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3の最後の方にチェス盤の描写を追加しました。

 手足を縛る触手の感覚がなくなる。支えを失いバランスを崩すと、自然と体は前につんのめり両手が前に出る。遅れてくるはずの痛みを覚悟するが、いつまで経っても変化は現れない。恐る恐る目を開くとクロイツの前に立ちはだかるようにナルディが居た。


「どう……して……?」


 クロイツの声に反応したようにナルディは糸を切られた操り人形のように倒れる。這うように近づき上体を抱き起すとナルディは苦悶で顔を歪ませていた。胸に開いた大きな傷口からゆっくりと命が失われていく。


「さすがに痛いな……」


 ナルディは力なく笑いかける。腕の中で体温を奪われ冷たくなっていくのを感じる。同時に体は小さな粒子となり徐々に消えていく。


「なんで……君が……」


「あいつを倒すのは……たぶん私じゃない……あんたなら……きっ――」


 何も残らなかった。跡形もなくゲームから離脱してゆく友に対して、ただ見守ることしかできない自分の無力さを嘆いた。悲しみに支配される空間に突如笑い声が響く。それは次第に大きくなりたった一人の爆笑へと変わる。


「いい! 素晴らしい! 愚かで、滑稽で、傑作じゃないか! 死ぬ順番が変わっただけで何が変えられるというのだ、ええ? 人の愚かさには目を見張るものがあるな」


 クロイツの中で悲しみと怒りが混じり、体の底から湧き上がる力へと変わる。


「許さない……お前だけは、何があっても叩き潰す!」


 クロイツの目から一筋の涙が零れ落ちた。それは手の中に収まる剣を濡らす。


「馬鹿らしい。苦しみたくなければそこを動くな。次は仕留める」


 クロイツは剣を構えヨグストに駆け寄る。触手は再びクロイツ目掛けて伸びていく。間合いに入った瞬間二つの刃が交じり合う。全てが静止した世界でクロイツの息遣いだけが響く。


「逃したか、しぶとい奴め」


 頬を真っ赤な鮮血が伝う。ヨグストはもう一度触手に襲撃させようと腕を振るった。しかし触手は先の方から粉々に崩れ去っていく。


「何!?」



「揃った」


 男は静かに呟く。


「しんじるつよさ」


 ナイトがルークを取る。


「いつわりなきなみだ」


 ビショップがナイトを取る。


「まげられないおもい」


 ルークがクイーンを取る。


「そして――」


 ポーンがクイーンに昇格する。



「D・ブレイク……」


 クロイツの手中には一振りの剣が収まっていた。それは最前までの青銅の剣と姿形はそっくりだが、その刀身は錆び一つなく鏡面のようにする。


 驚嘆し剣を眺めるクロイツにヨグストはすかさず腕を振る。一気に複数の触手がクロイツを取り囲んだ。しかしクロイツは臆することなく冷静に剣を振るうと、触手は例外なく塵と化した。


「馬鹿な」


「次は俺の番か?」


 剣を脇に構えヨグストへ駆け寄っていく。複数の触手が抵抗するがクロイツの力を前に太刀打ちできるものはない。自然とヨグストへの一本道ができあがった。


 クロイツは防御壁に刃を振り下ろす。火花が散り不可視の壁が(あら)わになる。龍の攻撃にびくともしなかった堅牢な壁だが、クロイツが力を籠めるごとに亀裂が生じていく。


「有り得ない……まさか純粋な力だけで……」


 ヨグストはふらふらと後退し椅子へ座り込んだ。そこにはもう魔王としての威厳はない。壁は音もなく崩れ去った。クロイツはゆっくり歩み寄るとヨグストの心臓に剣を突き立てた。



『イベント『大蛇病』終了。

魔王は討伐され、世界に再び平和が訪れました。

詳細は後日発表されるのでお待ちください。』


 分厚い雲に覆われた空が嘘のように一瞬で晴れ渡り、多くのプレイヤーに通知が届いた。


 自分たちの勇者が魔王を倒せなかった落胆と、誰が倒したのかという興奮が入り乱れる。気の早い者たちは事前に集めていた情報を元に次々とギルドを移動していった。



『イベント『大蛇病』終了。

これより『帰還式』を執り行います。

広間にお集まりください。』


 ノーバリウムに長い静寂が訪れた。プレイヤーは最初の半分ほどに数を減らし、誰もが死刑宣告を待つ囚人のように落胆していた。突然照り付ける太陽と見慣れない報せに脳は機能を停止する。


 誰かの雄叫びが国中に響き渡った。それに合わせて甲高い悲鳴のようなものが重なる。至る所で歓喜の声が上がる。我先にと広間のステージに集まり最前列はあっという間に埋まった。



 閉ざされた瞼を貫通するような光が降り注ぐ。祈るように両手を結んだままモトナフは空を見上げる。青く澄んだ空はどこまでも広がり、白い雲が穏やかに流れている。これで鳥の一匹や二匹飛んでいれば、思わず写真に収めたくなるだろう。


「あの野郎……本当にやりやがった」


 笑っているような泣いているような顔で呟いた。



『イベント『大蛇病』終了。

これより『帰還式』を執り行います。

3分後、 ノーバリウム に転送されます。』


 部屋からは一切の気配が消えていた。剣はまるでそこに何もなかったかのように、玉座へと突き立てられている。クロイツは肩で息をしながら、全身の力が抜けていくのを感じその場へへたり込む。剣は音を立てて転がり落ちた。


 魔王は倒した。


 目的は達成したがクロイツの心に達成感や喜びはなく、ただ大きな穴が開いているようだった。仲間の力を借りて、犠牲があって何か得られたものはあったのか。この冒険に意味はあったのか。


 答えの出ない問いがクロイツの心を支配した。



『イベント『大蛇病』終了。

魔王を討伐したプレイヤーとチームを組んでいたため、

特別に『帰還式』への参加を許可します。

3分後、 ノーバリウム に転送されます。』


 ――ああ、そうか。本当に倒しちゃったんだ。


 朧げな意識の中でナルディは思った。嬉しさが込み上げてくるのと同時に、胸を針で刺すような痛みが走る。瞼を開けると以前より小さく感じる背中を視界に捉えた。起き上がろうとすると体の節々が悲鳴をあげる。


 やっとの思いで起き上がり歩み寄るとその肩に手を置く。


「とりあえずおめでとう」


「ああ」


「どうした、そんな浮かない顔して」


「なんでもないよ、ちょっと疲れただけさ」


 安っぽい笑みを貼り付け応える。誰の目にも嘘であることは明らかだが、壁を作りそれ以上の追求を拒んだ。


 二人の体は輝き出し、周りの景色が歪み始めた。



 門の前に転移させられた二人は見知った顔を見つけた。たった三十分程度の別れだったはずだが、懐かしささえ感じる。


「やったな」


「ありがとう」


 もうクロイツの顔に迷いはなかった。


 彼らを招き入れるように門が開く。ギルド旗を振る腕と割れんばかりの歓声が勇者の登場を急かす。


「行こうか」


 クロイツを先頭に三人は歩みを進める。


 こうして一か月に及んだ彼らの冒険譚は幕を下ろした。



「じゃあ僕らも行こうか」


tIips


しんじるつよさ:他人を、そして自分を信じることは時に困難を極める。


いつわりなきなみだ:何物にも代えられない美しさを持つ。


まげられないおもい:それは時に大人に笑われるような子どものような我儘。

『D・ブレイク』


ありがとうございました。死んだキャラは死んだままの方がいいですが……許してください。

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