ハザードたち
「ハザード」
それは、偶発した〈危険〉。
軽トラの荷台から橋を作る為の諸々の道具を降ろし、備品庫から車庫へ戻ると、最後にユリは“お礼で貰った野菜たち”が詰まった段ボール箱を満足げに荷台から抱え込んだ。
「今回はいっぱい貰えたね」
そう声をかけるとユリは満面の笑みで頷き、それから他の仲間達と共にエレベーターでオフィスホールへと上がっていく。コンクリート調で打ちっぱなしっぽいのに清潔感があり、壁や仕切りの無い開放感抜群のオフィス空間では誰かとすれ違う度、皆家族のように挨拶を交わしていく。
「カイル、今頃どうしてるかなぁ、元気でいるといいなぁ」
「ユリ、明日は三国に帰るんでしょ?」
「うん」
「じゃあ僕、カイル達のとこに遊びに行こうかな」
「そっか」
道を作り終えた次の日は基本的に休暇。そんなエターナルの規則にも馴れてきたこの頃、いつもユリを根芯まで連れていっているドリームについでに連れていって貰い、そしてルーニーのお腹の中に赤ちゃんとして籠っている世界龍の力で、蔦の壁の中に異世界との繋がりを作って貰う。
「戻る時はボクに声をかけてくれればいいからねー」
「うん」
ユリが蔦の壁の中に消えていった後、ふと何となく研究施設の方に顔を向けてみる。
「ねぇ世界龍、ちっちゃい持ち運べるロディオスとかあればいいのに」
「あ。・・・そー・・・じゃ作らせるよ」
「え、そんな簡単に出来るもんなの?」
「そりゃ簡単だよー。ロディオスだって一晩で出来たんだから」
「そっか。じゃあ頼むよ」
「はいはーい」
大分お腹の大きくなったルーニーからふと壁際に立つ、ドーム状のガラスを先端に嵌められた、胸の高さまである3本の石柱を目に留める。
「さっさと行けば?」
疎ましそうにそう声をかけてきたルーニーの目つきを見るとむしろ逆に石柱が気になり、歩み寄ってみると、ガラスの中にはそれぞれ世界龍の血晶が1つずつ置かれていた。
「だって久し振りだからさ。何で3つ?」
「ほらあんたの友達から抜き取った力。真ん中がユリちゃんので、右があの、でかい人」
「そっかぁ。ユリとルケイルのかぁ」
まるで水の中にめり込むような触感で蔦の壁の中に入り、カイル達の居る世界をイメージすると直後、目を開けるとそこはすでに“長閑な公園”だった。
ありゃ、来たことない公園だな。でも翼の力の気配は感じるし、追ってみれば分かるかな。
後ろを振り返ると体に密着しそうなほど近くに大木があり、その自然的なものに心は和みながら、とりあえず公園を進んでいく。観光客風な人達、ふらっと来たような格好の人、屋台などを通り過ぎていった頃、一際存在感があり、一目見ればそれが警備員だと分かる服装の白いゴリラに目を奪われる。
懐かしいなぁ、タグンやヘルギーは元気にしてるかなぁ。カイル達と会ったらみんなやソウスケにも会いに行くかな。
やがて公園を出て、国道っぽい広い道路に差し掛かっても自動車専用車線や動物牽引車専用車線があったりとその長閑さは変わらず、住宅街に差し掛かれば、母親ではなく飼い犬がベビーカーを牽引しているなど、やっぱり長閑さは変わらない。
さすが、自然や動物を尊重する国、ハルンガーナだなぁ。
商店街を抜けて右折し、どんどん翼の力の気配が近くなっていくのをワクワクしていた時、誰も居ない、特に何も無い道端に、突如として“ヒビ”が入る。何となく周りを見渡してみるが、偶然にも他に通行人は居らず、歩み寄ってみるとその小さな亀裂はなんと空間に入っていた。
何だこれ。この世界はエネルゲイアとか居る世界だけど、誰も居ないしなぁ。んーちょっと・・・石でも投げちゃおかな。
石ころを拾い上げ、少し遠くからヒビに向かって投げてみると、ヒビの頭上へと放物線を描いていた石ころは一瞬、ピタリとその動きを止める。
ん?・・・。
するとその一瞬の後、石ころは響くような乾いた音と共にヒビの中へと吸い込まれていった。それからインターホンの音が優しく鳴り上がる。はーいというカイルの返事の後、ドアが開かれ、カイルは満面の笑顔を見せた。
「久し振り。遊びに来たよ」
「うん久し振りバクトさん!近付いてくる気配はバクトさんだったんだね。どうぞ」
家に上がると何となく一瞥してくる人達と何となく目線を合わせていく中、玄関と対角線にある庭口からちょうど戻ってきた火爪が大きく手を挙げてみせてきた。
「どした」
「今日は休暇だから、遊びに来た」
「へー」
「昨日ね、ユリと話してたんだよ、カイル元気かなぁって。だから何となく来てみたんだ」
カイルが嬉しそうに笑みを溢し、それからおやつの白いバナナを貰って庭に出た時、すぐに庭にある大きめな木の上にある空間のヒビが目に留まった。
「あ!あれ、さっきこの家に来る途中にもあったけど」
「えっ」
するとカイルと火爪は何やら神妙な面持ちで顔を見合わせる。
「知ってるの?」
「まあな。あの木の上のは3日前に出来たんだが、あのヒビみたいなのは世界中に出来てるらしい。近付くなよ?吸い込まれるからな」
「うん。さっき石ころ投げたから。誰かの仕業なの?」
「それが分からねぇんだ。まぁブルーオーガは異世界を繋げる技術があるから、調べるのは難しくないらしいけどな」
「雷眼達は?」
「自分らの世界で、空母戦争やってんだろ」
「火爪は?」
「まぁ何とかなったってとこだなぁ。鉱石使って3つ目の力手に入れたからな、ハッ」
「おー、どんなの?」
すると見せつけるようにゆっくりニヤつき、火爪は黙ってバナナをかじってみせる。
いや、だから、どんなのって。
「それってさ、雷眼も水拳もそういう事だよね?パラレルの繋がりがあるんだから」
するとまた、見せつけるようにゆっくりモグモグしながら、火爪は黙ってバナナをかじってみせた。
いや、だから。
「おーい、ソウスケー」
牧場に赴き、相変わらず龍の姿のソウスケに手を振ってみせながら近付いていくと、正に子供のようにはしゃぎながらブライトが駆け寄ってきた。
「バクトだー」
「ブライト、またちょっと大きくなったね」
「まあね、見て見てっ・・・うー」
およそ中学生くらいの体格の龍の姿のブライトが力むように小さく身を屈めると、透明がかった赤い光に包まれた後にその体は小学校1年生ほどの人間の少女となった。
「へー。ブライトって女の子だったのか」
「パパとかカイルに教えて貰って、大分魔法も覚えたの」
「まさか、翼解放出来ちゃう?」
「うん!出来ちゃうよっ」
「おー」
ソウスケも人間に戻って歩み寄ってくると、ブライトは甘えるようにソウスケに抱きつき、そして抱っこされた。
「ほんとはな、もっと時間が経ってから教えようってエンジェラとも話してたんだが、やっぱり好奇心には勝てなくてな。ブライトが自分でやったら出来ちまったんだよ」
「エンジェラさんは?」
「あいつ、運動不足と出産太りを解消する為に動物戦士になったんだ」
「おお!すごいね」
「まぁあいつは元々戦うのは好きな方だったからなぁ。それに、あいつはもう人間に戻る気は無いらしいし、しかもやっぱり、動物戦士になれば本人もその家族も税金関係が優遇されるし、報酬もあるしな」
「じゃあ、ソウスケが専業主夫かぁ」
「ハハッ・・・まあな」
ソウスケとブライト、カイルと火爪と共に牧場内のレストランで昼食を取っている中、ふとテレビのニュースに目を奪われる。ブルーオーガの研究員が空間のヒビから無事に帰還したという事での記者会見が開かれていた。
