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ハザードたち2

「時間を操ってる訳じゃないの?」

「んー、そう、言われると、そういう事になるのかなぁ。でもそういう上から目線じゃなくて、力を貸して貰ってるの」

「誰から?」

「御霊様」

「ミタマサマ・・・」

ナオとリリーが復唱するように呟きながら顔を見合わせたところで、イサミがリリーの肩から私の腕へと歩いて渡ってきた。それからヒミコはおもむろに足を運び出し、どこを見ているか分からないような眼差しでウロウロする。

不思議な人だなぁ、ヒミコ。

「間に合ったし、早速、信長軍からこの町を守ってくれる?30分以内には始まるから」

「えっと、それは、戦いって事だよね?」

ナオの問いに、ヒミコは落ち着いた微笑みで頷いて応えた。

ソウスケと一緒に任務やってた時、似たような人と会ったかな。

「追っ払ってくれるだけでいいから。あっちのお寺の向こうの・・・やっぱり案内するよ」

城の中へ戻ってすぐ、ヒミコは近くに居た男性に声をかけ、信長軍との戦いの支度を命じた。その男性が少しだけ慌てた様子でどこかへ走り去っていってそれから、ヒミコに連れられて到着した広大な草原では、その男性の指揮の下で兵隊が整列した。

追っ払うだけか、でも最近体鈍り気味だし、ちょうどいいかな。

「この者達は」

「星の定めだよ?最初は3人に任せてね」

鼻から溜め息を漏らしたその男性の表情は緊張と闘志を保っているが、私を見ても不信感を表に出さないところを見ると、その沈黙からでもヒミコへの信頼が伺える。それからすぐ、草原の向こうから兵隊がやってきて、そして兵隊の足並みが止まった直後、他の兵士達とは鎧の色や形が違う、すごくがたいの良い太った男性と一際背の高い男性が前に出た。

すごいな、まるでちょうど時間ぴったりに敵を待ち受けたみたい。

「キッコウや、どっちが多く殺れるか競おうや」

背の高い人がそう言って2本の剣を抜く。ふとリリーの顔を横目に伺うと、少し頬を膨らませたその素振りからはやはり怒りが伺い知れた。

「オデが勝ったら、良い女は貰うからな」

「みんな行くよ?翼解放っ」

リリーとナオに続いて翼を解放すると、ちらほらと驚くような声が前後の兵隊から聞こえてきたが、太った人と背の高い人は顔を見合わせただけでむしろ溢した歯から闘志を見せつけた。

「みんな気を付けてね、信長軍の兵法である合気神道は、敵の力を真似るものだから」

アイキシンドー?・・・真似る?。

「うん、ありがと」

ヒミコにいち早く返事をしたリリーは素早くオレンジ色の光矢を作り、そして撃ち放った。2人の目の前で爆発するように霧となったオレンジ色は空気に溶けていくと同時に空気を冷却し、瞬く間に2人の体と足元に霜を降ろしていく。

リッショウも軽くやっておこう。

「チィッ寒ぃ!カゲイチやるよ!」

両手にプラズマの剣を作り、2人に近付いていき始めた矢先、背の高い人の2本の剣に突如オレンジ色の霧が吸い寄せられ、剣はオレンジ色の光を纏った。そして直後に剣は振られ、オレンジ色の光が私に襲いかかったが、私よりも早く再びリリーは光矢を放ち、男性が放った光は相殺されて霧散した。それでも間髪入れずにリリーは光矢を放つものの、太った人キッコウが鉄っぽい大きな籠手にオレンジ色を巻き取ると、見掛けによらず身軽そうにそれを撃ち返した。

旋空螺(せんくうら)!」

同じくしてナオが突き出した拳から渦巻く炎の塊を放ち、爆炎によってオレンジ色の光は再び相殺される。

交炎(こうえん)!」

それからすぐにナオは掌から2つの火の玉を放ち、ミサイルのような軌道からの突き上がるような爆発でもって2人を襲った。

うわ、リリーもナオも、いつもより積極的だ。



家々の規模、人々の服装は質素で、それはプライトリアよりもエルフヘイムを彷彿とさせる印象だった。しかしエルフヘイムと違うのは町の発展具合で、エルフヘイムのような“発展したからこその質素”とは違い、その雰囲気には貧困を感じた。

「済まないが、この国の名は何と言うんだ」

「セキショウだ。石造りの職人が多いからね」

そう応えると、露店を構える女性は私とエンディを余所者を見るような眼差しで見つめた。

「そうか」

人通りもそれほど無く、賑やかな空気は控えめな町を歩いていて少しした頃、前方からは手を振りながらシーナが、右からはいつものように組んだ両手を頭に乗せながらバスが、それぞれ“戻ってきた”。

「あっちに大きなお城があったよ?」

「なら行ってみるか。バスの方はどうだった」

「自然はあるが手付かずってだけで、面白そうなもんは無いなー。鎧を着た奴等がちらほら居るから、分かったのは戦争でもしてんだろうって事くらいだ」



怖じ気付くような野太い声を漏らしていく信長軍とは裏腹に、爆発を巻き取ったキッコウとカゲイチは各々の武器にオレンジ色の光と炎を纏わせ、雄叫びを上げて走り込んできた。カゲイチは私の下に向かってきたので、プラズマの剣でカゲイチの剣を捌いていくと、その剣は弾かれる度に炎とオレンジ色の霧を散らしていく。

ナオの炎とリリーの冷気を一緒に操るなんて、これが、真似るって事か。

月光(げっこう)!」

そう言ってナオが両手から炎色の光をキッコウに放ったと同時に、プラズマの球をカゲイチにぶつける。

何?・・・全身を細かく焼き切るようなダメージを与えられるのに、プラズマに呑まれても、耐えてるなんて。

腕を交差させ、それでも押し引きずられはしたようだが、同じく押されてきたキッコウに対し、カゲイチは黙ってプラズマも纏わせた剣を横から差し出す。顔も見合わせず何も言わず、キッコウがカゲイチの剣からプラズマを巻き取ると、そうして3人の力を纏ったキッコウとカゲイチに、ナオは小さく唸り声を漏らした。

震牙(しんが)

天に掲げられたナオの手から打ち上げられた一筋の重圧が、その牙を地面に突き立てる。直後に炎という名の牙を突き立てながら、重圧は分裂して放射状にその手を伸ばしていく。そんな連続的な爆炎の柱が信長軍の方へと消えていくと、倒れていたカゲイチは起き上がり始め、膝を落としていたキッコウは鋭い眼差しで深呼吸した。

「どうして罪も無い町を襲うの?」

リリーが問いかけるが、カゲイチは首を傾げて殺気が滲む笑みを溢し、キッコウは籠手で地面を小さく鳴らすと背筋を伸ばした。

「信長様の命だからに決まってんだろ。我利点睛――」

突如キッコウが巻き上がるプラズマ、炎、オレンジ色の光に覆われて見えなくなり、更にその渦巻きが大きくなった直後、消えた渦巻きの中からは燃えるように鋭利な籠手を赤とオレンジに染め、背中の鎧をプラズマのように刺々しく飾り、何より体格を2倍ちょっと巨大化させたキッコウが現れた。

えっ・・・ドラゴンじゃないけど、ディビエイトみたい。

「喰神・玄天上帝(げんてんじょうてい)

「おおキッコウ、抜け駆けはさせねえぞ。我利点睛――」

今度はカゲイチが渦巻きに覆われ、ディビエイトみたいに巨大化すると思いきや体格は変わらず、尻尾や鱗、突き出た顔と角、骨格は龍形態のようではあるが、特徴的なのは両腕から直接伸びた剣、鋭い爪に纏う炎、プラズマ色の全身とプラズマと共に滲み出るオレンジ色の光。

「喰神・石竜童子(せきりゅうどうじ)



何度目かの剣捌きの後、ふと桃太郎の足の踏み込みに僅かな迷いが伺えた。それでも様子を見る為に再び斬りかかり、桃太郎が俺の剣を捌いていく。そしてまた何度目かの剣捌きの後、桃太郎は剣を下ろし、自分の肩に手を乗せた。

「傷が深いんじゃないか?」

「どうやらそうらしい。暫し、いや1日でいい。傷が癒えるまで、この地に身を置いていいだろうか」

「もちろんですっ」

俺よりも先にクレラが嬉しそうにそう応えると、小さく頭を下げた桃太郎はそして静かに剣を鞘に納めた。

まったく、いきなり手合わせしろと言われた時には驚いたが。こいつ、剣の筋に悪意が無い。

「そもそもその傷は、誰にやられたんだ?」

「まだ分からない。今思えば、あの亀裂について探りを入れた為に襲われたと考えられる」



「女共、調子に乗るなよ?てめぇら全員、手籠めてやらあ!」

こちらの方まで地響きが伝わってくるほど重たい足音で、だけど驚異的なスピードで突撃してきたキッコウの顔目掛けて、龍形態で思いっきりぶん殴る。プラズマが喚いて地を這い空を掻き、その巨体が土を抉って転がると、直後にナオも龍形態になった。

