

「出来ればそうならないようにしたいです。でもそうなったら桃太郎さんは戦うと思うので、そういう事になります」

「どうしてそうしたいの?」

力みの無い真っ直ぐな眼差しでスティンフィーは問う。丸くはなったものの、微かに伏せたクレラのその眼差しに宿る“疑念を探そうとする意思”を、スティンフィーはまた力みの無い真っ直ぐな眼差しで見ていた。

「きっと、信長さんが鬼になったら、桃太郎さん悲しむと思うから」

「ほんと、噂通りクレラってピュアなのね」

「え、噂?」

「森の外の世界ではね、森の中のあなた達の事をみんな、純真主義者(ピュアリスト)って呼んでるのよ。他人を助ける行為をそもそもリスクと結び付けず、無欲なのにアクティブで、とても心が澄んだ人って事ね。あたしね、あなた達のファンなのよ」

「ファン?えへ、嬉しいけど、人間の中にも、良い人いっぱいいるから」

「サニー、所長への報告、代わりにやっといてくれる?あたしやっぱりクレラについて行くから」

「え、うん」

「ほんと?ありがとね」

「いいのよ、ファンとしての追っかけだから。それにアポロンもちゃんと来るから安心してね」

「え?――」

妙に目が据わった笑みを見せるスティンフィー。アポロンは内心項垂れる。――流石ピュアリストのファンだけある。このエルフも相当“眼差しが鋭利”だ。

「あぁ・・・分かった。エンディは戻ってくれ。これまで事、父上やアテナに報告してくれ」

「分かりました」

桃太郎が信長の居間の前に立った時、家臣達が一斉に顔を向けた。ザッと、鎧が擦れる音が聞こえてくるほどの一瞬の緊張感だ。そこで最初に声を上げたのは、勝家だった。

「油売りが。あまつさえ越前の城を1つ取られ、よく顔を見せられるものだ」

「亀裂を作りし者達の言い分は確と聞いて参りました。して信長様、異国の白い兵隊をどうなさるおつもりで」

「無論、私の国で勝手に陣を取る不届き者を捨て置く訳もない。聞けば彼奴らの持つ鉄砲は私達のものよりも格段に巧妙だというではないか。その鉄砲を奪うだけでも、此度の戦には価値がある」

「そうですか」

「その亀裂を作りし者達の言い分とは何だ。私も気になる」

「亀裂を作る理由は、私欲の為だけだと。そして亀裂のせいで決して会うはずの無い異国の者同士が争う事となっても、それは亀裂のせいではなく、人間が愚かであるからと」

「フンッ全く、戦に誇りを持たぬ弱い人間の言い分だ。信長様もそう思いませんか」

信長は唸り声を鳴らして頷いた。頬杖を着き、しかしこれからの戦に期待を持つような戦人らしい笑みを浮かべるそんな信長を、桃太郎は家臣としてただ見つめていた。

初めて見る食べ物たち、初めて見る色の飲み物、クレラの胸は高鳴りっぱなしだ。食べた事のない食材を食べる度、嬉しそうにほくそ笑むクレラの傍らで、ハルクはふとミレイユの事を思っていた。――気配は感じる。どれほど遠いのか分からないが、ここからどれくらいで行けるものなんだろう。

「スティンフィー、もっと森の事聞きたいな」

「そうねぇ。特殊な磁場と霊力が混ざってもっと危なくなっちゃってる状態の磁場を、“こっち”じゃ禁界って呼んでるの。それはいつからなのか分からないくらい何年も前からずっとそうで、外の生き物は禁界に入ると、もう変になっちゃうのよ」

「変に?って、どういう事?」

「先ず頭痛と吐き気でしょ?それからめまいが来て、そうなったらもう足に力が入らなくなってヘロヘロなのよ」

「え!?でも、私達」

「そりゃあ禁界の中で生まれる生き物は抗体が出来てるから平気よ」

「抗体?」

「あなた達にとってはそれが俗に言う、翼ね。あれは禁界から体を守る為に魂と遺伝子が作ったものなのよ。エニグマに関しては、とにかく禁界の影響で魂と遺伝子がぐにゃんぐにゃんになった動物って訳ね。無駄に体が大きいのも、禁界に体が負けない為って本にはあるけど、お陰であなた達の国にもっと近付けなくなって」

「プライトリアの本では、電磁波より霊力が強く影響しているとなっているが」

「あー、まぁそれは著者次第じゃないかしら」

「そうか」

「でも、いつも死んじゃって魂だけになった普通の人間を祠に案内してるし、たまに、死んでない普通の人間が三国に来るけど」

「えーっとぉ、サニー・・・」

「いやオレも知らないって。んー、まぁ死んだ人間なら分かる気がするけど、生きてる人間が行けるなんて、聞いた事ないしなぁ」

「三国では、人間は下の階層に居るとしていて、キューピッドをやっている者がよく人間界とを行き来している。そしてその人間界からも人間が俺達の国に来た事があった。その人間達はロードスター連合王国という国の兵士達だった。その名に心当りは無いか」

スティンフィー達が顔を見合わせた直後、ハルクの目には“誰も居ない方に振り向く”スティンフィー達が映った。見えない精霊とやらを見ながら、そしてスティンフィーは笑顔を浮かべる。

「へぇ、そうなのね。キアタラがね、それはきっと、プライトリアとアマバラがホールで繋いでる異世界にある国じゃないかって言ってるわ」

「何だと」

アポロンの頭に走馬灯のように過る、ザ・デッドアイ、ユピテル、ルア達。

「アポロンさん知ってるんですか?」

「いや、その世界には行った事はある。しかし私が行ったのはサクリアという国だけで、他の国の事は知らないんだ」

「そうですか」

――下の階層、それはともかくホールで繋がったのは偶然だとユピテルさんは言っていた。しかし私の世界とあちらの世界、繋がりはホールだけではなかったのか。そうアポロンは無意識にカップを持ち、どこを見ているという訳ではない眼差しでコーヒーを啜る。

「解明はこれからかしらねぇ」

自宅の庭で夜空を見上げるルアとヘル。母とルーナは食器洗い、ランディはソファーで寛ぐ、そんないつもの夕食後。ルア達はその瞳に、小さな決意を宿していた。

――数時間前。

「どうやら亀裂に関しての調査は完了だと言っていいだろう。ご苦労だったね」

「でもねお父さん、私達、まだやりたい事があってね、明日また行くの」

「何をするのかな?」

ルアとヘルは思い出す。自分達は待機していた中、バクト達の戦いの様子を見に行ってくれると言ったペルーニを。そして弁天軍の兵士が戻ってきたタイミングで同じく戻ってきた、シュナカラクとペルーニの話を。

「驚いた。戦場を見渡せる高さの崖があったのだが、そこになんと、エルフと精霊が居た」

「(それって、シュナカラク達の世界の人達?)」

「あぁ。しかもそのエルフ達と話せば、どうやらアポロンと知り合いで、アポロンもこの世界に調査に来ているという」

「(1つの世界が沢山の世界に繋がってる形だから、案外偶然じゃないのかもね)」

それからルア達は、カイルの決意を見た。元々亀裂を調べに来て、それは終わったけどまだ“弁天の願い”を手伝う。異世界の兵隊と戦いが始まってしまえばもっと複雑になってしまうから、これからは信長に戦いを止めさせる為に戦う、そんな横顔だった。

「戦、か。ストライクもヘルも居るけど、無理しなくていいんだぞ?」

「うん。でも何か、私達も弁天さんに一緒に戦って欲しいって頼まれてるし、このまま帰るのも何となく後味悪くて」

ルアは無意識にヘルの背中を撫で、ヘルはそんなルアの気持ちを感じながら、共に黙って夜空を見上げる。――あんなに純粋な感じの人が、あんなに決意を固める姿を見ちゃったら、やっぱり帰れないよね。