「先ず結論として、ヒビの向こう側は別次元の異世界でした。えーご存知の通り、次元の隔たりを限定的に制御する事で、安定的な次元間移動を可能とする訳ですが、あのヒビは、何らかのバグ的要素によって生じている歪みだと言えます。つまり、いつ拡大したり縮小したり、或いは消えたりするか予測出来ないとても不安定な状態だと言えますので、見つけても安易に近付かないで下さい」
「危険要因として排除するといったような考えはありますか?」
記者の問いに白衣の研究員は隣に座るスーツの男性を見る。
「すでに、巻き込まれたりなどして怪我や行方不明といったような事故が各地で発生してるので、ブルーオーガとしては早急にヒビを隔離、そして可能であれば排除する方向で動きます」
「バクト、俺らもさ、調べてみねぇか?」
「え、火爪さん、近付かない方がいいんじゃ」
「だってよぉ――」
すると火爪はカイルに見せつけるようにニヤつき、テレビを一瞥する。
「――面白そうだろ」
呆れるように不安げで、でも慣れ親しんだ友達のような眼差しのカイルがこちらの顔を伺ってくる。
「でもむしろ、もしかしたら調べた方がいいかもよ?怪我人とか出ちゃってるし」
「んー、それも、そうだね。でも火爪さん、どうするの?」
「そら、入ってみるとか」
「おいおい、ヒビが消えたらどうすんだよ、帰れなくなるだろ」
「ブライトも入れるかな」
「ブライト、近付くなよ?エンジェラに怒られるぞ?」
「えーん、パパ行くの?」
「いやいや、行く訳ないだろ。戻れる確証は無いからな」
「火爪さん、ソウスケさんの言う通りだよ?」
「あれ・・・いや待てよ?戻れる確証・・・だったら、カイル達が使ってるレッドワイバーンの転送筒ってやつでさ、向こう側の座標さえ突き止められれば行き来出来んじゃねえか?」
一瞬の沈黙の後、カイルは閃いたように笑顔を咲かせ、ソウスケと顔を見合わせる。
「火爪さん、すごい!」
「よーしそうと決まれば、雷眼と水拳にも付き添わせるか」
超音波が壁や障害物を通り抜けたり沢山反射していき、まるで光を照らすように“標的”の位置が浮かび上がるそんなイメージが、直接頭の中に伝わってきて、無意識に“鞍に着けた特殊な手綱”とプリマベーラのグリップを握る手に力が入る。それから伝わってきたのは「合図」。
「(よーい・・・ドン!)」
まるで銃撃戦かのように、物陰から飛び出したヘルに反射的に衝撃波を飛ばしてきた“その悪者”に、すかさず光矢を撃ち放つ。白く細い、正に矢のような光が悪者を貫くと、悪者はそのまま仰向けにバタンと倒れた。そこに武装したノイルとTSAが駆け寄り、取り囲んで銃口を突きつける。動かない悪者が醸す緊迫の中、白衣の男性が静かに、そして素早く悪者の首筋に注射器を刺した。ヘルの安堵が頭に流れてくる。
「ウッ・・・ウッ」
一目散に離れる白衣の男性を庇うようにノイルやTSAが更に詰め寄る中、それから若干の痙攣を伺わせた悪者の体はウパーディセーサのものから人間のものへと変化し、“その男性”はやがて意識を取り戻した。
「ウパーディセーサ条例に基づき、『生態制御薬』を打ったからな?」
「チッくそぉ下手・・・うっちまった」
悪びれる様子もないマフィアの男性に、ノイルは怒りの表情で蹴りを入れる。
「おぐっ」
「誰でもウパーディセーサになれるからってな、『凶悪化』に指定されりゃ“力が制御されるクスリ”打たれる事くらい分かってんだろ!運が悪かったみてぇな顔してんじゃねえっ!」
「うるせぇな!マフィア嘗めんなよ?・・・おぐっ」
「あ?」
「・・・・・・すいません」
“おおよそ”人間に戻され、萎れた様子で警察車両に連行されていくマフィアを眺めていると、ふとヘルのウキウキが頭に流れてきた。
「(ノイル、ご褒美は?)」
「待ってろって。その前に感謝状だろ。このまま署まで来てくれ。感謝状と、そうだなぁ・・・商品券か、ギフト券だな」
「(おー、高級肉のギフト券にして?)」
「へへっ・・・分かったよ。悪かったな嬢ちゃん、いきなり呼びつけちまって」
「ギフト券貰えるならこれくらい全然いいですよ。その、やられちゃったTSAのウパーディセーサの人、大丈夫なんですか?」
「まぁユピテルさんの話じゃ、1日寝てれば自己再生で治るだろうってさ」
「そうですか」
それから臨時の“個人的な救援要請”から無事に帰宅し、感謝状とギフト券をママに見せると、ママは飛び上がりそうな勢いですごく嬉しそうに感謝状を手に取り、私を抱きしめてくれた。
「(ギフト券はボクへのご褒美だからね?)」
「へえ、すごいわね、怪我無かった?」
「うん
(うん)」
昼下がり、庭でのんびりと横になっていると、何やら囃し立てるような感じでルアが呼びかけてきた。
「近くで魔虫目撃だって」
「(どのブルータス?)」
「ちっちゃいとか言ってたから、ヴァンガードかもね。散歩がてら探そうよ」
「(うんっ)」
ジュシアルブーツとプリマベーラの仕度が済んで1階に戻って来たルアに靴を履かせて貰い、そしてルアを鞍に乗せてからとりあえず周りの臭いを嗅いでみる。
「(目撃ってどこ?)」
「サザーリニからこっち方面に行くのが見えたって事だから、ニルヴァーナの方かなぁ」
「ルアもヘルも、怪我には気を付けなさいよ?」
「はーい
(はーい)」
運動がてらジョギング気分で走ってしばらくしても特に目立った臭いはなく、霊獣モードになって飛んでいると気が付けばニルヴァーナの近くまで来ていた。
「(お父さんに聞いてみない?)」
「そうしよっかぁ」
エントランスパークでお父さんの臭いを見つけ、パソコンを前にはしているがサハギーと一緒に寛いでいるように見えるお父さんに歩み寄っていく。
「お父さーん」
「お?・・・もしかしてニュースでやってたヴァンガードを探してるのかな?」
「さすがお父さん」
「(見つからないまま近くまで来たから、会いに来ちゃった)」
「ごめんな、俺もニュースで知ってるだけだからちょっと分からないけど、こういう事は探すより誘う方がいいもんだよ」
「誘うかぁ、虫だし、甘い香りとか?」
「虫は虫でも、あっちの世界とこっちの世界の遺伝子が混ざってるからねぇ。いや、もしかしたらそういうシンプルな考えがむしろ良いかも知れない」
「(甘い香りでも、好みのもの作らないとだよね?)」
「あぁそうだね。好みなら遺伝子を調べれば分かるから、なら遺伝子サンプルあるし、面白そうだから早速作ってみるよ」
「ほんと?やった」
「出来たら電話するからな?」
ニルヴァーナを後にした瞬間、自動ドアが開き、外の空気がまとわりついてきたその一瞬で、嗅覚はすぐさまその存在を感知した。ヴァンガードはロータリーの真ん中の茂みに居たが、まだこちらには気付いていない様子だった。
「(ルア!居たじゃん!)」
ルアはすぐさま鐙に足を掛け、鞍に跨がってきて、それからゆっくり近付いていくが、それでもヴァンガードはこちらの方に見向きもしない。
ん?何だろあれ、茂みの上らへんに、変な亀裂みたいなものがあるけど。
ルアから狩りの時と同じ静かな殺気を感じた直後、その亀裂から、突如として何か長いものが飛び出し、コンッと音を立てヴァンガードにぶつかった。すると反射的に驚いたのか怒ったのか、ヴァンガードはすぐさま4本の尾状気管の先を亀裂に向け、衝撃波を放った。強く空間が歪んだそこから響くような乾いた音が鳴り上がった瞬間、歪んだ空間はパリンッと音を立て、大きく割れた。
「うぅっ!!
