ドロップアイテム
昼間でさえ息の詰まりそうな森は、夜の訪れによってさらにうっそうとしていた。夜独特の静けさと騒音で耳が痛くなる。戦場となった盆地を照らす月明りは弱々しく、影ができればすぐに手元は見えなくなる。
十時間前に倒した巨大カマキリは手足や胴体などの主要パーツだけを残して消滅していた。小さいモンスターなら自然にアイテムを回収できるが、ボスなどの大型モンスターの場合は残ったパーツに少しダメージを与えて壊してから、アイテムを回収する。
クロイツとモトナフはそれぞれセカンドアースにログインしていた。時刻は八時を少し過ぎたころ。今までに木と鎌がデザインされたコインと回復薬がいくつか手に入った。
足を壊すと初めて魔法系の武器『火の杖』が手に入った。
「なあ、杖が手に入ったんだが俺でも使えるのか?」
「どれだ……火の杖か。UQLも高くないし、練習にもいいな……」
「UQLってなんだよ?」
「そんなこと後で教えてやるから使ってみろ。装備して」
言われるままに火の杖を装備する。心なしかほんのりと右手が暖かくなりクロイツの緊張をも解きほぐす。
「まずは直線上に火の玉を飛ばす練習から。使いたい方向を向いて火をイメージしてみろ。色、温度、それから――」
――色、温度、形、大きさ。
気づくと全身からじわりと汗をかいていた。目を開けると自分が赤い光に包み込まれているのがわかった。
「よし、いい光加減だ。俺が十メートル先に木の棒を刺しておいたのが見えるか? あれに火をつけて松明にするんだ。イメージを保ったまま、軌道を思い描いて、呪文は『イザラス』だ」
「イザラス!」
構えた杖の先から小さな火の玉が出現し、棒へ飛んで行った。見事命中したが威力は低く、棒の先が少しくすぶっただけですぐに消えた。
「まあ、初めてにしてはいい方じゃないか? 言葉を発するとその分イメージが崩れて威力が弱くなる。慣れてしまえば関係ないが当分は強めのイメージを作るんだな。イメージ、軌道、呪文。この流れが素早くできれば戦闘にも魔法を取り入れられるぞ」
それから二、三回練習するうちに松明を作りだせる程上達した。
「よし、次は後ろ十メートルの場所に棒を刺しておいた。予め火の玉がUターンするような軌道を描いておけ。魔法は想像しだいでなんでもできるからな。ただしMP回復薬を使っておくんだな。なんでもできるが限界はあるぞ」
クロイツの画面では緑のHPバーの下に紫のMPバーが表示されていた。ちらと後ろを確認すると再びイメージを作り出す。このときクロイツは火の玉の象徴として、大きなりんごを思い浮かべるようにしていた。
「イザラス!」
勢いよく杖から飛び出した火の玉は徐々にカーブを描きながらUターンしてきた。しかし――コントロールがスピードに追い付かず、予定コースを大回りするとまったく違う場所へと不時着した。辺りは草だらけのため轟々と燃え盛る。
「やっぱりセンスあるなあ。最初っからカーブを描ける奴も少ないから。もう少し上達して、良質の杖を手に入れたら魔法系に移ってもいいかもしれない。さあ、もう一度――うん?」
その時燃えカスの中から月明りを受け、金色に反射した光にモトナフが気づいた。
「なんだ、まだドロップアイテムが残っているじゃないか。これがラストか?」
モトナフが跪きアイテムを検めようとする。その時突風が吹き燃えカスが飛ばされると一層光が強くなるのと共に、全貌が明らかとなった。それは一言で言えば金色の槍だ。
長さは一・二メートルくらいで手に持つと、少し重い。刃は鋭く、持ち手の先端部分に翼を模した一対の装飾が施されている。近くで見ると龍の彫刻がされている。
それを見た二人の反応は正反対だった。クロイツは元勇者の出発式を思い出し「あーあれか」とのんきに呟き、モトナフは言葉を失ってただ見つめていた。
「それ、俺のとこの勇者が出発式のときに選んでたやつだ。みんなは『凄い』って見てたけどこんな簡単にドロップするなんてたいしたことねえな」
それを聞いたモトナフは鬼の形相でクロイツを振り返ると途切れ途切れに言葉を繋いだ。
「これが……光龍槍が……たいしたことない? 馬鹿も休み休みにしてくれ。これは――」
「魔王を討伐できる唯一の武器」
突然女の声が響くと近くの木から鞭が飛んできて、モトナフの足元にあった光龍槍が一瞬にして奪われた。解体前のアイテムを奪うことはできないが、バッグからでているアイテムは誰のものでもない。
あっけにとられたモトナフとクロイツだったが、モトナフのほうが早く正気に戻った。
「返せよ、それはこいつ――クロイツの物だ! 勇者なら勇者らしく自分の力で手に入れてみろ!」