「ここから三国までどれくらいかかるか、やっぱり分からないよね」

「そりゃそうよ。誰も行けないんだもん。そっちの人達が禁界を出た話でもあればいいけど」

「あ!あったよ?そういえば天魔王様の偵察部隊がね、森を出るまで20日かかったって」

「へぇ、20日かぁ。移動手段は?時速何キロ?」

「え・・・・・・んー多分普通に翼を解放して飛んでいったと思うけど。飛ぶ時にどれくらいの速さなんて、考えた事無かったし」

「そう、よねぇ。調査の為なら、むしろゆっくり行くかもだし、んー」

サイレンが目覚ましとなり、カイデンは飛び起きる。それから反射的にベッドから飛び降り、体に叩き込まれた動きでもってボディースーツを着込み、外部アーマーを装着していく。ヘルメットを脇に抱え、そしてコントロールルームに駆けつけると、カイデンが見たのはモニターに映る未知なる兵隊の姿だった。

「朝一番で仕掛けてきたか」

警戒のサイレンがまだ耳の中で巡っている。ヘルメットを被り、アサルトライフルを持ち出すと、いよいよといった緊張感が背筋を引き締める。偵察機のスロープゲートから戦闘スーツと武器を装備した部隊が降りてくるその情景は、正に緊迫を体現している。

「よぉカイデン」

乗降ハッチから顔を出し、陽気に声をかけてきたサルド。手を挙げてみせながら、カイデンは戦車に歩み寄り、サルドを見上げる。そんな兵士達の頭上をステルス無人機が物々しく飛び抜けていく。

発展途上国での紛争がよくワールドトピックスとしてニュースになっている。それは今に始まった事じゃないし、これから何年か経ってもまだ終わらない事だろう。我々は幸い、先進国だ。“先進国の人間として発展途上の奴らを見物”しているとよく思う。ただ戦って何になるってんだ。我々はいつも、“戦う奴らを他人事のように宥める方”だ。そうして第1、第2、第3、各偵察部隊は未知なる戦場で、特に整列もせず各々前進し、他人事のようにライフル片手に“彼ら”を迎える。偵察部隊を増やし、戦車を出すのは昨日の今日だから仕方ない、でもだからといってこの瞬間から見境無しに撃ち殺すほど、我々は発展途上じゃない。それでもライフルのグリップを握る手に力は入ってしまう。そうカイデンは、見たところざっと2、300人は居る未知なる兵隊を眺めていく。

信長は馬を降りた。見たところ、100はいかない程度の異国の白い兵隊を見据えて、そして信長は勝家と共に歩き出した。先ず言葉が通じるか、そうでなかったら“仕方あるまい”。

「私の名は、織田信長。亀裂が出来たとて、勝手に私の領土に足を踏み入れ、勝手に陣を取るなど不届き千万」

異国の兵士が1人、妙にそわそわして、周りと顔を見合わせる。――やはり通じないか。しかしその時だった。

「そんな理由で、我々を攻撃したのか。我々には、我々の国が侵略を受けないよう亀裂を守る権利がある。お前らが城を守るのと同じように」

「昨日の事を言っておるのか?あれは貴様らが先に鉄砲を撃ってきたのだ」

「違う。お前がいきなりステルス無人機の前に来た途端、ステルス無人機は急に機能が停止したと聞いている。お前が何かしたんだろ?」

「ハッ抜かせ異国人が!あの空飛ぶカラクリの事か?俺ぁ何もしとらんわ!」

勝家が刀に手をかけ、その刃がシャキッと鞘から垣間見える。ザッと信長達の目の前に居る兵士、イデカは後退り、カイデン達はライフルを構える。

「勝家、納めろ」

まるで動物を相手にしているかのような緊張感。カチンと刀を納めた勝家の態度に、カイデン達も各々ライフルを下ろしていく。

「何も根絶やしにしてやろうなどとは思ってもない。私は、その鉄砲が欲しいんだ」

再び、カイデン達は顔を見合わせていく。

「こんなものを手に入れてどうするんだ」

「無論、天下を取る為の道具となろう。手始めにそうだな、1万の鉄砲を納めれば、貴様らの命までは取るまい」

「脅してるのか?ふざけた事を」

「イデカ、落ち着け、お前も見ただろ。第1偵察部隊のやられようを」

第2偵察部隊員であるイデカの隣に、その部隊長であるシナオウが歩み寄る。イデカの頭に、偵察機からの中継映像がふと過る。

「ライフルを渡せば、こちらに侵略しないと約束するのか?」

シナオウが問いかける。

「同盟を組むというならまあいいだろう。しかしこの織田信長は国の長だ。忘れたか?貴様らは私の兵を撃ち殺した。貴様らの国はいづれ、私が治める」

「ライフルも国も寄越せだと?あり得ない」

「なら、“仕方あるまい”」

ヴァガルファーは、鼻で笑った。崖の上から眺めていると、兵隊が対峙して、話し合いから始まったものの、“何だか決裂した模様”という事になったからだ。崖の上からの景色、小さく信長はシナオウを吹き飛ばし、それから乾いた銃声が喚き始めた。

「あの」

ヴァガルファーとマヤデナは振り返る。そこに居たのはカイル、火爪、雷眼、水拳だった。カイルは焦ったようで、若干怒りも伺わせていた。そんなカイルを前に、ヴァガルファーは敵意の無い眼差しで“戦場”へと目線を戻す。

「あなたにも、止める責任があるんじゃないんですか?」

「よく見てみろ。“あれ”は、本人達が望んだ事だ」

「みんな行こっ」

4人が戦場に割り込んでいくのを、ヴァガルファーは腕を組み、ただ眺めていく。当初、亀裂は衝撃を加えると一時的に肥大するが、その反動によって直後に閉塞してしまっていた。しかしあの巨大な穴は最早“亀裂という状態を逸した”為か、とても安定している。

「ヴァガルファー、次は?また巨大な穴作って世界を繋ぐ?」

「それはAプランだろう」

「じゃあBは何」

「こ――」

「もしかしてあの純真そうな奴に加勢とか?ふふっ」

「違う。この穴をどこまで広げられるか。惑星規模で言えばこの穴も所詮ごく僅かな“異変”に過ぎない。しかしもしこの穴が宇宙まで伸びたらどんな影響をもたらすか」

「んー」

円盤を見据え、信長は飛び上がった。しかし直後、信長は“見えない何か”に叩き落とされた。勝家、各偵察部隊は降り立った4人を見る。

「よぉおっさん」

「丁度良い、貴様らの力寄越しやがれ!」

「あの」

ヴァガルファーとマヤデナは振り返る。そこに居たのはバクト、ハオンジュ、リリー、ナオ、イサミだった。そこですぐにリリーが前に出る。例の如く敵意の無い眼差しで、ヴァガルファーは戦場に目線を戻す。

「あなた達が亀裂を作ったの?」

「あぁ。そうだが?」

「亀裂の事はいいから、せめて一緒に戦いを止めてくれない?」

「俺はいい。ああいう人種は恐らく、死ぬまで戦いを止めない。止めるという事は、それこそ殺すしかないだろう」

「きっとそんな事ないよ。亀裂があっても、話し合えれば戦いなんて起こらないよ?」

「なら俺の事より、あっちへ行けばいい」

「亀裂を無くす方法って無いの?」

バクトの問いに2人は再び振り返る。その中でふと、マヤデナはバクトに向けるその眼差しに鋭さを宿した。――高次元の精霊、か?。

「考えた事もない」

「えー。まぁいっか。いざとなったら世界龍に頼むし」

その瞬間だった。バクトを含めリリー達も、2人の表情の変化に気を留めた。それは明らかに敵意だった。

「お前、創造神を、知っているのか」

ヴァガルファー自身も、胸中に宿る“久々の敵意”に驚くほどだった。それからヴァガルファーはマヤデナに目線を送る。

「あんた何?まさか創造神から亀裂をどうにかしろとか言われた訳?」

「そうだけど」

「悪いけどあんたには死んで貰うよ?私達にとっては、あんたみたいなのが1番の邪魔者なんだから」

どこからともなく、マヤデナの周囲に様々な種類の刀剣が浮いて出現する。短剣、細剣、刀、中には斧や槍まで。しかもマヤデナにまとわりつくその数が5本6本どころではない異様さに、バクトだけでなくハオンジュまでもが闘志を奮わせる。