「ぐえぇええ!?」

「ウィンドサンダーっ」

カゲイチの驚きには誰も触れず、翼を変え、鎧の色も変化させてナオが突風のように飛び立つと、信長軍の兵士達はまた野太く悲鳴を上げ、そのまま頭上で滞空したナオに釘付けになった。

「はっ!」

大の字に広がったナオから“帯電した突風”が吹き込み、逃げ惑いながらも大勢の信長軍の兵隊が感電して倒れ込んでいく中、ふと別の何かに釘付けになるカゲイチに目が留まる。

「てめぇもか・・・」

目線の先に目を向けた時にはすでに、龍形態のリリーが人間の時よりも数倍巨大な光矢を撃ち放っていた。カゲイチが素早くリリーに向かって走り出したのが見えた直後、リリーの光矢は霧散し、更にその霧は私の視界までもを覆った。みるみる冷えていく空気が体を擦っていく。

「こんな霧――」

うわ、寒い、リッショウ強めなきゃ。

体中にプラズマを這わせ、締め付けるような霧と寒さを払わせる中、霧が晴れると地面は凍っていて、リリーに後数歩というところでカゲイチは振り上げた拳と共にゆっくり膝を落としていった。

「突っ・・・切って、や・・・くそぉ」

「どうして罪も無い人を殺すの?」

再びのリリーの質問に、体中が悴んで動きづらそうなカゲイチは背中からプラズマを放電させていき、体中の霜焼けを吹き飛ばしていく。

「天下を取る。それが、すべてだからだ!」

そして飛び上がり、カゲイチは爪に炎、腕の剣にプラズマを纏わせながらリリーに殴りかかる。しかし下段の翼を霧と化して操ると、リリーはカゲイチの腕を弾き、続いて顔を叩き、そして間髪入れずに尻尾を叩きつけ、容易くカゲイチを吹き飛ばした。そんな時にキッコウがプラズマを体中に這わせながら立ち上がり、私を見つめた。

「効いたぜ、てめぇの拳。戦を知ってる、戦が骨の髄まで染みた、迷いの無い良い拳だ」

「私は、戦う事を否定はしないけど、相容れない相手には容赦はしない」

「カッカッカ、容赦など誰が望むもんか」

「領土拡大を望むのも否定はしないけど、負けたら大人しく帰って貰うから」

「女に負けるようなオデじゃねえ!」

「はっ!」

再びのナオの帯電する突風にキッコウは背後からの痺れに身を硬直させたので、その一瞬を突いて正に雷の速さで殴りかかるものの、キッコウはその籠手で私の拳を防いでいて、その巨体は立ったまま地面を引きずっていく。同じくしてキッコウの隣にカゲイチが吹き飛ばされていったそんな時、目の前にナオが降り立った。

「2人共、エクスカリバー作らせて?」

「うん」

「せーのっ」

「雷光天貫!」

リリーと共にナオの右手に向けて力を込めると、ナオの手が黄色い雷光、オレンジ色の光、プラズマに包まれ、そして3色の光が指先から肘までを覆う、逆立った刃が特徴的な大きな籠手となる。

「エクスカリバー・ウィンドアーム」

そんなナオを見て、キッコウは真剣な顔で拳を突き合わせ、金属音を勇ましく鳴らした。

「うふふ、私と力比べしてみる?」

「ハッ!」

途端に歯を剥き出すほど狂気に笑みを溢し、キッコウは身構えた。そこに、ナオが突風の如く突撃していく。

「だらぁっ!

 やあっ!」

大きな籠手同士は物凄く鈍く重たい金属音を鳴らし、一瞬、2人の時間が止まったかのようにさえ見えたが直後、炎と黄色い雷光、オレンジの光、プラズマの消え行く爆風の中に留まっていたのは、ナオだった。

やったナオ。

「キッコウ・・・」

土を舞い上げ、転がっていったキッコウの体から3色の光が蒸発し始めると、ナオや私、キッコウを見ていくカゲイチは焦りと苛立ちを伺わせ、そして具合が悪そうに信長軍の兵隊の方へと歩いていった。

「野郎共、退くぞ」

気絶し、人間の姿に戻ったキッコウの首根っこを掴み、引きずっていくカゲイチはふと立ち止まると私達の方を見たが、何も言わず、その背中はただ敗北を語っていた。

何だろう、まだ戦えそうなのに、素直に逃げるような人には見えなかったけど。



「ベンテン様、ゴクウ軍は北の町に、センカ軍は北西の町にそれぞれ陣を立て直しました」

「うむご苦労、ジバ。引き続き動静を見張ってくれ」

「はい」

ジバと呼ばれた兵士がカタカタと鎧を鳴らし、居間から去っていくとベンテンは蒸かしたさつまいもにかぶりつき、レンガと木材が併用された造りのお城から町を見渡す。

まぁ鎧の時点で分かってたけど、お城も異世界感しかないな。

「火爪と水拳はセンカ軍を見張る拠点に、バクトと雷眼はゴクウ軍を見張る拠点に向かってくれ」

「はいよー

 うん

 はーい

 分かった」

「カイルはルア達の手伝いを頼む」

「うん分かった」

雷眼と共に見張り拠点とやらに向かっていた時、質素な露店通りでさっきのジバを見かけ、近付いていくと、ジバと共に居た平民風の男は路地に消えていき、ジバはふとした表情で僕達の方に顔を向けてきた。

「ベンテンさんに言われて来たんだよ」

「そうかい」

親しくもない、ただ同じ軍だといったような冷ややかさを微笑みに宿し、ジバは背中を向け、拠点へ先導していく。



「あ、亀裂だ」

ルアがそう呟き、みんなで差されたその指の先を見る。城を出て大した時間も経たずに、川沿いに見つけた亀裂をとりあえず眺めていると、おもむろにストライクが亀裂に歩み寄る。その直後、突然ストライクの隣に見知らぬ女性が現れるが、同時に女性を見るその感覚にふと微かな違和感も覚えた。