モトナフが怒鳴ると木の上に居たプレイヤーが少し動き、月明りの下に姿を現した。黒のローブをまとい、フードの下の無表情な顔がクロイツたちを見下ろしている。年齢はクロイツと同じ三十台前半くらいに見える。
「はあ……もっとマシな男かと思ってたけど。私はただ落ちてたアイテムを偶然拾っただけ。別に強引に奪ったわけじゃないし誰にも文句は言われない。運営者さえね。それにこれの価値さえ知らないそこのぼくちゃんより、私の方がよっぽどうまく使いこなせるわよ。その方がこの子も喜ぶでしょ」
光龍槍を軽く叩くとすぐにバッグのなかへ仕舞った。これでもう誰も手出しはできない。
「卑怯だぞ」
「あんたにようはないの。私の目的は最初からそこの亡霊さん。あなたこのゲームに関する豊富な知識を持っているようだし、普通なら出入りできない戦場にだって平気で入っていくじゃない。どお? そこのうすらばかより私につかない? それで魔王の討伐まで果たせたらどこの国だかしらないけど、ちゃんと報酬を出すわ」
「けっ! 俺は報酬なんかのためにやってるわけじゃねえ。誰を支援するかは俺が決める。誰の指図だって受けるかよ! 行こうクロイツ、こんなやつ時間の無駄だ。武器ならまた後で――」
言い終わらないうちにクロイツは手に持っていた杖を構えると、赤い光をまといながら臨戦態勢に入った。その目は真っ直ぐに女を捉えている。
「おい、やめろ馬鹿! そんなことしたら――すぐに武器は手に入るから。な?」
「へえ、いい度胸じゃないか? はったりじゃないだろうね?」
「降りて来いよ。怖いか?」
無表情だった顔に怒りの色が表れた。木からローブを翻しながらふわりと着地する。フードが外れて顔が見えた。整った顔立ちで美人と言えるだろう。――その目が優しく笑っていたらの話だが。
「怖いだと? たわけ。私に牙をむいたこと後悔させてやる!」
クロイツの目の前にダイアログボックスが出現した。
『ナルディ との相互敵意を検知しました。拒否の意思がなければ三秒後に ナルディ とのバトル(個人戦)を開始します。
キャンセル』
「早まるなって! お願いだからここは諦めてくれ」
モトナフが弱々しい声で訴えるも。
――2、1
『戦場展開中……
クロイツvsナルディ』
二人の直線状の中心から一瞬赤い閃光が真上にほとばしった。それが消えると、そこから一つの赤いポリゴンが出現し細胞分裂のように増殖していく。その間にルールが表示された。
*
個人戦ルール
・制限時間は十分。先に相手のHPを0にした方が勝利。
・勝利した場合:相手から自分の手荷物上限までアイテムを奪うことができる。レベルはかならず10上がる。
・敗北した場合:直ちに今回のイベントの参加権を剥奪され強制ログアウトとなる。その後、四十八時間はセカンドアースにログインできなくなる。
・制限時間内であれば残りHP割合の多い方がバトルを強制終了させることができる。それぞれ『優勢勝ち』、『劣勢負け』判定となる。
・優勢勝ち:相手から好きなアイテムを一つ奪うことができる。経験値は通常計算。
・劣勢負け:アイテム略奪以外にペナルティはなし。経験値は入らない。
・時間切れ:引き分けとし、双方『ランダムに選ばれた一つのアイテム』以外全てを失う。経験値はなし。
・バトル終了から十二時間は誰とも対戦できない。
*
「ここまで来たらしょうがない。あいつは仮面型の武器『ハミリオーン・マスク』を装備している。見た通りあの舌みてえな鞭が特徴だ。いろいろルールはあるだろうが、要はこれだけだ。負けるな」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
まるで獣のように体勢を低くしながらナルディが吠えた。
いつの間にか半径二十五メートルの赤いドームが二人を覆っていた。普段モンスターと戦うときは灰色のため新鮮である。色の効果で二人の心臓は早鐘を打っていた。
森の近くということもあり周りは山火事を起こしたようであった。ドーム内にある一部の木は当然緑を保っており、そのミスマッチで目がおかしくなりそうだった。
『バトル開始
クロイツvsナルディ』
*
「……始まった」
*
tips
クロイツ(Lv22)
・青銅の剣
・エルフの弓
・火の杖
・回復薬(二個)
・MP回復薬(一個)
ナルディ(?)
・ハミリオーン・マスク
・黒のローブ
・光龍槍
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ありがとうございました