「翼解放」

刀剣たちが統率されて、バラバラと、そしてグサグサと見えない壁に刺さってくる。前方に手をかざしているマヤデナ。しかしすぐに溢されたその微笑みからは逆に余裕が滲み出る。もう片手が振り上げられたその瞬間、マヤデナの背後に更に何本もの刀剣が出現した。ブンブンと風を切る刀剣たち。誰も言葉をかける間もない“本気さの伺える”束の間だった。すでにバクトは精霊体に戻り、立昇を施して戦闘体制。しかしそこで、リリーが問いかけたのだった。

「どうしてそんな事するの?」

「創造神に目を付けられたらどうする事も出来ない。ヴァガルファー、とりあえずどっか行って」

「あぁ」

腕に着けた機械に触れた直後、ヴァガルファーは消えた。しかしハオンジュはふと、その“限りなく速く”逃げた動きに違和感を覚えた。何故ならヴァガルファーは限りなく遅い世界で、いつものように“のんびりと歩いて”その場を後にしていたからだった。ふと崖の下を見下ろせば、その絵画のような景色には喰神の勝家に対して火爪、水拳と三位一体となった雷眼。それからライフルを向ける偵察部隊に押し寄せていく信長軍の中で対峙する、信長とカイル。

「何も別の世界の人達と戦わなくたっていいじゃないですか」

「国を取る。その戦に海の向こうだのどの世界だの、関わりはない。私は天下を取る。その邪魔をするなら、死んで貰う」

信長は拾い上げたアサルトライフルの銃口をカイルに向け、そして発砲した。闘志の表情でカイルはただ信長を見つめていて、銃弾はカイルの目の前で“宙に刺さる”。信長は微笑んだ。カイルにではなく、火縄銃には無い連射機能と筋肉を響かせるその反動に。

「信長さん」

「私は鉄砲が手に入ればそれでいい。命までは取らないとも言った。にも拘わらず彼奴らは拒んだ。これは彼奴らが招いた事だ」

「鉄砲が欲しいって、敵を殺す為ですよね?そんなのだめですよ」

「敵を葬らず、自国の民が栄えるはずもない。敵の根を絶やすのは民の為、国を守るのも民の為」

信長はライフルを構える。その銃口は偵察部隊の方へと向いていた。そこで2人は、ぱっと鋭く目を合わせる。カイルがそっと、ライフルに手を乗せていたからだ。

「国を守るのに、敵を殺す必要はありませんよ」

「何故そう言い切れる」

「殺し合わない方が、国を守る兵士が死なないからです。兵士が死んだら、そもそも国を守れないんじゃないんですか?」

ステルス無人機のガトリングは無情に回る。目にも止まらぬ速さで、それこそ人を殺す事を何も厭わずに。しかし直後、カイデンは見た。何者かに、勢いよく叩き落とされるステルス無人機を。そして更に、およそ300ほどの未知なる兵隊は粗方片付いたと思った矢先、向こうからまた何百とやってくる兵隊を。銃弾にだって限りがある。ふっと、一筋の絶望が背筋を冷やす。直後にまたステルス無人機が容易く墜落する。カイデンは目を凝らす。というか釘付けにならざるを得なかった。3色のエネルギーを纏う、短刀が付いたヌンチャクを振り回すその男、服部半蔵に。

男達の怒号。駆ける兵隊。その中でオオカミの鳴き声が紛れ込む。夢中で勝家とやり合う雷眼から3人の力を“くすね”、蘭丸は刀を抜く。その眼差しは、カイルと信長の向こう、円盤形が目を引く偵察機を捉えていた。

それからやって来たのは、ミサイルランチャー搭載戦車だった。地面を鳴らし、足に伝うキャタピラの音を背後に、偵察部隊は皆、前を向く。それはまるで、頼もしい“モンスター”でも従えてみせたような強気な佇まいだ。管制から操縦者へ、通信が届く。

〈ミサイル全弾発射承認〉

「ミサイル全弾、発射!」

そしてハッチは開かれる。カイルはふと、いつかテレビで見たミサイルの映像を思い出した。――人間の兵器の中でも、すごく危ないやつ。とっさに手をかざし、カイルは空殻を意識した、その瞬間だった。信長は振り向いた。そこに居たのは、カイルを殴り飛ばした蘭丸だった。男達の怒号。駆ける兵隊。しかし直後、そこは爆発に呑まれていった。

爆発、熱風、閃光、まだ耳が少し遠い。カイルの頭にふと過る言葉。「この穴を防衛する為の部隊展開が先決だ」。「敵の根を絶やすのも民の為、国を守るのも民の為」。視界を悪くする砂煙が流れていく。見え始める、倒れた信長軍兵士達。怒号は凪いでいた。その向こうの異世界の兵隊にも、倒れている者がちらほらと見える。カイルは溜め息を漏らした。もう、どうしようも出来ないのか。

「カイル」

翼の気配を感じてはいた。バクトさんかと思ってた。しかし振り返ると、カイルは思わず疲れを忘れたのだった。

「ハルクさん!?クレラも、何で」

「第1演習場にも亀裂が出来たんです。それで亀裂から桃太郎さんが出てきて、亀裂を調べるっていうので手伝うことにしたんです。この人達は森の向こうの国の人達です。アポロンさんと、スティンフィー。私の1年先輩の兵士の、カイルさん」

この状況でアポロン達に笑顔を見せるクレラに、カイルは逆に疲労を少し思い出す。

「信長様」

桃太郎は呟いた。ハルクはふと、“信長に歩み寄らない”桃太郎の後ろ姿に目を留める。信長は、突っ立っていた。一方崖の上にて、マヤデナは天に手を掲げた。もう何十もの刀剣を全部空殻で防いでるのに、焦りが伺えない。まだ何か技があるのかな。バクトはそう、気を引き締める。直後にマヤデナの手に現れたのは、雷眼達が戦っている人、勝家が持っているものと同じデザインの大斧だった。少しだけ小さくなってはいる。しかし頭蓋骨があしらわれた純白の威圧感は、少しの隙も感じられない。

「あんた高次元の精霊でしょ?甘く見ない方がいいよ?私のカムイはロイヤルガーディアンズ級なんだから」

「何でロイヤルガーディアンズにならなかったの?」

「・・・試験落ちたから」

「え、そういう系なんだ。言っとくけど、もし死んで魂だけになったらライフに言いつけるからね。おまけに生き返らせて貰うし」

振りかぶったまま、ピタッと固まるマヤデナ。しかし逆に、マヤデナは意を決したように表情を引き締めた。それからそこにはまるで氷の塊を叩いたようなザクッとした音が残った。マヤデナは眉間を寄せる。思いっきりやったのに、まるで“大きな黒いクリスタルのでこぼこの間に刃が挟まった”みたい。――明らかに、見えない壁が変化してる。

「信長様」

蘭丸は声をかける。しかしその横顔は正に上の空といった様子で、容易く蹴散らされた信長軍兵士達を少し見渡すと、それから信長は歩き出した。その眼差しを怒りに染めて。信長の瞼の裏側には、“あの時の火の海”だけが浮かんでいた。

「我利点睛」

風が止んだ。というより、信長の周りの“空気が凪いだ”。近くに居る蘭丸はふと信長を含め、信長の周りに向かってキョロキョロする。信長は刀を抜き、その瞳をギョロりと流す。