「え、ストライクさん、その精霊さんは・・・」

「あれ会った事なかったっけ、この精霊が話したベドマだよ」

「あ、こんにちは、ルアです」

「えぇ」

とても色気を醸し出しているベドマという人は少し素っ気なくルアに微笑み返すと、そのまま僕に顔を向けてきた。

「僕、カイルです」

「んー、純真そうな男ねぇ」

「あは、すいませんねカイルさん。ベドマはあんまり人付き合い得意じゃなくて」

「え、ああ、いえ。それより、どうやっていきなり現れたんですか?」

「カイルさん、精霊というものは知ってますか?」

「えっと、ごめんなさい分かりません、人間、じゃないんですか?」

「そうなんですよ。それに肉体を持ってないので、姿を見せたいと思った時にしか、人間には見えないんですよ」

「そ、そうなんですか」

「(でもボクは見えるんだよ?動物だから)」

「へぇー」

バクトさんが教えてくれたけど、動物って、こっちで言うエニグマだよな。

「じゃあベドマ頼むよ」

「んー、手繋いでくれないと行きたくないかなぁ」

「・・・分かったよ」

何となく恋人っぽい雰囲気の2人が手を繋ぎ、亀裂の中へ消えていくと、顔を見合わせたルアとヘルはまるで家族でも見るような態度で静かに笑い合う。

「(ねぇカイルさんも、魔法使えるの?)」

「うん。僕の故郷では、魔法の事を翼の力って言うんだよ」

「(だから、翼、解放?)」

「うん。でも僕も故郷も、今となっては他の異世界の魔法を取り入れて、それに関しては普通に魔法って呼んでるよ」

「(んー、魔法を、2種類も使えるって事?)」

「そうだよ?」

「(へー。ボクにも出来たりするかな、へへ)」

「すごく簡単だから、教えてあげようか?」

「(うほっやった。翼解放、カッコイイセリフいいなぁ)」

え、翼の力が欲しい、のか・・・。んー、でも、まいっか。

「(ルア、一緒に空飛ぼうよ)」

「でもヘルに乗ってれば飛べるけど?」

「(えーん、乗車賃取っちゃおっかなぁ)」

「何でよ」

「(えっへへへ)」

そんな時にストライク達が帰ってくる。2人は特に大変そうな表情はしておらず、それはただ行って帰ってきただけといったような印象だった。

「(どうだった?)」

「雰囲気はね、未来的な感じだった。西暦が同じなのは偶然なのかな。けど特に亀裂の情報は聞けなくてね。さて、別の探そうか」

橋を渡った頃、ヘルが何やら遠くの異変を訴えてきて、ヘルの案内で町を進んでいくとそこにはちょっとした人集りがあった。

「(ん?何だろう、さっきの亀裂の所にあったのと同じ臭いがする)」

「どこ?」

「(えっとね、えー・・・あれ、居ないや。もう行っちゃったのかな)」

「何だぁ」

再びストライクとベドマが亀裂へ消えていくと、ヘルはふとその臭いとやらを探そうとキョロキョロし始め、ルアもそんなヘルに付き合うように辺りをウロウロしていく。

「(ん?何だ?・・・これ)」

「え?」

「(この、臭い・・・うん、やっぱり、亀裂にあった臭い、瞬間移動してるよ)」

「え、何言ってんの」

「(あれだな、ほらルア、この前アニメでやってた、霊鳥ククルン・バード)」

「えぇー、ふふっ」

「それは、どういうものなの?」

そう問いかけるとルアとヘルは僕を見てからまた顔を見合わせ、その素振りはどこか“外国の人が説明に困るような雰囲気”と同じような感じだった。

「(飛ぶのが速すぎて、人には見えない鳥なの)」

人には見えない速さ、まるで速陣みたいだな。

「そうなんだ」

「(でね、その鳥が通った後には雷雲が出来て、雨が降って畑を潤すんだよ)」

「へぇー、良い鳥なんだね」

「(でね、時空を操る魔法使いが時空を操って、ククルン・バードを見つけて対話したんだよ)」

対話かぁ、僕にも出来るかな。

そんな時にストライク達が帰ってきて、どこか煮え切らないようなストライクの表情が気にかかったと同時にヘルは鼻をヒクつかせ、トボトボと歩き出した。

「ストライクさん、何か分かりましたか?」

「いえ、向こう側に行けば何か分かるかも知れない、どんな世界も多分そればっかりですよ」

「そうですかぁ」

「(あ!カイルさんあれして!センカと戦った時、一瞬居なくなったやつ!)」

「あ・・・うん」

速陣!・・・そういえば、ヘルくん達も見てたんだよな。バクトさんと一緒に戦ってたとこ。イヌっていうエニグマ、結構勘が鋭いみたいだ。

人や風、雑草たち、その見えている世界の全てが止まって見えるようになっている間、新しく見つけた亀裂の前には、“普通に動いている”1人の男性が居た。

「・・・やはり、ここからは実質第2フェーズか」

何だろ、僕に気付かないほど、悩んでるみたいだけど。あれ、ていうか、速陣してるのに、普通に動いてる・・・。

「あの」

僕までびっくりしてしまうほど、腕を組むその男性は驚いた顔で振り向いた。

「もしかして、あなたも速陣使ってるんですか?」

「速陣、何だそれは」

「自分の周りの空間の、時間の流れを現実よりも増幅させる魔法、です」

すると男性は前を向き、さっきみたいに考え込み始める。

「・・・空間の、時間を、増幅。空間を限定して負担を軽減、しかし意識はついて行けても細胞の分子構造の改変方法など・・・いや逆なのか。意識先行でのリアライズ、特異な遺伝子は必要だが、正に魔法か」

「・・・あのぉ、僕達、その亀裂を調べてるんです」

「何故だ」

「それのせいで怪我人とか出てるので」

「それは亀裂が要因ではない」

「え?そんなはず、ないですよ」

「亀裂に触れる、或いは通過する、それだけでは体に影響は無いはずだ。怪我をするのは、その人間の責任だ」

「でも困ってる人がいるのは、事実ですから。その口振りですと、亀裂はあなたが作ってるって事ですか?」

すると初めて男性は少しずつ警戒心を伺わせ始めるが、ふと気にかかったのは“敵意の無さ”だった。

「そうだが?」

「怪我人が出てるのに、それでも亀裂を作る理由って、何ですか?」

しかしそうかと思えば警戒心は小さくなり、空を見上げた男性は噛み締めるような微笑みを浮かべた。

「・・・神への、挑戦、といったところか」

「亀裂を作るの、やめる気は、なさそうですね」

「さもなければ力ずくでやめさせる、そんな言葉が続きそうな顔だが?」

「出来れば傷付けたくはありません、ですが――」

「どうせならば膨大な衝撃エネルギーを放出して貰おう」

「・・・え?」

「亀裂が“完全”になれば、“亀裂が間接的な要因で”人が怪我をするという事は無くなる」

「どういう、事ですか」

「亀裂は、“亀裂”だ。エネルギーが生じた事による歪み。だが1枚のガラスだとして、それが完全に割れれば、亀裂という概念は無くなる」

「ごめんなさい、難しいです」

「時間の無駄だ」

そう言うと男性は背を向け、そそくさと、だけどまるで逃げるような後ろめたさなど感じられない態度で去り始めた。

「・・・待って!」

しかし直後、男性は素早く僕に掌を向けた。

「わっ――」

キーンという甲高い音が耳に残ったがすでに体は吹き飛ばされていて、集中が解けてしまい陣圏は消えてしまって、すぐに駆け寄ってきたストライク達の声でむしろふと我に返った。



隅っこにヒミコの寛ぎスペースがある上品な大広間、床に座って低いテーブルを囲み、振る舞って貰ったお昼ご飯である魚の刺身やら貝やら、魚介類の盛り合わせをリリーとナオ、イサミと一緒に食べている間にも、ヒミコは屋内だろうと終始天井を見上げたり、何も無いであろう遠くを見つめたりしていく。

「新鮮だよね、アンスタガーナだといつも野菜中心だし」

「そっちの意味で新鮮ね。リリーの国は内陸なの?」

「うん。三国に居た頃は海なんて見たことなかったくらいだから」

「へぇ。ハオンジュ、それ好き?」

カニの身にかぶりつきながら頷いて見せると、ナオは優しく見守るような笑顔を浮かべ、リリーとも微笑み合う。

「へぇ。ナオ、それ好き?」

言い方を真似する、そんなイサミの可愛さにナオはデレッとするように笑みを溢し、オレンジ色の刺身をイサミに食べさせる。

テレビでも鳥はよく魚食べてるし、イサミの好きなものばっかりだろうな。

「ヒミコ」

先程ヒミコに言われて兵隊を動かした男性がやって来ると、ウロウロしていたヒミコは座布団とやらに座り、まるで社長のデスクに着いて部下を迎えるドラマのシーンのように男性を見上げた。

「信長に動きが見られた。ゴクウ軍とセンカ軍がベンテン軍に押されて1歩下がった。それに抗う為にベンケイが動き出すようだ。それからこちらには、トロールが仕向けられるようだ」

「はい。通例のように連合会議で対トロール連合軍を編成して迎えてよ。同時に連合軍の皆さんに伝えて、ようやく“あの地”を取り戻せるって」

そんな言葉と共にヒミコが私の方に目を向けてくると、男性はヒミコへの不信感ではなく、ただ一体何をする気だろうといったような感じで眉を潜めた。



1人先を歩き、まるで観光にでも来たかのように鼻歌混じりで露店などに目移りしていくシーナはやがて立ち止まると、一際目を引く大きな建物を前に振り返り、無邪気に大きく手を振った。

「お城、おっきいね」

「そうだな」

「でもどうすんだ?アポロンっつう余所者でも簡単に入れる所なのかねぇ、それに忍び込んだらそれこそ人から話を聞けなくなるだろなぁ」

「バスさん、だからこその密偵じゃないですか」

「いやエンディ、私も共に話が出来るように交渉してくれないか。ましてや異世界だからな、密偵よりも秘書の方がエンディも動きやすいんじゃないか?」

「そうですねぇ・・・情報通な精霊もエルフも居ない異世界、確かに密偵をするには骨が折れそうですね」

「シーナ、バス、済まないがどちらか1人、また散歩に出てくれないか」

「バス、いってらっしゃ~い」

「ケッ即決にも程があるだろ。はいはい、しょうがないな」

それから城の門番の男に話しかけるエンディとその隣の私への警戒心が、男から薄れていって案外簡単に城内へ案内されると、やがて私達の前には鎧を着込んだ1人の若い男がやって来た。

「突然済まない」

「いえ。奇妙な切れ目の向こうから来た異国の方という事なので、我が城主はそういう類いのものは拒まないお人ですから、どうぞ」

石造りの職人が多いだけあって石造りの廊下、階段、大広間から伺える繊細な仕事には感心しながら、そして案内された城主とやらの男に一先ず軽く会釈して見せると、男も髭面で無愛想な割りには喉を唸らせて会釈を返した。

