PvP
2年ぶりの更新です。その間小説に触れてなかったので読みづらくなってたら申し訳ないです。
マルチエンディングにしてみました。ゲーム感覚で気軽にどうぞ。もっといい方法があったら教えていただけると幸いです。
クロイツは使い慣れた青銅の剣を構える。対するナルディは見下すような視線を向けている。その双眸は底なし闇の如くどこまでも暗かった。
――悪魔め。
先に動いたのはクロイツだった。纏わりつく重たい雰囲気を切り裂くように一振りすると、雄たけびを上げながら突進していく。
ナルディは軽く鞭を振るいあしらおうとする。その狙いは正確でクロイツの体には何発もヒットしていた。しかし攻撃は確実に体力を奪っているのだが、興奮のせいかクロイツの勢いは衰えない。
「チッ……しぶとい奴」
そのまま剣の間合いに入るとクロイツは素早く切り上げる。すんでのところでナルディは回避し、空振りの刃は舞い上がった落ち葉を切り裂いただけだった。しかし当たっていれば致命的な一打であり、早々に決着がついていたかもしれない。
さっと血の気が引くナルディと殺意に燃えるクロイツは実に対照的だった。すぐに追撃の態勢を整えたいクロイツだったが、今になって体のあちこちに刺すような痛みが走り膝をつく。これを好機と捉えたナルディは鞭の嵐で畳みかける。
一発のダメージは少ないものの積もれば大きなダメージになる。剣で何発かは防いだが、ほとんどの攻撃は通る。気づけば体力は半分ほどになっていた。攻撃が緩んだ瞬間を逃さず、木を盾に隠れる。
「ふん、口ほどでもないな……出てこい今なら楽に死なせてやる」
クロイツは休みながらも必死に考えていた。こちらの剣は近距離武器であるのに相手の鞭は中距離武器。攻撃するには近づく必要があるが、相手にはその必要がない。また剣のダメージは大きいものの当たらなければ無用の長物。高い精度と長い射程距離を誇る鞭相手では、ジリ貧で負けるだろう。
――となれば。
「抗うのか? 時間の無駄だというのに」
クロイツのいる方へゆっくり近づいていく。それは警戒からではなく慢心によるものだった。
――なるべく弱って見えるよう。
痛みは完全に消えていたが肩を庇うようにナルディから遠ざかる木へ移動した。ナルディはクロイツの方へ向き直り歩みだす。今度はあまり近づいてないうちに次の陰へ移動する。
「時間稼ぎしかできないなんて……」
それでもクロイツはどんどん陰を移動しながら距離をとる。そこは完全に鞭が届かない範囲になっていた。ナルディの大きなため息が聞こえてくる。
「そろそろ飽きてきちゃったから、もう終わりにするよ」
クロイツは木陰から姿を現すと初めと同じように再び剣を構えながら走り出した。
「また同じ……学習しない能無しめ」
先ほどのように勢いを殺そうと鞭を振った。しかし今度は鞭が到達する前にクロイツの体が視界から消える。
「なに!?」
草地を叩く空しい音が響いた。続けてクロイツの声がどこからともなく聞こえた。
「イザラム!」
詠唱が響いた。轟々と燃え盛る火球はクロイツの怒りを体現したものか。鬱蒼と茂る木々の間を器用に避けながら進む。そのまま大きなカーブを描くと木に隠れ見えなくなった。
次の瞬間大きな火柱が辺りを橙に染める。爆発に巻き込まれたナルディの体力が目に見えて削られる。クロイツは魔法による奇襲を成功させたのだった。軌道を自由に変化させられる魔法による攻撃は障害物の多い森の中では有利だった。
間髪を入れず、今度は同時に3つの火球を瞬時にイメージするとそれを放った。防御の態勢もままならず、もろにくらう。ふらふらとよろめきながら、簡単に吹き飛ばされてしまった。
このまま勝負を決めたいクロイツだったがMPが切れていることに気づいた。回復を試みるがもたつく間にナルディは意識を取り戻していた。素早く剣に持ち替えると起き上がりを襲う。
しかしナルディも同時に短剣を腰から抜くと刃に合わせて防いだ。そのまま押し返すと立ち上がり戦闘態勢をとる。
クロイツが慣れ親しんだ近接戦だった。しかしナルディの剣術も負けていない。お互いの攻めと防御は拮抗し、どちらかが傷を負うともう一方にも傷が増えていく。
「ああ! じれったい!」
ナルディはクロイツに足払いを仕掛けると、倒れたところへ短剣を振り下ろす。かろうじて剣で抑えると、ナルディは左手でもう一本短剣を抜き、不意打ちを狙った。彼女の装備は双剣だった。
間一髪で避けるとナルディを押し返し距離を置く。二対一では分が悪い。しかしそれは相手にとっての好都合を意味し、すぐに双剣の乱舞が始まった。
右に左に翻弄されクロイツは防戦に徹さざるを得ない。次第にスタミナが切れ防御が甘くなるとクロイツの体力は徐々に奪われていった。
なんとか攻撃の隙をつくと距離を離して木の後ろへ身を隠す。ナルディは双剣を収め、鞭で威嚇を始めた。クロイツはなるべく遠く、木が障害物になるように動く。クロイツが回復薬を使うとナルディも回復した。クロイツは4分の3くらいまで回復したが、ナルディは余裕があるらしく完全に回復していた。
クロイツは弓を装備すると視覚をシャットアウトし、聴覚に全神経を集中させる。足音、呼吸、衣擦れ――。すぐさま脳内マップにナルディの位置と木々の位置がプロットされる。
――まだだ、焦るな。
射角がとれ、確実に彼女を射抜くタイミングを待つ。そして……。