「蘭丸――」

その眼差しは、瞳の黒と白目の白が反転していた。

「力を」

あっとカイルとクレラが声を漏らした。刀を振り上げ、蘭丸が信長に向けて3色のエネルギーをぶつけたからだ。しかし3色のエネルギーは信長を吹き飛ばすどころか、赤一色の淡い陽炎となってその体に纏った。直後、信長の体格が少し大きくなった。

「信長さん」

カイルに振り返る信長。2メートルをちょっと越えるくらいの体、白と黒が反転した眼差しで、それから信長は微笑んだ。

「私は・・・神だ。だから天下を取る。見届けるがいい。これから人間共が、神にひれ伏す」

「のぶな――」

「寄るな!」

信長が歩き出し、カイルが声をかけながら追いかけようとした瞬間、刀が振り上げられた。常識はずれな長い刀が、カイルを打ち上げたのだ。

「カイルさんっ」

信長は真っ直ぐ、手を天に掲げていた。その時、宙に浮き留まりながらカイルはふと目を向ける。その時、マヤデナと対峙しながらバクトはふと目を向ける。蘭丸も“それ”を見上げ、雷眼達もそれに気が付く。そしてカイデン達は釘付けになり、クレラ達はその“眩さ”に目を背ける。しかし桃太郎はただ、信長の背中を真っ直ぐ見つめていた。“人間が使う喰神の力とは”一線を画す迫力。陽炎は幾つもの眩い光の柱となり、無造作に無差別に周囲へ走っていきながら更に“爆発という陽炎”を尾に引いていく。

そんな陽炎が目の前を通り過ぎ、思わず顔を背けたバクトはそれから、呆然とした。目の前に居たはずのマヤデナも刀剣たちも丸ごと居なくなっていたのだった。

「逃~げた逃げた」

イサミが口を開く。バクトが振り返ると、イサミはその円らな瞳で真っ直ぐバクトを見つめていた。

「みんな、信長さんを捜そうよ」

リリーがそう言って2人も歩き出したその傍らで、バクトはふと振り向く。それはマヤデナが居た方。――まぁ、いっか。後は世界龍に何とかして貰えば。

まるで動物の威嚇のよう。信長に近付くもの全てに牙を向くように、長い刀は尽くカイルを押し退ける。その何度目かの衝突の後、蘭丸に“白黒の水流が振り下ろされた”。

「ハルクさん」

「信長という奴は、もう鬼になったのか?」

「だと思います」

蘭丸の頭にふとナオが過る。そしてそのナオと同じような龍の姿をしているハルクを前に、蘭丸は地面を踏み締める。

「あなたが信長さん?」

クレラの問いかけに信長、同時に蘭丸も振り返る。桃太郎はただ、クレラの横顔を見ていた。

「貴様は何だ」

「私クレラっていいます。桃太郎さんと一緒に、信長さんを止める為に来たんです」

翼を生やした人間、ルイス達宣教師は、それらを天使と呼び、それらは人間を救う為に神が使えた者だと言っていた。しかし信長は、クレラを鼻で笑った。――救いだの洗礼だの。煩わしい。

「私は神だ。私に救いなど必要無い」

「桃太郎さん、どうするんですか?」

ゆっくりと、刀に手を乗せる桃太郎。その手にはどこか“躊躇い”が伺える。どうするんですか、その問いと共に脳裏を巡るのは、“使命”。「桃太郎」を襲名した者の使命は“鬼の監視”ではなく“鬼を殺す事”なのだ。

――10年前。

父が病に倒れた。それから床の間で、父は自分に刀を譲った。その刀は「桃太郎」の刀であり、その刀を持つ者は「桃太郎」としての使命を背負う事になる。そして父は逝き、自分は「桃太郎」を襲名した。桃太郎の使命、それは“罪滅ぼし”。という事は亡き父と自分だけの秘め事とし、それから自分は亡き父の役目を引き継ぎ、信秀様に仕えた。

戦車が火を吹いた。直後に砲弾は見事命中し、轟音と共に信長は爆風で見えなくなる。カイデンは息を飲んだ。しかしカイデン達の眼差しに灯った希望は一瞬で吹き飛んだのだった。信長が手を突き出すと同時にそれこそ砲弾のように放たれた陽炎。そしてそれこそ砲弾のような爆風に、戦車は宙を舞った。更に間髪入れずに放たれていく砲弾のような陽炎とその爆風に、カイデン達は無惨に吹き飛ばされていく。

――確かに信秀様も城主として国の長として、端から見れば残虐な戦をしてきた。だが信秀は、鬼にはならなかった。そして時は流れて信秀様は老いて死に、信長様が城主と成り代わっても、信長様も鬼になるような素振りは見受けられなかった。というよりむしろ、信長様の家臣への想いには人間らしい情があった。ただ優しいという事ではない。時には理不尽な怒りを見せ、また時には家臣を心から労う。正にそれが、“人間らしい”という所だろう。

「信長さんっ無闇に人を殺しちゃだめですよ」

「女、クレラと言ったか。お主もそこの小僧と同じか。煩わしい。お主も神にひれ伏せ」

放たれた陽炎。とっさに腕で庇い顔を背けたクレラは直後、目を丸くした。目の前にはアポロンの背中があり、陽炎の爆風は見えない壁に遮られていた。

「アポロンさん」

「どうやら、何を言っても聞く耳を持たないようだな。少し、大人しくして貰おう。二極火柱(ドゥボージ・ストグニア)!」

桃太郎はただ、その紫と朱の火柱を見つめていた。刀に手をかけてはいるが、まだ抜いてはいないその姿勢で。

「アポロン殿、無駄だ」

「何だと」

信長は無傷で、アポロンを見つめていた。しかももう30センチほど身長を伸ばし、その分体格も肥大させ、更には頭から2本の角を生やした、そんな姿で。

「人間の喰神は巻き取った力を燃え尽きるまで血肉とし、喰神で居る時には新しく力を巻き取れない。しかし鬼となった真の喰神は、常に力を喰らい続ける」

「ならこのまま、でかくなる一方なのか?何か打つ手は無いのか」

言葉が返ってこない。そうアポロンは桃太郎に振り返る。桃太郎はふと目線を落とし、刀を握る手に少しだけ力を込めた。躊躇い。桃太郎はそれを、自覚していた。その時、信長は手を後ろに引き上げた。それは正に陽炎を打ち上げようかという一瞬の緊迫だ。そしてその一瞬はすでに一瞬にして打ち上げられ、アポロンは再び光壁を張り、クレラも身を屈めるように顔を背けた。その範囲は広く、蘭丸もハルク達も顔を背け、崖の上のバクト達もその衝撃に体を庇うほどだった。

「ヘッシュン」

「スティンフィー大丈夫?」

「大丈夫よ。あたし尻餅着くとくしゃみ出ちゃうのよね」

「桃太郎!」

振り返った信長と桃太郎が見たのは、2人の近くに転がってきた服部半蔵だった。半蔵はボロボロで血だらけで、一目で瀕死だと分かる状態。それから悠々と歩いてやって来たのは、弁慶だった。

「お主は『桃太郎』なのだろう。何を躊躇っておる」

桃太郎は信長を見上げる。

――数年前。

信長様に呼び止められ、信長様の居間でふと2人きり。それは戦を終えた翌日の事で、籠城していた武将とその家族を自分の手で斬首した翌日にしては“いつものように穏やかな”佇まいだった。