「私はアポロン、こちらは付き人のエンディだ」

「ほう、異国情緒のある名だ。儂は島津(しまづ)義弘(よしひろ)。この小さな国を僭越ながら治めさせて貰っている。してお主らは切れ目の事をどこまで知っているのだ」

「恥ずかしながらまだ何も分かっていない。だからこうして情報を貰えるかと思い訪ねたんだ」

「そうかそうか。もしその情報が蓄えられたとして、どうするつもりだ?」

「我が国では亀裂によって怪我人も出ている。情報によっては排除の方針を取るつもりだ」

「ふむ。切れ目なるものが見られたと儂の耳に初めて入ったのは半年ほど前だ。それからというもの、この国、いや、世の中は変わった。異国の武人共の往来も増したが、織田の軍はそれすらも利に替え、他を圧倒した。しかしそれだけではない、異国の知恵は国作りの役に立つ事もある」

「つまり、亀裂自体は脅威ではないと?」

「今のところはな」

何事も使い方次第という事か。しかしだ、これからも脅威にはならないという確証はなく、それでいて今現在少なからず怪我人は出ているとなると、原因は突き止めないとならないか・・・。

「誰が亀裂を生んでいるか、そのような情報は」

「ん?見当でも付いているのか?」

「いや、意図的に成されたとして、悪意が下での事なら、放っておく訳にもいかないのでは」

「確たるものが無い故に何とも言えんが、切れ目あるところその周りを彷徨く見知らぬ者が居るという話をよく耳にする」

「それは、男か女か」

「男だ。だが、例え切れ目が作られるものだとしても、その切れ目が作られたところを見たという話は聞いた事がないがな」



「そういえば雷眼達、食事の必要無いんだっけ」

「あぁ」

そんな雷眼の、拠点の展望デッキから広大な平地を眺める背中を見ながら、大豆とじゃがいも、そしてさつまいもをそれぞれ蒸かして潰して混ぜたお団子を口に放り込む。

割りと美味いなこれ。でも便利と言えば便利だけど、寂しいと言えば寂しいだろうな。

「雷眼、まだ彼女居ないの?」

「まだ、という質問の仕方は何だ」

「ほら、前に雷眼に初めて会った時、会う前に未来の雷眼と会ったって話したでしょ?未来の雷眼は結婚してたから」

「そうなのか。いや、まだその予定は無いし、彼女も居ない」

「そっかぁ。ねぇ雷眼の3つ目の力ってどんなの?火爪が持ってるんだからパラレルの繋がりあるんでしょ?」

しかし振り返ると、雷眼は火爪ほど嫌みったらしくないニヤつきを見せ、すぐに背中を向けた。

「見てからのお楽しみで良いだろう」

「あは」

未来の雷眼と同じなのかな?。



「もーすぐやるもんなの?」

「戦国時代だからこんなもんなんじゃねぇか?けどゴクウもセンカも勝てないってなると、次は中ボスみてぇな奴が来るかもな」

拠点に待機していた兵士達がバタバタと外へ出ていくのに続いていき、そして水拳と共に整列したベンテン軍を背にすると、対峙した信長軍の先頭には火縄銃を肩に担いだ見知らぬ女が立ち構えていた。

「よぉ、あいつ、センカってやつか?」

近くの兵士に聞いてみると兵士は「そうです」と応えたので、ゴクウやそれ以外の強そうな奴が見えないのが気にかかりながらも水拳と前に出ていく。


炎帝爪、炎上!。


万華(まんげ)繚乱(りょうらん)

水天拳(すいてんけん)、奔流!・・・バルディナ・バルディン!」

「最初に言っておくけど、ゴクウには信長様の次に強いベンケイが加勢してる。分断されてもさっさとあたいを殺しゃいいと甘く見てたら、貴様らの方が命を落とすよ?」

まぁ、殺っちまったら殺っちまったで、後でカイルに謝りゃいいか。

殺気に満ちた笑みを溢し、センカはあっという間に俺の炎と水拳の水を火縄銃に巻き取る。

「さて、貴様らが死ぬか、あっちの貴様らの仲間が死ぬか、どっちが早いかな!」



派手な鎧に如意棒、何となくあの悟空と言われて分かるような風貌のゴクウはその笑みに勝ち気と殺気を伺わせていた。

兵は多いけど、リーダーっぽいリーダーはゴクウしか居なさそうだな。確かもう1人、新手が来るとか小耳に挟んだけど。

「俺は、しぶといぞ。全力でなければ貴様らは命を落とす。その為に兵を増やしたのだろう。しかし、ここにベンケイ殿は居ない!」

するとベンテン軍の人達はザワザワし始め、あちこちから「囮か」「陽動か」という言葉が沸いていき、明らかに士気は揺らいでいく。

「その分守備を減らしたベンテンの下に、今正にベンケイ殿が向かっている。退くなら退くがいい!しかしこの数を見ろ!貴様らが退けばこの数が、濁流の如く押し寄せる」

ベンテンさんは小さな反乱分子だもんな。兵を増やして分断作戦をするって事は、信長は割りと本気で潰しに来てるのか。火爪達の力を見たからかな。

「バクト、カイルには後で謝ればいい。ここは本気でやった方がいいだろう」

「だね」

「皆の者!ここは私達に任せて、退きたい者は退いてくれ」

するとすぐに兵隊は動き出し、およそ3分の2くらいにベンテン軍は数を減らした。

「バクトはゴクウを、雑魚は私が蹴散らす」

「うん。翼解放」

翼を解放しながら同時に精霊体に“戻る”と、3メートル半ほどある人型ドラゴンのようなこの姿にベンテン軍の人達でさえもまた野太い声を上げる中、ふとゴクウの笑みがひきつったように見えた。

雷神眼(らいじんがん)、昇天!・・・星河(せいが)、招来」



「ベンテン様!東の門から伝令、ベンケイが、1人で現れました。すでに守備の半数ほどが討たれてしまっています」

何となくそんな名前に聞き覚えがあるかのように、ルアとヘルが顔を見合わせる。

「カイル達迎え撃ってくれ」

「うん」

ゴクウ軍の為に守備は減らしてるみたいな事は聞いたけど、それでも1人にやられちゃうなんて。

「分断に陽動か。カイル達を残しておいて良かったな、カイル達、気を付けるのじゃ。ベンケイは手強いぞ」

「うん」

「・・・しかしな、誰も、ベンケイに気が付かなかったのか」

ふとベンテンの独り言を耳に挟みながら、急いでお城を出ていき伝令を伝えに来た兵士と共に門へ向かうもすでに門は無惨に壊されていて、2メートルちょっとあるベンケイと思われるその大男は2分割された円形の刃が目を引く槍を持ち、その威圧感を醸し出していく。ベンケイが一度地面を踏みつければ兵士達はよろめき、一度槍を振るえば兵士達は軽々と吹き飛んでいく。

「翼解放っ」

すぐに右腕の細い方のスピーカーから光球をマシンガンのように連射していくが、完全に直撃してもベンケイは全くびくともせず、光球がベンケイの胸元で虚しく弾けていくそんな中で柄の底でドスンと地面を鳴らし、ベンケイは僕を真っ直ぐ見つめる。

リッショウ!。

「皆さん下がって下さい」

僕とベンケイを交互に見ながら兵士達が地面を擦って下がり、兵隊が僕とベンケイを円く囲む形になっても、ベンケイは動かず僕を見つめていた。

来ないのかな?・・・なら、話せば分かるかも。

「あの――」

直後に素早くベンケイは槍を傾け、その先端を僕に向け、円形の刃の中心の穴に光を集めた。瞬時に光は円形の刃を覆い尽くすと、そしてベンケイはまるでテレビで見るバズーカのように空気を鳴らす衝撃音と共に、大きな光球を放った。

わっ・・・。

クウカクを張り、防いだ光球を更に超音波で細かく消滅させた時、光の消えた向こうからはすでにベンケイが走ってきていて、降り下ろされた槍をクウカクで防ぎ、至近距離で衝撃波を放つもベンケイはびくともせず、衝撃波は虚しくベンケイの体を伝い流れていった。ベンケイは僕を真顔で真っ直ぐ見つめていて、そんなちょっとした恐怖に突き動かされてリッショウを最大限に強め、槍を弾き、その胸元を思いっきり殴りつける。しかしたった1歩踏ん張っただけでベンケイは堪え、その威圧感と恐怖は再びその眼差しに甦った。

くっ!・・・。

火柱(ストグニア)!」

そんな声が背後から聞こえてきた時、同時に突如地面からボンッと音を上げて炎が立ち上ったのでとっさにベンケイを覆った炎から逃げるが、炎が空に消えていってもベンケイは全く変わらずに立ち堪えていて、ベンケイがふと目を向けた方に振り返ると、そこにはストライクが居た。

