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招かれざる終焉

父上の背中は、まるで鬼のようだった。逆らおうという気が起こっても、到底敵わなかった。しかし畏怖していたと同時に戦人(いくさびと)として尊敬はしていたから、自然とその背中を追いかけていた。しかしあの日、父上が初めて私に町を落とす策を訊ねられたあの日、私の言った通りに父上が兵を動かし、町が1つ焼け落ちたあの情景を目にした時を最後に、私の心も鬼に落ちた。それからというもの、父上が死に、私が家長として今日まで兵を動かしてきたその傍らで、どうにもこうにも、私の心の片隅ではよく分からない“血溜まり”が蠢いていた。そう信長はあぐらをかいて頬杖を着きながら、1人居間に居た。その眼差しはまるで、常に何かに捕らわれているかのようなものだ。

一方、“ようやく帰ってこれた”桃太郎はハルク達と共に城下町を歩いていた。桃太郎はふとつい先程の事を思い出していた。

「世話になった」

「桃太郎さん、私、桃太郎さんの事手伝いたいです」

「クレラ!?」

その突拍子もない発言は周りを驚かせた。それは桃太郎自身でさえもそうなるほどだった。何故そうなる?、と。

「世話になったのは拙者の方だ。拙者が何か礼をするならまだしも、何故そこまで」

「だって、人手が多い方が良さそうじゃないですか?」

「クレラ、帰って来れなくなったらどうするの?」

ミレイユは“いつものように”まるで妹を諭すように問いかける。しかしそれでもクレラは腑に落ちないような顔で黙り込んだ。

「もし何日も帰らなかった時はユリに頼めば何とかなるんじゃないか?」

しかしそうかと思えばハルクのそんな意見に同意するように、クレラはパッと表情を明るくさせる。桃太郎はそんなクレラの素振りに、ただ素直さとあどけなさを感じていた。

「そうかもだけど」

「ディレオ大尉が一緒なら、もっと安心ですよね?」

「え。んー」

「そもそもこの世界にも亀裂があるという事は、もしかしたらいづれこの世界に悪い影響を与えないとも限らない。俺達も、亀裂の事を少しは知っておいてもいいんじゃないか?」

「もー。ハルったら。クレラ、ちゃんとハルの言うこと聞くんだからね?」

「はい!」

そんなクレラの変わり様をふと頭に過らせながら桃太郎は初めて発見した亀裂を前にしていた。それはあの女と戦う事になったきっかけであり、そして何より“こんな状況”になったきっかけの亀裂だ。しかしそこに、あの女の姿は無い。――手掛かりもない、これからどうするか。そんな時だった、弥助(やすけ)に声をかけられたのは。

「桃太郎殿、信長様に言伝てを頼まれた。今、弁天軍の下に、勝家殿の指揮で10万の兵が向かっていて、邪馬台国連合はトロールの祠を取り返そうという勢いだ」

「加勢の命か?」

「いや、桃太郎殿には、越前の方で騒ぎを起こしている異国人を制圧しろとの事だ」

「相分かった」

そうして城下町を歩いていた桃太郎はふと、子供のような眼差しで町並みを眺めるクレラに気を留めた。兵士だと聞いてはいるが、今まで生きていて、こんな“殺気の無い”兵士は見たことがない。

アポロンは“こんな状況”でも余裕を忘れないといったような表情のスティンフィーにふと気を留める。サニーが窓から“警戒するように”外を見下ろし、フラッキーとキアタラはサクバン、イニヒ、セブンが居る隣の部屋とを行き交ったり。そんな中、ようやく朝食を終えたスティンフィーは満足げに窓を開け、空を仰ぐ。

「スティー、せっかくそれっぽく警戒してんのに」

「大丈夫よー。あたし達何も悪くないんだから」

旅籠屋(はたごや)と言われる宿泊施設を後にして、スティンフィーを除き、アポロン達は少なからず警戒していく。――“あの女”に再び逃げられた直後、数人の兵士らしき男達に声をかけられた。

「お主ら、異国人だな?信長様の領土と知っての立ち入りか。目的は何だ」

「信長なんて知らないけど、あたし達この亀裂を調べよう思ってるだけよ?」

「ふむ。お主ほど美しい容姿の女子(おなご)は初めてだ。信長様に謁見を賜るがいい」

「何かご褒美くれるのかしら?」

「それは信長様次第だ。運が良ければ側室に招かれ、信長様の後取りを産むという大役を授けられるだろう」

「ふーん、悪いわね、そんな価値の無い事興味無いわ?」

「何、だと?」

「あたしにとってはよ?誰か他を当たれば?」

「言わせておけば。礼儀を知らぬものに、信長様の領土に足を踏み入れる事は許さん。直ちに立ち去れ」

「んー?信長の領土なのよね?あなたにそんな事決められる訳ないじゃない」

アポロンは男の殺気を察知した。論破されて悔しそうな顔をそのまま怒りに染め、刀を抜いた男の前に、静かに素早くアポロンは立ちはだかる。

「貴様ら、武士を侮辱して、ただで済むと思うなよ?」

「侮辱だと?お前が勝手に怒っているだけではないのか?周りを見ろ」

「武士が侮辱だと思えば侮辱だ!」

男がアポロンに斬りかかり、カチンと刀がアポロンの光壁にぶつかった時。

(バーディ)!」

どこからともなく、男は頭からパシャッと水をかけられる。それはまるで小さめなバケツで軽く水をかけられるような状況だ。アポロンは後ろを振り返った。私ではない、一体誰だ、と。同じくスティンフィーの前に出たサニーのしてやったというような笑みに、アポロンは静かに目線を男に戻す。

「頭冷えたかぁ?人間さん」

今にも血管がはち切れようかといったような血走った眼差しを男が見せた直後、別の兵士が男の肩を叩き、宥めてその場から離れさせた。

「覚えてやがれ!」

面倒臭さを連れてくるそんな一言が妙に頭に残っていた。そう、アポロンは少なからず警戒し、スティンフィー達とあの女の臭いを追いかけていた。――そして、彼らは出会った。

サニーは面倒臭そうに問いかける。

「まさか力ずくで来るのか?」

桃太郎は聡明な眼差しでサニー、そしてその仲間達を見据え、応えた。

「それはお主ら次第だ。拙者は先ず、異国の者達が騒ぎを起こしたとして、これを鎮める命を受けた。お主らの言い分は何だ」

「だからさ、オレ達の仲間を勝手に連れて行こうとしたから」

「ほんとやーねー人間て、すぐ怒って斬りかかってくるんだもん。だからサニーがお水かけてあげたのよ」

「そうか。それは済まなかった、拙者が代わりに謝ろう」

「うん、いいわよ?別に」

去っていく“何かちょっと違う”人間達よりも桃太郎の背中に、クレラはほっこり感を感じていた。

「違う国から来る人って多いんですか?」

「あぁ。信長様は関所の取り潰しを徹底されていて、人々が往来しやすい国作りをしておられる。行く行くは天下統一が叶えばより海の向こうの国々との貿易が盛んになるだろう」

「じゃあこれから、また亀裂を探すんですよね?」

「あぁ」

手掛かりもない中、桃太郎一行はとある足軽から報告を受ける。それは亀裂と人集りという“騒ぎ”の話だ。しかし桃太郎達が辿り着いた亀裂を前にすると同時に、再び彼らは顔を合わせたのだった。サニーは面倒臭そうな顔に戸惑いを加えて、問いかけた。

「なんだよぉ。オレら、この亀裂を調べてるだけなのに」

その場には“あの女”の姿もあり、桃太郎は静かに刀に手をかける。その女、マヤデナは桃太郎を前に、すでに殺気の矛先をスティンフィー達から桃太郎へと変えていた。

「拙者らも亀裂を調べているのだ。そして、その女は亀裂を作る者の一味。故に信長様の敵だ」

「仕方ない。目的を達成するのに障害はつきもの」

そう呟いたマヤデナは素早くあるものを空高く放り投げる。それは周りの人間にも何か分からないほどの小さな球体だ。アポロンとエンディやスティンフィー達、桃太郎やハルク達は皆、その球体の行く先をただ見上げていた。そして、“空が割れた”。

「わっ!」

クレラの驚く声すら誰も気に留められないほど、皆は固まっていた。割れた空から出てきた“大量の鳥獣”が町に降りかかり、その鳴き声はその辺りの全ての人間を恐怖に染めたのだ。

「あら、サニー、女の人また逃げた」

「キエェエ!!」

「それどころじゃ、なさそう、だろ」

「うわぁああ」

あちこちで町人の悲鳴が沸き立つ中、1匹の鳥獣がサニーと桃太郎の間に降り立った。「クエッ」と鳴いた鳥獣に、サニーは後退り、桃太郎は刀を向けた。

「やっ」

スティンフィーはとある“魔法の粉”を鳥獣に振りかける。直後、まるで爆竹でも弾けるように、その粉は“バチバチ”となって鳥獣を鳴かせた。バタバタと翼と足を踊らせ、鳥獣は暴れていく。