「私が城主になった日にも増して、常日頃よく私の近くに居るようだが、私を好いているのか?」

「・・・い、いえ。そういう、ものでは」

「私を好いていないのか」

「そういう好いてない、では。ただ家臣として、近くに居なくてはと」

「むしろ、男色もなく近くに居るとなると不気味ではあるがな」

「滅相もございません。拙者はただ、信長様をお守りしたいだけでございます」

「滅相・・・はあるのだろ?分かっておる。お主が、何か目的があって私の家臣でいるという事くらい」

いつものように穏やかな眼差し。頬杖を着きながら、信長は直後に張り詰めた緊張感を笑い飛ばした。

「いつもいつも、情の無い顔だ。殺す為ならとうに私は死んでいるし、武田の人間ともあればとうにこの城は落ちている。私を守ると言ったが、それは何からだ」

「それは、来るべき時が来るまで言ってはならないのでございます。ご容赦を」

「カイルー」

「バクトさん」

「リリーさんっ」

「クレラ!?ディレオ大尉も来てたんですね」

突然敵意を逸らしていった2人を追いかける事はせず、まるで縄張りを見張る動物のように、蘭丸は殺気を研ぎ澄ませる。そんな蘭丸には目もくれず、とりあえず集まるカイルとハルク、そしてクレラとリリー。そんな4人には目もくれず、桃太郎はただ、信長を見上げていた。刀の柄を確りと握って。――信長様はそれでも目的を探ろうとはせず、ずっと家臣としてくれた。「桃太郎」の使命は鬼を殺す事だ。だがずっと傍に居て拙者は、ずっと人間らしい信長様を見てきた。よもや、信長様も鬼になどなるまいと。

「(ありゃ、すごいの出てるけど)」

弁天の居る城から歩いてきたヘルとルア、そしてストライク。信長軍と対峙するボロボロの異世界の兵隊、その背後から彼らが見たのは、ステルス無人機より二回りも大きな戦闘機だった。ゆっくりと低空飛行で巨大な穴を通ってきたそのエンジン音。ヘル達に限らず信長、桃太郎達もその戦闘機に目を留めていく。

「とりあえず合流しないとね」

「(うん。あっ)」

滞空から瞬時に加速して上昇していった戦闘機。ボウンッと砂煙を巻き上げる熱気の中、ヘルは鼻を利かす。――何かバクトさん達の周り、随分と仲間が増えてるけど。あ、アポロンさん居るや。

飛び上がり、Uターンし、戦闘機はミサイルを発射する。放たれた陽炎によりミサイルは上空で迎撃されるも、爆風を音速で突き抜けながら落とされた爆弾の爆発に、信長は倒れ込む。そこに、オオカミの雄叫びが響いた。

「喰神・紅牙魔狼」

地面を揺らし、蘭丸はそれこそ戦闘機のように瞬時に飛び上がる。カイデンの眼差しに灯された希望の火はすでに、消えていた。最新鋭の高火力戦闘機、通称「ヤタガラス」が一太刀で煙を吹かし、墜ちてきたのだ。

「(こ、こっち、来るよね?)」

「早く行こっ」

パイロットが脱出し、パラシュートが開く。小走りしながらヘルはただ眺めていた。逃げ惑う兵隊、まるで巨大な穴を狙って落ちる隕石のように墜落した戦闘機、そして大爆発を。光壁で爆風や砂煙の巻き添えを食らう事はない。しかしだからこそ、“映画のような他人事さ”はよりその迫力と残酷さを浮き彫りにさせた。

桃太郎は刀を抜いた。ただ抜いただけ。また少し体が大きくなり、髪も荒々しく、また少し人間離れした信長を見上げながら。鋭い爪が土を掻き込み、白い瞳がギョロりと流れる。信長の眼差しは立ち上る爆炎、倒れた円盤と、ただ真っ直ぐ敵を捉えていた。そんな時だった、桃太郎の呼ぶ声がそこに響いたのは。

「信長様!あの時の話を覚えてますか。拙者が信長様の家臣で居るその理由は、来るべき時が来るまで話せないと。拙者が何から信長様をお守りするのか、それは、信長様の血の底に眠る鬼からでございます」

信長は角を生やした顔で、牙を伸ばした顔で、白黒の反転した眼差しで、ゆっくりと桃太郎に振り返る。それは最早“鬼の形相”。桃太郎はふと、日常の中のいつかの信長の笑顔を思い出した。

「信秀様のように、人のまま人の生を終えればそれで良いのでございます。しかし鬼になってしまえば、それは“鬼の不始末”。必ずや、片を付けなくてはならなくなるのでございます。それこそが、拙者の役目」

「・・・桃太郎・・・お主」

その時桃太郎の正面に居るのは信長ただ1人。桃太郎以外の人物は皆一様に、鬼の形相である信長が“ふと人間らしく驚いた顔”を浮かべた事に気を留めた。信長は思わず凝視する。桃太郎の眼差しの、白と黒が反転していた。

「信長様、喰神というのは他でもない我等、鬼の不始末。しかし信長様、今一度お訊きしたい。信長様は何故、鬼に成り上がられたのか。拙者は出来れば、信長様を斬るなど――」

「桃太郎!」

弁慶の声を退かすように、オオカミの雄叫びが響く。

「貴様!信長様を裏切るか!」

地面を鳴らす踏み込み、しかし桃太郎以外の皆が直後に見たのは、カチーンと響きの良い金属音と共に宙に舞い上がった長い刀だった。それからクレラが「あっ」と声を上げる。いとも容易く、喰神の蘭丸は斬られたのだった。鮮血を舞い上げ、バタッと倒れる蘭丸。血を振り払いそして、桃太郎は信長を見る。

「この刀は、喰神を殺す為だけに作られた妖刀。この刀の前には、どんな喰神も人と同然」

「何故、私が人である時に殺さなかった」

「信長よ」

信長はふと弁慶に振り向く。信長は一瞬、眉間を寄せた。弁慶の眼差しも白と黒が反転していたからだ。

「言っただろう。人で居ればそれで良いと。拙僧の役目はお主が鬼に成り上がるか、見届ける事。人で居ればそれで良い、しかし人でなくなったのなら始末を付ける。これは、お主の招いた事だ。覚悟を決めろ」

信長はふと、込み上げる怒りを感じていた。そしてあの火の海を思い出していた。――違う。私が招いた事だと?。町を焼いたのも、人々を殺したのも、私ではない。私を鬼にしたのは・・・。信長は再び、異国の兵隊に目を留める。“火を魅せた”のは父上、“殺し方を魅せた”のも父上。そして私を怒らせたのは・・・。

「違う。私を怒らせたのは・・・この!戦国の世だ!!」

駆ける信長。その巨体の1歩ずつ全てが地面を鳴らす。弁慶が桃太郎を呼び、桃太郎も信長を追いかけたその時にはすでに、信長は跳び上がっていた。同時にその拳にはまるで怒りを体現するかのように陽炎が燃え盛る。しかし桃太郎はすぐ、足を止めた。――間に合わない。

ルアは思わずヘルの毛並みにしがみつく。光壁で防いでいるものの、陽炎の爆風やら、戦闘機の残骸やら色々なものがグサグサ、ドンドンと光壁を叩いてくる。その中でふと、パリンという何かが割れるような音を、ヘルは冷静に聞いていた。それから色々な臭いがやって来る。そうヘルは桃太郎達の方へと顔を向ける。

「桃太郎、何を躊躇っておる。お主しか信長を殺せないのだ。お主が躊躇うほど、罪の無い人間達が死んでいく」

「本当に、斬るしかないのか。信長様はまだ拙者の声を聞いてくれている。もう、本当に人には戻らないのか」

「今まで、そんな話を聞いた事があるのか?お主こそ、覚悟を決めろ。その刀は、その覚悟の証ではないのか」

桃太郎は刀を持つ手に力を込める。ふと顔を上げれば信長は巨大な穴を通り、異国へと消えていた。分かってはいる。確かに信長様は鬼のように人を殺してきた。しかしそれは鬼ではなく武将としてだ。果たして、鬼というだけで、信長様は罪人なのか。果たして、“罪人は信長様だけなのか”。桃太郎はとっさに振り向く。気が付くと、クレラが刀を持つ手に手を乗せてきていた。クレラの優しい微笑みに、桃太郎はただ目を奪われていた。