「カイルさん、加勢しますよ」

「ありがとうございます」

するといきなりベンケイは槍を天に掲げ、振り回し、円形の刃を地面に突き立てた。その瞬間に円形の刃の中心から炎が吹き上がり、更にそれは光も混ざりながら、周囲に向かって爆風の如く激しく牙を向いた。建物や植物が軋むような音、兵士達の野太い悲鳴の中、張ったクウカクを引き伸ばしながら振り向いて見ると、ストライクも炎の壁に手を翳しながらもふと苦笑いを浮かべていた。

「くそぉ、本当に何でも吸収されるのか。・・・ベドマ」

何やら真剣な表情が伺えた直後、ストライクは瞬間的な黒い光に包まれた。そんな一瞬の後、すぐ目に留まったのは横半分だけ緑色に染まった髪と、そこから生えた1本の角だった。

「ストライクさん、それは・・・」

「精霊に半分だけ憑依して貰う事で、より強い魔法が使えるようになるんです」

「そうなんですか」

ひょーい?・・・この前ドラマでやってたあれみたいな感じなのかな。

「カイルさんちょっと下がって下さい」

「はい」

強い魔法って、どれくらいなんだろ。

ずっと真顔のベンケイがストライクをその眼差しに捉え、ストライクが左側に引き下げた右手に黒い光を迸らせた瞬間、ストライクよりも早く、ベンケイが槍を振り上げ襲いかかった。

滝氷刀(ヴォド・レドミーチ)

まるで鏡のようにキレイな黒い光が手から溢れ出ると、ストライクはそれを剣を振るうように振り上げた。更にそれはまるで水のようにバシャアッと音を鳴らし、大男であるベンケイをも覆い尽くしたが、黒い光から円形の刃が垣間見えるとストライクは素早くそれを横から振り回し、再び水流音が響き渡る。

「・・・二層(ドゥバーソ)!」

直後、ストライクの手から溢れ出る黒い光は勢いを増し、また振り上げられた水流音も重圧さを増し、空気を軽く震わせた。

す、すごい・・・。

消えていく黒い光の中から宙を舞うベンケイの槍が見え、勝利感とストライクへの期待で胸が高鳴る中、円形の刃がザクッと地面に落ちても、血が滴る大きな傷を胸元に負ってもベンケイは立ち堪え、ストライクを見つめていた。

「ふう、ちょっと無理したかな」

「ストライクさん」

「大丈夫ですよ、でも強力な魔法は精神力を使うので」

すぅっと息を吸い込んだベンケイの素振りにふと目を奪われた直後、ベンケイは右足を振り上げ、そして勢いよく地面を踏みつけた。

「わぁっ!

 (うぅ!)」

一瞬で空高く舞い上がる土埃、大地震のような瞬間的な地響きと衝撃に僕でさえも転んでしまう中、ストライクは見えなくなり、後方のルア達の声さえも掻き消え、近くの建物もガシャガシャと悲鳴を上げるその“一踏み”はただ恐怖を募らせていく。

負けを認めさせれば話せるようになるんだろうけど、力は吸収されちゃうし、中途半端な攻撃じゃ抑えられないか。こうなったら――。

まだ土埃も収まらず、ベンケイも見えない中、深呼吸して気持ちを落ち着かせて“世界龍の血晶に秘めた力”を湧き上がらせていく。

「核解放っ」

エネルギーが全身を駆け巡り、両腕を包む四角いスピーカーはより鉱石性の鎧に馴染むような質感となり、形も四角からまるで“トンボというムシの羽のようなもの”が小さく無数に生えた様になり、そして目元には透明な“アイガードと呼ばれるようなもの”が形成された。

ふぅ、エネルギー形態になる直前にその生まれたエネルギーを全て血晶に吸収するっていうクラスタシアのアイデアで完成した、真のエネルギー形態。これで、ベンケイを迎え撃つ!。

「我利点睛――」

風に流れていく土埃の中から微かにベンケイの姿が見えた時、その言葉の直後、土埃は僕の白い光と炎、ストライクの黒い光の強風に押し流された。しかしそこから姿を現したベンケイの姿は、全身が金色で、大きさも全体的にさっきより50パーセントくらい巨大化したものになっていた。

「喰神・金剛武蔵(こんごうむさし)



大きな円いテーブルにそれぞれの国の代表が集まるとヒミコは立ち上がり、軽く一礼をした。

「ではトロールを奪還する手筈を簡単に話しますね。ご覧の通り、偶さかなる導きによって使わされた方々です。この方々の力があれば、十分に兵を節約出来ます。なのでその間、手の空いた兵でトロールを」

ヒミコの言葉に、いかにも国の代表っぽいおじさん達は納得するように各々頷いたり唸ったりしていくそんな中、おじさん達からも、いつもヒミコと親しげに話している男性が伺わせるものと同じような、“ヒミコを信じてない訳じゃないようだけど微妙な雰囲気”を感じた。

それから会議が終わっておじさん達が城を出ていった後、大広間に戻ったヒミコはふと初めて見るくらいリラックスした笑みを浮かべていた。

「ねぇヒミコちゃん、信長ってどんな人なの?」

リリーの問いに、“ウロウロ”する様子のないヒミコは何やら自分のテーブルから1枚の地図を引っ張り出した。

「先ず一言で言うと、支配欲の塊かなぁ。そりゃあ家来にとっては良い家長だけど、陣地を広げる為なら鬼のように人を殺すから」



訓練も終わり、“世話役の居残り”以外の兵士達が三国へ帰る中、岩に座り、クレラから貰ったラフーナを黙々と食べる桃太郎にクレラは笑顔で歩み寄る。

「この国では異世界から来た人はお客様なんです。なので、是非天王様に会って下さい」

「王、か。誠に申し訳無いが、あの亀裂から目を放す訳にはいかない。いつ消えるとも分からない故」

「そう、ですか。あの、どうして、亀裂を調べようと思ったんですか?」

「亀裂自体は、幾月も前からあった。そのせいで良くも悪くも世は変わった。しかしその亀裂は人が作ったものだと分かり、よもや信長様に迷惑が被るのではと思い、亀裂のあるところよく見かけるという女を見張っていた」

「じゃあ襲われたのは、その女の人にですか?」

「あぁ、拙者とした事が不覚を取った」

「その、信長さんってどんな人なんですか?」

「何故そのような事を」

「だって、真っ直ぐな桃太郎さんがそんなに慕うなら、きっと信長さんもいい人なのかなって」

そう言って微笑むクレラを一瞬だけ見上げた桃太郎はまた一瞬黙り、ラフーナにかぶりついた。

「いい人かどうかは分からない。拙者はただ、忠義を誓っただけだ。だが、信長様の家来の中で、信長様を悪く言う者は居ない」

「へぇー、じゃあやっぱりいい人なんですね」



カイルのトンボみたいな羽が一瞬だけブンッと鳴った直後、すごい空気の振動を残し、カイルは“消えた”。すでにカイルはベンケイの顎にアッパーを繰り出していて、ベンケイはドスンドスンとその巨体を仰け反らせる。

すごい。おっきくなったベンケイを動かすなんて。でもこの前の、消えた感じとちょっと違う。

更にカイルの臭いは一瞬にして上空に移動し、そしてカイルは再び空気の振動と共にベンケイの胸元に拳を叩き下ろした。まるでお寺で釣り鐘でも突いたかのような音を響かせると、ベンケイは空を掻きながら、再びそんな音を鈍く鳴らして地面に背中を落とした。

お、やったやった。

しかし直後、反射的に突き上げられたベンケイの手から白黒の光と炎が溢れてカイルを襲う。すでにカイルは更に上空へ逃げていたものの、どこからともなく周囲から生まれた3色の炎光にカイルは“掴まれて”しまう。まるで“握り拳のような形”をした炎光はベンケイの動きにシンクロし、そして3色の握り拳はカイルを包み込んだまま、大地震と共に地面に落とされた。

カイルさん!・・・。

反動で突き上がる3色の炎光がそのまま空へ消えていく中、“羽音”が聞こえると3色の炎光は吹き飛び、そこから無事に立ち堪えているカイルが現れた。



僕の白炎と黒氷、雷眼の雷光と銀河を身に付けて巨人化したゴクウの周りには最早一般兵士の姿は無く、信長軍の作戦を十分に削げたと思える中でも、ゴクウはどこか自棄にでもなっているかのように僕に向かってきたので、ゴクウの連続パンチを円盾で防ぎながら、隙を突いて槍から白炎の槍を撃ち放っていく。