(・・・何、これ)」
気が付けば、抗えないほどの強い“吸引力”に襲われていた。ヴァンガードがすっぽり吸い込まれたのを垣間見た事を認識しながらもすでに体は飛んでいて、そして直後、視界と嗅覚は真っ暗になった。
「痛っ!」
気を失ったような感覚ではなく、まるで“訳も分からず落っこちた”ような感覚の中、真っ先に嗅覚を突いたのはルアという安心感と、血の臭いだった。
ここ、どこ?・・・。
嗅覚が理解しているのは、ボクとルアを取り囲んでいるのは数十人のヒトだということ。そしてみんな、警戒心と戸惑い、そして若干の殺気で満ちている。スッと立ち上がってみると、ザザッとヒトの円が地面を擦り、警戒心などが蠢いていく。
ていうか、みんな、槍とか刀とか、まるでドラマでよく見る、戦国時代の格好だけど?。
「お、お、お前ら、何なんだ、いきなり出てきやがって、しかも、何だ、そのバカでかい狼は」
「(狼じゃなくて犬だよ?)」
すると犬?イヌ?いぬ?そう言って、妙に血生臭くて薄汚いヒト達はキョロキョロし始める。
「ヘル、ここ、何なの?」
「(タイムスリップ・・・なのかね)」
「おいお前たち、何騒いでんだい」
オロオロしているヒトの円が裂かれていくと、見た感じリーダーっぽい女性がヒトの円に入って来て、ボクを見上げ、ルアを見た。
「お頭、妙な奴らがいきなり出てきたんでさ」
「フッ・・・美味そうな狼じゃないか」
「(げっルア早く乗って、とりあえず逃げなきゃ)」
「うん」
「うああぁっ!」
突如、全ての目が声の方へと弾かれて、血の臭いがふっと沸いた。
「(ルア!ヴァンガードだ、とりあえずやっつけよっ)」
頭から超音波を飛ばし、周辺の人々、家々、地形を跳ね返ってきた超音波で把握しながら一軒の長屋に飛び乗るが、その間にも衝撃波が放たれ数人が巻き込まれていく。
「光矢」
ルアが放った7本の光矢がブスブスッと地面やらヴァンガードに刺さっていき、ヴァンガードの体が波を打つ間にもすでに飛び上がっていて、ルアが光壁でヴァンガードを押さえつけている間に前足を目一杯振り上げる。
「(光刃一爪!)」
白い光がパアッとヴァンガードを切り裂き、血の臭いが噴き上がる。力無く倒れて動かなくなったのを確認してか人々は再び円を作り、ヴァンガードの亡骸を囲んでいく。
「どきな!」
リーダーっぽい女性の一声に円は再び裂かれ、そして女性はヴァンガードの亡骸を見下ろした。
「フッ・・・不味そうな顔だ」
このヒト、腹ペコなのかな。
「お前たち、やるじゃないか」
「(ど、どうも)」
「はい出来たよ。この転送筒を持って向こう側に行けば自動登録された座標情報がこっちに転送されてくるから、そうすればもう行き来出来る」
「うんありがとうクラスタシア」
バクトと共に家の庭で待っていると、やがてカソウがライガンとスイケンを連れて戻って来たがその時、ふと翼の力の気配を感じた。
誰か来るのかな?・・・。
「久し振りぃー」
バクトに向けられたスイケンの柔らかい笑顔を横目にしながら気配を感じる方を見ていると、いきなり少し眩しいくらいの光の玉が目の前に落ちてきて、驚いた矢先、更に光の玉は見知らぬ女の人になった。
「えぇっ!ドリーム?」
ん?バクトさんの知り合いかな。
「何でここに!?」
どこか気の弱そうな印象のドリームと呼ばれた女性は大人しい様子のまま、何やら腕に着けていたものを外し、バクトに差し出した。
「ロディオスウォッチ」
「早っ!まだ3時間くらいしか経ってないのに」
「後ね、創造神から伝言があるの」
「何?」
「あちこちで起こってる空間の歪み、このままだと危なそうだから、亀裂を起こしてる世界に行って何とかして欲しいって」
「つまり、ヒビの向こう側の異世界に、ヒビの原因があるって事だね」
「うん。エターナルのセディアフにはあたしから言っておくから」
「分かった、色々ありがとねドリーム」
終始明るい笑顔などは見せないまま頷いた後、僕の事を一瞬だけ見てから、ドリームはすぐに光の玉に包まれ、消えていった。
「バクトさん、何でドリームさんから翼の力の気配を感じたのかな」
「ドリームはユリに命を助けて貰って、その時力も分けて貰ったんだよ」
「へぇー。そうなのかぁ」
「おいバクト、何だよ創造神て」
「この世界そのものみたいな存在かな。その世界龍と知り合いだから僕は異世界を自由に渡れて、ハルクを捜しに来られたり、ミレイユも連れて来られたりしたんだよ。そうじゃなかったら、本当はレッドブルー抗争に関わることすら出来なかったし」
「なるほどなぁ。んじゃ、早速、行こうぜ、向こう側。カイル、転送筒」
「うん、はい。1人で行くの?」
「あの大きさじゃ1人ずつしか入れなさそうだしな」
「そっか」
すぐ追いかけられるし、まいっか。
「カイル、魔法で階段作ってくれよ」
「うん」
階段?えっと・・・。
「ほら、ここらへんに」
そう言いながらカソウは何やら土を拾い上げたので、クウカクで階段を作ってみるとすぐさまカソウは透明な階段に向けて土をばらまいた。
なるほど、そういう事か。
それから被さる土で位置が分かる階段の1番上で、1人ヒビに手を伸ばすカソウを、みんなで固唾を飲んで見上げていく。そして直後、カソウはまるで滑り込むようにして姿を消した。
風を切る音がみんなを包み、見えている景色が瞬く間に変わっていった後、そこには軽く手を挙げるカソウが居たが、それよりもやはり、荒れた町並みを見渡さずには居られなかった。
あ、向こうから人が来るみたい。
「うわぁ、センゴクかな。こういう感じかぁ」
「ねー、こっちに来るあの人達、ブショウみたいだよねー」
「戦闘になるかも知れないな。警戒しておくべきだろう」
何だかバクトさん達はみんな、この世界を知ってそうだけど。
「貴様ら何奴だ!ここを信長様の領地と知っての立ち入りか!」
しかし直後、カソウは笑い声を上げた。
「まんまじゃねえか」
「何を笑っておる!無礼者が。引っ捕らえろ!」
「止めとけよ、ただのブショウが俺らに勝てる訳ねぇ」
「な、んだとぉ!愚弄するか!覚悟しろ!」
突如カソウは燃え上がり、ライガンからは雷光が轟き、そしてスイケンは水流を噴き上がらせた。ブショウの人達は驚きの声を野太く上げるが怖じ気付く様子はなく、1歩前に出たカソウに合わせるようにカタナを持った男性が1人前に出る。
「カソウさん、殺す理由は無いんだからね?」
「分かってるって。軽く追っ払ってやるよ、調べなきゃいけねぇ事もあるしな」
一瞬だけ僕を見たその男性に向かって、カソウが炎を投げつけると直後、男性は炎を切り裂き、そして“巻き取った”。間髪入れず、男性の気合いの一声と共に炎はカソウに返された。
「カソウさん!」
「何だこいつ、跳ね返しやがった?・・・いや」
「フンッ」
男性がカタナを振り払うが、ボウッ炎が鳴り上がってもカタナは燃え続けている。
「吸収か?」
「無知な異国人に教えてやろう。これは合気神道。古来より伝承される剣の道」
「何だぁ?相手の力で相手を制する合気道みてぇだな」
「異国人よ。名は少々違うが、貴様の知っているものと本質は同じと言えよう」
「ハッこの程度が俺の本気だと思うなよ?みんな下がってろ。・・・炎帝爪、炎上!」
とりあえずクウカク張っておこう。
撒き散らされた炎とその巨体に、今度はさすがの男性達も怖じ気付くように地面を擦りながら下がり始める。
「さっきまでの威勢はどうした?あ?・・・うおらぁっ!」
カソウによって振り払われた炎に男性達は見えなくなるが、野太い悲鳴が聞こえ、炎が空に消えていった頃になると男性達はすでに遠くまで逃げ去っていた。
出された料理にはとりあえずちゃんと手を着けながらも、床に直に座り、無造作に並んだ料理を薄汚い男性達と囲むというこの状況はやはり慣れたものではなくて、大きなスペアリブをまた1つヘルに食べさせながら、こんな状況だからこそむしろ家の事が気になってくる。
日も暮れてみんなが寝始めた頃、ヘルに寄りかかりながら、ふとマフィアのアジトの牢屋の中で過ごしていた事を思い出していた。