「信長さんを助けてあげて下さい」

「助ける・・・しかし」

「人間は、死んじゃっても魂は死なないんです。殺さなくちゃだめなら、それが信長さんにとっては救いになるはずです」

「救い・・・」

「きっと、信長さんも鬼になっちゃった事を苦しんでます」

桃太郎の頭にふっと過ったのは、信長の何気ない笑顔だった。それはお市様が娘達を連れて信長様の下へ訪ねられた時。その後の戦に限って、信長様はより残酷に敵の根を絶やしていた。そして転がった首を見下ろしながら信長様は言っていた。

「もし明日、市や勝家達がこうなるやもしれぬと思うと、それ以上の苦は無い。誰も、人を殺す事を好いている訳も無かろう。しかし、人を殺す苦を忘れなければ生きていく事すら叶わぬ。情の無いお主に、この気持ちが分かるか」

「桃太郎さん、私も一緒に戦いますから」

「クレラ・・・」

決意の微笑み。そんなクレラが顔を向ければハルクも頷き返し、それからリリーとカイルも決意を分かち合うように微笑み返す。

「有難う。では少し、力を貸してくれ」

何となく団結したように走ってくるヒト達を、ヘルはふと見る。手を振ってきたカイルにルアが応える中、ヘルは“再び”目を向ける。より大きくなった巨大な穴の向こう側で、大都会を壊していく陽炎に。

「(みんな、信長さんが暴れてるよー)」

「ヘルくん達も良ければ信長さんと戦う桃太郎さんを手伝ってくれないかな?」

「(うんいいよ)」

「わぁ、可愛いエニグマ。カイル知り合いなの?」

リリーの何気ない一言に、ヘルは照れ、ルアはそんなヘルの頭を撫でる。

「はい。同じように亀裂を調べに来て一緒に戦ってくれてるヘルくんとルアちゃんと、ストライクさんです」

「アポロンさんこんにちは」

「あぁ。先日は世話になったな」

「アポロンさん、知り合いなんですね」

クレラが問いかける。

「あぁ。この者達が、サクリアの者達だ」

「あっ。へー。私、クレラだよ。私とカイルさんもリリーさんもディレオ大尉も、アポロンさんと同じ世界の出身なんだよ?」

「(おー?じゃあホール使えば行き来出来るのかな)」

「皆の者、行くぞ」

「あ、はいっ」

桃太郎達が異世界に足を踏み入れた時にはすでに、そこは壊滅的な情景だった。街は火の海、戦闘機はあちこちに墜ちていて、そして信長は更に巨大化していた。それは一見すると10メートルを越えていた。

「信長様!」

「うおおお!」

まるで“音に反応するように”手が振り払われ、陽炎が爆風のように撒き散らされる。その一瞬、そこに理性を感じなかった。そう桃太郎は陽炎の間から信長を垣間見る。そこに戦闘機が飛んできてミサイルを撃ち放つが、直撃を受けても爆発の中で信長はびくともせず、陽炎の柱は無惨に街を壊していく。呆然としてしまう中桃太郎はふと、前に出ながら振り返ってきたクレラを見る。

「桃太郎さん、先ずはこっちの世界に戻しましょう」

「そうだな」

しかしそれから桃太郎は愕然とした。どんなにクレラが呼び掛けても、信長はまるで動物のように応答をしない。その眼差しはそもそも、クレラや桃太郎ですら捉えてはいない。――これが、喰神か。

「ディレオ大尉っ」

「全力で押し込むしかない!皆を集めてくれ!」

クレラが飛んでいく。それから気魔法を施した龍形態のハルクが1人、剣を立てる。そして信長の動物のような眼差しがハルクをふと捉えた時、白黒の水流が信長を襲った。まるで放水車のような勢いで、バシャアッと白黒が信長を押し出す。直後に信長はまた少し肥大するが、そこに龍形態のリリー、ナオ、ハオンジュがやって来る。

「せーのっ雷光天貫!」

ハオンジュの上段の翼が変化し、その翼にプラズマとナオの力、リリーの力が集まっていく。

「エクスカリバー・バースト!」

それからプラズマと炎、電気にオレンジの光と、4色のエネルギーは無数の光線となって翼から打ち上げられた。

「やぁっ!」

そして突き出されたハオンジュの両手。それに呼応するように、無数の光線はグニャリと曲がり豪雨のように激しく信長をまた押し出していく。信長は再び肥大するが、次にそこにはアポロンにヘルとルア、ストライクがやって来る。

滝氷弾(ヴォド・プルレド)

光弾四層(プルスーヴェ・チティーソ)

ストライクの手からは黒い“滝の塊”、ヘルの鼻先からは白い光球。それぞれがそれこそロケットのように信長へ突撃していく中、ヘルの背中の上でルアはプリマベーラを構える。

光矢(ストレスーヴェ)七層(セムーソ)

一見するとただの1本の光矢。しかし目には見えない圧縮された力を込められたその勢いに、信長はまた少し地面を引きずる。そして、アポロンが飛び出した。

二極火柱(ドゥボージ・ストグニア)覇王双剣(シュジリツヴィーシ)

2本の剣が、まるで噴火するように溢れんばかりの炎となり、紫と朱が濁流の如く信長を呑み込んでいく。それからそこにはバクトとカイルがやって来る。バクトは右手を包む白い槍を天に掲げ、その矛先に黒氷と白炎を集めていた。

「バリスタ・オブ・アークエンジェル!」

突き出された槍と、放たれた白黒の光矢。炎は白く燃え盛り、氷は黒く反射する。そんなエネルギーが信長をまた少し引きずったところで、信長は雄叫びを上げた。最早人間らしさのない抗い方と、撒き散らされる陽炎。力を喰っただけ膨大なエネルギーの陽炎はそれこそ大型ミサイルが撃ち落とされたかのよう。そこを、“マッハを越えて”カイルが突き抜けた。ソニックブームがドカンと鳴り響く。

「はあああぁ!!――」

すでに20メートルほどに巨大化していた信長が、浮き上がった。

「ソニックジャベリンっ!」

信長を持ち上げるその拳から再び、ソニックブームの爆音。光が撒き散らされるマッハの光矢に、その巨人はようやく異世界から姿を消したのだった。

「桃太郎さん!」

全員から一筋ずつ、刀は力を巻き取った。かといって刀は光り輝いたりする事はないが、カイルはすぐに理解した。飛び出していった桃太郎の背中からカラフルに吹き出すものが、みんなの力だという事を。桃太郎の眼差しは真っ直ぐ、信長の心臓を捉えていた。

「貴様も、私を鬼にするのか!」

桃太郎は浮き留まり、信長を見上げる。信長は歯を溢していた。笑っているのか、怒りを剥き出しにしているのか、それと同時に殺気の満ちた“理性のある”眼差しに、桃太郎は決意の揺らぎを自覚する。

「私の、何がそれほどまでに罪なのだ。民を守る事が、それほどまでに罪なのか」

桃太郎が“それ”に気付いた時には、すでに信長の拳が振り下ろされようとしていた。――不覚・・・。しかし直後、“ぶん殴った”のは、雷眼だった。三位一体での巨体に加え、落雷の速さでの拳に信長は大きく仰け反る。

〈やっちまえ!〉

「信長様・・・御免!」

それは音も無く、静かだった。巨体過ぎるからか遠いからか、まるで豆腐でも切るように、スッと鍔まで刀身は差し込まれ、スッと刀は斬り上げられた。舞い上がる鮮血。極刑というのはそりゃあ穏やかじゃないけど。これが罪滅ぼしというなら仕方ない。そうスティンフィーは安堵していた。