兵隊がやられても自分1人だけで時間稼ぎしようってところか、それとも、本気で勝つつもりか。

仰け反るように後退りしたゴクウに雷眼が向かっていくが、ゴクウは素早く4色のエネルギーを振り払い雷眼を牽制する。

「もう諦めれば?」

「諦めるくらいならここには居ない!例え首1つになろうとも食らいつく!」

そう言って飛び上がり、叩き下ろされた拳に思わず根負けしてしまい体勢を崩されてしまうと、ゴクウは素早く僕を踏みつけ、雄叫びを上げた。



「お前ら、マジで命賭けてんのかよ」

「当然だ。貴様らへの恨みじゃない、これが、忠義の証なんだ!」

そう応え、センカは上昇すると、火縄銃で俺の赤い炎と白熱する炎、水拳の水と輝く光の4色が混ざった巨大なエネルギーボールを形成し、撃ち放った。

皇輪(こうりん)爆彩光(ばくさいこう)!」

白く輝く閃光によってエネルギーボールは上空で大爆発するが、すぐにもう1発のエネルギーボールが撃ち落とされ、足元で大爆発した4色に視界は覆われてしまう。そんな中、ふと上空に“本能的に”神秘さを感じさせる強い光を感じた。

な、何だ、センカの方だよな、新技か?。

その光に何故か手は止まり、何故か目を奪われてしまう中、4色の爆風が風に消えていくと、上空に居たセンカは何やら虹色の光輪を背後に輝かせていた。

「何だ?」

「喰神は、巻き取った力を己の血肉にした姿。だが薪でも何でも燃え尽きれば何も無くなる。しかしその薪を一遍に燃やせば、その分力が出るというものさ」

「ああブーストか」

「異国の言葉は分からない」

「ハッいいぜ?来いよ!・・・うおおおおお!!」

要塞鳳凰になると同時に、センカに纏う4色のエネルギーは虹の光輪と共に消えると、翼や鎧、刀と火縄銃、その全てがうっすらと光る純白となった。

「棘弾!」

20の棘のミサイル達がセンカを四方八方から襲う直前、その純白の刀の一振りに棘達は一斉に吹き飛び、更にその“剣圧のような衝撃波”は白く輝く爆風を突き抜けてきた。

くっそ!・・・。

体高10メートルの巨体を有する要塞鳳凰の体が割りと吹き飛ぶほどの剣圧が過ぎ去った時、すでにセンカは火縄銃を俺に向けていて、一瞬の睨み合いの後、火縄銃は純白の火を噴いた。

ぐっ・・・強ぇ・・・。

弾が体を突き抜けていったその風圧に視界が思わず回る中、ふと地面に立つ水拳の“見たこともない体勢”に目が留まった。

「火爪、センカの動き、一瞬でいいから止めてよ~」

「お前それ、固定砲台かよ」

「うん、3つ目の力」

「顔無ぇのにどうやって喋ってんだ」

「火爪だって、鳥のくせに」

「ハッ」

膝が腹にくっつき、細かく分割された頭部を突き抜けて首から長い砲身が伸び、背中に回って肩甲骨から垂直に立った折りたたまれた腕の肘から光と煙が溢れていく、そんな水拳の姿にセンカも警戒するような顔で見下ろす中、棘のミサイルに続けて白く輝く高熱球を撃ち出していっても、その剣圧は全ての“白熱”を吹き飛ばしていく。

「パワー満タ~ン」

ケツが下がり、砲身がセンカの居る上空へ向けられたのが見えた瞬間、水拳の下に純白の衝撃を尾に引く弾が撃ち落とされる。

あ、くそ。

「うにょっ」

機械片が飛び散り、カシャンと横に倒れてしまった直後、水拳は水流音と共に“消えた”。空気が止まった直後、再び水流音が聞こえ、とっさに更に上空を見上げると、その先には砲口を真下のセンカに向けて落ちてくる水拳が居た。

「何っ!」

くるりと腕を回し、排気される光と煙でもって落下速度を抑えながら、そして水拳は矢のように細く鋭い真っ青なビームを放った。

「ぐっ・・・」

センカは翼を盾にしたものの、翼によって散らされていく真っ青なビームはそれでも瞬く間に翼ごとセンカを地面に叩き落とす。



3色の炎光が地を這って風に消えていくその跡には散らばる木片、瓦礫、捲れた地面、そして巻き添えを食らって苦しそうに起き上がり始めるストライク。

「どうして、ベンケイさんは戦うんですか」

問いかけて数秒、真顔で返事が返って来ないみたいなので飛び出そうと足を踏ん張った時。

「信長様を、護る為だ」

返事してくれた・・・。

「あなたは、間違ってます。守る事は殺す事じゃない。その信長さんの傍に居ないあなたは今、信長さんを守れてないんじゃないんですか?」

するとベンケイは眉間にシワを寄せ、荒く鼻息を吐いた。

「惑わされるものか。正しいのは・・・信長様の言葉だけだ!」



「流星群!」

天に掲げられた雷眼の手から打ち上げられた一筋の銀河が、瞬時に遠く空へと消えていったと思いきや、直後に晴天からは“銀河の雨”が降ってきた。

「うおぉおおっ!!」

4色のエネルギーという弾幕が張られたが、ゴクウの雄叫びは4色のエネルギーごと無情に潰されていく。しかし銀河の雨が止むと、ゴクウの背中の上には虹色の光輪が浮いていて、その神秘的な光景に自然と戦いの手が止まってしまう中、直後にゴクウから煙る4色のエネルギーは虹色の光輪と共に消え、ゴクウの鎧の全てはうっすらと光る純白に染まった。

「切り札か」

そう呟いた雷眼に、ゴクウはキリッとした鋭い眼差しを向けた。

「己の力の“重さ”を悔やむがいい。巻き取る力が重いほど喰神は膨らみ、一遍に燃やしてもすぐには燃え尽きない」

えっと、どういう事かな、一遍に燃やせば・・・。

10メートルの巨体にも拘わらず、ゴクウは素早く踏み込んで雷眼にストレートパンチを繰り出した。その動きは留まる事なく、純白の風圧に雷眼が呑まれると同時にゴクウはすでに僕にも殴りかかってきていて、円盾で拳は受け止めるものの純白の風圧は爆風のように爪を立て全身に噛みついてくる。

「流星群!」

再びの銀河の雨がゴクウを襲うも、純白の弾幕は壁になるどころか銀河の雨を逆に追いやっていく。

「バクト!速攻で決めるしかない、説明は後だ、体を借りる」

「う、うん」

すでに雷眼はノールックで僕に手を伸ばしていて、その手から一筋のうっすらとした光が伸び、その光が僕の体と雷眼を繋ぐと、僕の体は何だか軽くなり、そして感覚が無くなった。一瞬だけ意識が飛んだ気がしてからふと気が付くと、感覚は微かしか無くその目線はどこか“雷眼におんぶされてるような目線”だった。

〈実はね、未来の雷眼も3つ目の力は合体だったよ〉

「そうか。合体は伊達じゃない。立昇!」

うわ!・・・力がみなぎってくる。

目線の高さからしてもゴクウの方が巨体だが、さっきと同じストレートパンチを雷眼は手刀で弾き、逆に殴り返した。すぐにゴクウは殴り返し、雷眼も目線を明後日の方向へ弾かれるが、そのまま僕の尻尾を振り回すとゴクウも再び顔を殴られてつんのめる。

んー、僕が何も出来ないのはもどかしいな。

それから何度か殴り合った後、純白の風圧をぶつけられて仰け反った雷眼は顔に追撃を食らい、倒れ込んでしまうが、飛び上がって拳を振り下ろしてきたゴクウに雷眼は仰向けのまま、銀河と雷光、僕の白炎と黒氷の混ざった光矢を撃ち上げた。肩を突かれたゴクウが回転しながら倒れる中、素早く起き上がった雷眼は右手に4色のエネルギーを集めた。

「雷光天貫」

お、チャンスかな。

すると雷眼の手には剣でも僕が扱うような槍でもなく、手に持つタイプの短めな槍が作られた。

「これが私なりのエクスカリバーだ。名は、グングニルとしよう」

黒いグリップに白い柄、両側に付いた銀河色の槍部分に、常に迸る雷光、そんな槍を雷眼が一振りすると雷鳴が轟き、辺りに稲妻が走った。するとゴクウは純白の如意棒を作り出し、そして雷眼に向かってきた。

「知らないだろう――」

振り下ろされた如意棒がグングニルに受け止められ、雷鳴が轟く。

「私の最高速度が落雷と同じものだと」

雷眼が如意棒を弾いた瞬間、雷鳴が轟き、ゴクウは瞬く間に顔を殴られる。雷鳴に乗り、雷眼はすでに大きく距離を取っていて、ゴクウがこれまでにないほどの怒りと闘志をその睨みに宿らせた時にはすでに、雷眼はグングニルを放り投げていた。とっさに腕で庇うものの、そんなゴクウを襲うグングニルはまるで本物の落雷のように、ただ眩しく輝いていた。