シュ――。
一瞬矢の音が響いたかと思うと短い悲鳴に変わった。クロイツの放った矢はナルディの足に当たり激痛で転げまわっていた。苦悶の表情で低いうなり声を漏らしている。
クロイツは立ち上がると矢を番え放つ。
シュ――、私に牙向いたこと――。
何度も。
シュ――、学習しない能無し――。
何度も。
シュ――、あんな剣が――。
何度も。
シュ――、やっぱ狂ったやつ――。
何度も。
シュ――、お前は私の言うことだけ――。
何度も。
クロイツの顔に表情と呼べるものはなかった。ただ矢を放つおぞましい姿がそこにはあった。
「助けて……」
か細い声でハッと我に返る。目に光が戻り、眼前には傷だらけのナルディの姿があった。ナルディの体力は半分を切り、疲労で全身が重たそうである。
「俺は……すまない、気が付かなかった……。夢中で……」
クロイツの弓は力を失ったように下がっていく。途切れ途切れに紡がれる謝罪の言葉にナルディは胸をなでおろした。敵対心の消失を感じ取ると同時に反撃の一打を探る計算が始まる。
助けを乞うように弱々しく右手を上げながら、左手はさりげなく腰に納めた短剣の許へ。
背中が地面と離れた瞬間、何かがナルディの肩を強く押し戻した。
「苦しまないよう仕留めてやるから」
クロイツは慈愛に満ちた表情でそう放つ。ナルディは恐怖さえ感じた。肩を踏みつけるクロイツの足には一層の力が込められる。弓を目一杯引き絞り眉間に照準を合わせる。
ナルディは死に神の指先が背筋をなぞるように這い上がってくるのを感じた。咄嗟に掴んだのは光の杖だった。反射的に呪文が口をついてでる。
「ラッ、ラティム!」
震える声で叫ぶと杖から眩い光が辺り一面に広がった。唱えたのは目眩ましの呪文だった。クロイツの気が逸れたとき転がるように逃げる。矢は先ほどまであったナルディの眉間を正確に射抜いていた。
今度は彼女が隠れる番だった。
「ソティラ……ソティラ……」
回復呪文をかけるが杖の特性と集中力の乱れであまり回復はできなかった。そんなときふと自分の手元が見えづらくなっていることに気づいた。見上げると月が雲に隠れ、辺りは闇に支配されていた。
視覚が削がれたことで聴覚が鋭敏になる。木のざわめき、草の擦れる音、モンスターたちの鳴き声――何者かが地を踏み荒らす音。
一定間隔で刻まれるその音が近づいてくる。息を殺し小さくなりながら、ばれていないことを願うナルディ。すぐ近くで止まる足音に心拍数が跳ね上がる。その心音さえも聞こえていないか心配だった。
しかしあっさりと足音は遠ざかっていく。どうやら自分の居場所は把握されてないらしい。
暗闇では相手の位置を先に特定できた方が有利である。飛び掛かり、手当たり次第に攻撃し続ければ相手に反撃の隙すら与えず勝てる。何より相手の苦痛に歪む顔を見る必要がない。
再び方向感覚を失った足音が近づいてきて今度は目と鼻の先で止まる。次第にクロイツの輪郭が浮き彫りになってくる。
――いける……私は勝たなきゃ、何があっても……!
構えた短剣を力強く握り直し決意を固める。ゆっくりクロイツの正面に回ると、突進しながらその首に刃を突き立てた。
だが手応えはなく、ナルディの体は強く地面に打ち付けられただけだった。
――どうして?
痛みも忘れ振り返ると、確かにクロイツはその場にいた。まるで何事もなかったかのように微動だにしない。それどころかこちらを見向きもしない。
月を隠した雲が徐々に流れ始め、辺りの光景がはっきりし始める。木々がざわざわと騒ぎ出した。クロイツの姿は崩れ、灰となって消えた。彼は最初からそこにはおらず、ナルディは自ら作り出した幻覚と踊っていた。
その代わりというように一本の矢が地面に刺さっていた。それはクロイツが使用していたあの矢だ。
立ち上がりしきりに周りを見回してもその姿はなかった。まるでこの戦闘自体が存在しなかったかのように静かだった。
「上だ」
全身を電流が一直線に通過した。弾かれたように顔を上げると、クロイツは剣を構え木から飛び降りてきた。全身の筋肉が硬直し動けなくなったナルディの顔面に柄が叩き込まれる。
衝撃に耐えきれない仮面にヒビが入り素顔が露わになる。そのままクロイツの全体重を受け止めると、もつれながら倒れこむ。
クロイツはナルディの居場所など見当もついていなかった。木の上に身を隠すとそこから地面に向けて矢を放ちながら、自分が下にいるように見せかけたのだ。相手がアドバンテージをとれたと錯覚し、油断したところを確実に仕留める。
ナルディの体力は残り僅かで、あと一撃で息の根が止まる。勝敗は誰がみても明らかだった。少し離れたところで事の成り行きを見守っていたモトナフが叫ぶ。
「急げ! 残り時間が一分を切ったぞ!」
剣を握りなおすと馬乗りになり心臓に狙いを定めた。
初めて彼女と目があったとき、クロイツの決意が揺らいだ。その瞳は悪魔のそれとは似ても似つかず、静かにそのときを覚悟していた。
対してその目が映す自分の姿は異様だった。罠にかけ、相手を傷つけ、奪うことに快感を覚える。
――これが俺の本当の姿……?
「何をしている! 時間切れは死を意味するぞ!」
残り15秒。クロイツは――。
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