「ねーえ弁慶さん。信長に兄弟とか居たらそれも討伐対象なのかしら」

「いや。鬼に成り上がる者を見極められる予兆があるのだ。予兆が伺えたからといって必ずや鬼に成り上がる訳ではないが、予兆が伺えなかった者は決して鬼には成り上がらない。それは態度や身形よりも、内から出る臭いのようなもの」

「オーラ的なやつかしらねぇ。ふーん」

「お主も、人ならざる者か?」

「え?確かにそうだけど、どうして分かったのかしら?」

言い当てた事を見せつけるように小さく口角を上げると、弁慶はスティンフィーから目を逸らした。

「信長の妹、お市の方が美しいと言われるのは鬼の血を引いているからに他ならぬ。お主も、人離れした美しさ故に、そうかと」

「信長様!・・・」

勝家は歩み寄る。それはトボトボとしたもので、気迫だけの足取りだ。その腹からは血が溢れていて、全身からは巻き取った力が綿雪のように抜けていっていた。勝家はふと、目を留めた。小さくカチンと鳴らし、刀を納めた桃太郎に。

「桃太郎・・・貴様か・・・。何だその、眼は」

「拙者は、鬼でございます故。拙者の目的はただ、鬼に成り上がった喰神を始末する事」

「どこの、国の者だ」

「邪馬台国でございます」

「卑弥呼の、手の者か」

「左様」

「戦に負けた、それだけの、事か」

巻き取った力が全て抜け出たところで、勝家は静かにバタンと倒れた。するとまるでタイミングを見計らったかのように“2人”がそこにやって来て、巨大な穴を通り、戻って来たカイル達と鉢合わせるように2人はカイル達と対峙する。

「木下殿、明智殿」

「人の世は、人によって治められるのが相応しいという事か。桃太郎、これよりこの木下秀吉がこの国を治める。わしについて来るか?」

「お誘いには感謝します。しかし拙者には、もうこの国に居る理由がございません故」

「そうか」

戦が終わった訳でも、ましてや世の中が変わった訳でもない。ただ、とある種族の目的が粛々と遂行されただけ。そうスティンフィーは去っていく秀吉、光秀を傍観していく。何となく、終わった感。この後はもう解散なのかな、そんな雰囲気が流れ始めた時。

「皆、力を貸して頂き、礼を言う」

スティンフィーは満足げなクレラの笑顔を眺めていた。真理に近付いたコミュニティー、しかしそれは何が何でも戦わないとか殺さないとか、そういう簡単な平和主義じゃない。死というものすら受け入れ、“理由が理由ならちゃんと尊重出来る”。そこら辺が、きっと平和と純真の差なのかも知れない。

エルフヘイムのレストランでのバルコニー席。スティンフィーはポケットサイズの通信端末に付属のキーボードを取り付け、文書をまとめていく。

「わぁ、これ美味しい」

ハンバーグを頬張り、本当に無垢な笑顔を浮かべるクレラを前に、スティンフィーも思わず笑みを溢す。

――少し前。

「クレラ、あなたにお願いがあるのよ」

「うん」

「あたしね、あなた達の国に行きたいのよ。だから連れてって欲しいのよ」

顔を見合わせるクレラとハルク、そしてリリーとカイル。

「良いけど。でもエニグマの森には入れないんでしょ?」

「だからどうすればあなた達の国に行けるか、一緒に考えて欲しいのよ」

「んー」

「翼の力があれば体を守れるなら、分けてあげたらどうだ?」

ハルクの発言に、クレラはすぐに笑顔を咲かせる。

「え!?それ、簡単に分けたり出来るものなのかしら」

「あぁ。氷牙や、ハオンジュとナオは元々三国の出身じゃない」

「イサミも持ってるよ」

そうイサミが喋ると、直後にそこに響いたのはクレラの驚きの声だった。人間ではない生き物も翼の力を持ってる事にはハルクも言葉を無くしたが、その場ではヘルがただ1匹、驚きと共にワクワクを募らせていた。

それからご飯も食べ終わり、何日分かの非常食を詰めたリュックも背負い、スティンフィーは2人を連れてトロッコ列車に乗り込んだ。名物でもある超高架橋「ルッタンテール橋」でキャニオンも国境も都会の街も真っ直ぐ突っ切り、エルフヘイムからプライトリアの郊外の田舎町の端っこまで約2時間半の旅。

「風が気持ちかったねぇ」

「でしょ?今は空飛ぶバイクとかあるけど、あたしはのんびり出来るトロッコが1番好きなのよねぇ。ここから30分くらいすれば、いよいよ禁界よ?」

「うん」

それから町を抜け草原を抜け、ポツリと立つ“立ち入り注意看板”を横切り、3人は林とその向こうに聳える岩山を前にする。そこで、ようやくスティンフィーは気持ちを引き締めた。

「ここからが禁界よ」

岩山を越えると、そこは辺り一面全て森。そしてその森にこそエニグマが棲み、国がある。と本に書いてある。しかし岩山に辿り着く前の林で、人々は“絶対的な見えない壁”に阻まれてしまう。思わず息を飲みながら、スティンフィーは1歩、また1歩、“やってこない頭痛と吐き気”を噛み締めていく。

「この岩山は一気に飛び越えよう」

「はい。スティンフィー大丈夫?」

「うん。本当ならとっくに頭痛とか来てるはずだけど、大丈夫みたい。ふー、力を込めて翼解放って言えば良いのよね?」

「うん」

「・・・・・・翼解放」

それは何となく、分厚いウエットスーツのような感覚だった。外から触ればまるで溶岩が固まったかのようなゴツゴツ感。しかし裏地の肌触りは何となくゴムみたい。そうスティンフィーは身体を守る鎧を撫で回していく。

「翼解放」

「あら?何であたしのは首から下全部じゃないのかしら」

「訓練を重ねればコントロール出来るようになるさ」

「そういうものなのね、ふーん」

そして岩山の上。スティンフィーはふとポケットから通信端末を取り出して、電源を入れてみる。まったく動かない。ここはやはり、禁界だ。思わず笑みが溢れてしまう。そうスティンフィーは目一杯深呼吸した。吹き込んだ風が気持ち良かった。

まるでジグソーパズルを遊ぶように、“空が埋められていく”。パラパラと巨大な穴が狭まっていき、これこそが“終わっていく感”だと、ボロボロのカイデンはただ空を眺めていた。

――少し前。

アンスタガーナにてハオンジュ達の自宅バルコニー。バクトのロディオスウォッチの転移機能で戻って来たハオンジュ達、カイル、火爪達。そんなところでふと、バクトはイサミに問いかけた。

「イサミって、何でこっちに来たの?」

「散歩してたらたまたまアンスタガーナにしては良さそうな場所見つけて、降りてみたらリリーが居たの」

「翼の力はリリーから貰ったの?」

「そうだよ。リリー優しいからね、仲良くなってある時、いーなーって言ったらくれた」

「それじゃテーリー中尉、僕達ハルンガーナに帰りますね」

「うん!元気でね」

「はい」

大きく手を振りながら、飛び去っていくバクト達。それからカイル達とも別れの挨拶を交わし、バクトは根界の根芯に転移した。その直後、バクトは目を見張ったのだった。

「ぬえぇえっ!?」

壁一面が蔦と葉に覆われた壁とルーニーと世界龍。しかしその傍に居たのはライフ、そして手錠のように蔦に手首を巻かれたヴァガルファーとマヤデナだった。

「捕まってるし」

「お前のせいだ」

「え?まだ僕世界龍に君達の事言ってないけど?ていうかちょうどそれを言いに今来たんだし」

「えへーん。ボクは世界そのものみたいなものだよ?実はずっと見てたの」

「なんだそっか」

「とりあえずヴァガルファー達が空けた穴は全部塞いでおくから」

そうかと思いきや、2人の手首を拘束する蔦は緩んで外れて落ちてしまう。自由の身になった2人は揃ってテンションの低い様子で、溜め息をついたり、手首を擦ったりする。

「逃がしちゃうの?」

「まあ言うなら、不起訴ってやつで」

「それは甘くないかな」

「んーでも、ボクが本気になったらどうせ潰せるから。それに異世界同士を繋ぐのはちゃんとした管理の下でやれば問題無い訳だし、何かを探究する事は別に悪い事でもないし」

「まあ世界龍がそう言うなら」

避難は済んだ。そうカイデンは、音も無く、そしてまるで何事も無かったかのように“元に戻った空”を見上げた。何だったんだ。――いや・・・。カイデンは周りを見渡す。軍隊どころか、街そのものが壊滅している。これは、本当に“我々が招いた事”なんだろうか。こうならない分かれ道は、あったんだろうか。