「何だそれ」

鳥獣を“驚かせただけ”の状況に半笑いを浮かべ、バスが問いかける。

「そもそもね、あたしが持ってきた魔法の粉は、子供の為の魔虫撃退グッズなのよ」

「あ~、ね。なるほど」

その鳥獣は飛び去っていったものの、辺りを見渡せば何十体という鳥獣が、それこそ魔虫のように町を飛び交い、たまに人を襲ったりしていく。そして空を見上げれば、“あの亀裂”は依然として鳥獣を吐き出していく。――どうすればいい、町を守る為に動くか、それともあの女を追うか。そうアポロンが頭を巡らせていた時、最初に鳥獣に攻撃を仕掛けたのは、クレラだった。弓を持ち、光矢を放ち、人を襲う寸前だった鳥獣を見事射止める。そんな働きに、アポロンは密かに拳を握り締めた。

「スティンフィー、女を追ってくれ。私は出来るだけ、町の人を助けようと思う。エンディもスティンフィー達と行ってくれ」

「桃太郎、俺もクレラとここに残る。これを持っていてくれ、それがあれば、俺達は桃太郎を追いかけられる」

とある広大な草原。バクト達は再び、兵隊と対峙していた。戦国時代は常にこんなもんなのかなと、そうバクトは翼を解放し、“リラックス”して精霊体へ戻っていった。およそ10万の兵に対し、弁天軍の前線は総勢、5人。そんな弁天からの作戦に、火爪は大笑いした。そんな事を思い出しながら、バクトはエネルギー形態のカイルと“2人”で10万の兵に突撃していく。

信長軍の兵士達は悠々と空を飛んでくる“人間と龍”を追いかけ、まるで蝶々を追いかける子供のように雄叫びに焦りを混ぜていく。――卑怯だ。――このままでは、気安く大将の下へ行かれてしまう。――いや、自分達は弁天軍の城へと攻め込もう。そんな兵士達が前へ進むと、その先には“水色の巨人”、“雷神”、そして“6本足の巨鳥”が待ち構えていた。

まるで“戦などしていないかのような静寂”。少し山を登った高台にひっそりと建つ「岩神(いわがみ)の祠」。今正に邪馬台国連合軍がトロールと戦っている最中、別動隊の兵士達はキキッと錆び付いた木の扉を開け、祠に足を踏み入れた。信長軍に奪われたその時から、トロールに邪魔をされて入れなくなった祠。神々しく、入り込む日光が埃っぽさを反射させる。20畳ほどの一室、1人の兵士が、真正面に飾られた岩神の仏像に貼られた「神遣(かみつかい)の札」を剥がした、その時――。

龍形態のハオンジュは鼻息を吐き下ろした。トロールと呼ばれる、まるで苔が付いた岩が動き出したような姿の生き物は突如、その動きを止めた。“いくらバラバラにしても”必ず甦るトロール。自分にとっては強敵ではないがそいつが動きを止め、ホッとした矢先、そいつは動き出した。内心で項垂れながら手にプラズマを集めるが、そいつはまるで“人が変わったように”殺気だけを消した。――どうなってるの。

「あの、一緒に、戦ってくれませんか?同じ、亀裂を調べようとしてる仲間として」

スティンフィー達、桃太郎が去っていく中、すぐさまクレラはアポロンに話しかけた。アポロンは目を丸くし、ギョロりと瞳を流してハルクを見た。同時に“あの話”を頭に過らせていた。

「良ければでいい。だが偶然にも同じように亀裂を調べてるなら協力した方が良いだろう」

「あなた方はまさか・・・『翼使い』・・・なのか?」

ハルクとクレラは顔を見合わせ、共に黙り込む。鳥獣たちの鳴き声、人々の悲鳴、それらがふと遠くなるほどの、一瞬の沈黙。

「翼の力は持ってますけど、えっと」

「あなた方の住む国の名は、もしかして三国では」

「えっあっはい、何で知ってるんですか?」

アポロンは更に、目を丸くした。鳥獣の鳴き声などまるで耳に入らないほど、頭を巡らせていた。古い本で読んだだけの情報、“実際に見れた”事はない“あの話”。

「私の国、プライトリアには、とある本がある。その本には、精霊の力が限りなく弱まってしまう『禁界』というエリアに関する事が書かれている。内容は、禁界には国があり、その国の住人は、霊力を翼に変える事が出来るというもの。更にその国の住人の服装の特徴も記載されていて、それがあなた方の服装に酷似していて、まさかと思ったのだ」

「そうなんですか」

「つまり、俺達は、同じ世界の住人という事なのか?」

アポロンは内心、子供のように興奮していた。私の国では、禁界の住人は、伝説なのだ。

「そうだ。話を逸らして済まなかった。あなた方の言う通り今は共に、この状況を乗り切る事が最善だろう」

怒号は遠く、まるで絵画のようだ。個性の無い鎧を着込んだ人波が、その者達にとっての“未曾有”を追う。そんな景色が、まるで絵画のように“限りなく時が遅い世界”で、ヴァガルファーは戦場を見下ろしていた。“迷い放題”のこの世界。探究者にとっては有意義な世界だが、何かと不自由もある。

「さて、どうしたものか」

話し相手が居ない。議論の相手が居ないのは、有意義ではない。答えを出すのに時間がかかる。しかし見えてるのは限りなく時が遅い世界。時間はある。

「そろそろ、始めるか」

「ヴァガルファー、ここに居たんだ。ほんと高いとこ好きだよね」

「マヤデナ、だ――」

「変な人達に追い詰められてさ、困っちゃったから“穴”開けて逃げてきた。あっちの方で、今この世界じゃ“世界が”接触するはずのないものが暴れてる。群雄割拠の戦国の世が、どれだけ“壊れる”か見ものだ」

「そうか」

「何か言った?」

「いや・・・そ――」

「そうだ、ここでもやってみる?そこの“戦場”も、どれだけ“あり得ない事態で壊れるか”興味深い」

「ならやってくれ。それは第2フェーズの、Bプランだ」

「Aプランって何なの?」

「膨大なエネルギーで、亀裂を無理矢理こじ開ける」

マヤデナはスカウトした助手。よく喋る女だが、居ないよりは良い。そうヴァガルファーは腕を組み、マヤデナによって思いっきり放り投げられた「衝撃球」の行く先を眺めた。絵画のように止まった世界で、球が爆発し、空が割れる。

バクトとカイル、そして信長軍の兵士達、皆は一様に、空を見上げた。前触れも感じられず、見上げればすでに空は割れていた。その亀裂からは“シロクマのようなアルマジロみたいな生き物”が落ちてきて、丸まりながらドスン、ドスンと、戦場に“部外者たち”が乱入してくる。その瞬間から、バクトは“聞いていた”。

「大丈夫?」

落ちてきた1匹に、バクトは話しかける。それは恐怖に怯えて上げられた悲鳴を聞いて、駆け寄る時のようだ。信長軍の兵士達のどよめきやらてんやわんやの喧騒の中、アルマジロのように顔を出し、その生き物は真っ直ぐバクトを見つめた。

「(こわい。何が起こったの)」

「落とし穴に落っこっちゃったんだよ。でも大丈夫、縄張りに帰れるように助けてあげるから。皆にも伝えるから、人間に襲われないように気を付けて離れてて」

「(うん。こわいよ、ここどこだろう)」

戦どころではない、混沌。そんな雰囲気が漂い始め、気が抜けば頭が真っ白になってしまいそうな喧騒で、バクトは巨獣の無惨な遺体を前にした。訳も分からないまま、知らない土地で、人間に襲われた。――可哀想に、何でこんな事に。カイルが話したっていう男の人、止めなくちゃ。

「カイルっ!僕は動物たちを避難させたいから、信長軍の囮になってくれる?」

「うん分かったぁっ!」

岩神の祠のある高台にて。1体のトロールが“どこから見てもただの岩”になり、祠の入口を塞ぐ。それからとあるトロールはそこら辺の岩として風景に馴染んだり、とあるトロールは高台や邪馬台国、その他連合国を護衛する為の配置についたり。そうしてトロールを取り戻した邪馬台国連合の人達の安堵の中、不思議そうに“岩”を眺めるハオンジュ達にヒミコが歩み寄る。

岩神(トロール)はね、あたしが創った守り神なの。仏像にお札を貼れば誰でも主になれる簡単な術だけど、トロールのお陰で今まで信長に攻められずに済んでたの。トロールが帰ってきたのも、みんなのお陰だよ」