ママ、心配するだろうな。ん、でもタイムスリップなら、時間って経ってないのかな?。
「(そうだ、精霊に聞いてみない?帰る方法知ってるかも)」
「ヘル、冷静だねぇ」
「(ママ達は心配してるだろうけど、ルアが居るから寂しくないよ)」
「ヘル・・・」
おでこをヘルの頬にスリスリしてから目を瞑り、ペルーニを呼んでみるが何故か声は聞こえず、思わずヘルと顔を見合わせる。
「聞こえた?」
「(聞こえなかった)」
そんな、違う世界に来ちゃったから?。
「(魔法は使えるしさ、思い詰めずに戻れる方法探そうよ)」
「うん。でも、手掛かり無いし、大丈夫かなぁ」
男性達がむさ苦しくともテキパキと並んでいく。日の出と共に何やら伝令がやってきて、リーダーの女性、センカの号令で戦の仕度が進められていた。カタカタと甲冑が擦り当たる音が止み、センカが中庭に整列した男性達を見渡す。
「東のゴクウに加勢し、息巻いてるベンテン軍を叩き潰すよ!」
「はっ!!」
「何してるんだい、お前たちも行くんだよ」
「(でも、ボクたち関係ないし)」
「あぁ!?メシ食わせてやった恩も返せないってのかい?」
ヘルと顔を見合わせ、出陣していく男性達を何となく見る。
「(じゃあ、一宿一飯の恩義なんだから、1回だけだよ?)」
最後尾から少し離れながら男性達についていくヘルの上から、木造一色の町並み、元気そうに走り回ってたらヘルに気付いて釘付けになる子供達、点在する小さな畑を眺めていく。
戦はしてるみたいだけど、何か平和そうだなぁ。ドラマじゃ貧困ってイメージがあったけど、実際はそうでもなかったのかな。
「ヘル、ニルヴァーナにあったあの亀裂にもう1回飛び込めばいいんだよね?」
「(だと思うよ?)」
「ああいうの、エコロケでも分からないの?」
「(さっき外出た時やってみたけど、まだ分かんない)」
「そっかぁ」
町並みが終わり、まるでどうぞ戦って下さいと言わんばかりの広大な平地に辿り着くと、センカ軍の向こうには甲冑ではないような風貌の兵隊が待ち構えていて、これから戦いが始まる怖さが募ると同時にヘルからも不安が流れてくる。両軍が向かい合い、やっぱり号令と共に突撃し合うのかなと思った矢先、向こうの兵隊の中から3人の“普通の服装っぽい”人達が前に出てくる。
「(ん?何か違う・・・)」
「何が?」
そんな時、真ん中の人は大きな炎の玉の爆発に包まれ、左の人は天高く昇る眩い雷光に包まれ、そして右の人は間欠泉のように噴き上がる水流に包まれた。
「(うへぇ?)」
「こ、こういう、世界、なの?」
花びらと蔦を纏う人型のフェニックスになった真ん中の人、銀河色の陣羽織が目を引く雷神になった左の人、豪勢な斧を持ったターコイズブルーのロボットになった右の人が歩み寄ってくるが、直後にセンカによる号令が発せられ、そして男性達は雄叫びを轟かせていった。
片隅にある木の下で、炎と雷光、水流が交わり、激しくうるさく訳が分からない戦場の見学をしていると、突然の銃撃が予め張っていた光壁を鈍くノックした。反射的に振り向くと、ライフルほどの火縄銃を肩に乗せた怖い顔のセンカが真っ直ぐ戦場に指を差していた。
「(見つかったワン)」
「急に犬みたいなキャラ?」
「(仕方ない、行くだけ行こ。光壁消さなきゃ大丈夫でしょ)」
念の為プリマベーラをホルダーから抜き、手綱を改めて握りしめる。
「(やられたら一応やり返す?)」
あ。火爪撃たれた。ん、何か飛んできた、クジャクっぽいけど。
ベンテン軍と共に先陣を切る火爪達を見学していた中、火爪の炎をバリアで防ぎながら犬に乗った女性が何やら光矢を放ち、火爪をひっくり返した。そんな時にどこからともなく女性を乗せたクジャクが、その犬に乗った女性の下にやって来ると、火爪の反撃を無視するように女性を乗せた犬は一目散にその場を離れていった。
こういう世界なのかな?・・・。でも、何となく、話せそうかも。
「あれ、バクトさん、まさかあの人達と戦いに行くんじゃ」
「いや、何となく話せそうだから、ちょっと行ってみる」
「(シュナカラク、ペルーニ、今までどこに居たの?)」
「本当は、それはこちらのセリフだ。いきなり居なくなったのはヘルとルアの方だ。昨晩、呼びかけてくれたお陰で居場所が分かり、今ようやく追いついたのだ」
「ペルーニぃ」
まるで蔦そのものみたいな髪の毛を花飾りのカチューシャで留めていて、新緑色のワンピースを着たペルーニが羽を羽ばたかせてルアに抱きつく。そんな2人にほっこりする反面、近付いてきた“知らない臭い”に顔を向けると、同時にその“知らない臭い”は同じく近付いてきたセンカに体と気を向かせた。センカは“知らない臭い”に銃口を向けていた。
「貴様らか、昨晩ゴクウの手下を追っ払った異国人ってのは。まさかベンテン軍の奴らだったとはね」
「それは違うよ。君の仲間を追っ払ったのを偶然見てて、それから助っ人って事で軍に入ったんだ」
「フッ助っ人だとかはどうでもいい、ベンテン軍なら討ち取るのみ。覚悟!」
銃声が轟いたが直後、全く何もしていないただ突っ立ってた“知らない臭い”を前に、銃弾は鈍い音を鳴らして地面に落ちた。
お?まさか光壁かな?。
「チッ何なんだいその犬といい、弾が勝手に落ちやがるなんて」
その瞬間、知ってる臭いがいきなりその場に現れ、ルア並びにペルーニやシュナカラク、そして“知らない臭い”も一様に驚きの声を上げる。
「およおよ、随分と遠くまで飛ばされたもんだね」
「サハギー!どうして?」
「そりゃあユピテルに頼まれたからだよ、いきなり消えた君達を捜して欲しいって」
「何だいっ!そのふざけた異形の龍は!」
「あれあれ、ふざけたとは失礼な。ウラは普通の立派な龍だよぉ」
「おー。僕も龍だよ?低次元から転生してきたんだ」
「およおよっ!1代目とは珍しい」
「(サハギー、何の話?)」
「つまりは、同じ精霊って事だよ」
やっぱりそうか、どうりでヒトの臭いとはちょっと違うと思った。
「私にも見えるって事は、ハイクラスの精霊なの?」
しかしルアの問いにその精霊はハイクラスという言葉をまるで知らないかのように、首を傾げる。
「ふむふむ、ハイクラスとかじゃなくて、単に肉体を持ってるから見えるって事だね」
「へぇ」
「あたいを無視するな!お前たち、一宿一飯の恩義があるだろ?その白髪はベンテン軍だ、くっちゃべってないで叩きのめしな!」
「(さっき燃えてるヒトに反撃したから、もう恩返し終わったよ?)」
「フッ・・・ほう?なら――」
するとセンカはボクに銃口を向けながら、“戦場”へと掌をかざした。
「今日の晩メシになりな!」
何となく“その方”に目を向けるとすでに一筋の炎がセンカに飛んできていて、まるで吸い寄せるように炎を“巻き取る”と、直後に火縄銃は火炎放射した。しかし光壁に炎がぶつかる直前、目の前には黒い何かが壁となるように突き上がり、そしてそこに白髪の精霊が出てくると、精霊は黒い壁を前面に勢いよく霧散させた。視界が晴れると、センカは“黒く凍結しかけたその場”に凍えるように身構えていた。
「兵隊じゃない人を戦いに巻き込むのは、違うんじゃないかな」
「フッ・・・この世はね、勝った奴の言葉しか、人には届かないんだ」
精霊の呆れたような溜め息と同時に、センカは脇差しを抜いた。すると“その場の黒”は全て脇差しに巻き取られ、そして素早くセンカは黒く凍結し肥大した脇差しで精霊に斬りかかった。それでも軽くバチンッと黒い脇差しを手で叩き払い、ボウッと白い炎でセンカを吹き飛ばす、一見ルーナくらいの年齢に見えるのに想像もしないほどの力に、頼もしさと共にルアからもちょっとした怖さを感じた。
白炎をも吸収し、白炎そのものを翼にして飛び上がった女性は火縄銃の銃口に黒氷、白炎、そして火爪の炎を混ぜ合わせた3色のエネルギーボールを形成していく。
んー・・・、力が取られて真似されて、しかも自由に使われていく。今回は、随分とややこしい相手だ。
「翼、解放」
「ふうぁっ」