「(ストライクさん、平気?)」

「んー、そもそも霊器も使わないでハイクラスの霊力を使う事自体無理があるからさ。流石に二層は無理し過ぎちゃったよ」

ストライクから離れたベドマも少し疲労が伺えていて、“ストライクも避難してくる”間にも、カイルはまるで音速のような“やかましさ”を鳴らしながらベンケイを追い詰めていく。しかしまた1つカイルの拳を食らった直後、片膝を地に着けたベンケイの背中の上に、虹色の光輪が浮き上がった。

「ねぇストライクぅ、霊器買ってぇ?」

まるで彼氏に宝石でもねだるような態度のベドマに、疲れた顔のストライクはそのままの雰囲気で目線を落とし、まるで大きな買い物をする意でも決したかのように小さく頷く。

2人の関係って、ホントに何なんだろ。ストライクさんが子供の頃に出会ったって事は聞いたけど。

「うわヘル見なよあれ」

ルアの呼びかけに“戦い”へ目線を戻してみると、ベンケイの背中の上に浮かぶ虹色の光輪は3色の炎光を吸い込んで消え、ベンケイの全身は金から白金へと変わった。そして無言でベンケイが思いっきり拳を振り引いた時、カイルの腕の無数の羽が“喚き出した”。

「はっ!」

ベンケイが飛びかかり、拳を突き出す直前、一声を張ったカイルがその場で両手を突き出したせいかベンケイの動きがすごく鈍ったようになり、カイルは軽々しくその拳を受け止めた。

「本当は、人は戦わなくても生きていけるんです。ベンケイさんも」

「笑止!戦わなければ殺されるだけだ!」

「戦いは、殺し合う為のものじゃないはずです!」

再び振り下ろされたベンケイの拳をカイルは“空気を震わす一瞬の爆音”と共に受け流し、更にその爆音でベンケイを仰け反らせる。

「信長さんだって、攻めなければ攻められる事もないのに」

「お主は人を知らない。人は、争うものだ。拙僧は常にそれを見てきた」

「僕だって、人間の事は少しは見てるつもりです。争う事は仕方ありません。でも、争う為だけに生きてたら、争う事自体が無意味になるんじゃないんですか?」

うわぁ、見掛けによらず、カイルさんて人格者なんだなぁ。でも、何か自分は人間じゃないみたいな口振りだけども。

「ここは戦国の世だ。戦わないならただ命を取られる、そういう世だ。世が世なのだ、無意味だろうと戦うしかあるまい」

「ベンケイさん、それは、ただ諦めてるだけなんじゃないんですか?殺し合わない選択の先にある争いの無い平和を」

「争いの無い世など、来るはずもない」

「勝った人が負けた人を殺さないから平和になる訳じゃありません。そもそも争う気持ちさえ無ければ必ず平和になるんじゃないんですか?」

「・・・よもや僧侶である拙僧が説法を聞かされるとは。なら何故(なにゆえ)、これほどまでに人は争う」

「それはきっと、まだ道半ばだからです」

「道、半ば?」

「人間の終着点は、絶対に平和です。それを知る為にぶつかるんです。でもぶつかるのは分かり合う為です。その答えへの道の半ばに、争いはある。でも答えを知ってれば争わなくても平和に辿り着く事も出来る。だから、ベンケイさんの慕う信長さんは、まだ答えを知らない迷子なだけです、だからただ戦うだけの信長軍は間違ってます」

「がっはははは!・・・見事な説法だ!。迷子と来たか。だがその迷子の尻を叩くとなると、並大抵の力では痒くもないぞ。お主に、彼奴(あやつ)は止められるのか」

「あ、あの、信長さんの事、慕ってないんですか?」

「拙僧は彼奴に負けたのだ。だから命が惜しくて忠義を誓った。確かに家長としては勇将だが心から慕うものか」

うわぁ、論破さん、じゃないやカイルさん、論破しちゃったよ、すごいな。

ベンケイがカイルに背を向けると、その体は人間に戻り、地面に刺さりっぱなしだった槍を拾うと、柄の底で地面を鳴らしてからベンケイは再びカイルに振り返った。

「拙僧は決めたぞ。説法を説かれても尚刃向かうようでは、僧侶の名が廃れよう。これから拙僧はお主に忠義を誓う。お主は名は何と申す」

「カイルです。一緒に信長さんを止めてくれるんですね、ありがとうございます」

服は破けたままなのに傷はいつの間にか治っていたベンケイとカイルがお城に帰っていくのを後ろからついていき、ベンテンもベンケイの仲間入りを了承した頃、バクト達も帰って来たがふと4人の申し訳無さそうな大人しい態度が気にかかった。

「おおカイル」

口を開いたカソウの大人しい態度に、カイルを始めベンテンもベンケイもカソウに目を向けていき、その場の空気もどこか静けさを増す。

「あれ、そいつは?」

「ベンケイさん。仲間になったんだよ」

「ベンケイ!?・・・え、へぇ」

バクトがすぐに驚くも、仲間になったと言うカイルの微笑みにはすでに慣れているかのようにすんなりと、物分かりよく頷く。

「流石カイルだね」

「いやぁ悪いなぁカイル、殺す理由は無いのは分かってたけど、どうしても退こうとしなくてなセンカのやつ、殺すしかなかった」

「・・・え」

「こっちもね、ベンケイをベンテンさんの所に向かわす為の陽動でゴクウが来たんだけど、手加減出来なくてさ、殺しちゃったんだ」

だからといって怒るような態度は一切見せず、カイルは仕方ないと分かっててそれでも悲しむような大人しさで頷く。

「・・・そっか」

「何かごめんね」

「何故謝るのだ、これは戦だろう」

ベンケイの発言に、カソウは困ったように頭を掻く。

「ううん、みんな気にしないでよ。悪いのは、信長さんなんだから」



「アポロンっ船だよ!わぁー」

運河が真ん中を通る大きな通りに出ると、海風に優しく吹かれながらシーナは無邪気に“その景色”を体いっぱいに仰いだ。停泊している帆船から運ばれる樽や木箱、空を飛び交う渡り鳥、それらが貧相な町並みとは違う長閑さを感じさせる中、ふと帆船と岸を上り下りしている人達、更には港を行き交う“明らかに町人とは違う容姿”の人達に目が留まっていく。

「ほ~、結構貧乏なくせに港の方だと異文化交流してんのか」

例のように組んだ手を頭に乗せながら、気怠そうにバスが口を開く。

「てか観光もいいけどよ、あれきり亀裂の情報全然掴めてねんだよなぁ、亀裂の近くに居る男の前に、そもそも亀裂見つけてねぇし」

いつどこに発生するかも分からない亀裂を追うのは確かに難しい。来たはいいが、“人間だけ”ではもう打つ手は無いな。

「ハーリー!」

エンディの相棒である精霊、ハロルドがどうやら“戻ってきた”ようで、ハイクラスではない為ハロルドの声は私には聞こえないが、独りハロルドと会話するエンディの表情は何か吉報でも聞いたかのような明るさを伺わせていく。

「エルフヘイムでは、エルフも数人がこちらへ調査しに来てるという事を聞いたようです。精霊世界では、転移の履歴を調べたところ、調べた時はこの世界に転移によって来ている精霊は9体だという事を掴んだそうです」

固まっているのか、それとも散らばっているのか・・・。

「その中の2体ってオレらだろ?・・・ケッそうだったな」

「バスさん達は直接亀裂を通って来たので恐らくカウントされてないと言ってます。それから精霊世界の現在の見解ですと、このまま亀裂を放置すれば、いづれ亀裂は全異世界に及び、全異世界同士の隔たりが無くなるだろうという事だそうです」

「それは、大分深刻なのではないのか?」

「そうですね」

「ふむ。恐らくエルフ達は2、3人などではない、調査隊として編成されたものだろう。ならば、エルフと合流してみるか」

「じゃあわたし、ハーリーと一緒にエルフ達にアポ取ってくるよ」

「あぁ、頼む」

「行こハーリー」

全異世界の隔たりが無くなる・・・。想像が出来ないが、何となく良いことではないような気はする。

「なぁアポロン、この世界で宿取るのか?」

「まだ考えていないが」

「オレなんかはこんな感じでも良い方だと思えるけどな。ましてやアルテミスだったらさっさと帰ろうって言うんだろな、クキキッ」

「フッ確かにな」

「お前だってやっぱり、苦手な方なんだろ?」

「・・・そうだな。ここの人間には悪いが」

それから港町を散策しているとシーナ達が戻ってきて、シーナの“取り計らい”で転移させて貰うとまた同じような貧相そうな町に着いたが、5人のエルフの姿を見ると内心はやはり安心感を感じずには居られなかった。