突然、まるで電撃が走るようにとある感覚がヒミコの頭を過った。それは、“糸が切れたような”空虚だった。――トロール・・・。考える間もなく、祠の屋根が吹き飛んだ。“今”誰も居ないはずの祠、その周囲にも人の姿は無い、安堵と平穏に包まれたはずの祠が、瞬く間に崩れ、崩壊していく。邪馬台国連合の人達が集っていき、崩れた祠から1人の男が姿を現す。ヒミコを含め、周りはただ、内心で首を傾げた。その男は、邪馬台国連合の兵士が着る鎧を身に付けていた。

「お前――」

誰かが口を開く。名も顔も覚えられていないただの一兵士の男に向かって。しかし直後、男は“歪んだ”。誰もが眉間を寄せた時、男はカゲイチとなり、笑みを溢したカゲイチは直ぐ様2本の剣を抜いた。

「仏像は粉々だ、もうトロールなんて人形は居ねぇ。覚悟しろ」

ハオンジュはふとヒミコを見た。ヒミコは悔しそうでもないし、悲しんでもない。すでに“眼差しだけで”ウロウロしていた。

「リリー!ナオ!麓に居るキッコウを!」

「うん!」

走り出した2人。そしていつもヒミコと親しげに話していた男、タテヒコに続いて、ハオンジュが素早くヒミコの前に立ちはだかったその“段取りの良さ”に、カゲイチは無意識に狂気の笑みを少しだけひきつらせた。

「何故、キッコウが麓に居るって」

「ちょっと“読み間違えた”だけ。イサミおいで」

言うなれば“雨が止んだ”かのよう。空の亀裂は“大人しくなり”、アポロンはまた1匹の鳥獣を手加減した火柱で追い払う。しかし未だに鳥獣は見渡す限り。落ち着いた鳥獣は人を襲わないものの少しも収束してはいない状況に、アポロンは焦りを募らせていた。その時だった、どこからかざわめきが聞こえてきたのは。

「武田軍が攻めてきたぞぉ!」

そんな声が町に響き、人々がどよめく。

「アポロンさん、この国って戦争してるんですか?」

「別の国で、島津という者に聞いた。織田信長という者と、武田信玄という者は敵対していると」

「じゃあ、止めた方がいいですね」

「止める?それは、先程共に行動していた者の為なのか?」

「えっと、そう、なるのかな。でもそれより、この町の人達を守りたいんです」

禁界の情報は、これまで精霊によって集められたもののみ。そして文明の情報とは別に、実際に見てきた精霊の感想で、1番新しいものでは「禁界の人々は“人間社会の中で最も、真理に近付いたコミュニティー”」だそう。そんな事を思い出しながら、アポロンは戦いの決意をした殺気の無い眼差しのクレラの横顔を見ていた。それから町外れの野原、城を目指してやって来る兵隊と城を守る兵隊との怒号がぶつかるその戦場で、3人はまるで我関せずといったように宙に浮いてゆっくりとやってくる1人の男を目に留めた。しかしそうかと思えば3つの球体と共に浮いている男はそれぞれ色違いの球を前方へ動かし、球から赤紫色の光線を放った。土埃と共に、兵士達が吹き飛ばされる。

「翼解放っ」

アポロンは内心、子供のように興奮していた。――これが、伝説の、翼。クレラは真っ白な翼と鎧、ハルクは真っ白な翼と白黒の鎧、そして胸元には赤い宝石というアクセント。それから2人はフワッと宙に浮き始める。――空を飛ぶ魔法など存在しないという常識を覆す、翼の形成魔法。と言っても本物の翼ではなく、浮力と常時霊力発現を兼ねた独立器官であり、鎧は“霊力から人体を守る”器官だというのが精霊たちの見解だが。

「アポロンさん」

「あっあぁ」

霊力を込め、ネックレスに“収納”していた鎧型霊器「(ルヴォス)」を取り出す。「わっ」と声を上げたクレラのリアクションが何となく気になりながら、そしてアポロンは背中から霊力を吹き出し、宙に浮く。

5匹の“シロクマアルマジロ”を無事に集めたバクトは黒氷で階段を作り始めた。何十メートルか上空の亀裂に向かって。そして巨獣たちを先導しながら、カイルに大きく手を振った。

「こっちはもう大丈夫だよー」

「うん!」

空を登る巨獣たちという奇妙な景色などむしろそっちのけで、信長軍兵士達はカイルを追っていく。何万何千という敵に囲まれている事などまるで気にしていないかのような堂々たる姿勢でカイルはすでに、柴田勝家、木下秀吉、明智光秀と対峙していた。

「戦いを止めて下さい。信長さんは間違ってます」

「小童が。主君が例え間違っていようとどこへでもついて行く。故に家臣だ!貴様の言葉など聞く耳持たぬわ!」

勝家の迫力ある怒声。そんな雰囲気に突き動かされるように、周囲の兵士達がカイルに向かって一遍に斬りかかる。カイルは突っ立っていた。しかし兵士達は“煽られて”押し退かれていく。

「でも、あなただって1人の人間として自分の意思でやりたい事をやったりする資格はあるはずなんじゃないんですか?」

「柴田家は代々織田家に仕えてきた。生まれてくる場所を選べぬなら、その生まれた場所で命を尽くすしかない。それが戦国の世だ」

「殺し合わなくたって、人間は生きていけるんじゃないんですか?」

「片腹痛いわ!」

「お主、信長様は間違っておられると言ったな。確かに殺生を罪だとしても、信長様が天下を統一し、国が1つになれば戦など起こらなくなる。故に、その殺生には大義がある」

「大義・・・」

勝家とは対照的な光秀の冷徹な眼差しをカイルが真っ直ぐ見つめるその一方で、巨獣を亀裂に返したバクトは黒氷で亀裂を固めた。一仕事終えたかのように胸を撫で下ろしたバクトはふと、“静かな方面”を見下ろした。その眼差しにはカイルへの心配が宿る。

「殺す事に大義があったとしても、その大義自体にどれほどの価値があるんですか?」

「価値、だと」

「誰かを不幸にするほど、その重みで大義は小さくなるんじゃないんですか?そんな小さな大義の為に、あなた達が命を削らなきゃいけない理由なんてないはずです」

「なら大いなる大義とは何だ」

「簡単に言うなら、殺さない勇気です。信長さんは他人と共存する事に臆病なだけです。だから信長さんは間違ってます」

「アッハッハ!

 貴様ぁ!・・・秀吉、何を笑っておる!」

「説法で弁慶を伏したというのは本当らしい。いやあ、わしはお主を気に入ったぞ」

「何ぃ!秀吉貴様、裏切る気か!」

「いや、言葉は真理をついていると言っただけだ。されど、世の“うねり”は戦である。信長様が戦を止めても、誰かが信長様と同じ事をする。何故なら、弱いものに正義を説かれても、人は聞く耳を持たぬからだ。故に、強さを求めて人を負かすのだ」

「負かさずに仲良くなればいいじゃないですか。それが出来るからあなた達は今仲間なんじゃないんですか?」

勝家は地面を強く踏みつけた。ドスンという音はまるで“呼び掛け”のようにカイルの問いを遮った。

「焦れったいわ!ここは戦国の世、説法を説くなら負かせてからにしろ!」

根元から二又に分かれている刀が降り下ろされる。それは当然のようにカイルの腕から発せられる音波の壁に遮られたが、勝家が闘志の笑みを深めると二又刀の空洞部分から音波が放たれ、刀は“振り切られた”。

カゲイチは腕と一体になった剣を振るう。カゲイチのプラズマとハオンジュのプラズマがぶつかり、弾け合う。ハオンジュのプラズマの剣とカゲイチの剣とがぶつかり、殺気が弾け合う。

「どうして人を傷付けるの?」

リリーの問いの後、息を整えたキッコウの荒い鼻息だけが残る。“人ならざる2人”を見つめるキッコウの眼差しには焦りがあった。――2対1だからじゃない、純粋に強い。

「ただ殺し合うなんて、間違ってるよ」

「だが・・・信長の野郎には敵わない。従うしかねぇんだ」

「じゃあ私達が信長さんに、殺し合わないように頼んでみるよ」

「オデより強いのは分かる。だが、それでもおめぇらじゃ信長には敵わないだろうよ」

「大丈夫、人間なら話せば分かるもん」

「・・・・・・話せば分かるなら、殺し合いなんてしないだろ」

その時、どこからかオオカミの鳴き声が聞こえてきた。キッコウ、ナオ、リリーは一様に“その方面”に顔を向ける。どこからかは分からない。それはまるで風のように掴み所のない響きだ。しかしそのふとした静寂は、林の茂みから出てきた1人の男によって破られた。

「これだから“ただ腕の利くだけの輩”は」

「おめぇは誰だ」

男は刀を鞘ごとザクッと地面に突き刺し、それから刀を抜いた。その刀は男の身長よりも長いもので、更にどこか野性味のあるその風貌に3人は何となく“ただならぬ気迫”を感じていた。