2枚の細長いマントをひらつかせた鎧をいきなり纏い、飛び上がった精霊は、よく分からないけどすごく危なそうな3色の球を殴って飛ばした。その背中はとても頼もしくて、とても近寄り難くて、3色の大爆発が少し遠くの空を彩るのには目もくれず、そして精霊は腰に拳を当てた。ヘルからは感心とやる気が流れてくる。
「じゃあ、僕達が君達を倒せば、退散してくれるのかな」
「フッ・・・威勢が良いのは好きだが、合気神道を甘く見ると命落とすよ?」
「それはどうかな」
「ヘル、離れた方がいいよ」
「(えーん、面白そうじゃん。光壁してればいいでしょ?)」
「もー、ヘルったら」
空中戦を観戦するワクワクがヘルから流れてくる中、精霊はまるで弓を持ち矢を引くような姿勢を取り、更には白黒の大きな光矢を作り上げる。
「バリスタ・オブ・アークエンジェル」
呟くような呪文の後、弓も無いのに白黒の光矢がそして放たれたが、センカは黒い脇差しに白い炎と赤い炎を集めて宿し、更にまた刀身を華やかに大きくしながら俊敏に白黒の光矢に斬りかかった。白と黒、赤が弾け合う光の花火を制したのはセンカで、白黒の光矢が斬られて消えた時。
「雷光天貫」
精霊の呟くような呪文にヘルはまた「おっ!」となり、精霊の右手が白い槍に包まれ、左手には黒い円盾が装着された。そのカッコよさに、ヘルは尻尾を振っていた。
「ルア、ヘル。じゃあウラはユピテルに元気そうだって報告しに行くからね」
「うん」
「皇輪ノ棘」
右腕だけから生やした白く輝く棘を、まきびしでも撒くように辺り一面に撒き散らしていき、そしてその全てを小さく爆発させていく。戦場から離脱する奴らの動きで、大分人の数が空いてきた頃、俺の事を真っ直ぐ睨みながら、そいつはやって来た。
やっと来たか、ベンテンが言ってたゴクウって奴だな、てか結構派手な奴だなぁ。派手さならシドウとどっこいかもなぁ。
カラフルな甲冑の所々を更に毛皮で装飾した暑苦しさに加え、兜に付けられた黄金に光る鳥の飾りがより一層ウザさを醸し出すゴクウは立ち止まると、俺を見ている兵士達は皆ゴクウに気を向かせ、手を止めていく。
「貴様らが何かは知らんし、何者でもいい。だが、信長様に歯向かう、それだけで、貴様らは万死に値する」
「ケッ・・・とんだ信者だな。でも良いぜ?別にそれでも。理由が何だろうと、勝てなきゃただの遠吠えだぜ?」
睨む表情は変わらないまま、腰に着けていた棒を取って瞬時に伸ばし、軽く回してから腰を落とすと、ゴクウは走り出した。雷眼の放つ雷撃音や水拳が鳴らす水流音、それぞれ2人と戦う兵士達の雄叫びなどという喧騒の中、ゴクウの靴は突如虹色の光を尾に引き、その体は“宙を滑り出した”。
如意棒に、飛行か、確かにゴクウだわな。
振り下げられてきた3色の脇差しを槍で弾き、すかさず円盾で火縄銃を押さえながら蹴りを繰り出す。それから槍から白炎を発射して追撃し、円盾で地面まで叩き落とすと、さすがに女性は息も荒々しく、その目つきには怒りと焦りが伺えた。
「何故手を緩めるんだい」
「だって別に、殺す理由無いし。殺されるだけが負けじゃない、勝てないなら、それも負けだよ」
「フッ・・・甘ったれるな!命を賭けない戦いに価値なんて無いんだ!生きてる限り、人生に負けはない。どちらかが生きてる限り、戦いは終わらない」
「勝ち負けが全てじゃないよ」
そう言ってカイルがやって来ると、カイルのその哀れむような眼差しになのか、寂しそうな眼差しになのか、女性は小バカにするような笑い声を上げた。
「戦いは、勝ち負けの為にあるんじゃないよ。戦いは、その後でまた戦わないようにする為にあるんだよ」
「フッ・・・また戦わないように?それなら尚更殺すべきじゃないのかい?」
「生きてるから、分かり合えて戦わない選択が出来るんだよ?」
ちょっと見ない間に、カイルも結構大人になったもんだなぁ。
しかし女性は“戦場”に手を伸ばし、雷眼の雷光と水拳の水流を一筋ずつ引き寄せ、素早く脇差しに巻き取った。5色のエネルギーを融合させ、すでに脇差しなどとは呼べないほど肥大した脇差しを構え、女性は僕とカイルを睨みつけた。
「分かり合う必要は無い、何故ならここは――」
女性は5色の脇差しを引き、5色をバチバチと唸らせる。
「戦国の世だからだ!!」
「翼解放っ」
白黒、赤、黄緑、水色が嵐のような轟音を上げ、目の前を覆う。クウカクを張って何とか凌いでいた中、空気の歪みの波が5色を霧散させ、そこからカイルが姿を現し、更にカイルの放つ超音波はそのまま女性を盛大に転がらせた。
「バクトさん大丈夫?」
「うん、ありがとう。どうやらまだ大人しくしてくれないみたいだね」
「こればっかりは、仕方ないね」
まるでスケートのように宙を飛行するゴクウは如意棒の先端で俺の炎を巻き取り、炎の刃を作り出した。そして遠くからその炎の刃を撃ち放ったと思った瞬間、炎の刃は渦巻いて竜巻のように燃え盛って襲ってきた。まるで風を纏ったような俺の炎を炎帝剣で切り裂くと、その炎の切れ間からゴクウが飛び出してきて、殴りかかるもゴクウはすばしっこくかわし、炎帝剣は如意棒の炎で弾かれ、更には炎の刃で俺の方が斬られてしまう。けれど痛みなど感じる訳もないのですかさず翼手で反撃するも、バランスを崩しただけでゴクウは虹を尾に引き、無事に着地して俺を見上げた。
「俺の炎は、竜巻になるような力は無いはずなんだけどな」
「合気神道とは、相手の力を使役する事ではない。己の力に、相手の力を上乗せする術の事だ」
「上乗せ、か」
「単に己の力と対峙する訳ではない。故に、貴様は、必ず負ける」
「へぇー。けどじゃあ、力で勝てないとしても、体はどうだかな」
「・・・それはどのような意味だ」
「ハッ戦えば分かるぜ?来いよ!」
するとゴクウは如意棒を掲げ、雷眼の雷光と水拳の水流を巻き取り、炎に雷光と水流を融合させ、更に刃を肥大させた。両手両翼手に炎帝剣を作り、そしてその全てを瞬時に数メートル伸ばす。
「炎帝剣・奥義、皇炎斬!」
両手両翼手、計12本の白く輝く高熱の鉤爪でもって、その場で1回転してみるが手応えはなく、すでに懐に飛び込んできていたゴクウはすばしっこく俺の胸元を斬りつけた。3つの力に加えて風力も混ざり体は軽く吹き飛ばされてしまうが、当然痛みも無いので素早く後ろ向きにでんぐり返しして翼手の炎帝剣をゴクウに向ける。
「皇炎穿!」
鉤爪の1本から白く輝く高熱の炎を細く撃ち出すとそれはゴクウに直撃するが、少し吹き飛ぶと突然ピタリとその場に滞空し、白く輝く炎はゴクウの手に、まるで排水口に吸い込まれるように集まっていった。そして直後、ゴクウは指を曲げた手を真っ直ぐ俺に突き出し、皇炎穿を撃ち放った。
く、何なんだ、見えないバリアでも張ってんのか?・・・。
その白く輝くビームは俺の胸を貫通していったが、酸素を燃やして体を瞬時に“直した”状況を前に、ゴクウは小さく首を傾げた。
食らう前に力を吸収してんじゃねぇのか、食らってもダメージにならないバリアがあるなら、こっちにとってもめんどくせえな。
「貴様、もしや不死身か」
「あぁそうだぜ?だから、お前らは俺らを、殺せねぇ」
「ふぅ・・・成る程」
カイルに言われたから手加減してっけど、こりゃあ、殺すつもりでやんねぇとダメか?。
「だが、塵も遺さず滅してやれば、それで済む話だろう?」
「言っとくけど、そう言って実際に達成出来た奴は、今まで居ねぇぜ?」
しかしむしろゴクウは初めて微笑みを見せ、如意棒を軽く一振りして自身の背後に小さな嵐を沸かせた。
「強者に興味が湧くのは戦場の常だが、惜しいな。強者がより強者に滅されるのもまた、戦場の常」
ふと戦場が少し静かになった気がして、周りを見渡してみると雷眼と水拳の周りには2人と戦っている奴は居らず、撤退していく人混みをゆっくりと歩き、2人は俺の下に近付いてきた。
「悪いけどなゴクウ。俺らは別に一対一じゃなきゃ嫌だとかサムライじみた事は言わないからな?」
「構わん。戦場に美学など、むしろ無粋だ」
