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樹木

 この街は、私が初めに想像した以上に危険な街だった。

 公園を出てから一時間は歩いただろうか。それまでに私は計3度も襲撃を受けた。

 最初は大剣を持った筋肉質な戦士に、後ろから斬りかかられた。二度目は魔法使い。三度目は剣士。どれも大人で、恐らくプロの傭兵に違いない。

 

 どうもおかしい。こんなに危険な街、他にあるか? 私がいた世界ですら、子供が襲われる事は知性の無い魔物による被害くらいでしか無かった。ここはどうだ。私は恐らく10歳前後の子供に転生したが、道行く子供を本気で殺そうと後ろから斬りかかる大人に、一時間で3度も遭遇した。こんな危険な経験をした子供など、私の他にいないだろう。

 

 しかし不可解な事に、私が転生する前の『タクミ』は、あろう事か一人で砂場で遊んでいたのである。私は元が魔王である為、そうそう負けるような事はないが、『タクミ』はそうではない。

 そもそも、タクミの親はどこにいる? 私の家は? 

 私は、ギルドよりも先に確認すべき事を完全に忘れていた。転生したという興奮から、すっかり頭が回らなかったのである。これから私はこの世界で暮らしていくのだから、生活する場が必要なのだ。こんな危険な街を歩いてる場合ではなく、親を探すべきだった。

 

 そして、それには先程吹き飛ばしたメガネ君ことザキエルの協力が必要ではないか。

 倒すつもりはなかったとはいえ、私はなんと馬鹿なことを……。


 引き返そう。そう思って振り返ると、驚愕した。大人だ。武器を持った数人の大人が、私の目の前に立ちはだかっていた。その中には、先程私に斬り掛かってきた奴もいた。


「いたぞ! あいつだ! よくもやってくれたな」

「囲んで殺せ! 気をつけろよ」

「油断するな、魔法を使うぞ」


 刀や斧や槍を手にして、盾を構え、陣形を組み、眉間に皺を寄せた大人が数人、私を取り囲んだ。

 殺気がある。これは、本気で子供を殺そうという、そのような殺気だ。

 一体どういう事なのだ……? 突然の事に呆然としてしまう。


「どういうつもりだ?」私はゆっくりと、相手の目を見ながら聞いた。すると、大人は私に向けた武器は下げず、私を激しく罵る。

「お前こそどういうつもりなんだ、魔獣の化身め。あいつらを怪我させたのはお前だろう。殺されたくなければ出ていけ!」

「契約を忘れたのか、俺達への恩を! 所詮魔獣の化身という事か?」


 魔獣、恩。

 それを聞き、私は察した。もしかしたら、何かルールがあったのかもしれない。街中の傭兵が襲ってきたのも、私がそれを破っていたのだと考えれば納得がいく。

 いや、だとしても私は子供だぞ……?


「まて、そうだ殺すな、こいつを生かしたまま捕らえて、証拠、人質として置いておくんだ。魔族が根絶やしに出来るかもしれんぞ」

「なるほど、そいつはいいな」


 じりじりと複数の大人が、私に近付いてくる。私は構えた。殺す必要はない。気絶させて、その後に一人を叩き起こし詳細を聞こう。この不気味な街の正体を。


 そう考えていたら、脳がグラついた。衝撃が頭に響き、体が不安定になる。後ろから殴られたのだ。容赦がない。

 私は即座に体制を立て直し、後ろに向けて拳を振った。正確には、殴りかかってきた大人が持っていたスコップ目掛けて、右ストレートを叩き込んだ。

 

 スコップよりも先に、その大人が衝撃で遥か後ろへ吹き飛んだ。私のひ弱な体も衝撃に耐えられず、地面に思い切り後頭部を打つ。まずは一人やった。

 私の振るった拳とスコップが衝突した音は、大人達を驚愕させるには十分なものだった。武器を持った大人達は素手の私相手に距離をあけ、信じられないといった顔でこちらを見ている。子供のパンチで大人が吹き飛んだのだ。その反応は正常といえる。

 