「森蘭丸。主君は織田の信長様」

「援軍か」

「しかし貴様は今しがた、信長様を裏切ろうという口振りだった。その龍共々、貴様もここで果てるがいい。我利点睛――」

中心の蘭丸へと、周囲から吹き込む突風。それはナオの炎とリリーのオレンジ色の光もかっさらった。そんな一瞬の後、蘭丸の脚は獣の骨格と成り変わり左手は鋭い爪を携えて獣のように肥大し、そんな左手から肩にかけては白い毛皮が纏われ、そして刀は真っ赤に染まった。

「喰神・紅牙魔狼(こうがまろう)

迷いの無い踏み込み。その殺気を前にナオとリリーはとっさにクウカクを意識する。刀がクウカクを滑り、リリーが「あっ」と声を出す間もなくキッコウの籠手が弾き上げられる。耳を突くほどの鉄と鉄とが鳴らす音が消えるより早く、すでにキッコウの胸元からは鮮血が舞い上がっていた。――ソクジン!。

宙で止まる血飛沫、動きが止まるキッコウ、風も止んだ世界で、リリーは目を見張った。蘭丸だけは、少しだけ早く動いていたからだ。キッコウから離れさせようと霧化した翼で蘭丸を突き飛ばした直後、止まっていたナオは動き出した。

「ナオ、蘭丸さんの事お願い」

「うん」

ソクジンが解かれ、血飛沫は動き出し、キッコウは倒れ込んだ。キッコウの体から炎とオレンジ色が溶け出していく。

「キッコウさん」

「ここまで、か、くそぉ」

「雷光天貫!ファイヤーアーム!」

蘭丸は目にも止まらぬ速さで走り出す。しかしすでに、蘭丸は“限りなく遅くなっていた”。そしてその場の“誰にも見えない速さ”で、ナオは拳を振るう。それから大きな籠手から炎を盛らせ、ナオは“立ち上がる蘭丸と見つめ合った”。

「この私に、追えないものがあるとは」

「敵わないのが分かってるのに攻撃してくる理由は陽動とか囮くらいしかないと思うけど。何が狙いなの?もしかしてヒミコちゃんかな」

「ヒミコは、あの奇怪な力を求めた信長様の手紙を送り返し、会いに来る事すら拒んだ。奇怪な力は味方なら重宝するが、敵ならこの上ないほどに邪魔となる」

「手に入らないなら殺すって?」

「信長様はそういうお方」

「ふーん。悪いけど、勝ち負けが全てなら、君達はただの負ける側だよ」

「喰神の力は、こんなものじゃない」

蘭丸の背中に虹色の光輪が浮き上がる。ナオが小さく首を傾げてそれから真っ赤な刀を残し、蘭丸は純白に染まった。そして逆立てた真っ赤な刀の背に手を添えて、蘭丸は切っ先と眼差しを真っ直ぐナオに差し向ける。その時、ナオの眼差しに“本気”が宿った。――速陣!。

蘭丸は“動いていた”。常識はずれな長い刀を真っ直ぐ突き出してきた。ナオはギリギリでかわし、最上の気魔法を施す。それから振られた刀は空殻にぶつかり、“本来なら”銃弾のように回転する空気の塊「旋空螺」はその炎風で蘭丸の動きを止めた。その時、蘭丸は垣間見た。白黒をベースに黄色の差し色が入ったといったような色合いの体に、新しく赤の差し色が入り、そして4枚の翼は全て羽毛が無い滑らかな質感のものだったが、上部2枚の翼は羽毛が生えたものになった、そんなナオの変化を。

「クアッドループル・フォーム!」

それから炎と共に黄色く弾ける雷光も纏った大きな籠手を、ナオは振り上げた。その一瞬、蘭丸の眼差しに殺気が満ち、正に獣の如く飛び出した。真っ赤な刀がナオに届くその直前、大きな籠手は“地面を鳴らした”。その地震に足場は揺らぎ、真っ赤な刀は空を切る中、更に同時に“熱風”が蘭丸を襲った。ナオはその場から動いてはいない。蘭丸の目には“電気のように迸る黄色い空震”が映っていた。“再び”、羽ばたく翼が目に留まる。衝撃を“迸らせる”黄色い空震をかわしても、“帯電する風”に襲われてビリビリが体中を走っていく。踏み込みに力が入らない、そんな蘭丸が次に見たのは“揺れる地を裂いて這ってくる火柱”だった。真っ赤な刀が虚しく転がる。地面に爪を立てる蘭丸にそれから“電気のように迸る炎”が襲っていく。真っ赤な刀を何とか拾い上げると、蘭丸は怒りを込めて遠吠えを上げた。全く油断ならない、その“天変地異”に向かって。

キッコウはゆっくりと目を覚ました。――オデは、死んでない、のか?。何だか、体が重たい、それに冷たい。そうキッコウは仰向けでただ、空を見上げていた。

「キッコウさん」

聞き慣れたような声。いやさっきまで聞いていた声に、キッコウは目線を傾ける。そこには人間に戻っていたリリーが居た。キッコウはふと、自分の村に信長軍が攻めてきた時の事を思い出した。それでもオデは信長軍の奴らを何人も殺した。その強さを見込まれて信長軍に何故か引き込まれたが、オデは復讐の機会が伺えるならいいと思った。

「でも、ようやく信長を襲えたのに、全く歯が立たなくてな、しかもそこで信長はオデを殺す事なく、言ったんだ。目的があれば人は生きる気力が湧く、もっと精進しろ。ってな。信長の野郎、自分から襲って来やがったくせして」

何でオデ、ペラペラ喋ってんだか。動けないからか、沈黙が気まずいからか、女のその“慈悲臭い”顔に勝手に口が動いたのか。リリーはただ、安堵していた。すぐに私の力で“傷口を凍らせて”良かったと。

「何の為に、戦ってんだろなぁ」

カイルの力とバクトの力、それから進軍してきた火爪、雷眼、水拳の力を巻き取り、勝家は“カラフルな竜巻”に包まれる。何が出るのか、火爪は腕が鳴る思いで居た。ワサワサと毛並みは喚き、脇の下の砲身は眼差しのようにその砲口を勝家に向けていく。

「喰神・断骨戦王(だんこつせんおう)

全体的に身体のサイズが大きくなり、およそ身長は2メートル半くらいにはなった。しかし何よりも目を引くのは、身長と同じくらいの柄、そしてど真ん中に大きな頭骸骨があしらわれた巨大な両刃斧。直後、火爪は背中から1発の棘弾を撃ち出した。ヒューッと風を切る音にカイルは振り返り、勝家は棘弾を静かに見上げる。カイルは分かっていた。勝家は、自分の音波だって吸収していると。案の定、棘弾が目標に届く前に爆発すると直後、勝家は“消えた”。空気の振動、雷鳴、水流音、どれとも付かない音を残し、勝家はすでに火爪の頭上で大斧を振り上げていた。誰もが「あっ」と言う間もなく、火爪は地面へ叩き落とされる。

「火爪!体借りるぞ」

「あぁ、くそぉ」

光で繋がれて“合体させられるように”火爪は消え、雷眼は少し巨大化して“黄色い鳥人”となる。すると棘弾には雷光が加わり、その爆発も威力は増したが、“皆の力”を纏った大斧の風圧に消し飛ばされてしまい、それから2人は共に落雷のような速さで“やり合っていく”。

「来ないの?」

バクトはそう問いかけた。しかし光秀はバクトとカイルをただ見つめるだけ。そして秀吉もまた、気怠そうに頭を掻きながらそんな光秀を見ていた。

「光秀よ、お前さんが心底信長様を慕ってないのは端から見ててよく分かる。確かに誰にだって短気だが、お前さんへの当たりはまあキツい。同情はするさ」

体を斬られてもそもそも“人体じゃない”から痛みは無い。腕を斬り落とされたその一瞬を突き、雷眼は「炎帝剣」から銀河色の「皇炎穿」を撃ち放つ。

〈いくら何でも皆の力が取られてっからな、“俺らだけ”じゃ時間の無駄じゃねぇか?〉

「確かにな。水拳来てくれ!」

「うわーい」

まるで見上げるように砲身を上げた、砲台モードの水拳に光が繋がれる。同時に雷眼と火爪は見上げていた。体でもって皇炎穿をどこかへ受け流した直後、斧も含め、全てを純白に染めた勝家を。そして黄色い鳥人は、また少し巨大化して“ターコイズブルーの鉄鎧を着込んだ”。――合体は伊達じゃない。