ニルヴァーナのエントランスパークにて。ルアとヘル、ストライクはユピテルとテーブルを囲んでいた。ルアとヘルはまるで遠足に行ってきた事を楽しそうに報告するように、“その出来事”を父親に話していた。

「精霊に力を貸して貰って魔法を使えるようになってて良かったな。俺はつくづく思うんだ。偶然ほど、この世に価値のあるものは無いってね。偶然というのはつまりチャンスだから」

「あのねお父さん。私とヘルね・・・アポロンさん達のところで言う、翼使いっていうのになったの」

ユピテルは思わず、持ち上げた直後のコーヒーカップを戻した。聞き慣れない言葉。察するにアポロンくん達の世界のものなのだろうが。ルアから真っ先に伺えたのは、自慢げではなく、照れるような微笑み。

「何だいそれは」

「アポロンさん達の文化とはまた違う魔法って事になるのかなぁ」

「(そうだね)」

――少し前。

「え!?それ、簡単に分けたり出来るものなのかしら」

「あぁ。氷牙や、ハオンジュとナオは元々三国の出身じゃない」

「イサミも持ってるよ」

「えぇっ!」

「(カイルさん、ボク達も欲しいな、翼の力)」

「ちょっとヘル、もう翼生やせるでしょ?」

「(えーん、だってルアとお揃いがいい)」

「まだ貰うって決めてないし」

「僕なら良いけど。それに、もし良かったらヘルくんもルアちゃんも三国に遊びに来たらいいよ。昔からね、キューピッドをやってる人達が三国とヘルくん達の世界とを行き来してて、サクリアの事も本を読んで知ってる人も居るから」

「(えっそれって、ホール使わなくても?)」

「人間の作った機械は使わないよ?ずーっと昔から言い伝えられてるゲートが空にあるから」

「(空かぁ)」

それからまるで何かの発表会のように、席を立ったルアはユピテルに見守られる。ユピテルから見ればただ目を瞑り動かなくなっただけ。しかしルアはふと、心の中の世界でペルーニに振り向いた。キラキラと舞うペルーニ、ルアは“お揃い”に対して「同調する嬉しさ」を認識する。

「・・・翼解放」

ユピテルは立ち上がった。その眼差しは輝き、学者としての興奮を抑えられない。一瞬の光に包まれたと思えば、突然自分の娘から白い翼が生えてきたのだ。触ってみれば、それは全くもって動物の羽毛。ホールの向こう側とは言え、また文化の違う魔法。――これからまた、退屈はしなさそうだ。

そして、桃太郎はようやく故郷に帰ってきた。城に上がってから卑弥呼の居間までの道のり、桃太郎はずっと信長の事を考えていた。

「卑弥呼様、戻って参りました」

弁慶と清盛共々、使命を終えて帰郷した3人に、卑弥呼は満足げに笑顔を返す。

――少し前。

1体の岩鳥が清盛の下へ飛んできた。清盛は岩鳥がくわえていた巻物を受け取り、それを読む。それから岩鳥の案内で清盛が向かった先には、弁慶と桃太郎の姿があった。特に言葉を交わす事もなく、清盛は巻物を2人に読ませた。

『星の定めに感謝します。霊廊(れいろう)を手配するので邪馬台国に帰られよ』

まるで“どこからか見ている”かのよう。その直後だった。3人の目の前に、“空間の切れ目”が現れたのは。

「義経、これで桃太郎の役目は果てました。本当に、代を継いでの使命、ご苦労様でした」

落ち着いた口調と正座からの深いお辞儀。儀式的でよそよそしい女王に、3人も堅苦しくお辞儀を返す。しかし顔を上げた瞬間、卑弥呼はパンと手を叩いた。

「はいっ。それじゃあ宴にお祭りっ。3人も休むのはお祭りの準備してからね?」

「はい」

「早くお団子食べたいなぁ、んー水飴もいいなぁー。あ!お団子に水飴かけちゃおかな」

「卑弥呼様、甘過ぎませんか」

無邪気な笑顔。義経は思わず笑みを溢した。それから頃良い夕暮れ時。屋台は並び、提灯は果物のようにぶら下がる。祭り囃子に盆踊り。そんな賑やかさを望める小高い丘の上。1人佇む義経に、卑弥呼は団子を持ち寄ってくる。

「もうその刀、あたしの居間に戻してもいいのに。ああ、形見だから持ってたい?」

「そうですね。しかしそれだけでは。使命とは言え主を斬ったその悲運を、拙者は刀ごと腰に挿していようかと」

「んー、そうねぇ。悲運かぁ・・・・・・んふっお団子美味しっ」

スティンフィーは軽快にキーボードを叩く。それはレンジャーとしての報告書ともう1つ、記事の原稿だ。禁界からの帰還後、即行でお気に入りのレストラン、お気に入りのバルコニー席。さっさと報告書をまとめ上げるとスティンフィーは図書館に寄贈する為の記事を書いていた。内容は無論、禁界に関しての情報だ。


「ハザード」

それは、偶発した〈危険〉。

その危険に直面したとある異世界で、そこの人間達は自らの身を滅ぼした。当時件の後、当時件に関わった禁界の住人に、当時件そのものとそこの人間の事を聞いてみた。

男性兵隊長「周りの事を考えず、自分の欲の為に亀裂を作るのは褒められる事じゃない。しかし、環境のせいではなく、人間達が争うのは人間達の責任だという言い分は正しい。人との関わり合いは、戦う為にあるんじゃない」

女性兵士「きっと信長さんも、戦う事が好きじゃなかったと思う。誰だって戦わない選択が出来るし、それが出来てれば、信長さんも死なずに済んだと思う」

例え当時件というハザードに巻き込まれても、禁界の住人は自らの身を滅ぼさないというのは明確だろう。そしてその存在自体がハザードだとも言えるほど、戦闘力の高い人物たちも当時件に関わったが、そのハザードたちは偶然にも禁界の住人と深く関わっていて、純真主義(ピュアリズム)に少なからず触れていた為か、そのハザードたちは皆、禁界の住人に同調していた模様。その純真主義は周囲に影響を与えるほどのものだという事も、禁界の住人の特徴の1つと言える。

尚、当時件については、エルフヘイム・レンジャーズ・クラブのレンジャーズ・レポート「アンウェルカム・ハザーズ事件」を参照するように。


読んで頂きありがとうございました。


アンウェルカム・ハザーズのコンセプトはひとりで勝手にアベンジャーズです(笑)。まあ仮面ライダーでも同じですか(笑)。色んな所でちょこちょこどっかが繋がってる感じで、アンウェルカム・ハザーズ枠での続きもたまに書いていこうかと。

ちなみに著者の推論ですが、「エネルゲイア×ディビエイト」の第2章で、氷牙が三国へ行く事より、ルア達が三国に関わる事の方が必然性は高いのかなと。

「逆襲のアルテミス」の今後に関しては、ピュアリズムに触れていく中で、ルアとヘルがどう成長していくか。というところですかね。


ありがとうございました。



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