水流音を鳴らし、水拳はゴクウの背後に、殴りかかる姿勢で瞬間移動した。その水流音に反応し、ゴクウは水拳の拳を如意棒で受け止め、弾き、そしてまるで“嵐が圧縮されたかのような刃”で素早く水拳を切り裂いた。
「うわんっ」
水拳の胴体が切り離された瞬間、水拳は“空気中の水分となり”、ゴクウの上空に瞬間移動した。
「ていっ」
それでも水拳の拳が如意棒で受け止められた瞬間、雷眼が手から“一筋の銀河”を放ち、ゴクウを吹き飛ばす。しかし直後に雷眼は白く輝くビームに貫かれ、水拳は銀河のかまいたちを浴びせかけられてしまう。
くそぉ、やりづれぇ、どんどん吸収されちまう。
傷だらけで立ち上がった水拳、雷眼が傷を直す間にも、ゴクウは嵐の刃に銀河と白熱を纏わせる。
「わー、でもきれいだなー」
初めて使う力は必ず吸収されるが、もっかい同じ技でやったら、また吸収されんのか?。
「ホーリー・ウィング!」
水拳は豪勢な斧を振り、輝く光の刃を放つもそれは呆気なく巻き取られ、嵐の刃は輝きを増した。
「わーい、もっと華やいだー」
「華やいだじゃねぇわ!わざと力吸収させやがって」
「えーだってー、あれであたし達の6つの力が合わさって、ちょうどいーじゃん」
「敵に塩を送る、か。ますます興味深い」
「よおゴクウ。同じ技は吸収出来ない、それがお前らの弱点なんじゃねぇか?」
「・・・やってみるがいい」
「皇炎穿!」
しかし白く輝く炎はどっかに飛んでいき、虹を尾に引いて宙を乱舞するゴクウはそのまま雷眼の一筋の銀河をもかわし、俺に“超絶な嵐”で斬りかかってきた。斬り上げられた超絶な嵐は天高く突き上げられ、且つ範囲も広く、まともに食らえば本当に体が全て覆い尽くされるくらい激しいもので、こっちもとっさに超絶な嵐をかわしながら更に皇炎穿を撃ち放つもゴクウは華麗にかわしていく。
「雷雨」
天に掲げられた雷眼の手から打ち上げられた一筋の雷光は直後に6つに分かれ、その6つはそれぞれ更に6つに分かれ、それらがまた更に6つに分かれ、正に雨となり雷光達がゴクウを襲っていく。最初はゴクウもかわしていたものの、やがて落雷の雨は超絶な嵐さえも潰していき、そして超絶な嵐が地を這うように流れていくと、そこには地に伏しているゴクウが現れた。
やったか?・・・。
しかしザッと地を掻き、肘を立てたゴクウはゆっくりと立ち上がり、深呼吸した後、先程の微笑みを甦らせる。
「ここまで追い詰められたのは、あいつとの決闘以来だ。いいだろう、合気神道の真髄、見せてやる。我利点睛――」
如意棒を掲げた途端、如意棒の先端に作られていた超絶な嵐は1つのうねりとなり、風が纏うように渦巻いてゴクウを覆い隠し、更にそれは瞬く間に巨大化した。
「喰神・斉天大聖」
竜巻が一瞬にして空気に溶けるように超絶な嵐は消え去ったが、そこに居たのは水拳の腕や脚、雷眼の陣羽織や背中の太鼓、俺の燃え盛るような体と翼を併せ持つ、およそ10メートルほどの巨大なゴクウだった。
「これが、相手の力を我が物とする合気神道の秘技であり、真髄」
「うーわー、すごいねー」
「正に、私達自身が相手という訳だな」
「くそぉ・・・まさかこんな初っぱなから切り札出さなきゃなんねぇなんてなぁ。2人共、ここは俺が切り札出すからよ。2人はフォローに回ってくれ」
「うん
あぁ」
ふぅ・・・バクトの奴、驚くだろうな。
「ふうぅ・・・・・・うおおおおお!」
全身に力を入れて集中し、やがて噴火するような爆発力と膨大なエネルギーが体を肥大させると、その熱量に土は焦げ、足元には陽炎が揺らめいた。
女性がふと戦場に顔を向けたので僕もその先を目で追うと、戦場ではすでに大勢の兵士達は逃げ、離れていて、巨大化した1人の兵士が、“同じくらい巨大化した1体の何か”と対峙する構図となっていた。そんな戦場を見ながら、女性はその表情を張り詰めさせ、より真剣さを伺わせた。
「バクトさん、あれ、火爪さんかな」
「えっ。そう言えば新しい力を手に入れたって言ってたし、そうかも。でも、もう1人の、まるで火爪達の力を自分の体に融合させてるみたい」
あれが火爪の3つ目の力かぁ。鳥人間だったのに、花びらや蔦、葉っぱそのものみたいな毛並みからして、鳥のような太い脚が6本、その中で前足には翼が付いていて、ひらひらな尻尾と背中の翼は相変わらず。まぁでも骨格はグリフォンっぽいし、鳥は鳥かな。
「あれが、合気神道の真髄だ。お前たちは、一体、何だい、どこから来たんだい」
「ありゃ、ベンテン軍なら敵だとか言って興味なさそうにしてたのに」
「ゴクウが喰神の姿を見せたって事は、相当な強者なんだろうね。そら、興味くらい湧くさ」
「クイジン?」
「技を真似されたなら、雑魚はもう太刀打ち出来ない。けど剣の筋が良いもんは例え己の技にも負ける事はない。けど喰神は単に敵の技を真似するだけじゃない。時が経ち燃え尽きるまで、巻き上げた力が己の血となり肉となる」
んー、肉体強化って事かな。それなら技でも力でも負けないって事か。
「へぇー。僕達、違う世界から来たんだよ」
「違う世界。フッ・・・まあいいさ――」
驚かない?・・・。
「それでもベンテンは信長様に叛いたんだ。偶然だろうと必然だろうと、ベンテン軍は捨て置けないんだよ」
必然だろうと?・・・。
「我利点睛――」
脇差しに纏う5色のエネルギーも、火縄銃に纏ったカイルの超音波も、全てを巻き上げる竜巻のように混ざり合い、女性を包み込んでいき、そして白炎ではなくなった大きな翼が広がると、女性の脚は鳥のようになり、脇差しと火縄銃はそれぞれ腕に取り付けられた。
「喰神・鴉大天狗」
「要塞鳳凰。これが俺の、最強形態だ。いくぜっ!棘弾!」
背中の毛並みの隙間という隙間から“棘のミサイル”を20発、同時に発射させ、火を吹き、風を切る棘達が一斉に襲いかかるとゴクウは腕を交差させ、次々と白く輝く爆発に襲われていく。
「鳳凰大炎穿!」
それから間髪入れず両脇の下から砲身を生やし、白く輝く高熱球を大砲の如く盛大に発射させ、またゴクウを襲っていく。
「ホーリー・ウィング!」
「天ノ川」
水拳が豪勢な斧を振り下ろし、輝く光でもってゴクウの腕を叩き、雷眼は太鼓から放つ銀河色の特大ビームでゴクウの頬を殴る。しかし銀河色の光を吹き飛ばし、ゴクウのその巨大な拳が水拳と雷眼を容易く叩き落とす中、再びの白く輝く高熱球にゴクウは軽く仰け反る。それでも足を踏ん張るとゴクウは素早く地面を蹴り上げ、轟くような地響きを鳴らしながら跳び上がり、その拳を振り下ろしてきたので、負けじと背中の翼手を振り上げると、拳と拳は衝撃波を響かせ、土埃を舞い上げ、地を揺らした。すかさずもう片翼手で殴りつけ、前足の翼手で殴りつけるが顔に反撃を食らい、視界は激しく振動する。そこに水拳が割り込んで輝く光でゴクウの顔を揺らしたので地面を蹴り上げ、ゴクウを踏みつけて飛び上がる。すると倒れ込んだゴクウも翼から炎を吹き出して宙を飛び、更に雷眼のように銀河色のビームを放ってきたので棘のミサイルで反撃していく。
「・・・うおぉらぁ!!」
棘達の爆風を飛び抜け、前足の翼手でゴクウの顔をぶん殴ってやると、まるで大仏でも倒れたんじゃないかと思うほどうるさく地響きを轟かせ、ゴクウは仰向けに落ちたので、その隙に背中の翼手と前足の翼手全てで炎帝剣を作り、均等に放射状になるように鉤爪を目一杯広げ、逆立てた毛並みから鉤爪へエネルギーを集中させていく。
「鳳凰輪・大爆彩光ぉ!!」
そして鉤爪から迸らせた炎を爆発させ、瞬間的に前面の広範囲に白く輝く閃光を撃ち放つと、“白に覆われた全て”は反動で地面を突き上げた衝撃に呑まれていき、やがて土埃も風も燃え上がっていった中から、最後にデカブツのゴクウが轟音を引き連れて再び仰向けに落ちた。
「速陣っ」
カイルの一声の直後、すでにカイルは“見えなくなっていて”、女性が“独りで”に木にぶつかってようやく、“僕の視界にカイルは現れた”。
「・・・何だい、今のは、全く、見えなかった」
「もう降参したら?」
それでも僕のそんな問いに女性はまた小バカにするような笑い声で応え、まるで虫でも払うように5色の刃を飛ばしてきた。