「バルディナ・バルディン」

そう雷眼は3人の力が集約されたバルディッシュを作り出す。斧と斧がぶつかる、そんな空中戦をまるで他人事かのように見上げる光秀。

「わしにだって、天下統一の志がある。確かに主君が信長でなくてはならない決まりはない。のう光秀、わしらで、信長を葬ってやるか 」

「え、あの、仲良くすればいいんじゃ――」

聞こえていて分かっていて無視をする。そんな2人だけの世界に、カイルは口をつぐんでしまう。光秀は振り返った。その向こうには、信長の城である安土城がある。――小さな大義の為に、命を削らなければならない理由だと?。そうか、そもそも大義など考えるだけ無駄なのかも知れない。所詮、殺し合いだ。

「ヴァガルファー、あの2人十分なエネルギーだと思うけど、やってみれば?Aプラン」

ヴァガルファーの眼に映っているのは、絵画のようにそれはそれは美しい戦い。赤、黄色、水色、白黒、炎、水、雷光、銀河、波動、爆発、凍結、破片、反射、その全てが、ゆっくりゆっくりと現れ、消え行く。

「聞いてんの?」

「あぁ、そうだな。やってくれ」

両刃斧を持つ方、片刃斧を持つ方が離れ、まるでこれから勢いをつけてぶつかろうというその中心に向けて、マヤデナは衝撃球を投げ込んだ。2人が近付いていき、斧が振り上げられ、そして衝撃球が爆発する。2つの斧が、挟むように亀裂に叩きつけられた瞬間、亀裂は広範囲に加速した。

“割れた”という事だけは分かる、何とも言えない大轟音。バクトや光秀達、4人は反射的に振り返った。ものすごく広大な“亀裂”。瞬く間に中心の穴が“空を砕いていく”。中心に居た勝家と雷眼達も思わず手を止め、地面までぽっかり開いた巨大な穴を見回した。空の境界線、地面の境界線、それから大都会な向こう側。こちらは更地、しかし“一線”を越えれば未来的な街並み。そんな沈黙の中、向こうから1機の飛行物体がやって来た。すごく遠くの超高層ビルの方から来た、ステルス機のような平たい飛行物体は2人の目の前で滞空し、再び沈黙が訪れる。

〈あぁ?何だコラ、やんのか?〉

〈火爪~、挑発しちゃだめだよ~〉

操縦席と思われるガラスは真っ黒。パイロットの様子は分からない飛行物体はそれから、ゆっくりと“境界線”を越えてきた。静かなエンジン音だけが沈黙に響く。すると飛行物体は正に“見渡すように”その場で旋回し、ゆっくりと山の上の城の方角へと動き出す。

〈こんな大きな穴だもんな、もし敵視されでもしたら――〉

〈あっ〉

雷眼達はスッと飛行物体の目の前に浮き上がり立ちはだかった勝家を見る。

〈おっさん、手ぇ出さない方がいいぞ?〉

しかし直後、飛行物体はエンジン音をすぼませ、ザクッと地面に突き刺さった。

〈うっわ、おいおいおっさん〉

「俺ぁ何もしてない、勝手に落ちた」

ハルクは白黒の水流で身を包み、龍形態になる。“記述の無い姿”にアポロンが目を見張る中、平清盛は球体から赤紫の光弾を乱射していく。すでに大半以上の信長軍兵士が地に伏しているが、同時に何人かが刀に赤紫を宿して“光弾を返していく”。そこにハルクも“再び”白黒の水流を球にして撃ち放つが、1つの球体が“勝手に”動いて赤紫の壁を作って無効化し、“再び赤紫の蛇のような光”を吐き出す。――敵に近付けないし、埒も明かない。アポロンはふと、決意を固めた。

「クレラ、ハルク、私の後ろに下がってくれないか。巻き込まれないように」

「はい

 あぁ」

清盛はこちらの方を見てはいる。まるで高みの見物のように戦いを球体に任せて。龍形態であっても体勢を崩せない事を少し焦りながら、ハルクは下がっていく。それから入れ替わるように前に出たアポロンは“2人”とアイコンタクトを交わした。

「クレラ、おぉそうだ、後はそれを限界まで高めるだけだ」

「はい!すごいですねリッショウ。疲れが飛んじゃいます」

クレラがふと、右側頭部では角が生えて髪が紫がかり、左側頭部では少し伸びた髪が朱がかる、そんなアポロンの後ろ姿を見た時。

二極火柱(ドゥボージ・ストグニア)!」

それは最早、“壁”だった。紫と朱のコントラストがキレイな激烈な熱波と立ち上った炎。戦場は“止まり”、誰もが空を仰ぐ。それから塵も風も引き連れて熱波も過ぎ去っていったそこに清盛は居た。しかし少し全体的にボロついた印象を確認した直後、1つの球体は“巨大な蛇”となり、ドスンと地面を鳴らし、頭を上げ、大きく口を開けた。

「ガァァァ!」

赤紫の火炎放射がアポロンを襲う。クレラがハッとする中、赤紫の炎はアポロンの光壁を伝い、信長軍兵士にも放射されていく。

「雷光天貫」

龍形態の体と同じくらいの大剣を作り出し、ハルクは剣を振り上げた。“剣という形を成した津波”がバシャアッと蛇を覆い、剣が振り下ろされると“白黒が滝の如く”蛇を叩き潰す。しかしまるで滝を被っただけと言わんばかりに蛇は地を這い頭を上げ、威嚇するように雄叫びを上げる。そんな蛇にハルクはふと、首を傾げる。――それほど頑丈とは・・・。

オオカミの遠吠えが響き渡る。風圧は熱波となり、それは“熱いまま”迸り、そして“熱くて迸るまま”空気を震わせる。ナオはまだ、その場から動いてはいなかった。そして、真っ赤な刀はその紅さを失った。渾身の一太刀ですら届かなかった“その龍”を見上げ、蘭丸は刀を鞘に納めた。一方、カゲイチも喰神の“時間切れ”が訪れ、2本の剣はカランと地面に転がる。肩を竦めたカゲイチは(ハオンジュ)を見上げ、手を広げて見せた。

「負けだ。殺せよ」

「前の私だったら殺してたけど、私、変わったから」

「そんなに“殺し慣れ”してんのにか」

「腕は鈍らないけど、心は変わった――」

ハオンジュの脳裏に浮かんだのはリリーの笑顔、そして3人での日々。――きっと、リリーならこう言う。

「あなたも、変われる」

「ハオンジュ」

やって来たリリーは、とてもリラックスしていた。ヒミコも一緒に居るそんな“終戦感”にハオンジュも無意識に肩の力が抜ける。しかし逆にカゲイチは眉間を寄せ、キッコウが居るであろう麓の方に目線を流した。

「キッコウは、殺られたか」

「ううん、大丈夫だよ。蘭丸さんにやられちゃったけど、傷は塞いだから」

「蘭丸って誰だ」

「信長さんの部下だよ。私達と戦うのを止めようとしたら裏切りだってなって襲われちゃったの」

「そりゃあ、そうか。ならオレも、もう帰れねぇや。オレもキッコウも、この戦いで成果を上げなきゃ切腹って言っちまったから」

「セップクって?」

「死んで詫びる事だ。このままのこのこ帰っても、どうせ命は無ぇ」

「じゃあ邪馬台国で暮らせばいいよ」

「何言ってんだ。敵だったのに」

「大丈夫だよ。生きてさえいれば、謝れるから」

「こう言うのも何だけど、信長は考えが浅いね」

ヒミコの発言に、しかし特に悪意などは感じられない表情に、カゲイチは黙ってヒミコを見る。

「トロールなんて、簡単に作れるもん。トロールなんかに命かける事ないよ?これから真面目に働くっていうなら、リリー達に免じて居させてあげるけど」

「・・・えーいっ」

スティンフィーは皆から集めた沢山の魔法の粉を“見えない2人”に投げつけた。“臭い”ではそこに居るのが分かってる。しかし見えないので話しかける事すら出来ない。そこでスティンフィー達はとある答えを出したのだった。ヴァガルファーとマヤデナに“蜘蛛の巣状の繊維”が降りかかる。

「うえぇ、何?ちょっと・・・あ」

マヤデナは振り返る。その小さな茂みには、隠れるように“追っ手の女達”と“目障りな剣士”。何故気付けなかった。しかし直後、マヤデナは足を取られて倒れ込んだ。腕に着けてある“加速スイッチ”が地面に当たり、スティンフィー達と桃太郎の目の前に、“マヤデナとヴァガルファーが現れる”。

「あは、捕獲~」

――この女。そうマヤデナは立ち上がれもせずにもがいていく。

「ごめんね。逃げて欲しくないから、しょうがなかったのよ。そちらが、あの大きな穴を作った張本人かしら」

マヤデナは首を傾げた。ヴァガルファーは“人には見えない”。だからわざわざ加速スイッチを作ったのに。それからマヤデナがふと振り返ると、加速スイッチが壊れた“普通の世界”でもヴァガルファーの姿は見えていた。