 「樹剣」


 まとめて倒そう。そう思い、呪文を詠唱する。

 この魔法は前世でも街を潰すときによく使った。


 両手に魔力を込め、私は地面にそれを放つ。指先から生じる魔力が根のように伸びていく。大地が割れ、轟音を響かせ、そこから樹木が目を覚ます。


「うわああああ!!!」


 何百もの芽が顔を出し、それは林となり、森となり、密林となった。急激に成長した木々は大人達を縛り付けるように絡みつき、拘束した。

 街中は木々に覆われ、日の目を見なくなる。寂れた街は一瞬で樹海へと姿を変えた。


 魔法というのは、魔の者がみつけた法則法律の事を言う。規則正しく正確に魔力を流すことで、効果を発揮するものだ。決してなんでもできるわけではないし、知識の伴うものなのである。

 だから、この魔法も無条件に発動できるものではない。だが、条件さえ揃えば強力な効果を発揮するのだ。


「うぅ……、くそ、俺達をどうするつもりだ」


 蔦によって縛り付けられた大人達の一人が、こちらを睨んだ。

 木々へ叩き付けた彼らは酷く体を痛めたようで、大半が低く辛そうに唸っていた。気絶している者もいた。

 少しばかりやり過ぎかも知れないが、こうでもしないと私が殺されてしまう。子供に向けた殺意がなぜ存在するのかは不明だが、少なくとも私にとって彼らは危険人物なのである。

 

 さて、後片付けはどうしようか。


 私は、決して彼らを殺すつもりなどは無い。もう反撃する力も無いだろうし、そもそもこの世界では、私は魔王ではないのである。今後を生きていく上で、無用な虐殺は控えるべきだろうという考えに至っている。


 だが、そんな私の考えている事など彼らに伝わるはずもなく、捕まってしまったという現状に力なく項垂れるものや、恐怖で泣き出すものも居た。特に何するわけでもないが不思議と罪悪感がある。

 

 すぐに魔法を解除してやろう。私は彼らの様子を見てそう思った。ただ、それを実行する事は無かった。



 突然。


 覆われていた空が急激に明るくなった。街を覆う樹海の隙間。それが次第に大きくなる。太陽が差し込んだのだ。次々と日差しが降りてきて、魔力の注ぎこまれた木々が萎んでいく。みるみるうちに小さくなって、遂には無くなってしまった。

 同時に木々によって捉えられた大人が開放され、次々と地面に落ちる。

 

「これは……」


 私のかけた魔法が、解除されたのだ。樹木は散って、大人は開放された。しかし、解除したのは私では無い。私が流した以上の魔力を流し、法則を乱し、誰かが魔法を解除したのである。


 一体、だれが……?


 辺りを見渡すと、いつの間にか出来ていた野次馬が目に入った。あれ程の魔法を使ったのだから、当然だろう。

 ただ、その中の誰もが私に対して、敵意を向けてはいなかった。

 これは恐怖だ。いつ殺されてもおかしくないという、恐怖がこの場を支配している。

 そして、その中にはただ一人、恐怖すらしていない人が居た。


「あの人か」


 彼女は手のひらを地面に付いていた。あれは、私が魔法を発動した時と同じポーズである。ああして魔力を流し、私のものと相殺させたのだろう。


 「一体……」


 私が話しかけるまでもなく、彼女はこちらへ駆け足で近寄ってきた。敵意は無さそうだ、というのは見て取れた。こちらも注意しながら、ゆっくりと近付いていく。


 近くで見ると、彼女は見た目としては、10代後半といった所だった。銀色の長く美しい髪の毛は、魔人特有のものである。肌の色も青白く、体も細い。これは私が前にいた世界でも同じだ。魔人は皆このような姿をしているのである。


 何を言うんだ? そう思い彼女を見つめた。どうも、機嫌が良さそうには見えない。敵意は無いと思うが、怒ってないわけではないのかもしれない。

 と、彼女は何を言う訳でもなく、私から目を逸らした。そして体も私の方ではなく、周囲に向けた。

 

 何をしているのだ……?


「あの……」


「弟がご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした!!!」


 彼女はそう言って、深く頭を下げた。耳を劈く程の声で、頭がクラクラした。


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