森の主――攻略編――
クロイツは単にあの化け物から逃げ続けるという作戦をたてた。どんな生物にもスタミナ切れはやってくる。そこに総攻撃をかければ相手のHPはまた削れる。ただネックなのは一度でもダメージを与えられてしまえば、敵はまたスタミナを回復してしまう。しかし相手の自由を奪うのに有効な手段がない限りはそれが唯一にして絶対の手段だ。剣を腰の鞘に収め逃げる体勢を取った。相手の動きに合わせギリギリで躱せば、攻撃のチャンスが生まれるはずだ。
一回目の攻撃が来た。あの変態はただ首の数を増やしただけではなかった。全身の筋力もアップしたらしく、四本の鎌が一度も地面に着かないまま二足歩行でこちらに向かってくる。そしてその鎌が一瞬だけ後ろに反ったのを認めると、すぐに回避行動を取った。着地地点で振り返るとそれぞれの鎌でクロイツの残像を抱き抱えていた。二つの首がそれぞれ別々にクロイツの姿を探し始める。どちらか一方の首と目が合うともう一つもこちらを向く。決して見慣れることのないであろう虚ろな眼孔がクロイツを射る。
込み上げてくる吐き気を必死に腹へ収めていると、体をクロイツに向け突進と攻撃の体勢を取った。再び避ける為に全神経を研ぎ澄ませる。今度もタイミングを見誤ることなく回避した。なんとかコツを掴んだクロイツはそれから何度となく躱し続けたが、相手は一向に疲れる素振りを見せなかった。
「めんどくせー」
嫌気に任せて遂にクロイツは剣を抜いた。別に打開策を見つけた様子はないがこのまま時間を無駄にするのは性に合わない。敵の姿を真正面に捉えると剣を構えながら相手の攻撃を待つ。八度目の対峙。カマキリは奇声を上げながら向かってきた。相も変わらずスピードに衰えは感じられない。
クロイツの肩には自然と力が入る。寸分の狂いもなく剣は鎌を受け止めた。しかし相手の反応は同じだった。四本の鎌を巧みに操り凄まじい速さで連続攻撃を繰り出す。衝撃が体中に響き渡り足から地面の感覚が消えた。自由の利かない体を捩るとパチンコの体勢をとる双頭の化け物が見えた。最初はただぼんやりと眺めていただけだが、クロイツの脳にアイデアが弾けた。それは恐ろしく馬鹿げたアイデアで、成功する確率も決して高くない。しかし世界を変えてきたアイデアはいつも馬鹿げていて、成功する見込みなんて0に近い。
人に教わっているうちは経験することのない発見の喜びが体中を駆け巡る。心臓が力強く脈打ち、剣を握る手が湿り気を帯びた。その間も近づく地面。クロイツは体を捻りながら足を下にして直立体勢をとった。
準備を終えると『その時』を待つ。全てがスローに見えた。カマキリが腕に力を入れて頭突きの助走をし始める。それに合わせて膝を折り体をなるべく小さく畳んだ。顔だけはしっかりとその動きを捉えながら。
一度動き出した頭にブレーキの機能はなく頭はクロイツの真下を通り過ぎて行く。体を長く伸ばしていたことで発車のタイミングを間違えさせた。腰の辺りにヒットするはずだった頭もクロイツが体を縮めたことで空振りになる。そしてクロイツの足が敵の首に当たると思い切り蹴飛ばし、もう一度宙を舞う。
もちろんそのまま攻撃しても有効な手ではあるが、重力加速度の恩恵を受けるならやはり高いところの方がいい。自分の体が落下し始めたことを感じるとすぐに剣の切っ先を首に向ける。無意識のうちに雄叫びを上げて敵に襲い掛かる。まだ事態を飲み込めないカマキリはきょろきょろと見回すが、まだ宙にいるクロイツを見つけると小さな口を目一杯に開けながら驚いた。そして狙い通り首に剣を突き立てると高い血しぶきを撒き散らしながら首が落ちる。返り血を浴びても気にする様子はなく、痛みに暴れる敵を静かに見つめていた。
やがて化け物がぐったりと力尽きた。そこで我に返ったクロイツは初めてこぼ勝負に蹴りを付けたことに気付いた。しかし嫌な胸騒ぎが襲ってきた。いつもならすぐに解除される灰色の世界が未だに展開されたままなのだ。バックステップで距離をとるとHPゲージを確認した。なんと相手のHPはまだ三分の一だけ残ったままだった。全身に緊張が走り剣を構えた。
すると二本の首の付け根から少し後ろにずれたところが小刻みに震え出した。その瞬間強烈なデジャビュが彼を襲った。まるで何かが突きでてきそうだ。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