「ヴァガルファー、何で」

繊維が絡み付く状況をまるで忘れているように、ヴァガルファーは“いつものように”思いに耽る。

「ここまで過度な接触は経験が無い。流石に意識が引き込まれたか。いや、むしろ新しい面を知れるのは有意義か」

桃太郎は刀を抜く。刃が鞘に擦れる音が静かに殺気を立たせ、ヴァガルファーは“敵意の無い”眼差しを桃太郎に向ける。

「何故このような事を、よもや信長様に危害をもたらす気か」

「なるほど、それがお前の疑念か。断言しよう、誰かを陥れようとか、そういう気は全くない」

「じゃあ何でやってるのよ、あんな大きな穴、違う世界と繋がっちゃってるじゃないのよ。精霊達が言ってるのよ、このまま放置すればいづれ全異世界同士が繋がっちゃうって」

「あぁそうだ。それだよ、全ての世界の壁を無くす、それが、それだけが俺の目的だ」

「だから、理由は何だよ」

サニーは問う。それでもヴァガルファーの眼差しはどこか他人事のよう。そしてヴァガルファーは振り返り、崖の上から“大都会”を眺めた。

「理由じゃない、必要なのは現実だ」

「・・・理由も無く、壁を壊すってのか」

「壊す事が目的だ、理由じゃない」

「そんな事したら、どうなるか分かってるのかしら」

「未知への探究以外に、探究の意義があるのか?」

「・・・何だよそれ。どうなるか知ったこっちゃないってのか」

その時、マヤデナは手に絡まる繊維を引き剥がし、“手を使わずに”自身の脚の間に剣を突き立てた。更には“勝手に”剣が動いて繊維を切り、マヤデナはパンパンと服を払いながら立ち上がった。

「ふう、あー、加速スイッチ壊れちゃった。で、どうすんの?邪魔するなら、戦うしかないだろうけど?」

〈あーあ、来ちまった〉

大都会から再びの“ステルス機”。今度は境界線を越える前に下部からガトリングガンを出し、射撃を始めた。“雰囲気”は戦国時代とはいえ、まるでコンクリートの壁に向けてエアガンでビービー弾を撃つように、銃弾は勝家の体をキレイに跳ね返っていく。火爪は内心で溜め息をついた。仕方のない事だと言えばそれまでだ。ましてや、頭に血が上り易い戦国武将なら。境界線を越えてすぐ、ステルス機は大斧を叩きつけられた。気持ちいいほど真っ二つにぶった切られ、ステルス機は可哀想なほど機械片を散らした。その“反対側”、スティンフィー達はふと、境界線の向こうから来る飛行物体に目を留めた。円盤状で、上部4点にプロペラがある、そんな物体。それは割りと大きく、スティンフィー達の眼差しにマヤデナ達も振り返ってしまうほどだ。それから円盤が境界線を越えてきて、プロペラの轟音、風圧がやんわりと崖の縁に立つマヤデナ達を靡かせる。まるで野次馬のようにスティンフィー達も崖っぷちに歩み寄る中、そして境界線と崖との間に、円盤は着陸した。

「あら、降りてきたわね。調査かしら」

「まぁそうなるよなぁ」

その広大な平地はこの世界の人間達の“戦場跡”であるが、中にはまだ戦える者もちらほらと居るようだ。“異物”に集る、疲労混じりの薄汚い兵士達に対して、円盤の下からは汚れひとつ無い、真っ白な戦闘スーツを身に纏った人間達がキレイな銃器を見せつけていく。どうしようも出来なそうな“対峙”。そうスティンフィーは唇を結ぶ。

突然の“通信遮断”と“攻撃”に、その男は警戒していた。ヘルメットのアイガードから見えるのは、“何とも時代遅れな風貌”の人達。きっと、普通の人間なら“こういう状況”は避けられないだろう。我々だって、“未知なものを攻撃しないで居る自信”は無い。そう男は銃口を向ける。その未知に。その時だった、境界線の“裏側”から、爆炎が上がったのは。そして直後、再びヘルメットの中の通信機に通信が入った。

〈こちら管制、また無人機がやられた。気を付けろ――〉

未知なる世界の兵隊の向こう、境界線の裏側から、それは現れた。

〈真っ白に光ってる男には無人機のガトリングが全く効かなかった――〉

耳には入っている。しかし皆はただ、無人機の残骸と爆炎を抜けてきたその男に、ただ釘付けになっていた。

〈しかも無人機を斧で真っ二つだ〉

骸骨があしらわれたバカでかい大斧は、背筋を凍らせた。肉体と精神を鍛え上げ、戦闘スーツを着込んだ屈強な軍人達が皆、その威圧感に言葉を失っていた。

〈もう1つの巨大な熱源もガトリングが効かないようだが、無人機からの映像からでは敵意は無さそうだ〉

すでに、真っ白な男は宙に浮きながらこちらを見下ろしていた。思わずアサルトライフルのグリップを握る手に力が入る。

「カイデン中佐――」

その男、本偵察部隊隊長であるカイデンの隣に1人の部下が近寄った直後、未知なる兵隊は雄叫びを上げた。真っ白な男の姿に士気を上げたのか、そして向かってきた兵隊を前に、30の軍人は皆、アサルトライフルの引き金に指をかけた。――やるしかない。

「撃てえ!!」

その“裏側”、雷眼達は“最初に来て勝手に電源が落ちたけど復旧したステルス無人機”と新しく来たもう1機のステルス無人機と“睨み合っていた”。ガトリングガンは勿論効かない。そこで撃たれていた最中雷眼が両手を上げると、射撃は止んだのだった。しかしそれから、沈黙が続いていた。

〈雷眼、どうするよ〉

「ここはちゃんと言葉で、敵意が無い事を主張するべきだろう」

〈誰によ、てか、おっさん裏側に行っちまったけど。何かあんのかな〉

〈行ってみよーよ〉

〈ステルス機みてぇなこいつら、こっちも黙ってりゃ襲って来ないだろ〉

しかし雷眼が歩き出した矢先、ステルス無人機はスッと前方を塞いだ。

「ニーク!ミサイル着弾ポイント、あの男に撃ち込んでやれ!」

ニークはミサイル誘導信号発信器が組み込まれた特殊な銃弾をライフルに装填する。銃弾の雨が、容易く未知なる兵隊の鎧を砕く。刀は宙を舞い、旗は虚しくパタリと倒れる。逆にむしろ、丸腰の相手を撃ち殺しているんじゃないかと思えるほどの性能格差。瞬く間に兵士が倒れる様に、勝家は大斧を振り上げた。ライフルの銃弾が勝家を跳ね返り、そして“地面は割れた”。体が強く跳ね上がる。降りかかってきた岩石と土、衝撃、それからカイデンはアイガードから垣間見た。見えてる限りの全員が、倒れ込んでいた。地割れした地面に落ちている者、気絶している者、すぐに立ち上がる者、カイデンがふと地に手を着いた時、指先は地面の切れ目に差し掛かっていて、ただ背筋がゾクッとした。――そうだ、ニーク・・・。

「ニーク!」

砂煙から1本の赤いレーザーポインターが伸びていた。それから膝を着きライフルを構えているニークの脚や腕が見えてきたそこで、ライフルは発砲した。カイデンは素早く上空を見る。小さくカツッと音がして、勝家の腹には小さな赤い誘導信号が付いた。

「管制!管制!ミサイル要請!」

〈こちら管制。ミサイル誘導信号確認、ミサイル発射。着弾まで40秒〉

「動ける者は出来るだけ離れろ!」

とっさに叫ぶカイデンの目は振り上げられた大斧に留まっていた。そして、再びの“衝撃と地割れ”。吹き飛ぶカイデンの頭に走馬灯のように過る家族の姿。――くそ、どうしようもない、何なんだ、この力は。カイデンは走り出す。――とりあえず偵察機まで。それからカイデンは振り返る。勝家は逃げる偵察部隊を毅然と見下ろしている。その佇まい、純白、神々しさ、それはどこか、神を見ているような気分にさえさせる。恐らく偵察機でさえ簡単に破壊されるんだろう。いざとなったら自分の世界に戻るしかない。そして、また大斧は振り上げられた、その時だった。境界線の裏側からミサイルが現れ、急カーブして、標的に着弾した。

「おお逃げろ逃げろっ」

走り出した矢先、崖の上のスティンフィー達は熱風に煽られて転がった。それはマヤデナ達も同じで、繊維が絡まっているヴァガルファーは成す術無く倒れ込む。それからスティンフィー達は目を留めた。ミサイルが直撃しても、無傷で浮いている勝家に。

同じくしてカイデン達、偵察部隊も見上げていた。神々しさと、その絶望を。

「あり得ない・・・」

アサルトライフルはどっかに飛んでった。戦闘スーツは破損していないものの、無防備なカイデンの目にはそれから、再び振り上げられる大斧が映っていた。――終わったか・・・。その瞬間、その男よりも巨大な熱源が、男をぶん殴った。