「戦いに、降参はない・・・はあぁあっ!!」
360度思いっきり振り回された刀が5色の爆風を吹き荒らし、周りの木が砕き飛ばされるほどのその風圧に思わず押し倒されてしまう中、カイルが衝撃波を撃ち放つもそれは翼の羽ばたきに跳ね返され、カイルも勢いよく押し倒されてしまう。するとその隙を突こうと女性は僕に向かってきて、蹴りを円盾で防ぎ、刀を槍で受け止め、槍から受け流された5色の風圧が地を這った時、戦場からのとてつもない轟音と地響きに女性でさえも手を止め、倒れた巨大な人に釘付けになる。
おや、火爪、やっつけたかな?。
「まさか・・・ゴクウの奴」
巨大な人が倒れて数秒、空気が止まっていた時、突如巨大な人の全身から炎だったり銀河だったりが空へと溶け出し始めた。それからすぐ、ベンテン軍の皆が雄叫びを上げて突撃していくと、それと同じくして女性も戦場へと飛んでいき、自軍の兵隊に号令を上げていった。
「・・・退けぇっ!」
それから統治者が代わったお城の窓から、ルアと一緒に町を望む。大きな戦があった事なんて他人事かのような町並みに、逆にちょっと安心感は芽生える、そんな気持ちをルアに送ると、ルアは寂しそうな表情を少し緩め、首筋を撫でてきた。
「(何かザ・デッドアイの拠点制圧を思い出すよねぇ)」
「うん」
「(大丈夫だって、精霊達が行ったり来たり出来るんだから、世界は繋がってるって事だよ)」
「でも昨日、9時からのドラマ、最終回だったのに」
「(・・・・・・・・・え。そこかい。でもネットで見ればいいじゃん)」
「やっぱりリアルタイムじゃないと、テンションがついていかないでしょ」
「(まあ・・・ね。いやボクだってドラマ見てたけど、しょうがないじゃん。変な世界に飛ばされちゃったんだもん)」
顔を見合わせてくると、ルアは笑いを吹き出し、また優しく首筋を撫でてきた。
「飛ばされちゃったははは」
「(えっへへへ)」
「ねぇ君達」
ルアと一緒に振り返ると、白髪の精霊はまるで初めて見たものに興味を抱く子供のような眼差しをしていた。するとボクよりかは人見知りのルアは無意識にボクの毛を優しく握った。
「僕はバクトだよ。君達も、違う世界から来たんでしょ?もしかして変なヒビを通ったりした?」
「(え、そうそう。いきなり、ヒビに吸い込まれた。何で知ってるの?)」
「僕達も偶然ヒビを見つけて、それでヒビの向こう側を調査する為に来たんだ。何かヒビって色んな世界中にあるみたいだしね。吸い込まれたって、もしかして戻れなくて困ってるとか?」
「(うん。その、精霊って自由に違う世界を行き来出来るんでしょ?)」
「んー、多分精霊によると思うけど、まぁでも、僕達は自分達の意思でこの世界に来たよ」
「(自分達の世界に、戻れる方法、教えてくれない?ボク達、別に兵士なんかじゃないし)」
「まぁいいけど――」
「聞いてくれぬか」
知らない臭いがバクトの言葉を遮り、何やら思い詰めた顔で近付いてきた。
「我はベンテン。我も、お主らと同じく、異世界から来たのじゃ」
「(えっ)」
「もう3ヶ月になる。当初はセンカに腕を買われ、信長の軍に身を置いていた。しかしいつかの事、信長は訳も無く、ただ敵だというだけで町を焼き、女子供など関係なく殺したのじゃ。だから我は志を同じくした者達と軍を抜け、信長に叛いたのじゃ」
「(わぁ、どこの世界でも、信長って教科書通りなのかね)」
「教科書?もしや、お主らも、信長が死んで何年も経った後の世界から来たのか」
「(えっ、そう、だけど)」
「実は、僕と、あっちの3人もそうなんだよ」
あっちの3人、バクトと顔、同じだけど、しかも3人は臭いも似てる・・・。
「(んー?どういう、事だろ)」
「パラレルワールドって言葉、知らない?」
「(おー、知ってるよ?なら、そっちにもウパーディセーサ居るの?)」
「いや、それは分からないよ。パラレルワールドって言っても、全部同じ訳じゃないから」
「(・・・なんだ)」
でもそっか、パラレルワールドね。
「我は、兵を集めて、信長を葬る。お主らから感じる霊力、それだけでどれ程の腕か見受けられる。だから、共に信長を討って欲しいのじゃ」
「(お姉さん、霊力分かるの?)」
「あぁ分かるさ。それにお主らと共に居る精霊も見えておる」
「(ぬへ!?)」
ルアからは不安が伝わってきて、顔を伺うと「もうすぐに帰りたい」とおでこに書いていた。
「(ルア、帰る?)」
「だって、タイムスリップじゃないんでしょ?、あっちでも同じように時間経ってるんでしょ?」
見晴らしの良い街並みから吹き込むそよ風と、柔らかな日差しがちょうどよく気持ち良い朝を少し過ぎた頃、バルコニーで育てている沢山の花達に、本当に嬉しそうに水をあげるリリーの笑顔を見ながら、柵に軽く寄りかかり、スープを飲む。
「わぁハオンジュ見て?蕾が出来てる」
「ん?・・・・・・あホントだ。そっちの食べれる方はまだかな」
「これはね、この感じだと、あと2週間くらいだと思うよ?うふふ、蕾可愛いなぁ」
リビングから歩いてバルコニーに出てきた、ハルンガーナの固有種であるオウム「ハルンオウム」のイサミにふと気が付き、何となく見ていると、イサミは花に優しく水をあげているリリーを見上げ、それからリリーと顔を見合わせ、笑顔を深めたリリーと花を見る。いつもの平穏な朝過ぎ、バサッと羽ばたいたイサミは私の目の前の柵に止まり、バルコニーに体を向けてから腰を落とした。
「キレイな花だよね。ル~ル~ルル~♪」
ゆらゆらしながら歌い出すイサミの可愛さに穏やかさは増しながら、スープを飲んで街を望んでいた時、ふとどこからか、声のようなものが聞こえてきた気がした。
エントランスパークには博士の姿は無いようなので2階に上がり、博士の部屋に入ると、博士は珍しく真面目にパソコンと向き合っていた。
「博士」
「お。来たねストライク」
「びっくりですよ、電話でいきなり消えただなんて。それでルアちゃん達どこに消えたんですか?」
「サハギーくんが言うには、戦国時代っぽい世界らしいね」
「そう、なんですか。でも、そもそも、何でこんな事に」
「言うなれば、単にホールがあるか無いかの違いってところかな。もしかしたら知らないだけで、こういう事はいつの時代もどこかで起こってるのかも知れないね。それよりストライクには例えどこの世界だろうとルアのそばに居て貰わないと困るからね、サハギーくんの方の支度が整ったら、ルア達の所へ出発してくれるかな?」
「支度って、どんな」
「異次元間を自由に移動出来る精霊にアポを取るんだとさ。そういう事が出来る精霊に力を貸して貰えば、ホールなんて無くとも人間でも異次元を移動出来る。ただそれにも霊王の許可が必要で、簡単な事ではないらしいけどね」
「そうですか」
「アポロン王子!」
「エンディ、早かったな」
「はい、エルフヘイムにも同じものがあり、すぐ話は聞けました。とある精霊達が調べたところ、全ての亀裂は皆同じ場所へ繋がっているようです」
「ほう・・・意図的な、現象なのか?“これ”は」
「それは何とも分からないそうです。エルフの見解では、向こう側へ行けば何か分かるのではと」
確かに、それはそうなのだろう。今やこの亀裂はプライトリア中に観測報告が挙げられている。早急に対処するとなると・・・。
「私も、行ってみるか」
「ではご一緒します」
「うん、済まないな」
「いえ、密偵ですから」
第1演習場での訓練中、ふとテントから戻ってくると、訓練中にも拘わらず、何やら演習場の端っこでは人集りが出来ていた。
「皆、どうしたんだ?」
「あ、ディレオ大尉、これ・・・」
開けられた人集りの真ん中にあったのは空間に入っている大きな亀裂で、皆にあまり近付かないように宥めながら亀裂を警戒していると、突如亀裂は乾いたような音と光を発し、1人の人間らしきものを吐き出した。驚きと共に人集りの円は更に大きくなる中、ゆっくりと立ち上がったその男は戸惑いと警戒、敵意でもって周りを見渡し、その場はただ沈黙に支配される。