弱々しく否定した幻想が現実になる。先ほど同様に血管が形成される。ただ違うのは眼球ができあがる前に外殻が血管を覆った。つまり今度は盲目の化け物ということだ。そこには何もないはずなのになぜか燃え盛る炎のようにゆらゆらと揺れているのに見えた。まるでそこに映ると芯から燃え尽きてしまいそうだ。
更に恐ろしいことに下に落ちている生首を見つけると鋭い牙で噛み付いた。そのままうまそうに全て嚙み砕くと食道へ流し込む。その様子を見ていた隻眼の首がぎゃーぎゃーと弱しく鳴きながら逃げ道を探して激しく暴れた。しかし抵抗虚しく首に牙が突き立てられる。重い頭部は重力に抗う術なく地面へ落ちた。首の根元を喰われいる間も頭は助けを求めて声にならない声をあげていた。硬い殻を食い破る音と弱々しい喉を通り抜ける空気の音だけが響きわたっていた。
盲目は首を喰い終わると頭にかぶりつき血の一滴さえも残さず食事を終える。まるで――交尾中にオスを喰らうメスのように。すると今度は腹の辺りが激しく震えだし尻から既に幼虫の状態の子どもたちが大量に湧いてきた。通常カマキリは卵生だがここまで異形のカマキリを見せられればそんなことはどうでもよかった。むしろその子カマキリの数と目的だ。遠くから見れば点にしか見えないが我先にとクロイツに向けて波を作る。とても剣一本で対応できるはずがない。
波を形成している子カマキリには『グーマー《幼》』、親カマキリには『グーマー《終》』の表示が出ている。
「これで推奨レベルが10? 運営は何考えてんだよ」
思わず愚痴が口を突いて出た。剣を鞘に収めると再び逃げ始めた。しかし今回は全く攻撃してくる素振りを見せない。とは言っても近づいていけば鎌で追い払われてしまう。先の戦闘のように隙がなくなった今、クロイツは完全に手詰まりとなった。近くにくる子どもはいくら剣を振るっても吹き飛ぶばかりで傷一つつかない。完全にそちらに気を取られていたクロイツは背後から近づく刺客に気付かなった。
びゅんびゅんという空気を切る音が間近で聞こえた時振り返ると鎌が一直線に向かって来るのを見た。必死に体を捻っても間に合わず背中を強打する。そのままブーメランの要領で持ち主に帰っていった。さっきの最終変態によって鎌が飛び道具に変化した。
「二対一かよ」
エサを求める波と突然飛び道具になった鎌の両方を攻略しなければ、勝機はない。波から逃げながら親カマキリに背中を向けた瞬間鎌が飛んでくるのを感じた。振り向きざま剣を抜くと目一杯の力で鎌へヒットさせる。飛んでくる時の倍の速さで帰っていくと受け止められずにHPが削れる。クロイツは口の端に笑みを浮かべた。
もう一度タイミングを見計らって背中を向ける。やはり鎌が飛んでくるのを背中で感じとると、先ほどの要領で弾き飛ばした。しかし遠近法のトリックで前の鎌に隠れていた二投目がクロイツを襲う。衝撃で吹き飛ばされるとすかさず空腹を満たそうと子どもたちが襲ってくる。剣を一振りした時にできる僅かな瞬間に体勢を立て直すと、また逃げ始める。
子ども達との距離が十分になった時クロイツと親カマキリの視線が交わる。すると今までには見せなかった行動をとった。鎌を頭まで使い全身で包み込むと、威嚇の雄叫び共に三本の鎌を飛ばしてきた。それらは幾ら剣が当たっても持ち主の元に帰ったり、勢いを失ったりせず執拗にクロイツを襲う。最初は対応できたものの、ヒットする度にタイミングが僅かにずれていく。捌き切れなくなった一つが遂に頰を舐めた。滲みでた鮮血が顔を伝っていく。そこからじりじりと後退させられるクロイツ。そ背後に迫る巨大な力には気づかずに。
クロイツの左肩を鋭い痛みが貫いた。見れば巨大な鎌ががっちりと腕に刺さり、どうやっても抜けそうになかった。そのままつま先が地面から離れると腕が切断されるような痛みが襲ってくる。三本の鎌に気を取られている内に本体に近づきすぎた。そして四本目の鎌が今まさにクロイツを仕留めている。まるで鎌に誘導されたかのように。カマキリは器用に鎌の角度を変えるとクロイツの顔を覗き込む。眼光に広がる果てしない闇が、クロイツの心臓を鷲掴みにした。見えるはずのない苦痛に歪む表情をたのしんでいるかのように口の端を吊り上げる。
敗北感と《死》への恐怖からクロイツの意識は吹き飛んだ。
*
tips
グーマー《改》:グーマーの第二形態。頭が二つに増えるがステータスに大きな変化はない。
グーマー《終》:雌の首が生えた最終形態。子どもとなる《幼》を生み連携プレイで追い詰める。
グーマー《幼》:生まれたばかりのグーマー。猟奇的な食欲をわかしている。
ありがとうございました。