ヒミコは赤い文字が書かれた札を貼り、“木像”をタテヒコに持たせる。それは手頃な木の棒をナイフで削り、30分ほどで作り上げた簡単なものだ。そして木像に向かって小さく呟きながら祈りを捧げてそれから、ただの岩は動き出した。

「あれ、何かイサミっぽい」

ガシャガシャと岩の体を擦らせながら、10体の鳥型トロールは羽ばたいていく。ハオンジュはふと、満足げなヒミコの横顔を見ていた。

「うん、今回は鳥にしてみた。それじゃみんな、トロール出来たしカゲイチさん達も居るからもう大丈夫。今までありがとね」

短い時間だったけど、いざ終わるとやっぱりちょっと寂しくなる。そんな事を思いながらハオンジュは翼を解放する。同じくナオとリリーも翼を解放し、そして皆は大きく手を振り、飛び去った。

雷眼に殴り飛ばされた勝家は崖に激突し、再びスティンフィー達は大きくよろめいてしまう。スティンフィーは尻餅を着き、桃太郎は勝家に駆け寄る。

「ヘックシュン!」

〈おっさん、無駄に敵作ったってしょうがないだろ〉

「勝家殿!」

セブンがスティンフィーに手を貸す一方、カイデンは突然の命拾いをもたらした“もう1つの巨大な熱源”をただ見上げていた。

「桃太郎、こんな所で油を売っておったか。お前亀裂を調べているんだったな。ならあの異国人共を何とかしろ」

〈何言ってんだよ。おっさんがちょっかい出すから悪いんだろ〉

「弁天の賊は黙ってろ」

「桃太郎殿」

桃太郎、勝家は振り返る。気配も無く、すでに片膝を着いていた服部半蔵に。同じく気配に気付かなかった雷眼達も、少し遠くのスティンフィー達も、桃太郎達3人の世界にふと目を留める。

「信長様より伝令。只今越前にて、桃太郎殿の知り合いという異国人が武田軍平清盛の侵攻を迎えていて、直ちに加勢せよとの事」

「相分かった、直ちに参る」

バクトとカイル、光秀と秀吉は揃って、やって来た1機のステルス無人機を見上げていた。そんなただの睨み合いの一方、カイデンは恐る恐る雷眼に歩み寄っていた。――こっちの方は、話が通じるかも知れない。

「ここは、何だ!」

雷眼が振り返る。そんな呼びかけに、崖に降り立っていた勝家も縁へと歩み出す。

〈ただの異世界ってとこだろ。俺らだってよく知らねぇ。あんたらと同じで、そういう空間の亀裂を通って調べに来た〉

「おーい、なら教えてあげるわよ?亀裂はね、全部その2人が作ってるのよ」

〈はぁ?〉

すぐ言う人。亀裂に異物かけただの、臭い捕まえただの、繊維をぶっかけてきておいてごめんねだの。“カラフルな巨人”に笑みを見せながらこちらに指を差してきたスティンフィーに、マヤデナはただウザさを感じていた。――1番めんどくさい女だ。

〈何でだよ〉

「理由など無い。亀裂を作り、全異世界を繋ぐ事が目的だ」

〈はぁ?〉

「その先に何がある」

雷眼の問いに、ヴァガルファーは微笑みを見せる。依然として繊維に絡まっているのに、何笑ってんだと火爪は内心で目を細めた。

「未知への探究こそが、目的だ」

〈どうなるかが見たいだけとか、1番めんどくせぇな〉

「この世界は群雄割拠。そんな世界がどう壊れるか、戦争がただ複雑化するだけか、あんたみたいに敵意を持たずにコミュニケーションを取ろうとするのか。でもさ、例え世界の壁が無くなったって、そうやって敵意を持たないようにすればいいだけなんじゃないの?新しく争いが生まれるのは、世界のせいじゃない。人間が愚かだからなんじゃないの。バカみたいに自分達が争うのを私とヴァガルファーのせいにするの、おかしくない?」

スティンフィーは唇を結ぶ。正論と言えば正論。人間は、すぐに争う。何の為に戦ってるかなんて分かってないだろうなって、よく思う。その時、勝家は地面を鳴らした。スティンフィーがすごくビクッとするほどの音だった。

「難しい話をして戦人を小馬鹿にする畜生共が。信長様の敵なら、全て葬る!」

大斧は振り上げられた。しかし雷眼が手を出すより早く、大斧は“大量の様々な刀剣”に押さえつけられていた。まるで磁力で固まっているかのように、勝家は力んで顔を赤くする。

「甘く見ないでよね。私のカムイはロイヤルガーディアンズ級なんだから。って言っても異世界人には分からないか」

マヤデナは手をかざした。その純白の大斧に。それから直後、マヤデナは飛び上がった。雷眼でさえ、“その状況”に思考は戸惑っていた。まるで吸い寄せられるように純白の大斧は勝家の手から離れ、そして勝家はマヤデナが振り下ろした大斧によって叩き飛ばされたのだった。

突然“降ってきた”勝家はステルス無人機にぶつかりながらバクト達の近くに落下した。勝家がもたらした地響きと土埃、別の方から散らばってきたステルス無人機の破片に、光秀と秀吉ですら顔を覆い、身を屈める。――勝家殿・・・。それから風を切る音が響き、純白の大斧は勝家の近くに突き刺さった。再びの風圧が光秀達を靡かせる。そのお陰か土埃は吹き飛んだものの、すでに大斧は二又刀へ戻っていて姿が見えた勝家は元の姿に戻っていた。

「勝家殿、無様にやられおって」

「くそぉ、あの、女・・・。信長様に報告せねば。異世界だろうと上等だ、全て信長様の、配下に」

パンパンと手を叩き払うマヤデナ。それからマヤデナは雷眼達を見上げた。

「あんたらは人間の中じゃまぁ上等な方だろうけど、どうするの?戦う?」

〈俺らの本来の目的は信長じゃなくてこっちだもんな、どうするかな。カイルにも相談しなくちゃだしな〉

〈だーよね。カイルんとこ行こーよ〉

「・・・そうだな」

雷眼はゆっくり、マヤデナに背を向けた。厄介者が去っていき清々したといったように表情の力を抜いてそれから、マヤデナはスティンフィー達に体を向けた。まるで雷眼達にした質問をそのままぶつけるような、そんな眼差しを添えて。

「ねーえ、お互いの世界は保たれたまま、小さな穴をちょこちょこ開けるだけでも良いんじゃないかしら?」

「問題にならない程度の穴では意味は無いと思うが」

「新しい事をやるにしても、悪い問題は予測して防ぐべきじゃないかしら」

「何を以て、悪いとする」

「んー・・・サニー・・・」

「仕方ない、今は泳がすしか無さそうだな。アポロンのとこ戻るか」

歩き出したと思いきや、名残惜しそうに振り返ってきたスティンフィー。マヤデナは黙って冷たい眼差しを送る。

「マヤデナ、加速スイッチ、俺にもくれ」

「いいけど、時間があっていいとか言ってたのに」

「“時間が無い世界”でも、やはり議論が出来る状況は有意義だ」

「議論っていうか、半ば対立だったけど」

あれだけ勢いよく落っこちたのに、“体が重そう”という印象だけの勝家は光秀と秀吉と共に、去っていく。カイルはただ、そんな3人を眺める事しか出来ずにいた。遠くの方では何やら煙が立ち上がっていて、その煙を見て「撤退だ」とか声が上げられて、生き残った信長軍兵士が勝家達と同じ方へ逃げ去っていく。説得出来なかった。でもきっと、信長さんを説得出来れば戦いは終わるはず。

「カイル」

振り返ると、火爪達は合体を解き人間に戻っていた。火爪の微笑みに、カイルは無意識に口元を緩ませる。それはどこか、良い情報を手に入れたといったような微笑みだった。

「亀裂を作ってる張本人、見つけたぜ?」

「あの男の人?」

「あぁ。あと女の仲間が1人居た。亀裂を作ってる理由も聞いた」

「そっか、じゃあ、ストライクさん達のとこ、戻ろっか」

異世界への干渉。それは革新なのか、それとも混沌の始まりなのか。カイデンは呆然と眺めていた。動かなくなった隊員を並べていく、そんな情景を。そしてパッカリと大きく砕けた“空間”を。崖の上で何があったかは分からないが、崖の上の出来事で“この戦い”が終戦したのは確かだろう。

「管制。こちら第1偵察部隊カイデン。もう1、2部隊の偵察部隊を要請する」

〈こちら管制。偵察部隊要請を承認しました。第1偵察部隊の状況をお願いします〉

「死者は10名、偵察機は損傷無し」

〈了解〉

とりあえず“自分達の世界への穴”は防衛しなくては。カイデンはふと走り出した。“もう1つの巨大な熱源”の元が、裏側を横切ろうとしていたからだ。5人がカイデンに気付いたところで、カイデンはヘルメットを脱いで見せる。――何だこいつら、4人が、同じ顔?・・・。