「・・・ここは・・・一体」
「ここは三国だよ?」
1人の天使が呟きにそう応えると、剣に鎧と、まるで戦う為かのような格好をしている男はその天使に顔を向ける。しかしやはり混乱しているようで、そのまま天使に目を留めることなく男は亀裂へ体を向け、再び周りを見渡し始めた。
「もしかして、人間、なの?」
再びその天使、クレラが問いかける。
「左様」
「サヨウ?それがあなたの名前なの?」
「否、拙者の名は――」
皆の方に振り返った頃には、すでにその男の顔つきは聡明さを伺わせていた。
「桃太郎」
「ねぇイサミ、今何か声みたいなの聞こえなかった?」
「聞こえなかった」
「そっかぁ」
体の向きを変え、私と同じように街を望み、そよ風を受けているイサミの可愛さにまた穏やかさは増し、花の世話をするリリーの横でそよ風に寛ぐ、そんないつもの平穏の時間が再び流れ始めた矢先。
〈――ぁぃ〉
「ん?」
〈かぁ――〉
「ねぇハオンジュ、今何か声みたいなの聞こえなかった?」
「言ったでしょ?聞こえたって」
「聞っこえった聞っこえったルル~ルル~ル~♪」
一体、どこから?・・・。
バルコニーを歩き回っても植物達は相変わらず穏やかで、リビングに入ってテレビを見るとバラエティがやっていたが、ふとした違和感に再び足は無意識にバルコニーへと戻っていた。
テレビからの声?ううん、きっと違う。
「どうかした?」
「気のせいかも知れないんだけど――」
〈ぇ・・・かぁ〉
「――何か聞こえるんだよね」
「うん、そうだね、何か聞こえる」
するとリリーも周りを見渡し始め、2人で周りを見渡していくそんなほんの小さな騒動にも、むしろちょっとした長閑さを感じていく中、どこからか聞こえてくる声は少しずつ鮮明になっていく。
「あ。2人共、空に何かある」
イサミに言われて空を見上げるが特に何もなく、イサミの顔に頬をくっつけ、イサミの目線で空を見てもやっぱり何も見えない。
〈――かあ〉
「やっぱり、声は空からみたいだね。イサミ、何が見えるの?」
「んー・・・んー、ギザギザ」
ギザギザ?・・・。
思わずリリーと顔を見合わせた時、リビングからナオがやってきた。
「何してんの?」
「ナオ見える?」
指を差してみせるとナオは空を見上げるが、首を傾げたところを見るとどうやら分かってないようなので、とりあえず空を見上げる。
〈だぁれ――いませ――かぁ~〉
「誰かぁ、いませんかぁ~ルル~ル~♪」
目を開けると、そこはもうすでに“お父さんの目の前”だった。デスクに着いてパソコンを使っていたお父さんがふと顔を上げたところで目が合い、完全に空気が止まる。
「お父さん」
「えっと、この死ぬほど面白い状況は何かな」
うわ、お父さん、何気に目が輝いてる。こんなお父さん、もしかしたら初めてかも。
「精霊のバクトさんに、送って貰ったの」
「送って貰った。なるほどね。どうも、俺はユピテル、娘達が世話になったね」
「いいよ。異世界に行くの、簡単だし」
「でも、申し訳ないんだけどねバクトくん。もう1度、娘達を連れて戻ってくれないかな?」
微笑んでいるお父さんの言葉に再び空気は止まり、ヘルもバクトも、ただ戸惑うように顔を見合わせてくる。
「お父さん何で?」
「いやぁね、はは。つい1分ほど前だよ。サハギーくんの知り合いの力でストライクをそっちに向かわせたんだよ」
「(えっ!)」
「うん、擦れ違っちゃったんだね」
「(じゃあ迎えに行くって事?)」
「いや、実はね。あっちの世界を調べて欲しいんだ。あの亀裂は未だに色んな所にあって政府も手を焼いてる。ニュースでやってるけど、亀裂のせいで怪我人も出てるからね」
「でも、戦国時代だよ?怖いじゃん」
「ストライクもヘルも居るしさ、頼まれてくれないかな?レーティにはちゃんと言っておくから。差し入れだってするよ?」
「んー」
「(魔法があるから大丈夫じゃない?)」
「因みに、バクトくんはどうしてルア達と?」
「僕も空間のヒビを調べてて、ヒビの向こう側に行ったら、偶然会ったんだよ」
「そうなのか、偶然という言葉は実に良い。なら偶然ついでに、出来たらで良いんだけどさ、ルア達の事、気に掛けてくれないかな?」
「え。護衛って事?」
「あぁ」
「僕はいいけど」
バクトはまるで、ベンテンの話と一緒に考えさせるような難しい顔を真っ直ぐ見せてきて、ヘルを見上げると頭には若干の不安と、でもストライクへの信頼、そしてワクワクが流れてきた。
「・・・じゃあ、やってみる」
「ここに居るよー」
「ちょっとリリー、何返事してんの」
「あ、ごめんつい」
〈ふぅ、ちょっと早めに繋がったみたい。星の定めに感謝します。あたしはヒミコ。占星術と魂使を少々やってるよ。早速なんだけど、助けて欲しいの、リリー、ナオ、ハオンジュ、後は、お、可愛い鳥だね、へー、イサミって言うのか〉
するとリリーは目を丸くするが、しっかり者のナオは驚きよりも警戒の表情を浮かべた。
「何で、名前知ってるの」
〈3分後、あたし達顔を合わせるから、未来で聞いた名前を今もう言っちゃったの〉
するとナオは何かよく分かってないような顔をして言葉を失ったが、その横でリリーは丸くした目に真剣さを見せた。
「助けて欲しいって、どういう事?」
〈もしリリー達に助けて貰わなかった場合を話すと、あたしの住んでる町がね、侵略されて、沢山の罪の無い人達が殺されてたよ。なので早速、空にある空間に入ってる亀裂を潜って、こっちに来てよ〉
「・・・うん、分かった」
「え、リリー、行く気?得体が知れないのに」
「ナオ大丈夫だよ、みんな一緒なら、ね?」
「うーん、ハオンジュどうする?」
「でももうリリー、行く気満々だし」
「そうだよねぇ、よく分かんないけど私達、行く事になってるみたいだし、しょうがないか」
クウカクで階段を作って空を上がってみると、本当に何も無い空間に亀裂が走っていて、肩にイサミを乗せたリリーとナオと頷き合うと、そしてリリーは亀裂にゆっくりと入っていった。最後に空間を潜り抜けると、その先は何やらバルコニーと似たような花や植物が沢山茂っている場所に繋がっていて、室内なのに川が流れている事に目も奪われながら、そしてヒミコと顔を合わせた。私よりも恐らく若い、そんな印象だった。
「2分37秒か。うん、良い未来だね。来てくれて、というか、出会ってくれてありがとう。そして幾多の定めからこの未来に導いてくれた星の定めに感謝します」
いつもそうだ。お父さんはいつも、まるで流れの速い川みたいに、周りに隙を与えないで呑み込んでいく。ストライクさんもプリマベーラも、ルーナの事も、ヘルだって。私はただ、完璧に支度された中で動いてただけ。今だって、お父さん、私の意見なんか全然聞いてくれなかったし。
「ストライクさん」
「お、おお・・・来てくれたんだね。今、帰ったって聞いたから」
「お父さんにも、頼まれちゃったし」
「大丈夫だっていつも通り俺が守るからさ。それに戦う為に来たんじゃなくて、調査がメインなんだから」
「・・・うん。ベンテンさん、私」
「皆まで言わなくとも分かる。力がある事と腕が立つ事は別の話じゃ。無理強いはしない。じゃが、来てくれた事には礼を言うぞ」
ヒミコに連れられて屋上に出ていき、そこでも花畑が広がっている事に内心和みながら、それからヒミコと共に町並みを望んでいく。家々の間に立つ木々の中には家屋ほどの大木も少なくなく、その自然溢れる町並みは自分達が住んでいるアンスタガーナとはまた違った壮観さがある。
「邪馬台国は信長にとっては小さな国だから、“今”が来るまで不安だったけど、もう大丈夫。あたしも、邪馬台国も、あなた達も」
「私達もって?」
「もしあたしが話しかけなかった場合を話すと、あなた達はこの世界に来て、信長軍に入って、この国を攻めてたよ」
「それって決まっている未来を変えたの?」
ナオの問いに、ヒミコは目を瞑り、笑顔を浮かべ、空を見上げた。
「未来は決まってないよ。あたしはただ、星の数ほど枝分かれした定めを、ちょっと先回りしただけ」