「アポロンだ。こちらがバス、こちらは密偵のエンディ」

「どうも」

手を差し出すとすぐに女性エルフの1人が握手に応じる。

「あたしはスティンフィーよ。一応みんなの仕切り役なの。こっちからサニー、サクバン、イニヒ、セブン。精霊のフラッキーとキアタラよ」

4人と握手を交わし、見えない精霊に会釈してこれまで得た情報を話してそれから、一行は小さな木の上にある亀裂を前にした。

「んー、そもそもどう調べればいいのかしら」

「スティー、オレら周りも探してみるよー」

「うん」

サニーがイニヒを連れて離れていく中、綺麗なオレンジ色の長髪を掻き上げたスティンフィーはおもむろに革のベストのポケットから小瓶を取り出すと、それを開け、そして亀裂に向かって何かの粉を振りかけた。

「何だそれ」

バスの問いに、スティンフィーは聞かれた事を嬉しがるようににたっと笑みを返した。

「空間に亀裂って聞いてたから、空気を含んだら一瞬で蜘蛛の巣状になる魔法の粉をかけたのよ」

ふと亀裂に目線を戻すと、確かに蜘蛛の巣状の白い何かが亀裂とその真下の木に絡み付いていた。

「何でだ?」

「ほら、異物が挟まってれば亀裂も消えられないかも知れないじゃない。それに亀裂の近くに出る男の人も、異物があったら気になって寄ってくるんじゃないかしら」



ベドマの“セッティング”でニルヴァーナのエントランスパークに戻ってくると、そこにはいつ見ても仕事してるのかしてないのか分からないような寛いだ感じを醸しているお父さんが居たので、近付いていく。

「お父さん」

「おや?バクトくんは居ないみたいだね。ならベドマくんかな」

「うん。明日朝早くあっちに戻れば問題無いでしょ?」

「まぁそうだね。あっちはどんな感じかな?」

「今のところ、普通の戦国時代だけど、信長の時代なのにベンケイとか居るし、魔法みたいなのもあるよ」

「ほう。亀裂に関しては何か分かったかい?」

「(ククルン・バードだよ)」

ヘルからは半笑いも伝わってきて、ヘルのそんな感情にお父さんもリラックスした笑みを返す。

「何かなそれは」

「(アニメに出てくるやつ。人には見えない速さで飛ぶ鳥で、亀裂の周りに付いてた臭いがね、瞬間移動したんだ。でもカイルさんも時空を操る魔法を使って、その人には見えない人と対話したんだ。その人が亀裂を作ってたみたいだけど、最後の方は決裂して襲われたってさ)」

あら、お父さん、ちょっと研究者みたいな顔つきになった、珍しいな。

「人工的な現象なのか。興味深いね。しかも、時空を越えたスピード、なるほどねぇ。すごいじゃないか2人共、核心に迫ってるよ」

「(んー、でも全部カイルさんだし)」

「でも臭いも手掛かりになったじゃん」

そう言ってあげるとヘルからは照れ笑いが伝わってきた。

「博士、俺、もっと安定的にハイクラスの霊力を使えるようになりたいんですけど」

「うん、大丈夫。ストライク用の霊器の発注はもう済んでるから。後は霊器の完成と、霊器登録届だけだよ」

「そうだったんですね」

ほんとお父さん、準備良すぎ・・・。

「ストライクさん、霊匣は?」

「俺は持ってないんだ。ベドマは俺の心の中と直接繋がりを作ったみたいでね」

「へぇ」



「もしかして亀裂の事知ってるの?」

スティンフィーの仕掛けた罠に寄ってきたのは女だったが、明らかに町人ではない服装と雰囲気に、女が白い繊維に触れたところでスティンフィーが声をかける。エルフ達、私やエンディが皆女を見ている状況に、女はすぐに警戒と敵意を見せてくる。

「その白いの、あたしがやったのよ?異物があれば消えないかと思って」

女はどこか迷惑そうな溜め息を吐き、まるで観察するように亀裂を見上げる。

「この程度の異物では、影響は無さそうだ」

「待って?聞かせてよ」

去り始めた矢先にスティンフィーが呼び止めたが直後、女は腕に着けてある機械に触れると姿を消してしまった。

「あれっ・・・え?何で?ねぇサニー」

「これは・・・転移とかそういうんじゃない、うん臭う臭う、これ高速移動だな。フラッキー、ここらへん」

サニーは小瓶を取り出すと、何やら“空気を掬って小瓶に閉じ込めるような素振り”をして、そしてフラッキーも何やらその場所に留まり、何かをしていく。

「フラッキー、どうするの?」

シーナがそう聞くと、直後にシーナは感心するように笑顔を咲かせた。

「へぇ!すごいね。じゃあその女の人の臭いで、女の人追っかけられるんだね」



「ねぇナオ、どうやって帰るの?」

夕食時、魚の切り身の揚げ物をかじった後、イサミがそんな話を切り出した。すると箸を止めたナオはすぐに唸り出した。

「さっきから考えてるんだけど、私達、多分戻れないと思う」

「ねぇリリー、花、枯れちゃうね」

「そうだよね、どうしよ」

「ねぇハオンジュ、仲間の気配、追ってみる?」

「え?仲間って、どこの?」

「あれ、気配感じないの?イサミ、すごい集中したらさっき感じたけどな。きっと、イサミ達みたいに異世界から来て、しかも同じ翼の力を持った仲間が居るんだよ」

「えぇっ!?」



朝日も昇った頃、臭いも捕まえた事だしと、スティンフィー達はのんびりと仕事を再開し、そして亀裂を新しく見つけると当然その傍に女は居て、スティンフィー達は悠々と歩み寄っていく。スティンフィー達に気付いて振り返ると、女はすぐに警戒を伺わせた。

「あなたの臭い捕まえたからね、どこでも追いかけられるのよ。あたし達ね、どっちかっていうと亀裂を無くしたいの」

微笑むスティンフィーの正直過ぎる言い方にバスでさえも不安を伺わせる中、案の定女はその眼差しに敵意を見せていく。

「亀裂を放っとくと、良くない事が起こるのよ、無くした方が良いわよね?あなた達って、本当に亀裂を作ってるの?」

「そうだけど、言ったでしょ、私は手伝ってるだけ、話ならヴァガルファーにして」



「これが終わったら、仲間捜しに行こうね」

「うん」

戦場に立ち、リリーに応えながら、3メートルほどの巨体を有しているトロールという生き物を見据える中、後ろの方では別動隊がヒミコの指示でどこかへと向かい始める。

「イサミ、1人で先に仲間捜す?」

「んーん、大丈夫」

・・・大丈夫?・・・やっぱり寂しいのかな。

「イサミ、じゃあちょっと離れててね」

「はーい」

「翼解放」

翼を解放しながら龍形態になると、トロール達も闘争心を湧き立たせるように各々腕を回したり、足で地面を擦ったりし始める。



「信長様」

障子が引かれると、そこにはひざまづく家臣が居た。

仙花(せんか)悟空(ごくう)、共に弁天(べんてん)軍に討たれました。しかも弁慶ですが、弁天軍に寝返ったと」

「何ぃ!?」

勝家が声を上げると、その素直な反応はまたこの場の空気をより敗北感と怒りに傾けさせる。

「何でも、説法を説かれたからだと」

「あんの恩知らず、坊主が説法を説かれるなど笑い話にもならぬわ。信長様、直ぐに出陣の支度を。ここは芽が伸びる前に数で押し寄せて刈り取ってしまいましょう。必ずや私が裏切り者共の首を取って参ります」

「信長様」

再び障子が引かれ、家臣の1人が廊下でひざまづく。

「桃太郎殿が戻って参りまして、特にお怪我などは無いようなので、引き続き亀裂をお調べすると」

「全く桃太郎の奴、今がどんな状況かも知らずに油を売りおって」

「勝家、そう邪険にしてやるな。これより陣を立てる。指揮は勝家、副将はサル、光秀だ。裏切り者を10万の兵で根絶やしにしてこい」

「はっ」

勝家達が居間を出ていって間もなく、また再び一声と共に障子が引かれた。

「邪馬台国と周辺国の連合軍に、トロールが押されています。祠を取り返されるのも時間の問題かと」

何だというのだ、弁天も邪馬台国も。確かに我らも武田も徳川も亀裂の恩恵は受けてきた。「火炎の化身」に「雷神の化身」、「津波の化身」、それからフロイスやヴァリニャーノの言うような「翼を持った天人」、「化け犬」、そして「龍」。しかし我らの進歩とは違う、まるで予測も出来ない・・・“災い”のようだ。

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