「先程、同じように亀裂を調べに来たと言っていたな。情報があるなら教えて欲しい」

「情報っていうほどの事じゃねぇよ。亀裂は、とある男と女が、ただの探究心で作ってるだけなんだとよ」

「探究心・・・。無くす方法は」

「あ。悪ぃ、聞かなかった」

「そうか。情報提供に感謝する」

「あの――」

背を向けた矢先、カイデンは振り返る。同じ顔の内の黒髪の男ではなく、唯一顔立ちの違う男が前に出ていた。その表情は、どこか寂しげだった。

「これからどうするんですか?この世界の人達と戦うんですか?」

「まだ分からない。一先ずは、我々の世界に繋がるこの穴を防衛する為の部隊展開が先決だ」

「そうですか」

1つは大蛇、1つは獅子、1つは鷹、3つの球体がそれぞれそんな“怪物”になり、アポロン、ハルク、そしてクレラを襲う。3体の怪物はそれぞれ同じように赤紫の火炎を放射し、その戦場はすでに火の海だった。しかしふと、高みの見物をしていた清盛は、バタンッと音を立て倒れた獅子に目を留めた。その翼の生えた女は無傷で、“無傷の獅子を気絶させていた”。清盛は内心で首を傾げる。――我が魂使の術で生み出した“物の怪”が、気を失うだと?。

クレラは満足げに獅子を見下ろしてそれから、ハルクと戦っている鷹に目を留めた。その眼差しはどこか気が抜けているようで、人並み外れた集中力で観察しているかのよう。少しの静観の後、クレラは光矢を弓に掛けた。一方ハルクは“剣のように”白黒の水流を振り下ろす。当たりはする、先程から何回も叩き落としてもいる、しかし“全く手応えが無い”。――何故だ?。

そんなハルクを、清盛は静観していた。清盛はハルクの水流の剣を見ていた。――見事なほど高められた霊力。しかし、我が“物の怪”に、霊力の術は絶対に通じない。何故なら物の怪は“霊力”だから。むしろ“霊力ではないものでしか”傷付ける事は出来ない。しかしそんな時だった――。

「えいっ」

クレラは鷹の首と翼の付け根の辺りの“すごく微妙な一点”を、光矢で射抜いた。鷹は、清盛が目を見張るほど、一瞬で気を失った。獅子と同じくして、鷹までもがバタッと落ちる。

「何故だ!女!」

「あ・・・あの私、生き物の弱点見つけるの、得意なんです」

何故か照れるように、クレラは応えた。清盛は伸びている獅子と鷹を見下ろし、大蛇へと目を向ける。――生き物と言えば、確かにそうなのだが。まさか、こんな簡単に・・・。それからクレラは飛んでいく。大蛇の下へ向かっていく女に向かっていこうとした直後、清盛の前にハルクが立ちはだかる。

「これは、何の為の侵略なんだ」

「何の為だと、可笑しな問いだな。ただ淘汰されるのを黙って受け入れる人間など居るはずもない」

「ただ自分達を守りたいだけなら、こんな侵略は必要無いんじゃないのか?」

「甘いな。織田軍は放っておけるほど小さな国ではない。先手を打たなければ我らが滅びるのみだ」

クレラは光矢を握り締め、アポロンに赤紫の火炎を放射している大蛇の背後へと忍び寄る。その時、光壁にぶつかり、散っていく赤紫から、アポロンは垣間見た。

「わっ!」

大蛇を驚かせようと声を上げたクレラを。内心で、思わず「え?」と出てしまう。クルッと頭を振り向かせ、大蛇が大口を開けた瞬間、クレラは“鼻先のど真ん中の一点”を光矢で突き刺した。アポロンは目を見張った。口からポッと赤紫の火を漏らした大蛇が、パタンと地面に倒れ込んだのだ。そんな様に、清盛は溜め息を吐いていた。

「確かにあなたの言い分も一理ある。しかし、殺し合うという事は自分達をも滅ぼす事になる。全ての兵力を守備に回す事が1番国の為になるんじゃないのか?」

「ならその守備を凌駕するほどの敵であったら、それでも何もするなと?」

「・・・それでも、きっと殺し合わないだけで、道は開かれるはずだ」

「なら同じ事を、織田の信長にも説けばいい。織田信長は、人ならざる鬼だ。そして“真の鬼へ成り上がる前に”止めなくてはならない」

「それは、どういう意味だ」

“こんな世界に全く似合わない飛行機”がブーンと町を飛ぶ。ルアとヘルは、お城からステルス無人機を見上げる。戦国時代だけど魔法とかあるし、案外ああいうのも不思議じゃないのかも知れない。そうルアは“信長軍兵士の迎撃の為の待機”を全うしていく。

「(全然来ないね、兵隊。バクトさん達が最強過ぎるのかな)」

「ヘル、ちょっと残念がり過ぎじゃない?」

「(いやぁ、ちょっとくらいさぁ、戦で活躍したいなぁって。訓練にはなるでしょ?きっとこれからウパーディセーサと戦う事が増えるだろうし)」

「そうだけど・・・」

ヘルは振り返った。ヒトの臭いをふと感じるとそうなるのはクセだ。無傷の兵士が居間に入ってきて、弁天の下へと歩み寄る。

「弁天様、柴田勝家率いる信長軍、撤退しました」

「うむ、ご苦労じゃった」

例によってベドマのセッティングにより、ニルヴァーナのエントランスパーク。あれからバクト達が戻ってきて、“亀裂を作ってる人達”の事を聞かせてくれた。ルアのそんな話に、ユピテルはコーヒー片手に大きく頷いた。

「探究心か。善悪を越えた純粋な欲望、しかも全異世界が繋がるなんて、一体どうやって」

「(じゃあ、ホールは要らなくなるの?)」

「大きな問題が無ければそうなるだろうね」

「大きな問題って?」

「見境無しに行き来し放題だと例えば、生態系がとてつもなく複雑になったりだよね。自由であるが故に、1度でも悪い方へ転がったら恐らく収束は不可能だろうね」

上空を飛ぶハオンジュ達はとある城に目を留めた。城が目的地ではない。ただ“同じ力の気配”を追っていた。そして気配に辿り着き、地に降り立とうと下降した時にはすでに、“そこ”でカイルが手を振っていた。

「テーリー中尉」

「カイル達だったのかぁ、久し振り」

「はいっ」

それからバクトのセッティングにより、自宅のバルコニー。イサミと一緒にリリーが花に水を上げている傍ら、ダイニングでのバクトの話にハオンジュとナオはコーヒー片手に大きく頷いた。

「じゃあ亀裂は無くならないどころか、全ての世界であの世界と同じ事が起こるって事だね」

「ナオ、リリーだったらやっぱり信長を止めようとするよね」

「そうだよね。結局、亀裂は、人間を試してるって事なのかな」

“岩の鳥”が空を飛んでいく。ガシャガシャと羽ばたきながら、やがて2体の岩鳥はそれぞれ進路を別々に取っていった。一方その頃、信長の居間に戻ってきた勝家は息も荒々しく、信長の正面に膝を落とした。

「突然生まれた大きな亀裂からやって来た異国の兵隊に邪魔をされ、弁天軍との戦は中止をやむを得ずでした。更に亀裂を作っていた男から聞いたのですが、男は亀裂を作り続け、全ての異国を繋げようと画策しているようです。異国の兵隊は、今も弁天が居る城との間の地に陣取っていますが、どう致しますか」

「どう致すとは」

「この世だけでなく、異国にも信長様のお力を見せつける好機かと。一見したところ、その兵隊の鉄砲は私達のものよりも遥かに強力。手に入れる価値はあると思われます」

「ほう。それは興味深い。直ちに陣を立てる支度を」

“怪物”は球体に戻ったが、相変わらず清盛は宙に浮き、信長軍の警戒を買っていた。しかし“清盛は戦おうとしない”。ただ浮いているだけの清盛に、ハルク達は戸惑いを覚えていた。それは正に、膠着状態。しかしそんな時だった、清盛がおもむろに空を見上げたのは。ハルク達もその目線を追う。その向こうからは、何やら“岩で出来た空飛ぶ生き物”がやって来ていた。更にその岩鳥は巻物をくわえていて、ガシャガシャと羽ばたいて清盛に近付き、清盛が巻物を受け取る。そんな状況を、その場の清盛以外の人物はただ呆然と眺めていた。岩鳥は去っていき、清盛は巻物を開く。誰も何も出来ない、「何やってるんだ?」という名の沈黙。それから清盛はただ巻物を読んでいく。

『トロールは無事に取り返した。弁慶も信長軍の兵力衰退に順調の模様。引き続き鬼の監視を全うの上、異国の白い兵隊に警戒せよ』

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